■105 女皇帝と調査局員
■なんとか入院せずにすみました。
前話のあらすじ:お隣さんのリーゼが宇宙人だった。
「簡単に説明すると、地球が存在する銀河にはいろんな組織があるが、中でも大きな集団が三つある。以前話した【惑星連合】、【宇宙同盟】、そしてわらわの統治する【銀河帝国】じゃな」
「はぁ……」
スケールが大き過ぎてピンとこない。銀河って。ていうか、ミヤビさんが統治する帝国?
「その、【銀河帝国】? の、女皇帝がミヤビさん、だと」
「そうじゃ」
「それってものすごく偉い人ってこと……ですか?」
「うむ。本来ならば他星の一市民が会えるような存在ではないのじゃぞ? シロは特別じゃ」
自分の言葉がおかしかったのか、かかか、と笑いながら、ミヤビさんはブランデーを呷る。とても宇宙の皇帝陛下とは思えないんですが。皇帝陛下なら弁償してくれるんだろうか、それ……。最悪、僕が飲んだと思われかねないんですけど。
「それでそこの小娘が【惑星連合】の調査局員じゃ。その星の種族や文明、文化を調査するために地上に降りる……ま、潜入捜査員じゃな」
ソファーに腰掛けるミヤビさんの前で相変わらずリーゼは青い顔をして座っていた。
「ってことは、その、リーゼも宇宙人……なのか?」
リーゼは僕の言葉にビクッとしたが、やがて小さくこっくりと頷いた。
「私、は、【惑星連合】の調査機関、『トリリトン』所属の調査局員なの。任務は地球人の生態、文化、行動を観察、調査すること……」
「それだけではあるまい。地球に滞在する他の異星人に対して、強制撤去させる権限を持つ。もちろん星間法に触れた異星人だけじゃが」
「や、私まだ二級調査員なんでその資格は持っていません。せいぜい先輩方が処理するまで監視したり、ちょっとしたお手伝いをするくらいで……」
マジですか。お隣さんが宇宙人だったよ。って、ノドカマドカがいる今や、同居人も宇宙人か……。
「リーゼが宇宙人……。まあ、そう言われると納得できる部分もあるけど……」
「えっ? えっ!? そ、そんなバレバレだった!?」
目を見開いたリーゼがこちらを振り向く。
「ん、まあ。世間知らずなところとか、なんか隠し事をしてるようなそぶりとか……。今から思うと、ああ、それで……って納得できる」
「そんなぁ……」
そういやUFOの話をしてた時もなんか挙動不審だったよな。ボロを出さないように気をつけていたんだと思う。
潜入捜査員としては新人らしいから、どうしてもそういった不自然さが出てしまうのだろう。いや、宇宙人とわかった今だからわかることで、それがなければ気がつかなかったと思うけどさ。
ガックリとうなだれたリーゼにどう声をかけていいかわからず、僕は話題を変えてみる。
「そ、それより地球にはそんなに宇宙人が降りているのか?」
「……きちんと手続きを取り、厳しい審査を受けた者ならね。ある程度は許可されているの。無断で強引に降りようとして墜落したのもいるよ。地球人が隠蔽しちゃってるけれど」
え、それって『ロズウェル事件』とか、そういうの? よくオカルト的な番組で流れたりするけど。
「ひょっとしてリーゼの【惑星連合】って、どっかの国と取引とかしてる……?」
「してないよ。どんな理由があれ、未発達の星の、特定の政府なんかと接触するのは星間法で禁じられているから。現在、地球のどの国も異星人との交流はしてないはずだよ。一応、【連合】が地球の担当ってことになっているから、【同盟】も【帝国】にも接触は許してないはずだし。……まあ、国じゃなく、個人でなら何人かいると思うけど」
「現地での協力者がいなければ調査もままならぬからのう。近いところじゃと、ほれ、【DWO】を作った連中とかじゃな」
【DWO】の開発者たちか。NPCがみんな宇宙人だと言うのなら、それに関わっている人たちが関係者なのは間違いないだろう。
詳しく聞くと、開発者の中には宇宙人も含まれているらしいという。てことは、【DWO】ってのは、宇宙人と地球人との共同制作のゲームってこと?
しかもNPCは全員、宇宙からログインしているらしい。地球に降りた宇宙人じゃないのか。遠距離恒星間通信ってことか? 通信料いくらだよ……と、どうでもいいことを考えてしまった。
「ちょっと待って。なら、開発・発売元のレンフィルコーポレーションの社長……。レン、いやレンシアのお父さんも関係者なのか?」
「えっと、たぶんそうじゃない? 私みたいな下っ端までそんな情報は回ってこないけど」
マジか……。あのロマンスグレーなお父さんがねえ。一度しか会ったことはないけど、娘を心配する普通のお父さんにしか見えなかったな。まさか宇宙人との付き合いがあるとは。
いや、それを言ったら僕もなのか……。一度レンシアのお父さんときちんと話してみたいな。まあ、それはそれとして。
「結局、宇宙人……リーゼやミヤビさんたちの目的はなんなの? 地球侵略とかじゃないんだろ?」
「地球人が宇宙に進出することが、他の異星人にとって益となるか害となるか……それを見極めようとしてるのじゃ。ざっくばらんにいうと、友達になるかならないか、様子を見ているところじゃな」
「友達って……まあ、当たらずといえども遠からずってところだけど……」
ミヤビさんの言葉に対して、複雑な表情のリーゼがそうつぶやく。
友好を結べる存在かどうか、確認をしているところってこと?
「地球人は身内で争ってばかりじゃからのう。警戒するのは当たり前じゃ。個人ならまだマシじゃが、集団になると凶暴さが増す。意に添わぬ者を排斥し、少数の意見は異端だと決めつける。自分を律することもできず、多数の他者に考えを委ね、暴走してしまう。未熟な種族じゃ」
……群集心理ってやつか? 人は素質に関係なく、状況や集団の中での環境により、善にも悪にも簡単に変貌するという……確か『ルシファー効果』だったかな? そんな説をテレビで見たような。
匿名性の高い状況や、集団での責任が分散される状況下においては個性が失われ、自己規制の意識が低下するとか。ネットなんかは特にそうだな。
みんながしていることを当たり前だと考えてしまう。それが正しいと思い込んでしまう。『正義感』を持って、みんなで他者を迫害する。
確かにそういうところが人間にはあると思うけど……。
「じゃが、未熟ゆえに地球人には無限の可能性もまた存在する。我らにはない、新たな風を宇宙に呼び起こすやもしれぬ。我らはそれを期待しているのじゃ。そのためには地球人もっと知らねばならぬ。そのための調査をしているのじゃ」
「基本的には地球上では私たち【惑星連合】の者が調査をしているの。でも【DWO】の中では共同で調査しているから、いろいろと大変なんだよ。お互い方針が違ったりするから……」
リーゼが、はあっ、と深いため息をつく。どうやら宇宙人も足並みを揃えるのは大変らしい。
こういった異星人とのコンタクトは、星によっていろいろ方法が変わるらしい。
ある程度文明が育っていなければ、また次の機会に、となることも多いとか。未熟過ぎる種族だと、異星人を神と崇めてしまい、その成長を妨げることになるからだそうだ。
その点では地球人は試験を受けるだけのレベルに達していると認められたわけか。
「じゃあ『監視者』ってのは……」
「言ったじゃろ。『試験官』みたいなものじゃと。シロが会ったのは【同盟】側のヤツじゃろう。奴らの大勢力は地球人が宇宙に進出することに反対しているからの。基本的に厳しい試練を当ててくるのは大概そっちじゃ」
てことは、あの場にいた僕以外の、レン、ガルガドさん、ジェシカさん、アイリス、ユウの五人は地球人ってことなのかな?
リーゼのように宇宙人のプレイヤーにも『監視者』は試練って与えるのか?
「私みたいに普通のプレイヤーとしてログインしている者は仕事じゃなく、【DWO】を私的に楽しみたいからログインしているの。もちろん運営側にも知り合いはいるけど、そこは公私混同しないから。もちろん【同盟】の側も同じ。でも【帝国】は……」
ちらりとリーゼがミヤビさんに視線を向ける。
「あの世界で【帝国】の者はほとんどプレイヤー側ではないし、他の地球人に干渉もしてはおらん。決められた箱庭でのんびりとしておるだけじゃ。ま、招かざる客が来たりもするがの」
……それって僕のことですかね?
いや、ひょっとして、シークレットエリアとして見つかったケット・シーの村とかって、【帝国】の人たちだったのかもしれないな。
「リーゼのところの【連合】は地球をどう考えているの?」
「慎重論もあるけど、友好派が圧倒的に多いかな。私たち【連合】はいろんな種族が多いから、他の星とはなるべくうまく付き合っていこうって方針なの。まあ捕食者とか、殺戮機族とか、どうしても仲良くなれない種族もいるけどね」
それはまあ……僕も仲良くしたくはないな。
まあ、リーゼの【連合】は地球人に友好的、と。じゃなきゃ一緒に【DWO】を開発したりはしないか。
とりあえずわかったことを整理してみよう。
■地球には宇宙人がけっこうお忍びで来ている。
■銀河には大きな三つの組織、【惑星連合】、【宇宙同盟】、【銀河帝国】がある。
■リーゼは【惑星連合】の下っ端調査員、ミヤビさんは【銀河帝国】の女皇帝。
■ 【DWO】は宇宙人と地球人が共同で開発した。
■ 【DWO】のNPCは全員宇宙人が宇宙からログインしている。
■ 【DWO】を利用して、『監視者』とやらが、地球人を観察している。
■宇宙人は地球のどこの国とも組織的には繋がりはない。
■宇宙人たちは地球人が宇宙に進出することについてどうするか意見が分かれている。
■ミヤビさんの【銀河帝国】は基本的にはプレイヤーに不干渉。
■【宇宙同盟】は地球人が宇宙に進出するのをあまりよく思っていない。
■リーゼの【惑星連合】は概ね友好的。
……いろんなことがわかったけど、相変わらず頭は混乱している。
これらを知った僕はどうすればいいんだろう……。
「変に吹聴せんほうがいいぞ。頭がおかしくなったと思われるし、過激派に目をつけられるかもしれんからな」
「え!? 過激派ってなに!? 危険なの、僕!?」
ミヤビさんは万が一に備えて、とうちにノドカとマドカをボディガードに置いていった。それはこのことを知った僕に、なにかしら危険があるということで。
まあ、そのボディガードたちはリーゼの持ってきた肉じゃがをがつがつと食べてますが! おい、せめて皿によそってから食べろ。鍋からダイレクトに食べるんじゃない。
「いるんじゃよ。中には危険な芽なら今のうちに摘んでしまえ、という輩が」
「え、それって人類を絶滅させてしまえってこと……?」
「あ、あくまで一部の人たちだよ!? ほんとに少数の意見だから! 理由もなくそんなことをしたら、とんでもないことになるから誰も賛成しないよ!」
リーゼがフォローしているが、それって理由があればやっちゃうってことじゃないの? 大丈夫か、地球……。
「安心せい。そのようなことはわらわがさせぬ。地球にはいろいろとしがらみもあるしのう。……さて、そろそろ母船に戻るとするか。お前たち、ちゃんとシロを守るんじゃぞ?」
「了解です!」
「了解なの!」
食卓の椅子に乗ったまま、びしっ、と敬礼をするノドカとマドカ。この二人も【帝国】の一員なんだよなあ……。しかも皇帝の側近ってことは、けっこう身分の高い子たちなのかもしれない。
「じゃあまたの」
目の前でミヤビさんが光に包まれたと思ったらふっと跡形もなく消えた。……いま消える直前に、棚からもう一本ブランデーをくすねていったよな? 本当に宇宙の皇帝か、あの人!?
仕方ない。僕が割ったことにして父さんには謝ろう……。
僕がそんなことを考えていると、リーゼが大きく息を吐いて、その場にへたり込んだ。
「っ、ぶはぁぁぁぁ────…………っ! こ、殺されるかと思った…………!」
真っ青な顔をしてリーゼが自分の身体をかき抱く。いや、殺されるって大袈裟だな。
「白兎君はあの人のこと知らないから! 『帝国の女皇帝』っていったら、武力で数多の逆らう星々を潰してまとめ上げた、伝説の暴君だよ!? あの人が本気になったら、地球なんか一人で制圧されちゃうよ!」
「え、マジで……?」
「マジで。それもなんの装備もなく、素手でやってのけるよ。アメリカ大陸くらいなら二秒で焦土と化すと思う」
ちょ……! 秒って!? 単位がおかしくないですかね!?
あの人はなんだ、宇宙最強生物か!?
「ミヤビさんに対抗できるやつっているの……?」
「何人かはいると思うよ。宇宙には肉体も寿命もない全知全能な高次元生命体もいるから。まあ、そういう種族ほど、他の異星人と関わらないんだけどね」
リーゼの言葉にあらためて宇宙のトンデモなさを痛感した。
とりあえず落ち着くために、自分とリーゼの分のお茶をいれる。焙じ茶だ。双子らにはアップルジュースでいいか。
しかしリーゼが宇宙人ねえ……。普通に人間に見えるけど、ひょっとしてこの姿も擬態とか?
ジッと見てたのを気付いたリーゼが湯呑みを置いてこちらへと視線を向ける。
「なに?」
「あ、いや、その姿って地球人に似せてるのかな、って……。ほら、テレビや映画とかだとタコのような姿とか爬虫類型とかいろいろいるじゃない? リーゼも変装とか変身とかしてるの、かな、って……」
そう言いながら、僕の言葉はだんだんと尻つぼみになっていく。リーゼの正体がいかにも『宇宙人』という姿だったとしたらどうしよう、と思ったからだ。姿形なんか関係ないとは思うけれども、その姿を見て驚かない自信はない。
僕の言葉を受けて、リーゼが手首のブレスレットに指を走らせる。
瞬間、リーゼが光に包まれ、すぐさまその光が弾けるように消える。
そこにはパッと見は変わらぬ姿のリーゼがいたが、髪の毛は白く、耳が少し尖り、両目がルビーのように赤くなっていた。額と喉元に宝石のような結晶体が見える。
「これが本当の姿。私は『エルファン』って星の出身で、『エルファン人』ってことになるのかな、こっちでは。【連合】でも二番目に多い種族なの」
「エルファン人……」
少し驚いたが、あまり地球人と変わらぬ容姿に、僕はどこかホッとしていた。不定形生物とか、毛むくじゃらの雪男みたいだったら思わず声を上げていたかもしれない。それはリーゼに対して失礼だろう。
そんなんだから、宇宙の人々に地球人は未熟な種族と呼ばれるのかもしれないなあ。
「あ、ひょっとして私が本当はとんでもない姿なんじゃと思った?」
「う……。いや、その」
僕がホッとしていたのを察したのか、リーゼがいたずらっぽい視線を向けてきた。
「基本的にこういった未発達の星に降りる者は、同じようなタイプの種族が選ばれるの。その方が話がしやすいし、拒絶感も少ないしね。まあ、中には動物のような姿で接したり、原住民の肉体を借りることもあるけど」
肉体を借りるってのはどういうことですかね……。聞いてみたいけれど、なんか怖い気がするのでやめておく。
「そこの子たちや、さっきの女皇帝なんかはあの姿が基本だけど、本気の時の戦闘形態とかでまた姿が変わるって聞くし……」
「見せるです? おうち吹っ飛びます」
「吹っ飛ぶの」
「頼むからやめてくれ」
変身型の宇宙人ってやつなの? 種族によっちゃ服を着替える感覚で変身できるのかもしれないけど、その度に家を壊されちゃたまらん。
リーゼが焙じ茶を飲み終わるとふうっ、と息を大きく吐いた。
「とにかく今日はもう疲れたから帰るよ……」
「あ、ああ。お構いもしませんで……。そういえば隣の……リーゼの伯父さんと伯母さんって……」
「あ、うん。ちょっと記憶を改竄して、姪ってことにしたの。学校の方もそんな感じで」
記憶を改竄……。あのヒーロースーツの宇宙人や、【監視者】がやったのと同じような技術なんだろう。そんな力があるなら地球を裏から操るようなことも簡単なんだろうな。ミヤビさんの言う通りならそんな状況にはなってないみたいだけど。
玄関までリーゼを送る。
「とりあえずこのことについては黙っておくよ……殺されたくないし。でも【帝国】も裏でなにか動いているみたいなんだよね……。私たちの邪魔をするとか、【DWO】でなにかしようとか、そういうことじゃないみたいだけど」
【帝国】が? ミヤビさんのところも一枚岩じゃないということなのだろうか。臣下が勝手に動いているとか?
でもミヤビさんがそんな勝手を許すかね? となると…………いやいや。首を突っ込むのはよそう。僕には関係ないことだ。
「シロお兄ちゃんお腹減ったです!」
「お腹減ったの!」
キッチンから空腹児の声がダブルで聞こえてくる。お前らさっき肉じゃが食ったろ……。
「じゃあ、これで。また【DWO】で」
「ああ、また」
ドアを閉めてリーゼが去っていく。
ふう……。いろいろととんでもない情報が飛び込んできて、熱が出そうだ。どうしたもんやら。
「お腹減ったですー」
「お腹減ったのー」
こっちもどうしたもんやら。なにか冷凍食品とか、手軽なものがなかったかねえ。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■ロズウェル事件について
1947年、アメリカ、ニューメキシコ州ロズウェル付近でUFOが墜落し、米軍に回収されたと言われる事件。最も有名なUFO事件と言われる。
墜落したとされる場所が牧場だったため多くの目撃談があり、宇宙人の死体を軍が回収したとか、壊れた円盤を見たなどの話があるが、アメリカは観測気球の墜落であるとしている。
ちなみにこのロズウェルで撮影されたとも言われる有名な『捕まった宇宙人』の写真は、1950年、ドイツの雑誌に載ったエイプリルフールの記事が元ネタで、写真だけが一人歩きしたものだったらしい。