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お兄ちゃん大変なの、レイちゃんが急にどこかにいっちゃって!

「ただいま」

 沙織さんと楽しいひとときを終えた俺は午後六時ちょっと前に家に着いた。

 お買い物が済んだあとに喫茶店で時間を過ごしそのまま別れる。

 人混みに消える黒髪のお嬢様を見ていると本当に買い物に付き合っただけだったのだ。いや満足しているぞ俺は。

 そして誰も返事をしてくれない冷たい我が家に戻ると心にこう、すきま風が……

「にゃあ」

 ……ってな具合に猫のような鳴き声の音が、ってシロか。すまん、おまえは俺を待っていてくれたんだな。

 だが玄関先でセンチメンタルになっているのが俺だけだと判ると回れ右して部屋の奥に戻っていく。絶対に猫又だろう、今度しっぽを徹底的に調べてやる。

 しかしこの時間まで美雪とレイはお買い物なのか? 外は暗くなっているし女同士の買い物というのは際限がない。レイの性別が女性かどうか調べたことは無いが、昨日は美雪とお風呂に入っていたし女の子には間違いないのだろう。

 レイに調べさせろと言ったら拒否しないと思うが、それはどこぞのロリコンと変わらなくなる。

 この分だと夕食はもっと遅くなりそうだ。広いために誰も居ないと寂しく見える食堂に入りテレビを点けてみた。ニュースは相変わらず切り裂き魔の事件を取り扱っている。俺も何度見たか判らない。

 食事を待ちくたびれたのかシロも食堂に入ってきてイスに飛び乗るとそこで丸くなった。

 帰りの時間だけケータイで聞いてみようか、そう思ったとき玄関のチャイムが鳴った。

 誰だろう? 美雪は俺と同じように元気に「ただいま」を言うから違う。レイだけ先に帰ってきたとかあとは普通に訪問販売とか。

 我が家にはインターホンなる遠隔確認システムは無い。

 来訪客を確認しに腰を上げるとシロも同じようにイスから飛び降りた。一緒にお出迎えするのかと思いきや背中の毛を逆立て低いうなり声を上げていた。

 珍しいこともあるものだと思いつつ俺は玄関に向かう。

「どちらさんです?」

 扉越しにたずねてみてもチャイムが再度鳴らされただけ。どうしようかと思ったが声をかけてしまったので今更居留守も使えない。仕方ないのでドアチェーンを付けたままそっと扉を押し開いてみた。

 意外な人物がそこに居た。フードで頭を覆っていた女の人の姿があった。昨日リア充スレイヤー参加要項を拾ってくれた人だ。

 まさかショッピングセンターからここまで付けていたのか? ストーカーなのか?

 最近女性に追いかけ回されているように思える。HIMOTEなのに。

「あの、どのようなご用でしょう?」

 俺の問いかけにフードがわずかに動いてその中にある顔が初めて見えた。

 何というか真っ白だ。レイのことを白いと言ったがあれは白人系の白さだが目の前の女性は本当に白としか言いようがない。

 唇も白でほんの少しだけブルーが混ざっている。切れ長の目に瞳はサファイヤブルーだ。オデコが露出しており後ろにまとめられている髪も眉もまつげもシルバーブロンドだった。

 まぶたを閉じるとモノトーンだな。綺麗なのは間違いないと思うのだがちょっと君が悪い。

 どうでも良くないがお返事がないぞ。

「あの……どなたでしょうか?」

「……リア充?」

 思わず聞き返しそうになる。何で見ず知らずの女の人にそんなことを言われないといけないのだろう? 腕組みして考えていると扉の隙間から女性が消えた。

 俺は反射的に危機を感じ扉を閉じようとしたが、思いっきりそれが外側から蹴られた。

 身体を扉に近づけていたせいで反動で後ろに飛ばされる、受け身を取ったが土間と板張りの段差に腰を打ち付けて目から火花が出る。その間に扉が思いっきり開かれた。

 ドアチェーンはなんとかその役目を果たしたが乱暴な訪問者は何度も開け閉めを繰り返し、ついに劣化しチェーンが切れて全開になった。

「へえここがシバヅケの家か!」

 家の中に上がり込んで来るなりうれしそうに叫んだのは伊藤だった。奴の背後でフードの女性がゆっくりと扉を閉じると鍵を下ろしていた。

「カズミちゃん、何しに来た!」

「決まっているだろう、リア充狩りだぜ。おい、こっちに来い!」

 伊藤は振り返りもせず女性を呼ぶ。彼女も応えるようにフードを外すと銀髪を揺らめかせて伊藤の右側に身体を寄せた。

 まさかと思ったときには伊藤の右手が女性の頭頂部に添えられて、

「我HIMOTEとして命ず、我が刃となれ第六の宝剣、アイスブランド!」

 どこかで聞いたような文句を並べる。

 直後、奴の右手から全身に青い光が駆け巡り三白眼の中の瞳が青く輝いた。さらに女性の姿が揺らめきだし細かい粒子になって奴の右手に取り巻く。

 それが再び目に見える形に凝縮したとき、刃渡り五〇センチほどの両刃の直剣に変身していたのだ。

 刀身と鍔の間に青い宝玉が組み込まれている。剣全体が青白く輝くと瞳を青くした伊藤はその刃を舌なめずりしてにやりと笑った。

 こいつHIMOTEだったのか! もともと非モテだと思っていたけど。

「俺は女しか狙いたくねえんだが、リア充滅べや!」

 伊藤が俺に向かって剣を振り回す。フレイムタンに比べれば小ぶりな剣だが、軌跡を残すごとに放たれる青白い光が肌を切るような冷たさを放っている。

 空気中の水蒸気が凍っているのか、目の前に砂粒ほどの雪が見えている。俺は体制を直して家の中にジャンプした。

「逃がさねえぞリア充!」

「俺はリア充じゃあ無いっての!」

 廊下を走り庭に抜けるガラス戸まで近づいたのだが、奴の剣から放たれた冷気が全ての扉を凍結する。触ると指の皮膚がはがれそうだ。

 ポケットの中から小さな金属音が聞こえる。それはレイから渡されたペンダント、今となっては彼女に頼るしかない。

 俺はそれを握り心の中でレイの名を呼んだ。

「あるじ様!」

 俺の右側の空間が揺らぐ。そこに伝統的な黒ゴシックロリータ風のフリフリな洋服に身をくるんだ金髪幼女が出現した。何というかこんな状況で思うことでも無いのだが、似合いすぎていて俺もどうにかなっちまいそうだ。

 美雪め腕を上げたな。

 勝手に家に上がり込んできた伊藤はレイの登場で全てを察したらしい。

「そうか……てめえもHIMOTEか!」

 ああそうだよ俺も非モテだよ、判っているけどこいつに言われるととてつもなく腹が立つ。

 何かに納得するように伊藤はうなずくが見逃してくれないだろう。仕方ない俺はレイの頭に手を伸ばす、彼女もそれに応えて頭頂部をかざした。

「我HIMOTEとして命ず、我が刃となれフレイムタン!」

 しかしレイの姿はそのままだ。手のひらも熱くならない。

「あるじ様、フレイムタンの前に第八の宝剣です!」

 ちくしょう細かいな。俺のミスを笑った伊藤が斬りかかってくる、俺は食堂に飛び込んでイスをひっつかむと奴に投げた。

 それが上手い具合に奴に絡みついてくれた。

 その間に再度右手をレイの頭頂部に重ねる、そして今度こそ!

「我HIMOTEとして命ず、我が刃となれ第八の宝剣、フレイムタン!」

 俺の右手に熱が伝わってくる、今度こそ成功だ! 目の前が一瞬赤くなり、俺の右手には刃渡り一メートルの剣が握られていた。刀身をうっすらと炎が取り巻いて熱対流が産まれている。

 剣化したフレイムタンを見ても伊藤は笑っている。俺にとっての不思議は奴にとっての常識なのだろう。

「ほほう、火炎の属性か。上等じゃねえか!」

「レイ、あの剣は何だ!」

『冷気の属性、アイスブランドです』

 悠長にレイから講義を聞いている時間はない。伊藤は一気に近づくと俺に向かって斬りかかる、それをフレイムタンを撃ち当てて防いだ。金属同士がぶつかり合い高い音が食堂に響いた。レイの自重は感じないが相手の攻撃は俺の手にずっしりとのしかかる。

“闘え!”

 なんだ今のは? レイの声でも伊藤の声でも奴の持っている剣の声でもない。もう一人の女性の声が俺の頭に響く。

 しかしそれをのんびりと考えている時間は無かった。伊藤は俺の脇腹をなぎ払おうと剣を左右に振り回す、ほとんどは後方にスキップして避けるがどうしても逃げ切れないときはフレイムタンを盾にした。

“闘え、そして相手に切り込め!”

 誰だよ、さっきからうるさいよ! 声が聞こえるたびに柄を強く握り滑り止めのギザギザが手に食い込む。

 何度か打ち合うと判るのだが伊藤の剣は見た目の大きさよりずっと力強い。もしかして人間のときの姿に違いがあるからか?

「レイ、なぜあっちの剣は人間のときに大人の女性なんだ?」

『それはあのHIMOTEがリア充を倒しレベルをアップしているからです』

 なんだと? すると昨日やそれ以前の切り裂き魔は伊藤なのか? おまけに能力が成長するって剣の擬人化状態が変化するのか。

「俺もあいつを倒すとレイが少し成長するのか?」

『残念ですがレベルアップはリア充を倒したときに限られます』

「おらあ、ごちゃごちゃ話てんじゃねえぞ、HIMOTEのシバヅケ!」

 何度聞いても伊藤に吠えられると「非モテの俺」と言われているようで腹が立つ。自分でも判ってんだよ!

 ともかく防戦一方ではきりがない。いくら死に至らないとして奴の攻撃だとまともに食らったところはあざではすまないだろう。

 奴は袈裟懸けに斬りかかった。それをフレイムタンで弾こうとしたのだが切っ先がテーブルに引っかかって防御が遅れ左肩にわずかにかすった。さらに短い剣が切り返しで右脇腹を狙う、俺もレイを反転させてそれを防ごうと思ったが、今度は柄が引っかかって腰をかすめてしまう。

 俺は伊藤の斬撃の合間を縫って何とか後ろ飛びした。フレイムタンの取り回しが難しい。少しでも大きく振り回そうとすると家具やら柱に当たってしまう。

 以前大介に聞いたことを思い出した。室内での戦闘の場合、短めの刀の方が有利になる。

 宮本武蔵と闘った吉岡一門は京都守護職を申しつけられていたが、神社仏閣など狭い場所での戦闘を考慮し短めの刀で斬り合う訓練をしていたという。

 さらに剣を使っての戦いに俺は慣れてない。ケンカは素手・素足・素頭専門だった。

『あるじ様、切れると信じれば人体以外の障害物は切断できます!』

 だからそんなことしたらあとで美雪にさんざん怒られるだろう。そもそもここは俺の家なんだし、片付けは俺がやるんだよ!

 伊藤はめざとい。俺の動きが止まった瞬間を狙って剣を上段から振り下ろした。距離が近すぎてスウェーバックで避けられない、フレイムタンを掲げ刀身でそれを防いだ。

 耳が痛くなるような金属音が室内に響く。

“今こそ敵を討て戦士よ!”

 うるせー! いちいち耳元で騒ぐな!

 俺はそのままフレイムタンを両手で振り回した。

 偶然切っ先が伊藤の胸をかすめ衣服を切り裂いた。あがったうめき声に俺の鼓動が早くなり、熱い血が頭に上る。

「やるじゃねえか、シバヅケ!」

 伊藤は白目をむき出し奴の剣を俺に向け何事か呟いた。

『……ムゥイヒスニエク【雪舞】』

 俺の周りに光るほこりが現れ気温がぐんと下がった。レイを掴んでいた手がかじかみ眉や前髪に氷が付着したのが判る、奥歯が寒さで鳴り外気に触れていた舌先がしびれた。

 吸い込む空気に肺が冷やされ鼻頭がデコピンを食らったように痛い。

「れ、レイ……炎を!」

 回らない舌で何とか彼女を呼ぶと、

『スパーダディフォーコ!【炎の剣】』

 剣を覆っていた炎が目に見える形で激しくなりそれが俺の身体を温めた。指先の血管が開きむしろ熱すぎるくらいだ。

「ちい、凍らせるのは無理か!」

 舌打ちする伊藤を一別し攻撃を受けた俺も疑問に思ったことをレイにたずねた。

「普通は火炎属性に対して冷気の攻撃って致命的じゃないのか?」

『相剋です』

 あまり聞き慣れない言葉に首を傾げるとすぐに続きを語り出した。

『お互いが相手の攻撃を打ち消すため属性による攻撃は効果が少ないのです』

 伊藤も知らなかったことから火炎の属性と闘ったことは無いのだろう。つまりレイの火炎も伊藤にはあまり効かないってことだ。だとすると剣技で何とかするしかないのか?

「しゃらくせえ!」

 何を思ったのか伊藤は剣を床に突き立てた。やめろよ、板張りでも古いんだから。

『……アブイチネェルダァ【氷原】』

 しかし奴の狙いはこの家を壊すことでは無かった。突き立てられた場所から床が凍る、靴下しか履いていない俺の足にハリが刺さるような痛みが伝わったあと逃げようとした俺だったが、足が滑りその場に転んでいた。

 衣服の上からでも床に接した面が凍る、まるで粘着トラップに引っかかったみたいだ。

「今日の幸せでも思い出して、滅べやHIMOTE!」

 伊藤は無礼にも土足で家内に上がっているから氷の上でも滑らない、俺の間近まで詰めると右脇腹に剣をたたきつけた。

 焼け付くような痛み、氷に張り付いていた背中が引きはがされアイスリンクの板の間を滑って頭を壁にぶつけた。

 目の前にフラッシュがたかれ鼻の奥に鉄の匂いがこもる。

「ちい、逆の脇か!」

 何を言っているのか判らない、ぼんやりとした視界と頭で何とか起き上がると食器入れに手をついて奴を見た。

 脇腹? まさか伊藤は俺の刻印がどこにあるのか判っているのか?

「伊藤……刻印を」

「おうさ、てめえがHIMOTEに脇腹を切りつけられたのは知っていたからな。それが刻印になったんだろ? 二分の一で助かるとは運がいいやつだ」

 そう言ってにやりと笑ったあと、奴はもう一度自分の剣をなめた。

「もうてめえの刻印はバレバレだぜ、さっさとヤラレテ俺のハーレム実現に協力しろや!」

「な、なに?」

「安心しろ、てめえが連れていたスケも俺のハーレムに入れてやんぜ!」

 こいつの願いはハーレムか、今まで彼女が居ない非モテだった奴らしいが、そこに沙織さんを入れさせるわけにはいかない。

 何とかしたいところだがフレイムタンを杖にして立っているのがやっとだ。

 そんな俺の状態を見過ごす伊藤ではない、剣を大きく振りかぶって俺に斬りかかる。

「シャァー!」

 奴の目の前で叫び声を上げたのはシロだった。いつもは半分閉じている目を開き背中の毛を逆立て威嚇している。

「ふざけんなこのトラ猫が!」

 しかしそんな脅しが伊藤に通じるわけがない。奴は改めて剣を振り上げるとシロめがけて振り下ろした。

 あの剣って人体以外は何でも切れるんだろ、このままではシロが三枚に降ろされてしまう、俺は手足に力をこめ何とか動こうとしたができない!

 伊藤の剣があと少しでシロを両断する、その直前で剣の進路が変わった。まるで猫の身体を避けるようにかくっと曲がって板の間を叩いたのだ。

「何してやがる!」

『……いけない』

 伊藤の剣から声が漏れる。どうやら奴が意図的に進路を変えたのでは無く剣が勝手にシロを避けたらしい。

「ふざけんなぁ、俺のやるとおりにするんだよ、この無表情女!」

 ここに来て仲間割れか? 伊藤ってとことん非モテだな。

「シロ、下がってろ!」

 俺が大声を上げるとシロも我に帰ったのか食堂から飛び出ていく、ほっとしたのもつかの間、伊藤の剣は眼前に迫っていた。

 狙いは一つ、刻印のある左脇腹だ。

 なんとか避ける、というか力が無くなってそこにしゃがみ込んだというのが正解だ。

 奴の剣は宙を切り俺が体重を預けていた戸棚を切り裂いた。

 木枠に切り込みが走りガラスが引っかかれる嫌な音と剣にはじかれた皿が中から飛び出て床に落ちると割れた。これ、後でなんて言い訳すればいいんだ。

「逃げんじゃねえぞ、こら!」

 いやもう逃げられませんって。俺はもう一度寝転ぶと床に散乱している割れた皿と見事に切断された木片を見ていた。

 ……あれ、何か変だぞ? 割れた皿に切られた木片。食器棚にあの剣が突っ込んで中身ごと切ったとしたらなぜ皿は床に当たるまで壊れなかった?

 部屋の中を見回した。俺は家の中を壊さないように剣を振り回していた。部屋の中に残る斬撃は伊藤のものだが、テーブルや柱に傷が付いているのにガラスやモルタルの壁は少しも切られていない。

 これは賭けだ、近くに落ちていた皿の破片を拾い上げると奴に背を向け足腰に力をこめて立ち上がる。そこに目をつり上げた伊藤が再び斬りかかってきた。

「往生せいや!」

 振り回される奴の剣、それが俺の左脇腹を確実に捉える。奴の青い目が音を立てて輝いた。

 しかし剣は俺のシャツを切り裂いただけでぴたりと止まっている。衝撃はあるが刻印に達していなかった。

「なんだと!」

 驚いているのは俺も同じだ。やはり予想通りだった、奴の剣は土でできたものを切断できない。

 今だって剣はシャツの下に忍ばせた皿の破片で止まっていた。

 おそらく土、すなわち大地の属性に対して何らかの弱点があるのだろう。

 そうなればこっちの反撃だ。俺はレイの切っ先を奴の胸元に向けた。

「レイ、火炎放射!」

『ランチョイフィアーム!【炎の槍】』

 俺の声と共に刀身にまとわりついていた炎が固まりとなって伊藤を覆い尽くす、奴も悲鳴を上げたが火の周りの早いジャケットを脱ぎ捨てると剣を振り回して氷を発声させた。

 すぐさま奴の身体を包んでいた炎は鎮火された。

「てめえの炎でも俺には効かねえんだよ、ぼけが!」

「いや、狙い通りだ!」

 全身の炎を消すために奴は剣から氷を発生させた。それは火炎を打ち消したが氷は溶け奴のシャツに張り付く、ボロボロに濡れたシャツ……そう、おまえの胸骨の真上に刻まれた文字が透けているぜ!

 慌ててそれを隠そうとする奴の右手を剣ではじいた、伊藤の剣は奴の右手から飛び出て床を滑り壁に当たる。それを取りに動き出すところを立ちふさがっていると三秒が過ぎた。

 ほっぽり出された剣がフードの女性に戻るのと奴の視界が青でふさがれるのは同時だ。

「み、見えねえ!」

 俺は十分振りかぶって奴の刻印にフレイムタンを叩き込んだ。

 伊藤は肺の中にある空気を一気に吐き出す。黒に戻ったばかりの瞳が上まぶたに消え身体が壁に向かって飛んだ。

 大きな音を立てて大の字に壁にへばりつく。まるで解剖前のカエルだぜ! その胸の刻印がだんだんと薄くなり消えた。

「お、俺の、ハーレム……」

 剣を失い刻印も消えた伊藤は、それでもふらふらと俺に歩み寄ると正面から覆い被さって倒れた。仰向けの俺の上にうつぶせの伊藤が乗りかかっているがすでに気絶していた。

 俺はと言えば身体のあちこちが痛んでまともに動かせない。特に右脇腹は最悪だ。

 ……ひょっとして勝ったのか?

 そのとき俺のズボンのポケットが振動している。電話を着信したケータイを引っ張り出すとどこかで見たようなダイヤル番号にフリップを開いた。

『おめでとうございます第八の宝剣のHIMOTE様!』

「なんだって?」

『あなたは第六の宝剣のHIMOTEを討ち取りました。残りのHIMOTEは貴方を含め三名です』

 そうか、あのダイヤル番号はHIMOTE様サポートダイヤルのものだ。

『これから後処理に参ります。警察機関などには連絡せずそのままお待ちください』

 そこで一方的に電話が切れた。

 俺が背中を床に預けると右手も力を無くしフレイムタンも床に転がった。三秒後に目の前が赤くなると、

「あるじ様、大丈夫ですか!」

 ふりふりゴシックロリータ服に心配そうなレイの声が耳に届いたが、これどうするかなと見たのは俺の身体の上で伸びている伊藤だ。しかも衣服がぼろぼろで半裸だぞ、こんなところを美雪に見られたら……

「お兄ちゃん大変なの、レイちゃんが急にどこかにいっちゃって!」

 ……これってマーフィーのなんとかだっけ。

 慌てた美雪が食堂に飛び込んでくる、あいつの瞳に俺たちはどう映る?

「お、お兄ちゃん……」

 美雪は顔を青くして俺たちをじっと見ていた。数秒の沈黙のあと。

「うわ、カズミちゃんと仲がいいと思っていたけどこんな関係だったの、これってびーえるってやつ?」

「ちがーう!」

 俺の叫び声が食堂にむなしくエコーした。


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