■138 攻城戦へ向けて
■来年の1/12に本編イラスト担当のはましんさんによる、『VRMMOはウサギマフラーとともに。』のコミックス1巻がスクエニさんから発売になります。小説ともども漫画の方もよろしくお願い致します。
「い、一応、これが投石機です」
「「「おおー」」」
ドン! と【星降る島】の砂浜に置かれた投石機を見て、みんなが歓声を上げた。
けっこうでかいな。台座の中央に丸太のようなものがあり、そこに左右からロープがぐるりと巻かれている。ロープの先はそそり立つ板バネのような物の先に取り付けられ、丸太からは長いアームが伸びていた。
アームの先はスプーンのような形状をしているので、ここに石を載せるのだろう。
「そんでどうやって使うんや?」
「ま、まずはこのクランクを回して……」
トーラスさんがせっつくように説明を求めると、ピスケさんが投石機の横にあるクランクを回し始めた。
何回か回すごとにガチッ、ガチッ、と中央の丸太が少しずつ回り、それに取り付けられたアームが持ち上がっていき、ロープで繋がれた左右の板バネがしなっていく。
クランクを回していたピスケさんだったが、途中でへばってしまい、ガルガドさんが後を引き継いで回していた。うーむ、それなりに力がいるようだ。
やがてアームが完全に反対側まで倒れ込むと、ピスケさんはアームスプーンの先にバランスボールほどの大きな岩をインベントリから取り出して載せた。
「こ、これで発射準備完了です。後はそこのレバーを手前に倒せば発射します」
なるほど、仕組み自体は簡単なんだな。左右に立った板バネが戻る力でアームを振るわけだ。
「じゃあ発射は……」
「はい! あたしやりたい!」
と、手を挙げたのはミウラだ。まあ、ただ単にレバーを引くだけなので問題はないか。
一応、アームのそばにいて巻き込まれてしまうと危ないので、僕らは距離を取る。
「いっくよー! 発射っ!」
ガゴン! と何かが外れる音がしたと思ったら、アームが勢いよく前の方へ吹っ飛んでいき、スプーンに載せていた岩が勢いよく海の彼方へと飛んでいった。
海の遥か遠くの方で水飛沫が上がる。すごいな、何メートル飛んだんだ、あれ……。
「これはすごいな。あんな岩が飛んできたらひとたまりもないね」
アレンさんが岩が飛んでいった海の方を眺めながらそんな感想を漏らす。
「なんで日本の戦国時代とかでは使われなかったんですかね?」
「日本の地形は起伏が激しく、こんな大きな物を輸送するのには適していないんですよ。馬車なんかが発展しなかったのも同じ理由です。戦国時代は山城が多かったですからね、インベントリでもないとそこまで運べませんよ。運んでいるうちにやられます」
僕の疑問に【スターライト】の分析博士、セイルロットさんが答えてくれた。なるほど、輸送の問題か。
ヨーロッパじゃ古代ローマ時代にはもう道路が整備されていたっていうしな。『全ての道はローマに通ず』だっけか?
「だけどこれって大体同じ場所にしか攻撃できないよね?」
「インベントリに一旦しまって、場所を変えてまた打つしかないかしら?」
「そうなると大きな岩を一つ投げ込むよりも、小さな岩をたくさん投げ込んだほうが効果がありそうだな」
「石の雨だね。単体でのダメージは少なくなるけど、その方が全体的に与えるダメージは大きいだろうな」
「だとすると飛距離の計算が……」
戦略班(と、僕が勝手に呼んでいるだけだが)が、また額を集めてなにやら相談している。
今回の霧骸城攻略戦は、作戦立案をする攻略班、必要なアイテムなどを揃える輜重班、そして実際に前線に立つ戦闘班の三つにだいたい分かれる。
この中だと僕は戦闘班であるのだが、アイテムを用意する輜重班でもある。ポーション、ハイポーション、マナポーション、毒消し、麻痺消しなど、回復系のアイテムをこのところずっと作りまくっていた。
おかげで【調合】スキルの熟練度がだいぶ上がったよ。
だけど【調合】ばかりしているわけにもいかん。第五エリアにいるモンスターとの戦闘にも慣れておかないと。
と、いうわけで、次の日は第五エリアでレベル上げをすることにした。場所はカグラの町のすぐ近くにある【鎮守の森】だ。
「シロ兄ちゃん、一匹そっち行った!」
「任せろ!」
僕は両手に持つ双剣を握り直し、向かってくる敵を見据える。
『ギギッ!』
ボロボロの武者鎧を着たゴブリンが槍を構えてこっちへと向かってくる。
突っ込んでくる落武者ゴブリンに対し、僕は装備している眼鏡でゴブリンの弱点を看破した。肩、か。
ゴブリンの槍を躱し、背後へと回り込んで戦技を放つ。
「【ダブルギロチン】」
『グギャァ!?』
ゴブリンの両肩から真っ直ぐに左右の双剣を振り下ろす。
そのまま落武者ゴブリンは光の粒となって消えた。
ふむ、この眼鏡はけっこう使えるな。
「【双烈斬】!」
落武者ゴブリンをミウラが大剣の二回連続斬りで見事仕留めた。フロストジャイアント戦で手に入れた奥義技だな。
光の粒となり、最後のゴブリンが消え失せる。
「よし、快調快調!」
ミウラが暴風剣『スパイラルゲイル』を肩に担ぐ。
鎧武者姿に陣羽織。そしてウサギマフラー。ミウラの装備はレンの新作に一新されていた。
まるで戦国時代の若武者のようだ。いいなあ、僕もそういうのが良かった。いや、書生装備も悪くはないんだけども。
「新しい装備はどうだ?」
「完全に金属の鎧ってわけじゃないからそこまで重くないし、動きの邪魔にもならないから使いやすいよ!」
「なら兜も被ればいいのに」
「うーん、あれはちょっと……」
僕の言葉にミウラが難色を示す。
陣羽織や武者鎧の布地はレンが作ったのだが、鎧の板金部や兜はリンカさんが作った。
その兜というのが戦国時代の武将の兜を参考にしたものだったのだが、兜の左右から大きな牛のような角がかなり長く延びたものだったのだ。
これにはミウラも『邪魔になる』と装備するのを拒み、それを作ったリンカさんの方も『やっぱり?』と失敗を認めた。
結局その兜はトーラスさんが買い取ったらしい。あんな兜装備してたら周りが迷惑しそうなんだが。頭を敵に向けて突っ込んでいくのかね? うまくいけば串刺しにできそうではあるけども。
「シロ兄ちゃん、【首狩り】は試してみたの?」
「試した。けど、全部失敗したよ」
落武者ゴブリンって意外とレベルが高いのか? それとも単に僕が10%の確率を引いていないだけか?
【魔獣学】【魔獣鑑定】を持っていない僕には相手のレベルまではわからない。これは個体個体で違うからな……。レベルが高い=強いでもないから、判断しようがない。やっぱり単に運が悪いだけかな……。
相手がレッドゾーンに突入すれば100%の確率で発動するけど、ゴブリンくらいだと普通に攻撃してもレッドゾーンだから一撃で死ぬよなぁ……。
【首狩り】にも熟練度があるから、上げるためには【首狩り】で倒した方がいいのはわかっているんだけど、そのためにSTを大きく消費するのはどうなんだ? とか考えてしまう。
そもそも、エンカウント→とりあえず【首狩り】→失敗→普通に戦って相手をレッドゾーンに→【首狩り】→成功、の手順でやるとものすごくSTが減り、その後の狩りに影響を及ぼすため、効率が悪いのだ。
STポーションを飲めばすぐに回復するけど、こっちはこっちでコストが悪いし。
【首狩り】が失敗しても微々たるものだが熟練度は入るっぽいし、毎回やった方がいいんだが、STがないと戦技が使えないから、戦闘が面倒くさくなる。
これ、LUK(幸運度)が上がるアクセサリーとかをめちゃくちゃ着けた方が効率いいんではなかろうか……。
まあ、あまり【首狩り】ばかりにこだわっても仕方ないよな。
「あ、リゼル姉ちゃんとシズカだ」
ミウラの言葉に振り向くと、こちらへリゼルとシズカがやってくるところだった。
僕らは一緒に戦っていたのだが、アタッカーのゴブリンたちのヘイトがリゼルに向いたため、【挑発】して僕とミウラが遠くまで引っ張ってきたのだ。
二人も新しい装備に身を包んでいる。
シズカの方はあまり前と変わらない巫女装備だが、リゼルの方は前に言っていた『陰陽師』みたいなやつではなく、普通(?)の和風衣装だった。
上は着物のようであるが、下はスカートである。和洋折衷、アレンジを加えた、という感じだろうか。二人ともウサギマフラーを装備している。
「そっちはどうなった?」
「なんとか倒せたよ。『落武者ゴブリン』だけじゃなく、『呪術師ゴブリン』なんて、そんなところまで和風なんだね」
呪術師ゴブリンってのは、まあ言ってみれば魔法を使ってくるゴブリンメイジのことだ。
もちろん第四エリアまでに出てくるゴブリンメイジとは段違いに強い。
どうも第五エリアの敵は、今まで出てきたモンスターを、和風、あるいはオリエンタル風にアレンジしたモンスターが多い気がする。
あと妖怪系? カマイタチとか ツチグモとか? 飛頭蛮ってのは純粋に怖かった。鬼みたいな生首が、叫びながら飛んで来るんだよ。
レンとかミウラが『ひい!?』って怯えてたからな。無理もない。僕でさえちょっとビビったし。
シズカは全く臆することなく飛頭蛮を薙刀で倒していたけど。
「レベル上がった?」
「やっと45になった。そっちは?」
「私も45。さすがになかなか上がらなくなってきたね」
現在、【月見兎】のメンバーのレベルは、僕がレベル45、レンがレベル48、ミウラがレベル44、シズカもレベル44、ウェンディさんがレベル47、リンカさんがレベル49、そしてリゼルがレベル45、とみんな40台だ。
レンとリンカさんのレベルが高いのは、生産経験値も入っているからだろう。ウェンディさんが少し高いのは【料理】スキルの経験値だと思われる。
僕も【調合】という生産スキルを持ってはいるのだが、基本的に生産経験値というのはあまり多くはない。
レンやリンカさんみたいに、毎日コツコツと作っている者と、たまにバーッとしか作らない者とのレベル差が出ているなあ。
ウェンディさんの【料理】なんかも、支援効果のためとかじゃなく、普通に美味しいものを食べるために毎日作ったりもするし、比較的経験値が得やすいスキルだ。
一回も町の外に出て、戦ったことがない【料理】スキル持ちの高レベルプレイヤーなんてのも普通にいたりする。
そういう人は毎日料理をするためだけに『DWO』をやっていたりするんだろうな。まあ楽しみ方は千差万別。それもアリなのだろう。
『DWO』の場合、レベルはあくまで指標でしかないから一概に強さとは言えないけど、単純に、HP(生命力)、MP(魔力)、STの最大値は増えるから上げといて損はない。
城攻めはおそらく短期戦になると思う。一日経ったらまた敵がポップしてしまうからな。戦いながら奥へ奥へとぐいぐい進んでいかないと、あの城は落とせない。
だけど正面突破だけじゃなくて、裏口からも潜入を試みる予定になっている。
【登攀】スキル持ちが主軸となって、城の裏にある断崖絶壁を登って奇襲をかけるのだ。
そのため、【登攀】持ちのプレイヤーは今、スキルの熟練度を上げるため山登り……いや、ロッククライミングに明け暮れている。
それほど数はいないから、少数精鋭での襲撃になるだろうな。
まずあの崖を登るだけの熟練度とSTが必要だから、みんな苦労していると思う。霧骸城攻略のために頑張ってほしい。
レベル上げを終え、『星降る島』へと帰還すると、ウェンディさんが、これでもかとばかりにテーブルいっぱいに料理を並べていた。
パエリア、ピッツァ、ケバブ、麻婆豆腐、トムヤムクン、ナシゴレン、ロコモコ、タコス、ガレット、カレー、ボルシチ、ハンバーガー、チーズフォンデュ、そして寿司と、その他にも様々な国の料理が並んでいる。
「うわぁ、すごいご馳走!」
「こんなに作ったんですか?」
「ええ、どんな料理がどんな支援効果があるか細かく調べておかないといけませんし。役割ごとに食べる物を変えた方がいいでしょう?」
確かにそうなんだが……。作りすぎじゃない?
【料理】スキルで作った料理の支援効果は作る人や素材によって違ったりする。
例えばこのハンバーガーだって、チーズバーガーとチキンバーガーではそれぞれ効果が違う。
ウェンディさんが作った物と、他の【料理】持ちが作った物でもわずかに違うのだ。
だからそれをきちんと把握しておくことは間違いではない。間違いではないのだが……。
「こんなに一気に作ることはなかったんでは……」
「同じ素材を使うなら違う料理を作った方がいいですし、手間も省けますから」
うーん、目玉焼きと卵焼きをどうせ作るなら、同時に作った方がいいってことなんだろうけども。
ウェンディさんがなぜか鎧の上からしていたエプロンを外す。
ウェンディさんの装備はミウラと同じく和風鎧だが、ミウラほどがっつり装備しているわけではない。基本的に部分鎧であるが、肩の大袖と呼ばれる部分鎧が特に大きい。盾職らしく防御に重点を置いた装備なんだろう。
だけども料理するときは外した方がいいと思う。
「ねえねえ、これ食べてもいいの?」
「構いませんが……。食べた者はどんな支援効果が付いたか記録してもらいますよ?」
「それくらいお安い御用! いただきまーす!」
「あっ、リゼル姉ちゃんズルい! あたしも!」
リゼルが麻婆豆腐に手を伸ばし、負けじとミウラがケバブに手を伸ばす。
僕もちょっと美味しそうだな、と思っていたピッツァに手をつけた。
美味い。マルゲリータだな。単純な味だけど妙に後を引く。やっぱりチーズとトマトのコンビは相性抜群だなぁ。
パラメータは、っと……攻撃力5%上昇、防御力3%上昇、か。そこまで高くはないな。たぶん、材料にこの島のものが使われていないからだと思う。
マルゲリータじゃなく、この島の森で獲れた鳥肉とか、海で捕まえたカニとか載ってたら違ってたかもしれない。
……ひょっとしてこの島で野菜や米なんかを栽培したらそれも高い効果が付くのだろうか。
そんなことをウェンディさんに伝えると、
「可能性は高いですね……。そうなってくると、【農耕】【栽培】スキルあたりが必要になってきますが……」
そっちの生産スキルかー。一からやるより、そのスキル持ちのフレンドプレイヤーに土地を貸して作ってもらう方がいいのかな?
いや、この土地はあくまでもミヤビさんから借りている土地だ。あまり勝手なことをするわけにもいかないか。
「スキルがなくても野菜とかは育てられるんだよね?」
「一応できるはずです。ただ、補正がないのでそれこそ農業知識がないと難しいかもしれませんが」
うーむ、素人でも簡単に作れる野菜ならいけるか……? はつか大根とか、かいわれ大根とか……大根ばっかりだな。
「ミニトマトとかなら作れると思いますよ。学校でも作りました」
「ああ、ミニトマトか。それはいいな」
シズカの言葉に僕は気を良くした。ミニトマトならピッツァにも載せられるよな。
……でもミニトマトの苗って『DWO』にあるの?
「確かあったはずです。【栽培】持ちのプレイヤーが育てたやつなら売っていたと思いますよ」
じゃあそれを買って裏庭にでも植えてみるか。スキルも何もないから時間はかかるだろうけど……。
「そういやレンは?」
「お嬢様なら砂浜の方で……」
ミウラの質問にウェンディさんが答えようとしたとき、浜辺の方からパーン、と乾いた音が聞こえてきた。銃声?
外に出てみると、今までの装備を和風にしたような衣装にウサギマフラーを纏ったレンが、両手で銃を構え、砂浜に立てた的へ向けて引き金を引いていた。
構える銃は相変わらずフリントロック式っぽいのに、どこかスチームパンクな雰囲気もあった。なんで圧力計みたいなものが付いているんだ? 空気銃か?
「銃身が長いね」
「ライフルかな?」
ミウラとリゼルの言う通り、レンの構える銃は銃身が長かった。火縄銃っぽくも見えるな。あれは魔力の弾を打ち出す『魔導銃』だから火縄銃ではないんだけれども。
レンは遠距離攻撃主体だから、そりゃライフル系の方がいいよな。スナイパーだ。
【スナイパー】ってジョブ、あるんだろうか。銃があるんだからありそうな気はする。
パーンッ、と破裂音がして砂浜に立てていた的の中央に穴が開く。あの距離で当たるのか。すごいな。
「ん。問題ない?」
「はい。ズレた照準が直ってます。問題ないです」
リンカさんにそう答えてレンが銃を下ろす。魔導銃を使い続けた結果、レンは【銃の心得】というスキルを手に入れた。もっと極めていけば、銃の戦技も会得できる筈だ。
「あ、シロちゃんのもできてるよ」
「え? ああ、新しい武器ですか?」
僕の方を見て思い出したようにリンカさんがインベントリから何かを取り出す。
そういや、第五エリアに来たし、そろそろ新しい武器が欲しいとは言っておいたんだけど、まさかそんなすぐに作ってくれるとは。 素材はAランク鉱石をいくつか渡しておいたんだけど、みんなの防具もあるし後回しになるかと思ってたんだが。
「はい、これ」
「これは……」
リンカさんが差し出してきた双剣はいささか奇妙な形をしていた。
直線に近い短筒のような魔導銃に片刃の刃が取り付けられている。持ち手のところに引き金もあるぞ。え、これ撃てるの?
「おそらく『DWO』で初めてのガンブレード。双銃剣『ディアボロス』」
ドヤ顔で語るリンカさんから渡された二本の短剣は僕の手の中で鈍い光を放っていた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■投石機
カタパルト。石や岩などを投擲し、建築物なとに射出攻撃する兵器である。紀元前5世紀ほどにはすでにその原型はあったとされ、旧約聖書にも登場している。当作品中に使用されたのはレオナルド・ダ・ヴィンチが設計したと言われるものである。模型キットも発売されているので、興味のある方は検索してみるとよろしい。作者も作ったが、これがけっこうよく飛ぶ。ちなみに投石器と書くとパチンコやスリングなどの意味となる。