■166 応援要請
「やはりどうしても戦力不足は否めない、か」
「せやなあ……。森とか市街地ならゲリラ戦を仕掛けることもできるやけど、岩場しかないからなあ……」
空中に浮かぶ『鬼ヶ島』のマップを見ながらボヤいたアレンさんにトーラスさんが答える。
現在、白銀城の天守閣で主だったメンバーによる鬼ヶ島攻略の会議中だ。
【ゾディアック】が持ち帰ったデータによると、鬼ヶ島にいる鬼はざっと五百ほど。それも地表にいる奴らだけで、である。
中心にある洞窟にどれだけの数がいるのかわからないが、最低でも五百ということだ。
対して僕らクラン【白銀】は百人ちょっと。単純に五倍である。圧倒的に数で不利だ。
さらに言うなら、クランのメンバーの中で参加できないであろうプレイヤーもいる。それはリアルの予定が合わない人だったりもするが、生産職など、戦闘に向いていないプレイヤーの人たちもだ。
だから実際は百人よりも少なくなる。それで五倍もの鬼たちと戦おうってんだから無茶が過ぎるよな。
「一応キースにゃ炸裂弾を多く作るように頼んじゃいるが、それでどれだけ減らせるかわからん」
「生産職に投石器を追加で作ってもらっているわ。初手の遠距離攻撃で、どれだけ数を減らせるかが肝になりそうね」
【カクテル】のギムレットさんと、【ザナドゥ】のエミーリアさんも暗い声を出す。
遠距離攻撃ねえ……。酒呑童子の投擲術を見るに、普通の鬼どもも石とか投げてきそうなんだが。
【六花】のリリーさんがアレンさんに視線を向ける。
「やっぱり『援軍』が必要かしら?」
「できれば【白銀】だけで討伐したいところなんだけどねえ」
「共闘か……それぞれ知り合いのギルドに声をかけるか?」
「それしか無いですかねえ……。でも第五エリアまで来てるギルドとなると限られてくるし……」
「【エデン】だけは却下よ。あそこが入るなら【ザナドゥ】は下りるからね?」
「わかってる。【ザナドゥ】に下りられたら、半数以上いなくなってしまうよ」
「あの」
悩み始めたギルマス集団にその一人でもあるレンが手を上げる。
「【オデッセイ】に協力を頼むというのはどうでしょう?」
「【オデッセイ】か……」
「あちこちのギルドに頼むよりは、一つのギルドに頼んだ方が連携はしやすいと思うが……」
「確かに【オデッセイ】のギルドメンバー数は【怠惰】一だからね……。戦力としては頼もしいとは思うけど……」
「一応、競争相手やろ? こちらの手を晒すのもなんかもったいないような気がするわ」
確かになあ。トーラスさんの言う通り、せっかく手に入れた情報を競争相手に与えてしまうのはもったいない気がするよな。
「そもそも【オデッセイ】に伝手はあるのかい?」
「えっと、それはシロさんが」
レンの発言にギルド幹部らが一斉にこっちを見る。そうきたか……。
「シロ君、【オデッセイ】に知り合いが?」
「まあ、ギルマスのガイアさんと妹のシエルってプレイヤーとは知り合いにはなりましたね」
フレンド交換はしてないけどな。というか名前さえわかっていればメールは送れるんだから、クランマスターであるアレンさんの方から送ればいいと思うぞ?
「うーん、知らない人物からより、知っている人物からの方が受け取りやすいと思うんだけども」
「知らないって……【スターライト】のアレンさんを知らんわけがないでしょうが」
この人、自分がどれだけ有名人なのかわかってるのか? 【怠惰】の領国で知らんプレイヤーがいたら、そいつは一切の情報をシャットアウトしてるぞ。
渋るアレンさんを置いて、ギムレットさんが尋ねてくる。
「【オデッセイ】のギルマスはどういうヤツだ?」
「んー……何事にも動じない、頼れるリーダーって感じでしたね。『動かざること山の如し』ってイメージの人で。まあ、盾職っぽかったんで、そう感じただけかもしれませんけど」
妹はちょっとアレだけどな……。そう言いかけた言葉を僕は飲み込んだ。
「仕方ない。僕からメールを送って、会談の場を設けよう。でもシロ君には一緒に立ち会ってもらうよ? 顔見知りがいるといないとでは交渉もやり易さが違うからね」
えー……? まあ、いいけどさ……。ガイアさんの妹のシエルがくっついてこないか心配だ……。
また【PvP】申し込まれるのは勘弁だからさ……。
◇ ◇ ◇
数日後。
【オデッセイ】のギルマス、ガイアさんから指定された場所に、僕とアレンさん、サブクランマスターである【ザナドゥ】のエミーリアさんの三人で向かうことになった。
「ここ……ですかね?」
ガイアさんが指定してきた場所は、カグラの町にある居酒屋のような場所だった。二階建ての木造建築で、赤い暖簾に『酒処・酔』とでかでかと書いてある。
「らっしゃせー」
「こっちだ」
暖簾をくぐると店員の女の人が挨拶をしてくれる。そして続けるように、奥座敷から手を挙げて聞き覚えのある声が飛んできた。
奥座敷にはガイアさんともう一人、眼鏡をかけた茶髪に三つ編みおさげの女性がいた。シエルはいないようだ。その事実にほっとする。あえてアレンさんのメールには僕がついて行くことを書かないでと言っておいたからな。
「初めまして。【白銀】クランマスターのアレンです。こっちはサブマスターのエミーリア」
「【オデッセイ】のギルマス、ガイアだ。こっちはサブマスターのクラレッタ」
クラレッタと呼ばれた女性は小さくぺこりと頭を下げた。よかった。シエルがサブマスターだったらどうしようかと……。いやまて、サブマスターは二人まで設定できるからな。可能性はあるのか?
「とりあえず座ってくれ。一杯飲んでから話を聞こう」
ガイアさんの勧めるままに僕らは座敷席に座る。メニュー表を見たが、これ完全に居酒屋のメニューじゃないの? いや、居酒屋に行ったことないからわからないけどさ。
「とりあえず生ひとつ」
「レモンサワーをお願いします」
「えっと、僕は烏龍茶で」
「はい、よろこんで!」
僕らの注文に店員のお姉さんが笑顔で答える。うん、これ完全に居酒屋だな。行ったことはないけど確信した。
すぐに僕らの前に注文した飲み物がやってくる。持って来たお姉さんに、アレンさんが追加で軽いおつまみを頼んでいた。
「それで重要な話ということだが、どういった話だろうか?」
「単刀直入に言うと、協力要請だね。僕らは『酒呑童子』を見つけた。だけど戦力が今ひとつ足らなくてね。【オデッセイ】に協力を頼むのはどうかと意見が上がったんだ」
「酒呑童子……!」
アレンさんの言葉にさすがのガイアさんも目を見開いて驚いている。隣のサブマス、クラレッタさんもだ。
「……クランでは【怠惰】最大人数の【白銀】でもまだ戦力が足らないというのか?」
ギルドなら【怠惰】で一番の大手は【オデッセイ】だが、クランなら【白銀】が一番人数が多い。
だけどもクランは【ギルド】の集まりであるため、人数を集めるだけならそう難しくはない。中規模のギルドが四つ五つ組めばあっさりとうちの人数なんて抜かされる。
そもそも本当に団結しているなら一つのギルドになるしな。結局、クランってのは寄り合いでしかないのだ。
「とにかく敵の数が多い。僕らだけだと酒呑童子に戦いを挑む前に力尽きてしまう。酒呑童子には腹心もいるみたいだしね」
「そ、それって、茨木童子のことですか!? 確認したんですか!?」
「おっと、それ以上は協力の確約ができてからじゃないと話せないな」
茨木童子に食いつくクラレッタさんにアレンさんがストップをかける。
「……【オデッセイ】が断わったらどうする?」
「残念だが、別のギルドを誘うよ。連携もあるし、一つのギルドだけで済めばよかったんだけどね」
「……断るには分が悪いな。俺たちがその酒呑童子の拠点とやらを見つけても、単独ギルドでは倒せない規模ということだ。どのみちどこかと手を組まねばクリアできないなら、この機を逃すわけにはいかない」
「わかってもらえて嬉しいよ」
アレンさんが差し出した手をガイアさんが握る。なんとか協力体制を取ることができそうだ。
「お待たせいたしましたー!」
そこへおつまみと飲み物を持った店員さんがやってきた。みんなそれぞれ自分のジョッキやコップを手にする。
「では打倒・酒呑童子を目指して。乾杯!」
カチンと皆でグラスを合わせる。本当に飲み会だな、こりゃ。いや、行ったことないけどさ。
烏龍茶をぐびりと飲みながら、テーブルに置かれた唐揚げを頬張る。うむ、美味い。
「で、酒呑童子はどこに?」
「ちょっと待ってくれ。一回フレンド登録してもらえるかな」
ついでなので僕もガイアさんとクラレッタさんの二人とフレンド登録をしておく。シエルには教えないようにと一応釘を刺しておいた。【PvP】のお誘いメール爆撃はごめんだ。
アレンさんがウィンドウを操作し、第五エリアの地図を映し出す。これはここにいる五人にしか見えないように設定されている。
「ここの島全部が酒呑童子の拠点だね。僕らは【鬼ヶ島】と呼んでいる」
「【鬼ヶ島】って……」
クラレッタさんがちょっと苦笑いしていたが、パッ切り替わった画面に、例の角の伸びた島全景が映し出されると納得したように小さく頷いた。
「……【鬼ヶ島】ですね」
「地表にいる鬼だけでざっと五百。洞窟内にはどれだけいるかわからない。まず、これだけでも戦力が足らないって意味がわかるだろう?」
「……そうだな。洞窟の中で鬼が無限ポップするなんて状況もあり得るかもしれん」
うげ。嫌だな、それ……。倒しても倒してもキリないじゃんか。
おそらくポップはするんだろうけど、クールタイムはあると思う。両面宿儺の時と同じく、一日じゃないかなあ? どんなに倒しても、一日過ぎてしまうと最大数にリセットされるってわけだ。
「いかに効率よく鬼を倒すかが決め手になってくるわね」
「酒呑童子と茨木童子を同時に相手するのは難しいと思います」
「【オデッセイ】は投石器をいくつ用意できる?」
「今あるのは二つだけだな。時間をもらえればいくらかは数は揃えられると思うが……」
幹部同士が作戦会議を始めたが、僕は黙って烏龍茶を飲みながら唐揚げを頬張る。空気が読める男なのだ、僕は。うむ、美味い。
「島の鬼たちとは別に、酒呑童子と茨木童子に対抗する戦闘部隊が必要だな」
「酒呑童子らが両面宿儺クラスだとして、かなりの数をそちらに割かないといけないわね」
「普段は酒呑童子も茨木童子も洞窟内にいるようだから、洞窟内での戦いになるだろう。【暗視】スキルや暗視ポーションが必要になるね」
「……ちょっとシロさん、一人で食べ過ぎ」
ずっと唐揚げを食べていたらエミーリアさんに怒られた。
「いや、だってやることないし……もう帰ってもいいですかね?」
「いやいや、一応君もクランメンバーなんだからさ。なにか考えがあったら言ってよ」
アレンさんが苦笑気味にそう返してきた。考えといってもな……。うーん、あ。
「この洞窟って壊せないですかね? 中の鬼を生き埋めとかにできないかな?」
「いや、それは無理だろう。たぶん破壊不能オブジェクトだと思うぞ。ダンジョンと同じで壊すようなことはできないはずだ」
「なるほど……。じゃあ毒の煙をぶち込んで、入り口を土魔法で塞ぐってのはどうかな? あ、中に油を流し込んで火をつけるってのもあるか。投石器で油樽を片っ端から島に投げ込んで火の海にするって方がいいですかね?」
「え、待って。ゲームとはいえちょっと引くなあ……」
アレンさんだけでなく、エミーリアさんにガイアさん、クラレッタさんもなぜか引いていた。
なんだよう。意見を言っただけじゃんか。
「ま、まあ、ちょっと過激ではあるけど、作戦としてはありかもしれないわよ。油のお金はかかるかもしれないけど……」
「だが島中を火の海にしてしまっては、俺たちもダメージを受けてしまうぞ?」
「そこは耐火装備や耐火ポーションでしのいでさ……」
また話し合いが始まったが、再び僕は黙って唐揚げを食べ、烏龍茶を飲むマシーンと化した。
……もう帰ってもいい?
◇ ◇ ◇
【オデッセイ】との協力を取り付けたクラン【白銀】は、予定を擦り合わせ、次の日曜日に総攻撃をかけることに決まった。
ここからは準備期間だ。武器や防具の手入れ、回復薬やアイテムの補充、新たなスキルや奥義の取得と、みんな忙しく動いていた。
僕も【調合】を使い、みんなの分のポーションやマナポーションを生産していく。
熟練度がちょっと上がったな。今さらだけど、初期スキルで【調合】を取ったのは間違っていたのかもしれないなあ。
僕のスタイルは身を躱して攻撃を避けるため、基本的にダメージは受けない。なのでポーションもそこまで必要ではないのだ。
まあ、結果的に【加速】とか【分身】とかを手に入れたから、マナポーションはガブガブ飲むことが多くなってしまったけども。
こういったスキルや戦闘スタイルでの組み合わせも、今となってはいろいろと研究され、理想の組み合わせができてしまっている。
『DWO』で初めて遊ぶプレイヤーが、『素早さ重視の双剣使いになりたい』と思ったら、その理想の初期スキルがもう決まっているわけだ。
僕個人の考えだが初見である人こそ、自由に好みのスタイルでプレイして欲しいと思う。
なんでも効率、効率と、そればかり考えていては、せっかくの個性というものが無くなってしまうような気がするのだ。
なんでも自由にできるのだから、自分で考えた方が楽しいし、それがうまくいったら嬉しいじゃないか。
だから僕は基本的に攻略サイトとかは見ないようにしている。掲示板とかもね。普通に知り合いのNPCやフレンドから情報を得ることもできるしな。
【鬼ヶ島】を攻略したら、おそらくその情報も流されて、僕らよりも効率の良い攻略法が出てくるんだろうなあ。
まあ、三百人近くプレイヤーを集めるのが一番大変だと思うけども。
正確には当日参加できないプレイヤーも何人かいるので、【鬼ヶ島】攻略部隊は二百五十人ほどだ。
そのうち五十名ほどは完全に後方支援で、戦闘には参加しない。
【鬼ヶ島】には船で行くつもりだが、この五十人は船から降りず、船上で支援作業をすることになる。
投石器で石を投げたり、船にあるバリスタを撃ったり、見張り台から状況を伝えたりだ。
弓使い《アーチャー》なんかも船から攻撃してもいいのだが、どうしたって沿岸部だけの攻撃になってしまう。
鬼が中央部に下がったら矢が届かなくなるからな。だけど──。
パァン! と乾いた音が砂浜の方から聞こえてくる。調合室の窓を開けると、そこには狙撃銃を持ったレンがいた。
あの銃なら船の上からでも支援できる。レンはこの間【鷹の目】を、上位スキル【天の目】にランクアップさせた。
【鷹の目】は遠くのものをはっきり見ることができる弓使い必須のスキルだが、【天の目】はそれに加えて、上空からも含め、四方八方から見ることができるんだそうだ。
そのスキルと長距離狙撃ができるあのリンカさん特製の狙撃銃があれば、どんな遠くの敵だって当てることができる。
まあ、問題は遠くにいる敵に当てることはできても、距離次第ではその威力が落ちてしまうことだが、そこは特殊な弾丸でカバーすることにしたらしい。
いわゆるデバフ弾だな。毒とか麻痺とか鈍化とか。ダメージは少なくても、デバフ効果を与えることができれば、戦況はかなり有利になるはずだ。
ふとレンの後方を見るとリゼルが立っている。構えた『魔王の王笏』がバチバチと火花を散らし、彼女の上空にいくつもの光の球が浮いていた。どんどんとその光の球は増えていき、まるで無数の星のような数になる。
「【スターフレア】!」
キュオッ、という音がしたかと思ったら、光の球がものすごいスピードで海へと飛んでいった。海面に当たった光の球は爆発を起こし、それが連鎖して次々と大きな水柱が立っていく。まるで爆竹でも鳴らしたような感じだ。
「ふええ……」
その場でぺたりと座り込んだリゼルに、僕は作ったばかりのマナポーションを持っていくことにした。
「ほれ」
「ありがとー。あと少しで倒れるところだった……」
一回の魔法で魔法使いであるリゼルのMPをほぼ全部消費するのか? なんて魔法だよ。とんでもないな。
「いや、【スターフレア】自体は中級魔法の上位ってくらいなんだけど、やっぱり『魔王の王笏』の増幅が凄まじいんだよ。MPがあるだけ持ってかれちゃう。ものすごく燃費が悪いよ。そのぶん威力は申し分ないけど」
ごくりとマナポーションを飲みながらリゼルが説明する。倒れてしまうようでは戦闘中には危険すぎて使えないが、遠くから初手でぶちかます分にはかなり使えると思う。
あまり『魔王の王笏』は人目に晒したくはないところだが、そうも言ってられないか。別にズルして手に入れたわけじゃないしな。
まずはこれをぶちかまし、沿岸部の鬼どもを一掃して、その隙に戦闘部隊が上陸するという作戦だ。
その後は乱戦になるため、広範囲魔法は撃たない方がいい。こいつは戦闘開幕の花火だ。
準備は着々と進んでいる。いざゆかん、鬼退治へ。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■レモンサワー
蒸留酒と炭酸を混ぜ合わせたものにレモンを加えた飲み物。サワーとは蒸留酒をベースに、柑橘類などの果汁と砂糖などを混ぜたカクテルに炭酸を加えたお酒。関東圏ではレモンサワー、関西圏ではレモンハイと呼ばれる。