■158 氷解
『オデッセイ、【鉄鼠】を討伐』
そのチャットが飛び込んできたとき、やられたか、と僕はため息をついた。
【怠惰】の領国において、【エルドラド】に次ぐ大きなギルド【オデッセイ】。
彼らが八岐大蛇を出現させるのに必要な鍵である八体の中ボスの一つ、【鉄鼠】を倒してしまったのだ。
「先に発見されたー!」
「まあ、こればっかりはな」
悔しがるミウラに僕は慰めにもならない言葉をかける。
いや、実際のところ、僕らのクラン【白銀】だけで八体の中ボスを全部見つけて全部倒すってのは無理があるよ。
『両面宿儺』、『雷獣』、そして今回の『鉄鼠』と、これで三体の中ボスが倒された。おそらくあと五体倒せば八岐大蛇が出現する……はずだ。
「でもさー、八岐大蛇の八体の分体はリポップしないんでしょ? 私も鉄鼠と戦いたかったよ」
「いや、それなんだがな、リポップしないのはその場所なだけで、第五エリアのどこかにはまた現れるっぽいぞ」
そうなのだ。掲示板の情報によると、どうも両面宿儺らしきモンスターが別のフィールドで確認されているらしい。
ただ、僕らの時のように、城に籠っているとかじゃないらしいんだけども。あの城はあくまで初回特典ってことなんだろう。
雷獣もどこかでリポップしている可能性もある。ただ、僕らが戦った【百雷の荒野】のような場所ではないかもしれないな。だとしたら、前回よりは楽に倒せるかもしれない。
「ってことはどこかに鉄鼠も復活しているかもしれない?」
「まあ、初回特典はもうないだろうけどな」
「うー……やっぱり悔しぃ〜!」
ミウラがまた悔しがる。まあ、僕も気になる。鉄鼠の初回特典ってなんだったんだろうな。両面宿儺の時の城ほどじゃないとは思うけど。
「【月見兎】の方針は無理せず楽しみながら、なんだから、あんまり気にするな。逆に八岐大蛇と戦うのが近づいた、ってくらいに思っとけ」
「……ん。そうだね、あんまり急ぎ過ぎてもつまんないか」
落ち着いたミウラを見て、目の前の人が声をかけてくる。
「話は終わったかいな。で? 結局なに買うんや?」
「いや? ただ寄っただけですけども」
「冷やかしかい!?」
店のカウンターにいたトーラスさんがツッコミ気味にそう叫ぶ。冷やかしじゃないよ、なんか欲しいものがあったら買おうと思ったけど、無かったから買わないだけで。
しかしガラクタばかりなのは今に始まったばかりじゃないけど、なんというか、オリエンタルなものが増えたな……。
金の仏像や達磨、刀や掛け軸なんかが新たに置かれている。おそらくだけど、これって第五エリアにいるプレイヤーから売られたものなんだろうなあ。
「あ、でもこのストラップみたいなのはかわいい」
「根付やな。なんの効果もないからそれなら安いで」
ミウラが手にしたのは二匹の猫が固まって丸くなっている、ピンポン玉くらいの紐のついた木彫りのフィギュア(?)だった。根付ってなんだっけ?
「時代劇とかで見たことないか? こう、町人なんかが煙草入れや巾着なんかを帯から吊るすのに使われた留め具や」
そう言ってトーラスさんは自分のベルトに根付をつけてみせる。なるほど、あの小さなフィギュアがベルトと体の間に挟まって、ストッパーの役割を果たすんだな。
「モノホンやと好事家がおって、なかなかの金額で取引されとるで。ここにあんのは全部オリジナルでコピーやないけどな」
本物なら江戸時代とかのものだろうから、それなりにするか。近代に作られたやつならそれほどしないかもしれないけど。
「ほんで? 買ってくか?」
「レンとシズカのお土産にする。トーラスさん、この猫と犬、あとそこの兎を下さい」
「へい、まいど!」
トーラスさんが紐でかけてあった三つの根付けをミウラへと手渡す。うまいこと買わされてしまったな。
「せや、【オデッセイ】といえば……聞いたか、シロちゃん」
「なんです?」
「なんかな、【エルドラド】と揉めているらしいで」
「【エルドラド】と?」
【怠惰】の領国で一番大きなギルドと二番目に大きなギルド。ライバル視するなって方が難しいのかもしれないが……。揉めてる?
「何が原因で揉めてるんです?」
「なんでもなあ、鉄鼠の情報を初めに見つけたのは【エルドラド】の方やったって話や。それを【オデッセイ】が横取りしたと……」
横取り。うーん……難しいところだな。
こういうのって早い者勝ちって面もあるからさ。僕らだって、鉄鼠を狙っていたから、横取りされたと言えなくもないわけで。
「【オデッセイ】の方はなんと?」
「そら、言いがかりだ、と。鉄鼠は自分らで見つけたもので、【エルドラド】から横取りしたわけやない、って言うとる」
ま、そう言うよな。それが嘘かどうかは置いといて。正直に情報を盗みました、と言うわけがない。
「ただなあ、わいの知り合いから聞いた話だと、【エルドラド】が鉄鼠討伐の準備をしてたのは間違いないらしいんよ。せやから鉄鼠の情報を持っていたのは確からしい。それを【オデッセイ】が盗んだかどうかまではわからんけど」
ふむ。両方とも同時期に情報を手に入れたけど、動いたのは【オデッセイ】の方が先だったのか。
それとも【エルドラド】が先に情報を手に入れたけど、それを【オデッセイ】が盗み、先んじて討伐したのか。
討伐の準備をしていたってことは、あながち言いがかり、というわけでもないのかね?
「ゴールディはどうする気なのかな」
「あの嬢ちゃんならこの件には絡んでないで。しばらく前に【エルドラド】を抜けたさかいな」
「え!?」
トーラスさんの話に思わず大きな声がでた。ゴールディが【エルドラド】を抜けた!? それってギルマスを辞めたってこと!?
「なんでも……っと、噂をすれば影やな」
「え?」
トーラスさんが僕の後ろに視線を向ける。窓ガラスのついた扉を開けて、店へと入ってきたのは今さっき話題にしていた当人、【エルドラド】のギルマス、いや、元ギルマス? ゴールディであった。
ゴールディもこの店の常連だったのか。まあ、トーラスさんとも知り合いっちゃ知り合いだしな。
「……なによ」
「いや、ちょうど【エルドラド】の話をしていたんで……」
「そう。だけど私はもう【エルドラド】のギルマスじゃないから」
なんというか、少し難しそうな表情でゴールディはカウンターまでやってくる。聞いていいものかどうか迷ったが、以前相談された縁もあるし、ここで聞かないのも逆に変かと思い直す。
「なんで辞めたんだ? さすがに我慢できなくなったか?」
「もともとギルメンの勝手な行動にイラついていたのは確かだけど……。ギルドの幹部……っていうか、私の古参ファン数人がね、勝手にDWO内での私の映像を使ってPVを作ってたのよ。それを【エルドラド】の勧誘宣伝に使ったの」
PV? ギルド勧誘でそんなの作るなんて気合い入ってんな……。いや待て。勝手にって言ったな、今。
「え、無許可で?」
「無許可で。さすがに私も頭にきたし、うちの事務所もカンカンで即刻訴えたわ。PVはすぐに消されて、今も今後どうするか話し合い中よ。とにかくこちらと無関係だということをハッキリさせるために、【エルドラド】から抜けることにしたの。下手したら私主導で作ったなんて言われかねないから」
ゴールディにしてみたら、隠し撮りされて勝手に公開されたわけだからな。肖像権の侵害ってやつか。
普通、DWO内でも動画などを公開するときは、許可を取っていないプレイヤーなどはボカシや黒塗りにしたりしてわからないようにするのが暗黙の了解だ。
まあ、僕のように一点もののマフラーなんかしているとわかってしまうこともあるんだが……。これだって他の人も作れないわけじゃないからってんで、グレーゾーンなんだけども。
ただ、ゴールディの場合は事情が違う。事務所に所属する芸能人でタレントだ。こういった場合、毅然とした態度で対応しないといけないのだろう。
「さすがに無許可はなぁ……。誰も止めんかったんか?」
「今までも私の隠し撮りの映像とかを、私に秘密でメンバー内で共有したりしてたみたい。ギルドのために使う映像で、お金を取るわけでもないし、自分たちと同じギルメンだから問題ないと思ったみたいね。内輪に見せるのとは違うのに」
普段から隠し撮りしてたのかよ! でももともとファンだから、仕方ないのか……? いや、仕方なくないわ。問題あるわ。
どうも【エルドラド】のやつらはゴールディさえ許可を出せばOKだと思っていたらしく、しかも反対されるとも思っていなかったようだ。むしろゴールディ=金城つきひの宣伝になるからいいことだと。
「いやいや、逆に迷惑やろ。営業妨害や」
「言い訳になるかもしれないけど、やらかしたのってまだ未成年のメンバーばかりなのよね……。ノリでやっちゃったって感じで……。まさかそんな大事になるとは思わなかった、って」
未成年だからってのは言い訳にならないと思うが。他人の映像を勝手に晒して問題になる、ならないというより、自分がされたらどんな気持ちになるかわからないのかね?
いや、晒された、と思うより、有名になれる、みたいに考えるのかもな……。だから他人の映像も躊躇なくアップできるんだろう。有名にしてやった、宣伝してやった、みたいに。
内輪のノリで世界に拡散したらヤバいことになるってわからんのかね?
「さすがにもうここまでされちゃうと、【エルドラド】に所属していることは、デメリットにしかならないわ。無関係、というスタンスにしないと、事務所に迷惑がかかるもの」
「まあ、そりゃなあ……」
このあとさらになにか問題が起これば、事務所自体が金城つきひを『問題を起こすタレント』として、距離を置く可能性だってある。さすがにそれは事務所も本人も望むところではあるまい。
「久しぶりに完全ソロになったら、いろいろと気楽になったわ。素材を集めるのとかは大変だけど……」
確かに前よりはすっきりした表情をしている気がする。迷惑なファンに振り回されることがなくなったからかどうかはわからないが。
「あ、メールを送ろうと思っていたんだけど、その前に会えたから言っておくわ。あなたたちのクラン……えっと、【白銀】だっけ? 八岐大蛇を見つけようとしてるんでしょう?」
「っ……!? どこから聞いた?」
僕とミウラ、そしてトーラスさんがゴールディの発言に息を呑む。その情報は僕ら【白銀】のクランメンバーしか知らないはずだ。
「前に言ったでしょう? 【ザナドゥ】に【エルドラド】と繋がってるプレイヤーがいるって。そこから漏れたのよ」
あー……。そっか、そっちかー……。クラン内では当たり前だけど、八岐大蛇や八体の中ボスのことは知られている。
一応、口止めはしているんだけど、人の口に戸は立てられぬ、というか、どうしても漏れてしまう可能性はあるからな……。厳しい罰則があるわけでもないし……。
「ちょい待ち! ちゅうことは、【エルドラド】の鉄鼠の情報は、わいらの八岐大蛇の情報を得て手に入れた、っちゅうことか?」
「そうね。鉄鼠に関しては心当たりがあったみたい」
つまり……【白銀】に所属する【ザナドゥ】のプレイヤーが【エルドラド】のプレイヤーに八岐大蛇の情報を漏らし、心当たりのあった【エルドラド】の面々は鉄鼠の討伐の準備を始めた。
でもその矢先に【オデッセイ】に先を越され、『うちの情報を盗んだな!』と騒いでいる、と。
いや、【エルドラド】こそ、【白銀】の情報を盗んでるだろ!
「どう思います?」
「こりゃ【オデッセイ】は白かもしれんなぁ……。仮に黒やったとしても、【エルドラド】が文句を言うのは、わいらからしたら『おまいう?』やし」
結局、早い者勝ち、というのが、正義になってしまうなあ。少しモヤッとするけど……。
「八岐大蛇だ、鉄鼠だ、って騒いでいる時に私がギルドを脱退したからね。それもあって鉄鼠の攻略に時間がかかったから、【オデッセイ】に先んじられたのかもしれないわ」
なるほど。ギルドマスターが出ていく、ってなっている時に、中ボス攻略なんかできんよな。さらに言うなら事務所に訴訟を起こされるかもしれない状況で。
【オデッセイ】じゃなくても、結局どこかに出し抜かれ、先に攻略されたんじゃなかろうか。
とはいえ、だ。【ザナドゥ】の情報漏れに関してはちゃんとギルマスのエミーリアさんに伝えないといかんよなぁ。
エミーリアさんはクラン【白銀】のサブマスターでもあるわけだし、放っておくわけにはいかないだろう。
守秘義務があるわけじゃないし、あくまでマナーの問題だからここらへんはなんとも言えんのだけれども。
少なくとも【ザナドゥ】として、なんらかの注意はすると思うけど……。
一応ゴールディから、【エルドラド】と繋がっているという【ザナドゥ】のプレイヤーを教えてもらった。【ザナドゥ】のギルマスであるエミーリアさんに伝えれば、なんとかしてくれると思う。
告げ口するみたいであまり気は進まないが、放っておくとまた同じことを繰り返されるからな。
「というか、直接エミーリアさんにメールでも送ればいいのに……」
「どんな文面で送ればいいのかわからないのよ……」
いや、別に普通に送ればいいと思うが。散々やらかした相手にどういう感じで伝えればいいのか、気まずい気持ちはわかるけども。
話した限り、向こうもあまり気にしてないっぽいけどな。この情報がゴールディと【ザナドゥ】の、仲直りのきっかけになればいいのだが。
◇ ◇ ◇
その後クランに戻り、このことを【ザナドゥ】のエミーリアさんに伝えた。彼女は驚いていたが、きちんと事情聴取した上でギルドメンバーで話し合い、僕らに報告をすると約束してくれた。
ゴールディの情報には感謝していると言っていたし、少しはわだかまりも消えたかな?
で、後日、エミーリアさんから聞いた話によると。
どうも情報を漏らした【ザナドゥ】のプレイヤーと情報を聞いた【エルドラド】のプレイヤーとは昔ながらの友達なんだそうだ。
そもそも【エルドラド】のプレイヤー……あー、A君が、【ザナドゥ】のプレイヤー……B君を『DWO』に誘ったらしい。
熱烈な金城つきひファンだったA君は当然ながら【エルドラド】に入り、友達だったB君も強引にギルドに入れたんだと。
で、【ザナドゥ】が独立した時、特に金城つきひのファンでもなかったB君は、ファンばっかりの内輪に嫌気が差し、【ザナドゥ】と一緒に抜けたらしい。
ギルドは別々になってしまったが、友達関係が終わったわけじゃない。その後も二人の交友関係は続き、B君は世間話の流れでクランの情報をペラペラと喋ってしまった、と。
「なんというか、まあ……あるあるですね」
「本人にしてみたら情報を売ったとか、秘密を漏らした、という意識はなかったのでしょうけど……」
だろうね。あくまで盛り上げる会話の話題でしかなかった。だけどその影響は大きかった、というわけだ。
「となると、やっぱり【オデッセイ】に対しての【エルドラド】の発言は言いがかりかな?」
「どうかしら? 【エルドラド】にもうちと同じようにおしゃべりがいたかもしれないし」
大きな集団になると、情報を秘匿するのが難しくなってくるよなぁ……。クランマスターとサブクランマスターだけで情報を留めておいて、というのも難しいだろうし。
「結局その人はなにかペナルティを?」
「それがね……。こちらとしては注意喚起だけで済まそうとしたのだけれど、向こうが【ザナドゥ】に居づらくなったようで……ギルドを抜けてしまったわ」
あらら。まあ、クラン内での情報を漏らした、と知られてしまっては、ギルドメンバーに白い目で見られることもあるよな。
ミウラと同じように、鉄鼠を一番最初に討伐したかったプレイヤーもいるだろうし。
その人が漏らさなければ【エルドラド】は鉄鼠討伐に乗り出さなかったろうし、ひょっとしたら【オデッセイ】も動かなかったかもしれないわけで。
まあこれは【オデッセイ】が【エルドラド】の情報を盗んでいるという前提での話だが。
「彼が抜けてしまったのは残念だけれど、ゴールディの忠告がなかったら、さらに情報が【エルドラド】に流れていたかもしれない。そう思うとこれでよかったのかもと思うわ。ただでさえ【ザナドゥ《わたしたち》】は【エルドラド】と関係が深いわけだし」
それはまあ仕方ないと思うけど。かつては同じギルメンだったわけだし。そう簡単に割り切れるものじゃないだろ。ゴールディでさえ、エミーリアさんのことを気にかけていたし。
「それで、ね。ゴールディにお礼を言いたいんだけど……シロ君の方から伝えてもらえないかしら」
「え? いや、それは本人に言ってやって下さいよ」
「いえ、その……なんて伝えたらいいかわからなくて……」
もじもじとするエミーリアさん。なんだこれ。ゴールディの反応と同じじゃないか。
二人とも拗らせに拗らせた初恋の幼馴染じゃないんだからさ……。普通に会って『ありがとう』『どういたしまして』でいいじゃないか。面倒な……。
そもそもエミーリアさんとゴールディは【エルドラド】を立ち上げた初期メンバーだ。その時はエミーリアさんもゴールディがアイドルなんて知らなかったらしいし、普通に仲間として仲良くしていたんだろう。
関係がおかしくなったのはファンのやつらが入ってきてからなわけで。
ファンに持ち上げられてゴールディは調子に乗ってしまったし、エミーリアさんもそれを止めることなくゴールディらと距離を置いた。
結果、それでファンのやつらがつけ上がり、【エルドラド】をゴールディのファンギルドのようにしてしまった。そのせいで、エミーリアさんたちは【ザナドゥ】を作って出ていくことになったんだよな。
ゴールディが【エルドラド】を辞めた以上、二人に反目する理由はもうないはずだけど。
拗れてしまった関係は、そう簡単には修復できないってことなのかね?
いや、まずは会って話さないとだめだろ、これは。
僕を通してしか連絡できないって、面倒過ぎる。主に僕が!
小さな親切、大きなお世話というけれど、こういった問題はさっさと片付けるに限る。大きなお世話をやこうじゃないか。
◇ ◇ ◇
翌日、ゴールディを喫茶店『ミーティア』に呼び出した。もちろん、エミーリアさんも同じく。
喫茶店で鉢合わせた二人は僕を睨んだが、しーらないっと。この機会にちゃんと話し合いたまえ。
「マスター、ブレンドとクラブハウスサンドを」
テーブル席で向かい合う二人を放置して、カウンター越しにマスターに注文する。
背後で『あの……』だの『その……』だの煮え切らない言葉が続き、『本日はお日柄も良く……』という言葉が出た時は、思わず『お見合いかい』と突っ込んでしまった。
振り向かなくても二人の視線が背中に刺さっているのを感じる。悪かったよ、もう突っ込まないよ。
「その、私……ずっとみんなに謝りたくて。私のせいでギルドの雰囲気がおかしくなったでしょう? それまでは楽しくやっていたのに……」
「あれはゴールディだけのせいじゃないわ。私たちも邪魔しちゃ悪いかなって遠慮して、距離を置いてしまったから……。同じギルメンなんだから、あの時にもっと強く抗議するべきだった。ぎくしゃくはしたかもしれないけど、対立まではしなかったと思う」
「どうかしら……。あの時は私、かなり浮かれていたから……。エミーリアたちが出ていくって話になったとき、捨てられた気持ちになって……。なんとか残って欲しかったけど、バカみたいな意地を張って……本当にごめんなさい」
それから二人はお互いに謝り、思っていたこと、言いたかったことを、今までの溝を埋めるかのように話し合った。僕もあまり耳をそば立てるようなことはせず、目の前のクラブハウスサンドとコーヒーに舌鼓を打つ。うん、美味い。
「それでね、エミーリア。他のみんなにも謝る機会を貰いたいんだけど……」
「そうだな。ちゃんとみんなとも話した方がいい。ここにいる者だけじゃなくて」
「え?」
突然かけられた声にゴールディが振り向くと、そこには【ザナドゥ】のサブマスであるクローネさんが立っていた。
「クローネ!? あっ、みんなも!?」
驚くゴールディに、店内にいた客のみんなが彼女に視線を向ける。
本日、喫茶店『ミーティア』は実は【ザナドゥ】の貸し切りになっている。ここにいるお客さんは、僕を除いて全員【ザナドゥ】のメンバーだ。
エミーリアさんにも内緒だったので、みんな気付かれないようにと、変装みたいなノリで髪の色変えたり、装備を変えたりしていた。エミーリアさんもゴールディのことで頭がいっぱいで、周囲の客に注意は向かなかったようだ。
ここにいるのは主に【エルドラド】の初期メンバーで、ゴールディと一緒に『DWO』を楽しんでいたプレイヤーたちらしい。
今回の会談をクローネさんに相談したらこんな状況になってしまったんだよね。だから僕のせいじゃないぞ。
「みんなとも相談したんだけどね。ちょうど一人【ザナドゥ】から魔法職が抜けちゃってさ。ゴールディがフリーならスカウトしようかなって」
「っ……!? で、でも私が入るとみんなにまた迷惑が……」
「【ザナドゥ】には金城つきひのファンは加入させないって暗黙の掟がある。だけど本人まで加入させないって掟はないんだよ」
「ふぐっ、くろーねぇぇ……!」
男前なウインクをしたクローネさんに、泣き出したゴールディががっしとしがみついた。
それを見た【ザナドゥ】のギルメンたちがみんな笑っていた。
エミーリアさんも涙を浮かべて笑っている。紆余曲折はあったけど、収まるところに収まった、かな。
僕はマスターに代金を払い、賑わう喫茶店を後にした。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■鉄鼠
頼豪鼠、三井寺鼠とも。朝廷に裏切られた僧の怨念により生まれた妖怪とされている。『太平記』では84000匹もの石の体と鉄の牙を持つ鼠の大群だという。滝沢馬琴が書いた『頼豪阿闍梨恠鼠伝』では、木曾義仲の遺児・木曾義高を助ける存在として登場する。