■115 新スキルと取引成立
■第六エリアについて勘違いがありましたので、修正しました。
星降る島の林の中、僕とウェンディさんが対峙する。
「いきますよ。【スラッシュ】」
「【夜兎鋏】」
ウェンディさんが振り下ろしてくる剣を、僕は双剣をクロスするように受け止め、そのまま力を込めて振り抜いた。と、同時に刀身を挟まれた剣が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散る。
真ん中ほどからバラバラに砕けた剣は、どう見ても修復不能なほどのダメージを受けていた。
「戦技を放っていても武器の耐久性を削ることができるみたいですね」
「すごい! 【PvP】なら無敵じゃないかな、シロ兄ちゃん!」
ミウラがはしゃいでいるが、そうはうまくいかないと思う。
まず【夜刀鋏】も戦技である以上、STを消費する。武器破壊という勝負の決め手になり得る技だけに、その消費量も大きい。一回で僕の全STの約三分の一が消えてしまう。
次に一度で破壊できるわけではないということ。先ほどのような、耐久性の低い最安値の剣なら一撃で砕けるが、他の武器ではそうはいかないだろう。
【夜刀鋏】の効果は、『相手武器の耐久性を、自分の武器の耐久性分だけ削る』だ。
当然ながら耐久性の高い武器はそう簡単に壊せないだろう。
最後に武器を壊したからといって、勝負に勝てるとは限らないってことだ。
相手が武闘家系だったり、魔法使いだったとしたら、武器を破壊されても攻撃手段が失われるわけじゃないからな。
「しかし一撃で壊されるわけでもないですからね。双剣は比較的耐久性が低いです。相手が大剣や鉄棍などだと最悪三回は食らわせないと破壊できないかもしれません」
「ですよねー……」
それに初見ならまだしも、僕がこういう戦技を持っていると相手が知れば、間違いなく警戒して簡単には刃を受け止めはしないだろう。
ネタバレすると途端に使えなくなるかもしれないな。でも相手を警戒させて、簡単に攻撃をさせないようにできると考えれば、持っているだけでも意味はあるのか。
「双剣の方の耐久性は減らないんですよね?」
「うん。【夜兎鋏】自体の発動では耐久性は減らないみたい」
これは助かる。発動するたびにこちらもゴリゴリ削られるのではたまったものではない。下手すればこちらの武器の方が先に壊れてしまう可能性だってあるからな。
「攻撃力は低くても耐久性がズバ抜けて高い双剣があれば壊し放題なんだけどな……」
「できなくもないけど、頑丈にすればそれだけ重くなる。シロちゃんのSTRじゃたぶん持てない」
「うまくいかないもんだなあ」
ちょっとした希望を速攻でリンカさんに打ち砕かれ、うなだれる。やっぱり無理かね。
STR強化のスキルとかアクセサリーを身につければなんとかなるかもしれないが、余計なスキルはスロットに入れたくないし、そんなに大幅に能力アップするアクセサリーなんて、絶対にレアアイテムだしな。
「まあ、武器持ちのモンスターには有利になるし、けっこう使えるんじゃない?」
「まあね」
ミウラの言う通り、武器を持つモンスターにはかなり使える戦技ではある。僕がそう一人頷いていると、レンが唐突に、はいっ、と手を挙げた。
「あ、私も新しい技を覚えたんですよ!」
「え、レンも奥義書を?」
「いえ、私のは職業の方のジョブスキルです」
それぞれの職業には特殊なスキルであるジョブスキルがある。
例えば僕の『双剣使い』なら【双剣熟練】、『射手』なら【射程延長】などがそれだ。
基本的はジョブチェンジすると一つのスキルがつくが、そこから熟練度を上げていくと、二つ目のスキルを会得する場合もある。
確かレンの『裁縫師』のジョブスキルは【高速裁縫】だったから、二つ目のスキルを会得したということなんだろう。
「見てて下さいね。【操糸】!」
レンが人差し指を振ると、針のついた糸が宙を飛び、物凄い勢いで僕の左右の袖を、キュッ、と縫い合わせてしまった。え!? なにこれ!?
まるで手錠をかけられ、お縄になった犯人みたいだ。僕はガッチリと縫い合わされた袖を見る。
「すごいじゃん! 糸を操れるの!?」
「特定の範囲内ならね。一本だけじゃなく、何本か同時にも動かせるからある程度太くもできるの」
レンはそう言って数本の糸をより合わせ、太めの糸を作って操ってみせた。
「敵を拘束するのに使えそうですね」
「操っているのが糸だから、すぐ引きちぎられちゃいますけど……」
ウェンディさんに苦笑いを浮かべながら答えるレン。いや、短時間でも拘束できるのはかなりのメリットだと思うが。足を絡めて転ばせたり、ワニみたいなモンスターなら口を縛ってしまうことも可能じゃないかな。
僕がそんな想像をしていると、糸を操るレンを見ながら、なにやら考え込んでいたリンカさんがおもむろに口を開く。
「……その糸、どれくらいの物を持ち上げられる?」
「糸の耐久性にもよりますけど……私が持てるくらいの物ならなんとか」
「クロスボウを持てる?」
「え?」
言われたことが意外だったのか、レンは首をこてんと傾げた。
慌ててインベントリからリンカさんに作ってもらったクロスボウを取り出して、糸を操り宙へと浮かび上がらせる。……浮いたな。吊り下げているといった感じだけど。
「持てました……」
「撃ってみて」
ドズン! と、宙に浮かんだクロスボウから矢が飛び出し、林の木に突き刺さる。相変わらずすごい威力だな。
レンは糸を操り、クロスボウを左右上下に動かしている。どうやら自由に動かせるようだ。糸が細いからクロスボウが勝手に動いているように見える。
「これって遠隔操作で武器が使えるってことか?」
「すごい! レン、このスキル使えるよ!」
ミウラがはしゃいだ声を上げる。確かにこれは使える。剣などを振るには力不足かもしれないが、クロスボウなら引き金を引くだけだ。しかもこのクロスボウは自動装填されるので、矢を新たに装填する必要もない。
例えば糸で操ったクロスボウを、敵の背後に気付かれないように回り込ませ、不意打ちをすることだってで可能だろう。
ひょっとしたら熟練度が上がれば操る糸の数も増えて、何個ものクロスボウを宙に浮かべて攻撃することができるかもしれない。
「これはますます銃の開発を急がないといけない……」
リンカさんがメラメラと闘志を燃やしている。なるほど。銃ならクロスボウよりも強力だし、それも引き金を引くだけだからな。
みんながレンの新しいスキルにわいわいと話し合っている。なんか僕の奥義が霞んでしまった気がしないでもない。いや、それより……。
「ごめん、これなんとかして……」
「あ」
僕は縫い付けられた両腕をレンへと向けた。いいかげんキツいんだけれども。服が破れるからひきちぎるわけにもいかないし。
レンが慌てて糸を操り、抜いてくれた。ふう、やれやれ。
しかし、ホントに人間相手なら簡単に拘束できそうだな。服を縫い付けて拘束衣にしてしまえばいいんだ。あっという間にミノムシが出来上がる。
あ、でも全身鎧の相手だと難しいか。
考え込んでいた僕の耳にメールの着信音が鳴る。
ウィンドウを開くと遥花……ハルの所属するギルド、『フローレス』からである。
メールを開き、中身を確認する。お、これはグッドタイミングか?
「リンカさん、『硫黄の玉』が集まったってさ」
「ん! これで銃の開発に取り掛かれる」
リンカさんがキラキラした目で小さくガッツポーズをする。
銃かー。あんまり僕には関係ないけど、やっぱりレンが使うのかね。せっかくクロスボウを作ったのに、レンはもう武器の持ち替えか? なんかもったいないな。
あれ? 銃もクロスボウと同じく固定武器からスキルを習得するタイプなんだろうか? 【銃の心得】なんでスキル見たことないしな。
また一から【心得】を獲得するのは大変だなぁ。それに見合うだけの威力があればいいけど……。
「シロちゃん、速攻で受け取りに行く。ゴー。ハリアップ」
「わかった、わかった。わかりましたから!」
グイグイと背中を押してくるリンカさんに言われるがままに、僕は使用スロットに【セーレの翼】をセットした。
◇ ◇ ◇
「ふおおぉぉ……! こ、これがAランク装備……!」
「槍! その槍、あたしの!」
「ちょっ、この弓、能力値がすごいんだけど!?」
テーブルに並べられた、リンカさんが作り上げたAランク装備にギルド『フローレス』のメンバーが殺到する。
作り上げた本人は『フローレス』から譲渡された『硫黄の玉』を両手に持ってご満悦だ。
「これで銃が作れる……。ふふふふふふ」
ちょっとアブない感じになりつつあるリンカさんに、『フローレス』のギルマスであるメルティさんが手もみしながら擦り寄ってくる。
「あのう……。その銃ができた暁には私たちにも……」
「……素材と料金を払ってもらうけど、それでいいなら」
「やったっ!」
メルティさんがガッツポーズをとる。その手にはリンカさんが作った弓が握られていた。ああ、メルティさん、遠距離攻撃担当なのか。
「しかしよく揃ったね。『硫黄の玉』」
Aランクの細剣を手にしてにこにこしていたハルに僕が尋ねると、彼女は、ふっ、と遠い目をして答えた。
「いやぁ、大変だったよー。何回も全滅しちゃってさ、ずーっと石になったまま時間を潰すのが辛かった……」
「倒しても『硫黄の玉』が出るとは限らないしね……」
「何度同じことを繰り返したか……。おかげでイエローコカトリスなら誰よりも上手く狩れる自信がついたよね……」
『フローレス』のメンバーがみんなハルと同じような遠い目をして力なく笑っていた。な、なんか悪いことさせたかな……。
「でも! この装備を手に入れられたから大満足だよ! これで私たちは他のギルドより一歩先に行ける!」
ハルが叫ぶと、『フローレス』のメンバーがテンション高く、おーっ! と、拳を突き上げた。
……まあ、喜んでいるなら結果オーライか。
リンカさんは早速銃の開発をしたい、『フローレス』のメンバーは装備の試しをしたいということで、これで解散となった。
『星降る島』に帰ってくるや否や、リンカさんはすぐさま工房へと閉じこもってしまった。気持ちはわかるけども。あれはしばらく出てこないな。
さて、僕はどうするかな。シズカとリゼルはお休みだし、レン、ミウラ、ウェンディさんたちはスノウを連れて狩りに行っちゃったし。
今から合流するのもな。『フローレス』の新装備に素材を使いすぎたから、またAランク鉱石とか補充してくるか。
僕はそう決定してポータルエリアへと再び足を踏み入れた。
そういや今日はまだ【セーレの翼】を使っていないな。
ランダム転移の一日に使える回数は決まっている。僕は今のところ全ての領国へと飛べるが、全てのエリアへと跳べるわけじゃない。
この『DWO』でどれだけポータルエリアがあるのかわからないが、その半分もいけないんじゃないかな。一つのエリアにいくつかポータルエリアがあるところもあるし、一日五回のランダム転移では大して埋まらない。
「ま、少しずつ埋めていくしかないか」
ポータルエリアから一度出て、スキルスロットに【セーレの翼】をセットする。
そして再びポータルエリアへと足を踏み入れると、【セーレの翼】のランダム転移が始まった。
一瞬にして周りの風景が切り替わる。ん? あれ?
「ここって……」
見渡せば石造りの建物の中。ガランと殺風景な部屋の中央にポータルエリアがあり、正面には両開きの扉、後方には大きなガラス窓がある。どこかの部屋の一室か?
マップを確認するが、どこにも自分を示すマーカーがない。ってことは、ここはシークレットエリアか?
「『シャンパウラ城』……? え、ここって城なの!?」
窓に近づいて外を見てみる。ここからだとよくわからないが眼下に森が見え、横には石造りの壁が見える。高い場所に建っているのは間違いなさそうだが、城かどうかはここからではよくわからない。
ここにいても仕方がないので扉を開けて外へ出る。扉の外は赤絨毯の敷かれた廊下だった。右を見ても左を見ても誰もいない。
魔王の城とかじゃないよな? 竜王の城もやめてくれよ?
「『星の塔』みたいなダンジョンかな? 首なし騎士とか、リビングアーマーとか出てきそうだな……」
僕は腰から双炎剣『白焔改』と『黒焔改』を抜き、両手で構えた。一人しかいないんだ。ここは慎重に行こう。
とりあえず右手の方へと移動する。今のところ【気配察知】で敵意は感じない。大丈夫そうだ、と角を曲がった瞬間、バッタリと二人の人物と出くわした。
「貴様、何者だ!」
「侵入者だ! 出合え、出合え!」
「え!?」
僕が驚いたのは出会った人物がモンスターではなく、どう見ても鎧を纏った兵士であったからだ。二人とも剣を抜き、僕に向けて警戒しながら構えている。
わけがわからず、じっと二人を見ているとネームプレートがポップした。『ジャン』と『ジョン』。プレートの色は緑。あれ? NPC?
「大人しく武器を下ろせ!」
「あ」
言われて気がついたが、僕の両手には『白焔改』と『黒焔改』が。
ひょっとしてこれってなにかまずい状況になっているのでは……! ここってもしかしてダンジョンとかではなく、普通のお城だった?
どうしようとテンパっていると、前から後ろから、新たに兵士たちが現れ、あっという間に規律正しい動きでぐるりと囲まれてしまった。うわわ、これ完全に侵入者を捕らえる感じですよね!?
ヤバい、ヤバい、ひょっとしてこれって犯罪者扱いになる!? まさかレッドネーム落ちとか!? それだけは勘弁して下さい! そうだ、運営に連絡して事情を話せばなんとか……! いや、それよりも運営会社の社長であるレンのお父さんに────。
「シロお兄ちゃんです?」
「シロお兄ちゃんなの?」
「……え?」
気が動転し始めた僕の耳に、聞き慣れた双子の声が届いた。
兵士たちをかき分けて、ひょこっと狐耳と尻尾を持った双子の巫女幼女が姿を現す。
「ノドカとマドカ? え、なんでここに?」
奇妙な同居人である双子の登場に僕はさらにパニックになる。いつもなら『天社』にいるノドカとマドカが、なんでこんなところにいるの!?
「ここはミヤコちゃんのお城です」
「ミヤコちゃんのお城なの」
…………え?
ミヤコちゃんって、あのミヤコさんか? ミヤビさんの妹の、コロッセオで優勝した?
僕が呆然としていると、兵士の一人がノドカとマドカに声をかけた。
「ノドカ様、マドカ様、この者とお知り合いで?」
「知ってるです。ミヤビ様が加護を与えたシロお兄ちゃんです」
「シロお兄ちゃんなの」
二人の言葉を聞くと、周りの兵士たちが、ざわっ、とざわめき始めた。
あれ、またなんか変な雰囲気に……。
次の瞬間、兵士たちが全員直立不動の姿勢になり、胸に拳を当てて深々と頭を下げた。
「陛下のお客人とは知らずご無礼を! どうか平にお許し下さいませ!」
「へ?」
あれ、ひょっとしてNPCのこの人たち、【帝国】の人たちなのか? 僕の中で、『陛下』という人物にそれ以外思い当たる人物がいない。
「もう大丈夫です。みんなは仕事に戻るといいです。こっちは任せるです」
「任せるの」
「はっ!」
ノドカとマドカに一礼し、兵士たちは去っていった。なんかわからんが助かった……のか? 自分のネームプレートを見てみるが青いままだ。どうやら犯罪者にはならないですんだようだ。
家宅侵入者ではなく、お客様として認識されたらしい。
ホッと胸を撫で下ろしていると、ノドカとマドカが首を傾げて尋ねてきた。
「シロお兄ちゃん、なんでここにいるです?」
「なんでいるの?」
「いや、【セーレの翼】で跳ばされてさ……」
僕は正直に事の経緯を話す。双子は驚きも呆れもせず、『そですか』とだけつぶやいた。……本当は呆れてるんじゃなかろうか。
「まあ、いいです。とにかくミヤコちゃんのところに行くです」
「挨拶しないと、めー、なの!」
「ああ、うん、そうね……」
確かに人の家に来て、そこの主人がいるのに挨拶もなく帰るのは失礼か。僕は双子に案内されるがままに城の中を歩き出した。
道すがら、僕は気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、やっぱりここのNPCってみんな【帝国】の人たちなのか?」
「そうです。大半は兵役を引退した人たちですけど。けっこう楽しんでプレイしてます」
「みんな楽しんでるの」
兵役を引退……って元本職ってことかよ……。道理で動きがキビキビしてると思ったよ。
しかし兵士を引退してVRの中でまた兵士になるなんて、しんどくないのかね……。
宇宙の兵士、侮り難し。
【DWO ちょこっと解説】
■ジョブスキルについて
職業を熟練していくと、そのジョブ固有のスキルを身につけることができる。これはジョブによりそれぞれ違い、中には多数のジョブスキルを得るジョブもある。基本的はジョブチェンジしてしまうとそのジョブスキルは使えなくなるが、【従騎士】から【騎士】など、そのジョブの上級職であれば、受け継がれるスキルもある。




