■186 右往左往の宇宙人
「こちらです」
「これは……」
百花おばあちゃんに導かれて、僕らは因幡邸の裏山にある、『おやま』へとやってきた。
といっても僕と真紅さん、そして百花おばあちゃんの三人だけだ。リーゼには悪いけど遠慮してもらった。一応因幡家の秘密に関わることらしいので。
この山の正式な名前は天外山。
その昔、不思議な力を持つ神狐が天へと帰っていったという伝承が残る山だ。まあその狐が僕らの御先祖様だったわけだけど……。
その山の中腹には大きな祠があり、その祠の中には奥へと続く地下道があった。
その地下道は昔ながらの坑道といった感じであったが、ところどころ補強がしてあった。ちゃんと電球も配置されていて、薄暗いがそれなりに見える。
そしてその先、洞窟のように広がった場所に問題の物体が転がっていた。
大きさはちょっとした家くらいはある。形はラグビーボールのような形をしているが、二つの突起が大きく斜めに飛び出していた。そのうち一つは途中で折れているが。
くすんだメタリック色の、ところどころひしゃげたボディ……。これは……宇宙船、なのか?
「私たちはこれを『龍頭』と呼んでいます」
龍頭……なるほど、確かに龍の頭にも見えるな。突き出した二つの突起が龍の角にも見える。
「ストラーダ星系の高速戦闘用スターシップですね。かなり非合法のパーツを使って違法改造されています。千年前の物だとしても、なかなかに珍しい機体です」
「高級車みたいな、貴重な宇宙船ってこと?」
「いえ、そうではなく……わかりやすくこちらの言葉に訳すと『族車』でしょうか」
「ああ、そっち……」
ミヤビさんはこれに乗って宇宙のあちこちでブイブイ言わせてたのか……? なんか黒歴史な気がするから触れないほうがよさそうだ。
「間違いなくこれはかつて陛下が乗っていた物でしょう」
「やはりそうでしたか。おそらくは宇宙船と予想はしていたのですが」
「見せたい物というのはこれですか?」
「いえ、正確には中にある物なのですけど……」
百花おばあちゃんが機体の横にあったレバーを引くと、ガシュッと壁が上下に開いて中へと入る出入り口が現れた。
懐中電灯を手に中へと入り、少し斜めに傾いた通路を進んでいく。
「なんだ? 急に明るく……」
その先にあった部屋から青白い光が漏れている。部屋の中に入ると、その中央に透明なガラスのような円筒形のものがあり、中はなにか液体で満たされているようだった。
そしてその液体の中に浮かぶ、野球ボールくらいの大きさで、形はコンペイトウのような物が、青白い光を強く発していた。
「これは……?」
「私たちはこれを『ミカボシ』と呼んでいるわ。千年以上前からずっと光り輝いている物なの。おそらくはこの宇宙船の動力源じゃないかと思うのだけれど……」
ちら、と真紅さんを見ると、いつもと同じ無表情……じゃない、か? ちょっとばかり眉根を寄せている気がする。やがて、はぁ、と大きなため息をついた。
「これはこの船の動力源ではありません。これはパレルマ……そうですね、こちらの星の言葉を借りるなら……『惑星破壊装置』です」
へー、惑星破壊……なっ!? ぬっ!?
僕も百花おばあちゃんもその言葉を聞くや否や、思わずその場から跳び下がってしまった。
なんつーもんを持ち込んでんだ、あの御先祖様は!
「なっ、なんでそんなものがこの船に!?」
「陛下がこの星に来る前に倒した宇宙海賊からせしめた物のようですね。その時の戦闘で船が故障し、この星に不時着したわけですが……。下手をしたらこの星は無くなっていました。というか、よく千年以上も起爆せずにいれたものです。この容器が破壊されたらそれでこの星は終わるところでした」
真紅さんが船の外壁にあったコンソールに触れると、指先から光が走り、船内の壁がぼんやりと光り出した。
「今ハッキングして確認してみましたが、エネルギー残量が5%を切っていました。あと百年ほどでこの衝撃吸収装置も動かなくなり、ちょっとの地震などで起爆していたかもしれません」
真紅さんがガラス? の容器をコンコンと軽く叩く。やめて! 心臓に悪い!
「こちら、回収させていただいてもよろしいでしょうか? 本体……上空の船に転移させますので、起爆するようなことはありません。地球の方で管理するというのであれば、無理強いは致しませんが……」
「いえいえいえ! どうぞお持ちになって下さい! お構いなく!」
「では、失礼して」
慌てた様子の百花おばあちゃんが許可を出すと、目の前にあった野球ボールほどの光るコンペイトウは、液体の満たされた大きなガラス筒ごと、フッと消えてしまった。
青白い輝きが消え、外壁の灯りだけが部屋を照らす。僕と百花おばあちゃんはホッと胸を撫で下ろした。
「あんなもん何に使うんだ……?」
「鉱山惑星の資源採掘などにですね。惑星ごと爆破して、後で資源だけを回収するんです。もちろん戦争などで使われることもありますが。【帝国】も何度か使っています」
Oh……。宇宙の常識、地球の非常識……。そういやミヤビさんも個人単体で星一つ破壊できるんだっけか……。あの人が惑星破壊装置じゃねぇか。
「数十年前、あの『ミカボシ』をなんとかエネルギー資源にできないかと考えたことがあったけど、思いとどまって本当に良かったわ……」
さすがの百花おばあちゃんも顔色が悪い。そりゃそうだ。地雷の上でタップダンス踊ろうとしてたようなもんだからなあ……。
「船に張られたステルスシールドのせいで感知できませんでしたが、よもやあのような物があったとは……。早めに回収できてよかったです。というか、おそらく忘れてましたね、陛下は」
真紅さんの言葉に、その可能性はかなりありそうだと思い、僕は大きなため息をつかずにはいられなかった。ミヤビさんのうっかりのせいで地球が滅ぶところだったわ。
「じいやさんから叱ってもらうかな……」
「いい判断です。陛下も幼少の頃からの教育係であるマルティン様には強く出られませんので、効果的かと思われます」
「じいやさんというのは……?」
僕らの会話に百花おばあちゃんが疑問を投げかけてくる。
「【帝国】の宰相であるマルティンさんです。ミヤビさん……皇帝陛下の教育係だったそうで、唯一頭が上がらない人なんじゃないですかね? マルチーズのような外見をしてますけど、【帝国】の人にしてはちゃんとした人です」
まるで【帝国】の人間はみんなおかしい、と言っているみたいだが、常識外れ、という点ではそんなに外れてはいないと思う。
「よくわからないけど、白兎君はそんな上層部の人とも繋がりがあるのね……。いえ、皇帝陛下と交流がある以上、そうなるのは普通なのかもしれないけど……」
百花おばあちゃんは真紅さんの方に向き直り、居住まいを正した。
「真紅さん。【帝国】は白兎君をどうするおつもりなのでしょうか。それによっては『白』の一族も今までの考えを改める必要が出てきます」
「皇帝陛下としては、『龍眼』を受け継いだ殿下を息子同然と扱っておりますので、ゆくゆくは【帝国】を継がせたいと思っておられるようです。ですが……」
「いやいや、その話は断ったでしょうに」
【帝国】の後継者なんて荷が重すぎる。一般人の僕には無理だ。
「とまあ、殿下がこのように申されますので、根気強く説得中ですね」
「うーん、白兎君が【帝国】を継ぐなら、『白』の一族は完全に【帝国】側一択なんだけど……」
いやいやいや。それって地球の親宇宙人側がいきなり【帝国】側になるってことだよね? 完全に【帝国】の一人勝ちじゃん。【連合】と【同盟】の人たちも怒るだろ……。トンビが油揚げをさらわれるようなもんでしょ。
『白』の一族と一生懸命交渉してきた【連合】も【同盟】も、なんだこの茶番、ってならない?
「それと説得とともに、なんとしても皇族の子孫繁栄を促さなければならないので、殿下のお相手を何人か選出中です」
「初耳ぃ!?」
「ああ、【帝国】を継ぐのは白兎君の子供でもいいわけね? …………白兎君、遥花とかどうかしら?」
「候補の一人ではあります。同じく陛下の血を継いでいますから」
「待って待って、勝手にズンドコ進めないで!」
お見合いおばさんの如く、勝手に人の結婚相手を決めないでほしい。そこに愛はあるのかい!?
「陛下曰く、皇妃は何人でも可とのことですので。最低でも三人は……」
「却下! 結婚相手くらい自分で決めます!」
「まあ、まだ早いかしらねえ。でも結婚なんて早いうちにした方がいいのよ? 変に落ち着いてからだと、腰が重くなるから……」
「そこまでおっしゃるのでしたらしばらくは待ちましょう。ちゃんとしたお相手ができるのであれば、それに越したことはありません」
ぬぐぐ……! 暗に『お前結婚できないだろ』と言われている気がしてならない……!
二十歳過ぎればきっと……! 二十五までにはさすがに……! 三十までにはなんとか……?
これ、彼女を作らないと強制的に宇宙人のお嬢さんとお見合いさせられる流れなの?
別に宇宙人差別をするわけじゃないが、いろいろとハードルが高すぎる……!
「ともかく、【連合】と【同盟】、両陣営に【帝国】とも接触したと伝えて、改めて地球側との交渉を持ち掛けましょう。個人的には【帝国】を頼りたくなりますが、一族の代表として考えるなら、まだ決めるには情報が足りませんし」
まあ、そうだよな。地球全体としてのメリット、デメリットを考えないといけないよな。
【帝国】と手を結ぶことが、本当に地球のためになるのか? とか。
あの暴れん坊皇帝に地球の行く先を委ねてもいいものか……? ううん……個人的にはダメな気がするんだよなあ……。
我が御先祖ながらそういった方向の信頼感は限りなく低い。なんか適当にやりそう。どうにも脳筋っぽいんだよなぁ、【帝国】って……。
これからの地球の未来を心配しつつ、母屋の方へと戻ってくると、リーゼと一緒にいつの間にか来ていたノドカとマドカが一緒にせんべいを食べてた。
家から飛び出してきちゃったからな。二人ともここまで追いかけてきたのか。
「えーっと、じゃあリーゼは【帝国】側に引き渡すってことでいいんだよね?」
「引き渡すって……。なんか犯罪者みたいな言い方はやめて」
「んじゃ【帝国】側に寝返るってことでいいんだよね?」
「それも印象悪いし! いや、ホントのことだけどさ!」
はいはい、わかったわかった。【帝国】にスカウトされたってことで。
ここからは真紅さんがリーゼを引き取り、監視下に置くということになるらしい。
しかし【連合】の方も、いきなり自分のところの調査員がスパイの疑いをかけられていなくなったらいろいろと問題があるんじゃないかね? 円満退職ってことにはなるまい。
「そこはどうにでもなります。ちょうどいいスケープゴートもおりますし、そちらに全てひっかぶってもらいましょう」
「スケープゴートって、捕まったリーゼの上司?」
真紅さんの話によると、リーゼは上司の汚職を見つけ、上に告発するつもりだった。しかし、それを察知した上司がリーゼを消そうと追っ手を向ける。リーゼは百花おばあちゃんに助けを求め、たまたまそこに挨拶に来ていた真紅さんが彼女の窮地を救う。リーゼの行動に感銘を受けた真紅さんが【帝国】へとスカウト。命を救われたリーゼはこれは断れないと仕方なく承諾した……という筋書きらしい。
「いや、大雑把すぎない……? 本当にそれで納得するの? 【連合】は?」
「納得しようとしまいと、それが【帝国】側の真実ですから。末端の調査員一人のために組織全体の不利益になるようなことはしないでしょう?」
「頼もしい……! 転職して正解!」
自信たっぷりの真紅さんに、リーゼはキラキラとした目を向けていた。
まあ【連合】も怪しみはするが、何もできないか。だけど、リーゼの言っていた同僚の引き抜きが本当に起こりそうでなあ……。真紅さんなら簡単にやってしまいそうだ。
【連合】もリーゼどころじゃなくなるかもしれんな……。
◇ ◇ ◇
一夜明け、リーゼは普通に登校してきた。
とりあえず居候先の伯父さんの家……つまりはうちのお隣だが、そこに襲撃者のような者は来なかったようだ。ちなみに隣の老夫婦は元の洗脳状態に真紅さんが戻したらしい。
突然の展開に、当然ながら同僚からの連絡があったらしく、例の真紅さん作のでっち上げストーリーを話すと、よくやったと逆に褒められたらしい。
リーゼの捕まった上司はよほど嫌われていたとみえる。
「リーゼロッテ・シュテルンはいるか!?」
昼食時、現生徒会長である翠羽翡翠がリーゼのところにやってきた。
こいつ、【同盟】の人間なんだよな……。またなにか面倒な予感が……。
と、僕が考えていると、その後ろに元生徒会長の更級先輩の姿もあった。【同盟】の二人が揃って来訪か。
「翠羽先輩、うるさいですよ。みんなに迷惑です」
「ぐっ……! 話がある。ちょっと顔を貸してもらおうか」
リーゼに注意され少し怯んだ翠羽がそう言うと、リーゼはため息をつきつつ席を立った。
「因幡君も来てくれる? 貴方にも聞きたいことがあるから」
「え? 僕も?」
更級先輩にそう言われ、一瞬躊躇ったが、リーゼと同じく席を立った。これは間違いなく宇宙の話だな……。
心配する遥花と奏汰に大丈夫だと伝えて、僕らは二人の先輩についていく。
やがて生徒会室に辿り着き、中へと入ると翠羽が中から鍵をかけた。
「リーゼロッテ・シュテルン。【帝国】側に寝返ったというのは本当か?」
「人聞きの悪いこと言わないで下さい。寝返ったんじゃありません。スカウトされたんです」
翠羽の質問に、心外だとばかりに答えるリーゼ。スカウトとというか、本当は亡命だけどな……。
「スカウト……? お前程度の調査員が【帝国】に? 有り得んだろう、それは」
「ちょっと更級先輩! 貴女のとこの後輩、躾がなってないんじゃないですか!?」
「ごめんねぇ。口の悪さを直すように言ってはいるんだけど……」
どうやら向こうもリーゼのことは調べているようだ。その上でスカウトなんて有り得ないと判断するということは、リーゼってやっぱりポンコツ……?
「因幡君にも聞きたいことがあるんだけど。百花さん、【帝国】と取引をしているの?」
「取引というか、ご挨拶はしてましたよ」
更級先輩の問いかけに、僕は正直に答える。取引とかは別にしてないし、挨拶は普通にしてたしな。
真紅さんには昨日のうちに、【連合】と【同盟】側にはどこまで話していいのか一応聞いておいた。結果的には僕と【帝国】の繋がりさえ隠しておけばいいというアバウトな返答だったけども。
「ここにきてなぜ【帝国】の者が『白』の一族と接触を? それが一番不可解なのよ」
「あー……百花おばあちゃんが持っていた御先祖様の遺産を引き取りに来たそうです。パレルマってやつ……」
「「「パレルマッ!?」」」
しまった。リーゼまで驚かせてしまった。
「そんなものを隠し持ってたの!?」
「どういうことだ!? 自爆でもするつもりだったのか!?」
「ちょっと白兎君!? それは聞いてないんですけどぉ!?」
全員から問い詰められるが、僕のせいじゃないからな? 僕の御先祖様のせいだけど!
「百花おばあちゃんはそれがなにかは知らないでずっと持ってたみたい。あまりにも危険だからって真紅さんが持ってった」
「そんな危険物が近くにあったなんて……【同盟】の調査員もなにしてるのよ……! ったく、帰ったら……ちょっと待って、『真紅』?」
ぶつぶつと文句を言っていた更級先輩が、不意にこちらを向く。
「真紅って……。まさか……帝国皇帝旗艦の『真紅』……?」
「あー……さあ? そう名乗ってましたが」
マズい、余計なこと言った……。まあ、僕と直接的な関係があることさえバラさなきゃ、どうにかなる、か?
「これは……思ったより話が大きいわ……。上に報告して百花さんにちゃんと話を聞かないと……! 翠羽君、今日は私、早退するわね。お先に!」
「会長!?」
更級先輩がその場からフッと消える。【同盟】の船に転送されたのか?
「いったい何がどうなっている?」
翠羽がリーゼを睨むが、彼女は大仰に肩をすくめるだけ。
「【帝国】側にはなったけど、私はまだスカウトされたばかりの新人よ。詳しいことはなにも知らされてないわ」
「ムウ……。【帝国】が干渉し始めたとなると、今までのようにゆったりと構えてはいられんか……。こうしちゃおれん、対策を立てねば……!」
更級先輩に続いて翠羽もフッと生徒会室から消えた。
なんか大事になってんなあ……。大丈夫か、これ……?
「余計なこと言ったかな……?」
「まあ、百花さんが誤魔化してくれるとは思うけど。今朝も元同僚からいっぱい連絡が来ててさ。返信するのが大変だったよ……」
【同盟】だけじゃなく【連合】の方もバタバタしてそうだな……。
それだけ【帝国】の介入ってのは大きな事件なんだろう。良くも悪くも注目を集めちゃっているな。
「落ち着いたら元同僚の何人かを引き抜く予定だから、【連合】はもっと混乱するかもねえ」
「あれ本気だったんだ……」
「本気というか、私だけが解放されるのはさすがに気が引ける……」
どんだけブラックなんだよ、【連合】は……。
「地球って【連合】と【同盟】の共同管理の現場だから、気が抜けないの。毎日緊急の案件がいくつも飛んでくるし。私なんかは学校の潜入任務もあったからまだマシな方だよ。他の部署の人なんてハイパーエナジードリンクを毎日ガブ飲みしてるよ?」
よくわからんが、やっぱりブラック企業も真っ青らしい。そういや、捕まったリーゼの上司も青い肌の宇宙人だったな……。そういう理由で青くなったわけじゃないとは思うけど。
ここにきて【帝国】が地球の舵取りに参入となると、【連合】も【同盟】ものほほんとはしてられないだろう。
ひょっとしたら、【連合】と【同盟】が手を結ぶ、なんてこともあるかもしれない。【帝国】に好き勝手させるわけにはいかないだろうからな。
いろいろとキナ臭くなってきたなあ。
僕がそんな疲労感を感じていると、スマホに着信があった。誰かと思って着信画面を見ると、『レンシア・レンフィールド』の文字。
レン……レンシアから? 珍しいな。
「はい、もしもし?」
『ア、白兎さン、急にすみませン。えっと、ウチのパパ……あ、お父様が、白兎さンに会いたいって言ってるんですけど、お時間貰えまスか……?』
ずいぶんと日本語に慣れてきたレンシアの言葉を聞き、こっちもか……と僕は諦念に似た感情を抱いた。




