■011 荒稼ぎ
【怠惰】の始まりの町・フライハイトには、プレイヤーたちが自由に使える共同の工房がある。それぞれに区切りがあって、そこの施設を時間ごとに使用できるのだ。
いわゆる生産職と言われるプレイヤーの中でも、主に【鍛冶】スキルを持った職人たちが集まる場所だという。確かに溶鉱炉なんか持ち歩けないよな……。
たくさんの溶鉱炉がある割にはそれほど暑くない。魔法の炉なのか、工房自体になにか施されているのか……。
トーラスさんと僕は、工房の職人に探している鍛冶師の場所を尋ね、その炉が置かれているブースへと向かった。
「おったおった。おーい、リンカ!」
トーラスさんが声をかけた相手は黒いツナギを着た人物で、驚いたことに【魔人族】の女性だった。
黒目黒髪のポニーテールに、右手にハンマー、左手に火箸を持って、金床の上の金属の板を一心不乱に叩いている。時折り、ウィンドウでなにやら調整しながら、再びハンマーを振り下ろしていく。
炉の中へ突っ込み、叩き、また突っ込み、また叩く。
完全に作業に没頭していて、話しかける雰囲気ではない。僕らはそれが終わるまでしばらく待つことにした。
ハンマーが振り下ろされるたび、熱せられた金属の形が変形していく。それは不自然な変形の仕方であったが、これはゲームなんだと割り切って見れば、不思議ではないのかもしれない。なんせ水と薬草でポーションができるんだからな。
だんだんと形が整っていくにつれ、彼女がなにを作っているのかわかった。長剣。いわゆるロングソードという奴か。片手剣だ。
炉の中で熱せられたそれを、最後に水の中へと突っ込むと、盛大な水蒸気が上がって、一本のロングソードの刀身が現れた。
「……ん」
ポニーテールの女性はそれを横に置いて立ち上がると、振り向いて軽く片手を上げた。
「……なんか用?」
「相変わらず無愛想なやっちゃなぁー。シロちゃん、こいつはリンカ。見ての通り鍛冶師や。ま、このゲームは職業がないさかい、自称やけど」
「自称じゃない。きちんと称号も『新参鍛冶師』ってなってる。つまり公式」
少し拗ねた態度で頬を膨らまし、そっぽを向く。なかなか長身の美人さんなのに、なんか子供っぽい感じがするな。
「まあまあ、機嫌直し。いいもん持ってきてやったんやから。このシロちゃんがな、お前さんに売りたい物があるんよ」
トーラスさんに促されつつ、リンカさんにトレードを申請し、開いたウィンドウに例の鉱石類を並べる。
リンカさんも不思議そうな顔をしながらトレードウィンドウを開いたが、次の瞬間、マネキンのように固まった。
「どや。欲しいやろ?」
「これ……どこで……?」
「おおっと、それは話せんのや。これについては口外しない、詮索しない。それが売却する条件やと思うてくれ」
「む……」
リンカさんは僅かに眉根を寄せたが、それ以上は追及してこなかった。
「で、リンカならこれにナンボ出す?」
「……上質な鉄鉱石は1000G、その他の二つは一個4000G出しても惜しくない」
……マジですか。僕の買ったククリナイフ、二つで900Gなんですけど。
「わいが思ったのより高いな」
「これはそれだけの価値がある。先んじてこの鉱石を扱えるならば、これが出回るようになったとき、誰よりも先にいけるから」
トーラスさんに答えながら、ウィンドウの鉱石欄のところにリンカさんが入力した金額が表示されていく。
「……それで、売ってもらえる?」
「ええと、売るのは構わないんですが、僕にこれで武器を作ってもらえないかと……」
「構わない。お安い御用。お礼に『付与宝珠』もサービスで付けるけど、どうする?」
「付与宝珠?」
「課金アイテムや。武器や防具を作るとき、素材に追加するとランダムの特殊効果が付く」
リンカさんに代わってトーラスさんがそう教えてくれる。そんなもんまであるのか。
なんでもちゃんと付与するなら【鍛冶】スキルに加え、【付与】スキルも必要になってくるのだが、付与宝珠があればその必要はなく、さらに宝珠のみの特殊な効果もあるそうで。
効果はランダムだからアテにはできないそうだが。
まあ、付けてくれるってんならありがたく付けてもらおう。なんの付与が付くかはわからないが。【毒】とか【即死】とか付かんかな。
付与については文句はないのでトレードを承認し、エイジャ鉱石10個、サンドラ鉱石8個、上質な鉄鉱石12個、合計84000Gが僕の懐に落ちる。
とんでもないもんを手に入れてしまった気がする……。金庫買おう。この状態で死にたくない。
さっそくリンカさんが鉱石を取り出して、ほくほくした顔(僅かに、だが)でそれを眺めている。
「装備は短剣?」
「あ、はい。双剣装備で」
「了解。完成したら連絡するからフレンド登録していい?」
「わかりました。お願いします」
リンカさんとフレンド登録して、トーラスさんと鍛冶場を後にしようとしたとき、目の前に見覚えのある人物が現れた。
「あれ? シロ君じゃないか。トーラスも」
「え? あれっ、アレンさん!?」
お互いにびっくりした顔で対面する。
目の前にいるのは、初日に【クレインの森】で助けてもらった三人の一人、アレンさんだ。
出会った時と同じ、全身鎧に身を包んでいる。相変わらずイケメンだなあ……。まさに騎士とか勇者とかいった感じだ。
「なんや、二人とも知り合いやったんか?」
「ええ、まあ。アレンさんには一度助けてもらいまして……」
「いやいや、たいしたことじゃないよ。しかしこんなところで会うとはね。……ははあ」
アレンさんがほくほく顏で手に入れた鉱石を並べているリンカさんを見る。あ。
「なるほど。さっそく見つけたわけだ」
「あ~……、まあ、そうです」
「なんや? ひょっとしてアレンはん、シロちゃんの秘密、知ってるんか?」
「いや。全ては知らないよ。けれど、何をしたかは知っている。もちろん話せないがね」
なにせ現場にいた人だからなあ。黙ってくれているのはありがたいけど。
「アレンさんは何かの製作依頼ですか?」
「ああ。新しく剣を作ってもらおうかと思ったんだが……。その様子じゃ、なにか新しい素材が見つかったようだね?」
アレンさんがリンカさんに視線を向ける。リンカさんはこくりと頷き、目の前の鉱石を指し示した。
「Bランクの鉱石。これならかなり強力な装備ができる。第二エリアのボスも倒せるかも」
「それはすごいね……。その鉱石で僕の剣を作ってもらうことは可能かい?」
「先約がある。これはシロちゃんの短剣を作る分。何個か余るけど、長剣を作るにはちょっと足りない」
「そうか……残念だな……」
アレンさんが肩を落とす。っていうか、なんでリンカさんまで僕をシロちゃん呼ばわり……。
うーん、アレンさんの剣を作るには足りないのか。もうちょっと採掘してくればよかったなあ。
「シロちゃん、もうちょっとこれ手に入ったりせえへん?」
「取って来れなくはないんですけど……。うーん、まあいいか。じゃ、もう一回取ってきます」
「いいのかい!? 危険なんじゃ……」
アレンさんが気まずそうに声をかけてくる。死んだらデスペナルティで所持金が減る。そのことを心配してくれているのだろう。
だけど一度助けてもらった身だしな。恩は返しておこう。
「最悪死んでもいいように金庫は買おうと思ってましたし。リンカさん、あといくつくらい必要なんですか?」
「両方とも三つもあれば。個人的には試作用にさらにもう少しあればありがたい」
全部で六つか。それくらいならあそこのポイントで取れるだろ。問題は赤牛がいるかいないかだな。
よし、じゃあパパッと掘ってくるか!
金庫屋で50000Gの金庫を買ってデスペナ対策をし、例の【西部開拓地】に来たのだが、赤牛の姿はなく、拍子抜けだった。
それでも注意深く辺りを窺いながら、採掘ポイントで採掘を続ける。なんかコソ泥にでもなった気分だ。
実はさっき稼いだお金で新しいスキルも買ったのだが、そのせいかもしれない。
現在のスキル構成は、
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■使用スキル(7/7)
【順応性】【敏捷度UP(小)】
【見切り】【気配察知】
【鑑定】【採掘】【隠密】
■予備スキル(5/10)
【短剣の心得】【採取】【調合】
【蹴撃】【セーレの翼】
─────────────────
となっている。
【隠密】は気配を隠し、モンスターやプレイヤーからその存在を発見されにくくするスキル。熟練度が低いので今のところ気休めだが、これからもこういうことが続くなら、熟練度も上がっていくだろう。
そういえば【見切り】と【敏捷度UP(小)】 は熟練度が少し上がっていたが、あの赤牛の攻撃を躱したことによって上がったのだろうか。
「っ!」
なにかの気配を感じ、岩陰に身を潜める。そろそろと岩陰から見てみると、空に大きな鷲のような鳥が飛んでいた。あれも敵モンスターなのか……。
鷲は僕に気付かずまっすぐに飛んでいった。今回は【気配察知】が働いたらしい。ふう、助かった。
それからも採掘ポイントをピッケルで採掘していく。エイジャ鉱石もサンドラ鉱石も目的数をクリアしたので、もう帰ってもいいんだが、ついついもうちょっとだけ、もうちょっとだけ、となってしまう。
んお?
──────────────────
【サファイア(原石)】 Cランク
■unknown
□装飾アイテム/素材
品質:HQ(高品質)
──────────────────
うおう! 宝石の原石だ! これはすごいんじゃないか!? Cランクだけど高品質だし! 高く売れそうな予感!
突然、首筋にゾワッとする感覚。身に覚えがあるこの感覚に、恐る恐る振り向くと、巨大な赤い牛が、ぶふーっ、ぶふーっ、とすでに前足で地面を蹴り、万全の臨戦態勢だった。
わかった。熟練度が低い【気配察知】って、気を抜くと発動しないんだ。たぶん。……浮かれてすみません。
「ブモオオオオオオォォォォォォ!!」
「またきた──────────ッ!?」
そのあと赤牛の猛攻を何回も躱し続け、どうにかポータルエリアまで逃げられたのは自分でも奇跡としか言いようがなかった。生きてるって素晴らしい……。
ホント、心臓に悪いわ……。
「取って……きました……」
「お、おう。大丈夫か、シロちゃん? めっちゃ顔色悪いで……?」
そりゃそうさ。死にかけたからな……。明日は普通に適正レベルのところに狩りにいこう。逃げてばかりはストレスが溜まる。
まあ、そのおかげでエイジャ鉱石10個、サンドラ鉱石12個、鉄鉱石(上質)15個、サファイア(原石)1個という、かなりの成果を得たわけだが。
「……びっくり……。この量ならアレンの鎧、盾までできる」
「それはありがたいね。シロ君、感謝するよ。きちんと代金は払うから」
「いえ、お役に立ててよかったです……」
で、エイジャ鉱石10個、サンドラ鉱石12個、鉄鉱石(上質)15個を売り、全部で103000Gを僕は手に入れた……。おいおい、せっかく買った50000Gの金庫がもうオーバーしちゃってるよ……。
まあ、リンカさんに頼んだ短剣二本のお金である程度は消えるだろうけど、そう簡単に死ぬわけにはいかなくなったなあ。
【DWO ちょこっと解説】
■共同工房について
DWOには生産職が使うための共同工房がいくつか存在する。小型溶鉱炉や、機織り機、轆轤、調理場などをお金を払うことにより時間制で借りることができる。
さらにお金を払えば、より良い設備を借りることもできる。生産に使う道具などはレンタルだが、素材などはもちろん自腹。