■128 氷の巨人
「よっ」
投げたマナポーションがリゼルの手前で、パン! と弾け、霧状になって彼女に吸い込まれる。
「うん、大丈夫。MP回復したよ。だけどやっぱり普通の方が効果は高いね。だいたい二割減ってとこ?」
リゼルがステータスを確認しながら報告してくる。二割減か。微妙ではあるな。
僕は【調合】スキルの熟練度が上がり、作れるようになった『投擲ポーション』の効果のほどを試していた。今投げたのは『投擲マナポーション』だが。
『投擲ポーション』とは呼んで字の如く、投擲するポーションだ。
普通、ポーションは飲むとその効果を発揮する。故に、戦闘中では気軽に飲むわけにはいかなかったりする。その隙が致命的になる場合もあるからだ。
大抵は一旦戦闘から外れるか、仲間に守ってもらいながらの回復になる。
ところがこの『投擲ポーション』は相手にぶつけるだけでその効果を発することができる。ただし先ほどの検証通り、効果は二割減らしいが。
もちろんそのまま飲めばポーションと同じ効果だ。投げられるポーションと投げられないポーションがあるというわけ。
ならみんな『投擲ポーション』を作ると思うだろうが、ところがどっこい。
『投擲ポーション』は普通のポーションよりもコストがかかる。特製の瓶じゃないとダメなのだ。
さらに相手に投げて、もしも外れるとそのポーションは消滅してしまう。無駄になってしまうのだ。さらに言うなら、敵に当たってしまうと敵を回復させることになる。
だから【投擲】スキルがないと使いこなすのは難しい。
しかしそれらのデメリットに目をつぶっても、離れた相手を回復させることができるのは非常にありがたい。
これを使えば僕も回復職としても動けるようになるわけだ。これにより僕は回避の盾役に手数の攻撃役にアイテムの回復役の三役を担うことになる。まるでなんでも屋だな。
「とはいえポーションだって限りがあるしな。誰も彼もと回復させるわけにはいかないし」
こういうレイド戦になると全く知らないプレイヤーもいるわけで。
ギルドメンバーや知り合いと赤の他人、どっちを回復させる? となったら、当然僕は前者を選ぶ。
状況的にそのプレイヤーに死に戻られると困るな、という場合なら使うかもしれないが。
回復役は盾役を優先して回復させることになる。他のプレイヤーは自分の手持ちでなんとかしろってのが基本方針だ。
中には自分で自分を回復させることのできる盾職もいるらしいが。盾僧侶ってやつ?
今回の相手はフロストジャイアント。つまり巨人だ。その攻撃力は半端じゃないだろう。いかに攻撃を凌げるか、ダメージを受けてもすぐに回復できるかにかかっていると思う。
回復が追いつかなくなったらあとはジリ貧だ。勝てる見込みがなくなってしまう。
だからポーションの在庫が勝負を分けるかもしれない。
レイド戦は明日。ポーション類をもう少し作っておくか。
◇ ◇ ◇
「でっか……!」
そう漏らしたのは誰だったか。
目の前の氷漬けの巨人を見れば、そんな声が出ても仕方のないことなのかもしれない。
【月見兎】、【スターライト】、【六花】、【カクテル】、【ザナドゥ】、【ゾディアック】他、声をかけたソロの面々……僕らフロストジャイアント討伐隊は百人を越える混合軍となった。
あ、【ゾディアック】ってのはレーヴェさんが所属しているギルドね。僕も初めて知ったんだけど……。
「っていうか、二人ともレーヴェさんと同じギルドだったんですね……」
「おろ? 言うてへんかったか?」
「す、す、す、すみません……」
僕はレーヴェさんの隣にいるトーラスさんとピスケさんに視線を向けた。
いや、フレンドリストの情報は名前と種族、職業以外は個人で表示をオンオフできるからさ。まさか別々の知り合いが同じギルドメンバーだとは思わなかった。
「私はトーラスからシロくんのことをよく聞いていたから、てっきり知っているものかと思っていたよ」
レーヴェさんが翼の先で頰をかく。まんまるい目、タキシードのような白と黒のボディ。長い嘴に黄色い首回り。
ペンギンである。今日のレーヴェさんはペンギンの着ぐるみを着ていた。
あの小さな翼で敵を殴れるんだろうか……と、懸念していたらご親切にも横から解説が入った。
「心配ご無用! あのペンタックスは伸縮自在の素材でできていて、体の動きに合わせて伸びるんだ。さらにその下には刺突系のナックルを装備しているから打撃というよりは打突系の攻撃になる。ペンギンの一刺しさ! 氷の巨人を叩いて砕く、レーヴェがやらねば誰がやる!」
やたらハイテンションなのはレーヴェさんと同じ【ゾディアック】所属のキャンサさん。
【夜魔族】の眼鏡をかけた青髪ロングの女性で、職業は【仕立職人】だ。ペンタックスってなに? この着ぐるみの名前?
レーヴェさんの着ぐるみはこの人が作っているらしい。前に言っていた着ぐるみを作るのが好きな人ってのはこの人のことだろう。
戦闘スキルも持っているらしく、キャンサさんは腰に大きなハサミを二つに割ったような双剣を持っていた。シザーブレイドってやつか?
装備は革製のもので、動きやすさを重視しているようだ。僕と同じ戦闘スタイルなのかな?
「おいおい、オキャン。あんまシロちゃんに絡むなや。驚いてるやんか」
「オキャンって言うな! 馬鹿トーラス!」
口を挟んだトーラスさんにオキャン……いやキャンサさんが噛みつく。その間でオロオロとするピスケさん。
「お前たちいい加減にしろ。戦いの前の士気が削がれる」
注意をしたのはこれまた【ゾディアック】のギルドメンバーであるアリエスさん。
背の高い【魔人族】の女性で、【槍使い《ランサー》】である。長い白髪を三つ編みにして一本にまとめている。
切れ長の碧眼は鋭く、じろりと騒ぐ二人を睨んでいた。なんとなく問題児を抑える学級委員長の雰囲気を感じた。
動きを妨げない部分鎧に、幅広の穂先を持った長い槍を持っている。身長のせいもあるんだろうけど、うちのシズカの薙刀より長い槍だな。
レーヴェさんにトーラスさん、ピスケさんにキャンサさんとアリエスさん。ギルド【ゾディアック】から参加のメンバーはこの五人だけだ。
なんでもフルメンバーの半数以下らしい。日曜出勤の勤め人が多いらしく、どうしても時間を取れなかったとか。日曜日も仕事なんて、大人って大変だなあ……。
「あの、シロさん。あの方は放っておいていいんですか?」
レンが近寄ってきて、後ろをちらちらと見ながら僕に尋ねる。
「ああ……。なんか人前に出ると緊張するらしい。戦闘が始まれば問題なく動けるそうだから、放っておいても大丈夫」
「はあ……そうですか」
レンの視線を追いかけるように僕もちらりと目を向けると、洞窟の氷柱の影に黒猫の耳と尻尾が見えた。
ミヤコさんである。極限の人見知りを百人以上もいる中に連れてくるのはさすがに無理だった。
ピスケさんみたいにギルドの仲間とかいないからな……。
顔見知りは僕と刀を打ったリンカさんだけだし。戦闘が始まれば人の目を気にしないで戦えるらしいが……本当に大丈夫かね?
なんにしろフロストジャイアントが出てくるまではミヤコさんはあの状態だろう。
だけどミヤコさんの持つ『千歳桜』は、火属性に特化した刀だ。フロストジャイアントにはうってつけの武器である。そこは期待できる。
「よし、じゃあ作戦を確認しよう。まずは魔法部隊が火炎系の魔法を使い、氷を溶かす。サポート組は魔法の威力を上げてくれ。攻撃が途切れないように、合間合間にうまくMPを回復すること。永久氷壁のHPがレッドゾーンに入ったら、前衛組の出番だ。フロストジャイアントが復活したと同時に前に出る。魔法部隊は後方に。各自散開し、対フロストジャイアントの戦闘に移る──とまあ、大雑把にはこういう流れだけど」
レイド戦リーダーのアレンさんが作戦の概要を語る。皆、異論はないようだ。
それほど難しい作戦ではない。オーソドックスに様子を見ながら倒そうってことだ。
なにしろ未知のモンスターとの初戦闘だ。一瞬の油断が勝負の分かれ目になることもある。
この人里離れた銀雪山だと死に戻りをしたら、戻ってくるのに一時間はかかる。その頃には戦闘が終わっているか、全滅している可能性が高い。
フロストジャイアント戦が始まって即死んだのなら戻ってこれる可能性もあるけどさ。まあ、戻ってきてもデスペナ状態なわけだけど。
蘇生魔法や蘇生アイテムがまだ見つかってないんだよな……。高レベルの魔法やアイテムだろうからそこまで熟練したスキルを持つプレイヤーがいないってことなんだろうけど。
蘇生アイテムに関しては素材が第四エリアまで存在してないって可能性もあるけどさ。
実を言うと【セーレの翼】のビーコンをこの洞窟の氷柱の影にこっそりと仕込んである。
つまりたとえ死に戻っても僕はすぐに戦線に復帰できるのだ。デスペナは受けるけども。
さらに【月見兎】のギルドメンバーが死に戻ったとしても、【セーレの翼】の力を使えば連れ戻すことができるのだ。もちろんデスペナは受けるけども。
一応、そのこともみんなには伝えておいた。
【スターライト】や他のギルドの人たちは死に戻ると自分たちのギルドホームに戻ってしまうが、【星降る島】に来て待機してくれていれば、これも連れ戻すことができる。
あまりおおっぴらに使うことはできないから、いざという時の保険程度でしかないが。本来デスペナを受けたプレイヤーではろくに活躍はできないだろうし。デスペナを受けずに済む【夜魔族】なら別だろうが。
【夜魔族】は種族スキル【再生】を持っている。一度だけ、死んだときにHP1の状態で本拠地に霧化して逃げ帰れるのだ。これは死に戻りにならないのでデスペナはない。
【月見兎】のメンバーだとレンだけが死に戻りはなく、デスペナ抜きで戦線に復帰できるってことだな。
ま、そんな状況にならないように祈るが。
「よし、じゃあフロストジャイアント討伐を始めるとしようか」
アレンさんの掛け声で、魔法部隊が一斉に杖を永久氷壁へと向けた。
◇ ◇ ◇
「わかっちゃいたけどやることがねえな」
「ですねえ」
地面に突き刺した大剣にもたれるようにしていたガルガドさんの呟きに、こっちもダラっとした返事を返す。
一斉に魔法部隊の火炎攻撃が始まってからすでに十五分。まだ永久氷壁のHPは半分も削れていない。
こうしている間にも次々と【ファイアボール】や【ファイアランス】が飛んでいき、永久氷壁のHPを僅かに削る。
そして撃ち終えたプレイヤーは列の最後尾に戻り、再び詠唱を開始する。
これはかの有名な織田信長の三段撃ちを参考にしている。『長篠の戦い』で武田勝頼率いる武田軍を破ったアレだ。詠唱時間を無駄にせず、連続で攻撃を放つことができる。間が空くと氷壁のHPが回復してしまうからな。
「まあ、あの三段撃ちは後世の創作とも言われてるんですけどね」
「そうなんですか?」
ガルガドさんと同じくあまりやることのないセイルロットさんが眼鏡を直しながら解説してくれた。
セイルロットさんは【神官戦士】だ。前衛であり、回復職でもある。
HPが削られないこの状況では僕ら同様、出番がない。
魔法職のプレイヤーたちは大変そうだ。ひっきりなしに撃ちまくり、MPが減ったらマナポーションをがぶ飲みし、また撃ちまくる。
【月見兎】だとリゼルが、【スターライト】のところだとジェシカさんが、入れ替わり立ち替わり、ドカンドカンと火炎魔法をぶちかましている。
ちょっと変わったプレイヤーだと、なにか燃えているトカゲみたいなモンスターを使役して、そいつに口から炎を吐かせている。【獣魔術】か【召喚術】かな?
僕がそう漏らすと、セイルロットさんから訂正が入った。
「いえ、あれは『火の精霊』ですね。彼は【精霊使い《エレメンタラー》】なのでしょう」
「へえ」
百人以上もいると珍しい職業の人も目につくな。
見た目でいかにも、という職業の人もいるし。なんでコックとかメイドがここにいるんだろう……。いや、そういう職業なんだろうけども。
ペンギンの着ぐるみがいる時点で気にしても仕方ないのはわかっちゃいるんだけどさ。
とか言っている間に永久氷壁のHPが半分を下回った。
本当に少しずつ、少しずつ、氷壁のHPが削られていく。すでに三十分近く経っている。なんか削るスピードか落ちて来たような?
「HPが一定値以下になると氷壁の回復量が上がるみたいですね。アレン、サポート組で火炎系が使える者も投入した方がいいと思います」
セイルロットさんの提案に従い、サポート組の一部も攻撃を始めた。
火属性の矢や、燃える呪符なんてものも氷壁に向かって飛んでいってる。
うお、なんか爆発したけど!?
氷壁にドカン! と爆発が起こり、HPが少し削れる。あれって『炸裂弾』か? 投げたのは【錬金術師】のキースさんかな?
あれって作るのに結構お金と手間暇がかかるって話だったけど……。今使ってよかったのかね? フロストジャイアント戦に取っておけばよかったんじゃ?
そんな僕の気持ちを笑い飛ばすかのように、ドカンドカン、ドカドカン! と炸裂弾が爆発しまくる。出血大サービスだな。なにか量産するようなスキルか方法でも見つかったのかな?
だけどあの爆発でも少し削られただけで、大きくは削れないみたいだな。
「あ、でも少し氷が小さくなってきてない?」
「そうか? そういえばそんな気もする……」
ミウラに言われて目を凝らしてみる。……確かに初めの時よりは小さくなったような気もするな。これって溶けてきているってことでいいんだろうか。
氷壁のHPは四分の一ほどまで減ってきている。もう少しで瀕死状態に入るんじゃないか?
「氷が瀕死ってのも変な話ね」
「まあねえ」
後ろで【六花】のアイリスとソニアが苦笑しながら話し合っている。
アイリスは【魔法剣士】だが、氷属性に特化しているので、今回はあまり活躍の場がないような気がする。
確か装備している細剣も氷属性じゃなかったか?
いや、同じギルドメンバーである【付与術師】のカトレアさんがいれば、火属性の付与を付けることもできるのか。
今回はフロストジャイアントが相手と事前にわかっているので、ここにいるみんなは何かしらの属性対策をしているだろう。
これだけ準備万端なら、それほど苦労せずに倒せるかもしれないな。
僕がそんな呑気な考えをしていると、ビキッ、と氷の割れるような音が前方から聞こえた。
「ヒビが入ったのか?」
誰かの声に答えるように、さらにビキッ、バキッ、と永久氷壁に亀裂が入っていった。
ガラガラと氷が砕けて下へと落ちていく。氷壁周りのプレイヤーたちが攻撃をやめて後退する。なのに氷壁のHPはどんどんと減っていく。これは……。
「盾職部隊、前に出ろ!」
アレンさんの号令で、退いた魔法部隊に代わり、彼と同じ盾を構えたプレイヤーたちが前に出る。
その間にも氷は次々と砕けて、やがて中にいたフロストジャイアントの左腕が氷をぶち破って横に突き出された。氷壁のHPが大幅に下がる。
サポート職のプレイヤーたちが、盾職のみんなに防御力アップの魔法をかける。後衛の遠距離攻撃プレイヤーもそれぞれ武器を構えた。魔法部隊は最後列に下がり、MP回復アイテムを使い始めている。
僕も腰の双焔剣『白焔・改』と『黒焔・改』を抜き放ち、ガラガラと崩れる氷の中から現れようとする青い肌の巨人を睨みつけた。
『グルォガァァァァァァァァァァッ!』
解き放たれた氷の巨人はその存在を示すかのように洞窟に雄叫びを上げた。
右手に持った石斧をブン! と振り回す。体にまとわりついていた氷が砕け散り、辺りに散乱した。
「おっと!」
こっちに飛んできた氷の破片をスッと避ける。永久氷壁のかけらだ、ものすごく硬いに違いない。当たったらおそらくダメージを食らう気がする。
「来るぞ! 構えろ!」
『ルォガァァァッ!』
フロストジャイアントが石斧を真っ正面にいた盾職部隊に振り下ろした。
それほどスピードのある攻撃ではないが、あんな馬鹿みたいな大きさの斧を食らって大丈夫なのか?
僕の不安をよそに、ガキンッ! という音がして、盾職部隊に振り下ろされた石斧が受け止められる。アレンさんの言ってた通り、複数の盾でダメージが分散し、受け止められることができるようだ。
それでもアレンさんたちのダメージが0だったわけじゃない。それぞれそれなりのダメージは通過している。
すぐさま後方から回復魔法が飛び、盾職たちのHPが回復する。それと同時に盾職部隊が【挑発】スキルを使い、フロストジャイアントのヘイトが自分たちに向くように仕向けた。
「攻撃部隊、攻撃開始!」
「いくぞーっ!」
「オラァァァァッ!」
アレンさんの号令に、ミウラとガルガドさんの【鬼神族】コンビがフロストジャイアントへ向けて駆けていく。
それに続けとばかりに、攻撃職のみんなが突撃を開始した。そんじゃ僕も行くとするか。
どうせなら一番槍をもらおう。
「【加速】!」
放たれた矢のように一気にみんなの前に僕は飛び出した。
【DWO ちょこっと解説】
■死に戻りについて
基本的に、HPが0になると30秒のカウントが始まり、その状態で蘇生アイテムか蘇生魔法が使われないと、登録されている町のポータルエリア、もしくは所属しているギルドホームのポータルエリアに戻されてデスペナルティを受ける。どこのポータルエリアに行くかは事前に設定することができる。