■174 『同盟』の人々
「自首しにきたのか?」
旧校舎に呼び出した人物は、空き教室に入るなり、そんな言葉を放ってきた。
やっぱり僕を密入星した宇宙人と勘違いをしているらしい。
あの日、【龍眼】の力で転移した僕を目撃したのは、現生徒会長である翠羽翡翠先輩だった。
この秋に生徒会選挙があり、前生徒会会長・更級更紗先輩の推薦を受けて、立候補者が他に誰もいなかったため、無投票で生徒会長となった。
その翠羽先輩が鋭い目でこちらを睨んでくる。なんかアレだな、勝手に犯罪者扱いされるのも腹が立つな。
「まず翠羽先輩は『同盟』の人間、ということでいいですか?」
「そうだ。俺は『同盟』の第一級惑星管理官補佐だ。下手な言い逃れはできないと思え」
第一級惑星……なんだって? よくわからんが、役職持ちらしい。第一級、ってことはかなり上なのか? でも補佐って言ってなかったか? やっぱりよくわからん。
リーゼとなんとなく仲が悪かったから、『同盟』の関係者だとわかると妙にしっくりくるな。まあ『同盟』側で印象がいいのは、ケット・シーのクロぐらいだけども。というか、それ以外知らんし。
「まず、先輩の勘違いを正したい。僕はれっきとした地球人であり、宇宙人ではないです。したがって、密入星者でもない」
「白々しい……。ではお前は宇宙に一度も行ったことのない、現地の地球人だと言い張るんだな?」
「そのとお……あ、いや、宇宙に行ったことは、ある、かな……?」
「フン、つくならもっとマシな嘘をつけ」
こちらを馬鹿にするように翠羽先輩が笑う。ああ、もう面倒だな!
「『連合』と何を企んでいたのか知らんが、俺の担当地域で勝手な真似はさせんぞ」
翠羽先輩が制服のポケットから、なにか四つの小さな穴が空いた金属片を取り出して、それを両手の指に嵌め出した。
ちょっと待て。それってナックルダスターってやつじゃないのか?
手に嵌めたナックルダスターから、バチッ! っと火花がスパークする。げっ、普通のナックルダスターじゃないな!?
ドン! と旧校舎の床を蹴って、翠羽先輩が問答無用に殴りかかってきた。
「【変化】!」
胸元の【龍眼】を握り、僕は一瞬でシロに変化する。シロの素早さを活かし、放たれた右ストレートを身体を横にずらして回避する。
「正体を現したか!」
ちゃうわ。どっちかといったらこっちが偽の姿だわ。
僕を追いかけるようにステップを踏み、さらに飛んでくるワンツー。それを右に左に躱して、大きく後方に跳び距離を取った。
「ちょこまかと! ならば、こいつを喰らえ!」
大きく振りかぶった翠羽先輩の右拳にあるナックルダスターが、バチッ! と、一際大きな火花を散らす。
次の瞬間、打ち出された右拳から大きな雷撃が放たれ、一直線に僕へと向かってきた。げっ!?
「っ、【神速】!」
スローモーションの世界へと入り、それでもかなりのスピードでこちらへと飛んでくる雷撃をギリギリで躱す。あっぶな……! 殺す気か、この野郎!
「【一文字斬り】!」
「ぐはっ!?」
ムカついたので距離を詰め、翠羽先輩……いや、翠羽の横腹に一撃を喰らわす。武器を持っていないため、単に殴っただけになっているが、ちゃんと戦技もトレースできている。
「き、貴様……!」
「先に手を出したのはそっちだからな」
殴られた横腹を押さえる翠羽に追撃で回し蹴りを喰らわす。【蹴撃】で強化された蹴りを受け、翠羽が黒板まで吹っ飛んだ。
やり過ぎたか? いや、殺しに来ている相手に遠慮なんかいらん。
「おのれ、許さんぞ! こうなれば……!」
「む」
立ち上がった翠羽の身体の筋肉が膨張していく。それに従って、肌からざわざわと体毛が増え、顔がまるで獣のように変化していった。おいおい、こいつ、狼男かよ……!
「ガアッ!」
「【神速】!」
獣化したからか、さっきよりも突っ込んでくるスピードが速い。だけど【神速】の速さを超えるほどではなかった。
鉤爪のように伸びた鋭い爪を躱し、カウンター気味にその腹に膝蹴りを入れる。
「ごふっ!? ば、馬鹿な、俺よりも速い……!?」
腹を押さえ、膝をつく翠羽。その目からは未だ闘志は消えていない。面倒だが、一回気を失ってもらうか。その後で拘束し、話を……、
「はい、そこまで」
突然、ガラッと空き教室の扉が開き、一人の女生徒が乱入してきた。
「か、会長……」
「更級先輩?」
そこにいたのは前生徒会会長、更級更紗先輩であった。
狼男になっている翠羽になんの反応も示さない。……もしかしてこの先輩も『同盟』か?
「まったく、勝手なことして……。翠羽君、現地の人間に危害を加えることは、重大な規定違反よ? わかってる?」
「い、いや、こいつは違法な密入星者で、」
「ちゃんと調べて裏取った? この子は百花さんのお兄様のお孫さん、おそらく『白』の一族よ」
「なっ……!?」
は? 『しろ』の一族? 『白』? 『シロ』?
というか、なんでここで百花お婆ちゃんの名前が出てくるんだ?
「……その様子だと知らされていないみたいね。私たち『同盟』と『連合』が地球にやってくる前……戦国の時代から、この星に訪れた宇宙人たちと秘密裏に交流していた一族……それが『白』の一族よ。百花さんはその一族の当主。地球において、我々『同盟』も無視できない影響力を持っている人なのよ」
「はあ!?」
百花おばあちゃんが、宇宙人たちと交流してる!? 待て待て待て、いろいろと情報が多い!
百花おばあちゃんも血筋的にはミヤビさんの血を引いている。宇宙人との繋がりがなにかあってもおかしくないのか……? 【龍眼】ももともと百花おばあちゃんからもらったものだし。そういえば『おやま』にはミヤビさんの乗って来た宇宙船が……。
「その関係者に勘違いとはいえ襲いかかるなんて……。翠羽君、仕事熱心なのはいいけど、もっと慎重に行動しろって何度も言ったわよね? 私が止めに来なかったら、地球における『同盟』の立ち位置が危うくなったかもしれないのよ? そこんとこわかってる?」
「す、すみません……」
しゅるしゅると狼男だった翠羽が元に戻っていく。まるで飼い主に叱られた子犬だ。
更級先輩はくるりと僕の方へ向き直り、両手で拝むように謝ってきた。
「ごめんなさいね。翠羽君にはキツく言っておくから。どうかこのことは百花さんには内緒にしてもらいたいんだけど……ダメかしら?」
「え……あ、いや、別にダメではないですけど……」
「よかった! ほら、翠羽君も謝って!」
「す、すみませんでした……」
強引に翠羽の頭を掴んで下げさせる更級先輩。力関係がはっきりとわかるな。更級先輩って、『同盟』でも結構上の人なのか?
【龍眼】の力を解除して、元の姿に戻る。未だ油断はできないが、最悪の場合、僕の合図とともに隣の教室に控えたノドカとマドカ、真紅さんが飛び込んでくることになっているから大丈夫だ。
「……その変身能力もどういうことなのか聞きたいところだけどやめておくわ。『白』の一族には変わった能力者が多いというし」
そうなのか……? ってことは、やはり百花おばあちゃんも何かしらの能力を持ってたりする? 遥花と奏汰にはそういったものは見られないが……。
「今後、私たちが貴方に危害を加えることはないと誓うわ。『同盟』を代表して……と言いたいところだけど、『同盟』も一枚岩じゃなくてね。馬鹿な真似をしないように言い聞かせるつもりだけど、もしも跳ねっ返りが出たら、その時は遠慮なく叩き潰して構いません」
「……自分の政敵をけしかけようって腹じゃないですよね?」
「まさか。そこまで悪どくはないですよ。まあ、潰してくれたら助かるな、とは思いますけれども」
僕の疑問に笑顔で答える更級先輩。どうにも食えない人だ。
こちらとしては僕の情報を広めないでくれたらそれでいいんだが。
ノドカやマドカ、真紅さんたちの介入をギリギリまで抑えたのは、『帝国』と僕の繋がりを『同盟』側にできるだけ知られたくなかったからだ。
ミヤビさんの言うとおり、もう大っぴらにしてしまった方が、僕に対してちょっかいをかけてくるやつもいなくなるのかもしれない。
だけど、それによって宇宙人たちのゴタゴタに巻き込まれるのは目に見えてるからな……。
『帝国』側だって例の『デイストラ』とかいう、【龍眼】の継承候補者がいるらしいし。なるべくなら知られない方向でいきたいわけだよ。
「じゃあ私たちはこれで。学校では普通に接してくれると嬉しいわ」
そう言って更級先輩は翠羽を引きずるように旧校舎の教室を出て行った。
「ふう。なんとかなった……のか?」
よくわからないが、百花おばあちゃんのおかげで丸く収まったようだ。
しかし『白』の一族ねえ……。うちの家系はそんな大それた一族だったのか。いや、ご先祖様に宇宙人がいる時点で、もうアレなんだが。
百花おばあちゃんって、自分が『帝国』皇帝の血筋だって知ってんのかな?
まあ、知らないよなあ。ミヤビさんは地球を離れてから『帝国』を作ったわけだし。
ミヤビさん曰く、血は繋がっていても【龍眼】の力に目覚めなければ『一族』ではないということだが……。
いろいろと面倒なことになりそうだな……。
◇ ◇ ◇
旧校舎を後にし、新校舎の方へ入ったところで更紗は大きく息を吐いて、その場にくずおれた。
「か、会長!? どうしたんですか!?」
「翠羽君、貴方ね……。私たちさっき死ぬかもしれないところだったって気づいてる?」
「え? あいつ、そんなに強いんですか……?」
まったくわかっていない部下に、更紗はさらに大きなため息をつく。
「貴方、もっと気配を探る訓練をした方がいいわよ。あの教室の隣にバケモノみたいな闘気を持った存在がいたわ。それも二人もよ。そいつらがこちらに向かってきてたら絶対に逃げられなかった。私たちは見逃されたのよ」
今考えただけでも背筋が凍る。あの場で取り乱さなかった自分を褒めてやりたい。
おそらくは白兎のボディガードのような存在。それにしてもあそこまでの闘気を持つ存在……。まさか流れの傭兵だろうか?
その二人は気配を隠そうともしなかったが、もう一人、ほとんど気配を感じさせない者がいた。おそらく機人種……まさか殺戮機械種ではないと思うが……。
百花がどこからか通じて、孫の護衛につけた……? それほどあの少年は重要な人物なのだろうか。あの変身能力は地球人からすれば稀有な物ではあるだろうが……。
しかしあの姿……。どこかで見たような……? と、更紗は首を傾げる。辺境の惑星で地球人と似た種族に会ったことはあるが、それとは違う気もする。
「『連合』だけじゃなく、『帝国』も妙な動きをしているっていうし……地球でいったいなにが始まっているのかしら。潜入先に学生を選んだのは失敗だったかもしれないわね」
学生ならば周囲に溶け込みやすく、下手に会社員とかになるよりもしがらみが少ないと思ったのだが、思ったよりも学生は多忙だった。友達付き合いから、毎日の学業に部活、四季折々の行事……。
まあ、その大半は更紗が生徒会長などになってしまったことが原因であったが。
生徒を牛耳るトップになった方が何かと便利だと思ったのだ。実際は生徒のためにあれこれと走り回る、便利屋のような存在になってしまった。
『同盟《本業》』でも中間管理職で苦労しているのに、潜入先でも同じようなことになっている。
「『DWO』のように、キャラを切り替えられれば楽なんだけどね」
百花には内緒にしてくれると彼は言ったが、いずれは彼女の耳に入る可能性もある。
その時は平身低頭謝るしかない。最悪の場合、翠羽を切り捨てる覚悟も必要だ。
ここで『白』の一族にヘソを曲げられてしまっては、地球における更紗の地位も揺らいでしまう。
『同盟』と『白』の一族の間における橋渡し。自分の絶対的なアドバンテージはそこにあるのだから。
信頼は築くのに時間がかかるが、壊れるのは一瞬である。本当に馬鹿なことをしてくれたと、わけがわからない様子の部下にまたため息が出た。
『DWO』における、地球人の宇宙進出を認めるか否かは、未だ決定打が見つからない。
更紗個人としてはどっちでもいいというのが本音だ。ただ、それなりに地球に愛着も出てきてしまったため、宇宙に進出ならずとなった場合、無法者の宇宙人に荒らされるくらいなら『同盟』で接収してしまった方がいいのではとも思う。
『連合』も同じことを考えているのかもしれないが、その時に『白』の一族との繋がりは、強い切り札として使うことができる。
その切り札をもうちょっとで失うところだったのだ。
「いてっ!?」
「ふん!」
思い返すと腹が立ってきて、思わず更紗は翠羽の脛を蹴飛ばした。間違いなくパワハラだが、これくらいは返さないとやってられなかった。
◇ ◇ ◇
「本当にあの慮外者を処分しなくてよろしいのですか?」
「いいから! ちょっとした行き違いってことで!」
真紅さんが『今からでも殺れますよ?』とばかりに言ってくるので、僕はなんとか思いとどまってもらうのに苦労した。
おそらく上空からロックオンされていたんだろうな……。いつでも撃てるように。危ないところだった。
「まあ殿下に擦り傷一つでもつけたなら、その時点で蒸発させるところでしたが」
……ホント危ないところだった!
「擦り傷くらい宇宙の技術ならあっという間に治せるでしょうに……」
「重傷度の問題ではないのです。殿下に傷を付けるなど、一族郎党、いえ、その種族皆殺しにしても足りないほどの大罪なのです。間違いなく皇帝陛下ならそう仰います」
御先祖様が過保護すぎる件について! 種族皆殺しってなに!? じゃあ僕が犬に噛まれたら、この世界からワンちゃんはいなくなるの!? 罪が重すぎだろ……。
まさかとは思うけど……これから犬や猫と触れ合うのはやめとこう……。
「もう一人の方はこちらに気がついていましたね。その上で殿下に交渉を持ちかけるとは……。『同盟』にもなかなかしたたかな者がいるようです」
前会長のことか。真紅さんたちがいると気付いていたから、引いたのか? まあ約束してしまった以上、百花おばあちゃんには襲われたことは言わないけども。
ともかく心配しているであろうリーゼに問題は解決したとメールを打っておこう。同時に捕らえていた翠羽の部下も解放するように頼んでおく。
これでお互い納得済みの『何もなかった』になったはずだ。
はあ……。【龍眼】の力で転移する時は気をつけないといけないなあ。というか【隠密】を使ってから転移すればよかったんだな……。
ゲーム内だと【隠密】はパッシブスキルなので、なにもしないでも常時発動しているが、『変化』で姿を変えた時だと、意識して使わないと発動しないのだ。
ここらへんも気をつけないといけないな。
「それにしても……百花おばあちゃんが宇宙人とコンタクトをとっていたとは……」
「『白』の一族は、戦国の昔から地球に逃げてきた宇宙人たちと友好関係を結び、その力をもって歴史の裏側から世界に影響を与えてきた一族です。アメリカやイギリスにも似たような一族がいますが、『白』の一族には遠く及ばないかと」
「詳しっ……!? え? ひょっとして真紅さん、知ってた!?」
あまりにもスラスラと説明する真紅さんに疑いの目を向ける。
「はい。殿下が陛下の子孫とわかった時点でその系譜を全て洗い出し、徹底的に調査しましたので」
「知ってたんなら、言ってよ……」
「わざわざ知らせることもないと陛下が言うもので、口にはしませんでした」
ってことは、ミヤビさんも知ってるのか。知ってて放置してたってこと?
いや、本来なら『帝国』の皇帝が干渉すること自体がダメなんだろうけども。
「ともかく百花おばあちゃんに話を聞いた方がいいのかな……? ミヤビさんのことも説明して……」
「僭越ながら、それはやめた方がよいかと存じます。陛下の血を引く者と知られてしまうと、その者にも危害が及ぶ可能性があります。殿下以外を一族と陛下が認めていない以上、『帝国』がその者を守るようなことはありません。いたずらに被害者を作るだけかと」
そ、う、なる、のか……?
確かに『帝国』皇帝の血を引く一族、などと知られてしまったら、なにに利用されてしまうかわからない。宇宙人だけじゃなく、地球人にだって拉致されて解剖、なんてことがありえるかも……。
「……その割には僕のことを後継者として公開発表しようとか言ってなかった?」
「公開するといっても、やるなら殿下は皇帝陛下の実の子として発表されますから。地球人など過去の履歴は一切伏せられます。であれば、『白』の一族まで累は及ばないかと」
ああ、ミヤビさんの本当の子供として公開発表される予定だったのか……。確かにそれなら百花おばあちゃんには被害はないだろうけども、って、いやいや、発表されたくはないけどね!?
百花おばあちゃんに話は聞きたいけれども、【帝国】との関連性は話すわけにはいかないってことだな……。
僕の家系がミヤビさんの血筋だとバレると、百花おばあちゃんだけじゃなく、僕の父さん、遥花や奏汰、そのお母さんである一花おばさんまで被害が及ぶ可能性がある。やっぱりここは黙っておく方がいいのか……。
「なんかどんどん秘密を抱えていってるような気がする……」
「殿下がその気になれば抱えることのない秘密でございますが」
「ぐっ……」
真紅さんに図星を突かれて思わず胸を掴む。分かっちゃいるんだけど、そんな簡単に今までの生活を捨てられるわけないだろ!
いつか地球人としての生活を捨てなきゃならない時が来るんだろうか……? いやいや、大丈夫だ。まだなんとかなる。
……なるよね?




