■102 パワーアップ
「これがVRドライブなのか? コンパクト過ぎるだろ……」
部屋のど真ん中に置かれたリクライニングシート型の自分のVRドライブと、ノドカとマドカのVRドライブを比べて、僕は思わずため息をついた。
リクライニングシート型はベッド型に次いで高額で高性能なVRドライブである。地球における一番コンパクトなVRドライブはヘルメット型だが、それはいろいろと機能を削ぎ落とし、ゲームのみに特化しているからだ。
機能や快適さなどで比較すると、断然ベッド型とかの方がいいが、いつでもどこでもとなるとヘルメット型に軍配が上がる。
しかし、ノドカとマドカのVRドライブはそれをはるかに超えるコンパクトさであった。
「腕輪型……。さすがは宇宙の技術ってところか」
ノドカとマドカが右腕に装着していた、一見、シンプルな銀の腕輪。まさかそれがVRドライブだとは。
「それだけじゃなくて、つーしんきにも、いりょーぶんせききにも、宇宙船のこんとろーらーにもなるのです!」
「なるの!」
買ってきた可愛らしい服を着て、そう自慢気に語る双子さん。
なにその多機能な腕輪。アレか、これって宇宙人のスマホみたいなもんか。宇宙人にとっては地球のVRMMOはソシャゲみたいな感じなのかね?
「とにかくこれを使えばノドカとマドカもログインできるわけか」
「そうなのです! ミヤビ様からシロお兄ちゃんがゲームで遊んでいるときはノドカたちも遊んでいいって言われたです!」
「言われたから遊ぶの!」
言われましたか。
でも、一応君ら僕のボディガードとかって言ってなかった? VRドライブを使用中って一番本体が隙だらけになると思うんだけど。
ダイブ中に宇宙人に襲撃されたら、二人がどれだけ強くても、僕の身体を守ることができないんじゃ?
「大丈夫なのです。『ろぐいん』してもノドカもマドカも半分はこっちに残りますです。何かあってもすぐに対処できるのです」
「できるの」
半分? 半分ってなに? 意識を半分、現実世界に残せるとか?
よくわからないが、大丈夫らしい。ホントかね……。
ここまでになったら僕にはもうどうしようもない。本気で他の宇宙人が僕を狙ってきたら、二人に任せるしかないのだから。
もう開き直ろうと決めた。考えるだけ無駄だ。ミヤビさんが大丈夫だと言うならそれを信じよう。
日曜の昼下がり、半ば諦めにも近い気持ちを抱えたまま、僕は『DWO』の世界へとログインした。
◇ ◇ ◇
「あっ、こんにちは、シロさん」
「あ、シロ兄ちゃん。来たんだ」
「きゅっ!」
僕らのギルドホーム【星降る島】へとログインすると、リビングのテーブルにはシズカとミウラの二人がお茶を飲んでいた。
そのテーブルの上ではエンジェラビットのスノウがこちらを向いて長い耳をぴこぴこと動かしている。
周りにはノドカとマドカはいない。たぶん、【天社】の方にログインしたのだろう。
「レンとウェンディさんは?」
この二人がいるということは、必然的にレンとウェンディさんもログインしているということだ。リビングには見当たらないけど……キッチンかな?
パーティリストを見るとリゼルだけログインしていないようだった。
「レンは縫製室。新しい装備を作ってる。ウェンディさんはリンカ姉ちゃんと新しい盾の強化中」
なるほど。
リンカさんの転職した『鍛冶師』は【金属強化】というジョブスキルを持つ。
読んで字のごとく、金属製の武器防具における性能を高めるスキルだ。
正直に言うとリンカさんにとって、このジョブスキルはあまり意味がない。なぜなら完全にその上位互換である【魔王の鉄鎚】があるからだ。
それでも少しは強化することが可能なので、打ち直しをしているのだろう。デザインも変えられるしな。
僕の質問に答えてくれたミウラの横では、シズカがウィンドウを開き、なにやら調べている。片手で器用にスノウの頭を撫でながらだが。
「第四エリアも少しずつですがプレイヤーが増えて来ています。私たちもレベルを上げるため、どこかいい狩場を見つけないといけませんね」
確かに。せっかく第四エリアに来たんだ。やはりいろんなところへ足を伸ばしてみたい。けれども今の強さじゃ、雪原をうろついているモンスターの相手をするのも骨が折れるからなあ。
パーティ全体のレベルアップが必要か。
「レンとかリンカ姉ちゃんは生産経験値が入るから、レベルだけなら戦わなくても上がるけど、あたしたちはやっぱりモンスターを倒さないとね。あと、あたしは『スパイラルゲイル』をもっと使いこなせるようになりたい」
そう言って、ミウラは壁に立てかけてあった自分の大剣を横目で見る。暴風剣『スパイラルゲイル』。リンカさんの作ったミウラ用の大剣だ。
この大剣は強力な風属性の付与能力を持つ。簡単に言うと、竜巻を起こし、突風を起こすことができる。
しかし『暴風剣』の名が示す通り、かなり扱いが難しい。というか、味方まで巻き込まれる。危うく僕も吹っ飛ばされそうになった。
その力を利用し、コロッセオでの試合ではミウラは自分自身を舞い上がらせて空中を飛んだのだ。あの高度からの【大回転斬り】はなかなかいい線をいっていたと思う。ミウラオリジナルの必殺技になるかもしれない。
僕らがレベルアップについての話し合いをしていると、バンッ! と、縫製室から勢いよく扉を開けて、レンが飛び出してきた。
「できたよ、シズカちゃん!」
レンが手にしたその服は和風テイストが入ったものだった。シズカの装備を作ってたのか。
シズカがその服をレンから受け取ると、すぐにその手から服が消える。インベントリに収納したんだろう。
シズカが装備ウィンドウを開いて操作すると、一瞬にして彼女の装備が先ほどの服へと切り替わった。
『DWO』ではウィンドウを使って装備を変更すると一瞬で着替えることができるが、普通に着替えることもできる。
前者と後者、なにが違うのかというと、一つに装備が『固定』されるかどうかというものがある。
例えば帽子を装備ウィンドウで装備すると、『固定』され、どんなに激しく動いても、たとえ逆立ちしても、帽子がプレイヤーの頭から離れることはない。(もちろん燃やされたり破壊されたりで外れることはある)
僕もマフラー装備はウィンドウで『固定』にしている。戦闘中に首からほどけるのも困るしね。
ただ、このウィンドウ装備にも難点があって、『固定』されているから、ちょっとした脱着ができない。一度装備してしまうと、メガネひとつ、手で外すことはできないのだ。 装備した時と同じように、装備ウィンドウから外すことになる。なので、大抵の人は使い分けて装備をしているのだ。
シズカの場合は早く装備してみたかったのだろう。僕の前で着替えるわけにもいかないだろうし。
「うん、シズカっぽくていいよ! かわいいし、カッコいい!」
ミウラが新しい装備に着替えたシズカを見て感想を述べた。
藤色で矢絣柄の小紋、葡萄色の女袴、編上げのブーツ。あれだ、ハイカラさんってやつだ。シズカは今までの巫女さん装備からハイカラさん装備にクラスチェンジした。
もちろんただのハイカラさん衣装ってわけではなく、肩と腰に和風鎧のようなパーツが、靴には鉄板が取り付けられている。
黒髪ロングのシズカがその装備を着ると、和風の出で立ちとマッチして、とてもよく似合っていた。
リビング出口にある姿見の前でシズカがくるりと回って、自分の姿を確認する。
「素敵ですわ! ありがとうこざいます、レンさん!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。耐性系か増加系の能力が付けばよかったんだけど……」
レンがちょっとだけ残念そうに答える。『付与宝珠』を使ったのか。おそらく『付与宝珠』を出したのは依頼主のシズカだろうけど、付与される能力はまったくのランダムだ。狙って付けられるものではない。
それに運が悪いと、全く相性の悪い能力が付くこともあるからな。例えばAGI(敏捷度)重視の僕に『知力UP』とか、紙装甲なのに『受けたダメージの何割かを跳ね返す』とか。
「で、なにが付いたの?」
「幻惑系……でしょうか。動きに合わせて残像を見せるみたいです。ちょっとやってみますね」
そう言うとシズカは中庭に出て、僕らの前をゆっくりと歩いた。するとその後ろからシズカの姿が残像のように付いてくる。なるほど、幻惑系か。
「シロ兄ちゃんの【分身】みたいだね」
「シロさんの【分身】と違って、私のは本当に残像で、すぐに消えますから」
確かに。持って一秒もないんじゃないかな。逆に言えば、一秒ほどで動ける距離分しか残像は付いてこないってことだ。
「でも遠距離射撃なんかを当たらないように、狙いにくくするってことはできそうだよね。常に動いていないといけないけど……。防御には使えるけど、攻撃には使えないか」
「いえ、こう……」
シズカが手の中に薙刀を出現させて、戦技を発動させる。槍系の戦技【乱れ突き】だ。突きの連続攻撃。
「おっ? 何度も突きを繰り出しているように見えるな」
「見えるだけですけどね。実際はいつもと同じように攻撃しているだけなんですけど、相手は防御しにくくなるかと思います」
地味に嫌な攻撃だな。意外と使えるのかもしれない。
僕がそんなことを考えていると、リンカさんとウェンディさんが連れ立って鍛冶工房から出てきた。お、ウェンディさんもおニューの盾を持っているぞ。
赤みを帯びた大楯で、炎のような紋様が刻まれている。
「完成したんですか?」
「ん。【炎熱の盾】。うまいこと火炎系の能力が付与できた」
「第四エリアではありがたい効果です。火炎系に弱い敵が多いですから」
そう言ってウェンディさんが新しい盾を見せてくれた。
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【炎熱の盾】 Xランク
DEF(防御力)+128
耐久性57/57
■炎の意匠が施された大型盾。
□装備アイテム/大盾
□複数効果なし/
品質:F(最高品質フローレス)
■特殊効果:
稀に攻撃を受けた際に火炎を放射し自動反撃する。
(効果無効に切替可能)
【鑑定済】
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おお。自動反撃能力か。MP要らずでこれは助かるなあ。
ミウラの大剣に、シズカの防具、ウェンディさんの盾と、みんなの装備も充実してきたな。
今日は欠席しているリゼルを除いて、これで【月見兎】のメンバー全員が揃った。
「で、結局どこでレベル上げするの?」
ミウラの言葉にウェンディさんがマップウィンドウを開く。
「今のところ第四エリアでは【フレンネル雪原】か【白氷山脈】でしょうか」
【白氷山脈】……。ああ、スノードロップの町から東部にある第三、第四エリアにまたがる山脈か。
「ですけど、どちらもけっこう強いモンスターが出ますから、一体を倒すのに時間がかかりますわ」
「うーん、じゃあ第三エリアに戻って戦う? 経験値は下がるけど、そっちの方が安全だし、たくさん狩れば第四エリアより稼げるかも」
シズカとレンがそんな会話を交わしていると、突然中庭から続く扉を開いて、小さな二人組が乱入してきた。
「こんにちはです!」
「こんにちはなの!」
元気なノドカとマドカの挨拶が響き渡る。
あー……来ちゃったか。いや、来るとは思ってたけど。
『星降る島』はシークレットエリアなので、本来許可された者しか入れない。しかしこの二人の場合は別で、エリア侵入を拒否状態にできないのだ。なぜならこのエリア自体がミヤビさんからの借り物であるからである。
まあ、大家さんには逆らえないよね……。
「あれ? ノドカちゃんとマドカちゃん。どうしたの?」
「遊びに来たです!」
「遊びに来たの!」
レンの言葉にこれまた元気に答える狐耳の双子。僕としては引きつった笑いを浮かべるしかない。
『DWO』の中でもボディガードというわけではないだろうが、変な輩に目を付けられないための、ミヤビさんからの保険なのかね? 監視者とやらのこともあるしな。
「どこかいくです?」
浮かんでいるマップウィンドウを見ながら、ノドカが尋ねてくる。
「あ、えっと、レベル上げに……ってわかるかな?」
「『DWO』のNPCにもレベルはありますのでわかると思いますが」
ノドカに返そうとした自分の言葉に、ちょっと疑問を持ったのか、レンがウェンディさんに視線を向けた。まあノドカとマドカは実はNPCではないのだけれど……。
『DWO』のNPCにもレベルの概念はある。もっとも相手がどれだけのレベルかなどのステータスは僕らには見ることができないが。
これは【鑑定】系のスキルでも今のところ見ることができないので、隠しステータス扱いなのかもしれない。まさか『種族:宇宙人』とか書いてあるんじゃないよな……?
「あたしたちはさらに強くなるために戦いに行くんだよ!」
「それでどこに行こうかと話してたんですわ」
ミウラとシズカがレンの言葉を引き継ぐように、ノドカとマドカに説明をしていた。ミウラの説明は大雑把であるが、間違えてはいない。
「なら【星の塔】に行くといいです!」
「行くといいの!」
「え?」
ノドカとマドカが口にした【星の塔】。それは以前、ギルド【スターライト】のみんなを【セーレの翼】で他エリアへと連れて行った際に見つけたシークレットエリアのことだ。
『DWO』のガイドキャラクターであるデモ子さんが言うには、六十階層からなる試練の塔だそうだが……。
確か【星の塔】はあのあとアレンさんたちが挑戦したって聞いたな。十階層まで辿りつけなくて、なにもお宝は手に入れられなかったらしいが。
あの塔は十階層ごとにしかポータルエリアがなく、途中で帰ることもできない。しかも全滅すると手に入れたアイテムは全て没収。けっこう厳しそうなんですけど。
あー、でも経験値稼ぎが目的なら問題ないのか? 全滅して手に入れたアイテムは没収されても、経験値は消えないからな。
「あそこには『けーけんち』をたくさん落とすやつがいるです!」
「ピカピカかぼちゃなの!」
「ピカピカかぼちゃ?」
なんだそりゃ? 『けーけんち』……経験値を落とすっていうのなら敵性モンスターなんだろうけど。
僕が疑問に思っていると、レンの隣にいたウェンディさんが小さく呟いた。
「ジャック・オ・ランタン……ですか」
「あー、なるほど。ピカピカかぼちゃか」
ウェンディさんの呟きにミウラが納得したように首肯した。
「え、なに? 知ってるの?」
「シロ兄ちゃん。ハロウィンとかで見たことない? かぼちゃをくりぬいて作られた提灯みたいなの」
「ああ、あれか。あれがジャックなんとかって言うのか」
テレビで見たことはあるが、実際には見たことはない。島ではハロウィンなんてやってなかったしな。肝試しならやったけど。
「そのジャック・オ・ランタンが経験値をたくさん落とす、いわゆるボーナスモンスターだというわけですね」
「そこならレベルを稼ぎやすい?」
リンカさんの言葉にノドカが頷く。
「ピカピカかぼちゃは普通のと、もっとピカピカのやつがいるです」
「もっとピカピカのかぼちゃ? ……亜種がいるって事でしょうか」
「もっとピカピカかぼちゃはもっと『けーけんち』持ってるの! ピカピカかぼちゃよりもさらにピカピカなの!」
「ちょっと待ってくれ。ピカピカピカピカでこんがらがってきた……」
要約すると【星の塔】には経験値の高いジャック・オ・ランタンがいて、さらにそれよりも経験値が高い亜種もいる、ってことだな?
「しかし経験値の高いモンスターがいるからといって、全滅前提の経験値稼ぎはいささかどうかと思います。お嬢様たちの保護者として容認できません」
ウェンディさんが一人反対する。
【星の塔】に一旦入れば、十階層まで脱出できない。もちろん死ねばギルドホームへ脱出できる。僕らがやろうとしていることは、経験値の高いジャック・オ・ランタンを狩りまくり、程よいところで全滅して死に戻ろうということだ。
しかしながら、そんなことを何回も繰り返していては、正直精神的にキツい。何度も何度もわざと殺されるわけだからな。
VRにおける『死』というものは、偽物だとわかっていても不安と恐怖がつきまとう。だからこそ、なるべくそれを回避しようと考えて行動するわけで。
本当かどうかわからないが、死に戻りがあまりも積み重なると、復活までのあの闇の中に取り残される時間が長くなるって話もあるしな。
ウェンディさんはレンたち年少組に変なトラウマを与えることになりかねないのを心配しているんだろう。その気持ちはわかる。
ノドカとマドカには悪いが、この提案は却下かな……。
「確かに死なないと脱出できない塔で戦い続けるってのもな。十階層まで余裕で抜けられるならまた違ってくるんだろうけど」
「【星の塔】から脱出です? それならシロお兄ちゃんがいれば大丈夫じゃないです?」
「大丈夫なの」
「え?」
不思議そうにこちらを見て首を傾げている狐耳の双子。え、どういうこと?
「シロさんがいればその【星の塔】から簡単に脱出できるってことですか?」
「そうです」
「そうなの」
僕の代わりに質問してくれたレンに二人が小さく頷く。
僕がいればってどういう……。脱出系のスキルなんて僕は持って…………あ!
僕は一つのことに思い当たり、スキルウィンドウを開いた。
「これか……!」
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■セーレの翼 ★★★
①解放条件:
・レベル4になる。
・死亡する。
・地図を持たずにポータルエリアを使用する。
◉セット中、一日に五回のみポータルエリアを使用することでランダム転移が可能。
(5/5)
②解放条件:
・七つの領国全てに移動する。
・Aランクのモンスターを倒す。
・★★スキルを三つ所有する。
◉セット中、一日に五回のみポータルエリアを使用することでパーティランダム転移が可能。
(5/5)
③解放条件:
・魔王の装備を入手する。
・Sランクのモンスターを倒す。
・セーレの加護を得る。
◉セット中、ビーコンを設置した場所に自由にパーティ転移が可能。
(7/7)
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また解放されてた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■ジャック・オ・ランタンについて
『提灯持ちの男』という言葉が由来らしいが、似た言葉に『ウィル・オ・ウィスプ』がある。こちらは『一藁持ちの男』という言葉が由来であり、どちらも現世を彷徨い続ける鬼火を表している。ジャックもウィルも男性にありがちな名前で、一つの同じ伝承が地域によって別のものに派生したのではないかと考えられている。