■145 『トゥストラ』と『デイストラ』
銀竜とウルスラさんたちが消えたあと、城の中はとんでもない騒ぎになった。
なにかのイベントではないかと騒ぎ出す者、竜をテイムできるヒントがないかと検証する者、動画編集をして公開しようとする者などで、とてもクラン結成の話どころじゃなかった。
そんな中、僕のメールボックスに、ピロン、と一通のメールが届く。
『お騒がせ致しました』との件名で、ウルスラさんからだ。
内容は今回のことの説明をするから一度【桜閣殿】に来てくれとのことだ。ですよねー……。
間違いなく【帝国】絡みなんだろうなァ……。【帝国】というか、ミヤビさん絡み?
見なかったことにしてスルーしたいところだが、後々厄介なことになるのも面倒だし……。
「仕方ない、行ってくるか」
「どこにです?」
「ああ、いや、なんでもない。ちょっと野暮用でね」
首を傾げるレンに適当な言い訳をして、僕は【セーレの翼】で一旦【星降る島】に戻り、そこからポータルエリアを使って【桜閣殿】へと跳んだ。
そこには桜吹雪舞う銀色の金閣寺を背景に、土下座(?)というか、地面に五体投地しているこれまた銀色の竜の姿があった。
『り、【龍眼の君】とはいざ知らず、ご無礼をば致しました! ななな、なにとぞご寛恕のほどをお願い申し上げます! どうか! どうか氏族の根切りだけはご勘弁を!』
「いや、物騒だな!?」
こちらが引くほどガタガタと震える銀竜を見て、僕はなんとも言えない気分になる。
これって明らかに僕の背後にいるミヤビさんにビビってるだろ……。
「……ウルスラさん、説明してくれます?」
銀竜の傍らに立つウルスラさんに詳しい説明を求める。なにがどうなってこうなっているのか。
「ご存知の通り、『DWO』ではNPCを【連合】、【同盟】、【帝国】の者が担当しているのですが、ゲーム内での種族に種族特性が近い種族が担当する場合が多いのです。例えば……」
ウルスラさんがポップウィンドウを空中に広げてある画像を呼び出した。
左側には僕らが見たことのあるNPCのコボルト、右側には頭だけが犬の人間が、服を着てソファーで寛いでいる画像が映っている。
「コボルト族を担当しているのは、ケルダー星系の惑星バウワンを母星とするバウワン星人です。彼らの生活文化はコボルトの種族特性と近く、精神的にも負担が少ないのです。VRとはいえ、実際とあまりにも乖離した生活環境だと精神的な苦痛になりますから」
言わんとしていることはわかる。極端な話、ゲームの中だけだとしても、奴隷として家畜のように扱われるとか、ひたすら同族と殺し合いを続けるとか、そんな環境に置かれたら精神的に参ってしまう。
そりゃ現実世界と価値観が同じ環境の方が居心地がいいに決まっているよ。
「で、当然ですが、『DWO』でも最高位の種族がいくつか存在します。その一つが『竜』ですね。この竜族はモンスターではなくNPCとして、プレイヤーたちの敵となり、また味方になるような存在なのですが、この竜族を担当しているのが、惑星ストラの少数民族、『ストラ族』なのです」
「ひょっとしてそのストラ族って……」
「はい。皇帝陛下に連なる一族です」
やっぱりか。まあ、そうじゃないかとは思っていたけど……。
「ってことは、『DWO』に存在する竜は、全員ミヤビさんの一族ってこと?」
『と、とんでもない! 皇帝陛下は『トゥストラ』であります! 我らとは比べるべくもなく、神のような存在で……!』
這いつくばった銀竜が震える声でそうのたまう。『トゥストラ』? またわからんワードが……。
「【龍眼】を受け継いできた系譜ということです。ストラとトゥストラは全く別の存在で、彼らの上位種ですね。地球の言葉に直すと『ストラを従える者』、『絶対なる支配者』というような意味です」
またなんとも大仰な……。
あれ? 【龍眼】を受け継いできた系譜って……ひょっとしてその『トゥストラ』ってのに僕も入ってる……?
「今現在、【龍眼】をお持ちなのは殿下ですので、どちらかというと、真の『トゥストラ』は陛下ではなく殿下でしょうね」
『やはり【龍眼の君】でしたか……! しかもすでに継承がお済みとは……! 新たなるトゥストラの誕生に寿ぐことをお許し下さい!』
ヤバい。なんか話がどんどん大きくなっていってる気がする。これ、どう扱ったらいいんだ……?
「あー……。事情はわかった。だけどもそう畏まらないでいいよ。僕自身、自分を地球人だと思っているし、特別な力なんかないし」
『……え? ですがトゥストラは────』
「そこまでじゃ」
訝しげに口を開いた銀竜の声に被せるように、背後から聞き慣れた人物の声がした。
振り向くと、ノドカとマドカを左右に従えたミヤビさんの姿が。
突然のミヤビさんの登場に、ウルスラさんを含め、立っていた桜閣殿の人たちが、一斉に膝をつく。
「真紅から知らせを受けての。まあ、いつかはこういう出会いもあるかと思っていたが、けっこう早かったのう」
真紅さんから? あの人(人というか宇宙戦艦だが)『DWO』の中まで監視してんのか……。
面白いくらいガタガタ震える銀竜を横目に僕は先ほどから疑問に思っていたことをミヤビさんに聞くことにした。
「あの、その『トゥストラ』? ってやつ、本当に僕もなんですか?」
「当たり前じゃろ。【龍眼】に認められた以上、其方は間違いなく『トゥストラ』じゃ。そこなストラたちの王であり、支配者じゃ」
ストラってのはそこにいる銀竜のことを示しているのだろう。ストラの王? いつの間にか王様になってたよ、オイ……。
『あ、新たなるトゥストラの誕生を心よりお祝い致します! 『DWO』にいる同胞たちに直ちにも知らせ、集合するよう……』
「いやっ!? それはちょっと待って! 竜がそんなゾロゾロとやってきたらパニックになる!」
プレイヤーたちだけじゃない。『DWO』の他の宇宙人《NPC》たちも、運営の人たちも、なにが起きたのかと大騒動になるのは間違いない。
下手をすればそこから僕の身の上がバレる可能性もある。そうなればミヤビさんたちの言う不埒な宇宙人や人間たちに狙われ、僕の平穏な生活が脅かされるかもしれない。
ノドカとマドカというボディガードがいるから、身体的な安全面では心配ないのかもしれないが、それとこれとは別である。なにより精神的にしんどい。
だいたいなんでこの銀竜に僕が【龍眼】の持ち主ってバレたんだろ?
「かかか。ストラたちにはトゥストラを感じることができる。ま、遠くなるとわからんがの。まさか『DWO』内でもそれが働くとは思わんかったが」
ちょっと待ってよ、そんなテレパシー的な力があったら逃げられないじゃん……。
というか、やっぱりこの銀竜が霧骸城へ来たのは僕のことを感じたからなのか。みんなに迷惑をかけてしまったなあ……。
「ま、シロならそういうと思ったから、わらわが来たわけじゃ」
ついっ、とミヤビさんが僕の額に人差し指と中指を当てる。あっ、と思った時には遅かった。
「熱っづ!?」
焼きゴテに触れたような熱さを額に感じ、思わず仰け反る。くそっ、またかよ! VRでは強い痛覚はカットされてるはずだろ!? 運営さーん! ここにルール違反する奴がいますよー!
「これで直接触れたりせん限り、ストラに見つかることはないじゃろ。安心して遊ぶがよい」
ひりひりする額を押さえて悶絶する僕に、ミヤビさんがそうのたまう。それが本当ならありがたいことだけどもうちょっと痛くない方法はなかったのか。
「さて、問題はこやつじゃが……」
ミヤビさんが横目でじろりと銀竜に視線を向ける。蛇に睨まれた蛙ってのはこういうことを言うんだな、と初めて知った。正確には狐に睨まれた竜だが。
『な、な、な、なにとぞ寛大な御処置を……!』
もう可哀想なくらい怯えきっている銀竜をさすがに見ていられなくなり、僕は助け舟を出した。
「口止めするだけで問題はないんじゃないですか? ウルスラさんに捕まってから誰とも連絡はできなかったみたいだし」
僕がそう言うと銀竜は細かくコクコクと高速で頷いた。
「ストラの中にはトゥストラを軽視する輩もいるのじゃ。そんな奴らにシロのことがバレるとちと面倒なことになるからのう」
ストラも一枚岩ってわけじゃないのか。王様に反抗する奴らもいるってことか?
「若い奴らほどそういった傾向が強い。もっともわらわにそんな態度をとった奴はこの世におらんがな」
「みんな逆らうのはまずいって、初めからわかってたってこと?」
「違うわ。もうこの世におらんということじゃ」
あー……、そういう……。
逆らったり舐めた態度をとったストラを粛清してきたってことかね。だとしたら銀竜のこの怯えっぷりも納得できるな……。
確かに僕はミヤビさんのように強くもないし、特別な力を持っているわけでもない。そんな奴が『僕がトゥストラです』と言ったところで『ざけんな! 認めねー!』となってもおかしくはないよな。
まあ、ミヤビさんを恐れて表面上には出さないかもしれないが……。
「やはり後腐れなく処分するか、」
『ひっ!?』
「とも思ったのじゃが、そこまですることはあるまい。だが『誓約』は受けてもらうぞ」
『はっ、はは!』
九死に一生を得たような声を上げ、銀竜が再び頭を地面に擦り付ける。
ミヤビさんの指が銀竜の鼻先に触れたかと思うと、バヅン! と、なにか張り詰めていたものが千切れるような音がした。
『がッ!? おぐッ!? うご……!』
銀竜が痛みを堪えるように悶え苦しんでいる。あれ、これって僕がさっきやられたやつと同じようなやつか?
よく見ると銀竜の額になにやら紋様のようなものが浮かび上がっている。あ、消えた。
紋様が消えたと思ったら、銀竜が苦しみから解放されたように、ぐてっ、と全身を弛緩させていた。
「……なにしたんです?」
「なに、シロのことを話したくとも話せんようにしただけじゃ。こやつが黙っておれば問題はないからのう」
「字で書いたりとか、伝える方法はいくらでもあるんじゃ?」
「そこらも含めて『誓約』で縛っとる。伝えようとしただけで燃え尽きるの」
燃え尽きる!? なにが!? 銀竜自体が……!? 相変わらずとんでもないな、この女皇帝様はよう……。自分のご先祖様ながら怖いわ。
「まあ、とりあえずはこれで大丈夫じゃろ。シロは気にせずこの世界で好きなように遊べばよい。邪魔する者はわらわが排除してやるからの」
いや、過保護にもほどがあるから。まるで母親に見守られてゲームをしているような気分になるから、あまり干渉するのはやめてほしい……。今回のは助かったけど……。
とりあえずミヤビさんに礼を言って、ノドカとマドカを連れてログアウトすることにする。
はぁ。結局、城の名前もクラン名も決まらなかったな。みんなまだ考えているんだろうか。銀竜の件でそれどころじゃないかな?
撮影してたプレイヤーもいたし、編集作業とかしてるのかもなあ。
あとで動画チェックしておこう。
◇ ◇ ◇
「さて……」
シロとノドカ&マドカがログアウトすると、ミヤビはあらためて五体投地している銀竜へと眼を向けた。
「銀のストラよ。『DWO』に『デイストラ』は何人おる?」
『え、と……そ、その、自分の知っている限りでは三人、かと……』
「ふむ。思ったより少ないの」
ミヤビは顎に手をやり、少し考えるそぶりを見せた。
ストラと呼ばれる種族を統べるのが『トゥストラ』である。
『トゥストラ』には『真の王』という意味もある。それに対して『デイストラ』とは『王候補』という意味があった。
つまりは『トゥストラ』になりうる可能性を持つ者、という意味である。
「既に継承の証は立っておる。シロの元に【龍眼】があるのじゃからな。普通なら文句をつけることなぞできんはずじゃ。……普通ならば、な」
「普通ではない、と?」
主君の呟きにウルスラが疑問を投げかける。
「【試練の儀】も無しに【龍眼】を掻っ攫われては文句の一つも言いたいじゃろうな。本来ならば自分が、と」
ミヤビにしてみれば『トゥストラ』の座など、一惑星の王の座でしかない。
ストラの一族は確かに強い。しかしその種族を飛び越えて、まさに突然変異とも言える強さを持つ者が彼女である。その強さは歴代の『トゥストラ』の中でも遥かに抜き出ており、もはや別種族といえる。
ストラは確かに種族としては強いが、個体でならばそれ以上の強さを持つ者など宇宙にはゴロゴロいるのだ。
突然変異種や、進化個体など、通常の枠から外れた強者たちを、ミヤビがその力を持って支配するのが【帝国】である。
ここにいる銀竜とて、【帝国】の将軍たちからすれば、良くて一隊長クラス、悪ければ一兵卒レベルだと判断されるだろう。
故に『デイストラ』といえどもミヤビにとってはさしたる障害ではない。文句を言ってきたら消し炭にするだけだ。
「わらわは構わんのだがな。シロの方に絡む可能性がある。まあ、『DWO』ならいくら絡んでも問題はないが……」
「消しますか?」
「それでもよいが……シロが【龍眼】の力を引き出すきっかけになるかもしれん。よほどのことがなければ手を出さんでよい」
仮にも主君と同じ一族、それも王候補を『消す』とあっさりと言いのけるウルスラ。『帝国の三巨頭』の名は伊達ではない。
横で繰り広げられる物騒な話に、銀竜は『聞いてない。聞いてないよー』とばかりに耳を両手で塞いだ。
「くくく……」
「なにか?」
突然笑い声を漏らしたミヤビにウルスラが首を傾げる。
「いや、まさかわらわが跡継ぎのことでこんなにも心を砕くことになるとは、と思っての。親というのは大変なものじゃなあ」
「あいにくと私は独身なのでよくわかりませんが」
『帝国の三巨頭』のうち、独身はウルスラだけである。元帥であるガストフには妻が数えきれないほどいるし、宰相であるマルティンには長年連れ添った愛妻がいる。親の気持ちなどわかるわけがない。
「なんじゃ、お主、まだ独り身か。見合いの一つもすればよいのに」
主君の言葉に余計なお世話だと言わんばかりにウルスラは押し黙ったが、その背後からさらに余計な声が飛んできた。
「いえ、長官は何度かお見合いをしているのですが、ことごとくお断りされていまして……」
「確か先月も一件」
「え? 私、二件って聞いたけど」
「緊張しすぎてお見合い会場の壁をぶち壊したって……」
「惑星ジュノスのメガゴリラより力があるからねぇ……」
「性格は可愛いもの好きなのにね」
「眼帯とかして見た目が厳ついから……」
「ハート型の眼帯とかにしたらいいかも」
「貴様らぁぁぁぁぁぁ! そこに直れェェェェ!」
わーっ! と蜘蛛の子を散らすように逃げる部下を追いかけるウルスラ。
それを見て『かかか』とミヤビは楽しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
ノドカとマドカを連れてログアウトした僕は、ちゃっちゃと晩御飯を作った。
今日の献立はサンマが安かったのでサンマ定食だ。
ご飯に味噌汁、サンマの塩焼きに冷奴、きんぴらごぼう、胡瓜の浅漬けと、なんだか朝食みたいな献立になってしまったが、問題はあるまい。
ノドカとマドカも器用に箸を使い、サンマの骨を取り分けていく。
「美味しいです!」
「美味しいの!」
この子らは基本的にどんなものでも美味いと言うが、やはりこうして言われるのは嬉しいよな。
食事が終わって後片付けをしてからお風呂に入り、軽く明日の予習を済ませてからVRドライブを起動する。
『DWO』の公式動画サイトにおける【怠惰】の情報を探る。
やはりというか、当然というか、そこでは銀竜の話題で持ちきりだった。
「うわぁ……。けっこうはっきり映ってるなあ」
動画の一つを再生すると、銀竜が霧骸城にやってくるところから、ウルスラさんに押さえつけられるところまでがはっきりと映っていた。動画の中に僕の姿も映ってら。もっとも顔は目線消しが入っているけど。
ログアウトしてから一つ気になっていることがあった。
銀竜が竜言語で話したあの言葉……あれは普通の人には理解できない言葉なのだろう。
だがもしも……もしも銀竜と同じようにNPCとして竜を担当している『同族』とやらが、この動画を見たなら僕のことが気付かれてしまうのでは? という不安があったのだ。
しかし実際に動画を見てみると、そのシーンに聞こえてくるのは、銀竜の、
『ゴガァァァァァォォォォアアアァァァァ!?』
という咆哮だけで、竜言語は特に聞こえなかった。これは銀竜がテレパシー的なもので僕にしかわからない言葉を使ったのか、録音には竜言語は記録されないのか……あるいは【帝国】側が何か手を回したのか。
とにかく杞憂で終わったようでホッとした。
動画の方は銀竜もそうだが、それを押さえつけた謎の集団についても意見と憶測が飛び交っている。【竜使い】の一族ってなんだよ……。そんな職種聞いたことないわ。
僕は動画サイトを閉じ、代わりにクラン名提案共有リストのメモ欄を開いた。
「【銀竜の箱庭】、【銀の騎士団】、【イグニッション】、【ドラグーン】、【スィーツデザート】、【シルバーニアファミリー】、【銀月の夜想曲】、【トーラス・コーラス】……。銀竜に関するような名前が多くなったな。まああんな騒ぎになったんだから仕方がないと思うけど……」
つーか、トーラスさん、まだ書き込んでいたのか……。【トーラス・コーラス】って合唱団じゃないんだからさ……。ぶっ!?
その後の【トーラス・コーロス】に僕は思わず吹き出してしまう。これもおキャンさんだろ……!
それから寝るまで僕もいくつかの名前を考えてみたが、あまりしっくりとくるものはなかった。
ネーミングセンスってどうやったら鍛えられるんだろうね……。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■秋刀魚
『秋刀魚』と書いてサンマ。秋の味覚を代表する食材の一つで、日本では塩焼きにし、柑橘類の搾り汁や、醤油、ポン酢を大根おろし添えて食べることが多い。
『秋刀魚』という漢字表記は比較的新しく、大正時代以降とされている。佐藤春夫の詩『秋刀魚の歌』で、広くこの漢字が知れわたるようになったという。




