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てめえいっぱしのリア充のつもりか

 そして翌日の午後二時三〇分。

 昼飯を食べてから一休みし俺は沙織さんとの待ち合わせ場所である西山岡へ向かった。隣町なので交通機関を使用しなくともチャリで一〇分程度の距離だ。

 俺より三〇分ほど前に美雪はレイを連れ山岡商店街に向かった。

 美雪の服装はいつも通りなので省略するが、レイは白のセーターに膝丈のスカートと少し大きめのジャンパー、頭に毛糸の帽子をかぶって完全武装で連れていかれた。

 はたしてどんな姿で戻ってくるか俺も楽しみだ。

 かくいう俺はトレーナーにジーンズのズボンとジャンパーに首にはマフラーを巻いた。チャリに乗るので厚めの手袋を付けて寒さ対策はバッチリだ。

 家を出た直後はそうでもなかったのだが、西山岡町に入るとどことなく張り詰めたものを感じる。

 それは昨日の犯行現場である総合ショッピングセンター周辺に近づくとより伝わってくる。目に見えるところでは警官の数が増えているし刑事ではないかなと思える人も街中を徘徊していた。

 今までの犯行は全て夜間におこなわれているが昼間に怒る可能性だって捨てきれない。むしろ夜を警戒され昼間にシフトすると警察では予想しているのかもしれない。

 途中、警官などに呼び止められなかったがショッピングセンターに着いて駐輪場にチャリを停めているとき、

「なあ兄ちゃん、ちょっとええか?」

 女性の声に振り向くとそこには褐色の肌に鳶色の髪をポニーテイルにし、綺麗なアンバーイエローの瞳を持った女性がじっと俺を見ていた。顔は大人びているが背丈は美雪と同じくらいで小柄だ。

 雰囲気はインドの人かなと思える。服装はダッフルコートを着ていてモコモコだ。

「道を教えてくれへんかな?」

「どこにいきたいの?」

「山岡商店街の『上泉』っちゅうお菓子屋なんやけど」

「山岡商店街なら隣町だよ。歩くのが面倒なら電車に乗れば一駅だけど」

 するとその女性は口を開け手のひらで自分の額をぴしゃりと叩いた。オデコが丸出しだったのでとても良い音がする。

「あちゃー、そうやったんか。やってもた、おそうなるとエルに叱られてまうわ」

「駅の場所判る? ついていこうか?」

「ええて、それくらい自分で探すわ。ご丁寧にありがとな」

 関西弁の褐色女性は俺に手を振ってその場をあとにする。大丈夫かなと思ったがこっちも予定があるからそんなに付き合っていられない。

 改めてショッピングセンターの入り口に向かうとすでに来ていた沙織さんの姿を見つける。さっきの人に悪いけど付いていかなくてよかったと思った。

 彼女の服装は当然至福、いや私服だった。

 セーターにスカート、その上からセミロングのコートに両端にボンボンの付いたマフラーと決めはミトンだ。清楚な感じがお嬢様という気品をさりげなく醸し出している。どことなく幼さがにじみ出ているところも可愛らしい。

 ファンタスティックだぜ!

 俺は声をかけることも忘れその御姿をしばし拝見してしまった。一応まだ約束の時刻に余裕があったからだ。

 すると、

「よう姉ちゃん、待ちぼうけか? 俺と遊ぼうぜ」

 何と! 沙織さんをナンパしようという不届きな輩が現れた。しかもそのみすぼらしい姿といいだれきったしゃべり方といい、まるで……

「カズミちゃんじゃねえか!」

「おう、てめえはシバヅケ、何でこんな所にいやがる!」

 間違いなくその男は伊藤和美だ。

 俺は二人の間に割り込んで入る。沙織さんは挨拶もそこそこに俺の背後に回って彼女をかばおうと広げた左手にしがみついてくれた――あの、その、頼ってくれるのは良いのですけど、俺の左腕がなんかこうとっても柔らかい二つのふくらみに挟まっているんですけど。

「なんだてめえ、いつの間にスケ見つけやがった!」

「そんな失礼な言い方をするな!」

「ほほう、それだけの上玉を連れて、てめえいっぱしのリア充のつもりか!」

 ああ、なるほど。沙織さんが恋人だったら確かにリア充に見られるかな。美雪と一緒のときより自然かもとか思ったら、俺の左腕は急に解放された。

 あの極楽な感触はどこにと振り返ると、顔を赤くした沙織さんが下・下・右と瞳を動かしてきつくまぶたを閉じた。恥ずかしいと言われても俺の方が恥ずかしくなる。

「何デレデレしてやがるっ!」

「彼女は俺と約束があるんだ。そもそもそんな下品な誘い方をしていると俺が許さん!」

「許さなきゃどうするか教えてもらおうか!」

 俺としては無用な争いを避けたいと脳みその新皮質は願っているのに、伊藤を目の前にしてどうしてもケンカ腰になるのは旧皮質というか本能の赴くままの結果なのだろうか。

 とか馬鹿なことを考えている場合ではない。ここは一つ沙織さんのお嬢様オーラパワーに期待して、

「みなさーん、ここに変な人が居ますよー!」

 俺はわざと裏声を使ってなるべく甲高い声を上げると、伊藤を指さした。

 ここは山岡商店街と異なり土曜日のおやつどき、いろいろと上品なお客様がいらっしゃる。その方々に俺プラス沙織さんと伊藤がどのように見えるか。つまりリア充カップルとチンピラそのまんまに違いない。

 別に他のお客様の物理的な力を期待しているわけではない。しかし俺の計算通りとても冷たい視線という論理的な攻撃がチクチクと伊藤に刺さり始めた。さらにお店の奥の方から登場するのは警官とよく似た服装の警備委員のみなさんだ。

 普通のチンピラだとここら辺で「ち、覚えていろ」とおっしゃるのだがそこはさすがに伊藤だ。奴は目つきをさらに鋭くすると俺の襟首を掴んでくれた。実はこうなってくれた方が話し的に有利だ。

 しかしある部分は計算外だった。奴の目がおかしい。

 元々危ない男だったがその瞳は人の色をしていなかったように見えた。この間奴の襟首を掴んだときと同じような氷の視線だ。

 このままだと俺がタコ殴りにされるのか? だが退くわけもいかず足を踏ん張っていると、俺の襟を締め付ける伊藤の右手に背後から伸びた沙織さんの左手がすっと重なった。

 危ないから離れてと言おうと思ったのに、振り返った彼女の顔を見た俺が言葉を失う。眉をつり上げ怒りの表情を浮かべた沙織さんは全く瞳を動かすことなくゆっくりうなずいた。さすがに顔立ちが良いのでとてつもない眼力だ。

 こんな顔もできるのか。憤怒の表情を見たのは初めてだが俺もビビリそうだ。

「君たち、何をしている」

 そこに警備員がようやく声をかけてくれた。奇妙な緊迫感が壊れ沙織さんはいつもの穏やかな表情に戻ると俺の背後に隠れる。

 警備員のみなさんにしても俺たちの見た目から受ける印象は一般のお客様と同じらしい。沙織さんを見る目は優しく伊藤を睨む目は厳しい。

 さすがのチンピラも往来で警備員とやり合うことは考えていないらしく、よく響く舌打ちのあとぺっとその場に唾を吐き捨てた。

「せいぜい今日を楽しみな、このリア充!」

 奴はそう叫ぶと警備員の制止を振り切って雑踏の中に消えた。

 あー、なんか疲れた。沙織さんにケガが無くてなによりだ。

 変なことに巻き込んで怒っているかなと思っているとジャンパーの袖がくいくいと引っ張られた。

 振り返ると沙織さんが硬直している。フリーズと異なり早回しのように瞬きし合間に黒目はしっかりと俺を見ている。これをどう解釈すればよいのか判らない。

 俺の視線に気がつくと瞳は下・前と動いてうなずいた。一応感謝されているみたいだ。

 ここで突っ立っていても仕方ない。入り口に据え付けられたアナログ時計は午後三時ちょうどをお知らせしていた。

「沙織さん、中に入ろう」

 こくんとうなずく彼女を連れ俺はショッピングセンターに入ろうとした。そこで何か強烈な視線を感じ首だけ振り返って見る。

 伊藤が消えた方向に女性が立って俺を見ている。いや、見ているのかもしれない。

 その女性は昨日、学校の帰りに出逢った人だと思う。顔はほとんどフードに隠れて見えなかったのだが、かろうじて覗ける唇がなぜか笑っているように思えた。

 俺の服が引っ張られた。沙織さんを見ると少し心配そうにしているので照れ笑いを浮かべてみた。

 もう一度背後に視線を向けたがあの女性は居なかった。

 俺はかぶりを振って店内に足を踏み入れた。


  §


「ところで、丸目にはどんなものをあげたいの?」

 店内案内の前で俺がそう尋ねてみると、軽く握った拳を顎先にあて沙織さんは考え出した。特に決めていなかったようだ。

 眉間に似合わないしわが寄りだしたので俺は丸目に一番似合わないものを言ってみる。

「記念になるならネックレスとかペンダントとかかな」

 すると彼女は目の前に神の啓示でも降りてきたかのようなまぶしい笑みでうなずいてくれた。ええと、いいのかなと思いつつ二階にある貴金属アクセサリーコーナーへ向う。

 俺とはおおよそ物品的にも値段的にも縁が無い場所に、沙織さんはこれでもかと溶け込んでいる。

 彼氏が居るか判らないからリア充か断言できないがセレブであることは確かだろう。あれが「セレブスレイヤー」でないことに胸をなで下ろしていると、沙織さんはこちらを見て瞳は前・上・前・上と速めに動いた。

 何か質問があるようだ。

「兄にはどのようなものが似合うと思いますか?」

 丸目に似合うアクセサリーか。悪いけど本当に思い浮かばない。その俺の困惑を読んだのか、

「男の人が欲しいと思うものを教えて頂けますか?」

「うーん、男の好みと言うより俺の趣味になっちゃうけど」

 なぜかここで沙織さんの顔がぽっと赤くなり小さくこくこくうなずいた。

「それを参考にします。ぜひ教えてください」

 そう哀願されても俺自身がアクセサリーに縁遠いからな。

 参考にとレイから預かっている剣のペンダントを見せるわけにもいかず、ここは先ほどと同じく丸目にもっとも似合わないものを考えてみる。

 嫌がらせのつもりではないのだが、いくら兄妹といえ沙織さんにプレゼントを貰うなんてとか思いながらショーケースを見ていた。

「これなんかいいかも」

 俺が指さしたのはペンダントで写真とか入れられるロケットとか言うものだ。それも形状がちょっと特殊で裏表に二枚の写真を収めることができるらしい。

「これだと表に沙織さん、裏に相手を入れたらいつでもいっしょっぽいよね」

 沙織さんは肩口から流れる黒髪を抑えてショーケースの中を覗き込む。

「でも背中合わせになってしまいますね」

「それならお互い背中を映した写真を入れればいいんじゃないかな」

 俺の言葉がぴんと来なかったのか小首を傾げて瞳が上を向いたまましばし考える。頭の中でその光景を想像していたのだろう。

 それを理解したとたん沙織さんの見えている素肌がみんな真っ赤になった。頬や目元はもちろんのこと顔全体に額に首元にミトンを外した手は指先まで赤い。

 おまけに挙動がおかしい。瞳の動きは予想できないし唇と眉毛とまぶたと指先は変な振動している。何かを呟いているように思えるが小声と早口なので理解できない。そもそもきちんと日本語を話しているよな。

「わたしとその正面から……そ、そんな、あうあう」

「お、落ち着いてくれ沙織さん!」

 俺は彼女が卒倒しないように細い肩を押さえた。

 すぐに平常状態に戻ったが少し過呼吸だ。数回深呼吸するとそれも収まった。

 この様子を見ている限り沙織さんもあの丸目(兄)を溺愛しているのかな。兄がロリコンで妹がブラコンというのはなかなかの組み合わせだが俺は信じないぞ、信じるもんか。これはただの兄妹愛だ、そうだよな、そう言ってくれ。

「そうですね……これを頂きましょう」

 一転彼女はほほえんでから販売員にロケットを指さした。俺、値段とか見てなかったのだが思わず値札のゼロを数え直してしまった。もしかしたらショーケースの中で高額に属する商品ではないだろうかと思える。

 それを指名された販売員も相手が見た目高校生ということで、

「本当によろしゅうございますか?」

 と慇懃に言ったあと苦笑して見せた。あからさまに失礼な態度に俺の頭に血が上りかける。

 ところが沙織さんがうなずいたあとにサイフから取り出したクレジットカードを見たとたん、背がしゃんと伸びかくっと六〇度近くのおじぎをしてみせた。何だろう、ここまで露骨に人の変わる瞬間を見るのはそうないかもしれない。

「失礼しました! 回数は一回デヨロシカッタデスカ?」

 販売員、言葉と口調と表情筋が変だよ。比べて沙織さんは冷静そのものだった。

「はい、できれば、贈り物用の包装をお願いします」

「かしこまりました、少々お待ちください!」

 一気にざわめき立つ貴金属売り場、セレブ女子高生の連れと言うことで俺まで熱い視線を送られる有様はどちらかというと慣れないので緊張する。それに比べて沙織さんはとてもナチュラルに販売員の対応を眺めていた。

 ややあって、美しく梱包された箱と共に差し出されたクレジット請求書の本人確認欄に慣れた手つきでサインを記入し、販売員一同に「お買い上げ、まことにありがとうございました!」と言わせるのは感心するしかない。

 箱を受け取ってから彼女は下・正面と瞳を動かしてから本当にうれしそうにほほえむ。

 金額はともかくこれだけ思われてプレゼントを貰える丸目はうらやましいなあと素直に思う。


 ただ彼女が梱包された箱を見て瞳が下・前・左と動いてゆっくりと瞬きをしたのだが、俺は見たことが無いパターンだった。それが少し気になったが俺に見られているのに気がついてすぐさまほほえんだ彼女にそれを質問することはできなかった。


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