■104 連合と帝国
「おっ、また上がった」
通算四匹目のジャック・オ・ランタンを倒した後にレベルを確認すると37になってた。
やはり早いな。狩り始めて四時間(現実時間)足らずでまたひとつ上がるとは。確かにこれはオイシイ。
まあ、それ以上に他の敵も倒しまくっているわけだけど。
「エンカウント率はさすがに低いですね」
「でも、出会ったらすぐ逃げ出さないだけマシ。倒し方もわかってきたし」
僕と同じようにレベルを確認していたウェンディさんとリンカさんがそんなことをつぶやく。
確かになんとなくだが、倒し方がある程度パターン化してきた。
まずレンの範囲攻撃でダメージを与え、動きを止める。次に僕が【加速】で迫り、攻撃を加えてこちらへと注意を向けさせる。その隙にミウラ、あるいはリンカさんの一撃が決まれば大ダメージだ。外れた場合、ウェンディさんとシズカが防御に回り、再びレンの範囲攻撃、と。
これを繰り返せば比較的楽に狩れる。ただ、これはあくまで単独で現れた場合で、他のモンスターと一緒に出てきた場合はまた違ってくるのだが。
「さすがに疲れてきましたね……」
レンが大きく溜め息をつきながらそうつぶやいている。四時間近くも狩ってたらそりゃゲームとはいえ精神的に疲れるよな。
現在、僕らがいるのは【星の塔】の四階。とりあえずマップを埋めつつ、上への階段を見つけたら登り、そこに湧くモンスターの強さを確かめながら慎重に進んでいる。
「あっ!?」
突然放たれたミウラの声にマップウィンドウを慌てて消す。モンスターか!?
「宝箱だ! うわぁ、宝箱があるよ、みんな!」
え? 宝箱?
ミウラの示す先、小部屋の片隅に金で縁取りされたいかにも宝箱、というものが鎮座していた。
「ちょっと待った! ミウラ、罠があるかもしれないぞ」
「えっ?」
走り出そうとしたミウラが、僕の声で立ち止まる。宝箱に罠。よくある話だ。ひょっとしたらミミックとかいう宝箱に擬態したモンスターかもしれない。
「うーん……。【罠解除】のスキルとか取っておくべきでしたかね……」
「……大丈夫。私の【鑑定】でこの罠ならわかる。宝箱を開くと毒矢が飛んでくるタイプ」
レンが漏らしたつぶやきにリンカさんがさらりと答える。え、【鑑定】でそんなことまでわかるの!?
僕も試しに【鑑定】してみた。
───────────────────
【宝箱】 Eランク
■未開封
■罠の有無:unknown
品質:S(標準品質)
───────────────────
はい、わかりません。僕の【鑑定】レベルじゃ罠があるかどうかもわからなかった。Eランクってのは宝箱の中身のランクじゃなくて、宝箱自体のランクだろう。
職業柄、いろんなものを日々鑑定しているリンカさんには敵わないよな。リンカさんとパーティを組むときは、【鑑定】スキルは控えに回してもいいのかもしれないなあ。
罠の内容が分かっていれば開けるのは怖くない。宝箱の後ろに回り込んで蓋を開けると、バシュッ! とした発射音ともに、小さな矢が壁に突き刺さった。おお、こわっ。
「中身は……。おっと。なんだこれ?」
僕は宝箱の中から飛び出してきたものを空中でキャッチした。これって、杖……か? ……いや、この宝箱の中にどうやってこんな長い物が入ってたの……? まあゲームなんだから突っ込むだけ無駄だけどさ。
リンカさんに手渡し、鑑定してもらう。
───────────────────
【星の杖】 Aランク
ATK(攻撃力)+58
INT(知力)+72
MND(精神力)+36
■アルカナシリーズの一つ。
遠距離から物理攻撃が可能。
□装備アイテム/杖
□複数効果無し/
品質:HQ(高品質ハイクオリティ)
【鑑定済】
───────────────────
金属ではあるが軽い。一メートルくらいの杖だ。杖頭には大きなディフォルメされた星が付いていた。遠距離からの物理攻撃ってどういうことだろう? 魔法攻撃が物理攻撃になるってこと?
「これはリゼルさん用ですね」
「うーむ、ここにいないメンバーの武器が手に入るとは……」
いや、まだ装備できるメンバーがいるからマシなのか。斧とか棍棒とか格闘用のガントレットだったりしたら無駄になるとこだ。おいそれと売れるもんじゃないしなあ。
「シロ兄ちゃん、この宝箱も拾ってく?」
「いや、そんなもんどうするのさ……」
「トーラスの兄ちゃんの店で売れるかも……」
「持っていこう」
『パラダイス』ならこの手のガラクタでも絶対に売る。こんないかにも『宝箱』ってインテリアを見逃すはずはない。
星の杖と一緒に宝箱もインベントリに収納する。鑑定できたし、やっぱりオブジェクトじゃなく、宝箱もちゃんとアイテム扱いなんだな。
「しかしけっこう狩ったけど、まだカボチャの亜種ってのには出会わないなあ」
もうジャック・オ・ランタンなんて長い名前を呼ぶのが面倒だからカボチャと呼んでしまおう。これで充分通じるし。
「亜種なんてそう簡単に遭遇するものじゃないですからね。それだけ希少な……どうしました、スノウ?」
「きゅっ!」
レンの頭の上でくつろいでいたスノウが突然飛び立ち、パタパタと通路を飛んでいく。
途中でこちらを振り返り、再び『きゅっ!』と鳴いた。
「ついてこいって言ってるです!」
「言ってるの!」
「あいつの言葉わかるの、君ら……」
彼女たちの正体を知ってるだけに、突っ込んでいいものか判断に悩む。
そんな僕を置いて、みんなはすたこらとスノウを追いかけていく。行くしかないよなあ。
「きゅきゅっ」
パタパタと通路を迷いなく進んでいくスノウについていくと、目の前にオレンジ色の光が見えた。
「あれは……」
「もっとピカピカカボチャです!」
「もっとピカピカカボチャなの!」
なるほど、もっとピカピカか。
目の間に現れたのは今まで見てきたジャック・オ・ランタンとさほど変わらない。ただ、頭部のカボチャ部分が金ピカに輝いていた。ゴールデンカボチャだ。こいつが亜種に違いない。……硬そうだなぁ。
「とりあえず今まで通りやってみましょう。【サウザンドレイン】!」
レンから放たれた矢の雨が金ピカカボチャに降り注ぐ。その隙を突いて【加速】を発動させた僕が金ピカに双焔剣・白焔改、黒焔改を叩き込んだ。が、双剣から感じるいつもとは違う抵抗に眉を顰める。硬っ!? やっぱり硬いぞ、こいつ!
野菜ではなく金属のモンスターということなのか? となると斬撃系である僕やミウラ、ウェンディさんの剣や、シズカの薙刀はあまり役に立たない。いや、ミウラの大剣は打撃系とも言えるけど。
「【ヘビィインパクト】」
僕に引き続き、真の打撃系であるリンカさんが金ピカに『魔王の鉄鎚』をぶちかます。
ホームランを打つ勢いで、大鎚化した『魔王の鉄鎚』が金ピカの頭を強打する。ガキャンッ! という金属音とともに、金ピカの頭上にヒヨコがくるくると回り出した。よし、ピヨった! ラッキー!
「【ラッシュスパイク】」
「【兜割り】!」
「【大車輪】」
ウェンディさん、ミウラ、シズカの三人が放った戦技が連続で決まる。硬いとはいえ、あれだけの戦技を食らえばかなりHPが減ったはず……って、半分も削れてない!?
『ギギッ!』
ピヨピヨから復活した金ピカが、手に持ったランタンからボムッ、ボムッ、ボムッ、とバレーボール大の火球が飛び出してくる。ゆっくりとそれは金ピカの周りを回り出し、すぐに回転のスピードが上がったと思ったら、まるで遠心力で飛ばすかのごとく僕らへと向けて放ってきた。
「っと!」
僕とシズカは迫り来る火球を躱し、ウェンディさんはミウラの前に出て大楯でそれを受け流す。
「【ストライクショット】!」
『ギッ!?』
ウェンディさんの後ろからレンの放った強力な一撃が、金ピカの持っていたランタンを破壊する。あれって破壊できるのか……。本体にダメージはないようだけど。
しかし、よく見るとランタンは少しずつ再生しているようだった。一時的な破壊ってことか。
「もう一度……! 【ヘビィインパクト】!」
チャンスを逃さないとばかりにリンカさんが前に出て、『魔王の鉄鎚』を振り抜く。大音響を立てて金ピカがよろめくが、さっきのようにピヨりはしなかった。
「【狂化】ぁっ!」
ミウラの身体が赤いエフェクトに包まれる。鬼神族の種族スキル【狂化】だ。防御力が下がる代わりに圧倒的な攻撃力を得るスキル。
その身体能力を使って、ミウラは空中高くジャンプする。暴風剣『スパイラルゲイル』を構え、縦回転に回転しながら金ピカへと落ちていく。
「【大回転斬り】ぃっ!」
本来の【大回転斬り】は横回転て周囲の敵を吹き飛ばす戦技だ。『スパイラルゲイル』の力を借りたミウラのアレは全くの別物だと思う。
『ギゲギャッ!?』
【狂化】に加えてのこの戦技を食らって、さすがの金ピカのHPもレッドゾーンへ突入した。御自慢の金のカボチャ頭もヒビが入っている。よし、もう一息だ!
出し惜しみは無しだ。動けるHPを残し、【分身】を発動。七人に分かれた僕が金ピカへと同時に戦技を放つ。
『【双星斬】!』
『ギャウァッ!?』
両手で十回、七人で計七十もの斬撃を受けて、金ピカカボチャは光と消えた。倒せた、か。
「やったです!」
「やったの!」
諸手を挙げてノドカとマドカ喜びを表す。
「攻撃力はそれほど高くないみたいだけど、硬かったなぁ。リゼルの魔法があればもう少しは楽できるかな?」
「うわっ、レベルが上がってる! こないだ上がったばかりなのに!」
ミウラの驚く声に僕も自分のステータスを確認する。ううむ、僕は上がってなかった。でもかなりの経験値は入ったな。ノーマルのカボチャと比べると三倍近く入ってる。
ドロップアイテムは……『金のカボチャ』……? 金でできたカボチャってことだよな? 食べ物じゃないよな?
ふと横を見ると、リンカさんが黄金のカボチャを取り出していた。あ、やっぱり金でできたカボチャなのね。装備の素材に使うのかな。黄金の鎧とか黄金の剣……ちょっと趣味が悪そうだ。トーラスさんの店なら買い取ってくれるだろうけど。
「お。スキルオーブもドロップしてるぞ。【魔工学】……?」
僕はスキルオーブに表示されたスキル名に首を捻る。聞いたことないスキルだな。でもこれ星二つのレアスキルだ。
『学』ってことはなにかの生産スキルに関わることたよな。あんまり生産系はチェックしてないからよくわからんなぁ。
「リンカさん、これ……うわっ!?」
生産スキルは生産プレイヤーに聞けば、と顔を上げると、リンカさんが目の前まで黄金カボチャを持って迫っていた。近い近い! 近いって!
「【魔工学】……! 欲しい。シロちゃん、譲って。今ならカボチャもつける」
「いや、それ僕もドロップしましたから……。譲るのは構わないんですけど、これってどういうスキルなんです?」
「【魔工学】は魔法機械の装備を開発できるようになるスキル。まだ成功したプレイヤーはいないけど、魔法銃とか造れるようになるって噂」
噂かい。眉唾だなぁ。
「あと、機械式っぽい弓も造れる」
「それってクロスボウみたいなものですか?」
「そう。属性を付けた魔法攻撃ができるようになる機械弓」
「あ、それいいですね! 私、欲しいです!」
リンカさんの言葉を聞いて、後ろからひょっこりとレンが顔を覗かせた。ううん……。まあ、僕が持っていても仕方ないしなぁ。
結局リンカさんにギルド内価格で【魔工学】を譲った。いいというのに黄金カボチャも渡されたが。やっぱり後でトーラスさんのところに売ってこよう。
「そろそろ時間ですから戻りましょうか」
ウェンディさんの言葉に全員が頷く。あんまりここで稼ぎすぎてもリゼルだけレベル差が出てしまうし、流石に今日はもう疲れた。
「じゃあシロさん、お願いします」
「うん。あ、ちょっと待って」
僕は新たに『ビーコン』を取り出して、塔の現在いる場所に設置する。これで次からはここからスタートできるはずだ。
「よし、じゃあ【転移】っと」
ウィンドウにある、『ビーコン:01』をタッチすると、一瞬にして僕らはギルドホームへと戻ってきた。
「本当に帰ってこれましたわね」
「これいいね! 移動や探索がすごい楽になるじゃん!」
「それだけじゃありません。いざという時の緊急避難にも使えます」
確かにこれは便利だなぁ。強い敵と戦っても、死にそうになったら一瞬でここに戻って来られるんだから。いや、さすがにボス戦とかには使えないかな? そこまで都合良くはあるまい。ボスから逃げられないってのはゲームのセオリーらしいからな。
ホームに帰るや否や、リンカさんはすぐさま自分の工房へと飛んで行った。これからログイン制限時間ギリギリまで【魔工学】のスキルを高めるらしい。いや、あの熱意には頭が下がる。レンのクロスボウも割と早くできるんじゃなかろうか。
「面白かったです」
「面白かったの」
そらようござんした。ノドカマドカを連れて、僕も今日はログアウトすることにする。まあ、一緒に住んでいるなんてみんなには言えないけどね。
ログアウトしたら夕食の用意をしないとな。今日はなににしよう。あの子らはなんでも喜んで食いそうだけどさ。
ログアウトを終え、リクライニングシートから身を起こすと、一緒にログアウトしたはずのノドカとマドカがいない。
リビングがなにやら騒がしいのでそちらの方へ向かうと、ノドカとマドカがお菓子をボリボリと食べながらアニメ映画のDVDを観ていた。おい、そのお菓子、どこから持ってきた? 随分とくつろいでくれちゃって……。
「あ、シロお兄ちゃんです」
「シロお兄ちゃんなの」
「君ら行動早過ぎない……?」
ふと、違和感を感じたのでしばらくリビングを観察する。……ああ、そうか。さっきログアウトしたにしてはこの部屋は時間が経ち過ぎてるんだ。
お菓子は空になった袋がいくつか散乱しているし、空になったペットボトルも転がっている。DVDのアニメ映画は終盤のクライマックスだ。
さっきログアウトしたばかりで、ここまでの状態になるとは思えない。時計を見ると、ゲーム内でログアウトした時間とそう変わらなかった。
つまりログインしていた時間もこの子たちはここにいて、映画を見てた?
「ひょっとして『半分こっちに残る』ってのは、やっぱり『DWO』にログインしている間もこっちの二人は自由に起きてるってことなのか……?」
考え込んでいると、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。誰だ? また父さんから宅配かな?
「誰か来たです!」
「来たの!」
「あっ、ちょっ、待て!」
僕が制止するよりも早く、双子が玄関へと飛び出して行った。ミヤビさんの言いつけ通り耳と尻尾は隠しているけど、あまりこの子たちを人前には出したくはない。変に事情を探られるのも嫌だしな。
まあ、なにかマズい状態になってもミヤビさんがなんとかしそうな気もしないでもないが……。
「あ、れんごーのお姉ちゃんです!」
「れんごーのお姉ちゃんなの!」
「………………」
ノドカがガチャリと玄関を開けた先に立っていたのは、お隣さんのリーゼだった。手には小さな鍋を持っている。
そのリーゼは双子を見下ろしたまま、翡翠色の瞳を見開いて固まっていた。あっちゃあ……。
や、ヤバい……! な、なんて言い訳すればいいんだ? 『ゲーム内のNPCそっくりな親戚の子供』で通すか?
いやいや、あの子らもう『れんごーのお姉ちゃん』とか口走っちゃったし。知り合いだってバレバレじゃないか! ……ん? れんごーのお姉ちゃん? れんごーって『連合』か? ……まさか【惑星連合】?
「な、なんであなたたちがここに……っ! あっ、きょっ、局長に報告しなきゃ……!」
「それはやめてもらえんかのう。痛くもない腹を探られるのはまっぴらじゃ」
「ひっ……!?」
リーゼの手から鍋が落ちる。危うく玄関の三和土に落ちる前に、ノドカが素早くキャッチした。ナイス!
声のした背後を振り向くと、ニヤニヤとした笑みを浮かべてミヤビさんが立っている。……ってその手に持ってるブランデー、父さんのとっておきだよね!?
「て、帝国の女皇帝……!」
ミヤビさんを見て、リーゼがガタガタと震えている。
帝国? 女皇帝? またわからん言葉が飛び出してきたけど、この反応……リーゼってひょっとして……。
「こ、皇帝陛下が地上に降りるとは……。ち、地球をどうする気、ですか……?」
「別にどうもせんわ。ちょっとした息抜きじゃ。まあ、少しだけ探し物もしとるがの」
震えながら言葉を紡いだリーゼにミヤビさんが答える。リーゼがまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。相手は蛇ではなく狐だけど。
「それ、は、星間法に触れる、のでは……」
「今更じゃの。お主らも同盟の奴らも、隠れて大なり小なり同じようなことをしてるではないか。なぜ帝国だけ律儀に守らねばならん。まあ、お主が黙っとればいいだけのことよ」
「こ、断ったら……?」
「さあのう。連合の新米調査員が一人、地球で行方不明になるかもしれんのう……。そんな事件は起きてほしくないじゃろ?」
悪い顔をしたミヤビさんの視線を受けて、カクカクとリーゼが首を縦に振る。顔から血の気が引いている。よっぽどミヤビさんが怖いらしい。
リーゼが『女皇帝』って言ってたけど、ひょっとしてミヤビさんって、ものすごく偉い人ですか……?
「えーっと……。よくわからないんで、いろいろ説明してもらえますかね……?」
ずっと蚊帳の外だった僕は、なんとかそう言うだけで精一杯だった。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■ブランデーについて
果実酒から作った蒸留酒。主に白ブドウのワインを蒸留して製造するが、リンゴや木苺などのブランデーも存在する。ウィスキーは穀物であるが、ブランデーは果実を蒸留して作るため、冷やして飲むのは香りを殺すとも言われ、あまり推奨されないとか。コニャック、アルマニャック、キルシュヴァッサー、カルヴァドスなどがある。