■162 【龍眼】の力
「さて、『龍眼』の力とはなにか? と説明するのは難しい。わかりやすく言うなら、闘志、信念、気迫、覇気などを触媒として、内なる光を具現化する力……かの」
「全然わかりやすくない……」
ミヤビさんの説明に最初から躓く僕。つまりどういうことだってばよ。
「肉体とは違う、内面の力じゃな。それを『龍眼』という扉から外へと引き出す。極めればどんなことでもできるようになる」
「どんなことでもって……」
「まあ、理論的には、じゃがな。肉体の消滅などを考慮しなければ、不可能ではない」
「なんかおっそろしいことサラッと言った!」
肉体の消滅ってなんだよ! そんなおっかない力使っていいのか!?
「陛下。殿下にはやってみせた方がわかりやすいのでは?」
「そうじゃな。シロはあまり理解力があるとは思えんし」
うわ、サラッとディスられた……。これでも学校じゃ成績はいい方なんだぞ。
そんな僕の気持ちをスルーしてミヤビさんの説明は続く。
「『龍眼』は王権の証でもあるが、あくまでも力を使う補助の道具じゃ。使いこなせるようになれば、わらわのように持たなくとも力を使える」
そう言ったミヤビさんの身体が、だんだんとおぼろげな感じに揺らいでいく。やがて霧のように消えたかと思うと、そこには大きな家ほどもあろうかという金毛九尾の狐が座っていた。
『これが一番わかりやすい力──【変化】じゃな。ホロデッキの中なのでこれくらいの大きさにしかなれんが』
「ミヤビさん……なのか?」
え、これって立体映像とかじゃなくて本物なの?
「幻ではございません。実体があります。【変化】は己の内なる光を解放し、身に纏い、望む姿へと変化させる力にございます」
僕の疑問を察したかのように真紅さんが説明してくれた。マジか。本当に変身してんのか、これ……。
「僕も狐になれるってこと?」
『そうさな、三百年も内なる光と向き合えばできるじゃろうが……』
「できるか!」
人間は三百年も生きられないの! なんだよ、宝の持ち腐れか!
『慌てるな。この姿には、ということじゃ。他の姿ならもっと容易いものもある』
そう言ってミヤビさんはまた元の姿に戻った。
「本来の姿から逸脱したものほど変化するにはそれなりの技量が必要になってくる。心が『これは自分ではない』と拒否してしまうんじゃな。まずそこを超えなければならん」
言ってることはなんとなくだがわかる。自分の身体じゃないって思うとやっぱり怖いし、必然的に拒否してしまう。
たぶん『元に戻れなかったらどうしよう』なんて心理も働くんじゃないだろうか。それが【変化】の難易度を高くする。
「わかりやすいのは未来の自分に【変化】することかの。こうなりたい、という願いが力になる。未来の自分の姿なのじゃから、抵抗も少ない。じゃが、地球人はのう……」
ミヤビさんが渋い顔をする。え、なに? 地球人だとなんかマズいのか?
未来の成長した自分の姿に【変化】ってのはわかりやすいと思うが。それなら大人とはいえ自分の姿なわけだし、拒否反応もないと思うんだけども。
疑問に思う僕に真紅さんが口を開く。
「地球人は個体進化する種族ではありませんから。殿下が大人になっても、さほど能力値は上がらないと思います」
「ああ、そういう……」
確かに十六歳の僕が二十歳になったとしても、さほど身体能力は上がらないだろう。リーチが少し有利になるくらいかね?
ミヤビさんもそうらしいが、宇宙人の中には大人になると段違いに強くなる種族が普通にいるそうだ。大人へと成長する中で進化する種族はそれなりに多いらしい。
身を守る強さが欲しいのに、大人になったところで対して変わらないのでは、意味がないということなのだろう。
「じゃあどうすれば?」
「【変化】だけが『龍眼』の力ではない。そうじゃな……【魔眼】あたりなら可能性はあるか?」
【魔眼】とな。なにやら物騒な感じがするが……。
「これは自分の内なる光から漏れる力を眼から放ち、見た物に叩きつける能力じゃ。ただ、これは個人によって違う能力での。シロがわらわと同じ魔眼を使えるかどうかはわからん」
「ちなみにミヤビさんのは?」
「わらわのか? わらわのはこれじゃ」
ミヤビさんが近くにあった木を軽く睨むと、その太い幹が、ぐしゃっ! と潰れ、盛大な音を立てて倒れていった。なにこれ……。
え、これ本物の木か? レプリケーターとかで、本物の木が形成されていたの?
「【圧壊の魔眼】じゃ。とはいえ、せいぜい衛星の一つを潰せるくらいの力しかないがの」
いやいやいやいや! 衛星って……地球でいったら月のことでしょ!? 睨んだだけで月を壊せるって、とんでもないだろ!
「完全に破壊するとなると時間がかかるからのう。艦砲射撃で壊すか、殴った方が圧倒的に速いわ」
「時間がかかるって、ちなみにどれくらい……」
「三秒ほどか? ま、それくらいじゃ」
全っ然時間かかってないから、それ……。いや、三秒睨むより、ドカン! と一発かました方が速いのはわかるけども。
物騒な能力だが、確かにこれなら身を守る術になる。相手を、ぐしゃっ! としないか心配だが……。
「シロが同じ【圧壊の魔眼】なら教えるのも楽なんじゃがの。そうそう被ることはないと思う。ま、とにかくやってみるがよい」
「やってみる……って、どうしろと?」
「『龍眼』に意識を集中し、心の中の眼を開け。内なる力を外へと導いてやるのじゃ」
ざっくりとした説明だなあ……。
よくわからないけど、とりあえず首元の御守り袋に入った『龍眼』を握りしめて眼を閉じる。
『龍眼』に意識を集中……。え、と、心の中の眼を開く……? どういう意味だ?
眼を閉じたまま、眼を開ける……?
その瞬間、ドクン、と『龍眼』から脈動のようなものを感じた。
思わず眼を開けて辺りを見回す。そこには片眉を少し上げたミヤビさんと、いつも通りクールな面持ちの真紅さんがいた。
「繋がったようじゃが……特に外部に力は放たれておらんな」
「暴走している様子でもありませんね。これは十中八九、内氣に影響する魔眼かと」
訳知り顔で二人して話しているけど、こちらはさっぱりなにがなんだかわからんのですが。説明プリーズ。
「わらわの【圧壊の魔眼】のように、身体の外に影響を及ぼす魔眼ではなく、身体の内側、内面に影響を及ぼす魔眼だということじゃ。わかりやすいのだと【千里眼】とかがあるな」
【千里眼】ってアレだろ? 遠くにあるものを見る力。
湖の先にある山をじーっと見続けるが、特にズームされることもなく、山は小さいままだ。【千里眼】じゃないっぽいよ?
「なにか変化はないのですか?」
「特になにも……んん?」
尋ねてきた真紅さんの胸の辺りが赤く光って見える。頭のあたりもちょっと光ってるな。なんだこれ?
意識を逸らすと光は消えた。また『龍眼』に意識を集中すると再び光って見える。あれ、これってどっかで見たような……。
とりあえずよくわからないがそのことを二人に話す。
「真紅だけ光って見える……? やはり知覚系の魔眼か? じゃが、よくわからんな」
「胸と頭……。晶核融合反応炉と晶電子頭脳? どちらもこのボディの重要な部位ですが……」
「重要な……? あ、そうか! これって『伊達眼鏡』の弱点看破にそっくりなんだ!」
『DWO』内で僕が装備している『伊達眼鏡』は、敵の弱点がわかる付与がされている。その効果にそっくりなんだ。
「弱点看破、か。なるほど、どこが弱い部分かを見極める魔眼なんじゃな」
「確かにこの二つのどちらかを壊されたなら、このボディは活動を休止しますね。でも、なぜそのような魔眼が?」
「おそらくじゃが……シロにとって『DWO』での自分が一番違和感なく考えられる『別の自分』だったのじゃろう。それが『龍眼』を通して力として発現した、ということか」
え? じゃあのこの魔眼って、まんま『伊達眼鏡』の『弱点看破』なの?
そう考えるとすごいような、大したことないような……。僕の力じゃなくゲームの力なんじゃないかと……。
……今ちょっと気がついたんだけど、ミヤビさんにはなにも見えないってどういうこと……? 弱点はないってことですか? 無敵かよ。
「ふむ。シロ、さっきの【変化】じゃがな。『DWO』内の自分を思い浮かべてみよ」
「え?」
『DWO』内の? それってシロになれってこと?
「もともとお主の分身のようなものじゃ。拒否反応は起こるまい。目を瞑り、向こうの世界での自分を思い浮かべて『龍眼』から力を解放してみよ」
「ええ……?」
よくわからないが言われるがままに目を閉じて、『龍眼』に意識を集中する。
シロになる……キャラメイク、いや『DWO』にログインする感じか?
次の瞬間、全身に熱いものが駆け巡り、それがおさまったかと思うと、感覚が一瞬にして全部跳ね上がったような錯覚を覚える。
目を開くといつの間にか首にマフラーが巻かれていて驚いた。
「うむ。成功じゃな。真紅、鏡を」
「はい」
どこから取り出したのか、真紅さんが大きな手鏡を手渡してくれた。
うわ、本当にシロになってる。髪も白いし、耳も少し尖ってら。
服はそのままだな。なのになんでマフラーだけが?
「無意識に『シロ』と『マフラー』を関連付けていたんじゃろうな。ビールに枝豆、ワインにチーズ、ウォッカにキャビアみたいに、これにはこれ! という組み合わせができていたんじゃろ」
なるほど……って、なんでたとえが全部酒とツマミなんだよ……。
じゃあなにか? 僕は『シロ』といったら『マフラー』、『マフラー』といったら『シロ』って思っていたってことか?
どっちかというと、周りにそう言われていたから、刷り込まれたって感じなんだが。『ウサギマフラーさん』とか呼ばれていたし。
「シロ、ちょっと走ってみよ」
「え? 走る?」
よくわからないが言われた通り、軽く走ってみる。
「え?」
軽くタタタ、と走ったつもりだったのに、ヒュバッ! っと信じられないくらいのスピードで駆け抜けてしまった。え!? なにこれ!?
反復横跳びみたいなことをしてみる。ものすごくフットワークが軽い。これってもしかして……!
「やはりな。『DWO』内でのシロの能力が『龍眼』によって再現されているのじゃろ。ある意味【変化】の一番わかりやすい姿じゃな」
え、それってゲーム内のスキルも現実で使えるってこと!?
「【分身】……うわっ!?」
試しにとスキルを発動させると、真横に僕そっくりの分身が現れた。と、同時に全身にズン、と重い疲労がのしかかる。
これって【分身】のHP半減の効果か!? そこまで再現されるの!? 現実だとこういう効果として現れるのか……!
「すぐにそれをやめることを提案します、殿下。バイタルなどがどんどん低下しています。おそらく『DWO』でいうところのMPが減少していってるのかと……」
おっとぉ!? 【分身】を持続するためのMP消費はそういう形になるのか!? 慌てて僕は【分身】を解除する。
ゲームだとMPが減少すると意識が朦朧とし、最終的には気絶という形になるが、現実でもそうなるのか? おっかないな……。
スキルはわかった。じゃあ戦技はどうだ?
「【風塵斬り】」
手に双剣はないが、戦技を発動させると身体が自然に敵を斬り刻むように動く。驚いたのは周囲に竜巻が巻き起こったことだ。そんなところまで再現するのか。
「『龍眼』は現実改変能力を宿している。シロがそうなると思って願えばそれに応えるのは当たり前じゃ。ま、もっとも今の段階では限界があるじゃろうが……」
「それって『DWO』で魔法スキルを覚えたら、現実でも【ファイアボール】とか撃てるってこと?」
「うむ。今のシロじゃと初級魔法が限度じゃろうがの」
マジか。ちょっとテンション上がるな。魔法職じゃないけど魔法スキル取ってみようかな? いや、貴重なスキル枠を現実のために消費するのもどうなんだ……?
いろいろと試してみたが、インベントリも開けるのは驚いた。ただ、中身はなにもなく空っぽだったのだけれども。当たり前だけど、所持アイテムまで物質化したりはしないか。でもマフラーは物質化してるんだけど……なんでだ?
しかしこれって密輸とかし放題だよな……。いや、やらないけどね?
ステータスウィンドウも開ける。もう本当にゲームのキャラクターそのまんまだな……。
ふと、【セーレの翼】のスキルを起動し、羽ビーコンを地面に落としてみた。
「うわ、【帝国皇帝旗艦・ホロデッキ内】って出た……。これって転移できるってことだよね……? とんでもないな……」
「宇宙には転移できる種族はけっこうおりますが、地上ではあまり使わない方がいいと思います。目撃されれば間違いなく宇宙人には関係者だとバレますし、地球人ならなおのこと騒ぎ立てられるでしょう」
「一人二人なら記憶を消すか、存在そのものを消すこともできるが……」
はい。またさらりと怖いこと言ったよ、うちのご先祖様が。本当の意味での口封じじゃんか……。
「まあバレたところで大したことはあるまい。地球から出ていけばいいだけの話じゃ」
「いや、出て行きたくないんですが」
ミヤビさんがカラカラと笑うが、なんで僕が地球を捨てる方向にシフトしようとするかな? いや、それが一番穏やかにすむ方法なのかもしれないけども。
それにしてもこの『龍眼』の力……。とんでもない能力だな……。言ってみたら自分のイメージした物や現象を具現化する力なわけだ。
違う自分、強い能力、理想の姿……。使いこなせばどんなこともできてしまうのではないだろうか。
こんな力を僕が持っていていいのだろうか……。
「『龍眼』が怖くなったかの?」
「……少しね。僕が持つには大きすぎるなって……」
「うむ。その気持ちを忘れるな。力に飲み込まれれば、『龍眼』はそなたを見限るであろう。『龍眼』の主として、力に囚われず、使いこなすのじゃ」
力に囚われず、使いこなす……ねえ。簡単に言うけれども。僕にできるだろうか……。
「殿下は力に溺れる愚か者とは違うと思います。そういう者ならば、陛下の後継者としてもっと積極的に動いていたことでしょうし」
「まあ、そうじゃな。少し覇気が足らんのは惜しい気もするが……。そこがシロっぽいといえばシロっぽいからの」
なんだろう、褒められてるのか貶されているのか……。一応褒められてると思っておこう。
そんな都合のいい解釈をしていると、シロになっていた姿が元に戻った。マフラーも消え失せている。んん? 時間切れか?
と、次の瞬間、ぐるんと目の前が回転し、身体が倒れる感覚と共に目の前が真っ暗になった。
◇ ◇ ◇
「あれ?」
「目が覚めましたか」
目の前に真紅さんの顔と、その背後に青い空が見えた。これって膝枕されてる!?
慌てて起きようとしたが、真紅さんに恐ろしいほどの力で肩を押さえつけられた。ぬおお!? 動けん!
「もうしばらく安静にして下さい。まだ急に動くと危険です」
「え、と、ひょっとして僕、気絶してました?」
「そうですね。といっても十分ばかりです」
「『龍眼』の力に身体が耐えられなかったんじゃろう。ま、初めてならそんなもんじゃ。使っているうちに馴染んでくるじゃろ」
『龍眼』の力に耐えられずに倒れたのか……。というか、これってそもそも地球人が使うには無理があるアイテムじゃないのか?
「発動時間は持って十分といったところか。それだけあればどんな異変も真紅が気付いて、すぐに援護を送れる。それまで持てばいいのじゃ」
「時間稼ぎの自衛術ですね。殿下は守ること、逃げることに集中して下さい。そういった意味では理想的な【変化】かと」
まあそうね。シロは回避特化型だからね。オマケに【セーレの翼】まであるからね。逃げるのには困らない気はする。
というか、襲われること前提での会話が怖いわ。なんとしても【帝国】との繋がりをバレないようにしなくては……。
「ま、いざという時のための力じゃ。自衛手段が一つ増えたと思っておけばよい。その他にもこちらでいろいろと手は打ってあるから安心せい」
ミヤビさんが笑いながらそう話すが、どういう手を打っているのか聞くのが怖いのでスルーしておく。知らない方がいいこともある。
それよりももうこの膝枕から解放してほしいのですが。さっきから折りをみて起きあがろうとしているのだけれど、その度に真紅さんにぐっ、と押さえつけられる。
ミヤビさんもなんか言ってやってくれんかな? 僕はミヤビさんに視線で助けを求める。
「真紅、いい加減その場所を代われ。シロが嫌がっとるじゃろ。次はわらわの番じゃ」
「違う、そうじゃない」
ダメだ、伝わっていない。真紅さんの膝枕が嫌だって言ってるんじゃないんだよ。膝枕自体が恥ずかしいって言ってんだよ。
「僭越ながら地球では母親に膝枕されるなど、男としてはかなり恥ずかしいと思われます。その点、私ならば殿下も気兼ねなく……」
「違う、それも違う」
なんだこの、似た者主従。全然わかってない。っていうか、母親じゃないから。
そこから数十分、膝枕脱出に労力を費やした僕は、『龍眼』の訓練よりも疲れてしまった。
お陰で家に帰ったらそのままベッドにダイブして、ぐっすりと寝てしまったぞ。よほど疲れていたのか、夢はまったく見なかった。
◇ ◇ ◇
次の日も学校から帰ってきたら、そのまま『DWO』にログインしてひたすら釣り続ける。もはや気分は釣り師だ。
とにかく外道のハリボンボンばかりが釣れる。そしてたまに釣れる穴の空いたバケツとか長靴とかはなんなのか。運営の悪ふざけか。
「よし! 十匹めー!」
何時間かの格闘ののち、やっと目標数をクリアした。七色鮎十匹ゲットだ。クロの指定した数の最低数だが、なんとかこれで許してもらおう。
僕はさっそくカグラの町へ跳び、クロの店へと向かう。
狭い板塀の通りを抜けると、古びたとんがり屋根の洋館が現れる。
「いらっしゃいませー。おや、先日の」
カララン、と鳴るドアベルとともに中へと入ると、骨董品の並ぶ店内のカウンターにクロがいた。
「今日は交換に? それとも……」
「獲ってきましたよ、【七色鮎】十匹!」
カウンターの上に、バットに載せた十匹の【七色鮎】をインベントリから取り出してみせる。
薄暗い店内の灯りを受けて、虹色の鱗がキラキラと輝く。
「おおー! これは間違いなく【七色鮎】! ありがとうございます!」
クロの目も【七色鮎】の鱗と同じようにキラキラと輝いている。
と、目の前にクエストウィンドウが現れた。
★クエストが完了しました。
■個人クエスト
【クロの頼みごと】
□達成
□報酬 所持スキルのランクアップ
よし! クエスト完了! やったぜ! 僕は嬉しさのあまり小さく拳を握り締める。
「ではお約束通り所持スキルを一つランクアップさせていただきます。どれになさいますか?」
今度は目の前にトレードウィンドウが開く。僕は迷うことなく、【加速】のスキルを選択した。
パパパパーン! と短いファンファーレが鳴って、【加速】と表示されていたスキルが【神速】に変化した。よし! ランクアップ完了だ!
「こちらのランクアップは【七色鮎】のお礼ですので、スターコインはいただきません。残りのスターコインはいかがなさいますか?」
「え? あ、そうか、そうなるのか」
今のランクアップは【七色鮎】の報酬だ。それとは別に、今現在持っているスターコインでもう一つランクアップすることができるのか。
どうするかな……。やはり【気配察知】を【索敵】にするか? でも【敏捷度UP(小)】を【敏捷度UP(中)】にして、さらに速さに磨きをかけるのも捨て難い……!
うむむむむ、としばし悩んだが、やはり【気配察知】を【索敵】にすることにしよう。
理由は【龍眼】の力で現実世界でシロに【変化】した場合、【索敵】はかなり使えるスキルなのではないかと思ったからだ。
逃げるのにも、攻めるのにも、敵がどこにいるのかがわかればかなり有利になる。真紅さんの援護を待つ時間稼ぎもできるだろう。
僕は残りのスターコインを使って、【気配察知】を【索敵】へとランクアップさせた。
再びパパパパーン! と短いファンファーレが鳴り、無事に【気配察知】は【索敵】へとランクアップする。
よし! 【神速】と【索敵】が手に入ったぞ。こうなると新たなスキルを使ってみたくてウズウズする。
「それではまたのお越しをお待ちしております」
クロにありがとうと礼を述べて僕は店の出口へと向かう。
さて、新しいスキルを試してみよう。僕はワクワクしながら町の外のフィールドへと向かった。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■ワインにチーズ
ワインにはチーズがよく合うと言われる。これはワインに含まれるタンニンがチーズのタンパク質と結びつき、タンニンの雑味や渋みを和らげるためワインをまろやかな味わいにするからだとか。が、このまろやかにする効果が、逆にワインの真の味を邪魔すると言う人もいる。ワインにチーズは合うのか? 合わないのか? 美味けりゃいいと思うが。好きに合わせて飲んだらよろしい。