■177 言霊の森
「ふざけてんですか?」
「失敬な。これでも呪われている割には高い性能なんやで?」
集合場所である『言霊の森』に来た僕は、そこにいたトーラスさんの姿を見て、思わず口からそんな言葉が出てしまった。
だって、般若の面を被ってるんだもの。初め、誰かわかんなかったわ。
「どんな『呪い』なんです?」
「スキルがまったく使えなくなる。その代わり、STRとVITがかなり大きく上昇するんや」
スキルが使えないってかなりキツくない? 戦闘スキルもダメなんだろ? 武器でただ攻撃するのみになるのか?
「わいは生産職やからな。戦闘スキルはそれほど育ってへんし、使えなくてもあまり問題はないんや。それを補えるくらい攻撃力も防御力も上がってるから、トータルでは悪くはないんやけど、味方のスキルや魔法も受け付けないのがちとキツい」
ええ……? 味方の回復魔法や支援効果も受け付けないの? 自分でポーションとかを使って回復はできるのか。効果は高くてもやっぱり『呪い』のアイテムなんだな……。
「それにしてもその仮面はどうなんですかね……」
「わいだけやないで? 呪われた仮面系はけっこうあるし、強力なものも多いからな。まあ、デメリットも大きくなるけども」
辺りを見回すと、確かに仮面を被っているプレイヤーもちらほらいる。鉄仮面に石仮面、覆面に目出し帽……。まるっきり犯罪者の集団だな……。
【鑑定】持ちの有志が全員ちゃんと呪われているかチェックをしているようだが、呪われているかチェックってなんなんだろうな……。
「やあ、シロ君。……なかなかオシャレなベルトだね……」
「……アレンさんも……どっかの世界的に有名な人みたいですね……」
僕のところにやってきたアレンさんは、首から下を銀竜の鎧で覆われていた。
リンカさん曰く、全部が全部銀竜の鱗ではないそうだが、どことなく竜っぽいイメージを感じる装備だ。
クラン【白銀】の命名の由来ともなった銀竜の素材からできた装備である。まさにクランの象徴とも言える。
……が、それを台無しにしているのがアレンさんの頭の装備であった。
いや、茨の冠って。なんでそんな装備?
話を聞くと、あの茨の冠は毎秒ごとに1ダメージを食らう呪われたアイテムらしい。
で、首から掛けている十字架のが、毎秒ごとにHPが1回復するレアアイテムで、それで相殺しているんだそうだ。
「ずっと頭の中で、ダメージの『ドゥン』って音と、回復の『ピロン』って音が何回も繰り返されてね……。さすがにSEをオフにしたよ……」
まあなあ。『ドゥン』『ピロン』『ドゥン』『ピロン』『ドゥン』『ピロン』……って無限に繰り返されたら気がおかしくなるわ。
十字架の方はHP回復するとはいえ、耐久性が低く、半日もすれば壊れてしまうそうだ。
だから最低でも半日で白沢を見つけて倒さないと、アレンさんはダメージをただ受けるだけになってしまう。呪いを解くわけにはいかないからな。予備としてもう一個用意してはあるらしいから、まあ大丈夫だろう。
大抵の人は小さな呪いを受けるアイテムを装備しているが、中には自分にはあまり影響がない大きなマイナスの呪いを受けて、プラスの恩恵をつけているプレイヤーもいるようだ。
「あ、ミヤコさんだ」
久しぶりにミヤビさんの義妹であるミヤコさんに会った。【雷獣】の時も【酒呑童子】の時も不参加だったんだよな。
「ミヤコさん、お久しぶりです」
ミヤコさんに挨拶すると、彼女はこくんと小さく頷いた。
「今回は参加されるんですね。呪いのアイテムは?」
僕がそう尋ねると、ミヤコさんは無言で喉にはまっているチョーカーを指差した。
チョーカーというか、棘のついた首輪なんだが。それが呪いのアイテムか?
「どんな呪いなんです?」
それに対してミヤコさんは口をパクパクと開けるだけで何も答えようとはしない。え? どういうこと?
「シロさん、【沈黙】なんじゃないですか?」
僕が疑問に思っていると、隣にいたレンがそう教えてくれた。ミヤコさんはそうだとばかりにコクコクとうなずいている。
なるほど【沈黙】か。ミヤコさんは魔法も使わないし、元々ソロだから連携するような戦い方もしないしな。
よく見ると、似たようなチョーカーをつけているプレイヤーをちらほら見かける。
魔法職でない限りは、【沈黙】の呪いは結構無難なのかもしれない。コミュニケーションは取りにくいけどね……。
「久しぶり」
「お、ユウも参加か」
僕らのところへソロプレイヤーのユウがやってきた。彼女も前回、前々回と不参加だった。これは頼もしい限りだ。
「ユウはどんな呪いを?」
「これ」
そう言ってユウが見せてきたのは、『黒兎の足』だった。LUK(幸運値)が大きく下がる呪われたアイテムだ。
「ボクは元々LUKが高いからそれほど痛くはない。平均値より少し下回るくらいで済む」
ユウは幸運値の高い【夢魔族】だからな。それほど被害はないのか。
本来ならば確率的なものが大幅に下がるため、ドロップ率とか回避率とかクリティカル成功率とかがキツくなったりするんだけどね。
レイド戦でドロップ率を下げると、レアアイテムが手に入らない可能性が出てくるからな。ユウのように基本的に高かったりする【夢魔族】とかじゃないと、装備しにくいような気がする。
なにげにLUKって上がりにくいし、上げるアイテムも少ないんだよね……。下げるアイテムはけっこうあるけども。
「みんな、ちゃんと状態異常を確認したかい? 準備ができたら、まずは森の周囲をぐるりと回って、それから中央に寄せながらぐるぐると中心に向かうことにするよ」
言霊の森はそれほど大きくない。二時間もあれば全部を見て回ることができると思う。
幸いこの言霊の森は、他のギルドやプレイヤーたちもあまり注目されていないため、(小さい森だし、探索しても何もないことは情報サイトで知られているからな)二時間くらいなら誰も入ってこないと思う。状態異常じゃないプレイヤーが森に入ってきたら台無しになるため、一応森の前のポータルエリアには見張りを置いていくらしい。足止め要員かな?
そもそも第五エリアまで来ているプレイヤーたちもまだ少ないし、まあ大丈夫だろう。
気合いを入れ直し、アレンさんを先頭に僕らクラン【白銀】は怪しげな雰囲気を放つ奇妙な森へと静かに足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
「出ないですね」
「まあ、そう簡単に出現するとは思ってなかったけどね……」
隣を歩くレンの呟きに僕はそう答える。
すでに森の周囲を一周し、少し中央に寄せて二周目を回り始めている。
何度か森の中からモンスターが現れて戦闘になったりしたが、さすがに多勢に無勢、あっという間に殲滅してしまう。なんだか申し訳ない気持ちになってくるな。
しばらく森の中を進むとひんやりとした感覚が漂ってきた。
ふと気づくと、薄らと霧のようなものが周囲に漂い始めている。
「天候エフェクトでしょうか?」
「かもしれないけど、注意したほうがよさそうだ」
進むに連れ、だんだんと霧が濃くなっていく。本来ならばはぐれてしまいそうなところだが、マップ機能のお陰ではぐれないですんでいる。
「どう考えてもこれはおかしい。普通の天候エフェクトじゃないぞ。ひょっとしたらもう白沢との戦闘に入っているのか……?」
「シロさん! みんながいません!」
コートを引かれ振り向くと、レンの後に続いていたウェンディさんたちの姿がなかった。
慌ててマップを確認するが、周囲に僕とレン以外の光点がない。
どういうことだ? マップが機能しなくなっているのか、それとも僕ら以外の全員がどこかに飛ばされたのか? あるいは逆に僕らだけがどこかに飛ばされ……。
そこまで考えて、ハッ、と思いつく。まさか、前の時と同じように、ソロモンスキルを持っている者だけを引き寄せた?
いや、【白銀】には、他にもソロモンスキル持ちはいる。僕らだけってのはおかしい。やはりマップが機能していないのか?
そのとき、漂う霧の中に獣の影が見えた。今のは……まさか白沢か?
駆け出して確かめてみたい衝動に襲われるが、この霧ではレンともはぐれてしまうかもしれない。
「はぐれないように手を繋いでいこう」
「え? は、はは、はい!」
おずおずと差し出してきた小さな手を握る。レンがキョドキョドとしているが、みんながいなくなって不安なのかな。顔が少し赤いけれども。
僕らは影が見えた方向へ少し小走りで向かうことにした。少し進むと、また獣の影が現れては霧の中へと消えていく。
おかしい。まるで僕らをどこかへと誘い込んでいるような……。
「シロさん、霧が薄れてきましたよ」
レンの言う通り、先ほどまで先が見えないくらい濃かった霧が、いつの間にか薄らいでいる。
これなら少しは歩きやすいな、と思った次の瞬間、茂みの中から大きな剣を持ったゴブリンが現れ、僕らに向けてその剣を振り下ろしてきた。
レンの手を離し、その大剣をギリギリで避ける。
「レンは下がって援護を!」
「わっ、わかりました!」
小さなゴブリンがその身に合わない歪な大剣を振り回して攻撃してくる。振るうスピードがとんでもないな。なんとか避けられるけど……。読みやすい太刀筋だ。
大剣ゴブリンの攻撃を避けながら、レンから引き離していく。するとその先に待ち構えていたように今度は槍を持ったゴブリンが現れた。
構えた槍の先が一瞬ブレる。
次の瞬間、上・中・下と分かれた突きが同時に飛んできた。これって槍の戦技、【三段突き】か!?
これは避けられない……!
「【神速】!」
一瞬でスローモーションの世界になった中を、僕は放たれた槍を必死になって躱していく。うおお、危なっ!? 頬を掠ったぁぁぁ!
避け切ったらすぐに【神速】を切る。バランスを崩したけど、ゴロゴロと横に転がって二匹から距離を取り、体勢を立て直す。
こりゃあどっちとも普通のゴブリンじゃないぞ。
気合いを入れ直し、攻撃を仕掛けようとしたのだが、なぜか向こうはお互い顔を合わせて戸惑っている。なんだ? ギャアギャアと何か話しているようだが……よくわからんが、斬り込むチャンスか。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!」
レンが背後の茂みの中から飛び出してきた。二匹のゴブリンが槍と大剣を構えて警戒する。
レンは僕のところまで来ると、突然ステップを踏み始めた。
え? なんでダンス……? まるで猫のように、握った手をクイクイと動かし、腰をフリフリと可愛いダンスを続ける。なんだこれ? 可愛いんですが。猫耳と尻尾があればさらに可愛かったと思います。
すると驚いたことに、目の前の二匹のゴブリンも、レンと同じようににゃんこダンスを踊り始めた。え……なにこれ? 敵に踊りを踊らせるスキルなんてあったかな……?
「やっぱり! このゴブリンはミウラちゃんとシズカちゃんですよ!」
「やっぱりこのゴブリン、レンだ!」
「ええ! レンさんですわ!」
「は?」
突然二匹のゴブリンがミウラとシズカの姿に変わった。えっ、なにこれ!? どういうこと!?
「たぶん私たちは二人がゴブリンに見える状態異常にかかってたんです」
「あたしたちの方もゴブリンとホブゴブリンに見えていたよ」
「同士討ちになるところだったのか……」
レンの仲裁がなかったら、どっちかが死に戻りしていたかもしれない。
この状態異常は相手の正体を看破すると解除されるのかな?
これは結構面倒だぞ……。出てくるモンスターをいちいち味方かどうか確認してからじゃないと攻撃できないじゃないか。
「っていうか、さっきのダンスはなんだったんだ?」
「うちの学校のダンスの授業でやってるやつだよ。グループごとに振り付けが違うから、すぐにレンだってわかった」
僕の疑問にミウラが答えてくれた。なるほど。学校でのオリジナルダンスか。そりゃわかるわな。
しかしそれは同じ学校だから通じたのであって、他のプレイヤー間では通じない。どうしたもんか……。
僕が悩んでいると、レンがインベントリから何かバスタオルサイズの布地を取り出して、なにやら筆で書き始めた。
レンはそれをバッと僕らに広げてみせる。
『私たち、モンスターに見えるかもしれませんが、【月見兎】のプレイヤーです。攻撃しないで下さい』
「たぶん、装備はモンスター用に見えてしまうと思いますが、持っているアイテムはそのままに見えるじゃないかな、と」
「なるほど」
確かにミウラの大剣とか装備とかはゴブリンの持ってるような感じのやつに偽装されてたからな。
これを見ても襲ってくるようなら本物のモンスターってことか。
「……お嬢様?」
振り向くとそれぞれ盾とハンマーを持ったリザードマン二匹と、杖を持ったホブゴブリンが一瞬だけ見え、すぐにウェンディさん、リンカさん、リゼルの姿に変化した。
「なんかゴブリンたちが集まって変な布を持ってると思ったら……これって一体どういうこと?」
リゼルがわけがわからないといった風に目をパチパチさせている。どうやら同士討ちは避けられたようだな。レンの布看板のおかげか?
レンからの説明を聞くと、三人ともきゅっと眉根を寄せた。
「なにそれ、性格悪う……。仲間同士で潰し合いをさせようとしたわけ?」
「これは白沢の攻撃なのでしょうか? だとしたら白沢はこの近くにいる?」
「それよりも他のクラメンも同士討ちをされているかもしれない。止めないと」
リンカさんのいう通り、僕もそれが心配だ。先ほどより霧は薄まってはいるが、まだ視界はよくない。
こんな状況でモンスター(の姿をした仲間)と鉢合わせなんかしたら、間違いなく戦闘になってしまうぞ。
いまだ霧が立ち込める中を僕たちは今度ははぐれないように気をつけて進む。レンの書いた布は僕が広げて持って進んだ。
しばらく進むとアレンさんたち【スターライト】とアイリスたち【六花】、そしてトーラスさんたち【ゾディアック】の面々が勢揃いしていた。ソロのプレイヤーもちらほらといる。ユウもいるな。
幻影は解除されているっぽい。みんなが偽物でなければ、だが。
「みんな無事だったんですね」
「その布は……どうやらシロ君たちもこの霧の幻影に惑わされたようだね」
「やっぱりアレンさんたちも?」
「ああ、危うくジェシカに氷漬けにされるところだったよ」
「悪かったわよ! さっき謝ったでしょ!」
バツが悪そうにギルメンのジェシカさんが叫ぶ。ジェシカさんの魔法を使われたのか……。下手したらアレンさんが死に戻っていたわけだ。そんなことになってたら、【スターライト】としたらやりきれないだろうなあ。
「よく仲間だってわかりましたね?」
僕らだってレンのにゃんこダンスがなけりゃ気付かないままだった。言葉もギャアギャアとモンスターの唸り声としか聞こえないからな。正体を見抜くと通じるようになるんだけども。
「不本意ながらトーラスがね……」
「え? トーラスさんが?」
僕がトーラスさんの方見ると、彼は般若の仮面のままで手を1つ叩き、ピースサイン、親指と人差し指で輪っかを作り、額に水平にした手を当てた。
それって、パン、ツー……そのハンドサイン使ったんだ……。
「あんな馬鹿なハンドサイン使うのトーラスしかいないでしょ。すぐにわかったわ」
アイリスが呆れたようにそう話す。まあ、そのおかげで同士討ちしないで済んだんだから、トーラスさんのお手柄なのかね?
「しかしよくモンスターにハンドサインをしてみようなんて思いましたね?」
「レーヴェがモンスターの動きがおかしいって言うてな。プレイヤーみたいな動きをすると。まさかと思って確認してみたらこれがビンゴや」
レーヴェさんが見破ったのか。そのレーヴェさんは今回恐竜の着ぐるみを着ていた。さすがにそれは動きにくそうなんだが。
「モンスターにしては変にクセがあったり、その状況状況に応じて、臨機応変に動きを変えるところが妙に人間臭いと思ったのでね。プレイヤーがなりすましているか、運営の人間が直接操っているのかと思ったのさ」
そんな動きだけで見極めるのはかなり難しいと思うんだけどな……。
まあなんにしろ、二人のおかげで同士討ちは避けられたわけだ。
そこからは不本意ながら、例のハンドサインでみんなの状態異常を消していったという。
「【カクテル】や【ザナドゥ】は……」
「まだはぐれたままだ。ひょっとしたら何人かは死に戻っているかもしれない」
ううむ。蘇生薬のレシピは教えたから、ギルドそれぞれに何本かは持っていると思うけど、こんなんで使うってのもなあ。
ポータルエリアが近いから、最悪、デスペナ状態でも駆けつけられるとは思うんだが……。
「とりあえずここにいる者たちで、先に進もう。はぐれた者とも会えるかもしれないし」
アレンさんの言う通り、はぐれたみんなを探すことに重点を置いても仕方がない。僕らの目的は白沢討伐なのだから。
未だ霧の煙る森の中をはぐれないようにひと塊になって進む。そろそろ森の中心部だと思うが、今やマップが完全に機能していない。レンと二人の時は他のプレイヤーの位置はわからなくても、マップとしてはまだ使えたんだが。
まるで別の世界に迷い込んだような……。
「おい、なんか光が見えるぞ!」
ガルガドさんの言葉に視線を前へと向ける。霧の中にぼんやりとした光源が確かに見えた。
「ウィル・オ・ウィスプじゃないでしょうね……」
「聖属性を吸収、無効化する? いや、白沢ってアンデッドじゃないでしょ。それはないと思うけど」
後ろから【六花】のアイリスとソニアの話し声が聞こえてきた。
第三エリアのボス、ボーンドラゴンの周囲にいた鬼火のモンスターだな。
それとは違うと思うけど……。
「わ……!」
突然明るい光が広がったと思ったら、周囲の霧が一気に晴れて鮮明な風景が広がっていた。
それは生い茂った木々の間から翠色の光が差し込む幻想的な光景だった。
本当に光に満ち溢れた神聖な場所という感じだ。
「ねえ、あそこ!」
ミウラが突然指を差して叫ぶ。
中心部に大きな岩があり、その上に寝そべってこちらを睥睨している大きな白いライオンがいた。
とうとう見つけたぞ。あれが白沢だ。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■ハンドサイン
手や指の動きを使って、自分の意志や気持ちを周囲に伝えることであるが、日本ではなんでもないバンドサイン(ピースサイン、OKサイン、サムズアップなど)でも、よその国では侮辱に当たることもあるので注意が必要。海外に行く時は気をつけよう。