■127 作戦会議
「むーりー! これ溶かすのむーりー! 溶かしてもすぐ回復しちゃうじゃん! 私一人じゃ絶対無理!」
そう言って火魔法を使って永久氷壁を攻撃……まあ、氷を溶かしていたリゼルがついに匙を投げた。
むむ、やはり無理か。
この永久氷壁、普通の攻撃ではまったくダメージを受けないのだ。
火魔法。これだけが氷にダメージを与え、溶かすことができる。火属性の武器や炎系の戦技で攻撃してみたがそれでもダメだった。
「なにかこの氷を溶かすアイテムなり何なりがあるんですかね?」
「いや、それならリゼル君の火魔法で少しとはいえ溶けるというのはおかしい。たぶん彼女の言っている通りだと思う」
レーヴェさんが永久氷壁に手を触れてそう答えた。リゼルの言っている通り? 一人じゃ無理ってところか?
「そう。たぶん何人もの火魔法でこの氷を溶かさないと、フロストジャイアントと戦うこともできないんだ。たぶんレイドボスだよ、こいつは」
レイドボス。複数のパーティで討伐に当たるモンスターか。確かに第三エリアのボス、デスボーンジャイアントや、その進化系、ボーンドラゴンとかと似通ったモンスターではあるけど。
「ひょっとしてこのフロストジャイアントが第四エリアのボスなんでしょうか?」
「いや、どうだろう。知っての通りこの第四エリアには次のエリアに続く門が二つある。【怠惰】の第五エリアに続く門と、【嫉妬】の第五エリアに続く門だ。このうち【怠惰】の第五エリア、通称正規ルートは三つの鍵で開くと見られている。つまりボス戦はないと思うんだ」
「まあ、その鍵を手に入れる戦闘がボス戦みたいなものですからね」
緑の鍵は【スターライト】と、青い鍵はさらに【六花】と一緒に戦って手に入れた。あれもいわゆるボス戦のようなものだろう。僕らだけじゃとても無理だった。
このフロストジャイアントを倒せば赤い鍵が手に入るのか、あるいは【嫉妬】第五エリアへの道が開けるのか。それともまったく関係がない寄り道クエストなのか。
赤い鍵が手に入るとしたら、こいつこそが実質第四エリアのボスということになる。
「ま、どっちにしろ、僕らだけじゃどうしようもないってことか」
「どうします? 一旦帰って【スターライト】の皆さんに相談してみましょうか?」
そうだなあ。レンの言う通り【スターライト】とは協力関係を結んでいる。今回も協力を頼むとして、問題は【月見兎】と【スターライト】だけではとても永久氷壁を溶かすことはできなさそうってことだな。
他のギルドにも協力を頼むしかないか? アイリスの【六花】に、ギムレットさんの【カクテル】、【エルドラド】から分離したエミーリアさんの【ザナドゥ】も力を貸してくれるかもしれない。
「吾輩も自分のパーティの他に、知り合いを何人かは呼べると思うが、ソロが多くてね。あまり数は呼べないかもしれないな」
ああ、僕も【雷帝】のユウとか、ミヤビさんの妹のミヤコさんとかソロの人も呼べるな。
問題はその中でどれくらい火魔法を使える者がいるかってことだけど……。
【ザナドゥ】は【怠惰】の最大ギルドであった【エルドラド】から分離しただけあって、ギルド員は多い。確か七十人くらいはいるんだっけか? それだけいれば魔法使い系も多いと思うんだけども。
全員参加すれば百人近いな。百人もいれば、このフロストジャイアントにも勝てる……と思うんだが。
ちらりとフロストジャイアントのライフゲージを見る。……ものすご多いんスけど。巨人なだけあって馬鹿みたいなHPだ。
これは一筋縄じゃいかないっぽいな。まずは一旦準備を整えてからだ。
他のギルマスと打ち合わせもしないといけないし。全員が全員参加できるかというとな。こればっかりはその人のリアルなスケジュール次第だし。
なるべく休日あたりを予定したいところだけど、さて。
◇ ◇ ◇
「ちょっと! なんなのよ、ここは!」
「し、し、し、シークレットエリアにギルドホームだとぉ!? どうなってんだ、月見兎のギルドは!?」
「嘘でしょ……! こんなことって……!」
話し合いをするために僕らのギルドホームに連れてきた【六花】、【カクテル】、【ザナドゥ】の面々は【星降る島】を見てうるさいほどに驚いている。
「なんだろう、懐かしい反応だな……」
「私らもこんな感じだったのね……」
そんなことを言いながら【スターライト】のアレンさんとベルクレアさんが悟ったような表情でみんなを眺めていた。
みんなと一緒に連れてきた【雷帝】ことユウはさほど驚いてはおらず、きょろきょろと辺りを見回している。なにか探しているのか?
「お兄さん、スノウもここにいるの?」
「え? ああ、いるよ。確かさっきまで屋根の上に……ほら、あそこ。おーい、スノウ!」
「きゅっ?」
屋根の上で日向ぼっこをしていたスノウが、『なーに?』とでもいうように顔を上げ、やがてパタパタとこちらへと飛んできた。
ユウが飛んできたスノウを笑顔で抱き締める。
「久しぶり。元気だった?」
「きゅっ」
ユウの問いかけにスノウがピッと前脚を上げる。
なんかスノウとかに向けるユウの表情が別人だな。余程動物好きなのか。いや、この場合モフモフ好きというのか?
【星降る島】に連れてきたのは、【スターライト】に【六花】、【カクテル】のギルドメンバーと、【雷帝】のユウ、【ザナドゥ】からはギルマスのエミーリアさんと、サブマスのクローネさんだけだ。【ザナドゥ】はギルドメンバーが多いから、制限させてもらった。エミーリアさんとクローネさんは僕を『調達屋』だと知っているけれど、それ以外のギルドメンバーは知らない人たちだしね。
ミヤコさんにも声をかけたのだけれど、恥ずかしがってこの集まりには来てくれなかった。でも、フロストジャイアント討伐には力を貸してくれるそうだ。
レーヴェさんは仕事が忙しいとかで今日は来ていない。レーヴェさんはレーヴェさんで、知り合いの協力者に声をかけると言っていた。
一応みんなには【星降る島】のことは口止めをしておいた。この島は僕らの権限で立ち入り禁止にできるので、バレたところでそれほど問題はないが、根掘り葉掘り聞いてくる面倒な馬鹿もいるだろうからね。
とりあえず、来てもらったギルドメンバーが多いのでギルドホームではなく、海岸の砂浜の方で車座になって座り、集まってもらった理由を説明した。
「レイドボスか……。しかもこれは今までで一番大型のやつだね」
「第三エリアボスのボーンドラゴンもレイドボスでしたが、アレとは比べ物にならないくらいHPが高い。おそらく何十人単位のプレイヤーで倒す前提のボスですね」
僕らが表示させたフロストジャイアントのSSを見ながら、【スターライト】のアレンさんとセイルロットさんが口を開く。
「で、この氷を溶かさないと、フロストジャイアントとバトルもできないのか? どれくらい耐久度があるんだ?」
「【ファイアボール】一発撃って0.1か0.05%減るくらい? でもすぐ回復しちゃうから連続で撃ち続けないと削れない」
【カクテル】の錬金術師、キールさんの質問にリゼルが答える。単純に考えて千発から二千発の【ファイアボール】が必要なわけだ。
その答えを聞いて今度は【六花】のアイリスが口を開く。
「それじゃまず魔法職を揃えないと話が始まらないわね……。【ザナドゥ】に魔法職はどれくらいいるの?」
「魔法の専門職は十人ちょっとかな。支援職や複合職を加えれば二十人近いけれど」
【ザナドゥ】のサブマス、クローネさんが言う、『専門職』とは純粋に魔法を使える職種のことだろう。うちだとリゼルがこれに当たる。
一方『支援職』というのは、魔法メインではないが、同じような効果を発することのできる職種のことだと思う。【カクテル】の『錬金術師』であるキールさん、【六花】の『付与術師』であるカトレアさんなんかがそれだろう。
複合職ってのは【六花】の『魔法剣士』、アイリスのような複数の特性を持つ職種だ。まあ、アイリスの場合、残念ながら魔法が氷系に特化しているので今回は役に立たないが……。
永久氷壁を担当する魔法使いは二十人ちょっとってところか。仮に二千発の【ファイアボール】が必要だとして、一人頭百発は撃ってもらわないといけないのか……。とんでもないな。
魔法職のプレイヤーとなると、【月見兎】からはリゼルしかいないし、【スターライト】だってジェシカさんだけだ。
そもそも一つのパーティに魔法職は何人も必要ないからなあ。
「……これって別に火炎系じゃなくてもいいの?」
「ある程度の効果はあると思いますけど、火炎系に比べると格段に落ちます。それならばフロストジャイアント戦にMPを取っておいた方がいいかと」
【雷帝】と呼ばれるユウの疑問に隣に座っていたウェンディさんが答えていた。ユウならソロモンスキル【フルフルの雷球】で威力の高い雷撃魔法を放てるけど、無駄撃ちはもったいないからな。
「どっちにしろ、魔法職にはかなり負担が大きいな……。魔法を放つだけの単純作業とはいえ、MPを回復するためのマナポーションだってかなりの数がいるぞ」
【カクテル】のギルマス、ギムレットさんが腕を組んで考え込む。だよねえ。しかも永久氷壁を破壊した後はフロストジャイアントとの戦いだってある。
できれば一回で仕留めたいところだけど、フロストジャイアントがどんな攻撃をしてくるか予想もつかない。
巨人型のモンスターだから普通にパワーに任せた攻撃をしてくるとは思うんだけれども。
「他のギルドも誘います? 【エルドラド】とか」
「【エルドラド】ねえ……。数はいるけれど、いろいろと問題が起こりそうで、ね」
僕が提案すると、アレンさんはちらりと【ザナドゥ】のエミーリアさんとクローネさんを見た。
それに対し、エミーリアさんは軽く苦笑気味に肩をすくめる。
【ザナドゥ】は【エルドラド】から分離してできたギルドだ。古巣の連中に対していろいろと思うところもあるだろうが……。
「私たちの方からは問題を起こす気はないですけど、間違いなく、あちらからちょっかいをかけてくるでしょうね。最悪、自分たちだけでやると言い出しかねないです」
「……言いそうだな……」
僕は【エルドラド】のギルマス、現役アイドル・ゴールディの生意気そうな顔を思い浮かべ、エミーリアさんの話に納得してしまった。あいつなら癇癪を起こしてそんなことを言いかねない。
【エルドラド】は今【ザナドゥ】の連中が抜けたといっても150人近くはいる。ギルド単独で事に当れないこともない。情報だけ取られて離反されては腹が立つな。
うん、却下だな。やはり、ここにいるメンバーだけでなんとかしよう。
「じゃあ決行日まで生産職にはポーションやマナポーションの生産をお願いしましょう。戦えない職の者は火魔法のスキルを取ってもらって、少しでも氷を溶かす方に回り、フロストジャイアント戦ではアイテムによる回復役を担ってもらえば」
「だな。それならバトルの貢献度もいくらか加算されるだろうし」
エミーリアさんの提案にガルガドさんが頷く。そうか、【月見兎】にはいないけど、【ザナドゥ】には完全に生産職のプレイヤーもいるのか。
『DWO』では、別に戦えなくても素材が手に入らないことはない。交渉や交換などいくらでも方法がある。
ギルドお抱えの生産職なら素材は持ち込まれるから、自分が戦う必要もないしね。
しかしそうなると、実質的にフロストジャイアントと直接戦うプレイヤーは思ったより少なくなるか。
「役割を決めて動かないといけないな。アタッカー、タンカー、ヒーラー、バッファー、デバッファー……。それぞれ決められた動きを……」
「あの、僕はタンカー寄りのアタッカーなんですけど、この場合は?」
考え込むアレンさんに僕が口を挟む。
僕の場合、回避メインの盾役とも言えるし、手数で攻める攻撃役とも言える。どっちつかずのプレイヤーだからな。
「シロ君は『双剣使い《デュエルフェンサー》』だろう? アタッカーでいいと思うけど、君の場合、臨機応変に自由に動いた方がいいかもしれないな」
「え、君『忍者』じゃないの?」
アレンさんの言葉に、初めて気がついた、とでも言うように【ザナドゥ】のクローネさんが目を丸くしている。ちがわい。フレンドリストをよっく見ろ。
まあ、ユウをずっと【夢魔族】じゃなく【夢魔族】だと思っていた僕が偉そうに言えた義理じゃないが……。
「ジャイアントだし、たぶん動きは鈍いからシロの速さなら攻撃は当たらねえんじゃねえか?」
「いや、ガイアベアのように爆砕系を使われると逃げようがないですよ。あいつでっかい石斧持ってたし」
ガルガドさんのいう通りなら躱せると思うが、レイドボスに全体攻撃方法がないとは思えない。範囲攻撃をされてしまうとAGI特化の僕でも躱せないし、下手すりゃ死んでしまう。紙装甲だからな。
自分用のポーションを多めに持っていた方が良さそうだ。
「では決行日は次の日曜日で。このギルドメンバーでフロストジャイアントに挑むということでいいですか?」
やがてまとめるようにレンがそう言うと、みんなが小さく頷いた。そのまま続けてレンが発言する。
「それとこのレイド戦のリーダーなんですけど、アレンさんに頼みたいんですが……」
「えっ? でもそれは発見者の【月見兎】の誰かか、レーヴェさんがやるべきなんじゃ……」
「レーヴェさんはこういうのが苦手だから下りると。【月見兎】にもそういったことが得意な人はいませんし。ボーンドラゴンの時も、氷の蠍の時もアレンさんの指示は的確でした。なので……」
「うーん……」
アレンさんの指揮ならみんな従うと思う。なんてったって【怠惰】で一番有名なプレイヤーだしな。他のVRMMOでレイド戦リーダーの経験もあるみたいだし、適任だと思うが。
他のギルドメンバーからも異議はないようだった。
「わかった。じゃあやらせてもらうよ。みんなで勝てるよう、全力を尽くそう」
「よーし! そうと決まれば釣りに行こうよ!」
『は?』
勢いよく立ち上がったミウラに、【六花】、【カクテル】、【ザナドゥ】のみんなは『なんでよ?』といった目を向ける。【月見兎】と【スターライト】のみんなは苦笑していたが。
この島で取れる食材は料理にすると高いバフ効果があると教えると、驚きつつもみんな釣りに行ってしまった。一部のメンバーは山へ鳥や猪を狩りに行ったが。
「しかしこれほど大きな相手だと、どう戦ったらいいのかわからないね」
みんなが海へ山へ行った中、アレンさんがフロストジャイアントのSSを見ながら呟いた。
遠距離攻撃の方法があるプレイヤーはいい。だけど、純粋に武器のみのスキルに特化している前衛プレイヤーは、フロストジャイアントを攻撃しても、せいぜい膝から下にダメージを与えるだけだ。
頭部や首、心臓といったような急所に当たる部分には攻撃が届かない。
「シロ君はフロストジャイアントが石斧を振り下ろした後に、腕を駆け上がるとかできるかい?」
「いや、さすがにそれは……」
できなくはないかもしれないけど、腕を払われたら吹っ飛ぶぞ、僕が。
「空を飛べるスキルか、ものすごく高く跳べるスキルがあればいいんだけどね」
「【ジャンプ】でもそこまで高くは飛べませんしね……」
跳躍力を上げるスキル【ジャンプ】でも、せいぜい二メートルくらいだ。現実世界で二メートルも垂直ジャンプできたらとんでもないけどな。
それをやっても膝上あたりに攻撃できるってぐらいだろう。
「なんとかして地面に倒せればな……」
「地面が凍ってますし、滑らせます?」
すってんころりんと。んで、倒れたところをみんなでタコ殴り。
「氷の国に生息するモンスターがそんな簡単に転ぶとは思えないけど……」
だよね。っていうか、強いモンスターほど氷の影響を受けない気がする。フロストジャイアントに通用するとは思わない方がいいだろう。
「やはり足を中心に攻撃し、相手の機動力を奪って、遠距離からの攻撃とヒット&アウェイが堅実かな……」
「フロストジャイアントの一撃って盾職の人、防げます? ものすごくダメージ受けそうですけど」
「あの手の攻撃は複数で防御すれば分散されるからね。一人で真正面から受けなければ大丈夫だろう。それよりも踏み潰されないかの方が心配だよ。大盾持ちはAGIが低いからね」
そうか、そういう攻撃もあるか。あの巨体で踏み潰されたら間違いなく大ダメージだな。防御力が低ければ死に戻るだろう。
そこらへんはヒーラーなどに回復してもらって耐えるしかないな。
ここまでの規模の集団戦となると、それぞれの役割が大事になってくる。
僕は主に攻撃側に回ることになったけど、臨機応変に躱しながらの盾役、アイテムを使っての回復役と使い分けていった方がいいな。
そうなると他のプレイヤーの回復用にさらにポーションがいるな。在庫はどれくらいあったっけ?
こっちも素材集めに忙しくなりそうだ。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■フロストジャイアント
霜の巨人。古のノルド語ではヨトゥンとも呼ばれる。原初の巨人、ユミルから生まれたとされ、北欧神話においてはヨトゥンヘイムと呼ばれる絶対零度の氷世界に住んでいる。ゲームなどでは主に氷雪地帯に出没する力任せのモンスターである。