■107 再会は雷鳴とともに
「いらっしゃいませー……って、なんだ。ハルかぁ」
カウンター席に突っ伏していた少女がハルを見て肩を落とし、再びカウンター席に突っ伏してしまう。
「なんだ、ってのはご挨拶だねー。お客さんを連れてきたのにさ」
「いらっしゃいませ!」
僕らが中へと入るとカウンターにいた【妖精族】少女は、再び立ち上がり、今度は元気よく挨拶をかました。
そのままいそいそと店側のカウンターの中へと入る。
「みんな、コレがフローレスのギルマス。名前はメルティ」
「コレってゆーな。ハルの友達? 初めまして、ギルド『フローレス』のギルマスやってます、メルティです」
メルティと呼ばれた少女はカウンターの中で頭を下げる。
金色の長い髪を三つ編みでひとつにまとめ、白いブラウスの上には臙脂色のエプロンをしている。年の頃は二十歳前……十八か十九ってところかな。僕らとそれほど変わらないだろう。
僕らはそれぞれ名乗りを上げて自己紹介をする。
「まあまあ、座って座って。いま紅茶淹れるから」
「淹れるのは私なんだけど」
ハルに文句を言いつつも、メルティさんはコポコポとお湯を沸かし始めた。
ハルに言われるままに僕らはテーブル席の一つに腰を下ろす。
「んで? 相談ってのはなに? なんか面白いこと?」
「面白いかどうかはわからないけどね。『硫黄の玉』ってアイテムを探してるんだけど、知らないか?」
「『硫黄の玉』? 硫黄の玉、硫黄の玉……。メルティー、硫黄の玉って知ってるー?」
ハルには思い当たらないらしく、振り向いてカウンター奥にいたメルティさんに声をかけた。
「んー? 硫黄の玉? あれって確か『イエローコカトリス』が落とすドロップアイテムじゃなかったっけ? 【ドリエフ温泉郷】にいるやつ」
「あー、あいつかあ」
『イエローコカトリス』……聞いたことないモンスターだ。【傲慢】にしかまだ出現していないモンスターかな。
「メルティ、『硫黄の玉』って手に入るかな?」
「うーん、『イエローコカトリス』自体が厄介なモンスターで、みんな戦いたがらないからねえ。さらにアレってレアドロップだからさ。しかも使い道がまだよくわからないから、店にも並んでないんだよ」
むむ。確かに使い道がよくわからない希少アイテムなどは、初心者だとすぐに売ってしまうが、こういったゲームのベテランはインベントリに入れて取っておくことが多い。あとあと必要になる可能性がゼロではないからだ。
よほどバカみたいにゲットできるなら話は別だが、それ以降手に入るかわからないなら、僕だって取っておく。
『硫黄の玉』から『火薬』ができるのはわかっても、その『火薬』を使って武器を作ろうとしているプレイヤーはまだ少ないのだろう。いや、作ろうとはしてるけど完成してない、か。下手にバラすと入手がさらに困難になるって理由もあるのかもしれないが。
「となるとその『イエローコカトリス』を倒して手に入れるしかないですね」
「でもねー、『イエローコカトリス』って石化能力を持ってるんだよね。口から吐く石化ガスを食らうと一発で石になっちゃうんだ」
レンの言葉にハルがうんざりした顔で答える。状態異常にする攻撃を持つモンスターか。石化ってのは初めて聞くな。
「石化するとどうなる?」
「動けなくなる。これが地味にキツいんだよ。一瞬で全身が石になったあと、少しずつHPが削られていくんだけど、死に戻りするまで時間がかかるのなんの。ログアウトすると石化ダメージが止まるから、ログインしたら石化状態からの続きだし、自分じゃなにもできない。味方がいたら『蹴り倒してくれ!』って粉々にしてもらうほどなんだ」
うわぁ……。なにもできずにただ突っ立ち続けるってのは辛いなあ。仲間に死に戻りさせてもらいたくなる気持ちもわかる。
しかもHPが多ければ多いほど、石化で死ぬには時間がかかるんじゃないのか? ソロだったら最悪だな……。
聞いてみたら僕くらいのHPでも一時間くらいかかるらしい。
「石化してからコカトリスにやられたりはしないのか?」
「やられない。あいつ、相手を石化させたら興味なくすんだよね。そのままどっかいっちゃう。あ、仲間が無事ならその戦闘に巻き込まれて死に戻れるかもしれないけど。あたしらの時は一回全員石化しちゃって酷い目にあった。全員が死ぬまで二時間くらいかかったよ。ずっとチャットしてたけど」
二時間もか……。しかもそのあとデスペナタイムだろ? ものすごく無駄な時間を過ごすことになるよな。人気がないのもよくわかる。
「石化からの回復方法はないのですか?」
「これが今のところ見つかってないの。【回復魔法(上級)】ならできそうだけど、まだ回復魔法は中級までしか見つかってないからねー」
ううむ。ウチだとレンが持つ回復魔法は【回復魔法(初級)】だしな。これでは石化を回復はできないだろう。
ポーションの類で石化を解く物がありそうな気はするけどさ。あいにくと心当たりはない。
「つまり石化されたら諦めろ、ってことか」
「身も蓋もないけど、その通り。そういう理由であまりイエローコカトリスは狩りの対象にならないの。あたしらも一回しか倒してないし。つまり硫黄の玉もほとんど出回らない、ってわけ」
となると硫黄の玉が欲しければ自分たちでコカトリスを倒すしかないんだけど……。コカトリスがいる『ドリエフ温泉郷』って【傲慢】の第四エリアなんだよなぁ。
そこに行くには【傲慢】の第二エリア、第三エリアのボスを倒さないと行けないわけで。
【セーレの翼】で行ったことがあるから、『魔王の鉄鎚』を見つけた【傲慢】の第五エリアならいけるんだけれど。
第五エリアにもコカトリスはいるかもしれないが、レベルが高そうだし、倒すのは無理だろうなあ。
【セーレの翼】で手当たり次第跳んで、運良く【傲慢】の第四エリアに行ければ……って、それも大変だよねえ。一日五回しかランダム転移はできないしさ。
「どうにかして手に入らないかな。報酬は弾むからさ」
「うーん、なんとかしてあげたいけどねえ……」
「報酬はAランクの素材を使った装備一式。おまけで付与宝玉も付ける」
「「えっ!?」」
突然のリンカさんの言葉に、ガタッ、とハルが立ち上がり、カウンターの中にいたメルティさんがティースプーンを落とした。
「え、え、え、Aランク素材の装備!? それ本当!?」
「本当。『月見兎』の装備はみんなAランク素材の装備。全部私とレンが作った」
「ど、ど、どうしてそんなにレア素材が……!」
「うちには『調達屋』がいるから」
リンカさんがドヤ顔で答えてますけど、僕のことですよね、それ。メルティさんにはわからないだろうが、ハルは察したらしく、僕の方を見ていた。
「ちなみにこういうのがある」
リンカさんがインベントリから何個かの武器を取り出す。『鑑定済』になっているその武器を見て、ハルとメルティさんはずっと口を開けたままにしていた。
「こっ、これを譲ってくれるの?」
「それでもいいけど、私がちゃんと希望に沿った武器を作ってもいい」
「布装備なら私が作りますよ。もちろんこっちもAランク素材で」
リンカさんに続いてレンも名乗りを上げる。非金属の防具類ならレンの独壇場だ。まあ、革鎧となるとリンカさんのテリトリーになるし、革系統はモンスターを倒さにゃならんので、Aランク素材は難しいが。
スノウを連れてけば倒してもらえるかもしれないけど、あいつ気まぐれ屋だからなぁ……。
「……とまあ、そういうわけだけど、どう?」
「「やる!」」
食い気味にハルとメルティさんが勢い込んで承諾した。よし、商談成立だ。
「……のはいいけど、硫黄の玉ってどれだけいるの?」
「とりあえず一つでも。それ以降は一つごとに装備を一つってことで」
リンカさんの言葉を聞き、ハルとメルティさんが相談を始めた。
「『フローレス』は六人だから最低でも六個は欲しいわね……。防具もとなるとそれ以上か。フレンドに連絡回して、持ってる知り合いがいないか、しらみつぶしに当たってみるか……」
「ギルド依頼として出してもいいかもね。ソウのところの『銀影騎士団』ならコカトリスも楽に狩れるかも」
「あれ? そうなの? ならソウの方にも頼む……」
「「それはダメ!!」」
ハルとメルティさんの二人にものすごい形相で睨まれた。いや、あとでソウにバレたらうるさく言われるぞ……。こうなった以上、僕も口を噤むしかないが。
こっちとしては方法はどうあれ、硫黄の玉が手に入りゃいいわけだし。すまん、ソウ。
「よかった。なんとか集まりそうだね」
「いや、Aランク素材を集めるのは僕なんで、あんまり喜べないんだけどね……」
リゼルにため息混じりに僕が答える。ギルド共用のインベントリには何個かストックはあったはずだが、間違いなく足りないよなぁ。
また素材探しの旅か……。
「あ、そうか。【セーレの翼】が進化したから、もう一人で集めなくてもいいのか」
「え? 構いませんけど、私たち【鑑定】や【採取】【採掘】持ってませんよ? 見つけるのに時間がかかりますけど、大丈夫ですか?」
しまった、それがあったか……。レンに言われてがっくりと僕は肩を落とす。
【採取】【採掘】系がないと素早く素材を見つけることができない。いや、別にゆっくりやってもらっても構わないんだ。普通の場所なら。
だけどAランク素材をたくさん集めるってことは、当然今よりも先のエリアになる。のんびり集めてなんかいたら、間違いなくハイレベルモンスターの餌食になってしまうだろう。
【採取】【採掘】スキルは店で売ってるから取得は難しくないが、熟練度が上がるのが遅いからな……。
襲ってくるモンスターに関してはいざとなったら【セーレの翼】のビーコンを使って全員で緊急避難とかできるけど、誰かが危ないたびに戻る手間を考えると……。うん、僕一人でやった方が早いかも……。
まあ仕方ないか。これも新しい武器を作るためだ。本当に銃なんてものができれば面白いしさ。
◇ ◇ ◇
「いったか……」
僕は隠れていた岩場から身を出して止めていた息を吐き、その場にへたり込む。
ここは【嫉妬】の第五エリア、『ギャラガ大洞窟』。ハルたちに支払うAランク鉱石を僕が採掘していると、以前【憤怒】の第五エリアで見かけた電車ほどもある、とんでもなく大きな苔だらけの蛇がこちらへとやって来るのを察した。奴は鼻が曲がるほど臭いので、遠くからでも接近がすぐわかる。
すぐさま僕は岩場の陰に隠れて息を潜め、奴がいなくなるのを待った。
幸いなことに今回も苔蛇は僕をスルーして行ってしまった。
「よし、今のうちに採掘、採掘っと」
周囲に気を配りながら、採掘を再開する。よっ……と。ちえっ、Bランク鉱石か。
Aランク鉱石が採れる割合は十回に一回くらいだ。いや、Bランク鉱石でもけっこうな値で売れるし、無駄ではないからいいんだけどね。こいつを売ったお金で『カクテル』のキールさんから『魔硝石』を売ってもらう予定だし。
それにここで採れるAランク鉱石は前に【憤怒】の第五エリアで手に入れた鉱石とは違うものだ。当然作る武器の性能も違ってくる。リンカさんの持つ【合金】スキルがあれば、違うAランク鉱石と掛け合わせて、さらに別のAランク素材にもなるらしい。そのためには多くの種類があった方がいいわけで。
かなりの時間をかけて、目的の量を手に入れた僕は、さっさとここを脱出することにした。またあの苔蛇にこられたんじゃたまらない。
岩場の陰から陰へと移動して、そそくさとポータルエリアへと飛び込む。
「あっ!? っ、しまった……!」
ポータルエリアに入って僕は、またやっちまった、と舌打ちをして天を仰いだ。
【セーレの翼】外すの忘れてた……。またランダム転移が自動で発動する。あーもう……運営さーん、転移する前に確認ウィンドウを出せませんかね?
そんな僕の嘆きを無視してランダム転移が終了する。さてさて、どこだここ。一面氷だらけのフィールドだけど。ここも洞窟か?
「【怠惰】の第四エリア、『ストレイ氷窟』……」
お、【怠惰】の領国か。まあ、シークレットエリアを除けば七分の一の確率だからおかしくはないけど。
えっとマップ、マップ……。あー、東方面にある洞窟なのか。僕らは北方面に攻略してるからなあ。
つまり、僕たち『月見兎』にとってはまだ未踏の地であるわけだ。
災い転じてなんとやら。こりゃラッキーだったかも。まだ誰も見つけていない洞窟なら、珍しいレアアイテムが手に入るかも……。
なんてほくそ笑んでいたら、洞窟の奥からなにやら騒がしい音がする。あれ、これって戦闘音? 魔法の展開する効果音とかするし。
「あらら……。先客がいましたかー」
まあ、いてもおかしくないけどねー。攻略組かな? ひょっとしたら、アレンさんたち『スターライト』だったりして。
ちょっと興味を引かれた僕は、音のする方へと歩き出した。幸い、【気配察知】では奥の敵以外は感じない。
氷で包まれた洞窟を進むと、すぐに大空洞とも言える場所へと出た。僕が出てきた場所は、その大空洞の高さ十メートルほど上に位置している横穴だった。
その大空洞での戦いを見て僕は目を見開く。
眼下では大型のモンスターが暴れまわっている。高さは三メートルほど。氷のような鎧を全身にまとい、同じく氷漬けになったような盾と鋭利かつ透明な氷の剣。まぎれもない氷の騎士だ。
ポップしたネームプレートにも『氷騎士 アイシクル』と書いてある。
しかし僕が驚いたのはそのモンスターの方ではない。その氷騎士と戦っている、全身に雷をまとい、パーカーを着た【夢魔族】の少年の方だ。
「【雷槍】」
少年の掌から太い雷の槍が氷騎士目掛けて放たれる。しかしそれを氷騎士は手にした大きな氷の盾であっさりと防いでしまった。
「間違いない。ユウだ」
『監視者』の差し向けたオルトロスと一緒に戦った【雷帝】のユウである。
ユウも【怠惰】のプレイヤーだからいてもおかしくはないが、第四エリアまで来ていたのか。いや、彼はソロモンスキル【フルフルの雷球】を持っている。ここにいても不思議はない。
そのユウが氷騎士と一対一で戦っている。他の仲間はどこだ? 死に戻りしたのか? まさかソロでここまで来たとか?
『グルアッ!』
氷騎士が剣先から無数のツララをユウ目掛けて放つ。彼は両手に装備したガントレットでいくつかを弾いたが、肩や脚に何本かのツララがヒットしてしまった。
形勢はユウに不利なように見える。これって助太刀に入っていいものなのか?
「えーっと、一応、戦闘参加申請を送ってみるか」
あ、やっぱりソロなんだ。ユウの所属パーティ、所属ギルド欄が空欄だった。オルトロスの時、ずっとソロだって言ってたしな。相変わらずらしい。
「お?」
ピロン、と『許可』の返信が来た。ありゃ?
こう言ったら失礼だが、断わられると思ってた。あんまりコミュニケーションを取るのは得意だと思えなかったので。
すぐさま大空洞へと下りて、僕はユウの側へと近付いた。
「……お兄さんがシロ?」
「ああ。よろしく、ユウ君」
「ユウでいい。君付け嫌いだから」
ありゃ。前も同じようなこと言われたな。まあ、ユウの方はあの時の記憶がないんだろうけど。
「………………」
「え、なに?」
なぜかこちらをじっと見て小さく首を傾げているユウにちょいと戸惑う。
「……ボクと会ったことある? なんか……どこかで話したことがあるような……」
え? 記憶が残っているのか!? レンたちみんなはあの時のことを忘れているのに……!
「ああ、そのウサギのマフラー……。そうか、動画で見たんだっけ。『忍者さん』か」
「忍者じゃないから。職業は『双剣使い』だから」
ですよねー。そっちかよ。
『ルガルァ!』
僕らが無駄話に興じていると、再び氷騎士がツララミサイルを飛ばしてきた。
迫り来る無数のツララ。僕は【加速】を使い、その全てを躱してユウに当たるところだった二本のツララも双剣で弾き飛ばした。
「…………動画で見たよりも速いね」
「それだけが取り柄でね」
ちょっと危なかったのは秘密だ。
手にした双焔剣『白焔改・黒焔改』を構え直す。相手は氷のモンスターだからダメージは割り増しのはずだ。
「あいつ、細かい氷の粒を周りに張り巡らせてる。それでボクの雷が拡散しちゃうんだ。だからあとは殴るしかないんだけど、あの盾が邪魔で……」
なるほど。ユウにとっては相性の悪い相手ってわけだ。それでも氷騎士のライフゲージを三分の一くらいは削っている。たいしたもんだ。
『グルガァ……』
氷騎士の剣に新たな氷がまとわりつく。普通の剣だったそれは、たちまち大剣へと変化した。
うわ、ありゃダメだ。たぶん僕の双剣では受け止められない。けど大剣なら相手の動きは鈍くなるはずだ。
「とりあえず僕が引きつけてヘイトを稼ぐ。ユウは隙を見て攻撃してくれ。あ、雷撃での範囲攻撃は無しね。下手したら僕が死ぬ」
「……パーティ組む? それならダメージ通らないから」
おや。まさかパーティに誘ってもらえるとは。僕が少し驚いた顔をしていたのが気に障ったのか、ユウがぷいっと顔を背ける。
「……嫌なら別にいいけど」
「ああ、ごめん。じゃあ僕から申請するから」
パーティ申請の通知をユウに送ると、すぐに了承の返信がきた。よし、これで二人パーティの完成だ。リーダーは申請を送った僕になる。
よし。じゃあ、あの氷騎士をやっつけるとしますか。
【DWO ちょこっと解説】
■パーティについて
基本的にパーティ内のメンバー同士はダメージを受けることはない。これは設定により受けるようにもできるし、その他細かく変更が可能。しかし同じギルドであっても、パーティが違うメンバー同士はダメージを受けてしまうので注意が必要。集団によるレイド戦などはこのことに気をつける必要がある。




