■143 【帝国】に怯える人々
「よっ、『首狩り兎』」
「ケンカなら言い値で買うぞ」
朝、登校すると待ってましたとばかりに奏汰が絡んできた。くそ、動画を見られたか……。
僕らが攻略した霧骸城での戦いは、さっそく実況動画にされて公開されていた。
一応、プライバシーを考慮してボカシなどは入っているが、知り合いが見ればすぐにわかる。
当然、両面宿儺を首狩りした場面もしっかりと流れていたわけで……。
「っていうか、なにあのスキル!? 反則じゃないの!?」
「スキルじゃない、【首狩り】って奥義だ。いろいろ条件もあるし、そうそう乱発もできないから使いどころが限られる」
奏汰と同じく遥花も絡んできた。兄妹揃って朝からうるさい奴らめ。
「前にフロストジャイアントの斧とかも壊してたよな。あれも同じ奥義か?」
「あっちのは【夜兎鋏】って武器破壊の奥義だよ。別のやつだ」
「武器破壊とか……もうお前と【PvP】したくねーな……」
そんな簡単に壊せるものでもないんだけどな。双剣は武器の耐久性が低いから、かなりくらわせないと破壊できない。フロストジャイアントの斧のように、元から傷んでいたものなら簡単に壊せるけどさ。
二人と『DWO』の雑談をしていると、リーゼがやっと登校してきた。
「リーゼ、おはよー」
「おはよう、遥花」
お隣さんだし、いつもなら同じ時間帯に家を出るので、僕とリーゼは一緒に登校することが多いのだが、今日は一緒にならなかった。
一緒に登校しようと約束しているわけでもないので、そういう時はお互い気にせず先に登校することにしている。
「遥花、一時限目の英語の翻訳やってきた?」
「あっ、忘れた……」
「ヤバい、俺も……」
リーゼの言葉に双子が顔を青くしている。どうやら今日の授業で当たるのを忘れていたようだ。当たり前だが兄妹なので名字は同じであるため、遥花が当たるなら奏汰も当たる。
リーゼが笑いながらため息をつきつつ、自分のノートを手渡すと、二人は彼女を拝むようにして自分の席へと戻っていった。今から丸写しするのだろう。間に合うといいけどな。
ちゃっかり自分も写させてもらおうと奏汰まで遥花についていった。
「白兎君、ちょっと聞きたいんだけど……」
「ん?」
二人が立ち去るとリーゼが隣の席に腰を下ろし、僕にこそっと声をひそめて尋ねてきた。
「あのね、【連合】の諜報部にいる知り合いから聞いたんだけど、『DWO』で【帝国】側のプレイヤー登録がここ最近多くなっているらしいの。皇帝陛下絡みなんじゃないかって話もあって……。白兎君、なんか知ってる?」
リーゼの真剣な声に僕は訝しんで目を細めた。【帝国】側がプレイヤー登録? 皇帝? ……いや、ミヤビさんからは別にそんな話は聞いていないけど……。
あ!? そういやガストフさんが部下も誘ってみるとか言ってたな……!
上司の遊びに付き合わされているのか? 接待ゴルフみたいなものだろうか。苦労してそうだなぁ……。
「あー……ミヤビさんは関係ないかな……。お偉いさんが一プレイヤーとして『DWO』を始めたんで、部下の人たちも付き合いで登録しているんじゃないかと思うんだけど……」
「お偉いさん……? い、一応聞くけど……誰?」
「えっと……。帝国宇宙軍元帥……」
僕の言葉を聞いたリーゼが頭を抱えて机に突っ伏した。
「なんで!?」
「成り行きとしか……」
リーゼにギロッと睨まれたが、そうとしか言いようがないんだよ。
「なんで帝国宇宙軍元帥がプレイヤーになって参加しているわけ? VIP待遇なんだからせめてシークレットエリアに引きこもっててよ……!」
リーゼがブツブツと愚痴を漏らす。……まあ、『DWO』はレンのお父さんの会社、レンフィル・コーポレーションと、主に【連合】が管理しているらしいからな。扱いに困る客、という感じなんだろう。
「別になにか問題を起こしているわけじゃないんだろ?」
「まだなにか起こしているわけじゃないけど……【連合】や【同盟】のプレイヤーと揉めたりしないか心配なんだよ、運営は」
考えすぎだと思うけどなぁ……。ガストフさんって細かいことをいちいち気にするタイプには見えなかったし。揉めたとしてもそれを政治の世界に持ち込んだりはしないんじゃないの?
「ま、まあリーゼには直接関係ないし、放っておいても大丈夫だろ」
「まあ、そうなんだけどさ。聞いた話だとその連中、もう既に第二エリアを突破したらしいんだよね」
「え!? もう第二エリアをか!?」
ガストフさんが『DWO』を始めてからまだそんなに経ってないぞ? いくら序盤が簡単で、攻略法がサイトに溢れているからって速すぎないか!?
そういやあの人らって意識をVRに残して切り離せるんだっけな……。まさか毎日ログイン限界時間ギリギリまでプレイしてるのか?
ものすごくハマってますやん……。僕は廃人を一人生み出してしまったのかもしれない……。
「【帝国】の人がわけのわからないことをやるたびにこっちは戦々恐々としてるんだよ……。なにか裏があるんじゃないかとか、皇帝陛下の策略なんじゃないかとか……」
「いや、深読みしすぎだろ……。あの人らはそこまで考えてないぞ、たぶん」
「白兎君の話を聞くとそれが本当だってわかるんだけどねー……。だけどこれ報告できないしさぁー……」
まあ報告したら『誰から聞いた?』ってなるもんな。僕の名前を出せばリーゼはミヤビさんに物理的に狩られる。もちろん止めるけどさ。
「なんか全部の問題が白兎君のせいに思えてきた……」
「ふざけんな」
誰のせいかといえばミヤビさんのせいだろ。僕は関係ないぞ。あ、いや、ちょっとは関係あるけど。
正確には僕のご先祖様が……って、ミヤビさんも僕のご先祖様だな。あれ? やっぱり思いっきり関係あるな……?
「それにしてもそんなに【帝国】の顔色を窺う必要があるのか? 【連合】も【同盟】も同じ規模の組織なんだろう?」
「規模は同じでも軍事力は大違いだよ。たぶん【連合】と【同盟】が手を組んで【帝国】と戦争をしても、一週間ともたないんじゃないかなあ」
え、マジで? そんなに差があんの……?
「【帝国】ってミヤビさんが打ち立てた新興国じゃなかったっけ……?」
「そだよ。千年足らずであそこまでの軍事国家を作り上げるなんて尋常じゃないよ。いろんな星の荒くれ者や天才たちを次々と支配下にしていったからね。皇帝陛下に心酔してる者が多いし、国としてはとんでもなく強いよ。まあその全員より皇帝陛下一人の方が強いってのが一番とんでもないんだけど……」
なんかうちのご先祖さん、とんでもない人物なんですけど……。
「そしてその【帝国】を受け継げる人物が目の前にいるわけですが」
「おいやめろ、どっから漏れるかわからないんだぞ。僕だけじゃなく、地球までヤバくなるだろ」
「だよねぇ……。冗談じゃないところが怖いよ」
リーゼが力無い笑いを浮かべた。【帝国】の宰相であるマルティンさんの話だと、僕がミヤビさんの後継者である、このことがバレれば間違いなく良からぬ輩が動き出すという話だった。
『龍眼』は誰にも見せない方がいいとのこと。
「まあ、その良からぬことを考えた輩は間違いなくこの世からいなくなるでしょうが……」
というマルティンの小さな呟きに乾いた笑いしか出なかった。
狙ってきたのが宇宙人ならまだいい。いや、よくはないけど……。
問題なのはそれが地球人だった場合だ。宇宙人とコンタクトをとっている地球人はそれなりにいるという。地球に帰化した宇宙人も、その子孫も。
それらが僕に邪な考えを持って接触してきたとき、間違いなく【帝国】は潰しにかかると思う。
それが火種となって、【帝国】が『地球に価値なし』と判断したらどうなる?
元々、地球の宇宙進出に好意的じゃない【同盟】はここぞとばかりに【帝国】と足並みを揃えるだろう。
よくて地球は放置、最悪、侵略が始まりかねないのだ。
もちろん、そんなことになったらなんとしてでも止める気ではいるが……。止められるかなぁ……。
こないだのように無理やり眠らされて、気がついたら宇宙に連れ出され、すでに地球は消滅、なんてことにならないようにしたい……。
「そういや逃げ出した幻想種の方はどうなった?」
「なんにも進展なし。罠にかかった様子もないし、なんらかの足跡もないって。休眠期に入ったんじゃないかってみんな言ってる」
幻想種はありとあらゆるものに擬態することができる。石や木などに擬態して休眠期に入ったとしたら、ほとんど見つけるのは無理なんだそうだ。
「だけどそれならある意味悪人に利用されることもないから安心じゃないのか?」
「まあ、そうとも取れるけど……。不安要素なのは変わらないからねえ。ホント『同盟』にバレないことを祈るよ……」
リーゼが再び机の上に突っ伏す。
組織に所属していると色々と大変なんだな……。
◇ ◇ ◇
一日の授業を終えて、リーゼと共に帰路に就く。僕らは部活にも入ってないし、同じクラスでお隣さんだからどうしても同じ時間に帰ることになる。
夕方になると肌寒くなってきた。そろそろ秋になりつつある。
紅葉を見せ始めた『おやま』が帰り道の河原の土手から遠くに見える。
百花おばあちゃんに聞いた話と、【帝国】の催眠装置で見せられた夢を照らし合わせると、千年前、ミヤビさんが宇宙船で落っこちた山ってのは、あの『おやま』なんだろうな。確か天外山とか言ったか。天外……天の外、宇宙の山とはよく言ったものだ。
「そういや前に白兎君、ここで宇宙人の襲撃を受けたんだよね」
「は? 襲撃?」
ぼそっと河原を見ながらリーゼが不穏なセリフを吐く。
襲撃ってなんだ? そんな記憶はないけど……。
「あー……あはは、記憶を改竄したからねえ。今更だけどごめんね」
「ちょっ、なにしてくれてんの!?」
リーゼの話によると、地球に逃亡していた小型宇宙人がここらに潜伏していたそうだ。
それとたまたま遭遇した僕らはその全身緑色の宇宙人に襲われたが、リーゼがショックガンで麻痺させたらしい。
そこまではよかったが、そのあと宇宙人とリーゼのショックガンを目撃してしまった僕も撃ち、気絶させて記憶を一時間ほど改竄させたという。
「あのカッパ騒ぎの時か……」
「あの時大変だったんだから。母艦から応援を呼んで、カッパを引き取ってもらったり、白兎君の記憶をいじってもらったりで……。あ、こ、皇帝陛下には言わないでね! 皇太子暗殺未遂とかじゃないから!」
いや、言わないけどさ……。そうか、カッパ騒ぎの正体は逃亡してきた宇宙人だったか。
「宇宙人ってそんなに地球にやってきているのか?」
「地球は無政府惑星だからね。紛れ込んでしまえば発見が難しいんだよ。それなりに文化はあるし、こっそりと暮らしていくには問題ない。未開地惑星だから私たちも大っぴらに手を出せない。犯罪者にとって都合がいいの」
「無政府って……一応いくつも国があるだろ」
「惑星内で統一された政府がないじゃん。地球人の代表、惑星主席、地球元首って誰? それじゃあ戦国時代と変わらないよ。地球人としてまとまっていないんだから」
ううむ、そう言われるとそうかもしれないが。地球が一つにまとまっていない以上、無政府と言われても仕方ないのか? でも世界統一なんてできるのかね?
「地球が【連合】にしろ【同盟】にしろ、加入する時には惑星国家として樹立することになると思うよ? 半ば強制的にかもしれないけど」
「それって断った時はどうなる?」
「どうもしないんじゃない? 『じゃあさよなら』って手を引くだけだと思うけど。地球の外宇宙進出はまず無くなるね。あ、太陽系内でわいわいやる分には問題ないと思うけど」
太陽系内でわいわい、か。スケールの大きな話のはずなのに、なぜかショボく聞こえるな。
宇宙人の手を借りなければ、太陽系の外、銀河のそのさらに先にまでは進出できないってことなのか。
それどころか、地球が【連合】や【同盟】の監視を離れれば、他の宇宙人が侵略しに来てもおかしくないのかもしれない。
「まぁ、そうなったら真っ先に侵略しようとするのは【帝国】だと思うけどね……皇帝陛下のお気に入りみたいだし。たぶん侵略完了するまで一日もかからないと思うよ」
「マジかぁ……」
そんなXデーは来ないことを切に願う。というか、そうなったら僕が止めないといけないのか……?
しかし、こうなるとますますもって地球人の印象を良くしないといけないなあ。
「皇帝陛下が地球を侵略したとしても、白兎君がねだれば太陽系ごとくれるんじゃない? 誕生日とかに」
太陽系ごとって……。そんなでっかい誕プレなんぞいらんぞ……。
でも最悪それもアリなのか……? いやいや、ないわ。ないない、うん。
帰りにスーパーに寄ることにした。リーゼも伯父夫婦(という刷り込みをされた赤の他人だが)の手伝いで、たまに買い物をして帰宅する。
「うちは今日、カレーだって。白兎君のとこは?」
「うーん、今日はどうするかな……」
伯父夫婦からのメールを見て、リーゼが買い物カゴにカレーの食材を手際よく入れていく。
うちはおとといカレーだったからな。別なものにしよう。
一人なら別になんでもいいんだが、うちにはよく食う双子の子狐がいるからなあ。
しかも最近舌が肥えてきたのか、味に注文をつけるようになってきた。
見た目がそっくりな二人ではあるが、味に関しては意外と好みが分かれる。
ノドカはこってりとしたものを好むが、マドカはあっさりとした味を好む。
甘味に関しても、ノドカは洋菓子派、マドカは和菓子派。
ノドカはうどん派。マドカはそば派。
ノドカはきのこ。マドカはたけのこ。
とまあ、あれでいて好みが違うのである。
あくまで『好み』であって、食べられないというわけではないから、出したものはちゃんと食べてくれるが……。
基本、僕は売ってるものを見てから献立を決める。魚が安ければ魚料理にすることもあるし、旬の野菜が売っていればそれを使った料理に決めたりもする。面倒くさかったら冷凍物にすることだってある。臨機応変なのだ。
さて、今夜の夕食はなににするかね……。
悩んでいた僕の懐のスマホが着信を告げる。ん? 誰だ?
僕は取り出した着信通知を見て、スーパーの買い物カゴを持ったまま、思わず固まってしまった。
そこには『真紅』とあり得ない着信通知があったからだ。
『真紅』って……あの『真紅』さんですか!? いや、番号交換も登録もしてないんですけど、なんで着信相手の名前が出るの!?
そんな僕の動揺を無視して、スマホは『早く出んかい』と言わんばかりに振動を続ける。
「はい、もしもし……?」
『もしもし。こちら銀河帝国軍インペリアル級皇帝旗艦、戦艦名『真紅』です。皇太子殿下であられましょうか?』
いやフルネーム? で言わなくてもいいです。どっかの漫画のタイトルみたいに聞こえます。あと、皇太子じゃないです。
『御夕食のことですが、皇帝陛下は「稲荷寿司」なる物を御所望しております。是非とも御一考を』
嘘ん……ミヤビさんまた来てんの……? 夕食の注文まで指定してきたよ……。
でもなんで稲荷寿司? あ、ノドカとマドカから百花おばあちゃんちで食べた稲荷寿司のことを聞いたのか?
っていうか、なんで僕がスーパーで買い物しているのを知ってるんだよ!?
『皇太子殿下の行動は逐一宇宙から見せていただいていますので』
「だから……! 宇宙人にプライバシーという言葉はないのか……!?」
『御心配なく。この情報は最重要機密扱いとなり、皇帝陛下でも元帥、宰相、諜報局長官閣下の許可なくば閲覧できないようになっております。私以外この情報を知る者はございません』
……ならいいのか……? いやいや、よくないわ! 一瞬納得しかけた僕だったが、すぐに考え直す。
『陛下は稲荷寿司の他にお酒のおつまみになるものも御所望されております。「疾くせよ」とのことです』
「嘘だろ、追加注文まできた……」
『費用はこちらで持ちますので、ご心配なく』
そういうことじゃないんだが……。女皇帝のワガママっぷりに『逆らうだけ無駄』という結論に至った僕は、今日の献立を稲荷寿司に決定した。
はぁ、と大きなため息をつきながら電話を切る。
僕の様子を心配してか、リーゼが話しかけてきた。
「どうしたの? 誰から?」
「【帝国】の……」
「あー、やっぱいい! 聞かない! 何も聞いてないからね、私!」
言いかけた言葉を遮ってリーゼはスタスタとスーパーの中を歩いていく。賢明である。懸命でもある。
「ノドカとマドカに聞いたのなら、稲荷寿司は百花おばあちゃんのところでいただいたやつの方がいいだろうな……紅生姜の乗ってるやつ。あと、お酒のおつまみねぇ……」
当たり前だが僕はお酒を飲まないので、つまみと言われてもパッとは浮かばない。もう柿ピーとかスルメでいいか……?
そんなことを考えていたら鮮魚コーナーで新鮮な鯵を見つけた。
あ、鯵のなめろうなら前に作ったことがあるぞ。簡単だし、美味しいからあれでいいか。
稲荷寿司で酢飯を作るついでだ、今日は手巻き寿司にしよう。で、作るのは各々にやらせようっと。
今日の献立が決定した。マグロ、サーモン、鯛、きゅうりに梅しそ、鶏ささみ、ハムにチーズ、たくあんと、次々と具材を買い物カゴに放り込んでいく。
費用は向こう持ちなら遠慮なく買ってやる。お、霜降り牛がある。牛肉の手巻き寿司もありだよね!
半ば自棄気味に、僕はお高い牛肉を買い物カゴの中に入れた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■なめろう
青魚の切り身に味噌とネギや生姜などの薬味を乗せて、包丁で粘り気が出るまで細かく叩いたもの。漁船の上で、獲れたての新鮮な魚を使って、漁師が作ったことが始まりとされている房州の郷土料理。「皿を舐めるほど旨い」、あるいは皿に粘りついたものが「舐めないととれない」ということから名づけられたと言われる。