■124 The Inner Light
気がつくと金属で作られた個室のようなところに立っていた。
天井にはいくつかの円形のライト。床より一段高くこれまた円形に作られた場所に立っていて、その床は奇妙な幾何学模様の光をスリットから放っている。
正面には大きなドアのようなものがあり、僕らの横に設置された大きなコンソールの前には一人の人物が立っていた。
その人物を見て一瞬、ぎょっとしてしまったが、なんとか顔には出さずにすんだ……と思う。
赤系の制服、あるいは軍服のようなものを着たその人物は、首から上が鷲の頭だったのだ。背中には大きな翼が二枚折り畳まれている。
「亜空間転送完了。お帰りなさいませ、皇帝陛下、ノドカ様、マドカ様」
「うむ。『真紅』、靴を。こやつの分もじゃ」
『了解。マイマスター』
鷲頭の人とは違う、機械的な声がしたかと思うと、段差の下に靴が四足、光とともに現れた。三つは草履のようなもので、一つは普通のものである。
「ミヤビさん、ここは……?」
「言ったじゃろう。わらわの母艦じゃ。場所は……どこじゃったか?」
「地球人が『火星』と呼ぶ惑星付近になります。地球より十三光分」
鷲頭の男性(?)がミヤビさんに答える。十三光分? 光の速さで十三分ってこと? 距離にするとどれくらいよ!? よくわからん!
「こっちじゃ。ついて参れ」
とんでもないところに連れて来られたという事実に僕がパニクっているのもお構いなしに、ミヤビさんが部屋を出ていく。僕も慌てて靴を履いて追いかけた。
プシュ、とエアロックのような音を立てて、金属製のドアが左右に開き、広い通路へと出る。
その真ん中をミヤビさんが悠々と歩くと、通路にいた人(?)たちが跪き、その場で首を垂れる。
僕はその状況に戦々恐々としつつも、そこにいる者たちが地球人とは違う姿をしていることに驚いていた。
鼻や耳が長い者、岩のような肌を持つ者、腕が四本ある者、身体中に刺青のようなものを入れている者……。
間違いなく彼らは地球で『宇宙人』と呼ばれる者たちだろう。やはりとんでもないところへ連れて来られたようだ。
ミヤビさんが通路にあった大きな扉の前で立ち止まると、自動ドアのように金属製の扉が左右に開いた。
「……これは陛下! どうなされました?」
部屋にいた毛むくじゃらが話しかけてきた。身長は一メートルほどの人型をしているのだが、真っ白い髪の毛も髭も床につかんばかりに伸びまくっていて、まるで白い毛の柱から腕が生えているように見えるのだ。
「うむ。この者の生体スキャンを頼む。遺伝子まで全てな」
「かしこまりました」
「え? え? うげっ!?」
ミヤビさんの言葉に戸惑っていると、一瞬にして伸びた毛むくじゃらの毛に絡めとられた僕は、部屋にあったベッドらしきものに持ち上げられて寝かされてしまった。
「ちょっ、なにすんの!?」
「暴れるでない。ちょっとした確認に過ぎぬ。数値で示さんと納得できん輩もおるでのう」
押さえつけられたベッドから飛び出してきた拘束具によって、僕の手足が固定される。もの凄く怖いんですけど!? インプラントとかじゃないよな!?
ベッドの真上にあった蛍光灯っぽいものから眩しい光が一種だけ放たれる。
毛むくじゃらは『DWO』内でいう、ウィンドウのようなものを空中に展開してそれを指先でついつい、と動かしていた。
「そんなまさか、これはっ……!」
ウィンドウを見ていた毛むくじゃらが驚いて、急いで僕の拘束具を外す。そしてそのまま、その場に跪いて首を垂れた。
「皇太子殿下とは知らずに御無礼を! 平に!平に御容赦下さいませ!」
「かかか。やはり間違いなかったのう」
毛むくじゃらの態度を見てミヤビさんが愉快そうに笑う。こっちは愉快でもなんでもないんだが。
「あの、皇太子ってどういう……」
「シロ。お主には間違いなくわらわの血が流れている。そして龍眼に認められるという我が一族に連なる条件も満たしておるのじゃ。故にわらわの息子と言っても過言ではない。さあ、母と呼べ!」
「いや、呼ばないから」
「ぬうっ!? 息子が冷たいのじゃ!」
ちょっと待ってくれ。いろんなことが起こり過ぎて頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
ここは宇宙だし、宇宙人が目の前にいるし、僕も宇宙人の子孫だって言うし……。
誰かわかりやすく説明してくれ!
『マイマスター。彼はだいぶ混乱しているようです。催眠誘導による擬似的な情報転写をされてはいかがでしょうか? 細かい説明はこちらで引き受けます』
「そうじゃの。面倒じゃし、それでいくとするか。地球人に合わせたやつじゃぞ? それと『真紅』、わらわの個人的な部分は省けよ? 見せんでいいものまで見せるな」
『承知しております』
またどこからか機械的な声がして、ミヤビさんとなにやら話していた。『真紅』という人となにかで通話しているのだろうか?
『それでは始めます。マインドスキャン開始。ヒュプノシスモードへ移行。ナノマシンを……』
なにかわけのわからない言葉を聞いたかと思ったら、僕の意識はVRゲームにログインするときのように深い闇の中へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
────むかしむかし、あるところに一人の若者が住んでおった。
若者は親も兄弟もなく、一人で暮らしていたが、たいそう心の優しい若者で、村ではそれはそれは頼りにされておった。
そんなある日、村の人たちは空を駆ける龍を見る。都の方から村へと飛んできた龍は、村の外れにある小さな山へと落ちていった。
村人たちは祟りがあるかもしれない、不吉な前触れじゃ、と騒ぎ立てた。
若者は村人たちを宥め、自分が山へ確認してくると言い残して一人山へと向かった。
山へ向かった若者は、まるで嵐の後のように辺りの木々が倒されているのを見つけたが、龍の姿を見つけることはできなかった。
村人たちになんと伝えたらいいものか悩んでいると、若者は倒れた木々の下敷きになった一匹の狐を見つけた。
かなり弱っていた狐を若者は放っておくことが出来ず、家へと連れ帰って手当てをしてあげた。
数日もすると狐は元気になり、どこにいくにも若者の後をついて来るようになった。
狐は若者を気に入り、若者も狐を大切にしていた。まるで連れ添う夫婦のようにいつも若者と狐は一緒だった。
それから村に不思議なことが起こり始める。
実るまで数ヶ月かかる作物が数日で実ったり、怪我をした村人が次の日には治っていたり、村付近に現れた熊がなぜか倒されていたり。
村人はそれがあの狐の神通力によるものと信じていた。なぜなら日に日に元気になっていった狐は、神々しいまでの光を纏っていたからだ。村人は狐を伏し拝み、村の守り神とした。
神狐は人の姿となり、若者との間に子をもうけ、村人たちから慕われるようになった。
しかしその噂を聞きつけて、神狐を捕えんと都の貴族たちが兵を差し向けてきた。
若者を含めた村人たちがそれを拒絶すると、都の兵は無理矢理にでも神狐を奪おうと戦いを仕掛けてきたという。
その傲慢さに神狐は怒り、炎の力をもって都の兵たちを焼き払った。這う這うの体で都に逃げ戻った兵たちは、あれは神狐などではない、邪悪な妖狐じゃと騒ぎ立て、都に混乱を呼び起こした。
時の帝は都一の将軍に妖狐討伐を命じ、数千からなる兵が村へと向けて出発した。
次々と襲いくる兵たちを、人の姿へと化身した神狐が打ち倒していく。
焦った将軍は罠を張り、若者と神狐との間に生まれた赤子を人質にして、神狐を追い詰めていった。
刀で斬られ、槍と矢が刺さり、疲労困憊となった神狐は最後の手段として眷属である龍の群れを呼び寄せた。
空に現れた無数の龍が吐く炎により、将軍を含めた都の兵たちはすべて焼き払われた。
しかし龍を呼び寄せたことで神狐は力尽き、傷を癒すため天界へと帰らねばならなくなった。
神狐は若者に龍が持ってきた宝を渡し、都の兵が再び村へ来てもそれが守ってくれるだろうと言い残して、天界へと昇っていった。
残された若者と赤子がその後どうなったかを神狐は知ることはできなかった。
天界の掟で地上に戻ることを禁じられたからである。
神狐はそれに納得できず、神々へ反逆するための力をつけ始めた。そして長い長い時が過ぎた……。
◇ ◇ ◇
「…………んあ?」
目を覚ますとぼんやりとした天井が……天井、てん、あれ? 天井がない……?
頭上に広がるのは満天の星空。無限の大宇宙。
むくりと起き上がると、とても広い部屋のど真ん中で瀟洒なベッドに寝かされていた。天井はなく、外の風景がそのまま見える。つまりは宇宙船の外、宇宙が。
「そうか、宇宙船の中だったっけ……」
天井がないわけじゃないんだろうな。息ができるし。ガラス……じゃないよな……。なにか目に見えない壁のようなものが張られているんだろうか。
『お目覚めになられましたか』
「えっ!? 誰!?」
突然かけられた声に辺りを見回すが誰もいない。今の声はさっきミヤビさんと話していた『真紅』という女性の声のような気がする。
「えっと、『真紅』……さん?」
『はい。自己紹介が遅れました。私は銀河帝国皇帝旗艦『真紅』。この船のメインコンピューターです。催眠誘導による体調の変化は確認されませんが、ご気分はいかがでしょうか?』
「あーっと……大丈夫です、はい」
メインコンピューター? つまり真紅さんはこの宇宙船本体ってこと? なんかもう驚くのに疲れて声も出ない。
「その、催眠誘導って?」
『皇帝陛下の地球でのことをわかりやすく説明するために、「夢」という形で伝えさせていただきました。白兎様の記憶にある「昔話」というものをモデルに投影してみたのですが』
あー……だからあんな夢を見たのか。確かに過去に何があったのか、ざっくりとわかりやすかったけれど。
つまりはあの狐ってのがミヤビさんで、村の若者ってのが僕のご先祖様なんだろう。
地球に不時着したミヤビさんが、そんな目にあっていたなんて……。
最後に呼び出した龍の群れってのは、ミヤビさんの仲間の宇宙船かな? それによりミヤビさんは地球を離れることになった、と。
「でもなんか最後、『神々への反逆』とか不穏な引きだったけれども……」
『星間法における条約により、皇帝陛下は地球への干渉を禁じられました。それを打破するため、陛下は銀河帝国を建国し、長い年月をかけて星間法を改定したのです』
え!? それってルールを変えるために国を興しちゃったってこと!?
『所属している星の議員数によって星間法は決定されますので。ライカ宇宙域のほぼ全てを征服した皇帝陛下なら容易いことでした』
「なんかスケールが大きすぎてよくわからん……」
とにかくミヤビさんが地球に来るために、かなり無茶なことをした、というのはなんとなくわかった。
『陛下は惑星連合と宇宙同盟に対しても確固たる姿勢を崩すことなく戦ってきました。私も旗艦として参加していましたが、アルカディア星域での戦いは星団史において伝説になるほどの……』
「そこまでじゃ、真紅。シロに余計なことを吹き込むでない」
部屋の扉が開いてノドカとマドカを引き連れたミヤビさんが入ってきた。あれ、いつもの服と違う。
和風テイストの入った服は同じだが、金糸銀糸の刺繍か煌びやかな赤い服を着ている。まるで十二単のように豪奢なものだが、重さを感じることなくスタスタとミヤビさんはこちらへと歩いてきた。
着飾った姿を見ると、確かに位の高い人に見える。
「どうじゃ、シロ。真紅の説明でわかったか?」
「ま、まあ、なんとなくは……」
わかったような、わからないような。少なくとも僕がミヤビさんの子孫ということは間違いなさそうだ。まさかこんな形でご先祖様に会うことになろうとは。
あれ? ちょっとまてよ?
「あの、僕の他にもミヤビさんの血を引いている人間がいるんですけど……」
因幡の血筋がミヤビさんの系譜なら、父さんはもちろん、百花おばあちゃんや、その娘である一花おばさん、その子供である奏汰と遥花もその血を引いていることになる。みんなもミヤビさんの一族ということになるのか?
「確かにわらわの血は引いているが、わらわたち『龍眼』の一族ではないの。血は薄まり、ほとんど他人と変わらぬ。この場合の『一族』とは『龍眼』と繋がり、掌握できる『内なる光』を持つ者のことじゃ。残念ながら我が子にはそれがなかった。故に宇宙に連れて行けなんだが……。まさか世代を経てその資質が強く出るとは思わなかったがの」
ミヤビさんの一族にとっては、血の繋がりよりもその『内なる光』によって一族と認めるらしい。
確かに人間なんて、遡っていけばどこかでは同じご先祖様にぶち当たるわけだけど、それがあまりにも離れすぎてたら、実質他人と変わらないか。
僕もミヤビさんをご先祖様なんだと理解はしても、肉親だとまでは思えないし。いろいろと違いすぎるからなあ……。あんな狐耳や尻尾なんてないし。
あれ? そういえば……。
「ミヤビさんがご先祖様ってことは、ミヤコさんも同じ一族ってことですか?」
「いや、あやつは『龍眼』の一族ではない。その昔、戦場になった星で拾ったのじゃ。拾った時はまだノドカやマドカよりも小さくての。じゃが稀有な才能と能力を持っていたし、わらわに懐いていたので、義理の妹とした」
あ、やっぱり違う種族なんだ。狐耳と猫耳だしな。だけど義理の妹でも僕と親戚にはなるのかな?
「で、その……僕はこれからどうなるんですかね?」
状況だけ鑑みると、宇宙人に攫われて拘束され、頭に変な情報を流し込まれた。
ひと昔前のSF映画や小説なら間違いなく生体モルモットにされているところだ。
「別にどうもせんぞ? 確認のために連れてきたが、裏付けが取れれば充分じゃ。本来ならわらわの後継者として全宇宙に発表したいところじゃが……」
ミヤビさんがとんでもないことを言い出したのでぶんぶんぶん! と首を横に振る。本気でやめてくれ! 厄介ごとの種にしかならないと思う!
「まあ確かにの。未だにわらわの座を狙っている跳ね返りもいるしのう。一族と知られれば攫われる可能性もあるか」
今現在攫われてますけどね! 物騒なことを言うのはやめていただきたい! 心臓に悪いから!
「幸い【帝国】の者しかこのことは知らんし、ま、問題ないじゃろ」
「あ」
「ん? どうした?」
ミヤビさんの言葉で思い出した。同じようなことをリーゼにも言われたことを。
リーゼは僕が『龍眼』を持っていて、その継承者だと知っている。これってひょっとして、けっこうマズい……のか?
「なんじゃ、どうした?」
「えーっと……その、一人、【連合】の人物で、このことを知っている者がいまして……」
「【連合】の? ……ああ、あやつか。【連合】の二級調査員じゃったの。ふむ……消すか」
「……冗談ですよね?」
まったく笑えないミヤビさんの言葉に血の気が引く。星間法とやらのルール上、地球人には今はおいそれと手は出せないようだが、リーゼも宇宙人である。宇宙人同士なら問題ない……わけないよな?
「もちろん冗談じゃ。くくく、そんな怖い顔をするでない。じゃが、口止めはしておけよ? 【連合】の上に漏れた場合、タダではすまさんとな」
それは脅迫と言うのでは? と出かけた声をなんとか飲み込む。実際、リーゼから漏れたら危ういのは確かだし。リーゼにはなんとしてもだんまりを決め込んでもらわねば。彼女のためにも、僕のためにも。
「じゃあ、もう僕は地球に戻ってもいいんですよね?」
「なんじゃ、もう帰るのか? せっかく来たんじゃ、艦内を見学していけばよいものを」
「いや、もう遅いですし……って今何時ですか? 僕、どれくらい寝ていたんです?」
『現在、日本時間にして午前六時五十二分です』
「朝じゃん!?」
僕の質問に真紅さんが答えた。なに? そんなにぐっすり寝てたの!? 周りが宇宙だから全然気がつかなかったよ!
「帰ります!」
帰ってすぐにご飯食べて身支度整えて学校に行かんと! 現実感ある長い夢を見させられたからか、まったく寝た気がしないのだが、今日は平日で普通に登校日だ。もたもたしてたら遅刻してしまう。
「仕方ないの。また今度ゆっくり見せてやるか。ノドカにマドカ、転送室まで連れて行ってやるがよい。お前たちもそのまま帰れ」
「連れて行くです!」
「連れていくの!」
元気よく手を挙げたノドカとマドカが僕の手を引っ張っていく。僕は二人に引かれるままに部屋を出て、また艦内の長い通路を歩くことになる。
そこには通路を行き来するいろんな宇宙人たちの姿が。
一見人間っぽく見えるが、顔がやたらと青い者。後頭部が長く丸まり、オウムガイのような形になっている者。動物の耳と尻尾を持つ者。動物の頭だけを持つ者。まるきり動物が四足歩行している者。様々な宇宙人がすれ違っていく。
先ほどと違ってミヤビさんがいないからか、みんな平伏することもなく、どちらかというと僕らを見て驚いたような顔をしてすれ違っていく。
『僕らを』というか『僕を』なんだろうけども。『なんで地球人が?』とか思われているんだろうなあ。
やがて最初に連れてこられた鷲頭の軍服さんがいた部屋までやってくると、ノドカとマドカに引かれ、そのまま光る台座にのぼらされた。
「ライエンさん、シロお兄ちゃんのおうちにお願いします!」
「お願いするの!」
「了解しました。システムインターロック。バッファ同調。────亜空間転送開始。またお越し下さいませ、皇太子殿下」
鷲頭さんが笑ったように見えたと思ったら、次の瞬間、僕は自宅のリビングに立っていた。
戻ってきた、という安心感からか、僕はリビングのソファーへと座り込む。
いやもう……これからどうなるんだろう……。えーっと、差し当たってやることは……。
「とりあえず……朝御飯にするか……」
「ご飯です!」
「ご飯なの!」
あまりにも現実離れしていた今までの出来事から逃避するために、僕は普段と同じく朝食の用意を始めた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■物質転送
物質を一旦情報化し、再構築する技術である。人間を転送する場合、一旦分解されて再構築されるため、『それはクローンではないか?』などの疑問が起こる。そのため、SF作品などではしばしば転送を嫌う人物がいたりもする。転送時に異物があると身体と同化してしまったり、また、分解された情報が残されていたため、転送者のコピーが出現してしまったりと、面白いSFの題材としてもよく使われる。