■021 第一エリア突破
「ちょっと待てよ、二匹ってのはどういうことだ!?」
「わかりません。ですが、両方ともこちらを相手にする気のようですよ」
聞いてないぞ、くそっ。
どうする……これに勝つのはなかなか骨が折れそうだ。
どういう条件で二匹になったのかわからないが、ひょっとしたら一度死に戻りすれば元の一匹に戻るかもしれない。
だけどせっかくの亜種だ。出てきた以上見逃す手はないだろう。
「アレを二匹とも同時に相手にするのはキツイ。分散しよう。僕が亜種を引きつけておく。その間に三人でなんとか通常種を倒してくれ」
亜種は通常種より動きが遅いらしいから、なんとか躱せるんじゃないだろうか。三人が通常種を倒すまで持つかわからないが、やってみるしかない。
「わかりました。それでやってみましょう」
ウェンディさんが頷く。僕と彼女がそれぞれのガイアベアのヘイト(敵愾心)を稼ぎ、分散して誘導する。
まずはウェンディさんの【挑発】が影響しない範囲まで、亜種を離さないといけないな。亜種が三人の方へ行かないようにするのが僕の役目だ。
「よし、行くぞっ!」
僕は大きく迂回して、通常種の後方にいた亜種へと向かう。亜種の注意が少しこちらに向いたところで、レンの矢が通常種に当たり、奴は三人の方へと走り始めた。
そのタイミングで僕も亜種へと接近し、奴が振り上げた前足の下をかいくぐって脇腹を切り裂く。そしてすぐにそこから飛び退き、レンたちとは反対の方へとすたこら逃げた。
亜種は自分へ攻撃を仕掛けた僕を狙い、思った通りこちらへ駆けてきた。
「ガアアアアァァァ!」
涎を撒き散らしながら、丸太のような太い前足が、しゃがんだ僕の頭上を通り抜けていく。紙装甲の僕があんな一撃を食らったら、一瞬にしてHPが瀕死のレッドゾーンに突入するぞ……。
下手すりゃ一撃死もあり得る。こちとら防御に関してはパーティ中、最下位だからな。躱すことが前提となっているため、VIT(耐久力)が伸びるようなスキルは取ってないからなあ。
今度は頭上からハンマーのように前足が振り下ろされる。後ろへと避けた僕の目の前で、亜種が叩きつけた地面が爆発した。
「なっ!?」
小石が爆散し、僕に命中する中を亜種の追撃が迫る。横薙ぎにきたそれを、地面を転がってなんとか避けることができた。
なんだ今のは!? ガイアベアの特殊攻撃か!?
爆散した石の礫が身体中に当たり、ダメージを受けた。ダメージ量としては微々たるものなのかもしれないが、僕にとってはそこそこのダメージだ。さすがに近距離であれは躱せない。
念のため、亜種から少し離れてポーションを飲んでおく。HPが回復し、満タンになった。しかしそのタイミングで亜種がまた突進してくる。横っ飛びでそれを躱し、再び距離をとった。
「くそっ、やっぱり何気にキツイな……」
ヘイトを失わないように離れてもいけないし、かと言って、なるべくダメージを受けないように、距離をとって……その塩梅が難しい。躱すのが精一杯で、攻撃まではなかなか手が出せないし。やはり一人で相手をするのは無理があったか……?
亜種の横をすり抜けながら一撃を加える。ちっ、双雷剣の効果でうまいこと麻痺になってくれないかねえ。
仮にもエリアボスだしな。そこらへんの抵抗値が高いのかもしれない。
「ゴガアァァァッ!」
「くっ! またかよ!」
振りかぶった亜種の前足に光が集束し、力がチャージされるようなエフェクトが発生する。慌てて避けるが、地面に炸裂したそれは、またも小石の礫を放射線状に撒き散らす。
ほとんど避けられないこれを繰り返されるのはキツイぞ!
右手の短剣を鞘に戻し、ナイフベルトからスローイングナイフを三本取り出して、亜種の顔面目掛けて【投擲】する。
三本のナイフのうち、一本が亜種の左目に突き刺さった。よし!
「グギャオオオォォ!」
片目を潰された亜種の動きが止まる。その間にポーションを飲んで減ったHPを回復させ、さらに三本のナイフを立ち上がって見えた亜種の腹に投擲した。
三本とも腹部に突き刺さり、その隙に死角となった左側から回り込んで、両手に双雷剣を構える。
「【ダブルスラッシュ】!」
ここぞとばかりに戦技を叩き込んでやった。亜種のHPを示すゲージが三割ほど削れてきているが、やはり一人で相手をするのはキツイものがあるな。
「グルアァァァァ!」
やたらめったらに前足を振り回し、亜種は僕を近付けまいとする。それを避けて、僕はバックステップで少し距離を取った。しかし、それがまずかったようだ。
こちらへ向かって突進してきた亜種の後ろ足に、突然爆発するようなエフェクトがかかり、ガイアベア本体が、頭突きをするような形でロケットのように突っ込んできた。
あまりのことに素早く反応できず、横腹にロケット頭突きをしてきた亜種の肩が当たった。
それだけで僕は何メートルも吹っ飛ばされ、HPの八割が一気に消える。あっぶな!
すぐさま亜種からの追撃が来なかったので、ポーションを取り出して飲み干すが、ゲージの七割までしか回復しなかった。
今度は普通に突進してきた亜種を躱しつつ、もう一本ポーションを飲む。全快にしとかないと、一発で死ぬ可能性がある。
ちきしょう、何本も飲んで口の中がニガニガしてる。こんな時になんだけど、これってジュースとかで作ったら美味しい味のポーションとかできんかな?
そんなことを考えながら、亜種の攻撃を紙一重で躱していく。
序盤より躱しにくい。こいつ、こっちの動きを学習してきてるのか? だけどこっちだってお前の動きを読めるようになってるんだぞ。
左前足を振り上げた隙に、横を駆け抜け後ろへ回る。残り四つのスローイングナイフを背中に放ち、そのままバックステップで距離をとる。すると……。
「ゴガアァァァァァァ!」
両足に爆発するようなエフェクトをまとわせて、亜種がまたしてもロケット頭突きで飛んでくる。それを見越していた僕は、わざと自分から背中側に倒れこんだ。
地面へ寝そべった僕のすぐ上を亜種が飛んでいくのに合わせて、逆手に持った二本の双雷剣を突き立ててやる。肩から腰にかけて切り裂かれた亜種が、地面へと無様に転がった。
ギリギリだったけど、やってやったぞ。
亜種のHPを示すゲージが半分以下になっている。動き続けたせいで、こちらのSTもけっこう減っているが。
「グルァァ……」
唸り声を上げて立ち上がり、こちらを片目で睨むガイアベア亜種。と、その肩にドスッ! と一本の矢が刺さった。
矢が飛んできた方を見ると、ウェンディさんとミウラがこちらへ向けて駆けてくるところだった。その後ろには弓を構えたレンの姿がある。
どうやら通常種の方は片付けたらしい。やったなあ。
「ゴガアァ!」
現れた新たな敵に、亜種がその前足を振り下ろす。しかし、その攻撃は盾を正面に構えたウェンディさんによって止められた。
「【シールドガード】」
そしてそのウェンディさんの背後から、ミウラが飛び上がり、両手で構えた大剣を振り下ろす。
「【大切断】!」
深々と亜種の肩口を斬り裂いたミウラの攻撃によって、さらに亜種のHPゲージが減少する。すでに最大値の二割を切っているぞ。すごい威力だ。
【狂化】を使ったのか。だとしたらミウラの防御力は現在僕以下になっているはずだ。一撃でも受けたら間違いなく死ぬ。
それをわかっているのだろう。すぐさま炎の【ブレス】を使用したウェンディさんの後ろへと後退する。
その二人の横をレンの放った矢が飛んでいき、再び亜種の胸へと突き刺さった。よし、いけるぞ!
注意がウェンディさんたちの方へ向いた亜種に接近し、双雷剣を連続で繰り出す。ウェンディさんも防御の合間から剣を突き出し、亜種のHPを削る。
右手の双雷剣『紫電一閃』を背中に突き立てると、亜種に麻痺のエフェクトが発生した。最後の最後にやっとかよ! 遅いっての!
いや、これは亜種が瀕死になったからか? まあこの際、それはどうでもいい。このチャンスを逃すものか。
「【ダブルスラッシュ】!」
「【パワースラッシュ】!」
「【大切断】!」
「【ストライクショット】!」
みんなが一斉に戦技を放つ。
四方からの攻撃をその身に受けたガイアベア亜種は断末魔の叫びを上げてその場に崩れ落ち、光の粒子となって消えていった。
『【怠惰】の第一エリアボス、【ガイアベア】、【ガイアベア:亜種】の討伐に成功されました。
討伐パーティの四名、
【レン】さん
【ウェンディ】さん
【シロ】さん
【ミウラ】さん
以上の方々に討伐報酬が贈られます。討伐おめでとうございます』
ファンファーレが鳴り響き、僕らの前に討伐成功を知らせる個人メッセージウィンドウが表示される。
「やったあ────っ!」
「やりました!」
ミウラとレンが手を取り合って喜んでいる。ふう、なんとかなった、か。二頭現れたときはどうなることかと思ったけど。
「お疲れ様でした」
「そっちもね」
ウェンディさんとハイタッチしてお互いの健闘を讃える。まったく骨が折れたよ。
「討伐報酬とかが気になるところですが、まずはここから出て、先に進みましょう」
おっと、そうだな。確か規定時間を過ぎると、強制的に洞窟前に転移させられるらしい。せっかく次のエリアへ行く転移陣が開いたのに、ふいにしてたまるか。もう一回ガイアベアと戦うのは、少なくとも今日はゴメンだ。
みんなで連れ立って奥に設置してある転移陣に入り、ボスエリアから脱出する。
薄暗い洞窟に転移した僕たちは、目の前にある出口からすぐに外へ出た。
ずっと薄暗い洞窟にいたために、刺すような明るい日差しに目を細める。光に慣れてきた視界に飛び込んできたのは、牧歌的な街道で、道がずっと先まで続いていた。
街道脇には草むらや木々が立ち並び、モンスターの姿はない。ここもセーフティエリアか。
僕らは木陰の下に腰を下ろし、手に入れたアイテムを確認する。
当たり前だが、僕は通常種のガイアベアには一撃も与えてはいないので、そっちからのドロップはない。
えーっと『赤地熊の爪』と『赤地熊の毛皮』が二つずつ、『赤地熊の肝』、『赤地熊の牙』……お、【暗視】のスキルオーブも手に入った。★ひとつのスキルで、闇夜でも視界が効くという使い道のあるスキルだ。これは嬉しい。
それとエリアボス討伐の通常報酬として、スキルスロットが一つ増えた。一応、【隠密】をセットしとこう。
おっと、【短剣の心得】の熟練度もMAXになって☆がついてる。レベルも14になったぞ。
称号も増えてるな。しかし『熊殺し』ってのはどうなんだ……?
「あっ!」
レンが突然叫んだので、みんなの視線が集まる。
「どうした?」
「★三つのスキルが手に入りました……。これ、たぶんシロさんと同じソロモンスキルです」
え、ホントに!? 確かにアレンさんとこのジェシカさんも、ボスドロップから手に入れたって言ってたから、可能性はゼロじゃないとは思ってたけど。
「すごいじゃん! なんてスキル?」
「ええっと、【ヴァプラの加護】ってなってます。説明は【???】になっていて詳しくはわかりません」
本人よりも興奮しているミウラにレンが答える。
【???】なのは僕と同じだな。たぶん条件をクリアすれば表示されると思うけど。
ウェンディさんがウィンドウを開き、早速検索している。
「ヴァプラ。ナフラ、ヴァピュラとも呼ばれるソロモン72柱の魔神の1柱。召喚者の手先を器用にし、手工芸や職人の専門知識を与えるといわれる……。どうも生産職系のスキルのような気がします」
確かにそれっぽいな。生産成功率が上がるとかだろうか。生産を繰り返していればそのうちわかると思う。
「よかったね」
「はい!」
ニコニコと笑顔を浮かべるレンの頭を撫でる。
レンたちの方はガイアベアのドロップアイテムをいくつかと、亜種のドロップアイテムを二個ほどゲットしたらしい。ウェンディさんとミウラはこれといったレアアイテムは落ちなかったようだ。
「しかしなんでガイアベアが二匹も出てきたのかな?」
「ランダムで亜種が出るという話はありましたが、二匹同時にといった報告は聞いたことがありません。一応、後で攻略サイトに書き込んでおきましょう」
ひょっとしたら二匹同時に出るパターンだと、いいアイテムが落ちるのだろうか。【ヴァプラの加護】を手に入れたレンを見ながらそんなことを思った。
「どうする? とりあえず第二の町まで行ってみるか?」
確か街道を真っ直ぐいけば、そんなに時間もかからず到着するはずだけど。
「あたしは大丈夫だよー」
「私もですっ!」
「私も大丈夫です」
全員大丈夫そうなので、僕らは第二エリアの町、『ブルーメン』へと向かうことにする。
こうして僕らは【怠惰】の第一エリアを突破した。
■本名:因幡 白兎
■プレイヤー名:シロ レベル14
【魔人族】
■称号:【駆け出しの若者】
【逃げ回る者】【熊殺し】
■装備
・武器
双雷剣・紫電一閃
【ATK+58】
双雷剣・電光石火
【ATK+58】
・防具
キルア織の服(上下)
【DEF+2】
革の胸当て
【DEF+15】
疾風の靴
【DEF+2 AGI+5】
・アクセサリー
兎の足
【LUK+1】
レンのロングマフラー
【AGI+9】
メタルバッジ(兎)
【AGI+16 DEX+14】
青天の指輪
【INT+8】
ナイフベルト
【スローイングナイフ 0/10】
■使用スキル(8/8)
【順応性】【☆短剣の心得】
【敏捷度UP(小)】
【見切り】【気配察知】
【蹴撃】【投擲】【隠密】
■予備スキル(7/10)
【調合】【セーレの翼】
【採掘】【採取】【鑑定】
【伐採】【暗視】
【DWO ちょこっと解説】
■スキルについて③
初期のスキルスロットは全部で七つ。イベントや特定のモンスターを倒した時などに増える。スキルスロットを増やすレアアイテムも存在する。
レアスキルの中にはある条件を満たしていないと、スキルオーブがあってもスロットにセットできないものもある。(レベルが足りない、必要スキルがない、等々)
種族スキルはその種族以外、使用できない。
■【怠惰】:第一エリア、これにて終了。