■156 銀の竜の住処
結局、僕らが行った【ミタマの森】では、これといった情報を得る事はできなかった。
荒寺らしきものはあったのだが、特に何か秘密があるというような感じではなく、単なる廃墟といった場所だった。
まあ、なにかのイベントをクリアしないと出現しないのかもしれないし、僕らの探し方が悪かったのかもしれないが、それを言っていたらキリが無いしなあ。
「骨折り損のくたびれもうけ、か」
「一応、レベルと熟練度は上がったじゃん。珍しい敵にも会ったし、損ってことはないでしょ」
「まあね」
ミウラの言う通り、【ミタマの森】では初遭遇のモンスターも多かった。
第五エリアのモンスターはどっちかというと妖怪寄りのモンスターが多いのだが、僕らが戦ったモンスターはタヌキだった。
タヌキと言っても普通のタヌキじゃない。鉄でできた茶釜から手足と頭、尻尾が飛び出た、いわゆる『分福茶釜』である。
これがタヌキのくせに亀のように手足を引っ込め、僕らの攻撃を防ぐのだ。
僕やミウラ、シズカやウェンディさんの斬撃系の武器は通じず、リンカさんの『魔王の鉄鎚』でのゴリ押しでなんとか倒した。
そしてリンカさんには『黄金茶釜』がドロップ。この『黄金茶釜』は『DWO』では貴重な純金素材で、高値で売買される。
しかしリンカさんは鍛冶師なので、売るようなことはせずに、装飾の素材として使うらしい。
僕にも『黄金茶釜』がドロップしたのだが、僕も使いようがない。リンカさんに売ろうかと言ったが、二つもいらないと言われた。トーラスさんのところで買い取ってもらうか。
「【エルドラド】に続いて、ちらほら第五エリアにやってくるプレイヤーが増えましたね」
「まあ、何組か配信してたし、効率のいいフロストジャイアントの倒し方がわかってきたからねぇ」
「この間、【オデッセイ】がフロストジャイアントを倒した動画を見たよ。あたしらの時よりも簡単に倒してたなぁ」
【オデッセイ】って、あれか。【怠惰】の領国内で【エルドラド】の次に大きなギルドだっけか。
【エルドラド】の全盛期が二百人ちょいくらいで、そこから【ザナドゥ】の七十人ほどが抜けて、今は百三十?
その【エルドラド】より少し少ないくらいの規模らしいから、【オデッセイ】も百人以上はいるらしい。
トーラスさんの話だとうちの【白銀】の方が人数は多いらしいけど、後発のほうが効率よく倒せるだろうからな。
「その【オデッセイ】も第五エリアに来たとなると、八岐大蛇を出現させる中ボスが少しは見つかりやすくなるかな?」
「うーん、せっかくあたしたちが見つけたヒントなのに、横取りされるのは悔しいなあ」
ミウラが下唇を突き出して唸っている。先に倒されたとしても、キーモンスター八匹を倒して八岐大蛇を出現させるなんてところまではわからないと思うが。
中ボスを倒すともらえる初回特典を取られるってのはちょっと悔しいかもしれないけどさ。
あ、でもあのタペストリーが見つかると、僕らと同様に秘密に気づくプレイヤーもいるかもしれない。
あのタペストリーは【ツムギの町】で普通に売ってるからなぁ。やっぱりもっと積極的に探した方がいいのか? いやでも、僕ら攻略メインのギルドじゃないしな。【スターライト】は攻略メインだけども。
「そこらへんレンはどう思う?」
僕は【月見兎】のギルマスであるレンに話を向けてみた。
「んー……。普通に楽しみながらプレイして、その中でなにか情報を掴めたら、クランのみんなに流す、くらいでいいんじゃないかと思います。もちろん、他のクランの誰かが見つけて、みんなで討伐に行こう、というのなら協力しますし」
「それって美味しいところだけ参加って感じにならない?」
レンの意見にミウラが口を挟む。
まあ、みんなが探しまくっているのになにもせず、初回特典だけはもらう奴、なんて風に見えるかもしれないな。
「それ言ったら、両面宿儺も八岐大蛇の情報も【月見兎】が出したんだよ? 非難される謂れはないし、それぞれギルドごとに楽しみ方や主義は違うんだから、都合が合った時にだけ手伝うスタンスでいいと思う。クランはあくまで寄り合いで、私たちはその傘下じゃないんだから」
「そうですわね。探すのも勝手、探さないのも勝手。探さないギルドが参加するのは認めない、なんてことを言い出すようならクランを抜けてもいいと思います。そこまで強制されてまで、一緒にプレイしなくてもいいかと」
レンの言葉にシズカも頷いて答える。
そもそもオンラインゲームをやっている時点で、都合が合わないなんてのはいくらでもある。理由は仕事だったり、学業だったり、体調だったり。
それぞれの都合や考えがあるのだから、誰かに強制されるのはおかしな話だ。
別にまったく探さないってわけじゃない。あくまでメインは僕らが楽しむことであって、その過程で情報を得られたなら、それはクランに流すよ、ってだけだ。
ま、アレンさんたちも強制はしないって言ってたし。みんなの迷惑になっている者は除名、とも言ってたが、これは迷惑には当たらないだろう。なにもしてないんだからな。
ウェンディさんもリンカさんも同じ意見らしく、小さく頷いていた。
「我々はギルドがメインですから、そこまで気にすることはないかと。まだまだ他にもこの第五エリアにはいろんなクエストやイベントがあるでしょうし」
「うん。あの銀竜がどこかにいるかも。素材として興味がある」
リンカさんが珍しくワクテカした表情でそんなことを述べるが、僕としてはなんとも微妙な気持ちであった。
さすがに銀竜を討伐するのは気が引ける……。ミヤビさんにめっちゃビビってたからなぁ……。
頼めば鱗の一枚や二枚くらいなら譲ってくれるかもしれないが……。
◇ ◇ ◇
「つっかれたぁ〜……」
学校に来るや否や、机に突っ伏すリーゼ。
なにかエクトプラズムのようなものが口から漏れ出ているような錯覚を覚える。本当に疲れてそうだな……。
「例の件か?」
「例の件だよ……。事情聴取が終わったと思ったら、今度は【連合】の馬鹿なお偉いさんからいろいろ干渉があってさ……。面倒くさいったら、もぅ〜……」
「干渉?」
「端的に言えば嘘の証言をしろってこと。犯人がこんなことを言っていた、こんなことをする気だった、って【同盟】が不利になるような証言をすれば、出世を約束してやるぞ……ってね……」
うわぁ……。【連合】にもアホな奴がいるんだな……。自分の手柄にしようとしているんだろうが……。
「もちろん直属の上司に報告したけどね。今ごろ歯軋りしてんじゃない?」
「いいのか? そのお偉いさんに睨まれるんじゃ……」
「【帝国】の皇帝陛下に睨まれることに比べたら、小蝿に見られているようなもんですよ。大したことないね!」
なんだろう、リーゼに変なクソ度胸が身についてしまったような……。まあ、ミヤビさんに比べると大したことないってのはものすごくわかるが……。
「はよーん。あれれ? リーゼ、お疲れ?」
「お疲れだよ……」
教室に入ってきた遥花がリーゼを見るなりそんなことを口にする。まあ、見るからに疲れているからな……。
「はっくん、聞いて聞いて! 私たちもついに第五エリアへ突入したんだよー!」
「おー、おめでとう」
疲れた様子のリーゼを置いて、遥花が嬉しそうに報告してくる。
第四エリアのボスで手こずっていた【傲慢】のプレイヤーもついに第五エリア行きか。
奏汰に頼まれてあいつの所属ギルド【銀影騎士団】にAランク素材と武器を調達したんだから、まあいけるとは思っていたけども。
「結局【フローレス】と【銀影騎士団】で行ったのか?」
「あといくつか仲のいいギルドと一緒にな。俺たちがサンドクローラーを倒したって聞いて、【グランギニョル】の奴ら悔しがってたらしいぜ」
「いい気味! 散々私たちに嫌がらせしたんだから、こうなるのは当たり前よね!」
【グランギニョル】ってのはあれか、遥花の【フローレス】に行ったときに絡んできた奴らのギルドだな。まあ、僕も気分悪い思いしかしてないからザマーミロって感想しか出てこないが。
「それで【傲慢】の第五エリアはどんなところだったんだ?」
「それがねー……。山がいっぱいの山岳エリアだった……火山とかもあって、溶岩の川とかもあるみたい……」
「暑い砂漠から熱い火山ってどういうことだよ……。まあ、耐熱装備がまだ使えるから、その点はありがたいけどよ……」
実を言うと僕は【セーレの翼】で【傲慢】の第五エリアに行ったことがあるので、どういうところかは知ってたんだが、どういうところか聞かないのも変かなーと。
さらに言うと、そこに赤い竜がいるよ。黒い竜もな。
そう言えば……『魔王の鉄鎚』もあそこで見つけたんだよな。
確かウェンディさんが『ルシファー』は【傲慢】を司る悪魔とか言ってた。
……と、いうことはだ。【怠惰】にも『魔王の鉄鎚』と同じような物が眠ってる……? そしてそれは竜が住んでいるところにある……?
銀竜ってどこに住んでいるんだろう? ちょっと気になってきたな。ウルスラさんに聞いてみようか。
もしも魔王シリーズという物があるのなら、ちょっとそれは見逃せないよな。
「おーら、席につけー。朝のHR始めるぞー」
担任の石川先生が入ってきたので、霧宮兄妹は自分の席へと戻っていく。
朝のHRで先生の話を聞きながら、僕の心はすでに『DWO』の世界へと飛んでいた。
◇ ◇ ◇
「えっと……この辺りか。まだフィールド名が出てないってことは、フレンドでも行ったことのあるプレイヤーがいないってことだな」
僕は学校から帰って『DWO』にさっそくログインすると、【桜閣殿】のウルスラさんに連絡を取り、銀竜の住んでいる場所を訊ねた。
それ自体は普通に教えてもらえたのだけれども、僕がなにか銀竜に不満があり、これから文句を言おうとしている、と捉えられたのか、『殿下が行かなくても、我々が半殺しにしてきますが……?』と言われてしまった。
必死で目的は銀竜ではないことを伝え、彼にはなんの不満もないことをウルスラさんにわかってもらうのにしばらくかかった。
なんだろう、【帝国】の人たちは短絡思考が多い気がする……。
悩むより行動、考えるより先に実力行使、という感じがする。まあそうじゃないと、僅か千年ほどでここまで強大無比な【帝国】なんて作れなかったんだろうけど……。
一応、銀竜には僕らと遭遇しないようにと、ウルスラさんに伝えておいてもらうことにした。
向こうも気まずいだろうし、こっちも余計なことがバレると困る。
で、ウルスラさんに教えてもらった銀竜の住む場所というのが、第五エリアのかなり西にある、遺跡のような場所だった。
なぜここにプレイヤーが訪れていないかというと、そこへと向かう街道が全くないからだ。
『DWO』でポータルエリアを使わずにどこかへ行こうとするなら、基本、歩きか乗り物に乗って、ということになる。
街道があるのなら馬車や馬で行くことも難しくはないが、山や沼、谷など、自然の形によっては徒歩でしか進めない場所というものもある。
ここらへん、まだ空を飛ぶ乗り物がないので、どうにもならない部分ではあるのだが。
いや、気球のようなものを作った生産職のプレイヤーはいたらしいが、空を飛ぶモンスターになす術もなくやられ、落下して死に戻りしたらしい。
そのプレイヤーはめげることなく、今度は飛行船のようなものを作ろうとしているらしいが、完成したという話は未だに聞かない。
閑話休題。
つまりは銀竜の住む遺跡は、乗り物で行くには難しい場所にあるということなのだ。
確かにこれを見ると天険の岩山と、雪の積もる山頂付近だからな……。まるで小さな富士山だ。
となると、登山することになるのか……。
「確かにこの辺りにはまだ誰も行ってないみたいですけど……」
「高山ですね。すると【酒呑童子】か、【大天狗】狙いですか?」
「うん、まあ、そんなとこ」
ウェンディさんの質問に僕は曖昧に返す。ウルスラさんから聞いたとも言えないしな……。
それに魔王シリーズが確実に見つかるわけでもないし、本当に【酒呑童子】か【大天狗】がいるかもしれない。捜索して全くの無駄ということはあるまい。【酒呑童子】とかが、いなきゃいないでそれは一つの新たな情報だ。
「ですが【月見兎】は、中ボス探索はしない方向になったのでは?」
「積極的にはね。全くしないというのも角が立つし、新しいフィールド探索のついでなら構わないかな、と」
首を傾げるシズカに僕は言い訳がましい言葉を述べる。まあ、全くの嘘というわけでもないから構わないだろ。
「戦えるならなんでもいいよ。久しぶりに遠慮なく魔法をぶっ放したいー!」
私生活でストレスが溜まっているリゼルが、杖を手でパシパシしながら、フフフフフ、と怪しげに笑みを浮かべている。気持ちはわかるが少しは抑えてくれ。
「山なら新しい鉱石が見つかるかもしれないから、私的にはオッケー」
リンカさんは結構乗り気だ。【スターライト】のみんなと行った【傲慢】の領国の第五エリアから、Sランクの鉱石も出ている。なら、【怠惰】で見つかっても不思議はない。
『魔王の鉄鎚』があった山と同じところにSランク鉱石があったからな。この山にもある可能性は高い気がする。
「この間行った【ミタマの森】からこの山に行った方が少しは近いかな?」
「そうだね。【ミタマの森】までポータルエリアで行って、そこから馬車で行こっか」
ミウラとレンがそんな話をしてるのを聞いて、なんとかみんな行く気になってくれたようだ。
魔王シリーズが見つかればいいが、空振りの可能性もあるし、なにかしらの収穫があればいいけど。
◇ ◇ ◇
【ミタマの森】までポータルエリアで転移してきた僕らは、前と同じように二頭のキラーカリブーに引かれた馬車で目的の山を目指した。相変わらず乗り心地はあまり良くない。そのうち、ピスケさんに改良でもしてもらうかなあ……。
まあ、リゼルだけは以前ゲットしたユニコーンに乗ってご機嫌だったが。
「癒される〜……。積もり積もったストレスが消えていくよぅ……」
ユニコーンにべたーっと全身を預ける感じで乗っているリゼルに、僕はなんとも言えない視線を送っていた。
アニマルセラピーかよ。どれだけ面倒なことになっているんだ【連合】は……。
一時間半ほどカッポカッポと、時折り現れるモンスターを倒しながら進んでいくと、やっと目的地の山が姿を見せた。
「おおー……。やっぱり富士山に似てるなあ」
蝦夷富士と呼ばれる北海道の羊蹄山、薩摩富士と呼ばれる鹿児島の開聞岳のように、似たような山は日本中にあるから、そう見えるだけなんだろうけども。
〇〇富士と呼ばれる山は、その地方ごとにたくさんあるらしいからな。山頂に雪が積もっているのがさらに富士山っぽく見える理由なのかもしれないけどさ。
「富士山ほど高くはなさそうですね」
「さすがにゲームとはいえ、三千メートル級の山を登るのは大変だろ……」
おそらく【鷹の目】のスキルを使っているであろうレンの言葉に僕は思わず突っ込んでしまう。
スキルがあるとはいえ、それは本格的な登山になってしまう。
道で行けるギリギリまで馬車で進み、そこからは徒歩で進む。
麓には鬱蒼とした森が広がり、僕らの視界を塞いでいた。
「【鎮守の森】ね……」
森の入口にはポータルエリアがあり、登録を終えた僕らは森の中を注意しながら進む。時折り、遠くから聞こえる鳥の声がなんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。
「まるで富士の樹海ですね……」
「あまりいいイメージじゃないなあ……」
なんとも不気味に生い茂る森の中、ウェンディさんがボソリと呟いた言葉に、僕は思わずそう返してしまった。
この森は岩場が多く、根が地面から飛び出して地表をうねうねと這っている。
足場が悪く、上がったり下ったり、どこを歩いているのかわからなくなりそうだ。確かに樹海という表現がピッタリな気もする。
きちんとマップを確認しているので、方向を失うということはないと思う。ここがプレイヤーを迷わせる、特殊なフィールドでなければ、だが。
「シロ兄ちゃん、鹿がいるよ」
「モンスターじゃないのか?」
「ううん、たぶん普通の……あ、逃げた」
ミウラの視線の先にいた鹿らしき動物は、僕らを見るや森の奥へと消えていった。
小さく安堵の息を吐く。この足場の悪い場所で戦うのはかなり不利だ。特に僕のような、機動力を活かして戦うタイプには。
「あ、森を抜けられそうですよ」
レンたちが小走りに森の先に見えた光に向かって進んでいく。その後ろから僕らも森を抜けると、目の前には石と岩、聳える山頂しか見えないところへと出た。ある意味見晴らしがいい。というか、何もないような……。モンスターの姿も見えないぞ?
……あ! そういえばもともとここは銀竜の住処なんだっけ! 山頂近くの遺跡を住処にしているらしいけど、最強種である竜の棲んでいる山に他のモンスターが棲むか!? 棲んでるとしてもどこかに隠れて棲んでいるに決まってるよな……!
しまったな……。いくつかの採掘ポイントはあるみたいだから無駄骨ではないと思うが……。
「あそこにポータルエリアがありますわ」
シズカが森を抜けてすぐのところにポータルエリアを見つけたので、全員登録。【銀皇山】か。この銀ってのは銀竜のことなんだろうな。
「とりあえずそこらで【採掘】をしてみるかな?」
「じゃあ私も」
僕と同じく【採掘】スキルを持つリンカさんがインベントリから『魔王の鉄鎚』を取り出して、近くに転がっていた大きな岩に叩きつける。岩は一撃で粉々に砕け、中からいくつかの鉄鉱石が飛び出してきた。これはハズレ、かな。
「……?」
「どうしたんです?」
「『魔王の鉄鎚』が……。なにかに引っ張られているような……?」
手の中の『魔王の鉄鎚』を不思議そうな顔でいろんな方向に向けるリンカさん。これは……! きたか!?
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■富士山
言わずと知れた日本で一番高い山。標高3776m。覚え方は『富士山のように、皆《37》なろう』。古代より山岳信仰の対象とされており、明治時代まで女人禁制で、女性が登山する事は禁止されていた。古くは『竹取物語』にも『不死山』として記載されている。『不死山』とはいうが、富士山は未だ活動を続ける火山であり、宝永4年(1707年)の宝永噴火以降、三百年以上も噴火していないため、いつ噴火してもおかしくないと言われている。