■121 コボルトの村を守れ
氷の蠍を倒し、『サファイアの鍵』を手に入れた僕たちは、そのまま喫茶『ミーティア』で打ち上げをすることになった。
【六花】のみんなは後日、僕らが『エメラルドの鍵』手に入れたパズルダンジョンに挑戦するらしく、リンカさんから機械式時計を六つ買い求めていた。例の同時に押さないと開かない扉対策だな。
千匹斬りは持久力が大変なんで、とにかくHP、MP回復薬を多めに持っておくように勧めた。
ミーティアでは女性陣はテーブル、男性陣はカウンターに分かれて雑談をしている。まあ、男性陣は僕以外は【スターライト】の三人なんだけどね。
「シロさん、スノウちゃんを連れてきてもらえませんか? 【六花】の皆さんが会いたいって言ってるので……」
マスターお手製のコーヒーを飲んでいると、申し訳なさそうにこちらへやってきたレンがそう述べてきた。ああ、そういえば、前にソニアがスクショ撮ってたな。
スノウは召喚獣ではないからこちらから呼び出したりはできないのである。
ここからギルドホームへ戻るにはポータルエリアを経由しなくてはならない。だけど僕なら【セーレの翼】のビーコンを登録してあるので一瞬で帰れる。
まあ、それほど手間でもないので快諾し、一旦店を出て人のいない路地裏へと行く。その場所にビーコンを設置してから【セーレの翼】でギルドホームへと戻る。
「きゅっ?」
スノウはリビングの隅にある自分の寝床で寝そべっていたが、僕を見つけるとパタパタとこちらへ飛んできた。
「お前に会いたいって人たちがいるんだけど、ちょっと顔出してくれるか?」
「きゅっ」
いいよー、というように小さく頷くと、スノウは僕の頭の上にポスンと乗っかった。
そのまま先ほど設置した裏路地のビーコンのところへと転移し、役目を終えたビーコンを回収しておく。
ここまで店を出て一分とかかってない。便利だよなぁ。
店に入ると黄色い歓声で迎えられた。うん、スノウがね……。
僕の頭からソニアが引ったくるようにスノウを連れ去り、テーブル席へと戻っていく。あのな……。いや、いいんだけどさ。
カウンターの方へ戻ってまだ冷めていないコーヒーを飲み直すと、隣のアレンさんたちがマップを開いてなにかを話し合っていた。
残るひとつ、赤の鍵はどこにあるかを話し合っていたという。
「まだ探していないところはけっこうあるからね。だいたいでも見当をつけておかないと」
第四エリアは雪と氷のエリアである。探索するにもかなりの時間と装備が必要で、なかなかマップが埋まらないのだ。
「【樹氷の森】か、【銀雪山】か……。どっちかが怪しいと思うんですけどね……」
セイルロットさんがマップを睨みながら呟いている。
リアルな世界では樹氷といえば、樹木に過冷却された霧などが当たり、表面だけ凍りついたものであるが、【樹氷の森】の樹氷とはその名の通り氷でできた樹である。ダイヤモンドダストが降るその森は、見た目がとても美しく、第四エリアの絶景スポットになっているらしい。
しかしここも【ティアード大氷原】と同じく極寒エリアで、耐氷装備をしていなければ、ガンガンHPが削られる。おまけに凍結攻撃をするモンスターが多く、あまり探索が進んでいない。
【銀雪山】は極寒エリアではないが、単純に出現モンスターか強い。仲間を呼び、集団で襲ってくるモンスターや、雪の中から突然襲ってくるモンスターなどがいるという。
「『スノースライム』という雪に擬態しているスライムなんかもいるらしいよ。僕らはまだ見たことはないけど」
雪に擬態か。それは厄介だな。【気配察知】系のスキルがないとバックアタックを受けまくりじゃないか。
「そういえば氷の神殿の情報は流すんですか?」
「いずれはそのつもりだけど、もう少し時間を置いてからかな。今公表すると間違いなく『エルドラド』が押し寄せて行くだろうし。あそこはボスだけだから、戦力が揃ってさえいればあっさりとクリアされそうだしね」
確かに。『エルドラド』の戦力ならあっという間に氷の蠍も攻略されてしまうだろう。プレイヤー同士、情報はなるべく共有した方がいいとは思うが、少なくとも次の鍵の在り処がわかるまでの猶予は欲しいところだ。
「二手に分かれて探索しますか? 【月見兎】と【スターライト】で」
【六花】はパズルダンジョンに挑む予定らしいから、ここは僕らだけで行こう。
「それもありかな……。なら、そうしようか。じゃあ【樹氷の森】と【銀雪山】、どっちを選ぶ?」
アレンさんが尋ねてくるが、【月見兎】のギルマスはレンである。振り返りテーブル席に座るレンの方に声をかけると『シロさんのお好きな方で』という答えが返ってきた。どちらでもいいらしい。
【樹氷の森】か【銀雪山】か……。
広さでいえば【樹氷の森】の方が広い。モンスターの強さでいえば【銀雪山】の方が強くて厄介そうだ。
うーん、どっちとも決めがたいが、僕が決めていいのなら……。
「なら【銀雪山】で」
「そっちか。けっこう強いモンスターも出るらしいけど、いいのかい?」
「ちょっとここらでレベルも上げておきたいですし。それに【樹氷の森】は極寒エリアですよね? やっぱり防寒着を着て戦うのは動きが制限されてやりにくいんで……」
モコモコの防寒着を着ていると、どうしても動きが鈍くなる。AGI(敏捷度)も落ちるしな。氷の木が立ち並んでいる場所だとさらに動きにくいことになりそうだ。
「そういえば第五エリアへ続く『白の扉』は三つの鍵で開くみたいですけど、【嫉妬】の第五エリアへ繋がる道は見つかったんですかね?」
第四エリアには二つのルートがあると言われている。
ひとつは同じ【怠惰】の第五エリアへと向かう正規のルート。
そしてもう一つはお隣の【嫉妬】の第五エリアへと向かうルートだ。
こちらの方は情報があまり入ってこない。あくまで噂だが、【怠惰】だけではなく、【嫉妬】の方でも開かないと繋がらないんじゃないかなんて話もある。
「【ティアード大氷原】を越えたさらに先にあると思われるんだけどね。あそこも吹雪が強くて遭難してしまうらしい」
「コンパスがあれば迷わずに行けるんじゃ?」
「なぜか吹雪の中だと普通のコンパスは役に立たないんだよ。【魔工学】で作った特別なコンパスじゃないとダメなんだ。まだ【魔工学】スキルを持っているプレイヤーは少ないからね。魔導コンパス自体が希少なんだよ」
ああ、そうか。僕らはリンカさんから何気なくもらったけれど、【魔工学】スキルってレアスキルだったな、そういえば。
吹雪だと普通のコンパスは使い物にならないって、雪に鉄でも入ってるんだろうか。
僕がそんな益体もないことを考えていると、ピロン、と着信音が鳴り、メールの着信を知らせる。ん? 誰からだろう?
誰かと思えばユウからだ。【雷帝】様がどうしたんか……ね……。
僕はメールを読み進めるにつれ、自然と片眉が上がっていくのを感じた。隣にいたアレンさんが僕の変化に気がついたのか、声をかけてくる。
「どうかしたのかい?」
「今、ユウ──【雷帝】からメールが来まして。リョートの村でイベントが始まったみたいです。どうも村が襲われているようで……」
「なんだって!?」
アレンさんが驚きの声を上げると、みんなの視線が僕らに集まった。
リョートの村は第四エリアの東の方にある『ストレイ氷窟』を抜けた先にある、コボルトたちの集落だ。
氷窟を守る氷騎士アイシクルをユウと倒して行った村だな。
その村が今現在、襲撃されているという。襲っているのはオークたちらしい。
前にもこんなことあったな。第四エリアに来たばかりの頃……あの時もオークに襲われていた村を【スターライト】のみんなと助けた。
そういや前に第三エリアでサハギンの襲撃があった時に、ユウにイベント情報をメールで送ったっけ。そのお返しかな?
「突発イベントか……。みんなどうする?」
アレンさんがテーブル席の女性陣にも声をかける。
「うーん、蠍戦でけっこう消費アイテムを使っちゃったしなー……」
「でも、参加するだけでも称号や参加アイテムをもらえるのでは?」
メイリンさんとウェンディさんがそんな会話をしている。確かにHPやMP、STは回復している。だけど消費したアイテムまでは補充していない。後発だし、参加してもいい成績は残せないと思う。
だからといってコボルトたちを見捨てるような感じになってもな……。
『「デモンズワールド」においては、このNPCも生きているということを忘れないでほしいですの。楽しければ笑い、悲しければ泣く。どうか別世界の友人として接して下さいですの』
不意に『DWO』を始めた時にデモ子さんに言われた言葉が脳裏に蘇る。
そうだ。あのコボルトたちだってNPCじゃない。どこかの星からログインしている宇宙人なのだ。おそらく彼らだって、この世界を楽しんでいただろう。
このイベントを含めて楽しんでいるのかもしれないが、それでも村が壊滅するような展開より、救われた方が楽しいに決まっている。
「……僕は参加します。このイベント、個人でも参加できるみたいなんで、一人でも、うっ!」
「おいおい、そんな面白そうなこと、見逃す手はねぇだろう。俺も参加するぜ」
ガルガドさんに強く背中を叩かれた。痛くはないが衝撃はあるから驚くでしょうが。
「面白いわ。このガントレットの性能を試したいと思っていたのよ」
アイリスが手に入れた新しいガントレットをポンポンと叩きながら笑顔を浮かべる。
【六花】の方を見ると全員が頷いていた。もちろん【月見兎】のみんなも参加意思を示している。
「もちろん【スターライト】も参加するよ。今から急いで向かってもどれだけ間に合うかわからないけれど」
「……大丈夫です。ポータルエリアまでなら一瞬で行けますから」
『えっ?』
事情を知らない人たちは目をキョトンとさせていたが時間が惜しい。僕は村を救うべく、すぐさま行動を開始した。
◇ ◇ ◇
「嘘でしょ……。本当に一瞬で来ちゃったの……?」
リョートの村に連れてきたアイリスが、四阿から眼下に見えるイグルーを見て茫然と呟いた。
僕がしたことは単純だ。まず、【セーレの翼】でギルドホームに戻り、ホームのポータルエリアから【リョートの村】のポータルエリアへと飛ぶ。
そこにビーコンを設置して、出発前に再びビーコンを設置しておいた『ミーティア』裏路地へと転移。
あとはみんなとパーティを組んで、何グループかにわけて一緒に転移してきた、とこういうわけだ。
【六花】のみんなに【セーレの翼】の一端がバレてしまったろうが、もともと半分バレてたようなものだしな。ランダム転移まではわかりはしまい。
戦いはすでに始まっているらしく、村のあちらこちらから黒い煙が立ち昇っている。村に入り込んだオークらと、プレイヤーたちが鎬を削っているようだ。
「イベント参加確認が来てるな。『イベント【凶兆・2】。オークに狙われた町【リョート】を救え』か」
以前クリアしたイベントのチェーンイベントっぽい。もちろん参加、と。
突然身近な場所で雷鳴が轟く。この雷撃は……!
「……あ。来たんだね、お兄さん」
いつものように表情ひとつ変えず、【雷帝】ことソロプレイヤーのユウが現れた。
その足元には黒コゲになったオークが倒れていたが、すぐに光の粒となって消えた。
「戦況はどうなってる?」
「多くのコボルトたちは村の南にある洞窟に避難した。何人かのプレイヤーがそこで防衛を固めていて、その他のプレイヤーは逃げ遅れたコボルトたちを助けつつオークを掃討中」
逃げ遅れたコボルトたちがいるのか。襲っているオークたちはグラスベン攻防戦の時ほど多くはないが、いかんせんプレイヤー側も数が少ない。
コボルトたちがNPCではなく宇宙人だとしたら、オークにやられて死んだとしても、それほど深刻に考えなくてもいいのかもしれない。
けれど、プレイヤーでさえデスペナルティはあるのだ。NPC役のコボルトたちだって、何かしらのペナルティを受ける可能性もある。
僕はリゼルのところまで下がり、こそっと小声で聞いてみた。
「NPCって死んだらペナルティあるの?」
「……一応あるよ。一定期間のログイン禁止と、復活のための高額な課金。払わないでも領国を変えて別のNPCでまた一から始められるけど」
一からか。それは辛いな。長い間、自分の好みに育てたキャラの消失は厳しいものがあるだろう。
やはり助けないという選択はないな。全力でオークを掃討しよう。
「前衛組は固まって動くより、分散してオークを狩ってくれ。後衛組は南の洞窟をメインに守りを固めた方がいいと思う」
「はい!」
「わかったわ」
アレンさんの提案にレンとリリーさんが答える。【月見兎】と【六花】の方針は決まった。
よし、いくぞ! オーク退治だ!
◇ ◇ ◇
「【ダブルギロチン】!」
『ギギャッ!?』
両腕をバッサリと断たれたオークがそのまま雪の中へと前のめりに倒れて、光とともに消える。
これで三匹めだ。なんかオークが多くなってきてないか? いや、シャレじゃなく。
村の向こうにある丘からオークたちが次々とこちらへとやってくる。これ、全滅させないとイベントクリアにならないのかね。
「【雷霆】」
バチィッ! と弾けるような音がして、ユウの放った雷撃が大きなオークに炸裂する。戦闘に使えるソロモンスキルは羨ましいなあ。【セーレの翼】じゃどうしようも…………いや、ビーコンをうまく使えば不意打ちには使えるか?
転移ポイントを作るビーコンは僕以外には見えない。それを使えばできないこともない、か?
「ちょっと実験してみよう」
僕は襲ってきた手頃なオークを相手にしながら、ビーコンを地面にそれとなく設置した。
ショートカットウィンドウを操作して設置したビーコンへと【セーレの翼】で転移する。
『ブガッ!?』
突然目の前から消えた僕にオークが槍を持ったままキョロキョロとしている。そのオークの背後に一瞬にして現れた僕は、両手にした双焔剣・改を振りかぶる。
「【双星斬】」
『ブヒィィィィッ!?』
断末魔の叫びを上げてオークが光へと還っていく。
思ったよりうまくできたな。ビーコンの位置が不意をつける位置に来るように、相手を誘導しなきゃならないのがちょっと難しいけど。
「……今のなに? 瞬間移動したみたいな速さだったけど……全然見えなかった」
「まあ、ちょっとね」
目を瞬いて驚きの表情を浮かべているユウに笑ってごまかす。まあ、ユウも僕がソロモンスキル持ちだと知っているからだいたいの予想は……あれ? そういやあの時の記憶は消されているんだっけ?
するとユウは僕がソロモンスキルを持っていることを知らないわけか。
うーん……。まあ、わざわざ手の内をバラすこともないから黙ってようかね。
おっとビーコン回収しとかないと。わざわざ取りに行かないでも登録消去すれば消えるのはありがたいね。
「オークキングだ! 手を貸してくれ!」
どこからかそんな声が聞こえた。オークキング? 群れのボスキャラか?
僕はイグルーの上に駆け上がり、高い位置からオークキングがいるところを探す。村の入口付近に一際大きなオークが暴れている。あそこか。
「【加速】」
イグルーから飛び降りた僕は【加速】スキルを使い、オークキングと何人かのプレイヤーたちが戦っているところへと移動した。
間近で見るとかなりデカいな……! 三メートル以上はあるんじゃないか?
ボロボロに錆びた大きな大剣を、豚頭の巨人が振り回し、プレイヤーたちに襲いかかっている。
『ブガァ!』
「ぐはっ!?」
オークキングの一撃を受け、プレイヤーの一人がイグルーまで吹っ飛ぶ。ぶつかった衝撃でイグルーが崩壊し、プレイヤーがその下敷きになった。ああー……あれは死んだかな?
『ブゴガァァァァァァァァァァッ!』
「!?」
突然放たれたオークキングの雄叫びに、身体の自由が奪われる。これは……! ブレイドウルフと同じ【ハウリング】か! こいつ、こんなスキルも持っているのか!
他のプレイヤーたちも動きが止まり、一瞬棒立ちになる。誰も【威圧耐性】を付けていないようだ。
『ブルガァッ!』
マズい! オークキングがこちらに狙いを定めて向かってくる! あのパワーで攻撃を受けたら間違いなく紙装甲の僕は死に戻るぞ!
大剣が振り下ろされる。硬直は解けたが【加速】を使っている余裕はない。ここは────。
「奥義・【夜兎鋏】!」
手にした双剣を頭上でクロスさせるようにして、相手の大剣を迎え撃つ。
ガキャッ! という衝撃音とともに、オークキングの持っていた大剣が根本から破壊され、粉々に砕け散った。
武器破壊の奥義【夜兎鋏】だ。ぶっつけ本番だったが、うまくいってよかった……! かなりボロボロの剣だったから、一撃でいけるんじゃないかなとは思っていたけど。うわ、STかなり減ってる。
「【スタースラッシュ】!」
『プギャアッ!?』
星形に放たれた五つの斬撃が武器を失って呆然たしていたオークキングに浴びせられた。横を見るとアレンさんが盾を構えて立っている。あれ、いつ来たんだろ。
「武器は無くなったぞ! 攻めるなら今だ!」
アレンさんの叫びに、おおおおおおっ! と、周りのプレイヤーたちから雄叫びが上がる。ここぞとばかりにプレイヤーたちから戦技の嵐がオークキングに向けて放たれた。
武器を持たないオークキングはそれを止めることも弾くことも出来ずにダメージを受け続け、やがて断末魔を上げてその場に倒れた。
あああ、またとどめ刺せなかった……!
■コボルトについて②
『DWO』におけるコボルトはモンスターではなく、NPCの一種族となっている。背が低く、犬の頭を持った亜人種。手先が器用な彼らは、銀細工などの工芸品を作ることに長けている。比較的友好な種族ではあるが、恥ずかしがり屋な性格で、あまり人前に出ようとはせず、主に隠れた村で生活していることが多い。