■163 新スキルの検証
ずいぶんと挨拶が遅れましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
新たに手に入れた【神速】と【索敵】を試すべく、第五エリアにある【五十鈴平原】というフィールドにやって来た。
ギルドのみんなも誘ったのだが、今日も白猫を探しに出払っているみたいで、結局一人で来た。
「どれ、じゃあ【神速】から試してみようかね」
スキルスロットに【神速】と【索敵】が入っているのを確認して、僕は足をほぐしながらトントンと軽くジャンプをした。
足の爪先に力を入れる。
「【神速】……っ!? うわっ!?」
【神速】を発動させ、駆け出した瞬間、僕は前のめりに転んでゴロゴロとその場を転がってしまった。
勢いが止まらず、かなり転がってやっと止まった。全身土だらけである。なんだ!? 今の感覚は!?
足を一歩踏み出したつもりが、何メートルも先に伸びたような感覚があった。
歩幅がいきなり大きくなったような感覚に戸惑い、踏み出した足の裏で地面を踏めず爪先が地面に突き刺さってしまった。
そのまま勢いで前転し、あとはただゴロゴロと転がるだけだった。
「失敗だな。うーん……次は歩くところから始めてみよう」
気を取り直し、もう一度【神速】を発動させる。今度はいきなり駆け出したりせず、普通に歩いてみる。……歩けるな。まだちょっと変な感覚があるけど。
ちょっと早足で歩く。トントントンと大股で歩く。小走りで駆ける。普通に走る。
「走れる……けど、速いのか、これ?」
イマイチよくわからない。変な感覚は消えたが、【加速】の方が速かったような気がする。タイムを計っているわけではないので実感がないというか。
ふと、走っている時に妙なものを見た。遠くに飛んでいる鳥が遅く思えたのだ。あんなに遅い羽ばたきでは落ちてしまうんじゃないだろうかってくらい遅い。
【神速】を止めると鳥は普通に羽ばたいて向こうの彼方へと飛んでいってしまった。
「まさか……」
僕はその場に落ちていたゴルフボールほどの石を手に取った。
それを胸の高さから落とし、すぐさま【神速】を発動させる。
「やっぱり……!」
僕が落とした石は、まるでスローモーションのようにゆっくりと落ちている。羽毛が落ちるスピードよりも遅い。
注意深く周囲を観察すると、風に揺れていた木々は止まり、流れていた雲も動いていない。いや、おそろしく遅いスピードで動いているのだ。
ゆっくりになった世界で、僕だけが普通に動ける?
それは外から見れば僕がとてつもないスピードで動いているように見えるんじゃないか?
試しに先ほど落とした石を思いっきり蹴ってみたが、石はびくともしない。
「いや……少しだけど蹴った方向に動いている?」
【神速】を解除すると、石が真横に勢いよく飛んでいった。間違いなく僕が蹴った影響だろう。
これは……かなり使えるぞ! 僕だけが普通に動ける世界で攻撃し放題って事だろ? 無敵じゃないか!
「使用中にMPが減るのは【加速】と同じだけど、それ以上の恩恵が……あれ!? HPもSTも大幅に減ってる!?」
ちょっと待って! MPだけじゃなく、HPもSTも全部減るのか!?
そうなってくると話は違ってくる。スローモーションの世界で動くには、自分の身を犠牲にしないといけないってこと?
MPと共にレッドゾーンギリギリだったHPとSTをポーションで回復させる。とんだ落とし穴だ。
……待てよ? 【神速】の世界でポーションを使えばいいんじゃないか?
【神速】で敵を攻撃し、こっちが瀕死になる寸前に各ポーションで回復、そしてまた攻撃、とやれば、長い攻撃もできるのでは?
はたから見れば高速でポーションをがぶ飲みしているように見えるのかもしれないが。
全快した僕はもう一度【神速】を発動させる。ついでに試しにと今度は石を投げてみると、僕の手を離れた瞬間に石はスローモーションになった。
続けて石を投げてみるが、三個も投げたらもうパラメータがレッドゾーンに突入しそうになっている。
「まずいまずい、ポーションを……えっ!?」
ポーションの瓶の栓を抜き、ぐいっと呷ったが、ポーションが瓶から出てこない!?
いや、出てはきているが、やや硬い水飴のように中の液体がゆっくりと流れてきている。瓶は自由に動かせるのに中身はダメなのか!?
ちょっ、これは予想外……!
「ダメだ!」
これ以上【神速】を維持していると死に戻る!
「ぶわっ!?」
【神速】を解除すると顔に勢いよくポーションがぶっかかった。
諸々がレッドゾーンに突入したことでその場でぶっ倒れる。
「動けん……!」
完全に瀕死状態だ。今一撃でも喰らったら間違いなく死ぬ。
そんな僕のピンチ状態をかぎつけたのか、倒れた視線の先に、両手が鎌になったイタチ、カマイタチがひょっこりと現れた。
向こうも僕を見つけたようで、こちらをじっと見ている。いや、ちょっと待て! 今はヤバい!
カマイタチはチャンスと見たのかこちらへと向かって駆け出してくる。
しまったー! こんなことなら【索敵】を先に試すんだった!
それか、敵の弱い第一エリアとかで試すんだった!
「……っ、【セーレの翼】!」
転移ウィンドウを呼び出し、なんとか動いた右腕で、本拠地の名前を選択する。
次の瞬間、一瞬にして転移した僕は、ギルドハウスにある転移陣に横倒れになったまま転がっていた。
「あっぶな〜……!」
なんてタイミングの悪さだ。LUCはそこまで低くないと思うんだが。
みんなは出払っていて、こんな情けない姿を見られなかったのが幸運っちゃ幸運か。
と、思ったら屋根の上から文字通り羽を伸ばした白いウサギがじっとこちらを見ていた。
「ぷひっ」
変な声を出してスノウが屋根の向こうへ飛んでいく。笑われた……?
くそう。もう一回だ。今度こそ安全に検証しよう。
狙いは悪くなかったと思うんだが、まさかポーションを飲めないとはなあ。
【神速】を発動した瞬間にポーション瓶を口に咥えて上に向けながら移動すれば、そのうち……ってアホか。思いっきり間抜けな姿だし、その状態で戦えるわけがない。
薬草飴では回復が遅すぎるしな……。いっそこう、ポーションを注射器のようなもので口に押し出す……? いやいや、瓶と同じく注射器は動かせても中身は硬い水飴だ。そんな水飴状態のポーションを簡単に押し出せるか? さっき蹴っ飛ばした空中の石のように、ほとんど動かないような気がする……。
「はあ……問題が山積みだな……。とりあえず検証は第一エリアでやろう……」
僕はギルドハウスのポータルエリアを使い、第一エリアの『北の森』にやって来た。ここなら安全だろう。
懐かしいな。ここで一角兎を初討伐したのがすごい昔のようだ。実際には半年くらいしか経ってないんだけども。
リアルだと半年だけど、ゲームだと三倍の速さで進むからな。ゲーム内だと一年半になる。
まあ、ログインしっぱなしってわけじゃないからそこまでは体感してないんだけども。
「とりあえず【索敵】っと」
【索敵】を発動させる。ランクアップする前の【気配察知】は、自動的に働くパッシブスキルだったが、【索敵】は自分で発動させるアクティブスキルだ。
【気配察知】のように油断していても働くのとは違い、【索敵】は自分でそれを怠ると敵の接近を許してしまう。
だが、近づかないと働かない【気配察知】と違い、【索敵】はかなり遠くの敵も発見できる。
さらにこの【索敵】のいいところは、一定のNPC、及びプレイヤーも見つけ出せるというところだ。
つまり、オレンジ、レッドプレートの犯罪者たちである。
PKKにはもってこいのスキルなのだ。
まあ【索敵】を誤魔化す【隠形】や【潜伏】なんてスキルもあるし、ギルドホームにいる場合は効果はないんだけどな。
「おー、けっこう広い範囲でわかるんだな……」
僕は【索敵】の効果により、感覚的にどこにどんなモンスターがいるかがわかるようになった。
どんな動きをしているのかもわかる。あっちの方で小刻みに動いている二匹……たぶん一角兎だと思うが、これはたぶん、プレイヤーと戦っているな。
邪魔しちゃ悪いからそっちとは反対側の方へ行こう。
ふと、【神速】を使えばものすごく速く移動できるのでは? と思ったのだが、【神速】は速く動くというよりは、僕的には『周囲がものすごく遅くなる』といった感覚であり、自分の感覚では『早く着いた』という風にはならない。普通に走ったのと変わらない感覚だ。
時間的には、確かに早くなっているのだろうけれども、特に急ぐわけでもないのなら、わざわざMPやSTを消費することもないよな。
そう考えると、移動には【加速】のほうが優れているのかもしれない。【神速】は戦闘用に特化されたスキル、ということなのだろうか。
ちょっと離れるだけなので、スキルは使わず普通に森の中を移動していると、入れっぱなしにしていた【索敵】に引っかかるものがあった。
明らかに【敵】と判断できるものであるのだが、動きがおかしい。
三つあるその【敵】の動きが連携しているような動きなのだ。
ここ、『北の森』は『DWO』を始めた新規プレイヤーの最初の狩場だ。
故に強いモンスターはポップしない。連携を取れるような敵はいないはず。群れで行動するウルフ系でさえ、連携しないで各々勝手に攻撃するだけなのだ。
ってことは……。
「【犯罪者】か」
【索敵】が反応したということは、この三人はオレンジ、あるいはレッドプレートの犯罪者プレイヤーだということになる。
犯罪者プレイヤーもプレイヤーには違いない。モンスターを狩ってレベル上げをしているってんなら、それ自体は別に問題はない。
本当に、『モンスター』を狩っているのならば。
「【加速】」
嫌な予感がした僕は【索敵】の指し示す先へと走り出す。【加速】をランクアップして【神速】にしたが、【索敵】とは違い、【加速】が使えなくなったわけじゃない。
どっちかというとギアが一段階増えた感じで、セーブすれば【加速】と同じスピードを出すことができる。【加速】自体は速くなるだけのスキルだからな。
【索敵】で引っかかったこいつらがモンスターを狩っているのならば問題はない。しかし悪質な犯罪者プレイヤーが新人プレイヤーを狩っているのだとしたら?
PKの可能性は充分にある。
【索敵】が示す相手に近くなったところで【隠密】を使い、気付かれぬように木の陰に隠れて進む。
「いた」
三人のプレイヤーが二人のプレイヤーに攻撃を仕掛けている。
襲われている二人は男女、というか少年と少女の二人組だ。おそらく僕と同じか少し下くらいか? 『DWO』では、PKをするのもされるのも15歳未満はできないから、最低でも15歳ということになる。
男の子の方は大きな盾を持ち、相手からの攻撃を防いでいる。女の子はその後ろで回復魔法を使っているようだった。
見るに盾職と回復職なのだろう。
防御に重点を置いた組み合わせだからか、まだどうにか耐えている。が、それも時間の問題のようだ。
がくりと盾持ちの男の子が膝をつく。後ろの女の子が【ヒール】を唱えるが、すでにMPが足らないのか、発動する事はなかった。
「粘りやがって! さっさと死に、ぐぼぉ!?」
剣を振り上げたPKの剣士プレイヤーの横っ腹に、【加速】で勢いをつけた【蹴撃】による蹴りを喰らわせる。
吹っ飛んだPK剣士が木の幹にぶつかってその場に倒れた。
「テメェ! いきなりなにしやがる!」
「不意打ちなんざ汚ねぇぞ!」
「よくそんなセリフが出るな。ちょっと感心する」
残る二人、PK双剣使いとPK斧使いがこちらへ向けて罵声を飛ばしてくる。
吹っ飛ばされたPK剣士も立ち上がり、ポーションをグビリと飲んで復活した。うーむ、さすがに蹴り一発では倒せないか。
「この野郎、ふざけやがって! ぶっ殺す! 【スタースラッシュ】!」
僕に蹴られたのがよほど頭にきたのか、PK剣士が突っ込んできて、戦技を使用してきた。
【スタースラッシュ】は僕の【双星斬】と同じく、剣の軌跡が五芒星を描く五連斬だ。この戦技を使うということは、それなりに熟練度の高いプレイヤーだと思う。
ちょうどいい。新しいスキルの実験台になってもらうか。
「【神速】」
次の瞬間、周りの動きががスローモーションになる。
【スタースラッシュ】を発動させたPK剣士の剣はまだ一撃目を振り下ろしている最中だ。
そのゆっくりとした世界の中で、僕だけが普通に動ける。
PK剣士のスローモーションの剣を余裕で躱し、そのまま手にした双銃剣ディアボロスで左右合わせて十回ほど斬りつけ、トドメにリゼルにチャージしてもらった魔法弾を放っておく。
ディアボロスから発射された【ファイアボール】は、銃口から飛び出した途端にスローモーションになった。とはいえ、それでも結構速い。
同じように残り二人にも斬りつけて魔法弾をお見舞いし、なんとかパラメータがレッドゾーンに突入するギリギリで【神速】を解除すると、ほぼ同時にゴガゴガ、ゴガン! と【ファイアボール】の炸裂音が聞こえた。
「ありゃ、一人仕留めそこなったか」
PK斧使いだけ、HPが僅かに残っている。そういやこいつだけ金属鎧だ。防御力が他の二人より高かったみたいだな。
「なんっ、なん、なんだ!? テメェ、今なにをした!? なんだその動きは!?」
「別に? 速く動いただけ」
パニックになっているPK斧使いに簡潔に説明してやった。そうとしか言いようがないしな。
「ッ! そのマフラー……! テメェ、ウサギマフラーか! くそっ、ツイてねぇ! 『首狩り兎』に会っちまった!」
「変な呼び名で呼ぶな」
「グハァ!?」
PK斧使いへ向けてもう一度引金を引く。【ファイアボール】を至近距離で喰らい、PK斧使いは光の粒になって消えた。
『賞金首【ギメル】【ギエン】【ギアス】が討伐されました。討伐したプレイヤーに賞金が支払われます』
頭の中にアナウンスが響く。PKの賞金か。履歴ウィンドウを開いて金額を見ると、そこまで高くはない。と、いうことはあいつらはまだ成り立てのPKだったということか。
ま、賞金に加えて、あいつらの持っていた所持金も全てゲットだ。装備・所持アイテムも半分ドロップしている。これは美味しい。PK狙いの賞金稼ぎプレイヤーがいるのも頷けるな。
一方、狩られたあいつらは、所持金ゼロ、装備・所持アイテムの半分を失って、レベル・熟練度も半分になる上に一定期間のログイン不可となる。
今ごろ頭を抱えているか、僕に悪態でもついていることだろう。デメリットしかないのに、PKなんかやるやつの気がしれん。
「あの……」
僕がPKどもに呆れていると、後ろから声をかけられた。PKに襲われていた少年少女だ。
少年の方は大きな盾を手にした【獣人族】、少女の方は小さな杖を手にした【妖精族】だった。
「あ、ありがとうございました。助かりました。今までPKとかされたことなかったからびっくりしちゃって……。一昨日、対象年齢になったのを忘れてました……」
ありゃ。誕生日を迎えて十五歳になったことで、PK対象になってしまったのか。そのタイミングで襲われるとはなんとも運がない……。
というか、この子たち顔つきがよく似てるな。ひょっとして兄妹……双子だろうか。
とはいえ、少女はキラキラな目をしているのに対し、少年の方は眠そうな目をしている。だけどそれ以外のパーツはそっくりだ。
双子って言っても同性ではなく異性の双子だから、二卵性のはず。そこまでは似ないか。遥花と奏汰もそうだしな。
【DWO】では顔つきをメイキングできるとはいえ、大きくいじらない人が多い。僕も目つきをちょっと変えたくらいだ。
これは知り合いなどと一緒にプレイしたりすると、美男子、美少女にしてるのが恥ずかしいという気持ちがあるんじゃないかと僕は思っている。
あと、現実世界に戻ると虚しくなるやろ? とはトーラスさんの弁。
大抵の人は何かしら顔にコンプレックスを持っていると思うが、それは顔の一部であることが多い。もっと鼻が高ければ、とか、もっと顎がシュッとしてれば、とか。
その一部分を直すだけで顔の印象は大きく変わるが、その人の面影はそう簡単には消えない。
目の前の二人もたぶん顔をいじってはいないのだと思う。おそらくは双子だろう。双子なら誕生日も同じだし、二人同時にPKに襲われたというのも説明がつく。
遥花と奏汰もそうだけど、ノドカとマドカも双子だったか。なんか双子に縁があるな……。
「【DWO】は始めたばっかり?」
「はい! 一週間前に! あ、私はマオって言います! こっちは双子の弟のレオです!」
僕の言葉に勢いよく返事をしたのは【妖精族】女の子の方だった。やっぱり双子だったか。
マオと名乗った女の子の方は金髪ロングの髪を一本の三つ編みに束ね、白いローブと短めの重そうな杖を持っていた。
レオという男の子の方は、こちらも金髪だが【獣人族】の特徴の獣耳が飛び出している。ずいぶんと丸い耳だけども、猫……か? いや、あの特徴的な尻尾はライオンだな。ライオン……獅子の獣人か。あ、『レオ』だから!?
僕も自分の名前から兎の獣人を選ぼうかと悩んだこともあるから、そこらへんの気持ちはよくわかる。ひょっとして『レオ』って本名そのままなのか?
だけども獅子の獣人を選んでおいて、盾職ってのは珍しいな。
【獣人族】には【獣化】という種族スキルがある。これは選んだ動物によって、それぞれ強化される身体能力が違うもので、確か獅子は筋力アップだった気がする。
力が上がるのであれば、大剣使いとか斧使いの方が向いていると思うのだが。
まあ、プレイスタイルは人それぞれだし、そんな効率重視でプレイしていたら、みんな同じになってしまってつまらないからな。獅子の【獣人族】で盾職だってアリだろう。
「それでウサギマフラーさんは……!」
「待って待って。違う。僕はそんなプレイヤー名じゃない」
勢い込んで尋ねてきたマオに僕は待ったをかける。そう呼ばれているのは事実だが、殊更それを広めるつもりはないのだ。
ネームプレートをポップさせる。もう常時オンにしておこうかな……。でも知られたくないやつに知られるのも嫌なんだよな。勧誘や迷惑チャットとかもあるし。
「『シロ』さんですか……。シロさんは『DWO』長いんですか?」
「長いってわけじゃないけど……いや、長いのかな?」
最古参と言われるプレイヤーたち……【スターライト】のアレンさんたちや【ザナドゥ】のエミーリアさんたちに比べると遅く始めた僕らだが、それでも遅れたのはひと月ちょいくらいだ。実際にゲームを始めてからは半年くらいなんだが、僕も充分古参の中に入るのかな?
『DWO』はまだ始まったばかりのVRMMOだからな。いわゆるダウンロード販売みたいなものはされてなくて、手に入れるのも大変みたいだし。
おそらくは宇宙人案件でなにか制限がかけられているんじゃないかと僕は考えている。そもそもが売り上げ目的なゲームじゃないからなあ……。売れなくたっていいわけだから、運営も好き放題だ。
まあ内事情を知る僕だからそう思えるのであって、世間的には人気だけど手に入らない希少なゲーム扱いなのかもしれない。
「第一エリア突破に必要なものってありますか?」
「いや? 第一エリアはチュートリアルのようなものだから、ボスさえ倒せば次のエリアに進める。第一エリアのボスは……まあ、プレイヤー次第だけど、僕の場合はレベル14でクリアしたかな」
懐かしいな。あの時は第一エリアのボスであるガイアベアとその亜種が同時に出てきて大変だった……。
この二人だけでガイアベアを倒そうとするなら、僕の時よりもうちょっとレベルが必要になるかもしれない。
「君らの場合、誰か攻撃役がいた方が楽かもね」
「あ、いつもはお姉ちゃんがいるんですよ。お姉ちゃんと私たちの三人でパーティ組んでるんです」
なるほど。もう一人お姉さんがいて、その人が攻撃役なのか。その人がたまたまいない時にPKに襲われるなんて、本当についてない子らだな……。
「もうPKに襲われることはないと思うけど、今日はもうここで狩らない方がいいね。あいつらがログインしてきたらまたここに出るかもしれないから」
あいつらがログインするなら、最後にいた場所か拠点からだ。本来なら町のポータルエリアって選択もあるんだが、PKである以上、町からは始められないはず。
まあ僕に狩られてしまったので、レベルは半分になってしまったろうし、しばらくはPKどころじゃないかもしれないが。
「はい。南の平原の方で狩ることにします」
「それじゃ僕はこれで」
「あ、あのっ! フレンド登録ってお願いできますか!?」
マオからの突然のフレンド申請にちょっとだけ躊躇ったが、特に断る理由もなかったので受けることにした。
というかレオの方はいいのか? さっきから全然喋らないけど……。
「大丈夫です。この子無口なもんで」
マオが笑って言うと、レオの方も眠たげな目でこくこくと頷いている。そうなのか? ならいいけど……。
二人とフレンド申請を交換して、森のポータルエリアまで一緒に戻り、そこで別れた。
予定と違ったが、【神速】の効果が試せて良かったな。臨時収入もあったし。
しかし所持アイテムの半分×三人分ってけっこうな量だなあ。
狩られることを考えていないのかね? 僕だったら必要最低限しか持ち歩かないけど。
大半はポーションなどの消費アイテムだったりするけど、装備アイテムも落ちるからな。実際PK剣士の剣がドロップしてる。僕は使えないからトーラスさんかリンカさんに売るか。
うーむ、PK狩りは美味しいかもしれない。【索敵】があれば見つけるのも難しくないかもしれないし。
だけどPKとはいえ、やっぱり後味が悪いからやめとこう。僕は楽しくプレイしたいのだ。
とりあえずトーラスさんの店にアイテムの売却をしに行こうっと。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■スローモーションの世界
人が危険に直面したその瞬間、全てがスローモーションに見える現象を『タキサイキア現象』という。一説には危機を感じた瞬間に、血圧の上昇やアドレナリンが急激に分泌され、全ての動きがゆっくりと感じるようになることで、なんとか危機を回避するための能力なのではないか、と言われている。
また、同じような効果で『ゾーン』がある。極度に集中力を高めたスポーツ選手などが、相手の球が止まって見えたりする現象だが、『ゾーン』は集中することで生まれる現象に対し、『タキサイキア現象』は突発的なことに対して脳が反応する現象と言われている。