■129 一進一退
【加速】を使い、みんなよりも速く飛び出した僕は、目の前にそびえ立つフロストジャイアントへとファーストアタックを敢行する。後ろには何人も後続がいる。最初から全開でいこう。
「【分身】」
一気に八人に分身する。【加速】した八人の僕が、フロストジャイアントの右足をぐるりと囲んだ。
「からの……【双星斬】!」
八人が繰り出す左右五連斬、計八十もの斬撃がフロストジャイアントの右足を切り刻む。
『ウガァァァッ!?』
さすがに少しは効いたのか、フロストジャイアントは斬り刻まれた右足を浮かし、僕を踏みつけてこようとした。
【分身】の効果で僕のHPは大幅に減少している。HPを共有しているこの状態で、分身の一人でもダメージを食らえば本体の僕もあっさりとやられてしまう。
【分身】を解除し、一人に戻った僕は、残りのMPを使って、再び【加速】を使い、フロストジャイアントの足下から離脱する。
僕が離脱した直後、大きな右足が振り下ろされ、踏み砕かれた地面の氷の破片が周囲に爆散した。あぶなっ。すぐ逃げて正解だったな。
ちらりとフロストジャイアントのHPを見てみると、ほんのちょっとだけ減っていた。うむむ、僕の最大火力であれっぽっちか。一体何回攻撃すりゃいいんだ?
とにかく一時離脱した僕は、すぐさまハイポーションとハイマナポーションを飲んでHP・MPを回復させる。
僕の攻撃直後、フロストジャイアントのヘイトは僕に向いたらしいが、すぐさま盾職部隊の【挑発】と、攻撃部隊たちの猛攻にそのターゲットは外れたようだ。
『ウゴァァァァ!』
ブンッ! と、フロストジャイアントの石斧が振り下ろされる。アレンさん率いる盾職部隊が前に出て、再びそれを並べた大盾で防ぎ切る。
次の瞬間、盾職部隊からフロストジャイアントへ向けて火炎放射器のように炎が吹き出された。フロストジャイアントがわずかに怯む。
あれはウェンディさんの『炎熱の盾』の効果だな。自動反撃の特殊効果が発動したらしい。
「今だ! 飛べる奴は腕に攻撃しろ!」
ガルガドさんの号令に何人かのプレイヤーが大きく跳躍した。【ジャンプ】スキル持ちのプレイヤーか。
「【ジャンプ斬り】!」
「【落下突き】!」
「【鬼崩し】!」
空中に飛び上がったプレイヤーたちが、石斧を持つフロストジャイアントの右腕に次々と戦技を繰り出していく。
『ガアッ!』
しかしフロストジャイアントがうざったそうにその腕を横に振り払うと、何人かのプレイヤーがあっさりと吹き飛ばされ、氷の地面に叩きつけられる。
すぐさま回復職のプレイヤーが駆け寄り、回復魔法をかけていた。
「『スパイラルゲイル』!」
突然あたりに突風が吹きすさび、現れた竜巻に乗ってミウラがフロストジャイアントの目の前まで飛び上がっていた。
「【大回転斬り】!」
ミウラが大剣を振りかぶり、縦回転に回り始める。あれはコロッセオでガルガドさんとの対戦でミウラが使った戦技だ。
横回転の【大回転斬り】を縦に回転させ、まるで丸ノコが回転するかのようにフロストジャイアントへ向かっていく。
『グガァッ!』
ミウラの大剣がフロストジャイアントの肩口を斬り裂く。
一瞬だけ怯んだフロストジャイアントだったが、すぐに立ち直り、その左手を未だ空中にいるミウラ目掛けて叩きつけるように振り下ろす。ヤバい!
「おっと、そうはさせんで!」
『ウガッ!?』
そのタイミングでフロストジャイアントの目の前に投げられた『閃光弾』から爆発したかのような眩しい光が発生する。投げたのはトーラスさんか。
遠くにいた僕らも目を瞑るような閃光だ。至近距離にいたフロストジャイアントにはたまらなく眩しかったのだろう。目を押さえながら石斧をところ構わず振り下ろしている。
「今だ! 遠距離で集中攻撃! 前衛は下がれ! 回復役は前衛に回復魔法を!」
アレンさんの指示に従い、盾職部隊より後ろに攻撃組たちが下がり、回復役たちの回復魔法でHPを回復させる。そして後衛の魔法使いや弓部隊が視界を奪われたフロストジャイアントに攻撃を開始する。
「【ファイアボール】!」
「【ストライクショット】!」
「【ファイアアロー】!」
魔法職や弓職の戦技がフロストジャイアントへ向けて放たれる。
一撃一撃は小さいが、連続で放たれるとそれなりのダメージになり、フロストジャイアントのHPを少しずつ削っていく。
『ガアッ!』
突然、フロストジャイアントが屈んだかと思ったら、その場で飛び上がった。
普通の人間サイズにしてみれば大したことのない跳躍力だが、巨人ともなればとんでもない高さまで飛んでいる。残念ながらこの洞窟の天井は高く、フロストジャイアントが飛んでも問題はない。
飛びあがったフロストジャイアントが着地したと同時に波のような衝撃波と大きな揺れが奴を中心に広がっていった。これは……! 範囲攻撃か!
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
「ぐっ!?」
さすがの盾職部隊もこれは受け止め切れず、バランスを崩す。
ほとんどの盾職プレイヤーが【不動】スキル持ちなので、吹っ飛ばされることはなかったが、大なり小なりダメージは受けたようだ。
問題は【不動】スキルを持っていない僕らのようなプレイヤーで、衝撃波で後方に吹っ飛ばされた上に、おそらくこの『揺れ』の特殊効果だと思うが、数秒だけ動きが固まってしまった。
そこに畳み掛けるようにフロストジャイアントの口から吹雪のような氷雪が吐き出される。氷の息吹か!?
「ぐうっ!?」
アレンさんたち盾職部隊のHPが減っていく。回復をしようにも【不動】スキル持ち以外はすぐに動けない状況だ。
僕らの動きが解放されたと同時に複数の回復魔法が飛んでいく。なんとか耐え切ったぞ。
しかしフロストジャイアントはもう一度氷の息吹を吐くモーションに入っていた。
「【雷槍】」
『ウガッ!?』
そうはさせないとばかりに轟音を響かせて、雷帝の雷撃がフロストジャイアントの胸板を貫く。
もちろん雷撃なのでぽっかりと胸に穴が開くようなことはなかったが、わずかに数秒、フロストジャイアントの動きが止まった。
その隙に僕らは体勢を立て直し、フロストジャイアントへの対処を切り替える。
ほんの少しの油断で状況がひっくり返る。ヒリヒリするような緊張感。いいね、燃えてきた。
あれ?
動きが止まっていたフロストジャイアントの真正面にいつの間にか誰かが立っている。
ミヤコさんだ。【縮地】スキルで飛び込んだのか?
「【風刃】」
腰だめに刀を構えたミヤコさんが抜刀する。燃える刃みたいな衝撃波がフロストジャイアントの腹を横一文字に斬り裂いた。
刀の火炎能力に戦技【風刃】がミックスされているのか?
『グッ、ガァァァァァ!』
膝をついたフロストジャイアントが左手でミヤコさんを叩き潰そうとしたが、それより早くミヤコさんは後方へと飛び退がっていた。
「今だ! いくぜぇぇぇっ!」
ガルガドさんの雄叫びに、再び僕らの猛攻が開始される。片膝をついたフロストジャイアントの上半身には魔法や矢が向けられ、下半身には攻撃部隊が群がり始める。
「【加速】!」
僕も【加速】スキルを使い、屈むフロストジャイアントの背後へと回り込んだ。
跳躍し、その背中へと飛び乗る。それに気づいたフロストジャイアントが立ち上がる前に、小山のような背中を一気に僕は駆け上がった。
「【ダブルギロチン】!」
『ギアッ!?』
後頭部目掛けて二つの刃を同時に振り下ろす。フロストジャイアントがその大きな左手で自分の後頭部を押さえて立ち上がった。
空中に投げ出された僕は動けない。宙に浮いた僕目掛けて岩のようなフロストジャイアントの拳が飛んできた。あ、ダメだな、これは。躱せない。
仕方ない、緊急回避だ。
「【セーレの翼】」
素早く出したウィンドウに触れ、【セーレの翼】を起動させる。一瞬にして僕はみんなの後方にある氷柱の陰へと転移した。
フロストジャイアントが空振りする姿を自分で見る。周りにいたプレイヤーたちも一瞬で消えた僕に驚いているようだ。アレンさんたち事情を知っているプレイヤーたちはそれほどでもなかったけれども。
ほとんどのプレイヤーはフロストジャイアントに注意を払っていたので、後方の僕の出現を見ていた者はいないと思う。
まあ、見ていたところでミヤコさんのような【縮地】のようなスキルだと思い込むだろうけども。
とにかく今のうちに減ったMPを回復しておこう。僕はマナポーションを取り出して一気に煽る。【加速】は便利だけど、MP消費量が多いのがなあ。MP消費量を減らすアイテムとか欲しいな。オークションでそんな指輪とかあったような。探してみるかね?
ん?
『ガァァァァァ……!』
奇妙な唸りに前を見ると、フロストジャイアントが冷気をまとい、ぼんやりと発光している。なんだ? なにかしようとしている? まるで力を溜めているような……。
「なにかまずい! みんな一旦退避!」
僕と同じ不安を感じたのか、アレンさんがみんなに向かって叫ぶ。攻撃していたプレイヤーたちが退き、盾職部隊が前に出ようとしたとき、フロストジャイアントからとてつもない冷気が放たれた。
と、同時にフロストジャイアントを中心にして、地面から無数の鋭い氷筍が飛び出し、プレイヤーたちを襲った。
幸い、後方に転移していた僕はダメージを受けないで済んだが、前の方にいたプレイヤーは少なからずダメージを受けたようだ。さすがの盾職部隊も下からの攻撃は防ぎようがない。
『ガアッ!』
みんながダメージを受けて動けないところに、フロストジャイアントは再び宙へと躍り、その全体重を地面へと叩きつけた。
生まれた衝撃波が氷筍を砕き、無数の石飛礫ならぬ氷飛礫が放射状に広がって僕たちを襲う。
「ぐあっ!?」
「ぐふっ!?」
「ひゃっ……!」
氷の飛礫は最後方にいた僕のところまで届いてきた。まるでマシンガンの弾のように飛んできた氷の飛礫を、僕は身体の被弾面積が小さくなるように防御しつつなんとか耐える。
やがて氷の飛礫が止んだとき、僕のHPはかなり削られていた。
後方にいた僕でこうなんだ。前方にいたプレイヤーたちはかなりのダメージを負ったに違いない。
チラリとウィンドウの戦闘参加人数を見ると数が減っていた。どうやら何人かは死に戻ったらしい。さすがに一人も脱落者無しというわけにはいかないか。
幸運にも僕の【月見兎】のメンバーは全員無事のようだ。
とはいえ、ダメージを負っているのは確かだ。油断はできない。
「全員回復優先で! 余裕がある者は回復役に回れ!」
アレンさんに言われるまでもなく、僕はすぐにハイポーションを取り出して、一気に飲んでいた。
相変わらず不味い。でもこの不味さで『回復した』って気持ちになる。毒されてしまったなあ。
っと、呑気にそんなことを考えている場合じゃない。僕は倒れてHPがレッドゾーンに入っているプレイヤーを優先して、投擲ハイポーションを投げつけていった。
瀕死状態になると、身体が重くなり、インベントリからポーションを取り出して飲むのさえひと苦労するのだ。
『ガァァァァァァァァァッ!』
フロストジャイアントが天に向けて咆哮を放つ。やつを中心にして、魔力の波動のようなものが波となって広がっていったかと思うと、先ほど砕けた氷筍のかけらがカタカタと動き出した。
瞬く間に氷の破片がカチャカチャとくっつくと、身長一メートルくらいのずんぐりむっくりとしたゴーレムが出来上がる。
「アイスロックゴーレム!?」
氷の塊がくっついてできたようなそのゴーレムは本体と比べるとアンバランスで大きな両手を振りかざし、プレイヤーたちに襲いかかってきた。
それも一体だけじゃない。次々とアイスロックゴーレムが出来上がっていく。
くそっ! フロストジャイアントに加えてこいつらの相手もしなけりゃならないのか!?
予想外の伏兵に焦った僕だったが、フロストジャイアントの方を見ると、膝をついて動きを止めている。
どうやら頻繁にこのアイスロックゴーレムを呼び出すことはできないようだ。
フロストジャイアントに攻撃を仕掛けるチャンスなんだが……こうもアイスロックゴーレムがいてはそれもままならない。
「くっ……! 打撃系のプレイヤーはなるべくゴーレム迎撃に回ってくれ! それ以外はフロストジャイアントに!」
アレンさんの言う通り、ゴーレム系などの硬いモンスターにはハンマーや棍棒などの打撃系が大ダメージを与えやすい。
「【螺旋掌】」
「【流星脚】!」
ペンギンの着ぐるみを着たレーヴェさんと、【スターライト】のメイリンさんの拳と蹴りがアイスロックゴーレムに炸裂する。格闘系のプレイヤーも打撃系だ。
「【ヘビィインパクト】!」
「【スイングハンマー】」
【カクテル】のギルマス、【ドヴェルグ】のギムレットさんと【月見兎】のリンカさんのハンマーが振り下ろされる。哀れアイスロックゴーレムはどちらとも粉々に砕け散った。
打撃系でもさすがハンマー類は威力が違う。
「なんでやねん、なんでやねん、なんでやねーん!」
パァン、パァン、パァンッ! と胡散臭い関西弁を放ちながら、トーラスさんがハリセンでアイスロックゴーレムを叩いていく。
あれも打撃系……なのか? 叩いているし、一応そうなんだろうなあ……。
意外とダメージが通るらしく、トーラスさんの叩いたアイスロックゴーレムは他のプレイヤーの一撃で倒されていた。まあ、効果があるならハリセンでもなんでもいいか……。
アイスロックゴーレムの出現で、フィールドは混戦の様相を呈してきた。
プレイヤーたちは群がるアイスロックゴーレムを倒しながら、フロストジャイアントへの攻撃も試みる。
「【バーンスラスト】!」
『ガッ!?』
【ゾディアック】の『槍使い《ランサー》』アリエスさんが、炎を纏った槍でフロストジャイアントの脛に突きを放つ。
「まだまだ! 【スパイラルエッジ】!」
同じところへ同じギルド所属のオキャン、いやキャンサさんが手にした二刀で戦技を食らわせた。
それに続けとばかりに他のプレイヤーたちも同じ場所に戦技を集中させる。一点集中砲火だ。
『ガアッ!』
「ぐはっ!?」
「うげっ!?」
力任せに払ったフロストジャイアントの左手に、運悪く当たった何人かのプレイヤーが洞窟の壁近くまで吹っ飛ばされた。
回復職たちが駆け寄るが、何人か死に戻りしたようだ。おそらくHPが減っていたのに攻撃に加わったのだろう。
フロストジャイアントに攻撃をするなら、少なくともHPは満タンじゃないと反撃が来たときに危ない。盾職ならなんとか耐えられるかもしれないが。
フロストジャイアントが立ち上がり、再び大きく息を吸い込む。また氷の息吹か!?
「させないよ! 【トルネードファイア】!」
『グガァ……!』
フロストジャイアントの足下から炎の竜巻が巻き起こる。リゼルの合成魔法【トルネードファイア】だな。
囲まれた炎の竜巻によって阻まれ、フロストジャイアントの氷の息吹は僕らには届かない。
今のうちにとプレイヤーの多くが取り出したポーション類をがぶ飲みしていた。
炎の竜巻が消えると同時に攻撃部隊が突撃していく。僕も彼らに続いてフロストジャイアントの側面から攻撃を開始した。
「【一文字斬り】」
フロストジャイアントの足の間をすり抜けるようにして、右足の踵の上部、いわゆるアキレス腱を斬り裂いていく。
フロストジャイアントは一瞬だけ足を上げたが、そのままその足で僕を踏み潰そうとドズンドズンと攻撃してきた。やはりこんな短い短剣ではアキレス腱にダメージを与えるのは難しいらしい。
僕に注意が向けられている間に攻撃部隊が次から次へと攻撃を仕掛ける。
ひっきりなしに繰り出される戦技にフロストジャイアントのHPも少しずつ削られていき、今や半分近くになっている。
このままいけるか? と思った矢先、突然フロストジャイアントが群がる攻撃部隊に向けて飛び込んでいき、全身を使って押し潰してきた。ボディ・プレスかよ!?
動作が遅かったため、何人かは逃れることができたようだが、大半のプレイヤーは瀕死状態か死に戻ったようだ。
瀕死状態に突入してしまったプレイヤーに、ガルガドさんとミウラ、【カクテル】のギムレットさんがいたので投擲ハイポーションを投げていくらか回復させる。
「悪りぃ、シロ」
「助かった」
「ありがとう、シロ兄ちゃん!」
回復した三人はすぐにその場から離れ、インベントリから取り出した自前のポーションを飲み、さらにHPを回復させる。
くそっ、今のでけっこうな数のプレイヤーが死に戻りしたんじゃないか?
この人数で倒せるかわからなくなってきたぞ。
一進一退を繰り返すフロストジャイアントとの戦いに、僕は妙な高揚感を感じていた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■ボディ・プレス
プロレス技の一つ。マットに倒れている相手に対して、全体重を浴びせる技。派生技として、ランニング・ボディ・プレス、ダイビング・ボディ・プレス、ムーンサルト・プレスなどがある。また、使用者によって技の名称が違う場合もある。重量級レスラーはその巨体を活かし、軽量級レスラーはその跳躍力を活かした攻撃ができる、なんとも多彩な技である。