■173 日常の油断
「ゴメン、よく聞こえなかった。なんだって?」
「復活薬を作りました」
「聞き間違えじゃなかった……」
アレンさんが目頭を押さえて首を振る。他のギルドのギルマスたちもポカンとした顔でこちらを見ていた。
「ち、ちょっと待って。『作った』って言った? 発見したとか、ドロップしたとかじゃなく?」
【白銀】サブクランマスターのエミーリアさんがそんなことを尋ねてくる。まあ、疑問に思うよな。
「【調合】で作りました。素材は貴重ですけど、現在手に入る物で作れます。あ、これが現物」
インベントリから『ネクタル』を取り出して、中央のテーブルにコトンと置く。
「ち、ちょっと失礼」
【スターライト】のセイルロットさんが『ネクタル』を手にして【鑑定】している。それを文句を言うことなく、みんながじっと見守っていた。
「間違いありません……。これは『ネクタル』。HP、MP、STが1の状態にはなりますが、死亡状態から復活できる復活薬です」
「マジか……」
【カクテル】のギルマス、ギムレットさんが【地精族】ならではの大きな口をさらに開けてぼそりと呟いた。
「で、これのレシピを公開したいんですけど、クランからってことで公開したくて。いいですかね?」
「えっ、無料で公開してまうんか!?」
【ゾディアック】所属のトーラスさんが驚いたように叫んだ。まあ、商人としたらそうなるわな。
「もったいない……。せやけど、まあ、こればっかりは仕方ないかもしれんなぁ……。独り占めしてたら間違いなくやいのやいの言われるやろうし、金を取るのも阿漕やし。でも、少しはこちらにもメリットが欲しいところやな」
「まあ、必要な素材をいくつか先に押さえるくらいですかね? 間違いなく高騰するんで」
「なるほどなるほど。それならまあええんやないか? 別にずっと独占するわけやないんやし、スタートダッシュがいいってだけやからな。押さえた現物使い切ったらみんなとおんなじ条件になるしなあ」
そう言いつつも悪い顔になってるトーラスさん。これは転売とは違う。えーっと、インサイダー取り引き? ますますイメージ悪いな……。
「とりあえずこれがレシピですね」
「うわ、『氷の心臓』かよ……。フロストジャイアントを周回するのはキツいぞ?」
「でも一個手に入れば何個か作れるからそこまで回らなくてもいいんじゃない? うちのギルドにももう三つあるし」
「やっぱり素材自体も貴重なものが多いね……。まあそれだけの価値はあるんだろうけど……」
僕が差し出したレシピを見ながら、みんながわいわいと議論している。
ここにさらに油を注ぐのは気が咎めるんだが……。
「えーっと、さらにこの上の復活薬である、『アムリタ』と『エリクサー』のレシピもあるんですが、」
『はぁ!?』
うお、これだけの『はぁ!?』の大合唱は聞いたことないな。
「ち、ちょっと待って、この上? さらに効果の高い復活薬ってこと?」
「ですね。でも作ってないので本当かどうかはわかりません。なにせ素材が聞いたこともないので。たぶん第六エリアとかで手に入るんじゃないかと思いますが……」
アレンさんを始め、みんなが頭を押さえている。これ、僕が悪いのか?
「『エリクサー』とか……。もう完全に最高級品やん……」
「あれだよね、手に入れてもクリアまで使わないやつ……」
トーラスさんとメイリンさんが苦笑いしつつ、そんな感想を漏らす。もったいなくて使えないってことかね?
「そっちは公開しない方がいいかな……。現物がなくて検証してない以上、詐欺に取られる可能性もあるし」
「やっぱりそうですよね」
うーん、『エリクサー』は置いとくとして、『アムリタ』の方はできなくはない気もするんだよな……。
ただ、どうやって集めた、と言われると、【セーレの翼】の特殊能力に触れないといけないからな……。
もう隠しててもあんまり意味なくなってしまったし、バレても問題ないような気もするんだけども。
手に入れた当初は、僕じゃない他の入手者から情報が回るだろ、とか気楽に考えていたが、結局今現在に至るまで同じ【セーレの翼】を手に入れたというプレイヤーは聞いたことがない。
いや、そのプレイヤーも黙っているのかもしれないけれども。
そもそもソロモンスキルを手に入れたという情報がかなり少ないんだよなあ。
初期の頃ならまだしも、最近はさっぱり話を聞かない。やはりみんな黙っているのかね?
実際に、ジェシカさん、ガルガドさん、アイリス、ユウ、そして僕にレン。誰一人として公表してないからな。する方が少ないのかもしれない。
【怠惰】だけでこれだけの所有者がいるのだから、全領国を合わせたらけっこうな人数になるんじゃないだろうか。
ともかくクラン『白銀』の意思が決まったってことで、その日のうちに『ネクタル』の情報が【怠惰】の掲示板に載った。
そこからはもう大騒ぎで、【怠惰】のみならず、他の領国でもものすごい噂になっているらしい。
困ったことに『氷の心臓』は【怠惰】のエリアボス、フロストジャイアントからしかドロップしない。
【怠惰】だけズルいんじゃないか、と運営に文句を言う者もいたが、それに対しての運営の返事は、『ネクタル』に関しては、現時点でいくつもの調合法がある、と発表された。
つまり他の領国でもちゃんと作れるレシピはある、と。僕の発見したレシピはそのうちの一つでしかないとされたのだ。
これにより他の領国でも『ネクタル』のレシピ発見に火が着いたが、これについては簡単に解明された。
『ネクタル』のレシピで必要なのは、フロストジャイアントの『氷の心臓』ではなく、正確には『第四エリアボスの素材』だったのである。
【傲慢】の【調合】持ちが、【傲慢】の第四エリアボスであるメガサンドクローラーの『砂の心臓』を『氷の心臓』の代わりに使ってみたところ、見事に『ネクタル』ができたらしい。
どうやら僕の発見した『秘伝・蘇生薬調合法』は、【怠惰】の領国での特化レシピだったようだ。
なんにしろ待望の復活薬が発見され、『DWO』は沸きに沸いた。
そうして次に何が起こったかというと、『ネクタル』の転売である。
それこそ信じられない値段で露店で売られているのも見た。
『ネクタル』は確かに死亡状態から復活する薬ではあるが、HP、MP、STの全てが1で復活するため、使いどころが難しい。
ちゃんと安全を確保して使わないと、使ったそばからまた死んでしまうからだ。
そんな使いどころの難しい薬を死蔵するよりは、と、高値で売る者が増えたわけだ。
現実とは違い、死んだとしてもまたやり直しのきくゲームの世界では、そこまでして生き残らねばならない戦いというものはそうそうない。
ダメだったらもう一度挑戦すればいいのだ。そういった気持ちが『ネクタル』を手放し始めたのである。
だが買う方も、そんな高い金額を出してもHP、MP、STの1復活は割に合わない、と買う人があまり出ず、値段はだんだんと下がり、やがて高いけれど、まだ買えなくはないかな? という値段で止まった。
…………これは言ってなかったのだが。
実を言うと、『ネクタル』の上の復活薬、『アムリタ』と『エリクサー』を作るための基本薬となる素材が『ネクタル』である。
つまり、『ネクタル』無くして『アムリタ』も『エリクサー』も作れないのだ。
これが広まれば、また『ネクタル』の金額が爆上がりするだろう。僕らはその前に充分な量を確保させてもらうとしよう。
そんな腹黒さを抑えつつ、他人が作った『ネクタル』をいくつか買い漁っている僕なのであった。
◇ ◇ ◇
「シロお兄ちゃん、起きるです」
「シロお兄ちゃん、起きるなの」
「んん……?」
ぺちぺちと頭を叩く衝撃で目を覚ます。なんだ? ノドカとマドカか?
眠い目を擦り、枕元の目覚まし時計を見ると、八時十五分を示していた。えっ?
「……っ、寝坊した!」
目覚まし時計のアラームが止まってる!? いつ止めたんだ、僕!?
昨日遅くまでログインしてたから……!
慌てて制服に着替え、学校へ行く用意を済ませる。というか朝のSHRまでもう十分もない。完全に遅刻確定だ!
「……あ。そうか。慌てなくても大丈夫なんだった」
僕は簡単な朝食をノドカとマドカに出し、玄関で靴を履くと、胸元の【龍眼】に意識を集中する。
次の瞬間、【変化】能力が発動し、一瞬にして僕はシロへと変身していた。
そして【セーレの翼】を呼び出して、転移選択ウィンドウを開く。
そこには【帝国皇帝旗艦・ホロデッキ内】という選択場所の下に【星宮高校・旧校舎校舎裏】という選択ボタンがあった。
ふふふ、実は学校に一瞬で行けたら便利かなと思って、こっそりとビーコンを刺しておいたのだ。まあ、あのビーコンは僕にしか見えないのだが。
ピッ、と目的地を選択すると、一瞬にして風景が変わり、僕は学校の旧校舎、その校舎裏に立っていた。
【龍眼】の力を解き、シロから元に戻る。
いやあ便利便利。これで遅刻とはおさらばだな。
旧校舎は所属部員の少ない部活の部室として使われている以外はほとんど使われていない。それも朝に、こんな奥まったところに生徒など来るわけがなく、転移場所にはぴったりだったんだよね。
「さて、早いとこ教室に滑り込まないと……?」
不意に見られているような感覚を覚え、視線を上へと向ける。一瞬、旧校舎の最上階、三階の窓に誰かがいたような気がしたが……。窓に光が反射しただけか……?
光が反射する三階の窓を睨みつけていると、予鈴の鐘が鳴り始めた。
ヤバいヤバい! 急がないと! ここから教室まで一分はかかるぞ!
僕はダッシュで旧校舎を離れ、新校舎の玄関口へと向かった。
◇ ◇ ◇
今日一日の授業を終えて、やっと開放された僕は帰り支度をしていた。
今日は遅刻ギリギリで、ノドカとマドカに適当な朝食を出すことになってしまった。お昼は宇宙に行って昼食をもらっているらしいが、夕飯はちょっと気合いを入れたものを用意するか。
なにがいいかな……。また稲荷寿司でもいいんだが、ワンパターンかな……。ご馳走と言ったら稲荷寿司ばかりでは芸がない。
でもノドカとマドカはお揚げが大好きだからなあ。やっぱり好きな物が出た方が嬉しいだろうし。
お揚げを使った別の料理でいくか……。きつねうどんとかチーズ揚げとか? 厚揚げの甘辛焼きもありだな……。
「白兎君、帰ろー」
メニューを考えながらバッグを肩にかけると、リーゼが声をかけてきた。
基本的にお隣さん同士なので、彼女とはよく一緒に帰ることになる。そのまま一緒にスーパーに寄ったりして、晩御飯の食材を買ったりなんかもする。
奏汰なんかに『若夫婦か』なんて言われたりもするけど、仕方ないだろ、この場合は。
正面玄関を出ると、ぴゅうと強い風が吹いてきた。
「寒くなってきたねえ」
「もう秋も終わりだしな」
すっかり日が暮れるのも早くなった帰り道を、リーゼとたわいない話をしながら歩く。大概が学校のことか『DWO』のことだ。こういったおしゃべりをしながら帰るのも嫌いじゃない。
不意に、すっ、とリーゼがこちらへと距離を詰めてきた。
「振り向かないでね。尾けられてる」
その声に思わず振り返ろうとしたが、なんとか思いとどまった。尾けられてる? 誰に? 誰が?
「僕か? リーゼか?」
「わかんない……。人数も何人なのか……。尾けられているのは間違いないんだけど……」
帰り道にはスーパーもあり、夕方ということもあってそれなりに人が歩いている。こうも人がいると誰が尾けてきているのかわからないな……。
その時、ポケットの中のスマホがわざとらしいほどの音量で鳴り始めた。え、マナーモードにしてあったはず……?
スマホを取り出して、着信画面を見る。って、真紅さん!?
「はい、もしもし……?」
『真紅です。上空から見ておりました。尾行者は五人。おそらく地球人ではありません。殿下がよろしければ、艦砲射撃にて全員抹殺致しますが、いかがなされますか?』
「いえ!? さすがにそれは困ります!」
抹殺って! 艦砲射撃ってなんだよ!? ビーム砲でも撃ち込む気か!?
突然大声を出した僕にリーゼが尋ねてくる。
「な、なに? どうしたの?」
「えーっと、その、『親戚の家の人』がですね、ぶっぱなしますか? って……」
「親戚の家の人……? っ!? こ、断って!」
「もちろん、断ったよ……」
一瞬にして状況を把握したリーゼが慌てて真紅さんの提案を却下する。だよな。
「と、とにかく、ひとまずは安心かな……。【帝国】側がモニターしているなら、私たちは安全……いや、あれ? 安全なのって白兎君だけ……?」
つつつ、とリーゼがさらにこちら側へと寄ってくる。いや、大丈夫だと思うよ?
「さてこうなると、どうするか、だね。相手の目的を知りたいところだけど……」
「【連合】のお仲間を呼べないのか?」
「さっきからやってるんだけど通信阻害されてるみたいで……。ってか、なんで【帝国】側のは繋がるの? 新しい通信法でも発見した? あそこ天才ばっかいるから嫌んなる……」
知らんがな。
『ノドカとマドカを送りましょうか?』
「うーん、ここじゃ人が多いからちょっと人目のつかないところへ誘導するよ。そこなら倒しても問題ないよね?」
『周囲一帯の監視カメラを掌握しました。これで証拠は残りません』
証拠て。こっちが悪人みたいだな……。
暮れなずむ光の中、僕とリーゼは商店街から正反対の裏路地へと入っていった。その先には潰れた廃工場があり、ここなら人目もつかないはずだ。
周りに誰もいないことを確かめてから僕たちはやおら振り返る。
「出てきなよ。いるんだろう?」
しかし、僕の呼びかけに対して反応はなく、シーン、とした、なんとも気まずい空気が流れる。
え? ちょっと待って、ホントにいないの? こっちが気づいたのに気づいて、さっさと逃げたとか? だとしたら、なんとも間抜けなんだが。僕が!
しかし、すうっ……と目の前に五人の人物が浮かび上がるように現れた。よかったぁー! いたー!
「なぜわかった……」
「それを教えるとでも? 宇宙人にしては間抜けなことを聞くんだな」
内心の変な感謝を抑えつつ、ストーカー五人組と対峙する。
真紅さんによると五人とも宇宙人とのことだが、普通の人間に見えるな。まあ、普通の人間は消えたり現れたりしないが。
五人組は全くバラバラといった風体だった。眼鏡をかけたサラリーマン、野球帽を被った小学生、メタボなおじさん、タンクトップのムキムキ男、チャラい不良といった感じだ。
「その技術……貴方たち、『同盟』の人間ね……! これはなんのつもり?」
横にいたリーゼが問いただすと、眼鏡をかけたサラリーマン風男が一歩前に出た。
「その少年に密入星の疑いがある。そして君もそれを幇助した疑いがな。故にこちらで預かる」
「「は?」」
僕もリーゼも間抜けな声を出してしまった。
密入星? 密入国みたいなことか? えっと、勝手に許可なく入国……入星? したって思われてるのか? 僕が?
「なんの話を……あのねえ、この人はれっきとした地球人よ?」
「そうか? ならばなぜ我らの存在を知っている?」
「それは……っ!」
リーゼが言い淀む。上司にも報告してないことを、『同盟』側に言えるわけがない。
「それに普通の地球人は転移能力など持つまい?」
「え?」
リーゼが僕の方を振り向く。
あっ、朝の旧校舎の……! やっぱり見られていたのか……!
これはいろいろとマズいんでは……。えーっと、ど、どうする……?
「た、助けて、真紅さーん……」
「御意」
ぼそっと呟いたにも関わらず、目の前にメイド姿の真紅さんが颯爽と現れた。
「なに……っ!? ぐふっ!?」
真紅さんが瞬時にしてサラリーマンとの距離を詰め、鳩尾に一発、そこから流れるように、野球帽の小学生、メタボおじさん、ムキムキ男、チャラ男と一撃を加えていき、気がついたらみんな倒れていた。
は、速い……。シロ状態の【神速】並じゃないだろうか。
「制圧完了しました」
「あ、ありがとうございます……」
スカートをパン、とはたいて、真紅さんが一礼する。
助けてくれたのはありがたいが、結局力技だなあ……。艦砲射撃よりはマシだけども……。
「さすが帝国旗艦……」
リーゼの方は引き攣った笑顔を浮かべていた。
にしてもこいつら『同盟』のやつらか。僕を密入星の宇宙人と疑って捕まえようとしてきた……ってこと?
「そうですね。朝方旧校舎に転移した時にたまたま現場を見られていました。殿下はそちらの『連合』の方とお親しいので、密入星を手引きしたと見られたようです」
「うわ、心外……。そんなことしたら一発でクビどころか開拓星送りじゃん……。やるわけないでしょ」
「まあ、殿下にたらし込まれたと見えたのでしょうね」
「それも心外……」
「こっちのセリフだ」
人を結婚詐欺師みたいに言うな。こいつらが勝手にそう思っただけなんだろうが。
「で、コレどうする?」
「ううん……『連合』で引き取るわけにも……」
あれ? ダメなんか。前は引き取ってたのに。
「前は私が襲われたって理由があったから。でも今回はどっちかというと白兎君でしょ? 引き取って尋問されたら、今度は『連合』から白兎君をしょっ引きに来るかも」
げ……。密入星者の疑いを消さない限り、このままじゃマズいのか。
「前のように僕の記憶を消して放り出しておく、ってのは?」
「それですが」
僕の提案に、真紅さんが待ったをかけた。
「旧校舎で殿下を見た人物はこの中にいません。この者たちは、おそらくその者に命令されただけの部下かと」
え!? こいつらに見られたわけじゃないのか? っていうかさっきスルーしちゃったけど、真紅さん、僕が見られたの知ってた!?
「ええまあ。おはようからおやすみまで、殿下を温かい目で見続けるのが、私の役目ですので」
「その時教えてくれればよかったのに……」
「あのような羽虫のことなど、どうにでもなるかと……。それに殿下の学舎での知り合いらしかったので、余計な差し出口もどうかと思ったもので」
え? ちょっと待って。見られたのって、知り合い……?