■022 転校生
第二エリア編、スタートです。
「おー、第一エリアを突破したのか」
「おめでとう、はっくん」
翌日、朝のHRが始まる前に、霧宮兄妹にやっとエリアボスを倒したことを報告した。
【憤怒】、【怠惰】に続き、霧宮兄妹のところの【傲慢】も第三エリアへ攻略組が辿り着いたらしい。
「俺たちも早く第三エリアに行きたいけど、その前にギルドを設立するかって話が出てる」
「あたしたちはお金は貯まったんだー。あとはレベルだけだけど、まだまだ足りないよ」
確か設立者のレベルが25を超えていないとダメなんだっけか。あとメンバーが三人以上。
アレンさんたちもこの間ギルドを立ち上げた。ギルド名は【スターライト】。
加入希望者が後を絶たないというが、今のところは全て断っているようだ。僕らがギルドを立ち上げるにはまだまだだなあ。
そんなことを考えていた僕に奏汰が声をかける。
「それよりさ、今日転校生が来るって知ってるか?」
「え? そうなのか?」
「昨日ね、先生たちが話してるの聞いちゃったんだー。女の子らしいけど、なんか外国の子みたい」
へえ、レンシアと同じか。日本語話せるのかな。
しかし中途半端な時期に来たなあ。もう少し早く来れば入学時期に間に合ったのに。
すでに転校生の話題で朝の教室内はざわめいていた。可愛い子だといいなあと男子は期待に胸膨らませ、外国の子ということで女子もそれなりに興味を持っているようだ。
やがて担任である石川先生が教室へと入ってきて、生徒たちはそれぞれの机へと戻る。
「あー、もうみんな知ってるようだが、転校生を紹介する。入ってきたまえ」
「はい」
女の子の声がして、扉が開き、教室内の注目が集まる。
まず目を引いたのはその髪。白に近いプラチナブロンドの髪がショートカットに切り揃えられている。肌も白く、手足もスラリとしてはいるが、身長はそれほど高くはない。
正面を向いて見えた瞳は翡翠のような色をしていた。美人というよりは可愛い印象の子である。
黒板にたどたどしいカタカナで自ら名前を書く。
「リーゼロッテ・シュテルンです。よろしくお願いします」
流暢な日本語で自己紹介をし、ペコリとお辞儀をする。彼女が顔を上げた瞬間に目が合ってしまい、思わず視線を逸らしてしまった。
「シュテルンさんはご両親の仕事の都合でこちらに来たんだ。彼女はヨーロッパにある小さな公国の貴族家の出身でな。家庭教師の方が日本人だったため、言葉については問題ないそうだが、こちらの文化に関してはあまり詳しくはない。みんな助けてやってくれ」
先生がそう補足すると、「はーい」と可愛い子にお近付きになりたい男子と、貴族のお嬢様に興味津々な女子が現金な返事をする。
「っと、それじゃあシュテルンさんは因幡の隣の席に。あそこだ」
「はい」
ああ、そうか。僕の隣にいた生徒は先日転校していったため、空席はそこしかない。新たな転校生がそこに座るのは当然のことだ。
シュテルンさんは僕の隣に着席すると、笑顔を浮かべて軽く頭を下げた。
僕も反射的に頭を下げる。間近で見ると、確かに綺麗な子だな。
「よーし、じゃあ朝のホームルーム始めるぞー」
先生の声に、僕は横目で彼女に向けていた視線を前へと戻した。
「シュテルンさん、日本語ペラペラだねー」
「家庭教師の方が日本人だったもので。でも話すことはできても、文字はまだうまく読めないし書けません」
「日本は初めて?」
「はい。伯父夫婦がこちらにいますので、その家にお世話になっています」
「あれ? ご両親のお仕事でこっちに来たんじゃないの?」
「ああ、えっと、両親の仕事について行くと、地方をひっきりなしに移動することになるので。それならお前は伯父の家に厄介になった方がいいと。週末には二人とも伯父の家に帰ってきますよ」
案の定というかお約束というか、休み時間になると、クラスメイトたちによる転校生質問攻めが始まる。男子女子入り混じり、質問の雨を降らせていた。
隣の席の僕は、みんなの邪魔にならないようにそれとなく席を外す。廊下の壁に背もたれて、隣にしゃがみ込んだ奏汰と、ゲームの話をしていた。
「【傲慢】の第二エリアにさ、すっげえ高い絶壁があって。その上に貴重な鉱石の発掘ポイントや、薬草類、あるいはレアモンスターの巣があるんじゃないかって噂なんだよ。俺も登ってみたけど半分もいかないで落っこちた」
「【登攀】スキルがあれば登れるんじゃないか?」
「どうかな。かなり体力を消耗するんだよ、岩壁を登るの。よっぽどレベルを高くして、HPの最大値を上げてないと難しいかもしれん」
うーむ。第二エリアにはあるが、かなりレベルアップしてからじゃないと行けないところなのかもしれない。それかHP最大値上昇系のスキルをつけまくって、体力ゴリ押しで登るとか?
「【飛行】とかいうスキルがねえかな」
「さすがにそれはどうだろう……。あ、でも人を乗せられるくらいの飛行モンスターをテイムして、従魔にしたらいけるんじゃないか?」
「そんなのをテイムするのにどれくらいの熟練度がいると思う?」
「だよねえ……」
うまくいかないもんだ。
そんな話をしていたら授業開始のチャイムが鳴ったので、僕らは自分の席に戻る。
隣には小さくため息をつくシュテルンさんが。お決まりの転校生の儀式とはいえ、ご苦労様です。
学校が終わり、いつものように「DWO」をやるために帰ろうとしたのだが、先生に捕まって学校行事の冊子作りを手伝わされた。
おかげで帰宅するのが遅くなってしまったので、近所のスーパーで晩ごはんを買っていくことにする。今日は弁当でいいや。たまには手抜きも必要だ。
スーパーからやっと帰宅して、家の門をくぐろうとしたとき、隣の家から誰かが出てきた。
隣の家といっても、お互いの庭がそこそこ広いため、けっこう離れているのだが、その出てきた人物を見かけて僕は思わず立ち止まってしまった。
なにげなくこちらを見た向こうも立ち止まり、お互いに「あっ」っと声を出してしまう。
「シュテルンさん?」
「えっと、因幡くん?」
あ、名前覚えてもらってたのか。自己紹介していないのに。まあ、先生が因幡の隣とか言ってたしな。
「驚いた。家まで隣だったのね。びっくり」
「こっちもだよ。あ、じゃあお世話になる伯父さんの家って……」
「うん、ここ」
確かにお隣さんは二人とも七十くらいの外国人の旦那さんと日本人の奥さんだった。前に父さんと引っ越しのご挨拶をしに行ったとき、僕も会っている。なんでもうちの爺さんともお隣同士付き合いがあったとか。
旦那さんの方は日本語ペラペラだった。二人とも元大学教授なんだそうだ。
「シュテルンさんは買い物に?」
手にしているピンクの財布を目にして思わず僕が尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「うん。伯母さんがみりんを切らしちゃってて。この近くにスーパーがあるから買ってきてって頼まれたの」
たぶん、僕が買い物をしてきたスーパーだろう。あそこは近いといってもそれなりに距離がある。わかりにくい場所にあるしな。……確かみりんならウチに先週買った未開封のやつがあったはず。
「よかったらウチのみりんを譲ろうか? 一本余ってるから」
「ホント!? こっちは助かるけどいいの?」
問題ない。そもそも僕と父が被って買ってきたのだ。二人とも無いと思って。
とりあえず玄関まで来てもらって、みりんを取ってくるまで待っててもらう。
台所から未開封のみりんを持っていくと、来週の資源ゴミの日に捨てるため、玄関に重ねて置いてあったダンボールをシュテルンさんがなぜか凝視している。
やがて彼女はみりんを持ってきた僕に気付くと、目を輝かせてテンション高く口を開いた。
「ねえねえ、これってVRドライブのやつだよね!? しかもリクライニング型の最新機のやつ!」
確かにそれはVRドライブを梱包していた箱だった。箱というか運搬中に傷つけないために要所要所に巻かれていたダンボールだけど、そこにはきちんと商品名と型番、メーカー名が印刷されている。
「ひょっとして因幡くんってゲーマー?」
「いや、ゲーマーってほどじゃないよ。それはたまたま手に入ったやつで。ゲームは『デモンズワールド・オンライン』ってやつしかやってない」
「『DWO』やってるの!? 私もやってるよ! 罪原は【怠惰】! 因幡くんは!?」
「ぼ、僕も【怠惰】だけど……。っていうか、シュテルンさんこそゲーム好きなの?」
さっきからのテンションの上がりっぷりにちょっと引き気味に尋ねる。学校での初印象とだいぶ違うな。話し方も違うし。こちらの文化に慣れてないって話だったが、どうも違うみたいだ。
「あ、うるさくしてごめんなさい。本国にいた時はゲームの話をする相手もいなかったから、つい……。こっちに来たらもっとゲームの話ができると思ってたんだけど、あんまり女の子ってそういうの話題にしないって聞いて、学校では黙ってたの」
「そうなのか。でも女の子でもする子もいるよ。遥花……クラスメイトの霧宮遥花なんて根っからのゲーム好きだから」
あそこの兄妹は度を過ぎていると思うが。ジャンル問わずだからなあ。面白そう、と思ったらなんでも手を出すらしいし。遥花ならシュテルンさんと話が合うんじゃないかな。
「シュテルンさんは『DWO』で、今どの辺りにいるの?」
「シュテルンじゃなくてリーゼロッテでいいよ。さん、もいらない。リーゼでもロッテでもリズでもいいけど。私は先週頭に第二エリアに入ったばかりだよ」
ってことは僕らとさほど変わらないのか? 向こうは週頭、僕らは週末と差はあるけど。
それから僕らはしばらく玄関でお互いの状況を話し合っていた。
「じゃあシュテル……リーゼは魔法スキルメインの魔法使いなのか」
「うん。初めはパーティを組んでたんだけど、今はソロ状態。たまに野良パーティ組んだりしてるよ。それでガイアベアを倒したし」
魔法使いか。僕らの中ではレンが回復魔法を持っているだけなんだよな。後衛の大火力は魅力だなあ。
「よかったら僕らのパーティと一回組んでみないか? 僕以外は女の子ばかりなんで話をしやすいと思うけど」
「え、女の子ばかりって……いわゆるハーレムパーティ……」
「違う違う。三人のうち二人は子供だし、もう一人は大人の保護者!」
なんか変な誤解をしてるっぽいので、きちんと説明をしておく。確かに言葉だけだと周りからそう思われても仕方がないが。
「あはは、冗談冗談。で、因幡くんのプレイヤーネームは?」
「『シロ』だよ」
「『シロ』?」
「本名から取った。はくと……白兎だから」
「へえ。因幡くん、白兎っていうんだ。白兎くんって呼んでいい?」
「構わないけど。リーゼのプレイヤーネームは?」
「私は『リゼル』だよ」
リゼル、か。彼女も本名をもじったんだろう。「リーゼロッテ・シュテルン」から。
お互い晩ごはんを食べてからログインして、向こうで会う約束をして別れた。まあ僕の今日の晩ごはんはスーパーの弁当なのだけれど。
明日はきちんとしたものを作ろう。
【DWO ちょこっと解説】
■ギルドについて①
ある一定の規定値を満たし、三人以上のメンバーでギルド設立金を払うとギルドを立ち上げることができる。必要なのはギルドマスターが一人とサブギルドマスターが二人。
ギルドマスターが半年ログインしていない場合、サブマスターが新たなギルドマスターになる。その際、当然新たなサブマスターを立てねばならない。