■134 帝国での会食
鰹のたたきを食べられてしまった僕は、当然ながら今晩のおかずがないことになってしまった。さて、どうするか、と悩んでいたら、ミヤビさんが『ならここで食べていけばよい』と言い出した。
ありがたいのだけれど、正直言って不安しかない。
だって相手は宇宙人ですよ? 銅板のステーキとか、ニッケルの重油炒めとかが出てきたりやしないかと戦々恐々としている。
噛み切れるものだといいなぁ……。
「お待たせいたしました」
「わ!?」
そんな願いを心の中で祈っていると、一人のメイドさんらしき人がワゴンに料理を載せて部屋の中に一瞬で現れた。転送して来たのか?
燃えるような赤い髪をアップにまとめ、英国ヴィクトリア時代のようなメイド服を身に纏っている。いかにも正統派メイドと言わんばかりの女性だ。
切れ長の目は金色の輝きを放っていた。美人だけど、どことなく人形のような雰囲気がある人だな……。
「ほお。その姿もなかなか似合うの、真紅」
「恐れ入ります。地球の使用人に合わせてみました」
「え!? 真紅さん!?」
真紅さんってこの宇宙船のメインコンピューターじゃなかった!?
「私はいくつかのガイノイドのボディを使い、皇帝陛下に仕えております。本体はこの船ですが、細かい作業をするにはこちらの方が適していますので」
「ガイノイド?」
「女性型機械人形のことじゃ」
機械人形……! ロボットってこと? 人形っぽい人だと思っていたけど、そのものズバリだったのか……。
パッと見、どう見ても人間にしか見えないんだけども……。むうう、宇宙の技術恐るべし。
その真紅さんがテーブルの上に料理を並べていく。あれ? 牛肉のステーキのようなもの、皿に載ったパン、コンソメスープのようなものにサラダ……。見た目は普通の料理に見える。
僕はじぃぃぃ……っと、ステーキを凝視する。牛肉……に見えるが、本当は何の肉かわからない。食べても大丈夫……だよ、な?
「今日は殿下のお口に合わせ、地球での一般的な料理にしてみました」
真紅さんの言葉に僕はホッと胸を撫で下ろした。よかった。謎の肉じゃなかった。
「うむ、宮廷の料理に比べると質素だが、なかなか美味いのう」
「美味しいです!」
「美味しいの!」
早々とステーキに手を出したミヤビさんたちが肉を頬張るのを見て、僕も目の前の肉にナイフを入れる。おおっ、すごく柔らかい。肉汁が滴っている。
切り分けた肉を口に運ぶ。肉を噛んだ瞬間、溢れんばかりの旨味が口いっぱいに広がっていった。
あまりの美味さに陶酔していた僕に、真紅さんが声をかけてくる。
「いかがですか?」
「美味しいです! こんな肉食べたことない!」
「それはようございました。殿下の出身国に合わせ、A5ランクの牛肉とやらに限りなく近いものを作れたと思います」
A5ランク!? それって最高級の牛肉ってやつだよね!? ランク=美味いってわけじゃないんだろうけど、お値段が高い肉に変わりはない。レンの別荘で食べた肉だってこんなには……あれ?
ふと、真紅さんの言葉に引っかかるものを感じた。
『限りなく近いものを作れた』?
ステーキを『作れた』っていうならわかるんだ。その味に近いものを努力して調理した、という意味で。
『肉を作れた』ってのはどういう……?
「あの……一応聞きますけど、この肉って牛肉ですよね……?」
「いえ。速成培養装置で作った培養肉です。牛の細胞も含まれてはいますが、完全な意味での牛肉とは言えませんね。味や栄養にはほとんど変わりありませんが」
謎肉だった! 口の中の肉を出そうかと一瞬躊躇ったが、そこを堪えて咀嚼する。……ちくしょう、美味い……。
ごくんと謎肉を飲み込む。……美味いからいいか……。身体に害があるわけじゃないだろうし……。
パンも普通のパンじゃないんだろうなあ、と思いつつ手を伸ばしてそれを口にする。くっ、これもふんわりしていて美味しい……。宇宙人の科学技術恐るべし。
「これは美味いですなぁ。真紅殿、軍部の方にもこれを回してもらえんだろうか?」
「あっ、諜報部の方にもお願いします!」
帝国宇宙軍元帥のガストフさんと、諜報部長官のウルスラさんが真紅さんに頼み込んでいた。どうやら地球の味を気に入ったらしい。
マルチーズの顔をした帝国宰相であるマルティンさんは、肉を小さく切り分けてゆっくりと味わっている。
けっこうなお年(それこそ千年単位で)のようだし、油っこいものはあまり食が進まないのかもしれないな。
食後にデザートとしてプリンが運ばれてきた。こちらも何の卵を使ったものかわからないが、もう腹を括った僕はそれを躊躇うことなく口に入れた。くっ、味が濃厚でこれもまた美味い……!
「そういえばウルスラ。先ほど【連合】の方でやたら星間通信が飛び交っていたようじゃが、なにかあったのか?」
「はっ。最近【連合】が追っていた吸血種がやっと捕まったらしいのですが……。それがどうも幻想種を地球に持ち込んでいたようでして……」
【連合】が追っていた吸血種? それって最近ニュースで話題になっていた吸血事件の犯人か? やっぱり宇宙人だったのか。
捕まったのはよかったけど、幻想種ってはなんだろう?
「幻想種か……。また面倒なものを持ち込んできたのう」
ミヤビさんがちょっと迷惑そうに眉を顰めた。どうやら幻想種とはあまりよくないものらしい。
「あの、幻想種って?」
「幻想種とは、決まった姿を持たない種族のことです。精神生命体の一種で、主に他の生命体に取り憑いて活動したりしますね」
僕の疑問に真紅さんが説明してくれた。なにそれ怖い。悪霊みたいに身体を乗っ取られるってこと?
「安心せい。精神集合種ならいざ知らず、幻想種一体ではそう簡単に人間を乗っ取ることなどできんわ。せいぜい虫か小動物じゃな」
不安そうな僕に対してミヤビさんが呵々と笑ったが、マルティンさんがそれに口を挟んだ。
「ですが陛下、幻想種には電子世界に入り込む種もいますぞ?」
「問題はそこじゃな。そうなると見つけるのは難しい。いや、なにか騒ぎを起こしてくれれば発見は難しくないのじゃが、電子の海に潜伏されてはのう」
なにか大事なのだろうか。その幻想種によって地球が未曾有の危機に陥るとか……!
「……それってかなりヤバい?」
「ん? いや、大したことはないじゃろ。原始的な電脳空間ならまだしも、地球のネット上には様々なセキュリティがあるしの。【連合】が心配しているのは、幻想種が地球人の手に落ち、分析されてしまうことじゃろうな。調査審議中の地球人に我らの存在が明るみになるのはマズいからの」
よくわからないが幻想種というのは、地球でいう希少動物のようなものなのだろうか。犯罪者がイリオモテヤマネコを持ってアメリカに密入国した、みたいな。
んで、ヤマネコは逃げてしまった、と。そりゃあ【連合】さんも必死こいて探そうとするよな。
「なんにしろこれは【連合】の問題じゃ。我らが口を出す必要はあるまいて」
そう言ってミヤビさんがプリンを口に運ぶ。
【連合】の問題ね……。ああ、ひょっとしてリーゼが学校を休んだのもそれが原因か? 地球における地上調査員って言ってたし、もろ直接の案件だよな。早く見つかるといいけど……。
「ところで殿下は『DWO』をやっていると聞いたのですが……」
「え? あ、はい。それでミヤビさんと知り合いましたから」
突然ウルスラさんが僕にそんな話を振ってきた。なんで今『DWO』の話を?
「実は私も『DWO』に参加していまして。我々【帝国】の者は基本的にシークレットエリアでNPCとしてあのゲームに参加していますが、陛下と同じく私も自分のシークレットエリアを持っているのです」
自分のシークレットエリア? ミヤビさんの【天社】と同じような場所、ということだろうか。
それにしてもウルスラさんが『DWO』をやっていたとは……。いや、プレイヤーとしてではなく、ミヤビさんと同じでNPCとしてなんだろうけども。
「長く艦内にいると、どうしてもストレスが溜まりますからね。擬似空間で自由に好きなことをやって、ストレスを発散させないと仕事にも差し障りが出ますから」
なるほど。諜報機関の長官ともなると、いろいろと仕事の疲れが溜まるのだろうな。僕はミヤビさんの方をちらりと見て、トップがこの人では精神的疲労もかなりのものなのだろうとちょっと同情した。
「配下の者も一緒に同じシークレットエリアで楽しんでいます。普段は潜伏するような任務が多いので気晴らしになるんですよ」
「気晴らしなら電脳空間に入らずとも狩りにでも行けばいいではないか。ジェナス三連星にいい狩場があるぞ?」
「諜報機関の子たちはガストフ殿の部下たちとは違って、暴れてストレスを発散させたいという者ばかりではないの! 好き好んで捕食者や殺戮機族の星に装備無しで降下する馬鹿と一緒にしないでほしいわね」
「失礼な。さすがにうちの奴らでも殺戮機族の星には装備無しでは降りんぞ。倒しても倒しても修理されて戻ってくるのではキリが無いからな。かといって惑星ごと破壊するのもつまらんし」
ウルスラさんとガストフさんがなにやら言い争っているが、会話が物騒過ぎる。ここは聞かなかったことにしよう……。
しかし【帝国】としては地球をどうしたいのだろう。地球人を宇宙に進出させるかさせないか、【帝国】は中立だという話だったけど。
「ふむ。わらわとしてはもうすでに目的を達したようなものじゃからのう。地球がどうなろうと関係ないと言えば関係ないのじゃが……」
ミヤビさんが地球にはまるで興味がなさそうに答える。
この人は自分の子供に託した【龍眼】を求めて地球にやってきたっぽいからな。【龍眼】と僕という【龍眼】の後継者を見つけた以上、もう地球には用はないのかもしれない。
だからといって武力で占領とか惑星破壊とかはないよね……?
不安になる僕の心情を感じ取ったのか、ミヤビさんがクスリと笑う。
「わらわもウルスラもそうじゃが、『DWO』で楽しんでいる者もいることじゃし……いましばしは静観するつもりじゃ。【連合】と【同盟】がどのような答えを出すか、少しばかりは気にもなるしのう」
ふう……。よかった。地球は危機を免れたぞ。ゲームのおかげで。……なんか違う気がする。
「ふーむ、その『DWO』とやらは面白いのですか? 地球人の監視審査に使うと聞いていたのであまり興味はなかったのですが……」
「まあ、別の自分になれるという点ではなかなか興味深いものがありますよ。プレイヤーならば弱い自分がどうやって強くなるとか考えるのも楽しいですし、苦労して強敵を倒した時は今までの努力が報われたような気がして嬉しいですし」
「弱い自分、ですか。確かにそれはあまり体験したことのないことですな……。ううむ、弱い者がいかにして強敵を倒すか、というところは少し惹かれますな……」
『DWO』のことを尋ねてきたガストフさんに僕が説明すると、帝国宇宙軍元帥はなにやら考え込んでしまっていた。まさか『DWO』をやる気なのだろうか……?
元帥なんかが『DWO』始めたら、他の【帝国】の人たちは気を遣って楽しめなくなるんじゃないだろうか。
シークレットエリアのNPCとしてではなく、普通にプレイヤーとしてなら、同じギルドに所属さえしなければそこまで気を遣うことはないのかもしれないけれど。
「そういえば【帝国】のプレイヤーっていないんですか?」
「まったくいないわけではないぞ。ほれ、ミヤコなんかはプレイヤー側じゃろう?」
あ、忘れてた。そうか、ミヤコさんは『侍』のプレイヤーだった。
「わらわがNPCとして【天社】に引っ込んでおるから、皆も同じようにしているだけじゃろ。それとプレイヤーとして動き回ると、知らんところで【連合】や【同盟】のプレイヤーといざこざを起こしてしまうかもしれん。まあ、あくまでもゲームというお遊びの中じゃから、向こうもそんなに目くじらを立てるとは思わんが……」
「『DWO』内では中身が誰が誰だかわからないし、問題ないんじゃ?」
あ、でもミヤビさんにノドカやマドカは見た目がそのまんまだったな……。名前もそのままみたいだし。容姿と名前を変えるのは『DWO』ではお決まりなんだけども。
そんな僕の逡巡を知ってか知らずが、マルティンさんが口を挟んできた。
「まあ、そうなのですが、調べようと思えば調べることはできますからね。そもそも『DWO』は【連合】、【同盟】、【帝国】が揃って管理している部分もありますし」
そうだった。このゲーム自体、宇宙人たちが地球人を調べようと広めたゲームなんだった。上層部ならその気になれば相手が誰だか調べることは簡単だろう。
「もっとも正体がわかったところで、陛下や元帥殿、長官殿に文句など言える者が向こうにいるかどうかわかりませんがね」
ええ……。それって接待プレイにならない? いや、地球人プレイヤーはそんなこと知らないから、そこまでにはならないのか。
それにリゼルのようにプレイヤーとして楽しんでいる人たちもいるようだし、あまり影響はないかもしれない。運営側は胃が痛くなるかもしれないが。
ミヤビさんがNPCになっている時点で、もう胃がキリキリしていると思うけどね……。
「ガストフ殿、本当に『DWO』を始める気ですか?」
「うーむ、どうせ始めるなら部下たちも誘いたいな。いろんな訓練に使えるかもしれん。これなら出身星による種族のハンデはないからな」
ウルスラさんの言葉にけっこう乗り気でガストフさんが答えていた。マジで……? プレイヤーでやる気なら、名前と姿は完全に変えて欲しい。あとできれば【怠惰】はやめて下さい。いや、ホントに。
ガストフさんは腕に嵌めてあったブレスレットに指を走らせ、なにやらピピピピ、と操作し始めた。
あれ? あれってノドカとマドカが持っているブレスレットに似ている気が……って、もしかして。
『【デモンズワールド・オンライン】へようこそですの! まずは貴方の分身となるアバターを設定して下さいですの! わからないことがあれば、なんでも聞いて下さいですの!』
ヴォン、という音ともに、ウィンドウがガストフさんの目の前に開き、その中にデモ子さんが現れる。
えっ!? 『DWO』にログインしたのか!? でもガストフさんは普通に意識を保ってここにいるぞ?
「意識を全て電脳空間に落とすことなく、並立して思考することのできる種族も多いのですよ。殿下以外のここにいる全員がそうですな」
驚いていた僕にマルティンさんが説明してくれた。ノドカとマドカが言っていた『半分こっちに残す』とはやっぱりそういうことだったのか。
「シロも【龍眼】の力を引き出せるようになればできると思うぞ? 始めは身体の方が夢遊病者のようになるかもしれんがの」
「やめときます……」
『DWO』にログイン中、本体がウロウロと徘徊するなんて勘弁してほしい。
ゾンビのように虚ろな目で夜中の町を徘徊する自分を想像してしまい、げんなりとしていた僕にガストフさんが声をかけてきた。
「殿下、種族選択はどれを選んでも構わないので?」
「え? ああ、それぞれ特性があるので自分に合ったものであれば問題ないと思いますよ」
「ガストフ殿なら【鬼神族】一択でしょうが」
「うむ。というか、それ以外ではまともに戦えんじゃろ、お前は」
ガストフさんのキャラメイクを横からウルスラさんやミヤビさんがあれこれと口を出している。マルティンさんはそれを見て笑っていた。なんだかんだで楽しそうだな。
開始エリアを決めるときに、『殿下はどこです?』と聞かれてしまった。
この流れは僕と同じ【怠惰】に決まってしまう流れか……? と思ったのだが、ミヤビさんの『シロが気を遣うから、違うエリアにしろ』という鶴の一声でガストフさんの開始エリアは【暴食】となった。
ううむ、【暴食】の第四エリアと【怠惰】の第五エリアは繋がっているから、出会う可能性はあるな……。
別にガストフさんが嫌なのではなく、それを知ったリーゼがミヤビさんの時と同じくまたビビるのでは? と心配なのだ。
ガストフさんのアバターの容姿は本人とそこまで変わってはいない。もともと大きな人だから、【鬼神族】になってしまうと体型的にはあまり変わらないのだ。
僕としてはもっとイメージを変えて欲しかったのだが。金髪ロンゲのチャラ男案は却下された。
見る人が見ればわかってしまうかもしれない。ここにいる人たちは宇宙じゃ有名人らしいから、ガストフさんが【連合】や【同盟】のプレイヤーに身バレするのも時間の問題かもしれないなあ。
この人らは気にもしないんだろうけどさ……。




