■168 激闘・茨木童子
■キリいいところまで書いたらかなり長くなりました。
『超猛毒』は現在発見されている毒の中では一番強い毒だ。その上に『超絶毒』があると公式では発表されているが、誰も作ったことはない。
プレイヤーが選択できる種族で、一番のHPの多さとタフさを誇る【鬼神族】でさえ、わずか数秒で死んでしまう毒なのだ。
それほどの毒であるのに茨木童子のHPの減りは非常にゆっくりとしたものだった。いや、普通に攻撃するよりは減りが速い……気がする。
異常なほど基本HPが高いのか、あるいはある程度の毒耐性を持っているのか。どうにも後者な気がする。
実際、毒煙玉の毒は抵抗していたわけだし。
茨木童子のHPはゆっくりではあるが減少していっている。このまま倒せる……なんて都合よくはいかないよなあ。
しばらくすると『超猛毒』のアイコンが消え、スリップダメージが無くなってしまった。毒の効果が切れたのだ。
ならばもう一回、と思うが、モンスターには一度デバフ効果がつくと、同じデバフ効果は次からは効きにくくなるという性質がある。
スキルや魔法ならまだしも、アイテムによるデバフ効果は特に効きにくくなるのだ。
まあこれは【麻痺】や【失明】などを与えるアイテムを、延々と投げ続けるようなことができないようにということだろうが。
スキルや魔法だと、熟練度やレベルが上がり、明らかに格下なモンスターならそれも可能になるのだけれども。
正直なところ、今度は麻痺薬を飲ませてやろうかと思っていたが、【神速】によるポーションの消費量がキツいし、先ほどから警戒してか、茨木童子は口を開かなくなった。ちっ、地道に削るしかないか?
「【双烈斬】!」
大きく跳躍し、勢いよく振り下ろしたミウラの大剣二連撃を茨木童子が片手で翳した出刃包丁で受け止める。
そこから強引に振り抜き、ミウラが吹っ飛ばされた。
「【三段突き】!」
シズカが、頭、喉、鳩尾に放った突きを、茨木童子はくるりと回転させ、地面に立てた出刃包丁の腹で受け止める。茨木童子はそのまま殴りかかってきたが、ギリギリでシズカは躱し、後方へと飛び退がった。
アレンさんを含め、何人かのプレイヤーが同時に攻撃をするが、茨木童子はそれをものともせず、荒々しい反撃をしていた。
大きなダメージを受けそうなものは防御するが、それ以外の細かい攻撃はわざわざ防御せずに迎え撃つ。肉を切らせて骨を断つ? ちょっと違うか。
多少のダメージなど気にもしないということなのだろうか。
『フンッ!』
ドンッ! とまたしても茨木童子の振り下ろした足が地面に波紋も生み出す。くそっ、また【震脚】か!
慣れれば【震脚】の防御は簡単だ。自分にその波紋が来る前に空中に跳べばいい。
だが、向こうもそれは承知の上で────。
「くっ!?」
跳んだ瞬間に茨木童子がアレンさんに接近し、手にした出刃包丁を振るう。
攻撃自体は大盾で防ぐことができたが、足を地面から離している状態では【不動】スキルが発動せず、アレンさんは先ほどのミウラのように大きく吹き飛ばされた。
アレンさんに代わり、【オデッセイ】のギルマスであるガイアさんが前に出る。
「【シールドガード】!」
『ガァッ!』
大盾を構えて、ガイアさんが茨木童子の猛攻に耐える。
【シールドガード】は防御力を高める盾職の防御スキルだ。百パーセントとはいかないが、大きくダメージを防ぐはずなのに、ガイアさんのHPがグングンと削られていく。
つまり、茨木童子の攻撃がもしクリーンヒットしたならば、盾職であるガイアさんでさえ一撃でHPを大幅に削られてしまうということだ。くそっ、馬鹿力め!
僕はインベントリから取り出した手裏剣を連続で茨木童子の背中へと投擲する。
三つの手裏剣がその背中に当たるが、弾かれてしまう。なんて筋肉だよ。ダメージも入っていないように見える。
しかしながら少しは気を引くことができたようで、茨木童子がこちらに視線を向ける。ここで【挑発】スキルを発動。
スキルの効果か、先ほど毒を飲まされたのを覚えていたのか、茨木童子がこちらへとヘイトを向け、突進してくる。
『フンッ!』
大振りに振られた出刃包丁をギリギリで躱す。このスピードなら【神速】を使わなくても避けられる。というかもったいない。
【挑発】を使い続けながら、茨木童子の攻撃を避け続ける。僕がこいつを引きつけているその間に、みんなには態勢を整えてもらわなければ。
ガイアさんが回復ポーションを呷り、吹っ飛ばされていたミウラやアレンさんが戻ってくる。
【金剛】のクールタイムが終わり、ステータスが元に戻ったシエルも駆けつけている。
『ヌガァッ!』
茨木童子が地面へと出刃包丁を突き立てる。なんだ? いったいなんの……!?
意味不明の行動に僕が疑問を抱いたとき、突き立てた出刃包丁からまるで蜘蛛の巣のように無数の氷の茨が出現した。
それは僕らの足元に絡みつき、その動きを止めさせる。これって氷魔法の【アイスバインド】か!? こいつ氷魔法も使えるのか!
『ガァァァッ!』
「やば……!」
足を固定され動けない僕に、茨木童子が素手で殴りかかってきた。マズい! 紙装甲の僕がこいつの馬鹿力で攻撃を受けてしまったら、間違いなく死に戻る。
「【ガーディアンムーブ】!」
死に戻りを覚悟した僕の前に、一瞬にしてアレンさんが移動し、茨木童子の拳を大盾で受け止めてくれた。た、助かった……。
アレンさんも【アイスバインド】に絡め取られたはずだが、【ガーディアンムーブ】はそれを無視して移動できるのか。
一度使うとクールタイムが必要とはいえ、ホント使えるスキルだよなあ。
おっと、感心している場合じゃない!
僕は双剣で足に絡んだ氷を砕き、【アイスバインド】の呪縛から逃れる。
茨木童子が地面に突き立てていた出刃包丁を手に取り、再びそれを振るい出す。
その攻撃をアレンさんが大盾で防いではいるが、やはりダメージを全てゼロにするというわけにはいかず、HPが徐々に減っていってしまう。
「シロ!」
名前を呼ばれて振り向くと、【カクテル】のギムレットさんがこっちへ来いと手招きしている。
なんの用かわからないがともかくギムレットさんのところへと走った。
「さっきの毒を飲ませた時のように、こいつを茨木童子に付けることはできるか?」
「なんです、これ?」
ギムレットさんがインベントリから取り出したのは、CDほどの大きさの円形の物が、短い鎖で何個も連なっているものだった。ベルト……じゃないよな? なんだこりゃ?
「キースのやつが作った『チェーンマイン』じゃ。簡単に言うと炸裂弾でつくった爆竹じゃな」
爆竹……。ああ、なるほど。この円形の部分の一個一個が炸裂弾なのか。
え、これ二十個くらいついてんですけど。炸裂弾ってたった一個でもかなりの威力だぞ。こんなの周りもどんな被害が出るかわからんぞ。
しかも炸裂弾ってけっこうお高い素材を使うよね? いくらすんの、これ……?
「言うな。確実に相手にダメージを与えられるチャンスがあるなら使わない手はない。一つずつ使うこともできるが、ここはもう大盤振る舞いするしかないじゃろ」
つまり、全部使えと。やれと言うならやるけどね、後で使用料とか素材代請求されても払わんからね?
「あいつにこれを巻き付けたらこっちのハンドルのピンを抜け。二秒後に爆発する」
チェーンマインが連なるその先端、取手のようなハンドルの横に消火器に付いているようなピンがあった。手榴弾と同じ感じか。
じゃらりとギムレットさんからチェーンマインを受け取って、茨木童子へと特攻するタイミングを窺う。
「おっと、一応【弱点看破】しとくか」
僕は装備している伊達眼鏡の【弱点看破】を使い、茨木童子の弱点を見極めようとした。
身体的な弱点は頭と胸……普通だな。弱い属性は火属性? それならチェーンマインも少しは威力が増すか?
「みんな! 茨木童子から離れろッ!」
僕が【弱点看破】し終えると、ギムレットさんが大声でそう叫んだ。瞬時にして状況を判断したプレイヤーたちが茨木童子から距離を取る。今だ!
「【神速】!」
スローモーションになる世界を全力で走り抜ける。なにしろ戻る時間のことも考えないといけないのだ。下手すれば僕が爆発に巻き込まれる。
茨木童子のところへと辿り着き、チェーンマインを首に引っ掛け、ぐるぐると身体に巻きつける。
そのままの勢いでピンを抜きながら、脱兎のごとくギムレットさんの方へと戻った。くっ、これ以上はダメだ! 瀕死状態に入ったら歩くことさえできなくなる!
【神速】を解除し、スローモーションから元の速さに戻った世界を走り抜ける。HPは瀕死状態には入っていないが、走っているためSTはさらに減る。
ヤバい、もう限界……! と思った瞬間、背後から途轍もない連続した爆発音とともに、強い爆風が僕の背中を襲ってきた。
「ぐっ!?」
「うおわぁぁぁ!?」
「な、なんだぁ!?」
プレイヤーたちの叫びを聞きながら、僕は地面に叩きつけられ、そのままゴロゴロと転がってしまう。ちょっと待てい! 今ので瀕死状態に突入したぞ!?
土煙と小石が降る中で、僕は仰向けのままインベントリからポーションを取り出して、なんとかそれを口に咥え、顎を上げて飲み込んでいく。
HPがいくらか戻ったところで立ち上がり、周りに鬼がいないことを確認してからさらにポーションをがぶ飲みした。HP、MP、STを順次回復させていく。
「ててて……。キールの野郎! 手加減ってものを知らねえ!」
僕と同じく吹っ飛ばされたギムレットさんが同じギルドメンバーに悪態をつく。それについては激しく同意だ。どれだけお金をかけたか知らんが、限度ってもんがあるだろ。
というか、あれ、僕以外に使えないんじゃないのか? 二秒ぽっちで爆発圏内から離れられないだろ。ピンを抜いて投げたところで空中で爆発するだけじゃないの? いや、投げると同時にピンを抜けばいいのか……? どっちにしろ問題あるアイテムだわ。
「茨木童子は……?」
もうもうと立ち込める土煙で茨木童子の姿が見えない。アレで死んでくれたらありがたいんだが……。
『グ、ガ……!』
土煙の中に、爆発でボロボロになりつつも仁王立ちする茨木童子の姿が見えた。HPは半分以上は削れている。って、あれだけの爆発で半分なのかよ……! 頑丈過ぎんだろ!
「ちなみにおかわりは……」
「ないわい! アレにどれだけの金と素材を注ぎ込んだと思っとる! 茨木童子からレアアイテムがドロップしたら【カクテル《わしら》】に寄越せよ!」
セコいなあ……。いや、あの爆破アイテムを使ってくれた以上、太っ腹なのか。
『ゴガアッ!』
横薙ぎにした出刃包丁から衝撃波のエフェクトが放たれる。また【ソニックウェイブ】か!
飛んでくる衝撃波のエフェクトをギムレットさんは地面に伏せて、僕は上に飛び上がってなんとか躱す。
「「【螺旋掌】!」」
『グハッ!?』
茨木童子の左右から、【カクテル】のミモザさんと、【スターライト】のメイリンさんによるW掌底突きが見事に決まった。
そこに飛び上がって襲いかかる影が二つ。
「「【大切断】!」」
『ガフ……ッ!』
今度はガルガドさんとミウラによるW大剣斬りだ。
この連続攻撃にはさすがの茨木童子も足にきたのかがくりと片膝をつく。
そこへ畳み掛けるようにガイアさんとアレンさんが大盾を構えて左右から突進してくる。
「「【シールドバッシュ】!」」
大盾に挟まれた茨木童子が、挟まれながらも腕を伸ばし、ガイアさんの手首を掴んだ。
そのまま力任せに、ブン! とガイアさんをぶん投げる。おいおい、【鬼神族】の中でもかなり大きなガイアさんを片手で投げるって……。
茨木童子が出刃包丁を逆手に握る。
『ガアァァァァァァ!』
「っ!? 距離を取れ!」
アレンさんの声に、みんなが茨木童子から離れる。
ドン! と地面に突き立てた出刃包丁から、再び氷の蜘蛛の巣が走っていった。
アレンさんの指示に従い、茨木童子から離れていたプレイヤーたちはそれをなんとかギリギリで回避していた。
危ない危ない。僕も踏み込まなくてよかった。また捕まるところだったわ。
なんとかヒット&アウェイでHPを削ってはいるが、
決め手がないな……。このままだと……。
『ウガァ!』
「おっと……! この!」
横から金棒を持って襲ってきた黒鬼を斬り刻む。くそっ、海岸側にいた鬼たちがこっちに戻ってきた。さっきの大爆発で、船にいるプレイヤーたちよりこっちにヘイトが向けられたか?
茨木童子を今のうちに仕留めておかないと、と思った瞬間、洞窟の奥から轟くような咆哮が聞こえ、僕らの背後にあった土魔法で封じていた場所が内部から盛大に吹き飛ばされた。
「まさか……!」
立ち煙る土埃の中から一際大きい赤鬼が姿を現す。
赤銅色の剥き出しの上半身に、ざんばらな赤髪とそこから伸びる二本の角。腰には幅広の刀と、赤い瓢箪。
【ゾディアック】が持ち帰ってくれた画像に映っていた姿と全く同じ。
「酒呑童子……!」
『ゴアァァァァァァッ!』
鼓膜が破れるかと思えるほどの大声が飛んでくる。それと共に衝撃波のようなものがものすごい速さで空気を走り抜けた。身体が硬直し、まったく動くことができなくなる。これは……【ハウリング】か!
第二エリアのボス、『ブレイドウルフ』が使う、咆哮によって相手を硬直させてしまうスキル。
そのスピードはシエルや茨木童子の【震脚】よりも速く、躱すことはほぼ不可能。
蛇に睨まれた蛙のように僕らはその場から動けなくなってしまった。
『耳栓』のようなアイテムがあれば防げるが、常時それを装備しているプレイヤーはいないだろう。
【健康】の上位スキルである【壮健】を持っているシズカは動くことができるはずだが、一人動けたところでどうする? って感じだ。
あの咆哮は要注意だぞ……!
【ハウリング】自体は一、二秒ほどの硬直であるから、すでに僕らの身は自由になっている。
酒呑童子は腰の大きな刀を抜き放ち、それを天へと翳した。
瞬間、大刀に炎が宿る。メラメラと燃え盛るその炎は、刀身よりも大きく伸びて、天を焦がさんばかりとなっていた。
酒呑童子が無造作にその大刀を振り下ろす。刀の先からバスケットボールほどの大きさがある火球が続けざまに三発飛んできた。
「【ファイアボール】!?」
茨木童子は氷で、酒呑童子は火を操るのかよ!?
アレンさんが前に出て火球の一つを大盾で受け止める。残りの二つのうち一つがこちらへと向かってきたので、慌ててそれをダッシュで避けた。
僕はギリギリ回避したが、避け損なった黒鬼が火だるまとなり、光の粒となって消えた。いくら僕がダメージを与えていたといっても……一発かよ。
黒鬼の残りHPから考えるに、とんでもない威力があるぞ。あの火球……。
酒呑童子の大刀からは炎が消えている。どうやら連発はできないようだ。
「酒呑童子と茨木童子を同時に相手するのはマズい……! 一旦別れて対処しよう。茨木童子が片付いたら酒呑童子に合流する」
「わかった。なら俺は酒呑童子を。【カクテル】、【ザナドゥ】、【ゾディアック】をこっちに回してもらえるか?」
「わかった。茨木童子は【スターライト】、【月見兎】、【六花】で当たる」
アレンさんとガイアさんが相談し、それぞれの担当を決める。僕は相手が瀕死状態になりさえすれば、【首狩り】で倒すことができるため、必然的に茨木童子になる。
とはいえ、大人数の【オデッセイ】、【ザナドゥ】が抜けると途端に厳しくなるぞ、これは……。
「こっちだ! 【挑発】! 【タウントロア】!」
ガイアさんが酒呑童子に対し、スキル【挑発】と、戦技【タウントロア】のW挑発行動でヘイトを稼ぐ。
同じようにアレンさんも茨木童子に挑発をかまして、お互い別方向へと走った。
【スターライト】からはアレンさん、ガルガドさん、メイリンさん。
【六花】からはアイリス、ソニア、フリージアさん。
そして【月見兎】からは僕、ミウラ、シズカ、と合計九人……やっぱり急に寂しくなったなあ……。
『ガアッ!』
けっこう削ったが、まだ元気な茨木童子がヘイトを稼いだアレンさんへ攻撃を続ける。
大盾で受け止めているが、突き抜けた幾らかのダメージがアレンさんのHPを奪っていく。
盾で軽減されたダメージをさらに軽減するレアスキル【鉄壁】を持つアレンさんでこうなのだ。僕らが受けたら一発で瀕死状態、もしくは死に戻る。
「【ハイヒール】!」
アレンさんの背後にいるフリージアさんから【ハイヒール】の光がアレンさんへ注がれる。
回復職がいてくれて助かるよ。まあ、フリージアさんは戦棍を装備した殴りクレリックなのだが。
「【サザンクロス】!」
「【スタースラッシュ】!」
そのフリージアさんと同じギルメンのアイリスとソニアが、アレンさんに攻撃していた茨木童子に左右から戦技を叩き込む。
十字に突かれ、星型に斬られても茨木童子は攻撃をやめない。
「【ソニックブロウ】!」
『ガッ……!?』
アレンさんの持つ大盾から衝撃波が放たれる。本来なら相手を吹き飛ばせる戦技だが、茨木童子はなんと踏み留まった。【不動】スキルも持っているのか?
攻撃が止まったそのタイミングでアレンさんは茨木童子から距離を取る。
「シロ君、少し頼む!」
「了解」
インベントリからマナ、スタミナの両ポーションを取り出したアレンさんを横目に今度は僕が前に出る。
僕のポジションは遊撃だが、その素早さを活かして回避の盾役としてもなれるのだ。
【挑発】スキルを使い、茨木童子のヘイトが僕の方へ向くように誘導する。
『ウルガァッ!』
大きな出刃包丁を振り回すが、僕はそれを注意深く観察しながら全て避ける。こちらからは攻撃しない。ここは安全策でいく。アレンさんが回復するまで時間を稼げばそれでいい。
茨木童子が踏み出した右足から【震脚】の波紋が飛んできたが、それもジャンプして確実に躱す。
出刃包丁を突き立てるモーションがあった場合、素早く後ろに下がる。【アイスバインド】による拘束を躱すためだ。
氷が這い上がってきても、完全に拘束される前なら動いて逃げられる。
やがてアレンさんが回復し、戦線に復帰する。その間に今度は僕の方が下がり、【挑発】によるヘイトコントロールがアレンさんへと渡った。
後方で回復をしていたフリージアさんも前に出てきた。
「くらいな! 【ラッシュブロウ】!」
『ゴフッ!?』
フリージアさんが凶悪そうな戦棍で、茨木童子の横腹をめったうちにした。
あの戦技は一撃一撃が重く、威力が高いが外れる確率が高かったはず。上手いことヒットしたな。
というか、フリージアさんって、STRどれだけあるんだろ……。確実に僕よりあるよね?
茨木童子が出刃包丁を横薙ぎに振るい、それを受けたフリージアさんが吹っ飛ぶ。
しかし自分自身に【ハイヒール】をかけたフリージアさんがすぐさま立ち上がり、また戦棍を振りかぶって攻撃に加わった。え、笑ってら……。回復職ってなんだろう……。
フリージアさんと同じギルメンのアイリスはソロモンスキル【クロケルの氷刃】を使わないようだ。
茨木童子はおそらく氷属性に対する耐性を持っているだろうからな。どうせなら逆の、おそらく火炎耐性を持っているであろう酒呑童子の方に使った方がいい。
そう考えるとアイリスは酒呑童子側に行った方が良かったのかもな。
だけど同じギルメンがいた方が連携を取りやすいし。
「【兜割り】!」
「【月華斬】!」
僕の考えを肯定するかのように、ミウラとシズカの連携が決まる。
上と下から迫り来る刃を躱せず、茨木童子は頭と胸にダメージを負った。
かなりダメージを与えたと思うんだけど、茨木童子のHPはさほど減ってはいない。くそっ、本当になんて頑丈さだよ……!
それでも全体の三分の一以下にはできたと思う。あとさらに半分ほど削れば瀕死状態になる。そしたら【首狩り】で一気に仕留められるのに……!
【神速】で近寄って斬り刻もうにも、僕の攻撃力では一撃一撃が半減してしまい、そこまでのダメージにはならない。【分身】を併用することも可能だが、そこから【神速】を使うとすぐに瀕死状態になってしまう。
【神速】を使わずにあいつに肉薄できるスキルがあれば……ん?
あるじゃないか……! もう、なんで忘れてるかな!?
僕は【セーレの翼】のビーコンの羽根を、茨木童子の足元に投げて突き刺した。
【神速】を手に入れて、【セーレの翼】のことすっかり忘れてたわ……。瞬間的に移動するという意味ならこっちの方が速いのに。
自由自在に動けるわけじゃないから、【神速】の方が使い勝手はいいからなあ……。
【セーレの翼】を使って茨木童子の背後に転移する。からの────。
「【分身】!」
八人に分かれた僕がぐるりと茨木童子を取り囲む。僕に気が付いた茨木童子が出刃包丁を振りかぶるが、それよりも速く戦技を発動させる。
「【双星斬】!」
『ガハッ……!』
左右五連撃、計八十の斬撃を受けて、茨木童子が大きくのけ反る。一撃一撃が低いのでそこまでのダメージは与えられない。だけども……!
ピロロン、と茨木童子の頭上に浮かんだ状態異常のアイコンは【燃焼】と【失明】。
『双銃剣ディアボロス』の特殊効果【呪い】だ。一つでも乗ればラッキーと思っていたが、二つ乗るとはね。これも日頃の行いがいいからか?
『グラガァァァ!』
目が見えなくなり、炎に包まれた茨木童子は出刃包丁をめちゃくちゃに振り回す。危なっ!? マズいマズい、こっちは瀕死状態なんだ、さっさと逃げないと!
「でかしたぜ、シロ! あとは任せな!」
「今がチャンス……!」
「いっくぞ────!」
転がるように茨木童子から離れると、入れ替わるようにガルガドさんにメイリンさん、アイリスにソニア、ミウラにシズカが一気に攻撃を仕掛けた。
駆け寄ってきたフリージアさんの【ハイヒール】を受けつつ、インベントリから取り出したマナポーション、スタミナポーションで、MP・STを回復させる、
弱点である火属性の【燃焼】のダメージは、『超猛毒』ほどではないが、少しずつHPにスリップダメージが入っている。
茨木童子は目が見えないため、音を頼りに攻撃してこようとするが、アレンさんが大盾に剣をガンガンと鳴らしてそれを妨害していた。まるでおちょくっているようだ。
ほとんど守りを考える事なく、みんなは次々と茨木童子に攻撃を加える。やがて頭上のアイコンがゆっくりと点滅してきた。
「状態異常が切れるぞ、離れろ!」
ガルガドさんの声に、みんなが一斉に距離をとる。
茨木童子のHPは瀕死状態までもう少し。
「もう一息だ!瀕死状態まで追い込め!」
アレンさんの言葉に、再びみんなが茨木童子への攻撃を始める。
茨木童子が地面に出刃包丁を突き立て、再び【アイスバインド】が発動する。
「なにっ!?」
違う! 【アイスバインド】じゃない! これは……!
地面から伸びた氷がまるで槍のようになって放射状に僕らに襲いかかってくる。【アイススパイク】か!?
くそっ、これは躱せない……! ジャンプして避けても落下時にダメージを喰らってしまう。なら、防御してダメージを軽減するしか……!
「唸れ! 『スパイラルゲイル』!」
と、その時、ミウラが暴風剣『スパイラルゲイル』で竜巻を起こし、上空へと舞い上がった。
「【大っ、回転、斬り】!」
ミウラが空中で大剣を振り下ろし、縦回転にぐるぐると回り始める。
あれは……コロッセオでガルガドさんと対戦した時に出した技か?
まるでヨーヨーや回転ノコギリのように縦回転したままのミウラが茨木童子目掛けて落下していく。ある意味、大剣よりも軽いミウラだからできるオリジナルの戦技だ。
『ウガッ!?』
それに気付いた茨木童子が地面から出刃包丁を抜き、ミウラの攻撃を受け止めようと真横に構える。
しかし落下スピードに加え、回転の遠心力も加わったミウラの一撃は、疲れ切った茨木童子の膂力では受け止め切れず、肩口にザックリとその刃を受けてしまった。
その瞬間に、茨木童子のHPが瀕死状態に突入したのを見逃す僕ではない。
氷の杭を避けながら、茨木童子に全速力で駆け寄り、奥義を発動させる。
「【首狩り】」
『ガ……ッ』
スパン! と茨木童子の首が飛ぶ。そのままどさっと身体も倒れ、落ちた首共々、光の粒となって消えていった。
大抵、こういった中ボスやボスクラスのやつは、瀕死状態になるとパワーアップしたり、変身したりするんだけど、そこをすっ飛ばせるのが【首狩り】のスゴいところだよな……。
「つっかれたー……!」
「なんとかなった、か……」
「何度見てもスゲェな、アレは……」
メイリンさんがその場に寝転がり、アレンさんとガルガドさんもその隣にしゃがみ込む。
「もうクタクタ……」
「まだよ。酒呑童子が残ってるんだから。早く向こうに合流しないと……!」
力無くボヤくソニアにアイリスの厳しい声が飛ぶ。
そうだ。まだ終わっていない。酒呑童子を引き離したガイアさんたちは大きな岩場の向こうへ行ってしまい、ここからは見えないが、まだフレンドリストの現在地はここになっている。死に戻ってはいないはずだ。
「とりあえず回復しないとな」
僕は今日何個目になるかわからないポーション類を、インベントリから取り出した。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■チェーンマイン
その名の通り、爆弾・地雷を直鎖状に繋いだ架空の武器。対象に巻き付け、爆発させる事でダメージを与える。重装甲を破壊するのに向いている。ある意味ロマン武器の一つとも言える。