■113 波止場の戦い
■書籍化&コミカライズします。
「【十文字斬り】」
『ギュロロロッ!?』
双雷剣『紫電一閃【迅】』と『電光石火【轟】』による縦横二連斬により、サハギンが四つに刻まれる。
「シロちゃん、一匹そっち行ったで!」
「とっ……! 【スパイラルエッジ】!」
振り向きざま、襲いかかってきたサハギンに戦技を叩き込む。あっぶな! やっぱりちょっと数が多いぞ!
突発イベントのためか、プレイヤー側が少な過ぎる。あとみんなサハギンキングに突撃し過ぎ!
考えることは同じなようで、みんなサハギンキングを一番乗りで倒そうと他のサハギンには目もくれず向かっていく。
ところがサハギンキングは強く、返り討ちにあうプレイヤーが多かった。結果、プレイヤー側の数が減っていくのだ。
死に戻ってから、またここへやってくることもできるだろうが、デスペナルティを受けた身でははっきり言ってサハギンキングどころか普通のサハギンでも危ない。無駄な死を繰り返すだけだと思う。
サハギンキングより、まずはサハギンの数を減らせっての! それからみんなでサハギンキングをボコればいいだろ。
多数相手になると広範囲魔法が役に立つんだが……、
「【サンダーレイン】!」
波止場近くの倉庫の屋根に登ったゴールディの杖の先から、雷の雨が降り注ぐ。雷属性の広範囲魔法だ。
だがサハギンの弱点である雷魔法といえど、広範囲魔法はひとつひとつの威力が落ちる。大きなダメージは与えられるが、さすがに一撃では倒れない。
しかしその削られたサハギンを他の冒険者たちが次々と狩っていく。僕も二匹仕留めた。
「あーっ! せっかく私がもう一発で全部仕留めようとしたのにっ!」
ゴールディが屋根の上で癇癪を起こしている。イベント中は単体での経験値は入らないんだから、誰が倒しても一緒だろうに。
イベントの場合、その目標達成への貢献度の方が大事だ。この場合はサハギンから港を守る、といったところだな。
多分僕より全体的にサハギンを多く制しているゴールディの方が貢献度が高いと思う。
「ちょっと押されてるな……」
やはりプレイヤーの数が減っているのが痛い。なにげにこのサハギンたちが手強いのも厄介だ。
強力な援軍でも来ないかな、という僕の願いを天が聞き入れてくれたのか、どこからかその声が聞こえてきた。
「【百雷】」
突然、天空から無数の稲妻が降り落ちる。先ほどゴールディが放った【サンダーレイン】よりも強力な雷だ。
天より落ちた雷霆は、範囲内のサハギンたちを一撃で瀕死の状態へと導いた。
この雷は……!
「おい、あれって……」
「『雷帝』か!?」
周囲のプレイヤーたちが騒ぎ出す。彼らの視線の先に、いつものように目深にパーカーを被り、両腕に体に似合わぬゴツいガントレットをした『雷帝』ユウが立っていた。
そのまま小さな雷を纏い、サハギンだけでなく他のプレイヤーも威嚇するかのようにしてこちらへと歩いてくる。
「来たよ、お兄さん」
ああ、一斉送信したメールを見て来てくれたのか。
これは助かる。【フルフルの雷球】というソロモンスキルを持つユウは、サハギンたちにとって天敵とも言える存在だろう。
「助かった。どうにもプレイヤーが少なくてさ」
「そう? 少しは集まってきているみたいだけど」
ん? そういえばちらほらと走って波止場に来てるプレイヤーもいるな。少しずつだけど、集まって来ているのか。
「なんやシロちゃん、『雷帝』とも知り合いか」
トーラスさんが驚いたような呆れたような声を漏らす。トーラスさんも『雷帝』は知ってるのか。有名人だからな。
「……この人は?」
「売れない芸人」
「ちょお待てや!? 売れない芸人ってなんやねん! 売れてる商人やろ!」
トーラスさんが突っ込んでくるが、あながち外れてないだろ。
「だいたい、」
『ギルルルルルルアァァァァッ!』
まだ何か言い足りなさそうだったトーラスさんの声を遮って、咆哮をあげたサハギンキングが船の後部デッキから波止場へと飛び降りてきた。
そしてその魚のようなギョロッとした目が僕らの方へと向けられる。
「こっち見たで!?」
いや、これは僕らというかユウの方だな。多分さっきの雷撃でヘイトを稼いじゃったんだ。
四本の腕に持つ武器を構えながら、サハギンキングがこちらへと向かってくる。
「【雷装】」
隣にいたユウが雷を纏う。バチバチとした火花が周りに弾け飛ぶ。っとと、このままでは僕まで痺れてしまう。前のようにパーティー組んでないからな。
『ギルルガァァァァッ!』
サハギンキングが四つ腕に持った棍棒を振り下ろしてくる。僕らはそれを左右に分かれて回避し、武器を構えてそれぞれ戦技を繰り出した。
「【螺旋掌】」
「【十文字斬り】」
挟み撃ちにする感じで戦技を叩きつけた僕らだったが、ユウの攻撃は盾に、僕の攻撃は手斧にそれぞれ防がれてしまった。くっ、伊達に腕を四本持っているわけじゃないってことか。
『ギルアァァァッ!』
ユウ目掛けて短槍が、僕の方には棍棒が向けられる。すぐさま後ろへと下がり、ギリギリのところでその攻撃を躱した。
くそっ、速さもなかなかだぞ、こいつ。いったんサハギンキングと距離を取る。さて、どう攻めるべきか……。
「【百雷】」
『ギルグガッ!』
ユウがサハギンキングに向けて広範囲攻撃をぶちかました。さすがに広範囲に雷を落とされてはサハギンキングといえど避けることはできない。
しかしダメージを与えたといってもごくわずかだ。サハギンを瀕死にした雷撃もサハギンキングにはさほどダメージを与えられなかった。やはりサハギンとは比べ物にならない防御力を持っているらしい。
『ギルラアァァァァ!』
パカリと大きく開いたサハギンキングの口からものすごい勢いで水流が放たれる。まるで消防車の棒状放水みたいだ。僕らは左右に分かれてそれを躱し、水流は建物の壁を直撃した。
水流を受けた建物の壁の一部がガラガラと崩れる。なんて水圧だよ。
「【雷槍】」
雷の槍がユウの手から放たれる。かなりのスピードだったにもかかわらず、サハギンキングはそれを横に飛んで回避し、雷の槍は波止場に停泊していた船の横っ腹に炸裂した。
『うちの船が──ッ!?』という声がどこからか聞こえてきたが、今は置いておこう。
「ゴツいくせに速いな」
「お兄さんほどじゃないと思うけど」
まあね。速さならなんとか勝てるね。持久力がないけど……。
『ギルラアァァァッ!』
サハギンキングがまたしても僕らの方へ突進してくる。しかしそのサハギンキングの前に、横からガラスでできたトゲドゲのボールが飛び込んできた。
次の瞬間、地面で割れたトゲドゲボールが大爆発を起こし、サハギンキングが吹っ飛ぶ。近くにいた僕らも爆風に耐える羽目になった。
さすがにサハギンキングもあの至近距離では躱せなかったか。
しかし、今のって……。
「どうや! 雑貨屋『パラダイス』のオススメ販売品、『炸裂弾』の味は!」
トゲドゲボールを投擲したと思われるトーラスさんが遠方でガッツポーズをとっていた。やっぱり『炸裂弾』か。
『炸裂弾』は【錬金術】スキルで作れる爆弾だ。トーラスさんの店でもたまに売っている。ギルド【カクテル】のキールさんが下ろしているらしい。
確か結構な値段だったと思うけど、あのケチなトーラスさんがよく使ったな。
吹っ飛んだサハギンキングに周りのギャラリーから歓声が上がる。
「貴重な品々をお買い得な価格で提供、あなたの冒険をサポートする『パラダイス』! 『パラダイス』をよろしゅうに!」
トーラスさんが動画撮影しているプレイヤーにあからさまな宣伝をしている。どうりで高い『炸裂弾』をポンと使ったわけだ。しかし、あれはカットされるだろ、絶対。
『ギルルルルラアァァァァァァッ!』
吹っ飛ばされたサハギンキングが立ち上がって、その鋭い視線をトーラスさんへと向ける。あ、ヘイトのタゲ変わった。
「ひい! シロちゃんあとは任せたでぇ!」
「ええ!? 残りの『炸裂弾』は!?」
「あれが最後のひとつやってんー!」
僕は手斧を振りかぶってトーラスさんに襲いかかろうとしたサハギンキングに割り込んで、なんとかその一撃を止める。さすがに生産職のトーラスさんが接近戦をすればすぐにやられてしまうだろう。
二、三度斬り合うが、四本腕の相手ではどうしても不利だ。こっちは二本しかないのに、向こうはその倍だからな。こうなるとスピードで補うしかない。
「【加速】」
斬撃のスピードを上げ、盾を、手斧を、短槍を、棍棒を弾いていく。くそっ、攻めに転じることができない。なら……!
「【分身】!」
『ギルッ!?』
HPが半分になり、二人に分かれる。これで腕の数は同じだ。でもスピードはこちらが上。次第にサハギンキングの身体に斬撃が決まり始めた。
だけども【加速】と【分身】の持続効果でMPがぐんぐんと減っていく。長くは持たない。
「【双星斬】」
片手五連撃、計二十の斬撃がサハギンキングを襲う。かなりダメージを与えたつもりだったが、まだ半分も削れていない。
ここで止まるわけにはいかない。続けて戦技を放つ。
「【スパイラルエッジ】」
上昇回転しながら分身体とサハギンキングを挟むようにして斬り刻む。
からの……!
「【ダブルギロチン】!」
『ギョエアアァァァァッ!』
双剣を揃えてサハギンキングの腕に振り下ろす。サハギンキングの左右の腕を一本ずつ切断することに成功した。
だが僕のMPがレッドゾーンに入る。これ以上【分身】、【加速】を続けていたらマズい。一旦、距離を取りMPを回復しなければ。
『ギルラアッ!』
しかし【分身】を解除した僕に、重傷を負いながらもサハギンキングが追撃を仕掛けてくる。
くっ、これは【加速】を使わないと躱せない……! だけど使ったら間違いなくMPがゼロになりぶっ倒れる。そうすればどのみちやられてしまう。あれっ、詰んだか……?
「【トールハンマー】!」
目の前のサハギンキングに轟音とともに大きな雷が落ちる。落ちた衝撃波で僕まで後方へと吹っ飛ばされた。
立ち上がり後方を見ると、倉庫の屋根の上でゴールディが杖を振り下ろしていた。くっ、ナイスとは言い難いタイミングだったが、助かった。
『ギ、ル……ッ!』
「【流星脚】」
大雷撃を受けても立ち上がったサハギンキングにユウの飛び蹴りが炸裂する。吹っ飛ばされたサハギンキングが、波止場に積まれていた木箱や樽に突っ込んでいく。
今のうちにと手持ちにあったマナポーションを一気飲みし、MPを回復させる。一本じゃ足りなかったので、全快になるまで飲んだ。相変わらず不味い。本気で【バカ舌】のスキルが欲しくなる。
【分身】して戦技も使ったのでSTも大きく減っている。こちらのポーションも飲んでおこう。うぐえ、やっぱり不味い……。
「今よ、雷属性の魔法を!」
不味さに顔をしかめていると、杖を振り上げたゴールディの叫びに周りにいた魔法使い系のプレイヤーたちが一斉に雷魔法を放つ。
「【ライトニングスピア】!」
「【サンダーボルト】!」
「【ライトニングボール】!」
砕けた木箱の中から立ち上がろうとするサハギンキングに、これでもかとばかりに雷撃の雨霰が降り注ぐ。
さすがのサハギンキングもこれには大ダメージを受けてよろめく。HPもレッドゾーンに突入した。
僕も攻撃しようとしたが、横に立つユウが巨大な雷の球をサハギンキングに向けているのを見て踏み留まる。
「【雷球】」
巨大な雷球がサハギンキングに向けて撃ち出される。おそらく瀕死状態じゃなければ避けられてしまっただろうが、もはやアイツに避ける余力はない。
『ギュルラアァァァァッ!』
大気を震わせんほどの断末魔を響かせて、サハギンキングが雷球に飲み込まれて消えた。光の粒が拡散し、辺り一面に弾け飛ぶ。
サハギンキングの断末魔に、プレイヤーたちと戦っていたサハギンたちが逃げるように海へと飛び込んでいく。
それと同時にけたたましいファンファーレが鳴り響き、公式アナウンスが流れてきた。
『おめでとうございます。緊急クエスト【昏き淵からの使者】を見事クリアいたしました。参加されたプレイヤーの貢献度上位者には特別褒賞が送られます。またサハギンを討伐したプレイヤー全員に【サハギンキラー】の称号と記念アイテム『青の魚鱗』を贈らせていただきます。なお、個人による獲得経験値、及び、ドロップアイテムは後日運営側から贈らせていただきます』
アナウンスが切れると同時にプレイヤー、NPC両方から歓声が上がる。終わったか。最後はなにもできなかったけど。
「やあやあ、シロちゃんおつかれー」
トーラスさんがハリセンを担いでやってきた。どうやらうまく生き残ったらしい。ニコニコといつも以上に糸目を細めている。
「くふふ、やったで! 総合貢献度21位や! レアアイテムゲットやで!」
「……それ狙ってサハギンキングに『炸裂弾』投げたでしょう?」
イベントボスに一撃を与えるか与えないかで貢献度は大きく違う。それを狙ってトーラスさんは虎の子の『炸裂弾』をぶちかましたわけだ。僕まで巻き込まれかけたけど。
「堪忍したってや。生産職が総合入りするにはこれくらいせんとなあ。んで、シロちゃんは何位やったん? わいよりは上やろ?」
トーラスさんさんが興味津々といった感じで尋ねてくる。まあ、確かにトーラスさんよりは上だとは思うけど。
ウィンドウから運営メールを開く。
「えーっと……、わっ、総合貢献度2位!?」
「マジかー! すごいやんか、シロちゃん!」
これはびっくりした。これほど高いのは初めてだ。頑張った甲斐があったな。
あれ? 待てよ、僕が2位ってことは総合1位は……。
「ひょっとしてユウが1位か?」
「ん。そう」
近くにいたユウに尋ねると、肯定とばかりに小さく頷いた。
後発組なのに1位とは……。サハギンキングにとどめを刺したのがきいたのかなあ。
「特別褒賞は……『ポセイドンリング』とゴールドチケット三枚」
「『ポセイドンリング』?」
「水属性の指輪。なんか水系のダメージを30%減らしてくれるみたい」
そいつはすごいな。海系のモンスターにならかなり有利なのではないだろうか。
「シロちゃんはなにもらってん?」
「ええっと……あ、【奥義書】!?」
「おお! 新戦技やな!?」
特殊戦技が身につく【奥義書】か。これは嬉しいかも……いや待て、僕が使える戦技かわからないぞ。この手の運の無さは折り紙付きなんだ、僕は。
【ハリセンボンバー】なんて奥義が出たら泣くぞ。
おそるおそるウィンドウの【奥義書】にタッチして、説明文を読む。
「【夜刀鋏】……?」
「なんか物騒な技名やな……」
「あ、名前自体は変えられるみたいです」
だけど自分で考えたオリジナル名ってのもなんか恥ずかしいな。このままで……いや、漢字を変えてみるか。【夜兎鋏】っと。
ユウも興味深そうにこちらへ目を向ける。
「どんな技なの?」
「待って、えーっと……相手武器の耐久性を、自分の耐久性分だけ削る。0になった場合、相手の武器が破壊される……」
「武器破壊かい。えげつないな……」
トーラスさんが、うへぇ、といった顔をしているが、この戦技は微妙なところだな……。
まず相手に対してダメージを与える技ではない。次にゴブリンやオーク、リビングメイルといった武器を持つヒューマンタイプのモンスターにはそこそこ使えるかもしれないが、雷熊や森蜘蛛、ドラゴンなど、武器を持たないモンスターにはまったく意味がないと思う。
ウィンドウに『この奥義を習得しますか?』と出ている。ま、いいや。手は多いに越したことはない。【YES】っと。
アイテム欄にあった【奥義書】が消え、使用可能な戦技リストのところへ移動する。なるほど、こうして技を覚えるんだな。こうなると売買不可になるわけか。
ま、うまく使えば便利かな。相手の武器は削れて、自分の武器は無傷ってのは魅力だし…………あれ、待てよ……。
これって、リンカさんに貸してる【魔王の鉄鎚】を装備すればどんな武器でも壊せるんじゃ?
【魔王の鉄鎚】は耐久性10000の馬鹿みたいな耐久性を持つ魔王シリーズだ。ほとんどの武器を壊せると思う。
だけど僕は装備できないからな……。装備するためには【鍛冶】スキルと鍛冶師の称号を取らないと無理だ。今からSTRを上げるのはちょっと……。ん?
あ、しまった! 【奥義書】をリンカさんに売ればよかったのか!
「なに百面相してんねん?」
「いや、ちょっと……自分のうっかりさに……」
やってしまった感に自分自身で落ち込む。くそ、もっと早く気が付いていれば……。やはり僕はツイてない。
■拙作『VRMMOはウサギマフラーとともに。』が書籍化致します。
書籍化自体の話は前々からいただいていたのですが、イセスマのアニメ化やら体調不良やらでタイミングが合わず、延び延びになってました。
出版社はイセスマと同じ『HJノベルス』、イラストレーターは『はましん』さんとなります。
今年の12月発売予定です。発売まで二か月切ってます。『異世界はスマートフォンとともに。』19巻と同時発売になります。
更にスクウェア・エニックスさんより、コミカライズも決定しました。
今後とも『VRMMOはウサギマフラーとともに。』、略して『ウサマフ』をよろしくお願い致します。
■はましんさんによる初期のラフ
■キャラデザ