■146 【傲慢】のギルド
次の日『DWO』にログインすると、称号のところに【竜を従えし者】というやつがあった。
いやいやいや、従えてないから。どっちかというと従われた? 【竜に従われた者】ならまだわかるけど。
当然ながら物騒なのでこんな称号は非表示だ。こうしとけばフレンドにもギルドメンバーにも表示されない。
というか、これって運営に僕のことがバレてるってことか? それとも元々竜を従える方法があって、そのシステム上、自動で称号が付いた?
うーん……いや、たぶん自動の方じゃないかな。あの【桜閣殿】は【帝国】側のシークレットエリアだし、ミヤビさんもいたしな。運営といえども覗き見とかはできないと思う。
できたとしてもそれを口になんてできないだろう。誰だって命は惜しい。
それに【帝国】諜報機関の長官であるウルスラさんが、それに気がついてないなんてことはないと思う。スーパー戦艦AIの真紅さんもいるしな。
まあ、どっちにしろそこらへんはみんな【帝国】さんに丸投げだ。僕にできることはない。
さて、結局全員での投票の結果、クラン名は【白銀】、城の名前は『白銀城』、クランの紋章は五角形の大きな星が彩られた感じのものになった。
恐ろしいことに、投票五位に【首刈り族】がある。ふざけてるプレイヤーが一定数いるようだな……。ちなみに『トーラスと愉快な仲間たち』は一票だけだった。これ絶対に本人だろ。
言うまでもなく、この【白銀】というクラン名は僕らが遭遇した銀竜からであるが、僕のプレイヤーネームである『シロ』という言葉も入っているので、意外と気に入っている。
紋章が星なのはアレンさんのところの【スターライト】のイメージかな? こっちも悪くないと思う。
さっそくクラン創設と城名の変更が行われ、白銀城はクラン【白銀】のものとなった。
それに伴い、クラン発起人のアレンさんがクランマスターとなり、【白銀】内で最大のプレイヤーメンバーを抱える【ザナドゥ】のエミーリアさんがサブクランマスターとなった。
とはいえ、このクランはあくまでも『白銀城』を使用するための集まりなので、プレイ方針などについて口を出すことはない。
あくまでクラン内での取りまとめ、言ってみれば町内会の会長さんと言ったところだろう。
この城から一歩出れば、各々ギルド単位で好きなことをしてもいい、という緩い集まりだ。
フロストジャイアントや両面宿儺のように、集団で戦うイベントがあるなら声をかける、という感じか。それだって別に強制というわけじゃない。参加するもしないも自由だ。
まあ、それでもこの城にどういった設備を作るか、という話し合いには参加することになるのだけれど。
「まずここの空きスペースには訓練場かな。好きな時に【PvP】ができるように……」
「ここには食堂が欲しいわね。バフ効果の高い料理をスキル持ちのプレイヤーが自由に作っておいて、お金を払って買えるようにして……」
「ここの一角は畑にしたいです。うちは【農耕】スキル持ちが何人かいるので……」
霧骸城……もとい、白銀城となった城のマップを見ながらそれぞれのギルドマスターたちが話し合いを繰り返す。
ソロのプレイヤーたちは特に要望はないようだ。まあ、みんなで集まってなにかするのが好きなら、ソロでやってないよな。
【月見兎】もこれといって要望はない。必要なものがあれば【星降る島】の方に作るしな。
僕たちが城を手に入れたという情報は、あっという間に【怠惰】のプレイヤーたちに伝わった。
それが起爆剤となったのかはわからないが、様々なギルドが手を組み、第四エリア突破へ向けての攻略を急ぎ始めたという。第四エリアのボスであるフロストジャイアントは、ギルド単位で組まないと攻略は難しいからな。
そのため、僕ら以外のクランもいくつかできているようだ。
彼らより一足早く第四エリアを抜けた【エルドラド】なんかは、血眼になって他の城はないかと第五エリアで情報を集めているらしい。
この城を奪う方法を企んでいるなんて噂もあるが、許可した者しか入れない印籠システムがある以上、おそらくは無駄だと思う。
それ以前にこの城以外にも城はあるんだろうか。この一つだけということはないと思うが……。
生産職、特に建築関係のスキル持ちはさっそく作業に入っている者もいるようだ。
霧骸城から白銀城に変わった時にあった大きな変化は二ノ丸、三ノ丸にあった櫓などが無くなったことだ。
攻め込まれることがないならば、別になくても困らないとも思うんだけど、万が一がないとも限らない。
それに『城に櫓がないなんてカッコがつかない』という、なんとも俗っぽい多数の意見により、再建される事になった。
僕としてもやっぱり城には櫓があったほうがしっくりとくるので再建には賛成だ。
ギルド【ゾディアック】のピスケさんなんか、かなり張り切って建築を進めている。
彼の人見知りもいくらかはマシになってきたようだ。他の【建築】スキル持ちのプレイヤーともそれなりにやりとりができている。人って成長するんだなぁ……。
「クランの方ではあんまり僕らは役に立たないかな」
【セーレの翼】を使ってレア素材を集める、なんてこともできなくはないが、ソロモンスキル持ちだとバレるしな。
そもそももう【セーレの翼】による利点があまり無くなってきているんだが。他のプレイヤーたちが行けてないのは残りの第六エリアだけだし。
まあ、他の領国の素材も集められたりするけど。
銃に使う素材なんかは【怠惰】ではほとんど手に入らない。だけどそれも隣の領国に行けるようになった今、いずれ解消されるだろうしな。
あとはシークレットエリアにも行けるってとこと、短距離の瞬間移動くらいか?
まあ他の領国に自由に行けるってのは大きなアドバンテージなのかもしれない。
「いやいや、そりゃあいずれは全部の領国に行き来できるようにはなるだろうけどよ。今現在はとんでもないスキルだと思うぞ」
というようなことを、ここ【傲慢】の領国にいる奏汰……もといソウと歩きながら話していた。
今日はソウの所属する【銀影騎士団】で、Aランク鉱石とAランク木材を取り引きするためにやってきた。
【傲慢】の領国は第四エリアまでで、まだ第五エリアへは行けてはいない。
【傲慢】の領国にある大砂漠にいる、メガサンドクローラーという大ミミズがボスらしい。
ソウたち【銀影騎士団】も二度挑戦したそうだが、失敗したという。
「僕らみたいにいくつかのギルドで集まって挑戦すればいいのに」
「うーん……。【銀影騎士団】はさ、【傲慢】ではけっこう大手のギルドなんだけど、他にも同じ規模のギルドが二つあんだよ。で、他二つのギルドとはあんまり仲が良くなくてな……」
なんとなくソウが言わんとしていることがわかった。よそのギルドをボス討伐に誘うと、その残り二つの大手ギルドからその誘ったギルドが睨まれるってことか。
「面倒くさいな」
「面倒くせぇんだよ」
大手ギルドに睨まれてしまうと、なにかとやりづらくなる。【月見兎】も【エルドラド】に睨まれちゃいるが、あそこが本当に敵視しているのは元同じギルドメンバーである【ザナドゥ】だからな。
その【ザナドゥ】がクランに参加したと聞いたら、【エルドラド】もクランを作ろうとするんじゃなかろうか。
クラン【白銀】よりも、ギルド【エルドラド】の方が人数は多いんだけどね。
「ま、それでシロから手に入りにくい鉱石と木材を譲ってもらって、装備を一新しようって考えたのさ」
「いや、というか、なんでそんな話になった?」
「いやいや、お前のせいだろ。ハルの【フローレス】にとんでもない装備売りやがって。すぐにあれはどこで手に入れた、どんな素材を使っているんだとか、とんでもない騒ぎになったんだぞ?」
あー……。まあ、あの装備ならそうなるかぁ……。
ソウの双子の妹であるハルの所属するギルド【フローレス】の装備は、Aランクの素材を山ほど使い、熟練生産職であるリンカさんとレンによって作られた物だ。騒ぎになってもおかしくはない。
「ハルのやつを締め上げたら吐きやがった。【硫黄の玉】なら俺らも持ってたのによ。俺にも声かけろってんだよ」
「いや、ハルのやつが黙ってろっていうから」
銃の素材となる【硫黄の玉】を手に入れるため、ハルの所属するギルド、【フローレス】に依頼したわけだが、結局はソウにバレたらしい。まあ、どうせそうなるとは思っちゃいたが……。
ま、そんなこんなで今日の取引なわけである。ついでに、というわけじゃないが、リンカさんが作った放出してもいい、いくつかの装備を持ってきた。高く売れるといいけど。
「着いたぜ。ここが【銀影騎士団】の本拠地だ」
「おお……。なかなか立派な建物だな」
【傲慢】の第二エリアにある町、『ライオネック』。その北の外れの方に【銀影騎士団】の本拠地はあった。
城、とまではいかないまでも、砦のような佇まいのその建物は、簡単な石造りの城壁にぐるりと囲まれていた。正面にはちゃんと大きな門もある。
町中でモンスターに襲われることはないと思うから、形だけの城壁なんだろうけども。
「ふふん、そのうちもっと大きな城を手に入れてやるぜ!」
「僕らはこの前手に入れたけども」
「ちくしょう! いいなあ! 羨ましい!」
ドヤ顔から悔し顔に急降下するソウ。ま、正確には【月見兎】のではなく、クラン【白銀】のものなんだけどな。
「とにかく団長……ギルマスに紹介するよ。こっちだ」
僕はため息をついて歩き始めたソウについていき、【銀影騎士団】の城門をくぐった。
◇ ◇ ◇
「ようこそ【銀影騎士団】へ。私が団長のレオンだ」
「どうも。シロです」
そう言って本拠地の応接室で握手してきたのは三十手前くらいの【竜人族】の男性だ。名前が獅子なのに竜人とはこれいかに。
栗色の髪に顎髭を生やした、いかにもダンディと言わんばかりのキャラに、装備は全身鎧。【銀影騎士団】というだけあって、ギルマスもジョブは『騎士』らしい。
そしてその背後には金髪ロングの【魔人族】の女性騎士と、長い髭を三つ編みにしている【地精族】がいた。
「こっちは副団長のレオナとバルトだ」
「初めまして」
「よろしくな」
副団長か。レオナさんの方も団長と同じく『騎士』っぽいな。【地精族】のバルトさんは戦士系だろうか。それとも生産職かな? 【地精族】はDEXが高いからな。
一応、この部屋には僕とソウ、団長さんらの五人しかいない。秘密を知る者は少ない方がいい。
「それで例の件だが……」
「あ、はい。ソウに伝えた通り、僕のことを黙っていてもらえるなら取引に応じます」
「入手先も取引相手も一切聞かないこと……だったね?」
レオンさんの言葉に僕は小さく頷く。
Aランク鉱石なら第五エリアに進めばおそらく【傲慢】でもそのうち見つかる。大きく値崩れする前に今のうちに売ってしまえというわけだ。
「兄さん、今のところランダムボックスかガチャでしか手に入らないAランクの素材ですよ? それだけの価値はあると思います。出所なんてどうでもいいじゃないですか」
少し興奮気味にレオナさんがレオンさんに声をかける。ああ、名前が似ていると思ったら兄妹なのか。
「うむ。どんな伝手があろうと現物があるなら金に糸目はつけん。奴らより先に第五エリアに行けるのならな」
バルトさんもレオナさんの意見に大きく頷く。奴らってのは【銀影騎士団】と仲の悪い二つのギルドのことかな……?
「じゃあ、その現物を出しますね」
僕はインベントリからAランク鉱石が入った大きな木箱と、Aランクの木材の丸太を何本か応接室の絨毯の上に取り出した。
「ぬおっ!?」
「これは……!」
レオンさんとバルトさんが目を見張る。レオナさんは空いた口が塞がらないようだ。なんだかんだで溜め込んでいたからなあ……。ま、これくらいなら影響はない。
「間違いなくAランクの素材だ……! それも聞いたこともねえ鉱石ばっかりだぜ……」
バルトさんがAランク鉱石を木箱から取り出して確認している。【鑑定】を持っているのか。やはり生産職かな?
「あとこれはついでなんですけど……よければ買ってください」
リンカさんとレンから渡された装備一式を取り出して絨毯の上に並べる。武器は剣に槍、斧に短剣、弓に杖に至るまで、防具は全身鎧から部分鎧、コートやマント、ブーツやスカートに至るまで。
なんだろう、まるでフリーマーケットでもやってる気分になってくるな。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、ってか。
ちなみに全ての品には値札がついている。みんなからは値切り交渉は一切受け付けるなと言われてます。丸め込まれそうだからだって。失礼な。
「なっ!? なんだこの数値……! どれもこれもうちの装備より上じゃねぇか!」
「ちょっと!? こっちの弓、とんでもない付与がついてるんだけど!?」
「こ、これを売ってくれるのか!?」
「ええ、まあ。値段ついてるでしょ? その金額なら。値下げはしません」
はっきりと言ってやった。値下げはしないぞ。定価? で買うのだ。
「この金額なら充分過ぎるわ……。むしろ安くて悪い気がするわよ……」
……あれ? 価格間違えた? でもリンカさんとレンからこの金額で、と言われているしな……。【怠惰】と【傲慢】だと、レートが違うのかな?
「お前んとこ、こんないい装備使ってんの!? そりゃ第五エリアに行くはず……」
「おっとぉ!? 値下げはしないって言ったろ、ソウ!」
余計なことを言いそうになったソウの口を塞ぐ。僕も【傲慢】のプレイヤーってことになってるんだから、余計なことは言うなっての。
今のところ第五エリアに足を踏み入れたのは【怠惰】と【憤怒】の領国だけだからな。さすがに身バレするだろうが。
「どうだ、バルト」
「全部品質は間違いねえ。ただ、それをこの金額で、となると、何か裏があるんじゃねぇかと疑っちまうがな……」
団長さんとバルトさんがそんな話をしている。裏なんかないんだけどな。
「疑いすぎだろ。こいつは俺のリアル友達だから、そんなことはしねえよ」
「まあ、買わないってんなら別にいいけど」
ソウの言葉に僕もそう続ける。お金にはそれほど困ってないから、ここで売れなくても問題はない。ソウに頼まれたから売りに来ただけで、絶対に売らなければならない理由はこちらにはないのだ。
「いやいや! 買うよ! 買わせてもらう! これらが【パレード】や【グランギニョル】に流れたら目も当てられない。団員から突き上げを食らってしまう」
慌てた様子でレオンさんがそう捲し立ててくる。【パレード】や【グランギニョル】ってのが、【銀影騎士団】と同じ、【傲慢】の大手ギルドかな? そっちには伝手は無いから売ることはないけども。
「これで次こそメガサンドクローラーを倒すことができるな」
「ああ。第五エリアに一番乗りするのは【パレード】でも【グランギニョル】でもない。私たち【銀影騎士団】だ」
「第五エリアがどんなところか楽しみね!」
レオンさんたちが熱く語りあっているが、僕はなんとも言えない気持ちでそれを聞いていた。
うん、僕と【スターライト】のみんなで【傲慢】の第五エリアって行ったことあるからさ……。
火山があってドラゴンがいるよ? しかもレッドなやつが。そこの火山でAランク鉱石が出るから。
だけど『魔王の鉄鎚』は多分もう出ないと思う。すみません。
そういえば【怠惰】の領国にも『魔王の鉄鎚』と同じようなものが存在するのかな?
確かジェシカさんが言ってた『七つの大罪』? とかでは【傲慢】を象徴するのは魔王ルシファーだとか。【怠惰】は……ベルフェゴールだったか?
【怠惰】にもそういったアイテムがあってもおかしくはない。
銀竜が知ってるかもしれないな。今度聞いてみるか。
「いや、本当に助かった。だけど本当にこの金額でいいのかい?」
「ええ。お金はそれで。あ、もしあるならでいいですけど、『硫黄の玉』ってあります?」
『硫黄の玉』は銃を作るのに必要な素材だ。この後、リンカさんが新たな銃を作るか、僕の短剣銃『ディアボロス』を改良する時に必要になるかもしれないからな。【傲慢】で銃が広がる前に、今のうちに押さえときたい。
「『硫黄の玉』か? 確かギルドの共通倉庫に二つばかりあったな」
「私、一つなら持ってるわよ」
【銀影騎士団】の倉庫にあった二つとレオナさんが持っていた一つ、計三つの『硫黄の玉』を売ってもらった。リンカさんにいいお土産ができたな。
よし、取引完了。ミッションコンプリート、と。
取引を終えた僕は【銀影騎士団】を後にし、ついでにハルの所属するギルド、【フローレス】の本拠地である喫茶店に足を向けた。
町外れの丘の上にポツンと立つ喫茶店。リアルならば客なんか全く来ないようなところに【フローレス】の本拠地は立っていた。
お金目当ての店じゃないから、客なんか来なくても問題ないんだろうな。ギルド【カクテル】の本拠地であるバーもそんな感じだし。
「だからお断りだって言ってるでしょう?」
店に入ると【フローレス】のギルマスであるメルティさんの大きな声が響いてきた。
カウンターの中にはメルティさんとエプロンをした【フローレス】のギルドメンバーである女性が一人。
それに対面し、彼女らに睨まれているのは五人の男。
「それは俺たち【グランギニョル】に刃向かうってことか?」
目つきの悪い【夢魔族】の男がニヤつきながらメルティさんたちを睨み返す。
おっと、なにやらただならぬ気配……。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■七つの大罪
そもそもは『七つの死に至る罪』であるが、人間を罪に導く感情、あるいは欲望を表したものである。もともとは『暴食』『色欲』『強欲』『憂鬱』『憤怒』『怠惰』『虚飾』『傲慢』の八つだったが、『虚飾』は『傲慢』に、『憂鬱』は『怠惰』に統合され、新たに『嫉妬』が加わり、今の形となった。
また『知恵』『勇気』『節制』『正義』『信仰』『希望』『博愛』の七つの美徳というものもある。(諸説あります)