■170 鬼ヶ島の鬼退治
■いつもより1.5倍ほど長くなりました。戦闘シーンは切りどきが難しい…。
■ワールドアナウンスを追加しました。
レッドゴールドの肌になった酒呑童子の両目に光が集まる。なんだ? と思う間もなく、突然そこからレーザーのような光を放ってきた。
「がっ!?」
次の瞬間、後方にいたプレイヤーの一人が胸に風穴を開けられてその場に倒れた。そのままカウントダウンが始まってしまう。死んだのか!? 一撃で!?
再び両目に光が集まっていく。
「立ち止まるな! 動け!」
ガイアさんの言葉に従い、その場にいたみんながダッシュで逃げ出す。
チュン、とレーザーを発射したような音と共に、プレイヤーの一人がいた地面が大きく溶解した。
「目からレーザーって……」
「おいおい、俺たちゃいつから鬼型サイボーグと戦っていたんだ……」
メイリンさんとガルガドさんが軽口を叩いているが、本当にそんな気持ちだ。目からレーザーとかやり過ぎだろ。次は口からバズーカでも出るんじゃなかろうな。
そんな僕のリクエストに応えたのか、大きく息を吸い込んだ酒呑童子の口から、火炎放射器のような炎が一直線に吹き出されてきた。バズーカじゃなくて火だった!
「うわっ!?」
「がっ!?」
逃げ遅れたプレイヤー二人が火達磨になる。死んではいないようだが、【燃焼】の追加効果を受けてしまい、HPがぐんぐんと減っているようだ。
口から火とか……【竜人族】の【ブレス】と同じやつか? いや、プレイヤーの【ブレス】より射程距離が長いし、威力も段違いだ。
酒呑童子が手にした大太刀を天へと翳す。また攻撃か!?
身構える僕らをよそに、その大太刀へ地面に転がっていた石ころが磁石に吸い寄せられるように飛んでくっついた。……なんだ?
ビシ、ビシ、ビシ、ビシと、拳大ほどの石が大太刀に次々とくっついていく。おい、まさかアレって……!
やがて酒呑童子の持っていた大太刀はとてつもなく太く大きなトゲトゲのついた凶悪な金棒へと変わっていた。いや、石だから石棒? 岩棒? 熱で融解して金属のようになっているからやっぱり金棒でいいのか? どっちにしろさらに凶悪な武器になったことは確かだ。
『ガァッ!』
酒呑童子が前衛の剣士プレイヤーとの距離を一気に詰め、まるでホームランを打つかのごとく金棒をフルスイングする。
『グッ、ハッ!?」
左手に構えた円盾でなんとか防いだ剣士プレイヤーだったが、その膂力から生み出される勢いは止められず、空の彼方へと吹っ飛んでいった。
今の……防御したとはいえ、衝撃のダメージに高所からの落下ダメージが加わってしまうと、死に戻るんじゃないだろうか……。
「鬼に金棒ってわけね……。ちょっとシャレになってないけど……っ! 【アイシクルランス】!」
ジェシカさんが放った氷の槍が酒呑童子へと向けて真っ直ぐに飛んでいく。
酒呑童子はそれと正面に向き合うと、手にした大きな金棒を振り下ろし、粉々に砕いてしまった。
くそっ、あの金棒、パワーアップしているのか!?
酒呑童子の目が再び光を帯びる。視線は先ほど氷の槍を放ったジェシカさんへ向けられていた。マズい!
「【ガーディアンムーブ】!」
僕が【神速】で動く前に、アレンさんが【ガーディアンムーブ】でジェシカさんの前に一瞬で移動した。
そして放たれた酒呑童子の目からのレーザーを大楯でしっかりと受け止める。
「オラァ!」
酒呑童子の横から隙を狙ってガルガドさんが大剣を振り下ろす。
それに気付いた酒呑童子は後ろに飛び退き、その攻撃をひらりと躱した。と、同時に金棒を地面に突き立て、それを支えにしてガルガドさんに飛び蹴りを食らわす。
「がっ!?」
ドロップキックのような蹴りを受けたガルガドさんが地面にバウンドして転がっていく。やはり以前よりパワーが上がっているぞ、アイツ……!
周囲のフィールドが再び轟々と火炎を吐き出し始める。マズい、ただあそこにいるだけでHPがどんどんと減っていくぞ……!
「ジェシカ、もう一度地面に氷結効果を!」
「わ、わかったわ!」
ジェシカさんが、再び【グランドフロスト】で地面を凍らせる。これでしばらくは持つか?
だが、酒呑童子は地面が凍ったのを見ると、そこを避けるようにザザザッと場所を移動した。
そうか、このフィールドはあいつを中心に展開している。だから地面が凍りついても、その場から移動すれば別の火炎フィールドができあがるわけだ。
「くっ……。一旦下がって……!」
『フンッ!』
火炎フィールドから逃れようとしたアレンさんを、逃がさんとばかりに肉薄した酒呑童子が金棒を振るう。
渾身の一撃を受け止めたアレンさんだが、大きくダメージを受けている。防御してアレだけ削れるって……。僕が受けたら間違いなく一撃で死ぬな……。
「シロ君、あいつに隙を作らせられる?」
横にいたリゼルが『魔王の王笏』を構えながらそんな質問をしてきた。
もう一度【フレアテンペスト】をかます気か? だけどまた回復されたら……その前にあの瓢箪をなんとかする必要があるな。
「【神速】!」
スローモーションになった世界を僕は酒呑童子目掛けて駆け出す。
それは火炎フィールドの中に突っ込むということで、【神速】の効果も加えて、HP、MP、STが揃ってぐんぐんと減っていく。
酒呑童子に接近し、腰にぶら下がる黄金の瓢箪の紐を一気に断ち切った。
断ち切っただけでは瓢箪にはほとんど動きがない。ゆっくりと落ちてはいるが────これを思い切り蹴る! 蹴る! 蹴る!
これで【神速】が解除されれば瓢箪だけが遠くへ飛んでいくはず。回復手段を封じてやったぞ。
よし、離脱を……と思った瞬間、全身に鳥肌が立った。
VRだからそんなわけはないのだが、そう感じたのは、酒呑童子の視線がこちらへ向いていたのを見たからだ。顔は正面を向いているが、視線は明らかに僕の方を凝視している。そしてその目が光っているのだ。
「マズい……っ!」
そう思った瞬間に、その目から赤いレーザーが放たれた。いくらスローモーションになっているとはいえ、この距離であのレーザーを躱すのは無理だ!
大幅に減ったこのHPでは、あのレーザーに耐えられるはずもない……! くそっ、詰んだか……! いや!
「っ、【セーレの翼】!」
ほとんど無意識のままに僕は【セーレの翼】を発動させていた。
一瞬にして別の場所へと転移する。大きな疲労感とともにその場に膝をついてしまったが、なんとかレーザーを受けずにすんだらしい。
「ここは……」
荒れた岩場。遠くには乗ってきた三隻の船。間違いなく『鬼ヶ島』だ。
ここって、茨木童子と戦った場所だな。そういやここにビーコンを刺したままだったか。
ある意味助かった。これでもしも本拠地にまで戻っていたら、間違いなくもう戦闘には加われなかったと思う。
不意に地面を揺るがすような轟音が聞こえてきた。これは聞き覚えがある。リゼルの【フレアテンペスト】だ。
僕に気を取られた酒呑童子にリゼルがぶちかましたのだろう。ちゃんと瓢箪を飛ばせたなら、もう回復はできないはずだが……。
『ガァッ!』
「うおっ!?」
岩場の陰から突然紫鬼が飛び出し、僕目掛けて棍棒を振り下ろしてきた。のやろ……!
「【一文字斬り】!」
『グェッ……!』
ダメージを負っていたらしい紫鬼は、戦技一発で光の粒となって消えた。が、僕の方も限界だ。ST切れで、その場に倒れ込む。
「く……とりあえず回復させないと……」
倒れたままポーション類を順番に飲んでいく。ホントもう、今日だけで何本飲んでいるんだろう。種類の違うポーションを何本も飲むの面倒だな……。
一本でHP、MP、ST全部が回復するマルチポーションってないものだろうか……。このイベントが終了してひと段落したら【調合】で研究してみるか。
ゲージを全快させたらみんなが戦っている酒呑童子のところへ戻ることにする。
【神速】で一気に行きたいところだが、せっかく回復させたのにここで消費してはもったいない。ポーションだって限りがあるしな……。
「シロさん!」
不意に声をかけられて振り向くと、背後からレンたちがこちらへと向かって走ってきていた。ウェンディさんとリンカさんも一緒だ。
他に、【ザナドゥ】のエミーリアさんやゴールディ、【カクテル】のキールさんや、【六花】のリリーさんなど、船で戦っていた後衛組がそれに続く。
「そっちは片付いたようだね」
「とりあえずは。まだ全滅はさせていないんですけど、酒呑童子の方が厳しそうだったので……」
レンが【天眼】で、鬼ヶ島の空から状況を把握し、これだけの戦力なら割いても大丈夫と把握したようだ。
それでもこちらの被害もでかい。けっこうな人数が死に戻りしたという。
多少鬼が残っていようと酒呑童子を倒せば、目的は達成する。こちらの総力を上げてぶつかるのは悪い話じゃない。
それにあの火炎フィールドでもこれだけの遠距離攻撃の使い手がいれば、酒呑童子だって隙を作る筈だ。あのレーザーだけは注意しないといけないが。
酒呑童子のもとへと僕は先頭を走りながら、援軍のみんなに酒呑童子の攻撃スタイルや技を大雑把に伝えていく。
再び戦場へと辿り着くと、僕がいなくなっていたわずかな時間でかなりの人数が減っていた。酒呑童子にやられたか……。
だが酒呑童子のHPも半分近くまで減っている。リゼルの『魔王の王笏』で増幅された【フレアテンペスト】が効いたらしい。
腰にあった黄金の瓢箪も無くなっている。どうやらそっちも成功したみたいだ。
「シロ兄ちゃん! レンも!」
「力強い援軍を連れてくるとは、さすがシロさんですわね」
ミウラとシズカがこちらに駆け寄ってくる。反対にレンや【六花】のリリーさんを含む弓矢隊が前に出て、酒呑童子目掛けて一斉に矢を放つ。
「【ストライクショット】!」
「【トライアロー】!」
「【高速連射】!」
降り注ぐ矢を酒呑童子は鬱陶しそうに腕や金棒で払い除けるが、全てを防ぐのは不可能だ。いくつかの矢が刺さり、わずかながらにダメージが入る。
「回復は任せろ!」
【カクテル】のキールさんが投擲ポーションをHPが大きく減ってしまっていたアレンさんとガイアさんに投げつける。
パン! とぶつかる寸前に瓶が破裂し、霧状のポーションが二人の身体に吸収されていった。おお? けっこう大幅に回復したな。あれって投擲ハイポーションか?
「キースさん、炸裂弾とか、チェーンマインみたいなのはもうないんですか?」
「ない。船を襲ってきた奴らに全部使い切っちまった。あれ作んのけっこう金がかかったのによ。鬼どものHPの高さを甘く見ていたな」
【錬金術】で作られるアイテムは威力や効果は高いが、そのぶん希少素材を使うので、ものすごくお金がかかる。まあ自分で素材を集めるのならそこまでかからないのかもしれないが……。
結局チマチマ削っていくしかないのか……。
「【トールハンマー】!」
『グッ!』
ゴールディの放った特大の雷撃が酒呑童子を襲う。幸運にも麻痺の効果が付与したらしく、酒呑童子がパチパチといった麻痺のエフェクトとアイコンを出してその場に立ち竦む。
「今だ!」
本来よりも麻痺効果が薄く、すぐに復活してしまうことを知っていた僕らだったが、このチャンスを逃すつもりはなかった。決めるならここだろ……!
「【分身】!」
八人に分身した僕は一瞬だけ【神速】を使って酒呑童子に肉薄する。ここから────。
「【双星斬】!」
『ガフッ……!』
左右五連撃、計八十の斬撃を酒呑童子に浴びせ、再び【神速】を使い、その場から離脱する。くそっ、状態異常はつかなかったか!
だが、続けとばかりに僕の後ろからミウラとガルガドさんが酒呑童子へ向けて突進していた。
「「【狂化】!!」」
二人が赤い光に包まれる。【鬼神族】の種族スキル【狂化】。一時的に防御力を下げ、攻撃力を大幅に上げることができるスキルだ。
「【昇龍斬】!」
「【双烈斬】!」
ガルガドさんが大剣を斬り上げ、ミウラが連続でXを描くように斬撃を二回お見舞いする。
その瞬間、酒呑童子の頭上から麻痺のアイコンが消えた。
「「おおおおおおおおお!」」
アレンさんとガイアさんが大盾を構えて突進していく。それを察知したミウラとガルガドさんが横に跳び、道を開けた。
「「【シールドタックル】、【ソニックブロウ】!!」」
ドカッ! と二人に盾ごと体当たりされた酒呑童子に、さらに盾から強い衝撃波が放たれる。
衝撃波をまともに喰らい、十メートル近く吹き飛ばされた酒呑童子が、さすがの連続攻撃に片膝をついた。
だが、これで終わりじゃなかった。
「本日三回目の……! 【フレアテンペスト】!」
片膝をついている酒呑童子目掛けてリゼルの【フレアテンペスト】が直撃する。
広がる轟音と爆発の嵐。耳をつんざくような爆音がおさまったとき、そこには金棒を杖にしてなんとか立ちあがろうとする酒呑童子の姿があった。
HPはまだ瀕死状態までいっていない。でも全体の七割は削っていると思う。
『ガフッ……、ガアァァァァァァァァァッ!』
マズい! 【ハウリング】か!? 近くにいた僕らは動きを止められてしまう。
ヤバい……! 【分身】と【神速】で僕のパラメータは瀕死状態に入ってしまっている。これじゃ動けないぞ……!
また【セーレの翼】で逃げるしかないか……、と一瞬考えたが、意外にも酒呑童子は追撃してくる様子がなかった。どうしたんだ?
不意に、地面にあった石がビシ! と酒呑童子の背中に飛んで貼り付く。そこからビシ! ビシ! ビシ! と続けざまに石や岩が酒呑童子目掛けて飛んでいき、その身体にくっついていった。おいおい、これって……!
あっという間に全身を岩鎧で包んだ岩鬼が出来上がった。
いや、岩っぽさは残っているが、どう見ても金属のような光沢がある。これって大太刀を金棒に変化させた時と同じやつか!?
ひょっとしてこの辺りの石や岩って『鉄鉱石』なのか? それを溶かして簡易的な鎧にしている?
「ちょっと待てよ、本当に鬼型サイボーグだったのかよ……」
「はは……。サイボーグってより、パワードスーツって感じだけど」
【狂化】が解けたガルガドさんとミウラがそんな感想を述べているのが聞こえてきた。
パワードスーツってのは言い得て妙だな。甲冑とか鎧っていうより、そっちの方がしっくりくる。
だって手足とか伸びて太くなっているし、あれ、本体かなり奥に埋まってるだろ……。目ぐらいしか見えないし、金棒まで巨大サイズになってるぞ……。鉄の鬼、いや、鋼の鬼か。
「瀕死状態に入っていないのに二段階目に変身したね」
「こいつは骨が折れそうだ……!」
アレンさんとガイアさんが大盾を構える。
あっと、いかん。今のうちに回復しないと……!
そう思ってたらパン! と回復ポーションが飛んできた。キールさんの投擲ポーションか。助かる。
動けるようになった僕はポーション類を飲みながら酒呑童子からさらに離れる。
巨大な鉄鬼、いや、鋼の鬼になった酒呑童子がアレンさんたちの方へとドシン! と足を踏み出す。
重量がかなり増したようだな。すると素早い動きはできないか?
『ガアッ!』
「ぐ……!」
手にした巨大な金棒を振り下ろす酒呑童子。ガイアさんが大盾で受け止めたが、立っていた地面に亀裂が入った。おいおい、どんな力で振り下ろしてるんだよ……!
酒呑童子はさらに二撃、三撃とガイアさんに巨大金棒を振り下ろす。その度にガイアさんの身体が沈んでいく。まるで金槌で釘を打っているかのようだ。
あのままではさすがにガイアさんでもHPが尽きてしまう。敵対心を他に向けなければ……!
「【氷縛】!」
横から飛び込んだアイリスが、細剣を酒呑童子の脇腹へと突き刺す。
突き刺したダメージはほとんどなかったが、たちまちのうちに突いたその部分から氷がパキパキと増殖し、酒呑童子の下半身を氷漬けにした。アイリスの持つソロモンスキル【クロケルの氷刃】の効果か。
その隙にガイアさんがよろめきながら酒呑童子から離れる。
HPを失ったガイアさんにキールさんの投擲ポーションが飛び、下がった彼の代わりにアレンさんが前に出た。
その横を【カクテル】のギムレットさんと【月見兎】のリンカさんが駆け抜けていく。
「「【スイングハンマー】!」」
ドガン! と左右からのハンマー二つの衝撃に、酒呑童子のHPが少し減る。嘘だろ、ハンマー系の戦技二つくらってあれだけか!?
『ウガァッ!』
腰から下の氷を砕きながら、酒呑童子はお返しだとばかりに手にした金棒を横薙ぎに振るう。
「うおっ……!?」
攻撃を受けたギムレットさんが咄嗟に手にしたハンマーで防ぐが、勢いよく後方へ吹っ飛ばされた。
「【サザンクロス】!」
「【スタースラッシュ】!」
「【月華斬】!」
【六花】のアイリスとソニアが、そしてシズカが攻撃を仕掛けるが、ほとんどダメージがない。なんて硬さだ。
くそっ、刃系の武器はほとんど通じないのか!?
となると打撃系か、魔法しかないわけだが……。
不意に酒呑童子の目からレーザーが放たれる。それは僕の背後にいたリゼルやジェシカさんたちを襲い、ギリギリで気付いた二人は必死で避けて、なんとか直撃は避けたようだ。
どうやら魔法の詠唱中を狙われたらしい。ちっ、あっちも魔法を食らうのはヤバいと気が付いているか……。
なにかこの状況を打開する手は……!
「シロ!」
呼ばれて振り向くとキールさんがこっちへ来いと手招きしている。なにか策があるのか? 今まで一発逆転のアイテムを数々生み出してきたキールさんだ。今回も何かあるに違いない。
すぐさま駆け寄った僕に、キールさんがトレードウィンドウを開き、とあるアイテムをいくつかよこしてきた。『腐食液』……?
「これは?」
「アシッドスライムから抽出した酸を使った、金属を腐らせる『腐食液』だ。普通の金属ならたちまち錆びて使い物にならなくなる。まあ、問題はあれが普通の金属じゃなかったらと言う事なんだが……」
なるほど金属を錆びさせるアイテムか。それで酒呑童子のアーマーを壊す、と。
「たぶんあれは鉄だと……鉄じゃなくてもある程度の金属なら錆びると思うんだが。……あれがただの石だったらたぶん全く効果はない。まさかステンレスやミスリルってことはないと思うが……」
ステンレスって確か『錆びない』『錆びにくい』って意味だっけか。ミスリルってまだ発見されてないよね? 僕は鉄だと思うんだけども。
「やらないよりはマシですよ」
「だよな」
考えるより行動だ。この状況を打開できる可能性があるならやらない手はない。第四エリアボスのフロストジャイアントに焼夷剤をぶちかました時と同じ作戦でいこう。
「ミウラ! こっちに来てくれ!」
あの時と同じように、ミウラの暴風剣『スパイラルゲイル』で酒呑童子の頭上まで飛ばしてもらう。
ミウラはさっき【狂化】を使ったから、防御力が大きく下がっている。しばらくは攻撃に入れないからな。
おっと、ここに【セーレの翼】のビーコンを差しておこう。頭上でぶちまけたらここに戻れるようにしとかないと落下ダメージを食らってしまう。
茨木童子と戦っていたところにあったビーコンを消し、新たなビーコンを設置する。よし、準備はできた。
「じゃあシロ兄ちゃん、いくよ!」
「やれ!」
「唸れ、『スパイラルゲイル』!」
下から斬り上げるようにスイングされたミウラの大剣から、大きな竜巻が発生する。
竜巻に乗り、僕は酒呑童子の頭上へとあっという間に飛ばされた。うぐう、目がぐるぐる回る……! 気持ち悪う……しまった、これがあったか……!
それでもなんとか落下しながら、空中で酒呑童子の位置を確認し、インベントリからキールさんにもらった『腐食液』を全部取り出した。
「くらえ……!」
【セーレの翼】を使い、地上へと転移する。目の前の酒呑童子に『腐食液』の入った瓶が落下し、衝撃で次々と砕け散った。
中身の『腐食液』を浴びた、酒呑童子の身に纏う鎧から、しゅうしゅうと白い煙が立ち上り始めた。
『ガッ……!?』
金属のような光沢を放っていた酒呑童子の鎧がみるみるうちに赤茶けた色に変わっていく。これは……錆びているのか?
「今だ! あいつの鎧はボロボロだぜ! やっちまえ!」
キールさんが叫び、それに突き動かされるようにみんなが一斉に攻撃を仕掛ける。
さっきと同じようにやはりダメージは入りにくい。しかし、プレイヤーたちの武器が当たるたび、赤茶けた鎧から錆びている部分がまるでパイ生地のようにボロボロと剥がれ落ちていく。
何度も与えられる打撃に錆びついた鎧はどんどんと落ちていき、ついに酒呑童子の肉体を晒すことになった。
腹の部分が完全に剥がれ落ち、赤金色に輝くボディが丸見えになっている。
よし! あそこを狙えばダメージが通る!
そう思った瞬間、ズドン! と酒呑童子の腹にレンの放った弾丸が命中した。
ズドン! ズドン! ズドン! と続けて三連射が叩き込まれる。酒呑童子がたまらずその場にくず折れる。
「今だ! 仕留めろ!」
プレイヤーたちが一気呵成に酒呑童子へと雪崩れ込む。この攻撃は防げまい……。なっ!?
『グッ……、ガアァァァァァァァァァ!』
突然、酒呑童子が爆発した。いや、酒呑童子を覆っていたアーマーが爆散し、周囲に錆びた鉄の破片を放射状に吹き飛ばしたのだ。
酒呑童子へと向かっていたプレイヤーはカウンター気味にこれを受けてしまい、大きくダメージを食らった。さらにそこから、酒呑童子の口から吐かれた火炎放射、目からのレーザーによって、かなりの人数が死に戻る。
突っ込まないでよかった……。さすがの【神速】でもあれは躱せない。間違いなく死んでたな……。
酒呑童子のHPはもはや二割を切っている。瀕死状態までもう少し。もう少しなんだ。
だが、向こうもこちらも満身創痍で決め手がない感じだ。レンたちの遠距離攻撃でチクチクと削るしかないか?
『ヌガアァァァァァァァァァッ!』
血を吐くような酒呑童子の【ハウリング】。くそっ、またか! 硬直してしまった僕らに酒呑童子は攻撃せず、再びその身に地面の石がビシ! と張り付き始めた。
「やべえ! またアーマーを纏う気だ! もう『腐食液』はねえぞ!」
キールさんが叫ぶ。再び鋼の鬼になってしまったら、遠距離攻撃の矢や弾丸ではダメージを与えられなくなる。魔法では詠唱中にレーザーで狙われる。最悪だ。
こうなったら【ハウリング】が切れた瞬間に【神速】で特攻をかけるしかないか……!
そう考えていた僕の横を風のように誰かが走り抜けていった。
えっ? シエル!?
先ほど酒呑童子に吹っ飛ばされたシエルがいつの間にか戻ってきていた。
【ハウリング】の効果を受けていない……あいつ、【威圧耐性】を持ってるのか!?
「【震脚】!」
ドン! とシエルが大きく踏み込み、地面から漣のような衝撃波が酒呑童子を襲う。
今度は逆に酒呑童子の方が動きを止められてしまった。
【震脚】を発動させた足でそのまま地面を蹴り、空中へとシエルが飛び上がる。
「【ダブルギロチン】!」
シエルが両手に持った双剣が酒呑童子の両肩を深々と斬り裂く。
「からの……【スパイラルエッジ】!」
着地と同時に再び飛び上がり、回転しながら双剣で酒呑童子の胴体を連続で斬り刻む。
「もういっちょ……! 【双星斬】!」
左右五連斬の星が酒呑童子に二つ描かれる。戦技の三連コンボ。ここでシエルの【震脚】の効果が切れた。
『ガァァァァァッ!』
「こ、【金剛】!」
動けるようになった酒呑童子が手に持った大太刀で横薙ぎにシエルを斬ろうとするが、その前に彼女は【金剛】を発動させていた。
「あとはまかせましたあぁぁぁぁぁぁ……!」
またしても遠くへ吹っ飛ばされたシエル。何回目だ、これ……?
だが、酒呑童子の放った【ハウリング】の効果はすでに切れている。悔しいが、シエルがいなかったら再び金属アーマーを纏われていた。
『ヌガアァァァァァァァァ!』
「させるか! 【シールドタックル】!」
ビシ! と再び石を纏おうとする酒呑童子にアレンさんが盾を構えて突っ込む。正面からドン! と体当たりを食らった酒呑童子がわずかによろめく。
その隙を逃さず、爆散したアーマーに傷つきながらもアイリス、ギムレットさん、メイリンさんが酒呑童子へ肉薄し、戦技を放つ。
「【ペネトレイト】!」
「【メガインパクト】ォ!」
「【穿孔拳】!」
ドン、ドン、ドン! っと、連続で戦技を食らいながらも、酒呑童子は三人まとめて斬り捨てようと、大太刀を横薙ぎに構える。
そこへズドン! と右目に容赦なくエミーリアさんの放った矢が撃ち込まれた。わ、えぐ……!
その瞬間、酒呑童子のHPがついに瀕死状態に突入する。
右目に矢が刺さったままの酒呑童子の角が眩いばかりに光を放ち、全身から真っ赤な炎のようなオーラが爆発するように溢れ出る。が────。
「やっちまえ、シロ!」
「────【首狩り】」
ずっと待っていたこのチャンス、ガルガドさんに言われるまでもなく、準備万端整えて待ち受けていた僕の双剣が、ズパン、となんの余韻もなく酒呑童子の首を一瞬にして狩る。
『ガ……?』
瀕死状態のパワーアップ姿を見せつけることなく、酒呑童子のHPはゼロになり、光の粒となって消えた。
と同時にファンファーレが辺りに鳴り響き、ワールドアナウンスが流れてきた。
『おめでとうございます。酒呑童子の初回討伐に成功しました。初討伐おめでとうございます』
一瞬、静寂があって、その後爆発するような歓喜の声があたりに響き渡る。
「よっしゃあぁぁぁぁぁぁ!」
「さすが【首狩り兎】だぜ!」
「私たちの勝ちよ!」
歓声を上げるプレイヤーたちをよそに、僕は大きく息を吐いてその場にくずおれるように座り込む。
「つっかれたー……」
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■パワードスーツ
人体に装着される外部動力を用いた、外骨格、衣服型の装置。アシストスーツ、強化外骨格などとも呼ばれる。元々は、ロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』(1959年)に登場する、架空の軍用強化防護服の呼称であった。