■155 襲撃者ありて
「知らん。マスコミが勝手に騒いどるだけじゃ。今のところ地球を接収する予定はないぞ」
ノドカとマドカが見ていた星間放送のニュースを見た後、夕食をたかりにきた女皇帝様に尋ねたらそんな答えが返ってきた。どうやらデマらしい。『今のところ』って言葉がいささか不穏だが。
「まあ、ここはシロがいるからの。前より注意深く調査をしてるから、マスコミがそう思ったのやもしれぬ。む? 美味いのう! これはなんじゃ?」
「ブリ大根。お隣さんからもらった」
お隣さんのリーゼからのお裾分けだ。まさかリーゼも自分ちのブリ大根が帝国女皇帝の口に入るとは思ってもいまい。
ノドカとマドカもブリ大根をもぎゅもぎゅと美味しそうに頬張っている。
確かにこのブリ大根は美味い。ただ、今日の夕御飯はナポリタンだったので、なんとも微妙な組み合わせになってしまったのだが。
「【帝国】が地球を狙っているって誤解されたらいろいろとマズくなるんじゃ……」
「特に困らんのう。そもそもわらわが本気で接収しようとしてたら、【連合】も【同盟】も相手にならんわ。あやつらの言うことなぞ上の方でも信じておるまいよ」
その言葉にリーゼが前に言ってた『たぶん【連合】と【同盟】が手を組んで【帝国】と戦争をしても、一週間ともたない』という言葉が頭に再生された。
【連合】と【同盟】の上層部も、本気で【帝国】が地球を接収しようとしているなら、もうすでに終わっていると考え、この情報がデマだとわかっているのだろう。
「そもそもわらわが他の星を侵略して接収し、【帝国】を築き上げたのはこの地球に来るためじゃぞ? もはや目的は達しているのじゃ。シロというそれ以上の成果も上がったしのう。あとはゆるりと老後を楽しむだけじゃわ」
いや、老後て……。たぶんその老後ってものすごく長いよね……。
「まあ、なんにしろシロが気にせずともよい。いずれ……」
ぴく、と言葉を言いかけたミヤビさんの狐耳が小さく動き、しばし黙り込む。ん?
「真紅」
「はい」
「わっ!?」
突然ソファーでくつろぐミヤビさんの背後にメイド服を着た赤い髪の女性が現れた。
【帝国】の皇帝旗艦、そのメインコンピューターである真紅さんが操る端末機体の一つだ。
「状況からして【同盟】の者ではないかと。こちらではなく、お隣の方が狙いだったのではと推測します」
「で、あろうな。わらわがここにいることは限られた者しか知らぬ。その他に知っているとすれば隣の小娘じゃが……ま、そんな度胸はあるまい」
「ちょっと待って、なんの話? なんか不穏なんですけど?」
二人だけで会話を進めないでほしい。気になるワードがいくつかあったぞ。お隣とか小娘とか。
それってリーゼのことを言ってる?
「なに、隣の【連合】の小娘のところに【同盟】の手先が探りに来たというだけよ。わらわたちの方に来たかとも思ったが、違うようじゃ」
「え、それってリーゼが【同盟】のやつに付け狙われているってこと?」
「【連合】も【同盟】も地球では腹の探り合いばかりしとるが、もともとは敵対しとるからな。ま、中には直接的な行動に出る者も……」
パリンッ、とミヤビさんの言葉を遮るように、ガラスが割れる音がお隣から聞こえてきた。
「……直接的な行動に出たようじゃな」
ミヤビさんのそんな言葉を背に受けながら、僕は玄関へと走る。
急いで靴を履いて外へと飛び出し、リーゼが住んでいる隣の家へと向かう。なぜか開いていた門から家の敷地に入ると、庭に面したテラスの窓ガラスが割れていた。
そして月明かりの中、見えたのは庭で揉み合う二つの影。
リーゼに馬乗りになった黒づくめの覆面男が、手にした光るナイフ(比喩ではなく、本当に光っていた)を振り下ろそうとしていた。
「リーゼから離れろ!」
ビームナイフ? を振り下ろそうとしていた男に僕は全力で駆け寄り、力一杯横腹を蹴り飛ばした。
伯父さん仕込みの蹴り技で、覆面男が吹っ飛ぶ。
「リーゼ! 大丈夫か!?」
「かはっ……白兎君……! 危ない……!」
「……地球人が邪魔すんじゃねぇよ!」
吹っ飛ばされた覆面男が立ち上がり、持っていたビームナイフがビームソードに変化する。おいおい、そんなんアリかよ……!
こちらへ襲いかかってくるであろう相手に僕はリーゼを背にして身構える。が、ヤツの背後に現れた小さな二つの影に「あ」と思わず声が漏れた。
「夜中にうるさいです」
「うるさいの」
背後から現れたノドカとマドカの拳が、覆面男の左右の脇腹に炸裂する。
ゴキャッ! ってすごい音がしたけど……。覆面男はそのまま白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「えっと……なんかもう大丈夫みたい……」
「そ、そうだね……」
ノドカとマドカの強さを目の当たりにして、僕とリーゼはそんな会話を交わすのが精いっぱいだった。
「これって警察に電話した方がいいのか?」
「電話してもたぶん警察じゃない人たちが来ると思うよ」
それって【同盟】の奴らが手を回すってこと? まあ、本当の警察に引き渡されたら、こいつが宇宙人って地球人にバレるかもしれないしな。
「おじさんとおばさんは?」
「今日は大学主催の公演で地方に行ってる。大丈夫だよ」
この家の持ち主、リーゼの伯父さんと伯母さんということになっている二人は留守らしい。不幸中の幸いだったな。下手をすれば二人も被害にあってた。
「えっと、あいつの身柄は【連合】で引き取りたいんだけど、いいかな……?」
リーゼは僕にではなく、倒したノドカとマドカに話しかけていた。
「かまわないです」
「かまわないの」
お許しが出たらしい。
「と、いうか、リーゼが倒したことにするのか?」
【連合】の上司とかにノドカとマドカの話をしたら僕の話もしなきゃいけなくなる。それはつまり【帝国】のことも話さなければならないということで……。
「そうするしかないね……。白兎君のことがバレたら私、皇帝陛下に首チョンパされるし……」
リーゼが引き攣った笑いを浮かべる。いや、そうならないよう全力で止めるけどさ。
「でも私があんな力で殴ったって言っても信じてもらえないよ……。どうしようかな……」
悩み出すリーゼ。確かにな。ゴキャッ! って音がしてたから骨も折れてるんじゃないか? こいつに骨があればだが……。
「僭越ですが」
「「わっ!?」」
僕らの前に真紅さんが突然現れる。心臓に悪いから、それやめて!
「治療キットがありますので、私がアレを回復させましょう。痕跡は残りませんので、問題ないかと」
アレ呼ばわりだ。まあ、アレで充分だが。
「えっ、えっ、だ、誰!?」
「あー……【帝国】の皇帝旗艦?」
「は!?」
真紅さんがアレを治療している間に、僕はかいつまんで彼女のことを説明する。
「はは……。うちに【帝国】の最強戦艦がいる……」
引き攣った笑みを浮かべながら、リーゼが信じられないと言った目で真紅さんを眺める。いや、正確にはその最強戦艦が操るロボットだけども。今うちに皇帝陛下がいるって言ったら、さらにおかしくなるんじゃなかろうか。
「結局あいつは【同盟】の手の者ってことでいいのか?」
「正確には【同盟】の過激派、だよ。【連合】も【同盟】も一枚岩じゃないんだよ。断固として地球人を太陽系外へ出すべきではないっていう奴らもいるし」
「なんだそりゃ……。なんでそんなに嫌われてるんだ、地球人は……」
「うーん、こっちで言うところの外来種? 本来いなかった生物が入ってくることで、生態系や経済に大きな影響を与えてしまうことを危惧している……ってのが向こうの言い分だけど、地球人が進出することで、自分たちの立場が危うくなるって考える奴らもいるからね」
外来種て。僕らはブラックバスやブルーギルと同じ扱いなのか? なんとなく言わんとすることはわかるけれども。
「一応殿下のことを見られているので、倒されたあたりの記憶は奪っておきましょう」
「え!? それって星間法違反……!」
「バレなければ犯罪ではないのですよ」
真紅さんが慌てるリーゼを無視して倒れた男の頭に指を当てると、男の身体がびくん、びくん、と大きく痙攣してぐったりとなった。大丈夫なんか、アレ……。
「まあ、リーゼだって僕がカッパ宇宙人に襲われたとき、僕の記憶をいじったろ? お互い様……」
「シーッ! シーッ! 白兎君!? それは言わない約束でしょお!?」
「ほほう……? リーゼ様、とおっしゃいましたか。詳しくお話しを聞きたいですね?」
「ちなうんです、ちなうんです、皇太子殿下を傷つけるつもりはこれっぽっちも! ほんとーにこれっぽっちもなくてぇぇェェェェ!」
一瞬で背後に回った真紅さんにリーゼが捕まる。あー……フォローに回った方がいいのかな、これ?
皇太子なんかになったつもりはまったくないが、真紅さんの立場からすれば聞き捨てならないことだったのかもしれん。
「簡易的な催眠誘導だから、記憶障害にはなりませんし、もちろん記録も残していませんし……! それにその時は【帝国】の関係者だとか知りませんでしたしぃ!」
「真紅さん。僕的には問題ないので、そこまでにしてもらってもいいですか……?」
「ふむ。まあ、いいでしょう。陛下が怒鳴り込んでこないところを見ると、問題無さそうです」
あ、これってミヤビさんに筒抜けなの?
って、そりゃそうか、皇帝旗艦の端末がここにいるんだもの、その目を通して伝わっているか。
その事実を知ったリーゼがその場で腰が砕けたようにへたり込んだ。おい、大丈夫か?
「【同盟】の暗殺者よりこあい……」
「そんなにか……」
本当に恐怖の対象なんだな、うちのご先祖様は……。
リビングでごろ寝して酒を呑みながらテレビ見てる姿からはとても想像できんが。
とりあえず問題は片付いたっぽいので僕らはお暇することにする。リーゼも早く上司に連絡しなきゃならないだろうし。
この後聞いた話によると、腰を抜かしてたリーゼを見て、まだまだ半人前だな、と上司に笑われたそうだ。うーむ、なんかすまん……。
◇ ◇ ◇
「今日はリゼルさんはお休みですか?」
「あー、うん。なんか家の手伝いで忙しいみたい」
すでにログインしていたレンたちに、今日はリゼルはログインしないことを伝える。
学校で話したが、やっぱり大変なことになっているようだ。
なにしろ建前上は友好関係にある【連合】と【同盟】なのに、その【連合】の調査局員が【同盟】の一人に襲われたのだ。
【同盟】の方は組織立った犯行ではなく、あくまで個人的な暴走、と言っているらしいが、【連合】の方は疑っている。
本音を言うと、そこまで地位の高くないリーゼを排除したところで、【連合】に大きなダメージを与えられるか疑問だ。
正直にそれを本人に話すと、
「【同盟】としては【連合】のそういった不始末を槍玉に上げて、優位に立ちたいんだよ。私が死んでいたら『自分のところの調査員も守れないのか!』『やはり【連合】には任せておけない!』とか言って、しゃしゃり出てきた筈だよ」
だから立場の弱いリーゼを狙ったのか。とはいえ犯行が未然に防がれてしまったのだから、【同盟】側は焦っているのかと思ったらそうでもないらしい。
あの襲ってきたやつは【同盟】に所属する下っ端も下っ端で、本当に上から命令されたわけではないそうだ。あくまでも自発的に襲ったということだな。
ただ、リーゼの情報を流し、それとなく襲うように仕向けた奴がいないとも限らない。【連合】はそれを怪しんでいるわけで。
【同盟】の一部には、これは【連合】と【同盟】を離間させる【帝国】の策略ではないか、というアホな話も持ち上がっているそうだ。
【連合】と【同盟】がタッグを組んでも勝てる【帝国】が、なんでわざわざそんなことをせにゃならんのか。あからさまな責任転嫁を感じるなあ。
ま、そんなこんなでリーゼは学校から帰ったら事情聴取の続きらしく、今日はログインできないとのことだ。
というわけで、僕らは八岐大蛇に繋がる、残りのモンスターの情報を集めることにした。
こういうことはまずは聞き込みだ。
僕らはカグラの町に跳び、NPCに変わったモンスターの情報がないか聞き込みを開始した。
だがゲーム時間で三時間ほど頑張ったけれど、残念ながらこれといった情報は手に入らなかった。やっぱりここらへんにはいないのかな……。
「雷獣のように特定のフィールドにいるのかな?」
ミウラが屋台で買った果実水を飲みながらそんな意見を述べる。
残りの【土蜘蛛】【酒呑童子】【大天狗】【鉄鼠】【火車】【白沢】のうち、特定フィールドにいそうなのっていうと……【大天狗】が森とか? いや、天狗って山伏の姿してたよな。山の方か?
「【鉄鼠】はもともと朝廷に恨みを持った高僧が大鼠に変化した妖怪です。どこかの寺に住み着いている可能性もありますね」
そんな情報をウェンディさんが教えてくれる。寺か。このカグラの町にもいくつかの寺はあるけど、さすがに町中に中ボスモンスターがいるってのは考え難い。
「第五エリアのフィールドには寂れた神社や荒寺がいくつかありますけれども……」
「あー、そっちの方が可能性高そうだよね」
シズカとミウラがうんうんと頷く。
荒寺か。確かに森の中とか山の中腹なんかにそれらしき建物はあったな。特になんのアイテムが落ちているとか宝箱があるとかでもなく、破壊不能オブジェクトの背景としか見てなかったが。
「鉄鼠になった高僧は、寺の戒壇院建立の願いを断られたため、朝廷に恨みを持ったとされています。関連性はありそうですね」
なるほど。今まで無視していたけど、今度荒寺を遠くから見つけたらとりあえず行ってみることにしよう。
「あとは【酒呑童子】ですかね……。確か【酒呑童子】は大江山、伝承によっては伊吹山という山の洞窟の御殿に多数の部下と住んでいたと読んだ記憶があります」
鬼は山か。山といっても第五エリアには大小様々な山があるからなぁ……。僕らのクラン、『白銀』の城があるのも小山の上だ。
大小様々な山の、さらにその洞窟となると探すのは大変だぞ。
一瞬、伝承だと村を襲ったりする賊の集団なんだから襲われていたら見つけられるな、と最低な考えが浮かんだが、首を振ってその考えを取り払う。
それはNPCが犠牲になるということだ。『DWO』ではNPCにも中の人がいるが、そのキャラは復活できない。死んでしまったら終わりなのだ。
中の人が新しいキャラでログインできるとはいえ、それまでのキャラの人生を終わらせてしまっていいものかと思う。
さらに言うならプレイヤーと接触していた場合、当然ながら『中の人』などの情報は漏らせないため、新キャラでは初対面として触れ合わないといけないんじゃないか?
前のキャラと新キャラは友達という設定で、君のことは友達から聞いていたよ、とでもするのだろうか。
あるいは全く違う領国でしか新キャラを作れないとか……。なんにしろ村が襲われれば、なんて考えるのはよそう。本当に襲われるならその前に倒さねば。
「とりあえずレベルと熟練度稼ぎに行ったことのないフィールドに行ってみる?」
「そうですね。カグラからだと……少し南西に下ったところにある、この【ミタマの森】はまだ私たちは行っていないフィールドですね」
DWOのマップは初めは白紙なのだが、フレンドになったプレイヤーと共有することで行ってない場所も表示されるようにできる。
まあ、地名と大まかなマップが出るだけで細かいところまでは共有されないのだが。
ちなみにこの共有はフィールドごとのチェックボックスにチェックを入れることでONになるので、共有したくない場合はそのままスルーすればよい。
僕もミヤビさんのいる【天社】や、ウルスラさんのいる【桜閣殿】、他の領国のマップなどはONにしてない。
まあ他の領国とかシークレットエリアは、その地に踏み込まないとマップ自体が出ないので、表示もされないのだけれども。
だけど第四エリアから他の領国への通行が可能になった今、これから他の領国との行き来もしやすくなってくる。そこで【セーレの翼】がバレないとも限らないからな。
もう【セーレの翼】による上位エリアへのランダムワープを使ったレア素材探しも、だんだん無意味になってきてるけどさ。
シークレットエリアに飛ぶこともあるから完全に無駄というわけじゃないんだけどね。
「じゃあその【ミタマの森】に行ってみようか」
僕らはカグラの町を出て、馬車を取り付け引いた二頭のキラーカリブーをインベントリにしまった【小屋】から呼び出した。
行ったことのないフィールドだから、ポータルエリアは使えないからな。歩くよりはこいつで行った方が速い。
普通の道をトナカイで走るってのも妙な感じだけども。リゼルのユニコーンを勝手に使うわけにもいかないし。
御者は僕が務める。うちのギルドは女性ばかりのため、こういう場合は僕が外れた方が気が楽なのだ。
「よし、出発」
ピシリ、と軽く手綱を鳴らしてキラーカリブーを走らせる。馬ほどではないが、ロバよりは速い。
この速さなら一時間もかからずに到着すると思う。
「なにかヒントでもあればいいんだけどな」
キラーカリブーの引く馬車の御者台で揺られながら、僕はそんな希望的観測をしていた。
【DWO ちょこっと解説】
■マップ共有について
『DWO』のフレンド同士は自分のマップを相手と共有することができる。大まかな地名とフィールドの範囲のみであるが。洞窟や祠、その他細かいものまでは共有されない。それぞれのフィールドごとに相手と共有するかは選択できる。あくまでフレンドのマップが表示されているだけであるため、フレンドのフレンド、つまり直接のフレンドではない相手には共有させることはできない。