■123 BEYOND THE TIME
「これで99個目、と」
僕は出来上がった『マナポーション』を机に並べてひと息入れる。
いやあ、作った作った。中央広場に行ったらちょうど『月光草』を格安で売りはじめたプレイヤーがいたので、ここぞとばかりに買いまくった。
何個か失敗したのもあるけれど、ほとんどはうまくいったな。【調合】スキルの熟練度もかなり上がったぞ。生産メインのプレイヤーにはとても及ばないけれどさ。
十本に満たないけど、『ハイマナポーション』もできたし。自分的には満足いく出来栄えだ。
「シロ君、できたー?」
「ああ、ちょうど今終わったとこ」
ギルドホームの庭にある調合室の扉を開けて、リゼルがひょっこりと顔を出す。
魔法メインの彼女からも『マナポーション』制作を頼まれていたのだ。
「こっちが頼まれてた『マナポーション』50本と、『ハイマナポーション』5本な」
「やー、助かるよ。やっぱり持つべきものは生産職のギルドメンバーだねぇ」
僕は生産職メインではないけどな。本気の生産職プレイヤーは本当にスキルがガチ振りだからね。それこそ戦闘関連は全くできない感じの。
今のところそこまで振り切っているプレイヤーは見たことないけど。リンカさんでさえ、戦闘もできるようにある程度の戦闘スキルを取っているし。
そういや生産職メインのプレイヤーばかりが集まったギルドがあるとかトーラスさんが話してたな。
なにせ戦闘関連は一切できないので、素材が集められないから、素材は全てギルド依頼で手に入れているとか。
代わりに生産したものを格安で売ったりしてるらしい。持ちつ持たれつって感じかね?
戦えないと次のエリアに行けないんじゃ? とも思ったが、一時的にパーティに入れてもらって突破する方法もあるしな。生産で作ったアイテムを使って、ボスを倒すこともできるだろうし。
グリーンドラゴンに使った『炸裂弾』が十個もあればガイアベアくらいなら楽に倒せるんじゃないかね。
「これで【銀雪山】に行く準備は万全かな?」
「いや、レンの方でまだなにか作ってる。たぶん防具かアクセサリー装備だと思うけど」
レンは【裁縫】スキル持ちなので、防具もアクセサリーも布製品だとは思うが。
リゼルと連れ立ってレンの縫製室へ向かうと、レンの他にウェンディさんもいて、新しい装備に身を包んでいた。
おそらくはレンが作ったであろう上着とキュロットパンツ、そして膝上まで覆う脛当と手甲に胸鎧。
首元にはウサギマフラーが巻かれている。僕のようになびかせているやつではなく、首元で止めるタイプのやつだ。マフラーには僕のと同じくギルドマークが刺繍されている。
「新装備ですね」
「はい。お嬢様とリンカさんに作ってもらいました。かなり防御力に関してはアップしたかと思います」
布部分はレンで、金属部分はリンカさんに作ってもらったのだろう。同じギルドメンバーの作品なのでよくマッチングしている。
プレイヤー製の装備はどうしてもその人の『色』というものが出るので、物によってはケンカしてしまって、見た目的にミスマッチな装備になることもよくある。
まあ『性能さえ良ければいいんだよ!』とばかりに、そこらへんをまったく気にしないプレイヤーもけっこう多いが。
ウェンディさんは全身鎧の騎士とまではいかないまでも、いかにも『防衛者』とした姿となった。金属鎧を装備するようになったので、AGIは下がったと思う。その代わり防御力はかなり上がったんじゃないかな。
「いいなー。私も新しい装備欲しいかも」
「あ、リゼルさん用のローブも作っておきました」
「ホントッ!? さすがレンちゃん、話せるう!」
レンが取り出したローブはローブカーディガンと呼ばれるもので、羽織るタイプのやつだ。
薄桃色のローブを羽織ったリゼルが、その場でくるりと回る。薄手のローブがひらりと優雅に舞った。
「えへへ。どうかね、シロ君」
「うん、似合ってるんじゃないか? かわいいと思うけど」
「いやー、テレますなー」
リゼルがにへらと笑った。しかしこんな薄いローブで防御力は大丈夫なんだろうか。
「【ヴァプラの加護】で性能は跳ね上がってますので、普通のローブより防御力は高いですよ。それと運良く【冷気耐性】も付いたので、雪原フィールドのダメージも少しは防げます」
おお。何気に高性能だな。さすがはソロモンスキルってことか。
レンの持つ【ヴァプラの加護】は僕の【セーレの翼】と同じソロモンスキルだ。
僕の【セーレの翼】と同じように【ヴァプラの加護】にもいくつかのレベル解放があるという。
最初のうちは生産するものの成功率UPとなにかしらのランダム付与だったが、今ではレベルも上がり、素材強化や特殊な加工、簡易複製も可能になっているって話だ。さらにその先には、任意の付与ができるようになるのではと僕は睨んでいる。
「耐寒装備で【銀雪山】のフィールドダメージは防げますけど、雪山ですから動き辛そうですよね」
「そうなんだよなあ……」
ネットでの情報だが【銀雪山】では常に雪が降っていて、降り積もった雪のせいで歩くのでさえ困難なんだそうだ。日によって積雪が違い、良くて膝下、悪い日だと一メートルを越えるんだとか。
いや、日本でも積雪が十メートル越えなんてのが普通にあるから、だいぶマシなんだろうけど。
しかし日によって積もっている雪の量が違うってどうなんだろうな。これもいわゆるステージ特性なんだろうけれども。雪が多い日にはモンスターが現れにくいとか、そういった理由があるのだろうか。
どっちにしろ、雪の積もっている場所で戦うのは骨だよなあ。
「雪の中、走って戦えます?」
「【加速】を使えばなんとかいける……と思う。最悪、【セーレの翼】のビーコンで不意打ちを狙う」
雪山では近接戦闘は難しいかもしれない。距離を取っての攻撃か、待ち受けてのカウンター勝負になるかもな。【投擲】で投げる手裏剣もちゃんと用意してあるから大丈夫だとは思うけど。
フィールドに積もる雪は破壊不可能なオブジェクトではない。最悪、リゼルの火属性範囲魔法で溶かすこともできる。
まあ、そうなると泥の地面で戦うことになるわけだが。
「よし、それじゃ明日にでも【銀雪山】へ挑戦って事にするか」
「はい。ミウラちゃんたちにもメールしておきますね」
ミウラとシズカは今日は用事があってログインしていない。不参加ということはないと思うけど、まあそれならそれでフィールドの様子見に留めておいても構わないしな。
やることはやったので、今日は少し早めにログアウトすることにした。そろそろ二学期の中間試験があるのだ。
最近ゲームばかりしていて、予習復習を怠りつつあったからな。ここらでちょっと気合を入れないと成績が落ちてしまう。
父さんとの取り決めで、うちの小遣いは基本的に成績次第である。良ければ増え、悪ければ減らされる。
高校生ともなるとなにかとお金がかかる。軍資金は多いに越したことはない。
ログアウトしてリビングへ行くと、テレビの前にノドカとマドカが陣取っているのはいつものことなんだが、今日はミヤビさんまでソファーで寛いでいる。
え、いつの間に来たの……? しかもまた父さんのウィスキーを勝手に飲んでるし!
「おー、お邪魔しておるぞ。なにかつまむものをくれんかのう」
ソファーで横になりながら、ミヤビさんがテーブルの上にあるウィスキーのグラスを傾ける。行儀悪いなあ。
「【銀河帝国】の女皇帝とやらがこんなにホイホイ地上に降りてきていいんですかね……」
「かかか。気にするでない。やるべきことはちゃんとやっておる。わらわのところは優秀な奴らが揃っているからのう。戦争でも起こらん限り、わらわの出番などないわ」
あまり物騒なことを宣うのはやめてほしいんだが。リーゼの話だと、アメリカ大陸なら二秒で焦土としてしまう人が参加する戦争なんて考えたくもない。
「【連合】と【同盟】の奴らがとち狂って攻撃でもしてこんかぎり、【帝国】は高みの見物じゃ。地球の審議が終わるまで、配下の者たちもほとんど休暇を楽しんでおるわ」
審議……。確か地球人を試してるってやつか。【連合】も【同盟】も、『DWO』の中で、僕ら地球人を観察している。宇宙に進出すべき者であるかどうかを。
「地球人がこの審議に通れば、超光速航法や、分子機械装置、惑星改造などの技術が与えられ、【連合】なり、【同盟】なりの支援を受けることができよう。晴れて我ら『宇宙人』の仲間入りというわけじゃ」
かかか、とミヤビさんが自分の言葉におかしそうに笑う。『宇宙人』ねえ。
『宇宙人』の定義はわからないが、『地球外生命体』を示すのならば、地球から離れた時点で『宇宙人』と言っても差し支えないのか。
しかし、宇宙人からそんなとんでもない技術をもらってしまったら、地球はどうなってしまうのだろう。宇宙へどんどん進出してしまうのかね。
『宇宙、それは最後のフロンティア』と有名なSFテレビドラマで語られているが、その通りになるのだろうか。
「それよりつまみじゃ。小腹が空いた」
「へいへい」
宇宙の皇帝陛下に逆らう気も起きず、僕はキッチンへと向かった。リーゼの話だとミヤビさんはあまたの星々を潰してきた伝説の暴君らしいが、不思議と僕は怖さを感じない。どこか現実離れしているからだろうか。初めて会ったのがVRの中だったということもあるのだろうけれど。
夕食に出したカツオのたたきの残りがあるからこれでいいか。あと確か父さんがよくつまんでいるナッツの缶があったはず。これも出しとこう。
細かくしたレタスの上にカツオのたたきを載せて、梅ダレをかける。ナッツ類は皿に盛ってテーブルへと持って行った。
「魚か。……うむ! さっぱりとして良いのう。こっちの木の実も少しの塩味が絶妙じゃ」
ご機嫌でミヤビさんは皿の上の物を口にしながらウィスキーをきゅっと傾ける。皇帝っていうくらいだから、もっといい物を食べていると思うんだが……。地球とじゃ食文化が違うのかもな。
というか、食べ方が雑! ナッツを鷲掴みで食べないで下さい。こぼれてるでしょうが。
皇帝がこんな食事マナーでいいのだろうか……。いや、皇帝だからこそのマナー? やっぱり宇宙人はよくわからん……。
僕が床に落ちたナッツを拾おうと屈んだとき、胸元からお守り袋が出てきてしまった。紐で首にぶら下がる形になる。
「ん? なんじゃ、変なネックレスじゃの」
「いや、ネックレスじゃなくてこれはお守り。龍眼って言って……」
そこまで話して僕はハッとした。リーゼから聞いた話を思い出したのだ。
この龍眼は『レガリア』と呼ばれるとても貴重な物で、野心ある宇宙人にとっては僕を拉致してでも手に入れたい物であると。
顔を上げてミヤビさんの方を見ると、今まで見たこともないような顔でこちらを凝視していた。
「……龍眼じゃと?」
「あ、いや、これは……」
僕が何か言おうとするより速く、一瞬でミヤビさんは距離を詰め、僕の首元からお守り袋を引きちぎっていた。
その中にあった龍眼がミヤビさんの手の上にコロンと転がり出る。
次の瞬間、世界が凍りついたように全身から体温が抜けていくような錯覚を感じた。
ミヤビさんから放たれる剣呑な雰囲気に、完全にのまれたのだ。息をするのも苦しい。全身からじっとりとした汗が浮かぶのがわかる。
「シロ。これを……どこで手に入れた?」
「それ、は……、うちに代々伝わる、物、とかで……。その昔、落ちてきた龍から、もらったとか……」
「なに?」
フッ、と周囲の圧が一瞬で消える。息苦しさも消え、僕は肺の空気を一気に吐き出した。
なんだったんだ、今の……。ミヤビさんの力なんだろうけど……。
「龍からもらった……? 代々伝わる? お主まさか……見えるのか? 『龍の瞳』が?」
「『龍の瞳』……白い線のこと? 見えるけど……」
ふいにガシッとミヤビさんに頭を掴まれて、目を覗き込まれた。一瞬だが、ミヤビさんの二つの瞳が金色に輝き、龍眼と同じく縦に細められる。
「く……くくっ……!」
「み、ミヤビさん?」
「くははははははは! そうか! そうかそうか! そういうことか! あの馬鹿め! 約束を守りおったか! まさかこのような形で返されるとはの!」
ミヤビさんが涙を流しながら笑っている。僕を始め、ノドカとマドカの二人もポカンとしてそれを見ていた。
ひとしきり笑ったあと、ミヤビさんが深く息を吐く。
「それにしても……くくっ、散々探した挙げ句がまさかすでに身近なところにあったとはの」
ミヤビさんがまたもおかしそうに笑う。僕の方はなんのことかさっぱりわからず、戸惑うばかりだ。
「えーっと、結局これってなんなのかな……?」
「龍眼か? とある惑星の王権の証にして王の力の源じゃ。もともとはわらわが持っていたものじゃが……お主ならまあ、よい。持っておれ」
ミヤビさんは僕に龍眼を御守り袋に入れて、ポイ、と返してきた。それを僕は慌てて受け取る。王権の証の割には雑に扱うなあ!
「っていうか、これって大事なものなんじゃないの? もしかして【帝国】の玉璽とかじゃ……」
「ああ、違う違う。【帝国】とは関係ないわ。【帝国】はわらわが打ち立てた国じゃからの。そんなもんはない。単に龍眼は、わらわの生まれた星の王権の証ってだけじゃ」
へー……。って、いや! それも大変なものなんじゃないの!? 結局は王権の証でしょうが!
「かかか。その星に行けば『龍の瞳』が見えるお主も王族として迎えてくれるじゃろうな。行ってみるか?」
ミヤビさんの言葉に、ぶんぶんぶん! と首を横に振る。冗談じゃない。アブダクションは勘弁だ!
あれ、待てよ? この龍眼がもともとミヤビさんのものだったってことは、平安時代に僕のご先祖様がこれをもらった龍ってのは……。
「わらわじゃ。千年ほど前、この地に事故で不時着しての。まだ力にも覚醒しておらん小娘じゃった。大木の下敷きになり、死ぬ寸前であったところをあのお人好しの馬鹿に助けてもろうた……」
懐かしむようにミヤビさんが語る。『お人好しの馬鹿』というのが僕のご先祖様なのだろう。なんだろう……褒められているのか貶されているのか。
「あれ? でもご先祖様が助けたのは龍って言われているけど……」
「ああ……その時わらわが乗っていた船は事故のせいで煙を出していてな。落ちながら煙を棚引く姿が村の奴らには龍に見えたらしい。それでじゃろ。あとはまあ、龍もわらわの姿の一つであるしの」
なんと。そういやリーゼがミヤビさんやノドカとマドカらは、本気の時の戦闘形態があるらしい、とか言ってたな。それか?
なんにしろご先祖様が助けたのは龍じゃなくて宇宙人だったってことか。そんでそのお礼にこの龍眼をもらった、と。
「あやつの子孫なら『龍の瞳』が見えるのも納得じゃな。すでにその龍眼はお主を主として認めておるようじゃ」
「うーん……。でも父さんは見えないらしいよ。爺さんはうっすらと見えたって」
ちなみに僕にははっきりと見える。これはどういうことなんだろう? 龍眼に意志があって、持ち主を選んでいる?
「隔世遺伝じゃな。お主の祖父よりお主の方がわらわの血が色濃く出たのじゃろう」
隔世遺伝ね。先祖返りとか男性型脱毛症とかもそうなんだっけ? 爺さんは幸いハゲてはいなかったけど……………………んん!?
「いま重要なことをさらりと言った!?」
あまりにも普通に話すので、危うくスルーするところだった! 『わらわの血が色濃く』!? ちょ、待って!? まさか……そういうことなの!?
「かかか。『龍の瞳』はわらわの一族か特定の者にしか見えん。それが見えるということは、お主は間違いなくわらわとあやつの子孫じゃ」
嘘だろ……。僕がミヤビさんの……宇宙人の子孫だってのか!? 宇宙人と地球人の間に子供なんかできるの!?
「そう珍しいことでもないぞ? 実際、今現在地球上にもお主たちがいう宇宙人と地球人の間に生まれた者も数多く存在する。もちろん隠蔽されてはいるがの。その子孫とて何人かは存在しておる」
いや、リーゼなんかを見る限り、人間タイプなら異種交配は可能なのかもしれないけど……。宇宙人との間に混血種が生まれるのは第七種接近遭遇……だっけか?
「ひょっとして僕にも狐の耳や尻尾が生えてくるとか……ないよね?」
ちょっと不安になって耳やお尻に手を当てる。
「心配するでない。そこまでの変化はないわ。それにこれは生まれつきの種族特徴じゃ。そこまでの変化があるなら生まれた時から生えとる」
ミヤビさんの言葉に少しホッとする。生えたとしてもノドカやマドカのように隠蔽する方法はあるのだろうが、まだ地球人はやめたくない。
「ふ……。それにしてもあの赤子が生き残っていたとはの。母として何もしてやれなんだが……。こうして繋がりを残してくれたんじゃな……」
ミヤビさんの顔が少しの翳りを見せる。ミヤビさんと僕のご先祖様、そしてその間の子供との間に何があったのか……。気にはなるが、そこに無遠慮に踏み込んではならないような気がした。
「よし! シロ、特別にお主には『母様』と呼ぶことを許そうぞ! わらわの息子として迎えよう!」
「いや、けっこうです」
「ぬうっ!? 息子が冷たいのじゃ!」
息子じゃないっつーの。確かに僕には母さんがいないけれど、それでも母さんと呼べる人は僕を産んでくれたあの人一人なのだ。そんな簡単に呼べるものではない。
「シロお兄ちゃん、ミヤビ様の子供だったです?」
「だったなの?」
「いやいや、違うから」
ほら、ミヤビさんが変なこと言うから。ノドカとマドカが首を傾げている。
この子らもミヤビさんの一族なのだろうか。すると僕とは遠い遠い親戚とか?
「なんにしろ、やることがいっぱいできたの。とりあえずシロ、わらわたちと一緒に来い。母艦に行くぞ」
「えっ?」
ミヤビさんが何を言っているのか理解できないうちに、僕の姿は家の中から消えていた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■玉璽
秦の始皇帝が霊鳥の巣から見つけた宝玉で作ったとされる、皇帝専用の印章。西洋の『レガリア』、日本での『三種の神器』と同類のものであり、帝権の象徴である。『三国志演義』では、孫堅が董卓に焼き払われた洛陽の都で井戸の中から発見したと言われている。後に袁術に渡り、皇帝僭称の動機となった。