■097 荒野の魔獣
■入院してました。遅れたのはそれだけが理由じゃないですが。(^_^;)
「おいおい、なんだよ!? なんであんなの着てあんな動きできんだよ!? おかしくね!?」
「ちょっと待て! 素手で大剣を受け止めるとか……! いや、素手……じゃないのか?」
「虎さん、かわいい!」
武闘場では冗談のような戦いが繰り広げられていた。
苛立った顔をして両手に持った大剣を操るのはPKギルド『バロール』のギルマス、ドウメキ。
それに対峙してファイティングポーズをとるのは、真っ白な虎の着ぐるみ。頭が大きく三頭身のくせに、様になっている。
「この着ぐるみ野郎……! ちょこまかと逃げやがって……!」
「吾輩、あまりHPは多い方ではないんでね」
ドウメキが繰り出した横からの大剣を真白き虎が跳び上がって躱した。そのままくるりと横に半回転しながら、ドウメキの後頭部に踵蹴りを放つ。
「のやろ……ッ!」
その蹴りをドウメキもギリギリで躱し、体勢を崩しながら闘技場を転がり、相手から離れた。
着地した虎の着ぐるみは、ドウメキ目掛けて突進し、大きな両拳をまるでマシンガンのように打ち付けている。左右に手にした大剣でドウメキが防戦。ガンガンと金属がぶつかる鈍い音が武闘場に響き渡った。
「やっぱりレーヴェさん、あの下にガントレットとか装備してんのかなあ?」
「たぶんそうだと思うよ。あの着ぐるみってコートとかと同じ上着装備だから。下にどんな装備しているかわからないってやりにくそう」
ミウラが漏らした疑問にレンが答える。あの動きからしてそんなに重い装備はしてないと思うけど、どこが防具で守られているかわからないと攻めるのは難しそうだ。
「あの着ぐるみにはそんな狙いが……? これは盲点でしたね……」
「いや、単に好きで着てるって言ってましたけど」
なにか深読みしそうだったセイルロットさんに一応説明しておいた。会うたびにレーヴェさんは別の姿になっているな。何着持ってるんだろ。
「っらあッ! 【大切断】!」
「むっ!?」
ドウメキが戦技を放つ。両手から放たれるダブル【大切断】だ。あれ、ズルイよなあ。
ドウメキは【重量軽減】のスキルで、武器や装備の重さを軽くできる。それによりSTRが低くても重い大剣を二つ装備できたり、重鎧を装備していても素早く動くことができるのだ。
両手持ちであっても武器の種類としては双剣ではないので、双剣の戦技は使えない。だが、大剣の戦技なら左右どちらからでも出せるらしい。当然、それにかかるSTなどは二倍消費するが。
レーヴェさんがバックステップで左右同時の【大切断】を躱す。そしてそこから一気に高く宙へと飛び上がり、くるりと前に回転して、斜め四十五度の角度で不自然な軌道を描きながら戦技の蹴りを放つ。
「【流星脚】!」
「ちっ!」
自分へ向けて落ちてくるレーヴェさんの蹴りを、地面に突き刺さした大剣をクロスさせガードするドウメキ。
バッ! と、両者が離れ、距離を取って再び対峙する。
普通、大剣職と格闘職ってこんなに打ち合いにはならないんだけどな。
HPの高い大剣職を手数の多い格闘職がいかに削り切るか、あるいはひらりひらりと躱す格闘職に、いかに大剣職が大ダメージを当てるか、そこが焦点になってくる……はずなんだが。
まあ僕と戦った時、ドウメキのやつは大剣を装備しているけど、スキル構成は格闘職に近かったからな。意外と同タイプの対戦なのかもしれない。
その後もガンガンと打ち合うスタイルの戦いが続いた。防御をしていても互いに少しずつHPが削られていく。
「けっ、まどろっこしい……! 【二連斬】!」
「むっ……!」
ドウメキの両手が閃く。【二連斬】は剣術スキルをカンストすると覚える戦技だ。その名の通り二回攻撃。短剣スキルだと【アクセルエッジ】で四回攻撃だけどね。
僕の持つ【二連撃】と同じような能力だが、あちらは戦技でこっちはスキルだ。
向こうはSTを消費することとか、こっちはランダム発動でとかいろいろ違いはあるけど、どちらかというと【二連斬】は双剣スキルの【十文字斬り】に近い。描く軌跡は『十』ではなく、『X』だが。
それが左右同時、合計で四回の斬撃がレーヴェさんを襲った。身体の中心線を主にガードして防いだが、白い虎の着ぐるみは所々が裂かれ、その下の防具がわずかに覗いていた。
「その中身を全部晒してやるぜ、着ぐるみ野郎!」
「野郎扱いかい……。ま、この姿じゃ仕方ないけどね」
レーヴェさんがバックステップで距離を取り、腰を落として右手を前にスッとドウメキに翳した。
すると少しずつレーヴェさんの身体に燐光がまとい始めた。なんだ? あれもなにかのスキルか?
次第に光が強くなっていく。まるでなにかをチャージしているかのような……。
「けっ! なんだかわからねえが、やらせるかよ! 【剛剣突き】!」
ドウメキが同時に左右の大剣を一点に集中させるように突き出す。
これは決まった、と思わせるほどの突きだった。しかしドウメキの突き出した両剣は、レーヴェさんを捉えることはできず、虚しく宙を突く。
「なっ……!?」
フッ、と消えたように見えたレーヴェさんが、いつの間にかドウメキの横に現れる。
そのまま一瞬にして距離を詰め、ドウメキの脇腹にレーヴェさんの掌が触れたと思いきや、次の瞬間、爆発するかのような轟音ともに相手は数メートルも吹っ飛んでいった。ドウッ、とそのまま場外へとドウメキが落ちる。
『プレイヤー1、場外。勝者、プレイヤー2。ギルド【ゾディアック】所属、レーヴェ』
勝者を告げるアナウンスが流れると、会場に割れんばかりの歓声が響き渡った。
「うわあ! なにあれ、すごい!」
「【チャージ】……いや、違うな。【チャージ】にはあんな燐光エフェクトはない。別のレアスキルか?」
はしゃぐミウラとブツブツと分析を始めるセイルロットさんの声が聞こえてきたが、僕は別のことで頭がいっぱいだった。
今のレーヴェさんの動き。スピードや威力は違うが、僕はあの動きを以前に見たことがある。
星の降るような夜に、時間の止まった砂浜で……僕は見た。
忘れるはずがない。砂でできた謎のゴーレムを倒した仮面スーツの怪人を。
技の癖というものは人それぞれで、同じ技でも個人によって一人一人違う。技を繰り出す時に、VRのサポートを受けたとしてもやはりどこか違ってくるのだ。腕をわずかに下げるとか、重心移動のテンポとか。
今の動きはあの時に見た仮面スーツの動きにかなり酷似していた。同じ流派だとしてもあんなに似るものだろうか?
僕の中でレーヴェさん=仮面スーツの怪人という図式が成り立ちつつある。これって……。
「シロさん?」
「えっ? あ、なに?」
思考の海に沈んでいた意識がレンの声により急浮上する。武闘場の上ではボロボロのレーヴェさんが立ち去ろうとしていた。この試合は試合中でなければ装備の変更も許される。あの着ぐるみも装備の一つだとすると、また次は違う着ぐるみで登場するんじゃないかな。
あの夜のことをレーヴェさんに聞いてみるべきなのだろうか? いや、藪をつついて蛇が出る可能性もある。っていうか、仮面スーツの怪人がレーヴェさんなら確実に出る。あの時にかけられた催眠術? みたいなものをまたかけられてしまうに違いない。最悪、かけても無駄だと判断されたら消されるかも……。
「シロさん、大丈夫ですか?」
「え? あ、ごめん。ちょっと考え事してたもんだから」
再びレンに声をかけられて、僕は頭からおっかない考えを追い出した。よし、やっぱり全力でスルーしよう。僕はなにも知らない。それでいいのだ。
心配そうに覗き込むレンの頭を撫でて、もう大丈夫と安心させる。
「レーヴェさん、すごかったですね。あの着ぐるみも可愛かったですし」
「そうだね」
中身は地球外生命体かもしれないとレンに言ったら冗談だと思われるだろうか。それとも呆れられるだろうか。
いや、このことは口にしない方がいいな。秘密を知ったとなれば、レンまで標的にされる可能性だってあるわけだし。
うん。やはり黙っておこう。僕は再び正面に視線を戻し、始まった次の試合に集中することにした。
◇ ◇ ◇
「ちょっと食べ物買ってくるよ」
ただログインしているだけでも空腹は感じる。空腹になってしまったら、座っているだけでHPが減ってしまうからな。なにか食べないと。
インベントリに食べ物はしまってあるが、こういうところでしか食べられないものを食べるってのもいいと思い、僕は席を立った。確かコロッセオの中や外に露店とかあったよな。しばらく知り合いの試合もないし、今のうちにちょっと買ってこよう。
「シロ兄ちゃん、ついでにホットドッグ買ってきてー」
「あ、私はクレープ頼むねー。苺のやつ」
「私は冷たい玉露をお願い致しますわ」
「リンゴ飴」
「あたしはフィッシュバーガーで」
「私はレモンティーを頼むわね」
「じゃあ私は焼きそばを……」
多い多い! なんでうちのメンバーだけじゃなく、【スターライト】の人たちまで注文してんのさ!
「そこはほら、【調達屋】だから」
「上手いこと言ったつもりですか……」
にししと笑うメイリンさんにツッコミを入れつつも、メモウィンドウにリストを作る。シズカの玉露とかリンカさんのリンゴ飴って売ってんのか? まあいいや、ともかく買ってこよう。
観覧席から離れ、通路を抜けて階段を降り、コロッセオの外に出る。VRとは思えないほどの燦々とした光が太陽から降り注いでいたが、不思議と暑さは感じない。
コロッセオの外には屋台がずらりと並び、今回のお祭りに乗じて、プレイヤーたちも店を出しているようだった。売っているものは飲食類だけじゃなく、武器や防具、ポーションなどのアイテムや果てはここでスターコインと交換したと思われるアイテムまで売っている。当然、馬鹿みたいな金額が付いていたが。
「さー、いらはい、いらはい! 安いで、安いでー! あの有名造形師によるオリジナルロボが木製モデルで登場や! なんと完全変形して飛行形態にもなるんやでー! コロッセオ実装記念に定額の二割引や、持ってけドロボー!」
胡散臭い聞き覚えのあるエセ関西弁に目をやると、アロハシャツにサングラスをした、カッコも胡散臭い【妖精族】の青年が、ハリセンを叩きながら商売に汗を流していた。
「なにやってんですか、トーラスさん……」
トーラスさんの横には手伝いに駆り出されたのか僕らのギルドホームを建ててくれたピスケさんもいる。人見知りの彼に客商売は辛いのか、座って客とは視線を合わせないように商品管理をしているが。
「おおっと、シロちゃんやないか! どや、買うていかんか、これ! 男の子なら憧れるやろ!」
グイッと、木で作られたロボットを渡される。いや、ズッシリとして確かにカッコいいけど……。おお、こんな風に変形するんだ。へー、ブースターとか細かいところも動くんだな……。
「なかなか……いいですね」
「せやろ! さすがシロちゃんやで! これな、簡単な差し込み式で作れるんや。色も自分で塗れるし、武器セットもあるから好みにカスタマイズできるんやで!」
「へえ、それはすごいですね」
「すごいやろ! 買って損はないで! まいどあり!」
「どうも。……って、いや、買わないですよ!?」
「ちっ」
危ない。うっかり買わされるところだった。そもそもこれ結構な値段だぞ!? 正直言って高い!
「こんな値段で売れるんですか?」
「作ってるやつがプロのモデラーやさかいな。その金額ならめっちゃ安い方やで。リアルの方やったら出すとこ出せばン十万はするからなあ」
「げっ!?」
そんなにすんの……!? あれ、これって買っといた方がいいのか……?
「こっ、これっ! 三つ下さい!」
「へい、まいどありー!」
「えっ!?」
僕の横にいた客のプレイヤーが商品に驚きつつ、三つも買っていった。うそお!? なんで三つも!? おんなじのですよ!?
「なに言っとんのや。複数買うのは常識やろ」
「じょ、常識、です」
トーラスさんだけじゃなくピスケさんまで。あれ、僕がおかしいの……?
「鑑賞用、改造用、パーツ組み換え用、壊れた時用、保存用とかいろいろ必要やろ。あとこいつ、一応量産型って設定やし」
「いや、そんな設定知らんから。いくら量産型だといっても同じの買って揃えるってのは……」
「わかっとらんなあ、シロちゃん。量産型ってのは揃えてこそ華! 1号機、2号機……機体ナンバーが違うだけで、それは全く別の機体なんやで! そこに搭乗員の趣味とか性格に合わせた特性を少し出すだけで、その機体の個性が出てくるもんなんや。そこが作り手の腕の見せ所ってやつやないか! これは美学や!」
熱く語り出したトーラスさんの横でピスケさんがこくこくと頷いている。はあ、そうなんですか……。よくわからん。
「あそこだ! いたぞ、こっちこっち!」
「え?」
後ろを振り返ると、鬼気迫る表情でこちらへと爆走してくるプレイヤーたちがいた。えっ、なになに!?
「兄ちゃん、三つくれ!」
「こっちもだ!」
「押すな馬鹿野郎!」
「順番、順番にやでー! お一人様三個までや! おおきに!」
あっという間にトーラスさんの店に詰め寄ったプレイヤーたちが商品を手に金を出してくる。ウィンドウて交換すればいいのにと思ったが、こういう多人数で品物を渡す場合、現金化した方が早いのかもしれない。
巻き込まれたくないので僕はそこを離れた。しかし量産型とか言ってたくせに、一人三つまでってのはどうなんだろう?
くっ、やっぱり僕も一体買っておけばよかったかな……。
「シロお兄ちゃんです!」
「シロお兄ちゃんなの!」
悔やむ僕の背中に幼い子供の声が投げられる。あれっ、ノドカとマドカじゃないか。
狐耳と尻尾を揺らして巫女さん姿の双子がこっちを見ている。
「二人ともどうした? えーっと、ミヤコさんの応援をしないでいいのかい?」
試合に出場する選手は基本的に一人だ。付き添いなどは不可で控え室には入れない。だからてっきり二人は観客席でミヤコさんの応援をしているのだと思ったんだけど。この子たちも買い物かな?
「シロお兄ちゃんを応援しに来たです!」
「応援しに来たの!」
うん、元気いっぱいなのは微笑ましいが、応援ってなに? 僕は出場者じゃないよ?
「そろそろです!」
「そろそろなの!」
「そろそろ?」
そろそろってなにさ。まったく話が通じないんだけれど。どうしたもんか。
「さん!」
「にぃ!」
「いち!」
ちょっと……なに、そのカウントダウン。なんかわからないけど不安になるからおやめなさいよ。
「「ぜろ!!」」
「それやめて、って……うおわっ!?」
次の瞬間、ふっ、と足下がなくなり、僕は落下するような感覚に襲われた。しかしそれも一瞬で、すぐにふわりとした浮遊感に包まれる。
「え、なになになに!?」
果てしなく真っ白な空間が目の前に広がる。なんだ!? なにかのバグか?
まるで水中にいるかのように身体が浮いたまま、うまく動かせない。ジタバタともがくと少しは動けるが……。
不意に【気配察知】がなにかの存在を僕に告げる。振り向くとそこには白い天馬に乗った髪の長い少年が立っていた。青白い仕立てのいい服を着て、まるで王子様のようだ。
「誰……?」
白い肌に青い眼、サラサラの金髪。まったく見たこともないはずなのに、なぜか知り合いに会ったような感覚がある。誰だ? 名前がポップしないけど、プレイヤーか? それともNPCか?
少年がふっと笑う。
『気をつけて』
「え?」
少年の声が聞こえたと思ったら再び暗闇になり、僕は落下する。ちょ、だからなにー!?
落ちていく感覚だけが延々と続き、やがて暗闇を抜けたと思ったら、地面に背中から叩きつけられた。
「ぶっ!?」
長い間落下したように思えたが、一メートルほどの高さから落ちたようだ。ダメージはほとんどない。
っていうか、どこだここ……?
空は青く澄み渡っているが、見渡す限りの荒野。それだけならまだよかったが、地面の至るところには様々な剣や槍、斧や刀などが突き刺さり、まるで墓標のようだ。
絶対にコロッセオではない。いったいどうなってる? まさかポータルエリアでもないのに【セーレの翼】が勝手に発動したとか?
「きゃう!?」
呆然としながらも立ち上がった僕の前に、突然女の子が落ちてきた。うわっ、なんだ!?
「えっ、レン?」
「あいたた……。シロさん? えっ、ここどこですか?」
驚きの表情で、レンが座ったままキョロキョロと辺りを見回す。なんでレンまでここに……。
「どわっ!?」
「きゃっ!?」
「ひゃっ!」
「……っ!?」
「えっえっえっ!?」
どさどさどさどさっ! と僕らの周りに四人の人物がレンと同じように落ちてくる。驚くべきことに、そのうち三人までが僕の知り合いのプレイヤーだった。
「なっ!? どっ、どこだここは!?」
「ガルガド!? あんた試合は!?」
お互いに顔を見合わせ、目を見開いている男女はギルド【スターライト】のガルガドさんとジェシカさん。
「ここは……」
呆然と佇む銀髪で白いゴスロリ装備に水色のローブを羽織った少女。腰には細身の剣を下げたこの少女はギルド【六花】のアイリス。一度、トーラスさんの店で出会い、Aランク鉱石を売ってあげたプレイヤーだ。
そして最後の一人は誰あろう、先ほどまでいたコロッセオで派手な雷をまとい戦っていた【雷帝】である。
「…………」
無言で立ち上がった【雷帝】は辺りをキョロキョロと見回している。パーカーの大きなフードを被っているのでいまいち表情がわからないな。
【月見兎】の僕とレン、【スターライト】ガルガドさんにジェシカさん、【六花】のアイリス、そして【雷帝】……。六人が突然わけのわからない空間に拉致された。あれ? そういやこのメンツって……。
「おい、シロ! ここはどこだ? なんで俺たちはこんなところに?」
「いや、僕にもさっぱり……。コロッセオの外でノドカとマドカの二人と話してたら突然ここへ……」
ガルガドさんが僕に尋ねてくるが、僕にだってなにが起こっているのかわからない。ジェシカさんがマップウィンドウを開き現在地を確認している。
「ダメね。ここはシークレットエリアみたい。第何エリアなのかもわからないわ」
僕はちょっと気づいたことを確認するため、ジェシカさんの横にいたアイリスと【雷帝】の二人に声をかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。アイリス……と、ええと、そこの【雷帝】君……」
「…………ユウ」
僕が声をかけると【雷帝】君の頭上に【ユウ】と名前がポップした。ネームプレートをONにしてくれたらしい。ユウ君、ね。わかった。
「ユウ君とアイリス、君らひょっとして『ソロモンスキル』を持ってないかい?」
スキル構成を他人が探るのはあまり褒められた行為ではない。しかしどうしても確認しておきたかった。僕が気づいたのはこの中で六人中、四人がソロモンスキルを持っていること。これが偶然だというならちょっとできすぎている気がしたのだ。
ソロモンスキルを持っている者がここへ呼び込まれた……。そう考えるほうが自然に思える。
僕の言葉を聞いたアイリスが目を細め、腕を組む。
「……持っていたとしても私があなたたちに教える必要があるのかしら? スキル構成はプレイヤーの切り札にもなり得る。そんな情報を、」
「Aランク鉱石、役に立った?」
「うっぐ……!?」
アイリスの表情が引き攣る。彼女には以前、貴重なAランク鉱石を売ってあげた。その腰にぶら下げている細剣はその鉱石で作った剣だろ? にこやかに微笑む僕にアイリスは、はあっ、とため息をつく。
「持ってるわ。私のは【クロケルの氷刃】。どんなスキルかはさすがに教えられないけど」
やっぱりか。なんとなく名前でどんなスキルかわかるけど、まあ僕の【セーレの翼】のように、単純にそれだけではあるまい。
「ユウ君も?」
「…………持ってる。ボクのは【フルフルの雷球】」
「え、ちょっと待って、シロ君。ってことは、ここにいる全員がソロモンスキルを持っているってこと?」
「みたいですね」
ジェシカさんに僕は小さく頷く。僕ら四人もソロモンスキルを持っているというその言葉に、アイリスもユウ君も驚いているみたいだった。
僕の【セーレの翼】、レンの【ヴァプラの加護】、ジェシカさんの【ナベリウスの祝福】、ガルガドさんの【ヴァレフォールの鉤爪】、アイリスの【クロケルの氷刃】、そしてユウ君の【フルフルの雷球】。
全員がソロモンスキルを持っている。これが偶然なはずがない。
「おそらく僕らはソロモンスキルを持っているからここへ呼び寄せられた……。でもなんで……」
『ゴガァァァァァァッ!!』
「ッ!?」
僕らの思考をぶった斬るように、辺りに突然大地を震わすような咆哮が響き渡る。
振り向くと、荒野の向こうから巨大なモンスターがこちらへ向けて悠然と歩いてくるのが見えた。
黒い毛並みと大きな体躯、たてがみと尻尾が蛇で、赤く光る目を持つ犬の頭が二つ。双頭の黒犬だ。
「オルトロス……!」
「オルトロス?」
「ギリシャ神話に出てくる双頭の魔犬よ。ケルベロスの弟で、英雄ヘラクレスが退治した怪物」
ケルベロスなら知ってる。ジェシカさんが説明してくれた通り、黒犬のモンスターに視線を合わせると、その頭上に【オルトロス】とネームプレートがポップして、すぐに消えた。
『グルガァァアアァァァァッ!!』
オルトロスは再び大きな咆哮を上げると、まっすぐに僕らへと向けて飛びかかってきた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■オルトロスについて
有名な地獄の番犬ケルベロスの弟。ケルベロスは頭が三つあるのに対し、オルトロスは二つ。ゲーリュオーンという三頭三体の怪物が飼っている牛の番犬だったという。兄貴は地獄の番犬なのに、弟はいささかスケールが小さい。しかも牛を奪いにきたヘラクレスに棍棒でボコボコにされ撲殺されてしまう。ちなみにゲーリュオーンもヘラクレスに矢で殺される。ヘラクレス怖っ。




