■108 氷の洞窟
ブンブンと風切り音を鳴らして襲い来る大剣をギリギリで躱していく。
氷騎士め、なかなか速い。気を抜いたら食らってしまいそうだ。
隙を見て双焔剣を叩き込むが、氷の盾に阻まれてしまう。近づけば大剣が、距離を取ればツララミサイルが飛んでくる。近距離遠距離どちらもできるオールラウンダータイプか。
「雷球」
ユウがバチバチと弾ける雷撃の球を氷騎士目掛けて放った。氷騎士が盾を構えると、氷の盾から剥がれた細かな氷の粒が周囲に舞う。
ユウの雷球はその微細な氷に拡散されて、氷騎士まで届かない。
「相性が悪いな」
「うん。イマイチ決め手に欠けるんだ」
となると、頼みの綱は僕の持つ双焔剣『白焔改』と『黒焔改』か。
炎が弱点属性である氷雪地帯のモンスターには、通常よりも多くのダメージを与えることができるはずだ。
とりあえず一回かましてみるか。
「【分身】」
「!?」
驚くユウを置き去りにして、僕は【分身】で二人に分かれた。HPが半分になる。
そのまま左右に分かれて氷騎士を挟み撃ちにする。一方の攻撃を防いでいる間に背中から攻撃を入れると、浅くだがダメージが入った。やはり炎が弱点属性のようだ。
『ガアッ!』
「うわっ!?」
氷騎士が剣を不意に地面へと突き立てる。するとそこから波状形に氷が飛び出してきた。間一髪のところで僕はそれを躱す。
危ない危ない。さらに斬りかかる氷騎士の斬撃を避けていく。くっ、しつっこいな!
「フッ!」
『グギッ……!』
僕を追い詰めようとする氷騎士の横腹に、雷を纏ったユウの拳が炸裂する。そのままユウのワンツーが決まったが、続けて振り抜こうとした右フックは体勢を戻した氷騎士の盾に阻まれてしまった。
盾から冷気が溢れる。危険を察したユウはバックステップで後方へと跳んだ。同時に盾から冷気のブレスが吐き出される。
「ぐ……!」
ユウの右手首から先が凍り付く。状態異常【冷凍】か。あれではしばらく右手は使い物になるまい。
やっぱりあの盾が邪魔だな。まずはアレをなんとかしないと。
分身を突っ込ませ、盾での防御を誘う。思惑通りに氷騎士は分身の斬撃を盾で受け止めた。今だ!
「【加速】!」
最高速で氷騎士の真横まで瞬時に移動して、思いっきり盾を持つその左腕を【蹴撃】で蹴り上げてやった。
蹴り上げられた左手から氷の盾が上空へと吹き飛ばされる。
「【雷槍】」
示し合わせたわけでもないのに、タイミングバッチリで空中の盾をユウの放った雷が弾き飛ばす。
ガララララララッ! と、けたたましい音を立てて、氷の盾が地面の上を後方へと転がっていった。
よし、今のうちに!
「【分身】!」
さらに【分身】を使い、四人に分かれる。さっきの【分身】と合わせて、HPが八分の一まで減った。
四人の僕が、氷騎士を取り囲む。そして同時に戦技を発動させた。
「【双星斬】」
左右五連続の斬撃。それが四人分、計四十もの斬撃が一気に放たれる。しかも一撃一撃が弱点属性の斬撃だ。
ユウによってHPが三分の一も削られていた氷騎士に耐えられるわけがない。
『グガガガ……!』
あれ? ギリギリだけどHPが残ってる。届かなかったか。でも、もう虫の息だ。
僕はユウに視線を向けて、脇に退ける。
「えっと、どうぞ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
氷騎士の懐に入り込んだユウの拳がその胸に炸裂する。バラバラに砕け散った氷の騎士は、光の粒となって消えていった。
「おつかれ」
「ありがとう。助かった」
さて、ドロップアイテムは〜っと。ウィンドウを開き、アイテム欄の新規を見る。
『氷の指輪』に『冷却石』、と……『アイスブリンガー』。お、これは当たりかな?
『アイスブリンガー』を取り出してみる。うーむ、長剣か。僕は使えないけど、ウェンディさんなら使えるかもしれないな。第四エリアでは使いどころがないかもだけど。
あ、ハルのパーティメンバーに欲しい人がいたら売ってもいいかな。
「それ、確かレアアイテム。あんまり出ないやつだよ。よかったね。じゃ、行こうか」
「え? どこに?」
僕の言葉にユウが首を傾げる。
「どこに……って、この先の村にじゃないの? あれ? 何か別の目的があって、この洞窟に?」
「あ。いやいやいや、そうそう、村ね! 村! うん、そうだった、そうだった!」
「……?」
マズい。【セーレの翼】で間違えて跳んできた、とは説明しづらい。
でもなぁ……。僕はユウのソロモンスキルがなにか知っている。僕だけ秘密にしておくってのはちょっと後ろめたい。かといっていきなり話すのも変だし。
なんとなく気まずい雰囲気のまま、僕らは氷の洞窟を進んでいく。
やがて氷の洞窟が終わり、山の斜面から顔を覗かせた僕らの視界に飛び込んできたのは、まばらに雪原に建つ雪の家だった。
「イグルーだね」
雪のブロックでドーム状に作られた家を見て、ユウがそうつぶやく。こんな極寒の地に村があったのか。
マップを確認すると、『リョートの村』と出ている。
村に近寄り、まず僕が驚いたのは村の住人が人間じゃなかったことだ。
犬だ。人間の身体にエスキモー犬みたいな頭が乗っている。獣人族とも違い、まるまる犬の頭部が、である。
村人を鑑定する。『コボルト族』と出た。コボルトか。
みんなファーのついた防寒着を着込んでいる。そこは毛皮じゃないんだな。
「ポータルエリアはどこかな?」
「あっちじゃないか? 広場になってるみたいだし」
『DWO』鉄則そのいち。新しい村・町に着いたら何をおいてもまずポータルエリア登録。
でないと、なにか突発的なイベントが発生し、失敗して死に戻りなどした場合、また村や町まで来なきゃならなくなる。
またあの洞窟で氷騎士と戦うのは勘弁だ。
広場の方に行くと、端の方に少し高く木で作られた四阿があって、そこにポータルエリアがあった。地面にあると雪に埋もれてしまうからな。
ポータルエリアを登録する。よし、これでここに転移できるようになったぞ、と。
「……このあと、どうする?」
「一回ギルドに戻るよ。頼まれていたこともあるし」
この村を見学して回りたいところだけど、手に入れた鉱石を早いとこリンカさんに渡さないといけないしな。また今度みんなでこよう。
「そ。じゃあ、パーティから抜けるね」
ユウがパーティから抜ける。お互いにフレンド登録をして、僕はポータルエリアへと入った。もちろん入る前に【セーレの翼】は外したぞ。
ユウにお別れの挨拶をして、『星降る島』を選択する。ポチッとな。
一瞬で周囲が切り替わり、見慣れたギルドホームの中庭に出る。ただいまっと。
突発的な戦いはあったけど、またユウと知り合えて良かったな。
その足でリンカさんの工房へ行き、手に入れたAランク鉱石を置いてくる。これだけあれば大丈夫だと思うんだけど。
「向こうのパーティの残りが全員『防衛者』でもなければ間に合うと思う。とりあえず製錬だけはしておく」
ウェンディさんと同じ『防衛者』は、武器防具全てを金属製のもので揃えると、かなりの量になるからなあ。全員同じジョブってことはないと思う。バランスめっちゃ悪いし。
「きゅっ!」
「おっ、スノウか。ん? どうした?」
突然僕の頭にエンジェラビットのスノウが降り立つ。『きゅっ! きゅっ!』と人の頭をぺしぺしと叩く。怒ってるんじゃなくて、なにか知らせようとしてる感じだ。
「きゅっ!」
パタパタとスノウが飛んでいく。よくわからないままに、僕もそれについていくことにした。
「どこへ連れて行こうってんだよ」
スノウが僕を誘導したのは砂浜だった。あれ? あそこにいるのは……。
「やあ、シロ君。おかえり」
「アレンさん。『スターライト』のみんなも。来てたんですか」
砂浜に集まっていたのはギルド『スターライト』の面々だった。他にうちの面々もいる。
なにやってんだろ? と思った僕の視界に、その光景が飛び込んできた。
「はああああっ! 【月華斬】!」
「甘え! 【昇龍斬】!」
シズカの振り下ろした力を込めた斬撃を、ガルガドさんの大剣が下から弾き返す。弾き飛ばされたシズカが、棒高跳びの要領で薙刀を地面に突き刺して、距離を取った。なに? PvPやってんの?
「いや、シロ君に用事があってきたんだけど、留守だったからさ。ただ待ってるのもなんだからって。チャット送ろうとしたんだけど、切ってたろ?」
「あ、いけね」
チャット機能をオフにしてたのを忘れてた。いや、隠れながら作業するあの状況で、急にチャットの呼び出し音とかなると、ビクッとして見つかることが多いんだよね。なので、切ってたわけですけど、あー、確かに入ってるわ。
「【ソードバッシュ】!」
「きゃっ……!」
ガルガドさんの突撃を受けてシズカが吹き飛んだ。今の攻撃でシズカのHPが半分になり、戦闘終了のシグナルが点滅する。
HPダメージが半分を超えたら戦闘終了の『ハーフモード』でやってたんだな。
「ガルガド、大人気なーい」
「そうだそうだ、いじめっ子かー!」
「うっせ!」
ベルクレアさんとメイリンさんからヤジが飛ぶ。シズカの方はそれほど気にしていないみたいだけど。
「それで僕に話ってなんですか?」
「ああ、うん。実は第四エリアのボスのことなんだけれど」
第四エリアのボス? おっ、早くもアレンさんたちが見つけたのか?
「いや、まだ見つけたわけじゃないんだ。第四エリアの北東にそれらしきダンジョンがあってね。そこがいわゆるパズルダンジョンなんだよ」
「パズルダンジョン?」
「そう。クイズとか謎解きとか、そういう類のものをクリアしないと先に進めないダンジョンさ。僕らは最深部の扉手前までいけたんだけど、最後のギミックがちょっと難しくてね。シロ君に助けてもらおうと」
パズルダンジョンね。頭を使ってクリアしていく、知的なダンジョンってか。……あまり僕では助けにならないと思うのですが。
「いや、最後のその仕掛けってのが、別々の部屋のボタンを同時に押すと扉が開くってやつでね。これがまた難しいんだ」
「なんでです? ウィンドウの時計を見ながらやれば……」
「その時計が使えないんだよ、あのダンジョンは」
あらま。運営側もやらしいことを。
「トーラスに砂時計を作ってもらってやってみたんだけど、うまくいかなかった。どうもかなりシビアな設定らしい」
それって機械式時計とか作らないと無理なんじゃないの? あ、【魔工学】スキルがあれば作れるのか。……売れるかな?
「あの中ではチャットも使えないんだ。笛の音に合わせて、とかもやってみたんだけど、音まで消される始末でね……。そこでシロ君に頼もうと」
「いや、そこがよくわからないんですけど……」
「君には【分身】があるだろ?」
…………? ああ! そっか、そういうことか! 【分身】で分かれた分身体は念じれば動くロボットのようなものであるが、感覚は共有されている。
例えば『一分後に全員ジャンプ』と念じる。『正確な』一分後に、ジャンプさせることは難しいが、『全員同時に』ジャンプさせることは可能というわけだ。
「その部屋っていくつあるんです?」
「六つだよ」
六つか。なら充分間に合う数だな。
パズルダンジョンとしては、ちゃんとした正解があるのかもしれない。ま、多少のズルさは否めないが、これも正解ということにしてもらおう。
「わかりました。行きましょう」
「そうこなくっちゃ。その仕掛けの部屋前にポータルエリアがあるからそこまでは楽に行けるよ。戦闘前のセーブポイントじゃないかと僕らは睨んでいるんだけどね」
ってことは、扉を開けたらすぐにボス戦とかってのもあり得るのか。
……でもなあ、そんな簡単に第四エリアのボスに行けるかな? 第二エリアでは月光石を集め、第三エリアでは羅針盤で幽霊船を探した。第四エリアが単純にダンジョンにいるだけってことはないと思う。
おそらくボスに至るなにかのアイテムがあるとか、中ボスとかじゃないかと僕は睨んだ。
ま、なんにしろ面倒なダンジョンだ。奥にはなにかお宝があるに違いない。
【スターライト】のみんなと僕だけでいくつもりだったのだが、ミウラたちも行きたいと言い出したので、みんなで行くことにした。リンカさんだけは作業があるので残るらしいが。
「じゃあちょうど六人ずつだし、それぞれ三人ずつでパーティ組んで跳びましょう」
ジェシカさんの提案に乗り、一時的な変則パーティを組む。僕らが【スターライト】のみんなに連れて行ってもらう形だ。
アレンさんをリーダーとして、ガルガドさん、セイルロットさん、僕、ミウラ、シズカのパーティと、ジェシカさんをリーダーとした、メイリンさん、ベルクレアさん、レン、ウェンディさん、リゼルのパーティに分かれて、ギルドホームの中庭にあるポータルエリアからそのダンジョンへ向かう。
転移すると、そこは冷気漂う氷のダンジョンだった。まさか一日でまた同じようなところに来るとは。
ま、第四エリアが雪と氷のエリアだから、当たり前と言えば当たり前なのだけれども。
「この通路の先が七つに分かれていて、真ん中の大きな通路に扉があるんだ。他の六つの通路は行き止まりで、その壁にあるスイッチを六つ同時に押すと扉が開くらしい」
「結構距離がありますね」
んんー……これは【加速】も使った方がいいか。【分身】でHPが下がっているところにモンスターとエンカウントしたら面倒だ。最速で抜けた方がいい。
「とりあえずやってみます。【分身】!」
二人、三人、四人……と本体入れて七人まで分かれる。
「【加速】」
六体の分身は全速力で行き止まりの通路を走り切り、スイッチの手前まできた。運良くモンスターには出会っていない。よし、じゃあシンクロでスイッチオン、と。
六体の分身が拳大の四角いスイッチを同時に押すと、ガコンッ! と、大きな音を立てて正面にあった扉が開いていった。
「やった! 開いたよ!」
メイリンさんが拳を打ち鳴らして喜びの声を上げる。よし、開いたな。
【分身】を解除して、失ったHPをハイポーションで回復させる。何があるかわからないからな。用心した方がいい。
「よし、じゃあパーティを戻して進もうか」
アレンさんの言葉通り、パーティを戻した【スターライト】と【月見兎】の両ギルドは開いた扉から中へと進む。
扉の先の通路を進むと、広い円形のホールのような場所にたどり着いた。あれ? 行き止まり?
「魔法陣みたいなものが周りにあるけど……」
リゼルの言う通り、円形の壁際に直径約二メートルほどの魔法陣がズラリと描かれていた。なんだこれ?
「中央にもありますよ。なんか数字が書いてありますけど。1000? なにが1000なんでしょう?」
中央の魔法陣、その中心に書かれていた『1000』の文字に、レンが首を傾げる。
恐る恐る踏んでみる。……なにも起こらない。なんだこれ?
「これもパズルなんですかね?」
「これだけじゃ全然わからないな……」
と、アレンさんと話していると、突然ズドンッ! という音とともに、入ってきたホールの入口が落ちてきた石壁に閉ざされてしまった。
「……閉じ込められた?」
「ねえ。あたし、なんか嫌な予感がするんだけど……」
「偶然ですね。私もです」
メイリンさんとセイルロットさんが、引きつった笑いを浮かべながら、武器を構える。
周囲の魔法陣から青い光が立ち上り、その中から青白い狼が現れた。全部で十匹。うおう、団体さんのお出ましだ。
『グルルルル……』
「アイスウルフか……。厄介だな……」
アイスウルフ。第四エリアのフィールドに割といるモンスターだ。強さはそれほどでもない。というか、狼系の厄介さは強さではなく、その数だ。連携が得意で様々な角度から襲いかかってくる。
僕らは自然と背中合わせになり、円陣を組んでいた。
「来るぞ!」
『グルガァッ!』
襲いかかってくるアイスウルフを、両手に持った双焔剣で迎え撃つ。一匹を正面から斬り伏せて、もう一匹の側頭部に短剣を突き立てる。
こっちは十二人もいるのだ。これくらいの数なら問題ない。僕らはあっという間に十匹を片付けた。
「ねえ! 魔法陣の数字が減ってるよ!」
ミウラの声に振り向くと、中央の魔法陣に書かれていた『1000』という文字が、『0990』になっていた。ちょっと待て、これって……。
「また魔法陣が光ってますわ!」
シズカが指差した先の魔法陣からまたアイスウルフが飛び出してきた。やっぱり!?
冗談じゃない。1000匹倒せっていうのか!?
「……えーっと、1000割る12は?」
「はい! 83、余り4です!」
「さすがです、お嬢様」
僕の質問にレンが手を挙げて答えてくれた。一人当たり83匹も倒すのか……。
そうこうしている間にも魔法陣から次々とアイスウルフが飛び出してくる。おい、一回につき一匹ずつとか関係なしに、一つの魔法陣から次々とポップしているぞ。
「モンスターハウスかよ……! やばい! 片っ端から倒していかねえと、数に押し負けちまうぞ!」
「あまりみんなから離れないで! 囲まれたらまずいわよ!」
「任せて! 【ファイアストーム】!」
リゼルの杖から放たれた炎の竜巻が、複数のアイスウルフを巻き込んでいく。こういう状況だと範囲攻撃魔法は効果的だな。
「【フレア】!」
同じくジェシカさんの魔法が炸裂する。広範囲にわたって小規模な爆発が連続で発動し、狼たちが吹き飛ばされた。
『ギャウンッ!?』
「よし、一気に叩くぞ!」
遠距離プレイヤーから攻撃が放たれ、討ち漏らしたやつを近距離プレイヤーが片付けていく。中央のカウンターは次々と減ってはいるが、また950以上もある。
「こりゃなかなか骨が折れそうだ……」
僕は襲いかかってくるアイスウルフを斬り捨てながら、少しだけワクワクしている自分に気がついた。
【DWO ちょこっと解説】
■コボルトについて
元々はドイツの民間伝承に由来する妖精、精霊であるが、ゲームや小説などでは犬の頭部を持つ、人型のモンスターとして扱われる。凶悪で獰猛な種族として描かれることもあれば、理知的で友好的な種族として扱われることもある。