■125 雪山登山
「嘘だと言ってぇぇぇぇ!?」
「残念ながら本当だ」
登校途中、お隣さんのリーゼに昨日のことを話すと、その場にしゃがみ込んで頭を抱え出した。
気持ちはわかるがここできちんと釘を刺しておかないと本当にリーゼの命が危ないかもしれないからな。
「あれから龍眼のことを誰かに話した?」
「ま、まだ誰にも話してないよ!? 次の休暇の時に調べてみようとは思ってたけど……!」
ちょっとホッとした。それなら話は簡単だ。リーゼが黙っていればいい。
「調べないでいい。そしてこのことを【連合】の誰にも言っちゃダメだ。リーゼだけじゃなく、その話した人も標的になりかねないから」
僕の言葉にリーゼがこくこくと頷く。実際に会ったことがあるだけにミヤビさんのヤバさはその身に染みてわかっているだろう。リーゼは絶対に話さないと思う。龍眼のことはこれで大丈夫じゃないかな。
「はぁ〜……。とんでもない秘密を知ってしまった……。どぉしよう……」
「こっちだっていろいろありすぎて頭がパンクしそうなんだからな。いきなり宇宙人の子孫だって言われて、どうすりゃいいんだよ」
「え? でもけっこういるよ、宇宙人の子孫って。私が知る限り、うちの学校にも三人いるし」
「は?」
リーゼの話によると、現地調査員とかじゃなく、過去に地球に来た宇宙人と人間との間に生まれた子孫だという。
もちろん何代も前の話なので、本人は自分が宇宙人の子孫なんて知らないらしいが。
姿もほとんど人間と変わらないらしい。あまりにもかけ離れていると、両者の間に子供はできないんだそうだ。
まあ、ミヤビさんの母艦にいたような宇宙人の特性を受け継いでいたら大騒ぎになるよな……。
「地球って昔からそんなに宇宙人が来てたのか?」
「何百年も前の地球は私たちにしてみれば未開の辺境って感覚だけど、そういう田舎っぽいところに興味を持つ人は少なからずいるからね。もちろん違法なんだけれども」
宇宙の田舎で悪かったな。なんとなくわからんでもないけれども。
都会の喧騒を離れて静かな田舎で休暇を、なんて思って来てみたら、居心地良くてそのまま居ついてしまった、みたいなことなんだろうか。
昔からある悪魔とか妖怪の話とかって、実は地球に来てた宇宙人だったのかもしれないなあ。
「宇宙人の子孫ってなら、なにか特殊な能力とか受け継いでたりするのかな?」
「ないと思うよ。何世代も重ねちゃうとさすがに血は薄くなるしね。ただ……」
「ただ?」
「たまにね、先祖返りみたいな人が出てくることもあるから……」
そう言ってリーゼがちらりと僕の方を見る。いや、ないからな? 僕は狐耳とか尻尾とか生えてないし。
でもミヤビさんは僕を『内なる光』を持つ者と言っていた。龍眼と繋がり、掌握できる者だと。
それがミヤビさんの一族の特殊な能力なのか? でも龍眼と繋がるってどういうことなんだろう?
「で、その……白兎君は【帝国】に行くの?」
「行かない。行く理由がない。僕は地球人だと思っているし」
「でも龍眼の後継者なんでしょ? 【帝国】の次期皇帝だよ!? もったいないと思うけどなぁ……。あ、でも同じ次期皇帝候補者に命を狙われる可能性もあるか……」
「物騒なことを言うなや」
先ほどの意趣返しなのか、リーゼの言葉に暗澹たる気持ちになる。他に次期皇帝候補者ってのがいるかわからないが、【帝国】におけるナンバー2、ナンバー3とかはいると思う。その人たちにしてみたら僕の存在は面白くないかもしれないなぁ……。
ミヤビさんの義妹であるミヤコさんとは友好な関係だとは思うけれども。
「まあ、ともかくこのことに関しては口外しないようにしよう。お互いのために」
「言わない、言わない。私だって命は惜しいもの」
リーゼがそんなふうに答えるが、シャレになってないってところがまた困るよな。
「はっくん、リーゼ、おっはー!」
僕らが朝から暗い気持ちで登校していると、後ろから遥花と奏汰がやってきた。朝からテンション高いなぁ……。今日はそれが殊更ウザく感じてしまう。
「あれ? じゃあ遥花と奏汰って……」
「ああ、うん。そう。でも『一族』ではないらしいよ」
リーゼのつぶやきに僕がかぶせるように答える。遥花も奏汰もミヤビさんの血を引いているらしいが、僕とどう違うんだろう。二人とも龍眼の『瞳』は見えなかった。ミヤビさんの血は継いではいても、力を継いではいないということなんだろうか。
「なに話してんの?」
「え? いや、そろそろ中間試験の勉強をしないといけないなってさ」
遥花の追求に僕が誤魔化しながら答えると、二人の顔が面白いくらいに硬直した。おい、まさか……。
「「忘れてた……」」
「お前ら前も同じこと言ってたよな?」
なんで反省しないかね? 前も大変な目にあったっていうのに。学習しなさいよ。
「まだ時間はあるからきっと大丈夫だよ。今日から頑張ろう?」
「うん……」
「ああ、そうだな……」
リーゼの励ましを受けても二人は死んだ魚のような目をしていた。そんなに勉強したくないか。
とはいえ、他人事ではない。僕も頑張らねば成績が落ちる。お小遣いが下がるのは困るので気合を入れねば。『DWO』も少しセーブしないといけないかもしれないなあ。
とはいえ、予定通り【銀雪山】へは行くけどね。
レンたちがログアウトする時間までは『DWO』で遊び、僕も一緒にログアウトしてその後に勉強すればいい。
【銀雪山】に行く準備は完璧に整っているのだ。いざ、雪山が僕らを呼んでいる。
◇ ◇ ◇
「うおお……! 思ったよりも積もってるな……!」
【銀雪山】にやってきた僕らは、その積雪の多さに驚いた。軽く膝くらいまである。
豪雪地帯の方々からすれば『は? どこが?』と言われてしまいそうなレベルではあるが、歩きにくいことこの上ない。これでもこのフィールドではマシな方らしいが……。
さらにあいにくと天気もあまり良くなく、どんよりと曇っていた。雪が降ったりしないといいけど。
「とりあえず山頂を目指すか?」
「うーん、どうだろ。山の天辺に行ってなにかあるのかなあ? 麓とか中腹に洞窟とかがあるような気もするんだけど」
リゼルに言われてみると確かにそんな気もする。山といえば頂上、みたいな連想をしてしまったが、頂上になにがあるというのか。まさか旗が立っているわけじゃあるまいし。
リゼルの言う通り、洞窟とかの方がまだ可能性はありそうだ。
僕らの目的は最後の一本である(だと思われる)赤い鍵を手に入れることだ。
それがこの【銀雪山】にあるかどうかはわからない。そのためにはくまなく探さなきゃいけないが……。
「まずは麓をぐるりと回ってみるか」
雪山とはいえ、麓には木々が立ち並び、視界が遮られる。
幸い、葉っぱがあるわけじゃないので、そこまで視界の邪魔にはならないが、雪山とか雪原のモンスターは白いやつが多いから見つけにくいんだよね……。むっ。
「右手からモンスターの気配を感じる。みんな注意してくれ」
【気配察知】で感じた敵モンスターの位置をみんなに伝える。数はそれほど多くない。三……四匹か?
かなり近いところまで来ているはずなんだが、姿が見えない。どこだ?
『ギィッ!』
突然、雪の中からなにかが飛び出してきた。僕は手にした双剣『白焔改』と『黒焔改』を振るい、飛び出してきたものを咄嗟に斬り伏せる。危なかった。
雪の上に倒れたそれは、鼻の先がドリルのようになったモグラだった。こいつが雪中を突き進んで攻撃を仕掛けてきたのか。
ウェンディさんも盾でドリルモグラの攻撃を受け止めて、剣で反撃していた。
こいつはそれほどの強さじゃない。まあ、まだ麓だからな……と思ったとき、ウェンディさんの攻撃を受けたドリルモグラが『ギェェェェェェェェッ!』とけたたましい声を上げた。うるさ……!
「シロさん、モグラが……!」
レンの言葉に周囲を見回してみると、いたるところで雪がボコボコと盛り上がり、僕らへめがけて突進してくるところだった。こいつら……仲間を呼んだな!?
「背中合わせに円陣を組みましょう!後衛のリゼルさんとレンさんはその中に!」
シズカの指示に従って、僕、ウェンディさん、リンカさん、ミウラ、シズカの五人が背中合わせに円陣を組み、その中にリゼルとレンが入る。
「【旋風輪】!」
飛びかかってくるドリルモグラをシズカが回転させた薙刀で払い落とす。そのままドス、ドスッと地面に倒れたモグラを突き刺して光の粒へと変えた。
隣の僕の方にも鼻先のドリルを回転させたモグラが飛んでくる。生物学的にこの回転するドリル部分はどうなっているのだと突っ込みたいが、それを抑えて剣を振るう。
「【アクセルエッジ】」
左右の剣で複数のモグラを斬り伏せる。その間にも次から次へとモグラが飛びかかってきて、正直しんどい。モグララッシュか。
「まかせて! 【トルネードファイア】!」
『ギュェッ!』
『ギギギィ!?』
リゼルが杖を天にかざすと、炎が僕らの周囲を走り、竜巻となって取り囲んでいたモグラたちを一気に焼き殺した。リゼルの合成魔法、火属性の【ファイアバースト】と風属性の【サイクロン】を合わせた【トルネードファイア】だ。
ドリルモグラはまとめて光の粒となり、戦闘は終了した。
「あー、鬱陶しかった。仲間呼ぶ系は面倒だよねえ」
「レベルアップや熟練度上げには効率がいいのですけれどね」
ミウラとシズカがそんな会話をしている横で、僕はドロップしたアイテムを確認していた。『木ネジ×10』、『プラスドライバー』、『ドリルビット』……なんかよくわからないものばかりだな……。工具ばかりドロップするのだろうか。
「『ドリルビット』は鏃に取り付けると威力が増す。木ネジも【木工】スキル持ちには高く売れる」
そうなのか。リンカさんの説明を受けて、『ドリルビット』はレンへ譲ることにした。
僕らの周囲は先ほどリゼルが放った【トルネードファイア】で雪が溶け、地面が剥き出しになっていた。
ちょっと泥っぽいけど雪よりは動きやすい。
「戦闘が始まったら初手でこれをかまして、動けるフィールドを確保した方がいいかもな」
「この魔法けっこうMP使うから、毎回使うわけにはいかないけどね」
ま、そうだろうな。戦闘ごとにやっていたら魔法職であるリゼルであっても、あっという間にMPが尽きてしまう。そんな無駄打ちはできない。
ドロップアイテムを確認した僕らは再び雪中行軍を続ける。
数時間かけて何度か戦闘をしながら麓をぐるりと回ってみたが、これといって変わった発見はなかった。この辺りの敵はそれほど強くはない。
ドリルモグラ、ホワイトウルフ、スノースライム、アイスバードといったところか。スノースライムが雪に擬態して襲ってくるので、厄介ではあったが、苦戦するほどではない。
「よし、じゃあ少し登って、今度は中腹あたりを探索してみよう」
僕らは雪山の上へ目指し、歩き始めた。滑り落ちないように気をつけながら緩やかな斜面を登っていく。
「あ、降ってきた」
ミウラの言葉に空を見上げると、ちらほらと雪が降り始めていた。空もさっきより曇ってきている。
「吹雪になるのだけは勘弁してもらいたいですね」
「ここらへんにポータルエリアがあれば便利なのに」
【銀雪山】のポータルエリアは麓の一か所だけ。僕らがやってきたところだ。他にはまだ見つかっていない。これがまた【銀雪山】を難所エリアにしている。
つまり、一時撤退ができない。一旦ギルドホームに戻ってしまうと、また初めからやり直しになり、再び登山しなければならないのだ。ログアウトするだけならできるのだが。
しかし僕らにはそんな心配は不要である。【セーレの翼】のビーコンを設置して、転移ポイントを作っておけば、一度本拠地に戻ってもまたその場所から探索を再開できるのだ。
まあ贅沢を言えば、敵に襲われないセーフティエリアで設置したいところだが、そんな場所あるかな……。
この山ではセーフティエリアである回復の泉とかファイアーピットはとてもありそうもない。せめて洞窟とかがあればな……。
風が少し強くなってきた。天候は不安だが、いけるところまで行ってみよう。
と、気合いを入れ直したとたんに【気配察知】が敵を捉えた。強い殺気だ。これは……!
「シロさん、右手に虎が!」
レンの言葉に横を視線を向けると、そこには大きな白い虎がゆっくりとこちらを睨みつけながら歩いていた。
サーベルタイガーのような長い牙を剥き出しにしながら、『グルルルル……』と唸り声を上げている。どう見ても友好的な雰囲気じゃない。
ウェンディさんが盾を構えて前に出る。
僕らも武器を手に戦闘態勢に入った。
「あれは白剣虎。この【銀雪山】に生息するモンスターの中ではなかなかの強さを誇る……と、昨日攻略サイトで読んだ」
リンカさんがそんな説明をしてくれた。うん、まあ強そうだ。
大きさからして普通の虎じゃないし。ライトバンくらいあるぞ。
『ゴガァァァァァァァッ!』
その白剣虎が雪を蹴り飛ばしながらこちらへと襲いかかってくる。
真正面からの爪の攻撃を、ウェンディさんが大盾で受け止める。
その隙を狙って、僕とシズカがウェンディさんの左右から飛び出し、白剣虎に攻撃を加えようと斬りかかる。
しかし、すんでのところで白剣虎は背後へと飛び退き、僕らの攻撃を躱す。思ったより動きが素早いようだ。
「【ファイアボール】!」
ドンッ! とリゼルの放った火球が白剣虎へ向けて飛んでいく。だがそれも白剣虎の素早い動きに外されてしまった。
よくこの雪の中であんな動きができるな……。
「【ツインショット】!」
レンが二本の矢を同時に放つが、どちらとも外してしまった。一本は白剣虎の足下の地面に、もう一本は木の幹に刺さってしまう。
「今です! 【操糸】!」
レンが叫ぶと矢に巻きついていたと思われる糸が、木の幹と白剣虎の右後足にグルグルと何重にも絡み付き、その場に固定してしまった。
レンのジョブ『裁縫師』のジョブスキル【操糸】だ。針と糸を自由に操る操作系のスキル。こう言う使い方もあるのか。
白剣虎がその束縛から抜け出そうと力を込めるとブチブチと糸が切れ始めた。糸自体はただの糸だ。耐久性は低い。しかし動きを一時的に止めるには充分なものだった。
「【兜割り】!」
『ガッ!?』
飛び込んだミウラの大剣が白剣虎に振り下ろされる。ミウラの身体からは赤い光のエフェクトが放たれていた。種族スキル【狂化】を使ったのか。
頭部に強烈な一撃を喰らい、白剣虎はその場でピヨった。チャンスだ。
「【ダブルギロチン】」
「【月華斬】!」
その隙を見逃さず、僕とシズカが白剣虎に戦技を叩き込む。一気に白剣虎のHPがレッドゾーンにまで下がった。
「二人ともどいて! 【ファイアランス】!」
リゼルの声に僕とシズカは散開し、射線を開ける。リゼルの放った炎の槍が、ダメージを受けて動きが鈍っていた白剣虎を見事に貫いた。
次の瞬間、パァン! と白剣虎が光の粒となって弾けて消えた。
「やった! 今のいいコンビネーションだったよね!」
「レンさんの【操糸】がよかったのですわ! あれで畳み掛けることができましたもの」
「えへへ、そうかな……」
ミウラ、シズカ、レンがわいわいとはしゃいでいる。確かに今のは連続で戦技が決まっていって、いい連携だったと思う。ミウラの攻撃でピヨったのもタイミングが良かった。こういう気持ちいい戦闘がたまにあるから楽しいよな。
喜んでいる三人を横目にドロップを確認すると、『白剣虎の牙』、『白剣虎の毛皮』、『白剣虎の爪』であった。獣系はどうしてもこういう、牙、爪、毛皮系になるな。
僕がそんなことを考えていると、横にいたリゼルが少し困った顔をしてこちらを見てきた。
「ねえ、シロ君、私『白剣虎の頭』ってのが出たんだけど……」
「え、『頭』ってなんだよ……?」
「毛皮と組み合わせると敷物になるらしいよ」
虎の敷物ってあれか? 金持ちの家にありそうな、虎が潰されたような形で広げられているやつ。部屋に置くには、なかなかに難しいインテリアだと思うが……。
ま、まあ高級志向なプレイヤーには受けるかもしれないな。
白剣虎を倒した僕らはさらに上の方へと進む。それに連れてだんだんと風が強くなり、雪も酷くなってきた。
「うあー! 吹雪いてきたなあ!」
ミウラが風を避けるように姿勢を低くしながら叫ぶ。
普通なら『少し風が強いかな?』程度の風速でも、雪混じりとなると感覚的に吹雪とそう変わらない気がする。
天候がどんよりと曇っていることもあって辺りは薄暗く、さらに雪がのせいで視界が最悪だ。
この状況で戦闘は難しいのではなかろうか。
「シロさん、前!」
レンの叫びに前を見ると、薄暗い木立の中、白い獣が立っている。吹雪でよく見えないが、クマか? シロクマか!? くそっ、【気配察知】が働かなかったか!
僕らは吹雪の中、こちらへとゆっくり近づいてくるシロクマを迎え撃とうと武器を手に取った。
「……なんかシロクマにしては小さくありませんか?」
「そういえば……」
横にいたウェンディさんの言葉に僕は同じ疑問を感じた。クマにしては小さい。僕らとそこまで変わらない感じだ。形もなんかずんぐりと丸っこいような……?
「おや? また珍しいところで会ったね」
シロクマが話しかけてきた。否、シロクマではない。シロクマの着ぐるみが話しかけてきたのだ。
「……もしかしてレーヴェさん?」
「やあ、久しぶり」
胸に小さなリボンをしたシロクマの着ぐるみが軽く手を挙げて挨拶をしてくる。
どうやらレーヴェさんに間違いないらしい。この人とは変なところで会うなあ……。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■サーベルタイガー
剣歯虎とも。数万年前に絶滅。タイガーとはいうが、ネコ属やヒョウ属にもそれほど近くないという。発達した短刀状の上顎犬歯は二十センチほどになり、大型動物を狩るために使われていたとされる。しかし顎の力はそれほど強くなく、獲物の比較的柔らかい首を狙って狩りをしていたとか。折れると困るからね。