■184 新装備に新スキル
本拠地の砂浜で、向こうに立つ標的に向けて引き金を引く。
銃口から初級魔法であるファイアアローが撃ち出され、耐久性がそこそこある安い鎧を着せた案山子に見事に直撃した。
続けて二発、三発と装填してある六発を全部撃ち尽くす。
シリンダーを横にスライドし、空になった円筒型の魔弾を取り出した。地面に落ちるよりも早く、僕のインベントリへと自動で収納される。
「【リロード・雷撃弾】」
僕がそう口にすると、新たな魔弾が自動でインベントリから装填される。
再び引き金を引くと、今度はサンダーアローの魔法が案山子に向けて飛んでいった。
「うん、魔法弾の方は問題ないな」
続けて僕が引き金を離さず、引きっぱなしにすると、刀身にバチバチッと、雷のエフェクトが現れた。雷属性が付与されたのだ。
これで直接攻撃でも属性ダメージを与えることができる。ただし、有効な時間は僅か三十秒だ。
まあ効果が切れたとしても再び引き直せばまた付与はされる。だが総弾数の六発分、三分間が限度だ。それ以降は再びリロードする必要がある。
「これは思ったより魔弾の消費量が大きいかもな……」
僕はリンカさんに作ってもらった双銃剣ディアボロス改め、双銃剣『グリモア』を手にそんな感想を漏らす。
どんな魔法(初級だけだが)も撃てる銃に『魔導書』とはなんともシャレがきいてる。
右手に持つ『黒のグリモア』と左手に持つ『白のグリモア』。
生まれ変わった双銃剣に満足した僕だったが、まだ問題はある。
それは弾丸に魔法をチャージしてもらわないといけないということだ。
リゼルに頼んで火属性と風属性は入れてもらったんだけども。ファイアアローとウィンドカッターだな。あと、【ザナドゥ】のゴールディにサンダーアローを入れてもらった。
けども、正直言ってまだまだ足りない。残っている他の属性魔法もそうだが、回復魔法やバフやデバフをかける付与魔法なんかも持っておきたい。
初級回復魔法はレンが持っているんだけど、彼女は今竜の鱗を糸にした布で、みんなの装備を絶賛製作中だ。邪魔はできないよな。
仕方ない。知り合いの魔法使いプレイヤーのところへお頼み行脚といくか。もちろんちゃんと報酬は払うぞ?
なあに、妖精の泉で手に入れたレアアイテムでがっぽり儲けたからな。あと少しぐらい散財しても大丈夫だと思う。
まずは【スターライト】のジェシカさんから回ってみよっと。
◇ ◇ ◇
「いやー……。大変だった……」
知り合いの魔法使いを回る旅に出た僕だったが、魔法職の人からにはなにもなかったのだけれども、同じギルドの生産職の人たちには無言の圧力をかけられることになった。この忙しい原因はお前だと言わんばかりの。
いや、僕のせいってことはないと思うんだが。
他の誰かが白沢を倒しても、こういう流れになったでしょ? って話でさ。
まあ、その後のレアアイテム祭りは僕のせいかもしれないけども……。
じゃあ見つけても放出しなかったらよかったのかというとそうじゃないでしょ?
「だからあれは八つ当たりだと思うんだよね」
「わいも八つ当たりしてもええか?」
ジロリと店の裏で木工作業をしていたトーラスさんが僕を睨む。なんでよ?
「矢を作ってるんですか?」
「わいも一応【木工】と【彫金】持ちの生産職やからな。白沢戦でほとんど使い切ってもうたから、補充せんと。弾切れは怖いやろ?」
まあねぇ。だから僕も魔法弾をチャージしまくってきたんだし。
トーラスさんのような戦闘スキルがほぼないプレイヤーのほとんどが遠距離での攻撃がメインとなる。
飛距離の長い長弓なんかは【弓の心得】や【長弓術】がなくても使うだけなら普通に使えるからな。
さらに言うと生産職のプレイヤーは、だいたいDEXが高いので、命中率もそこそこ高い。
一撃の威力はないし、戦技も使えないが、少しはダメージが入るので、やらない手はないってわけだ。
「ピスケはカタパルトを改良しとるし、オキャンはレーヴェの新しい着ぐるみを作っとる。ホンマ時間がいくらあっても足らんで……。そんな忙しさを生み出した元凶が目の前におったら、イヤミの一つも言いたなるとわいは思うやけど、シロちゃんはどう思う?」
「帰ろうっと……」
目がまったく笑っていない笑顔を向けられて、僕はトーラスさんの店から退散することにした。ちぇっ、愚痴りに寄らなきゃよかったな。
魔法弾もかなり溜まったし、後はポーション類を調合するか、それとも復活薬の素材を集めておくか……あ、新しいスキルオーブを手に入れるって手もあるか。
露店を回ればなにか掘り出し物があるかもしれない。
「なにか使えるようなスキルオーブがあればいいんだけど……」
「ありますよ」
「わあっ!?」
突然横に現れた人物に僕は飛び上がるほど驚いた。いや、実際に飛び上がった。
いつの間にか、ウルスラさんが真横に立っていたのだ。
「脅かさないで下さいよ……!」
「これは御無礼を。なにやら悩んでいらっしゃる様子でしたのでお声をかけさせていただきました」
ぺこりと一礼するウルスラさんだが、そんなに悩んでいたように見えたか? というか、なんでここに?
「こんなこともあろうかと、殿下のお役に立ちそうなスキルオーブを露店で見つけ、買っておきました」
「えっ?」
いや、それは助かるけど、それはありなのか? なんかズルしているような気がするんだけど。
「DWOでは私たちはNPCです。NPCに助けてもらうのは、なにもおかしいことはありません。運営側も推奨すると思います」
「いや、それはみんなは『中の人』を知らないからで……」
『DWO』におけるNPCは地球外からログインしている宇宙人である、なんて事実、みんなは知らないからさ。それを知っている僕が、知り合いの宇宙人に便宜をはかってもらうのはどうにもズルい気がして。
「たとえば知り合いのプレイヤーに手助けしてもらってもズルいことにはなりませんよね? 知り合いのNPCに手助けしてもらっても問題はないのでは?」
「いや、そのNPCの『中の人』が知り合いということがマズいということで……」
「あら、NPCに『中の人』などいませんよ? なにをおっしゃっているのか私にはわかりかねます」
ウルスラさんはにこにこと強引に話を進めてくる。あかん、勝てる気がしない。
「……とりあえずまあ、見せてもらいます……」
「はい」
ウルスラさんはにこやかな笑顔でトレードウィンドウを開いた。そこには三つのスキルオーブが並んでいた。
■【視線投擲】★★
インベントリにある投擲武器を、視線を向けただけで投擲することができる
連続で投擲できるのは二つまで
■【壁走り】★★
足の裏が触れている場所が下になる
初期:最大五秒
■【天駆】★★★
空中に足場を作り、駆けることができる
初期:最大五歩
ええ……? なにこれ、全部とんでもスキルなんじゃないの……?
【視線投擲】はモーション無しでナイフとかを投擲できるってことだろ? 不意打ちや注意を逸らすのに使えそうだし、【壁走り】はその名の通り、壁でも天井でも制限時間の許す限り走れるスキルだ。
そして【天駆】。これってあれだよね……空を歩けるスキルだろ? シロ・スカイウォーカーじゃん。
「どうですか?」
「いや、ものすご使えそうなスキルだけども。こんなのが本当に露店に売ってたんですか?」
「売ってましたよ? まあ、プレイヤーの露店ではなく、NPCの露店ですけど」
NPCの? ……それならあり得なくもないのか?
時たまNPCの露店でレアなアイテムが売りに出されることはあるらしい。だからこそ露店めぐりをしたりするプレイヤーがいるわけだけれど……。まさか【帝国】の伝手で手に入れてきたんじゃなかろうな?
ううん……。スキルオーブをNPCから貰ったり譲ったりされるのは、いたって普通のことなんだけどさ……。実際僕もミヤビさんから【加速】と【二連撃】を貰ってるしな。
「……まあ、これらは欲しいから売ってもらいたいですけど……」
「ではこちらがトータルのお値段になります」
ウルスラさんに提示された金額は決して安くはなかった。だが、僕の財布からギリギリ出せる範囲の額である。……まさかと思うけど、僕の所持金額まで把握してたりしないよね……?
さて、どうしよう……。買うか……?
間違いなく八岐大蛇戦で使えるスキルだと思う。買わないという選択はないよな。
「……これって露店で買った金額じゃないですよね? 元の値段に戻してもらえますか? それなら買います」
「あら、バレましたか。殿下に負担をかけるのは本意ではないのですが……。そうおっしゃるのであれば」
トレードウィンドウに表示されていた金額が、ドン、と跳ね上がる。うおっ……一気に厳しい金額にィィィ……!
三つは無理だ。二つならギリギリなんとか。この中で外すとしたら【壁走り】かなあ……。
これがあれば八岐大蛇の体の上も自由自在に走れるんじゃないかとも思ったが、体を揺すられて弾き飛ばされたら落ちてしまうと思う。
【視線投擲】もそこまで戦局を左右するものでもないけれども、視線で【投擲】ができるということは、投擲ポーションも飛ばせるということだ。見ただけで相手を回復させることができるなんて、これはかなり使えると思う。
「……これとこれを買います」
「はい。ありがとうございます」
ほぼ全財産をはたいて【視線投擲】と【天駆】を買う。ぬおお……! 妖精の泉で稼いだお金がパァだ。
だけど、買っておきゃよかった……なんて後悔するのはごめんだからな。後悔はしていない。……していないったら、していない。
なによりももう一回八岐大蛇戦……というか、それに至るまでのキーモンスター探しをする気になれない。
運が良ければ一体の中ボス戦だけでいいが、運が悪きゃ、八体の中ボスを倒さなきゃいけなくなるんだからな。
いや、どこかのギルドやクランがキーモンスターを倒すまで放っておいて、八岐大蛇戦だけ参加させてもらうって手もなくはないか。だけど、さすがにそれは気が引けるし。
だから、やれることはやっておいた方がいいはずだ。僕らのギルドだけならまだしも、大勢のプレイヤーが一丸となって挑む戦いなんだから、やっぱり勝ちたいじゃないか。
「あ、そういえば最近、ミヤビさんがうちに来ないですけど、なにか宇宙であったんですか?」
「あったというか、これからあるというか……。陛下もいろいろとお考えのようで。まあ、殿下にとって悪いようにはならないと思いますよ」
いや、めっちゃ不安になったわ……。これからなにか起こるぞって言われてんだぞ? ミヤビさんが関わっていて、僕にとって悪いようにならないことなんてあるのか……?
まさかと思うけど、『地球支配に乗り出す』とかはやめてくれよ……? そんなことになったら全力で止めるけどさ……。
いくばくかの不安を僕の心に残し、ウルスラさんは去っていった。
とりあえず手に入れたこのスキルを本拠地に戻って試してみるか。
◇ ◇ ◇
カッ、と砂浜に置かれた標的に手裏剣が突き刺さる。
ふむ、インベントリから投げる物を設定できるのか。命中率はちょっと低いかな。あと発動までにちょっとタイムラグがある。
目標を視認して、『投げる』と決めてから、約一秒ほどの間が空く。
たぶんこれらは【視線投擲】の熟練度が低いからだと思うけどね。熟練度が上がれば、命中率も上がってタイムラグも減っていくんじゃないかな。
ただ、この【視線投擲】にも弱点はあって、当然ながら視界を遮られてしまうと投げることができない。
普通に投げるなら、目の前に壁があっても山なりに投げればいいだけだが、【視線投擲】だと、視線が遮られている時点で投げられない。
空に視線を向ければ、と思ったが、目標となる対象物がないと投げられないみたいだ。まあ、投げられたとしても普通に投げるより力加減の調整ができないから当てられないと思う。
それと、連続して二つまでしか投げることはできず、次に視線で投げられるようになるまで、およそ五秒ほどかかる。それなら手で投げたほうが早い。
便利は便利だが、あくまでも補助といった感じだな。投げるモーションがないだけ、相手に気取られることなく投擲できるのはかなり有利だ。
相手からしてみたら、僕は何も動いていないのに、突然ナイフが飛んでくるんだからな。そりゃびっくりするに決まってる。
僕がこのスキルを持っていると知っていても、常に警戒しなきゃならないわけだから、それだけでも牽制にはなる。
そしてもう一つの【天駆】だが……。
「よっ」
軽くジャンプ。その蹴った足とは逆の足で空中を蹴る。さらに高く跳び、また反対の足でジャンプ、と空中を五回蹴ってかなり高いとこまで跳んだ。
六回……はやっぱりできないか。そして落下──から着地、と。ダメージを受ける……。
ううむ。高いところまでジャンプできるのは便利なんだが、毎回落下ダメージを喰らうのもな。そこまで大きいダメージじゃないけど……。
「使うとしたら……こうか?」
僕は【加速】で砂浜を駆け出し、斜め前にジャンプして正面の空中を【天駆】で蹴り、逆方向に跳ぶ。飛んだ先でさらに逆方向に蹴り跳び、空中をジグザグに高速移動した。
「フェイントには使えそうかな」
なによりもこれにより、空中での回避手段ができた。
どんなに素早い動きができても、空中では避けることができない。
だけど【天駆】があれば、空中で矢を射かけられても避けることができるのだ。……蹴る回数が残っていればだが。
あくまでもこのスキルは空中を『蹴る』ことができるスキルってだけで、ずっとその場に留まれるわけじゃないんだよな。
「あとは……」
どんな角度からでも蹴れるから、縦横無尽に攻撃もできる……か?
ちょっと試してみよう。
僕は浜辺に建てられた標的のカカシ君(ミウラ命名)に向けてインベントリから取り出した『ヒノキの棒』を構える。
「【一文字斬り】」
カカシ君へ向けて戦技を一閃。横を駆け抜けてすぐに空中を蹴り、後ろから相手へ向けて再び【一文字斬り】を放つ。そして再び空中を蹴り、さらに【一文字斬り】。
これを繰り返し、計六回の【一文字斬り】を連続で放つことができた。【六文字斬り】だ。いや違う、六の字じゃない。
これは……使えるんじゃないか? 【分身】すればさらに……いや、【分身】すると跳んでいる分体が邪魔になるな。
六連続での【一文字斬り】。確かに対人戦ではかなり使える戦技だと思う。けれども八岐大蛇に使えるかっていうと微妙かな……。
そもそも【一文字斬り】は相手の横を駆け抜ける際に斬りつける技だからな。八岐大蛇にはおそらく使いづらい技だと思う。
まだ立ち止まっての【十文字斬り】の方が使い勝手はいい。
その後、【天駆】を使っての戦技をいくつか試してみた。空中を蹴って勢いをつけてからの【ダブルギロチン】なんかは使えそうだが、それほど威力が増すわけでもないっぽい。
「やっぱり基本的にはフェイントとかに使う感じかな……。空中で急に方向を変えたら対処するのは難しいだろうし」
【視線投擲】も、相手の虚を突く攻撃だし……なんか僕、ますます暗殺者っぽくなってきてないか……?
このままでは『首狩り兎』に加え、『暗殺兎』なんてのまで二つ名に追加されてしまう。
ひと通りの検証を終えて、ギルドホームに戻ると、ミウラが新しい鎧を着てご機嫌な笑顔で回っていた。
「あっ、シロ兄ちゃん! これどう?」
「おお、似合ってるじゃないか」
ミウラはできたばかりの鎧を僕に見せつけてくる。
前の鎧は和風の武者鎧だったが、今度のは和洋折衷という感じの鎧である。
作りとしては西洋風な感じなのに、和風テイストも感じられる、なかなかの作品だ。
「これって、翠竜の鱗でできているんだよな?」
「そうだよ。ほら、ここに竜がいるんだ」
ミウラがガントレットを僕に見せてくる。そこには確かに竜のような装飾がされていた。
……いや、翠竜って西洋の竜なんだけど、これは東洋の龍だな……。リンカさんは翠竜に会ってないからまあ仕方ないか……。
「それとこれ!」
ミウラが背中から大剣を引き抜く。おい、部屋の中で抜くな!
僕の前に構えたミウラの大剣『スパイラルゲイル』は、少しデザインが変わっていた。これって改良版か?
「『スパイラルゲイル・改』だよ! 竜の鱗の粉をコーティングして攻撃力を上げ、妖精の粉を使って少し軽くなっているんだ!」
攻撃力増加に重量軽減か。それはいいな。
「そしてレンのマフラーね! シロ兄ちゃんみたいに自動防御機能はないけど、魔法防御力が高いんだ」
ほほう。【鬼神族】の魔法防御力の低さをカバーするアイテムということだな。【鬼神族】はHPが高いから、普通の魔法攻撃を受けても即死ということはないが、大ダメージなのは変わらない。
それを抑えられるなら、ミウラにとってはありがたいアイテムだろう。
「ってことで、ちょっと性能を試しにひと狩り行ってくる!」
さっきからウズウズと落ち着きのない動きをしていたミウラが風のように去っていく。いや、いいんだけどさ……。
「あっ、シロさん! 見て下さい、これ!」
僕が去っていたミウラを見送っていると、今度はシズカが新たな装いで奥の部屋から現れた。
ちょっと待って、おかわりですか?




