■144 白銀の竜
散々苦労して霧骸城を攻略した僕らだったが、これといってボスキャラ報酬のような物はなかった。
そもそも両面宿儺はこのエリアのボスではないし、この攻城戦自体、なにかのイベントでもないのだ。勝手にモンスターの集まるところへ出向いていって、無慈悲にも彼らの住処を荒らし回ったわけで。
そう考えると僕たちはなんて無法者なんだろうかとも思う。まあ、そこらへんはゲームなんだから大目に見てくれ。
城内にもこれといったお宝はなかった。
しかし、それよりも大きな報酬は確かにあったのである。
それはなにかというと、攻略した城そのものだ。
霧骸城の初回攻略報酬として参加したプレイヤーみんなに与えられたのは、手のひらサイズの『印籠』だった。
これはこの城に自由に入れる入城許可証のような物で、お金と引き換えに改築・改装ができるというアイテムでもあった。
つまり、僕らはこの城を自由に改造する権利を得たのである。
これには次に霧骸城を攻略しようとしていた他のプレイヤーたちはかなり落胆したようだった。
僕らもてっきりまたモンスターがポップして、次の日からまた攻略戦が始まると思っていたから本当にびっくりした。この初回特典はとんでもないと思う。
僕らは第五エリアに入って早々に、とんでもないお宝を手に入れたわけだ。
おどろおどろしいボロ城が、一夜にして白壁の美しい城に変化し、まさに生まれ変わったという感じだった。
「クランを作ろうかと思う」
かつて城主であった両面宿儺がいたであろう天守に集まったプレイヤーに対して、【スターライト】のリーダーであるアレンさんがそう切り出した。
「クラン……確かギルドのさらに大きい集まりでしたっけ?」
レンがそう尋ねるとアレンさんが小さく頷いた。
「そうだね。複数のギルド、あるいはプレイヤー同士が集まったさらに大きなグループのようなものかな。『DWO』ではそうなっている。といっても、ギルド結成の時のようにあまり特典はないけどね。共有金庫と共有倉庫ができるくらいで」
アレンさんの言葉に続いて同じ【スターライト】のセイルロットさんが補足説明を始める。
「というか、この城をどうするか、ってなった場合に、それしか方法がないんですよ。放棄するって手もありますけど、もったいないじゃないですか。クランを作り、みんなの物、とした方が揉めないでしょう?」
まあねぇ。みんなで分けられる物じゃないし、お金で解決できる物でもないし。
いろんな施設を作ってクランメンバーがそれを利用できるってんなら、悪い話じゃないと思う。
「あくまでクランってのはギルドやプレイヤーの集まりに過ぎない。ああしろこうしろという強制力はないが、みんなの迷惑になっている者は除名する。幸い、この『印籠』にはそういう機能があるし」
『印籠』には様々な機能があるが、そのうちの一つに『所有者権限の剥奪』という項目がある。
霧骸城の『印籠』は全てリンクしており、持っている者全体の九割が同意すると、プレイヤーの『印籠』を剥奪できるらしい。
当然、剥奪されたプレイヤーは霧骸城に入れなくなる。といっても、入れなくなるだけなので、所属しているギルドなどから追い出されるわけではない。まあ、そんな問題を起こした奴をギルドメンバーとして残しておくかというと疑問だが。
『印籠』は同じギルドメンバーであれば、一つあれば複数人城に入れるので、新たにメンバーが加わっても問題はないと思う。
実際、トーラスさんの【ゾディアック】なんかは半数以上が不参加だったから、『印籠』は人数分ないしね。
実を言うと、僕だけは【セーレの翼】があるので、自由に入れたりするのだが、それは内緒にしとこう。
「クランを作ることには賛成です。でもそれよりも先に決めないといけないことがあるんじゃないですか?」
小さく手を上げてそう切り出したのは【ザナドゥ】のギルマス、エミーリアさんだった。
クランができれば【ザナドゥ】はこの中では最大人数のギルドになる。そのギルマスであるエミーリアさんがクラン結成よりも優先すべきことがある? いったいなんだ?
「まずはこのかわいくない『印籠』の家紋をどうにかしましょうよ! あとお城の名前も! 『霧骸城』じゃおどろおどろしくていけません!」
ああー……とみんなから納得の声が漏れる。
『印籠』にはどこぞの御老公が持つアレのように、家紋のような紋章が描かれているのだ。
その紋章ってのが髑髏の横顔が左右にくっついているっていう悪趣味なもので……。とにかく女性に不評なのである。
男性側からすると『これもアリなんじゃね?』という声もあるのだが……。これって両面宿儺のマークなんだろうなァ……。
幸い『霧骸城』の天守にある設定パネルから変えられるみたいなので、先にそれをしてしまおうとエミーリアさんは言っているのだろう。
「それはいいけど。紋章も城の名前も、ああクラン名もか。なにか候補はあるの?」
【六花】のアイリスがエミーリアさんに向けてそう尋ねる。アイリスもこの髑髏の紋章は嫌だったのだろう。まあ、気持ちはわかるけど。
それに対して勢いよく手を挙げたのは、エミーリアさんではなく、トーラスさんであった。
「まかしとき! わいにとっておきのデザインとクラン名が、」
「却下」
「なんでやねん!? 聞くぐらいしぃや!」
にべもなく却下したのはトーラスさんと同じ【ゾディアック】のメンバー、おキャンことキャンサさんだった。
「あんたのネーミングセンスの無さと趣味の悪さにどう期待しろってのよ、馬鹿トーラス」
無慈悲なお言葉だけど、トーラスさんの店を知ってる者はみんな、うんうん、と頷いていた。まあ、あの店を見るとお世辞にもセンスがあるとは言い難いなあ……。
「ちなみにどんなクラン名を?」
「よく聞いてくれたで、シロちゃん! 『トーラスと愉快な仲間たち』って、」
「あ、もういいです」
「酷っ!?」
ちょっと興味本意で聞いてみたがやっぱりセンスなかった。無駄な質問をしたな……。
どっちにしろクラン名が決まらないと紋章も決まらないだろう。
結局、城の名前も含めてみんなからいくつか候補をあげてもらい、投票で後日決めてもらうということになった。
とりあえず今浮かぶものだけでもと、共有リストのメモ欄に次々とクラン名が並んでいく。
「【箱舟】、【フォーチュナー】、【ビヨンド】、【星】、【幕の内弁当】、【ボン・ボヤージュ】、【フリューゲル】、【エスペランサ】、【怠惰旅団】、【トーラスと愉快な仲間たち】、【百花繚乱】、【ヴァルハラ】、【チートニート】、【異邦人】、【那由多】、【いろとりどり】、【首狩り族】、【アンリミテッド】……。よくこんなに浮かぶなあ」
なんか変なのも混じってるけど……。この【首狩り族】ってなんだ? 僕のことか?
百人近くがアイディアを出し合えば、それなりにまともなやつが出てくると期待したい。
というか、諦めてなかったのか、トーラスさん……。
「シロさんはどれがいいですか?」
「うーん……よっぽど変なのじゃなけりゃなんでもいいかな。そもそもクランっていってもこの城を使うための名義みたいなものだし。基本はギルド単位で行動するから、言ってみれば町内会の集まりみたいなもんだしね」
「町内会の集まり、ですか」
お嬢様なレンはいまいちピンときてないようだが、僕らの基本的な集まりは、やはり【月見兎】というギルドだろう。
クランはあくまでその【月見兎】が参加する集まりにすぎないと思う。クランが上でギルドが下、というわけではない。人数で優劣が決まるのなら、【怠惰】の領国は【エルドラド】がもっと大きな顔をしているはずだ。いや、あのギルドは元から態度がでかいか。
書き込みはまだ続いている。しかしみんな本当によくこんなに浮かぶよな……。
『トーラスのパラダイス』……ってそれは店名だろうが。確かにトーラスの天国かもしれないが。
そしてその次に『トーラスはパラダイス』って書き込まれてちょっと吹き出してしまった。トーラスさんが天国に行ってしまった。これ、おキャンさんだろ。
「お、おい、みんな! 外を見ろ!」
流れていくクラン名に感心していると、窓際にいた一人のプレイヤーが上空を指差し、慌てている。
なんだなんだと一斉にみんなが天守の窓から身を乗り出して空を確認すると、銀色のなにかが飛んでいるのが見えた。あれは……!
「竜……!?」
「おい、マジか!?」
「飛んでるのって『DWO』で初めてじゃね!?」
他のプレイヤーたちは騒ぎながらも、何人かが空へ向けて動画の撮影を始めている。
『DWO』では何度かドラゴン、竜種は発見されている。主にクエスト戦などで。
【怠惰】でも第三エリアの突発イベント、【襲い来る緑】で、僕らはグリーンドラゴンと戦った。
グリーンドラゴンは翼のない下級種のドラゴンで、僕らでもなんとか倒せたが、あれとは完全に別物だ。
遠くて良く見えないが、間違いなく四本脚である。これが二本脚なら飛竜的なやつの可能性もあったろうが……。
実を言えば僕と【スターライト】のメンバーは、上位種のドラゴンに遭遇したことがある。あ、いや、あの時、セイルロットさんだけはいなかったか。ジャンケンに負けて、留守番になったんだった。
あの時ドラゴンを見たのは【傲慢】の第五エリアだった。だから【怠惰】の第五エリアにドラゴンがいてもおかしくはないのだが……。
「銀竜……か?」
「ですね。鱗が銀色に光ってます。頭のところになんか剣のような角が二つ伸びてますけど……」
【鷹の目】を持つレンが空を飛ぶ竜を見ながら解説をしてくれる。ううむ、僕にはなんとか『竜のような形』としか見えないな……。
剣のような角ってのは、僕らが遭遇したレッドドラゴンと同じ感じなのかね?
「おい、あれ……こっちに来てないか?」
「え? 嘘だろ?」
「ちょっと待って、さすがにドラゴンは……!」
プレイヤーたちの中で弓系、たぶん【鷹の目】を持つプレイヤーたちがざわざわと騒ぎ出した。え、こっちに向かっているのか!?
「色彩竜は万色竜に連なる悪のドラゴン、金属竜は白金竜に連なる善のドラゴンとされていますけど……」
「それって別のゲームの話でしょ!? 『DWO』に当てはまるかわからないじゃん!」
冷静に? 分析をするセイルロットさんの後頭部にメイリンさんがバシッ! とツッコミを入れる。
「いや、この手のゲームは似通った部分が多いから、あながち的外れとも言いにくいぜ。いわゆる元ネタってのはどこかにあるものだからな」
こちらも冷静に分析をしている【カクテル】の『錬金術師』、キールさん。
よくわからないが、敵じゃないかも、ってこと?
「ここってギルドハウスみたいなものだから、モンスターは侵入禁止エリアなんじゃないの?」
「でも村や町がモンスターに襲われるイベントなんかじゃあいつら勝手に侵入してくるぞ?」
「ブレス一発でこの城燃えちゃうんじゃない……?」
城が燃えたりとか……。一応この城は破壊不可能なオブジェクトっぽいから、大丈夫だと思いたいが。せっかく手に入れたのに、改装する前に燃やされたらたまったもんじゃない。
「とにかく、外に出て警戒を! 念のため、こちらから仕掛けるのはやめておこう。向こうからの先制攻撃があれば、戦闘開始だ!」
アレンさんの声に、プレイヤーたちが一斉に外へと飛び出していく。遠距離攻撃ができる弓使いや魔法使いプレイヤーは天守に留まるようだ。
僕も天守の窓から飛び出して、屋根伝いに城壁の上へと降り立つ。
そうしている間にも、銀竜はゆったりとしたスピードでこちらへとやってきていた。
戦闘になったらダメ元で【首狩り】してみるか……? あいつが万が一僕よりレベルが低かったら、10%の確率で首を落とせるかもしれない。……いやまて、まさか銀竜が第五エリアのボスじゃないだろうな……?
だとしたら【首狩り】は効かない。ううむ、失敗したとしても、レベルが低くてダメだったのか、ボスだったからダメだったのか判断できないな……。
そんなことを考えていたら、すぐ近くまで銀竜が近づいてきていた。
とにかく大きい。僕らが戦ったグリーンドラゴンよりはるかに大きく、偶然遭遇したレッドドラゴンや襲われたブラックドラゴンと同じくらいの大きさだ。つまり、フロストジャイアント並みに大きい。
そんなのが飛んでいるのだ。これに勝てってのは無理なんじゃないかい……?
銀竜は城の上空まで来ると、ぐるりと旋回し、その場で翼をはためかせ、ホバリング状態となった。
くそ、素通りすることを期待していたんだけどな。
氷のような蒼い眼がこちらを睥睨している。とてつもない威圧感がその場を飲み込んでいた。
『妙な気配がしたので来てみれば……いつの間にかこんなところに矮小な者どもが集まっていたとはな』
降り注いできた声にその場にいたプレイヤーたちが一斉に息を呑む。
「ドラゴンが喋った……」
「マジか……」
話すモンスターというのはあまり見たことがない。
コボルトなどは言葉を話すが、彼らはNPCという認識だからそこまで不思議には感じない。猫妖精や人馬族なども会話ができたそうだが、そういう者たちもモンスターという認識ではなく、NPC扱いだった。
あれ? ひょっとしてこの銀竜もNPC扱いなのか……?
いや、第三エリアのナマコ船長は喋っていたけど、あれはモンスターだったしな……。
「相手はかなり知能が高いと思われます。古竜クラスの竜種なのでしょう」
向こうのほうから解説大好きセイルロットさんの声が聞こえてくるが、僕はもしもこの銀竜がNPCだとしたら、ひょっとして『中の人』がいるのか? という疑問に頭を悩ませていた。『中の人』……つまり、演じている宇宙人が。
『……はて? なぜに同族の匂いがするのか……? それにこの覚えのある僅かな気配……? むむむ……!?』
銀竜は上空で首を捻り、こちらをぐるりと見渡した。その視線がピタリと僕の方へと向く。竜の蒼い縦長の瞳が、一瞬だけ金色に変化した気がした。
次の瞬間、銀竜の眼が大きく見開かれ、顎が下へと開かれていく。
周りのみんなはブレスが来るかと一斉に散開したのだけれど、僕はこの銀竜が攻撃をしてこないとなぜだか直感していた。
実際に銀竜は口を大きく開けて、小刻みに震えるばかりで何もしてこない。
なんか驚いている?
『ゴガァァァァァォォォォアアアァァァァ!?』
銀竜が大気が震えるほど大きな咆哮を上げた。不思議なことに僕にはその声がステレオで聞こえ、咆哮に被って、もう一つの言葉が聞こえた。聞こえてしまった。
《なんで【龍眼の君】がここにいるのだ!?》
竜言語、とでもいうのだろうか。この声は他のみんなには聞こえていないっぽい。だけど僕にはハッキリと聞こえた。【龍眼】という言葉が。
これって間違いなく【帝国】かミヤビさん関連だよなぁ……。
どうしようかと心の中で僕が盛大に焦っていると、銀竜へ向けて何本もの黄金の鉤縄が地上から飛び、瞬く間にその手足を拘束した。
『な!?』
鉤縄に拘束された銀竜がまるで飛行能力を失ったかのように落下する。
鉤縄を投げつけたのは黒い衣装を纏い、覆面をした狐の【獣人族】たちであったが、彼女らはプレイヤーではなかった。
落ちた銀竜の背の上に、いつの間にか黒ずくめの和風衣装と覆面をした、眼帯の【獣人族】の女性が現れる。あれは……ウルスラさん!?
【帝国】の諜報機関の長にして、三巨頭の一人が銀竜の背に悠然と立っていた。
突然現れた謎の集団に、僕以外のプレイヤーたちに緊張が走る。
ウルスラさんが銀竜へ向けてなにやらボソボソと呟くと、銀竜はギョッとした表情を浮かべてコクコクと無言で頷いていた。
なんかあの竜、物凄く焦っているみたいだけど。ウルスラさん、なにを言ったんだ……?
ウルスラさんが銀竜の背中から降り、スッと片手を上げると、黄金の鉤縄がシュルッと解除された。
拘束を解かれた銀竜はすぐさま立ち上がり、翼をはためかせて、一目散にその場から去っていく。
まるで逃げるように大空へと消えていった銀竜に、プレイヤーのみんなはポカンとそれを眺めているだけだった。
「えっと……これってなんかのイベントなのか?」
絶体絶命のピンチに都合よく現れた謎の集団。いかにもな展開にプレイヤーの一人がそんなことを呟いている。
そんな彼らを無視して、ウルスラさん以外の覆面忍者たちはその場から一瞬にして消え去った。
残ったウルスラさんは皆に対し……というか、明らかに僕に対し、優雅に一礼をしてみせる。
「お騒がせを致しました。後日、また」
それだけを言い残し、ウルスラさんもその場から消える。
わけのわからない展開に、みんながみんなしばし呆然としていたが、やがて落ち着いてきたのかざわざわと騒ぎ始めた。
「なんだったんだ、いったい……」
「え、あの人らって【竜使い】なの? そんなジョブあったか?」
後日、ってことは後で説明されるんだろうなぁ……。【桜閣殿】にまた行かないといけないか。
いろいろと憶測を呼んで騒ぎ出すプレイヤーたちを見ながら、僕は小さくため息をついた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■バハムート
神話においては本来、『バハムート』とは世界魚とも呼ばれる巨大な怪魚の名であったが、日本などではTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に登場したバハムートを参考にした、『ファイナルファンタジー』シリーズの影響で、もっぱら竜の名として使われている。『D&D』においては、色彩竜たちが信奉する、赤、黒、青、白、緑の五つの頭を持つ巨大なドラゴン、万色竜と、金属竜たちが信奉する竜神・白金竜は兄弟であり、永遠のライバルである。




