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この子たちは捨てられていたんです

 さて、俺は塚原に踊らされ午後四時に東棟にやってきたわけだが。

 だーれも居なかった。

 一応遅れたらまずいと思い、丸目を無視して授業が終わると午後三時四五分には指定の場所に着いていたのだ。

 東棟とは言葉通り示現高校の東端、地図で見ると右端に造られた古い校舎だ。主に文化部が活動用に使用している。

 そして校舎裏は日がささずに寒いのだが……一月下旬である、ものすっごく寒い! 快晴でも関係なく三〇分待って四時一五分になる頃には俺の身体と心はめっきり冷えていた。

 しかし彼女が漏らした「リア充スレイヤー」の言葉がどうしても引っかかる。一度二年A組の教室に戻って残っていた生徒に塚原のことを聞いてみたのだがすでに帰宅したらしい。

 かつがれたのかな? そう考えつつ行き違いになってたらヤダナと嫌な想像を胸に、極寒の東棟校舎裏に再び訪れたが彼女の姿は無かった。

 ふうと大きなため息をつく。まさか俺の知らない謎の校舎があるのかと思ったくらいだ。

 ただそこは無人で無かった。

 校舎の端っこ、やや日光が当たるスペースに大きな飼育小屋がある。

 高校に飼育小屋というのも珍しいが生物部が小動物を飼うために作られたのだ。作りがそれなりに豪華で冬場になると金網の外側に透明なアクリル板の風よけが追加される。

 その小屋の中に沙織さんの後ろ姿があった。

 しゃがんでおりストレートな黒髪が小さな背中を覆い隠していた。動物の世話をしているのか肩が小刻みに揺れている。

 何をしているのだろうと近づいた。その途中であの「だーれだ」の願い事を思い出したが、もちろん実行してない。すごく驚きそうだしあれを冗談と受け取ってもらえるほどの仲でない。気絶でもした日には全校生徒から間違いなく性犯罪者として扱われる。

 あれだけ変態チックの丸目(兄)でさえ妹を溺愛しているのだ。あれの復讐が一番怖い。

 あまり近づいて声をかけるとびっくりさせそうだと思い、五メートルほど距離をあけた。

「沙織さん、何をしているの?」

 言ってみたらびくっと背筋を伸ばしたあと、おそるおそる振り向き大きな目をさらに全開にしてから俺の顔を見た。この距離でもダメなのか、方向の問題かな。

 声をかけたのが俺だったのを安心したのだろう。ほっと息を吐いたあとに目を閉じてからゆっくりと開いて静かにほほえんだ。こうなればもう少し近づいても大丈夫だろう。

 彼女の間近で小屋の中を見ると、足下に白と黒の二羽のウサギが仲良く並んでいた。沙織さんは右手に野菜の切れ端が入った袋を持っているので、このウサギにそれをあげている途中だったのかもしれない。

「沙織さん、生物部にも在籍しているの?」

 俺がそう尋ねると彼女はほほえんだまま首を左右に振った。昨日の生徒会室前では俺の方がしゃがんでいたから視線の高さはさして気にならなかったが、今は逆なので俺は人ひとり分隙間をあけてその場に腰を落とした。

 小屋の中は閑散としている。立派な住居に関わらず居るのは二羽のウサギだけだった。俺がウサギをじっと見ていると、

「この子たちはわたしが頼んでここに居させてもらったんです」

 沙織さんは白ウサギの頭をなでながらお言葉を発してくれた。とても小さくそれでいてとても綺麗な声だ。まさしく小鳥が鳴くようなそれ、久しぶりに聞いても心地よかった。

 どうやら訳ありのウサギのようだ。あまり追求しても仕方ない、俺は沙織さんの足に甘えてすり寄る果報者に目を向けた。

 気になったのはウサギの目だ。白も黒もつぶらな瞳は真っ赤だ。レイのように、そして剣となったフレイムタンを握る俺のように。

 ふと白ウサギがなぜか俺に興味を覚えたのか近づいて来た。俺はエサを持っていないんだと目で訴えてもウサギは俺の前で鎮座している。

 こいつが動く様子も無く困っていると、沙織さんの細い指先が俺の肩を叩き、エサ袋の中から人参を取り出し手渡ししてくれた。手のひらが触れた彼女の指先はほんのりと暖かく感じた。

 ウサギの興味は受け取った人参に向いている。ここでお預けしても可愛そうだ、俺は沙織さんのぬくもりと香りがしみこんだ極上人参をウサギの前に差し出した。すると何の警戒も無しに人参に食らいついていた。

 ウサギって臆病な動物だって聞いたことがあるが、こいつはウチの美雪なみに人なつっこいな。

「良く慣れているね」

 特に考えも無く思ったことを言ったつもりだったが、沙織さんを見ると眉を顰めて瞳は前から左に動いてゆっくりと下りると瞼を閉じた。ええと「可愛そう」という意味になる。

「この子たちは捨てられていたんです」

 彼女の声がよりか細くなった。瞼を開いたあと菜っぱを袋から取り出すと黒ウサギの口元にそっと差し出した。

「先日、学校への通学路でこの子たちが入っている段ボール箱を拾いました。可愛そうになったので生物部が活動を休止中なのを思い出し学校に頼んでここに置いてもらったのです」

 生物部って今は活動していないのか。でもここより……

「どうせなら沙織さんの家で飼ってあげればこいつらも喜ぶんじゃないのか?」

 すると彼女の瞳は前・下と移動し瞼を閉じた。つまり「ごめんなさい」だ。

「事情がありましてわたしの家では飼えないのです」

「そっか。それじゃ仕方ないね」

 あれだけ広い家なのだしウサギの二羽くらい飼えそうに思える。

 だがそこは家庭の事情というものだ。あまり深く追求しない方が良いだろう。

 俺の家だってムダに広いけど猫のシロが居るからウサギは飼えないし。美雪に話すと何が何でも飼うと言い出すからここは口にしないようにしよう。

 いずれにせよこれだけの施設を使わないともったい無い。ここに居れば沙織さんだって学校に来るたびに様子を見られるのだ。

 とか考えていると菜っぱを食べ終えた黒ウサギが、なぜか俺の方にすりよってくる。いやエサ袋は沙織さんが持っているんだからこっちに来る前に彼女にねだれよ。

 沙織さんは口元を手で押さえてほほえむと、上・斜め上右・右と瞳を動かしてからほんの少し頬をふくらませた。ああ、彼女にうらやましいとか思われるなんて俺がもったいない。

 しかしウサギは二羽とも俺の前から動かなくなった。俺ってウサギを虜にするフェロモンでも放出しているのか?

 そんなことを考えていると黒ウサギに近づこうと今度は沙織さんがすりよってきた。

 うお、どういうことですか!

 沙織さんの左半身は俺の右半身とほぼ密着だ。

 肩と腕があるからボディはふれあわないが俺の全センサーは右半身に絶賛動作中となる。

 彼女は誰もが心暖まる天使の笑顔を浮かべて黒ウサギに人参をあげている。ほんの少しの動作で柔らかい腕の感触と春風のように爽やかな香りが伝わってきた。

 フレグランスだぜ。

 ああ何という素晴らしいひととき! やや呆けた俺に沙織さんは白ウサギに与えるための菜っぱを俺の手に乗せてくれる。俺への餌付けかと思って自分で食べてしまいそうだった。

「ところで、このウサギってどっちもメスなの?」

「シロちゃんは男の子でクロちゃんは女の子です」

 そっかそっか、名前も付いているんだな。シロとクロか、はからずもオスのウサギはうちの猫と同じ名前だが、あっちは猫又になりそうなくらいかわいげがないが、こっちのシロはとってもウサギらしくて可愛いぞ。

 ところがクロの方はちょっと元気が無いようだ。沙織さんが差し出す野菜はきちんと食べているがその速度はシロに比べると少しだけ遅いような気がする。しかし沙織さんが満面の笑みでクロの相手をしているからそれを切り出せなかった。

 そんなこんなでそろそろ下校の時刻だ。沙織さんは残った野菜をエサ皿に入れ水飲みようのボトルを洗うと七分目まで満たした。これでお世話は終了らしい。

 結局塚原は来なかったがその代わりによい体験ができたので俺は満足だ。今度学校で逢ったらお礼がてら再度聞き出してみればいいか。

 ついでと言っては何だがあの謎の紙を沙織さんにも見てもらおうかと、腰を上げてからポケットをまさぐってみたが無い。カバンの中に入れたんだっけ。

 俺の仕草を不思議そうに見ていたが彼女は瞳を下・下・右と動かして眉を顰めると頬が赤くなっていた。はて、何が恥ずかしいのだろうか? ひょっとしてしゃがんでいるときの密着がまずかったのかとビビッていると、

「あの柴田くん。明日の午後お暇ですか?」

 本日は金曜日、よって明日は土曜日だ。この学校も週休二日なので翌日はお休みである。することといったら部屋の掃除とか洗濯とか、レイにクーリングオフのやり方を調べてもらうとか程度で時間はどうにでも都合がつく。

「うん……特に用事はないよ」

「よろしければわたしと一緒にお買い物に付き合ってほしいのです」

 ……このときほど自分の頬をつねってみたくなったことはない。たぶん今後五年くらいは無いと思う。

 要約しなくとも沙織さんの言葉が全てなのだ。

「うん、いいよ」

 口ではかっこつけてあっさりと答えたが心の中ではヘッドバンギングしてむち打ちになるくらい全力でうなずいた。

 つまりこれは沙織さんからいきなり休日デートのお誘いではないか! 理由なんて関係なしに肯定せざるえない、男として……

「実は兄へのバレンタインデーの贈り物を一緒に選んでいただければと思ったのですが」

 ……心の中のパーティー会場は突然閉鎖された。俺だけ壇上に取り残された気分だ。

 話がうますぎると思ったが、丸目へのプレゼント探しか。ひょっとして俺って奴なみの変態だと思われているのだろうか。あの男の喜びそうなグッズは普通の店を探すより特殊なネットショップで検索かけた方が的確に見つかると思う。

 心の中の葛藤が自然と顔に出ていたのか、沙織さんの瞳は前・右・右斜め下・下長押しになって肩が落ちた。

「いや迷惑なんてとんでもない。俺が一緒に選んでいいのかな?」

 彼女の表情がぱっと明るくなって小さくうなずいた。

「それでどこで待ち合わせるの?」

「西山岡総合ショッピングセンターの入り口で午後三時というのはいかがでしょう」

「判った。遅れずにいくから」

 彼女の瞳は下・前と動いて瞬きした。笑顔が継続中なのでありがとうの言葉がとても良い。

 俺たちはそこで別れた。沙織さんは飼育小屋の鍵を職員室に戻さないといけないらしい。

 送っていこうか迷ったが切り出す前に彼女は小走りにそこを去ってしまった。

 俺も教室に立ち寄って帰り支度をすると校門を出た。

 明日は沙織さんとお買い物なんだな、と心はどこかウキウキモードだ。

 ふと学校前の通りを下っていると電柱に貼られている違法アダルト広告が目に飛び込んでくる。

 どこか怪しい広告つながりで思い出した。リア充スレイヤーの紙ってカバンの中にあるのかな? 学校の机に入っていたら取りに戻るのも面倒出しとやや暗くなった路上でいったん止まる。

 そこでカバンの中をあさってみる。しかし目的の物は見つからない。

 自分でも入れた覚えはない。それならばとカバンを両足の間に置いて制服をごそごそとまさぐっていると、詰襟のポケットから折りたたまれたあの紙がぽろりと路上に落ちた。どうやらハンカチと重なっていたらしい。

 それを拾おうと手を伸ばしたのだが一陣の風が紙を吹き飛ばした。良い具合に折り曲げられていたため風を受けやすくなっていたのだろう。俺はそれを追って少し歩いた。

 まるで逃げるように風に飛ばされている。少し足を速めようかと思ったら別の手がすっと伸びて紙を拾い上げていた。

 その手を追うように視線を上げていくと純白のロングコートと膝まで届きそうなロングスカートを穿いた女性だと思う人が立って、右手であの紙をそっとつまんでいた。もこもこの服装なのだがとてもスリムに見える。

 背はそこそこかな。沙織さんより少し低いくらいだ。

 女性かもと思ったのは顔がマフラーとフードに隠れてほとんど見えなかったからだ。辺りの暗さも見づらさに拍車をかけていた。紙をつまんでいる右手は厚手の手袋をしている。

 さて拾ってくれたのはいいが、これからどうしたらよいのか。俺が迷っていると彼女はゆっくりとした動作で拾い上げたそれをこちらに差し出した。

「……あなたの?」

 声は女性のものだと思う。ただ沙織さん以下に小さいのはマフラーが消音装置になっているのだろうか。

 俺が返事を忘れているとフードがわずかに傾いた。

「ああ、俺のなんだ。拾ってくれてありがとう」

「……いい」

 またもや小声である。手を差し出したままでは辛いと思い俺は紙を受け取った。

 なぜかその紙にまるで氷でできているかのような冷たさを感じた。触れただけで皮膚が切り裂けそうな温度だ。手のひらによく切れるナイフを押し当てられたような錯覚に紙を掴めず再度落としてしまう。

 すると彼女は緩慢な動きでそれを拾い上げ先ほどと全く同じモーションで俺に紙を差し出す。今度は落とさないように受け取った。

「ありがとう」

 お礼を言ったのだがフードがちょっとだけ動いてうなずいたように見えた。光線の加減でちらりと垣間見た唇は何の色にも染められていない純白だった。

 俺はなぜか気圧され今し方自分が歩いてきた方向に立ち去る、細い背中を見ているしかできなかった。


  §


 美雪は俺よりも早く家に帰っていた。

「もうすぐ晩ご飯の用意ができるから、着替えてレイちゃんと待っててね」

 玄関に入るなりそう言われたので自室に戻ると部屋着のスウェットに着替えてから食堂に入った。すでにレイは年代物のブラウン管式テレビの前にちょこんと腰かけている。

「おかえりなさいませ、あるじ様」

「ただいま……俺たちの留守中、何かあったか?」

「訪問販売の方が一名、あとは郵便配達の方が一名いらっしゃいました。届けられた郵便物は封書が三通です」

 テーブルの上には開封積みの封筒が並んでいる。すでに美雪が中を確認したようだがどれもダイレクトメールで重要なものは無かった。

「あと電話が何件かありましたが」

「それは無視していいや。留守番電話に録音されているだろうしあとで俺が確認する」

 レイは留守番をきちんとこなしている。実に頼もしい幼女だ。

 ちなみに服装は美雪が帰ってから着替えさせたのか、ピンク色のセーターと白いミニスカートだ。当然のように似合っている。

 金髪は首筋で大きめのリボンがさりげなくまとめていた。

 足下は素足だが大きめのスリッパをつっかけていた。この家の廊下と食堂は板張りなので冬の間はスリッパがかかせない。

 日中はとても穏やかだったようだ。俺はテレビで流れているニュースに目と耳を向ける。ちょうど塚原が教えてくれた隣町での傷害事件を解説していたからだ。

 犯行時刻は本日の午前一時頃、場所は西山岡四丁目にある住宅地の路地裏、被害者はアルバイトを終えた高校生一七才だという。衣服の切り裂かれた女性を路上で発見した人物の通報により保護された。

 暴行を受けた様子は無いらしい。以前の被害者と同様に記憶が抜けており調書がとれていないが命に別状は無く、手口がいままでの犯行に似ていることから模倣犯の可能性を含めて警視庁と山岡署が捜査を継続中だそうだ。

 それから今までに至る八件について解説を始めた。当然七件目の俺も高校生男子(一七)という匿名で扱われた。

 二一日に捕まった犯人はまだ昏睡状態にあるという。そして丸目の言うとおり警察は身元の発表を控えている。

「レイ、この事件はいずれのHIMOTEの仕業かな」

 俺と同じようにテレビを見ている彼女に問いかけると眉を顰めて首を振る。

「申し訳ありません、この事件がリア充スレイヤーに関係していてもわたくしがあるじ様に教えることはできないのです」

 またその答えかと思いつつ、レイを攻めても仕方ないので俺は視線をテレビに戻していた。

 リア充スレイヤーの規則なのか、レイは他の剣とHIMOTEについてあるじに語ることができないらしい。

 ルールについては聞けば詳しく説明してくれるが、対戦相手とそれが持つ剣の細かな特徴については教えてくれない。途中のレベルアップの過程でどのように能力が成長するのか判らず対戦してみるまで確定できないと言う。

 今のところ俺に開示されているのは、八名のHIMOTEから開始されておりそれぞれにレイと同じような擬人化可能な剣を所有していること、剣は四つの属性が二本ずつ用意されているが同じ属性でも同型でないことだ。

 現在他のHIMOTEが何人存在し何の剣を持っているか教えられないらしい。

 属性は火炎・冷気・大気・大地となっていて、それぞれにじゃんけんのような優劣があるという。属性だけで最強の剣は無い。それぞれの強弱関係についても対戦するまで答えられないが、レイは火炎に属する剣であることは俺にも判った。

 剣で人体を切ることができないが、レベルと技量次第であらゆるものを切断可能になるそうだ。公園の街灯やフェンス、電柱を切ったことからそれは確かだろう。属性はそれに応じた攻撃がおこなえるが剣によって大きく異なるみたいだ。

 HIMOTEは一種の結界を張れる。レベルに応じてその大きさも強さも変えられるが、HIMOTE相手には効果がない。つまり戦士同士の対戦に無関係の人間を踏み込めないようにするためのようだ。

 対戦は必ずそれぞれの剣を使用し一対一でおこなわれる。勝敗は相手の刻印に剣でダメージを与えて消し去ることで決まるそうだ。

 例外として獲物(つまりリア充)の人物を相手に闘った場合、剣以外でも大きなダメージを受けることによって刻印が消え、HIMOTEの権利が移動するという。

 レイの先代は右手に刻印がありあの電撃で大ダメージを受けて消えたのだろう。

「すると俺は左の脇腹を攻撃されると負けになるわけだ」

「刻印にも耐久力がありますから触れた程度では消えません」

「他のHIMOTEの刻印がどこにあるか教えられないんだな」

 レイは当たり前のようにこくりとうなずいた。無理に聞き出すこともできないだろうとテレビを見ると、切り裂き魔のニュースはシメに入っているようだった。

『警察では現在、目撃情報を聞き込み中とのことですが、犯行時刻前後にコートを着た女性を見かけたとの証言があり、該当地区に設置された監視カメラなどに撮影されていないか確認作業をおこなっていると、関係者から情報を入手しました』

 コートの女か。確かに俺が襲われたときもそんな女性が居たし、今日の帰りに出逢ったのもコートを着込んでいたな。

 だが今年は冬の寒さが厳しい。コートくらい着込んでいる女性は多いだろう。

 テレビがCMになりレイに目を向けると、自分が着ているセーターやスカートをどこか不思議そうに見ていた。

「その洋服、気に入らなかったか?」

 俺がそうたずねると慌てて首を左右に振る。

「いえ……わたくしこのように服を着せて頂いたりお食事をご馳走になってよろしいのでしょうか?」

「ん? かまわないんじゃないのか、美雪も喜んでしていることだろうし」

「お兄ちゃん、レイちゃん、ご飯の支度ができたよ!」

 妹の声に俺とレイは腰を上げ食材が並んだテーブルについた。元々学生が下宿できるように造られた家屋なので食堂には大きなテーブルがある。レイが来てから三人前を用意したとしてもテーブルの三分の一も使用していなかった。

 俺とレイが並び正面に美雪が腰掛ける。みんなで手を合わせ「いただきます」と食事を始めた。

 レイの手元には箸とスプーンとナイフとフォークがずらり並べられているのは、妹がレイを気遣ってのことだが器用に箸を使っていた。むしろ握り箸の美雪より正しい使い方だ。

「レイちゃんたくさん食べてね、おかわりもあるから遠慮しちゃダメよ」

 その言葉通りやたらおかずの種類が多い。昨日の夜もかたずけるのに一苦労だった。余りものは翌日の朝食に回るから良いがレイの体型は幼児なのだし分量を考えろ。

 いや、そもそも食べて大丈夫なのか? 俺はレイの耳元でぼそぼそと呟いてみた。

「レイってご飯とか食べてもいいのか?」

「はい、食べても食べなくても大丈夫ですよ。食べた方が回復が早くなります」

「こら、お兄ちゃんそこでなにこそこそ話しているの!」

「いやなに、美雪の料理はうまいなってレイと話していたんだよ」

「はい、とてもおいしいです美雪さん」

 レイにほほえまれ美雪も上機嫌だ。俺はやれやれと目の前の前髪を見ていたがレイもつられて妹のボブカットに視線を向けていた。

「もうあたしのことはお姉ちゃんって呼んでよね。ところでおかわりする?」

 それはそうと先ほどのニュースを見て思ったのだが、明日沙織さんと買い物を約束している西山岡総合ショッピングセンターは事件現場にわりに近いのだ。

 今回の事件がHIMOTEの反抗で無いとしても物騒なことに変わりない。一応昼間だし太陽が出ている時間だから他のHIMOTEに襲われないと思うのだが……

「お兄ちゃん、どうしたの考え事して?」

「ん? いや明日の午後はちょっと用事があって出かけるから、それを考えていた」

「そうなんだ、それならあたしはレイちゃんとお出かけしようかな」

 美雪の言葉に俺とレイは同時に声を上げた。

「だってレイちゃんもあたしのお下がりばかりじゃ可愛そうでしょ」

「いえ、そんな、わたくしは美雪さんの服で十分です」

「そうはいかないわ! 洋服の流行りは毎年変わるものよ。明日は山岡商店街でお買い物ね、バッチリコーディネートしてあげるわ!」

 とてもはりきっている美雪に困り果てたレイは救いを求める目を俺に向けた。

「とりあえず明日は美雪に付き合ってあげな」

「よろしいのですか?」

「いざとなったらペンダントでレイを呼ぶから」

 はしゃぐ美雪と対照的にレイは申し訳なさそうにうなずいた。

 明日は忙しくなりそうだな……俺は箸を進めながらぼんやりとそんなことを考えていた。


  §


 その日の夜、というかもはや翌日だが俺は庭に出ていた。

 月も出ておらず空気はしんと冷え辺りはとても静かだ。

 俺の手には剣化したレイ、すなわちフレイムタンが握られている。夜中に美雪の部屋から抜け出てもらい改めてレイが剣であることを確かめていたのだ。

 フレイムタンの刀身は磨き込まれた鏡のようだ。夜空にわずかに瞬く星明かりを照り返している。

 指でなぞると凹凸もヤスリがけしたときのヘアラインも感じない。完全な平らに思えた。

 なにより重量を全く感じない。試しに左手だけで握っていても剣を水平に保てる。これならいくらでも振り回せるだろう。

「なぜ重さを感じないんだ?」

『剣があるじ様と一体になっているのです。あるじ様の腕の延長だとお考えください』

 俺の耳にレイの声が飛び込んでくるが方向性を伴っていない。頭の中心に伝わるような感覚だった。

「それで属性攻撃ってのはどうすればいいんだ?」

『あるじ様が属性に関係するイメージを頭の中に想像すればそれが具現化します』

「それじゃ炎で剣をまとえ」

『グアイナディフィアーム【炎の鞘】』

 レイの声のあと銀色の輝きを見せていた刀身は、うっすらと赤い炎に包まれた。赤く変色したのでは無い証拠に剣の周りにモヤのようなものが取り巻いており、俺が剣を左右に振ると炎が尾を引き暗闇に赤い残像を描いた。わりに綺麗だ。

 実際にこの炎が本物かイリュージョンか確かめるためティッシュを一枚刀身に近づける。すると勢いよく燃え上がった。

 しかし不思議なことにその熱が俺の手に伝わって来ない。一瞬で燃え尽きたがティッシュをつまんでいた指先もヤケドしていなかった。

 おっかなびっくり刀身を触ってみてもどちらかといえば冷たいくらいだ。公園で襲われたときも俺は炎の熱さを感じたが奴は全く平気だったのはこんな理由だったのだろう。

「レイ、もういいよ」

 俺の言葉が終わらないうちに刀身から炎が消えまた銀色の鏡に戻った。

 改めて剣を俺の顔近くに寄せる。まじまじと見るとそこに映った俺の瞳はレイと同じルビーレッドだ。

 俺は切っ先を庭に突き立て柄から手を離した。しっかり三秒後に目の前が赤くなる。剣があった場所にやや大きめのパジャマを着たレイが少し恥ずかしそうに立って俺を見ていた。

 俺は腕組みしてからまぶたを閉じうなり声を上げた。

 まだ信じられない。

 どうしてレイが長剣になりそこに炎をまとわせたりできるのか。俺だってまだ未成年でどちらかと言えば馬鹿な方だがそれなりの常識というものがある。

 その常識に照らし合わせても合点がいかない。つまり非常識なのだ。

「あの炎、どういう原理なんだ?」

 俺はレイに問いただしてみたが彼女は首を振るだけだった。

「それはわたくしにも判りません。あるじ様のイメージをそのまま反映させているだけですから」

 またしても首をひねる。本人が知らないものを俺が理解できるわけもない。ただ全て自分の目や手が体験している以上信じないわけにもいかないが、どこかにトリックがあるのではないだろうかと思うのだ。

「まだ御納得されていないのですね」

「うん、なんというか、ちょっと」

 俺自身もこんなに懐疑的だったかなとか思うが致し方ない。この現象を楽しいと思える無邪気な心は、俺の複雑な成長過程でずっと昔に置き去りになっているのだろう。

「ところであの属性攻撃って無尽蔵に使えるのか?」

「わたくしの気力が続く限り可能です。まだレベルが低いのでそう多くおこなえません」

「気力が尽きるとどうなるんだ?」

「剣化が解除されわたくしも気絶するでしょう」

 つまり属性攻撃を使うとレイの腹が減る、最終的に空腹で倒れるということか。

「何となく判った。あまり長くここに居ると美雪に怪しまれるから今日はここまでにしよう」

「はい、かしこまりました」

 そこで縁側に向かって歩き出したレイだったが、地面からやや突き出た石に躓き倒れそうになる。俺はとっさに小さな身体を支えていた。

「す、すいません……この石、ずいぶんと深くまで刺さっているみたいですね。わたくしがかたづけておきましょうか?」

「いやこのままでいいよ。あとで俺がかたづける」

 レイを見ていると謎が解決するどころかどんどん深みにはまっていくなと思いながら俺は頭をかいた。


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