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あるじ様は立派な非モテです

「ただいま」

 家についた俺を出迎えてくれたのは築五〇年の家が奏でる扉のかすれた金属音だった。

 三人で存分にお好み焼きと焼きそばを食べた後、美雪はついでに買い物をしていくとのことなので俺だけ先に帰路についた。

 なので家には誰も居ないと判っているのだが挨拶というのは基本だ。

 しかしお返事はなしのつぶて。判っていたのだがすっかりと隙間だらけになって冬なのに冷房全開の家にあがると、廊下の板張りが靴下ごしに俺の足の裏をキンキンと冷やしていく。

 二階建て六LDKという間取りはむやみに広い。特に今は住んでいるのが俺と美雪の二人だけだ。そこかしこの壁にひび割れさえなければ大豪邸に居る気分だ。

 二階の三部屋は親父の書斎とガラクタ入れという名の倉庫と化している。一階に俺と美雪の部屋、それに客間が一つだ。

 猫の額より少し広い庭には妹が作った家庭菜園がある。

 実はこの家、できた直後は学生相手の下宿だったらしい。ところが最近の学生はほどよくリッチなので見向きもされず、二束三文で売り出されていたところを親父が購入したそうだ。

 そんな訳でLはリビングと言うより居間、Dはダイニングと言うより食堂、Kはキッチンと言うより台所という感じに完全和風建築である。

 フローリングとか床暖房とか洋風文化的な設備は何一つ無かった。

 ただし俺も親父もネットはおこなうので光回線は引き込んでいた。時代遅れの家の中で唯一の最先端技術と言えよう。

 あと一応屋根にはUHFのアンテナが立っており地上デジタルに対応しているが残念ながら受像器は古いままだ。

 親父は海外出張中だ。

 かと言って商社に勤めているのではない。フリーの考古学研究科という存在そのものがかなり怪しい職業だ。さらにそのスポンサーがよりによって丸目グループだったりする。

 しかも赴任先が東南アジアとかアフリカとか聞いたことがない国ばかりだ。ときには通信手段が全く無くなる。

 今回の事件もどうするかと思ったのだが、俺たちは無事なんだし心配駆けても仕方ないので近状報告を電子メールで送っておいた。

 母さんは俺が一三のとき病気で死んだ。しばらくはお手伝いさんが俺たち兄妹の面倒を見てくれたが今では二人できちんと生活できている。広い家に俺と美雪しか居ない。

「にゃあ」

 おっと、おまえを忘れるところだったぜ。

 廊下をゆったり歩いているのは、推定年齢一〇才は超えているトラ縞模様のオス猫で名前はシロだ。なぜにトラ縞がシロなのかは説明が面倒なので省略する。

 シロとしては晩飯の催促のために現れたようだが、美雪が居ないと判るとのっそり奥の部屋へ去っていった。現金な猫なのでこの家の中で食事を用意してくれる美雪に一番なついている。と言うか相手をしない俺にはとても冷たい。

 帰宅時の習慣で留守番電話を見た。今日も伝言は山盛りだが確認は着替えてからにしようと廊下を進み俺の部屋へと一直線に向かった。

 扉に付いている「HERO」のネームプレートは美雪特性だが見るたびにどこか腹が立つ。

 俺はドアノブに手をかけて、手前に……

「おかえりなさいませあるじ様」

 ……とっさに扉を閉じた。

 ん? 今のは何だ? どうして誰も居ないはずの俺の部屋から女の子の声が聞こえたのだ?

 改めて視線の位置にあるネームプレートを見ると一〇二号室「SNOWWHITE」でなく、一〇三号室・「HERO」だ。

 見るたびにいまいましいがそこは置いておいて。そもそも妹はまだ帰っていないはず。さらにいくら子供っぽくてもあんな声ではない。

 首をひねって長考に入ると、

『とんとん』

 扉が内側からノックされる。

 何となくデジャブを覚えたが返事をすることなく扉を見ていた。すると、

『とんととん』

 再度ノックの音がずいぶんと低い位置から聞こえてくる。

「どうぞ」

 我ながら間抜けな受け答えだと思ったが、俺の声に応えてドアノブが回ると扉がゆっくり開いた。

 そこには誰も居なかった。しかし人の気配があったので視線をそのまま下に移動するとどこかで見た幼女が立ってじっと俺の顔を見ている。

 そして天使を思わせるほほえみを浮かべると小さな右手を俺に差し出した。

「おかえりなさいませあるじ様」

 先ほどと同じ言葉が小さな口から発せられ、宙ぶらりんな俺の手を取って部屋の中へと招き入れる。俺は壊れかけのロボットのような仕草で部屋の中へと入っていった。

「どうぞ、おかけください」

 幼女が差し出した座布団を避けると絨毯の上に正座した。

 彼女はいったん俺の背中に回り込み扉を閉じる。その後改めて俺の前に向かい合わせに正座した。

 とりあえず部屋の中を見回してみよう。

 古い作りの八畳の和室は最近のマンションの一〇畳ほどの広さがある。その中にポンコツに近いパソコンが乗った勉強机とマンガが詰まった本棚が一つ、着替えが入ったタンスと部屋の奥・窓際に大きなベットがあった。

 壁にはバイト先で貰った今年のカレンダーと数年前に放映していた合体ロボットアニメのポスターに、これでもかと胸の大きなグラビアモデルの水着写真、中学校の修学旅行で購入した奈良・東大寺のペナントが張ってある。

 コルクボードには比較的まともな友人と撮影したポートレートを止めていた。

 オーディオビジュアル機器として一四インチのブラウン管式テレビ(地デジ受信機外付け)とVHS・DVD方式のビデオレコーダーにMDが付いていない昔ながらのラジカセが一つ。さすがにレコードの代わりにCDが聴けるようになっているがどれも年代物だ。

 どうやら間違いなく俺の部屋の中だった。

 違和感があるとすれば俺の目の前でにこにこしている金髪幼女だ。最初は俺をまねて正座していたがどうも慣れないのか今はアヒル座りになっていた。そっちの方が似合っているのは言うまでもない。

「ええと、君は誰?」

「はい、わたくしの名前はフレイムタンと申します。レイとお呼び下さい」

 外見にとーってもお似合いなアニメ声と、見た目には似合っていない丁寧な言葉遣いを響かせながら、レイと名乗った幼女は俺に深々と頭を下げた。俺も反射的におじぎした。

 まずは自己紹介だ。

「俺は柴田英雄です」

「存じておりますあるじ様」

 レイは頭を戻し真っ赤な瞳で俺を見ている。学校でも思ったがつくづく美幼女だ。丸目があそこまで興奮するのも何となく判る。

 ともかくいろいろと確認しなければならない。まず自分を指さした。

「あるじって俺のことか?」

「もちろんです。お顔しか拝見していませんでしたから探すのに苦労しました。本日学校に向かわれるあるじ様を見つけあとを付いていったのです」

 ああやっぱりそうか。無断で学校に忍び込んだから沙織さんに追いかけ回されていたのか。ここに居るということは捕まらなかったのかな、それとも捕まった後に訳を話して俺の住所を聞いたのかな。

 幼女にストーカーされる覚えは無い。丸目が聞いたら失神しそうな状況だ。

 それはそうと。

「俺、君と初めて逢ったと思うんだけど。まあ学校でも顔は見たけどさ」

「そんなことはございません。あるじ様はわたくしと『リア充スレイヤー』に参加する権利を得ている間柄です」

 何だかよく判らないうちに謎が追加されてしまった。リア充と言うのはつい最近聞いたから言葉の意味は何となく判る。だがスレイヤーって何だ?

 俺が混乱していることをレイは察知したらしい。赤い瞳をくるくると動かしほほえんだ。

「覚えていらっしゃいませんか? 二日前にあるじ様はわたくしの以前のHIMOTEを討ち取りました。そのときからわたくしの使用権利はあるじ様に移行しました」

 二日前と言われて思い出すのは一つだけ、あの夜に切り裂き魔に襲われたことだ。

 さらにレイは男が発した単語を同じイントネーションで発音している。

 そう、HIMOTEと。

 そう言えばあの男が剣を振るっていたとき、今のレイのように真っ赤な瞳となって輝いていた。だとすると……

「君はあの現場に居たの?」

「はい……どうやらお気づきになっていないようなのでさらに自己紹介しますと、わたくしはリア充スレイヤーに登録された第八番目の宝剣、フレイムタンです」

 俺はレイを指さしたまま硬直していた。この場合フリーズ以外選択肢が無かった。俺に美雪並みのリアクションはできない。

「ええと剣?」

「納得されていないようなのでここで剣化しましょう。あるじ様の右手をわたくしの頭に添えて下さい」

 その後レイは俺にお辞儀をするように身体を倒していた。目の前に金髪の頭頂部がある。そのつむじを覆い隠すように右の手のひらをそっと乗せた。

 手が受け取った感触はふわふわの毛髪の柔らかさだけだった。

「続いてわたくしの言葉を復唱して下さい」

 レイはお辞儀を継続中なので声はややこもっているが十分聞こえている。俺はうなずいて返事をしたがそれで彼女に通じたようだ。

「我HIMOTEとして命ず、我が刃となれ第八の宝剣、フレイムタン」

「ええと、われ、HIMOTEとしてめいず、わがやいばとなれ、第八のほうけん……フレイムタン?」

 たどたどしくその言葉を言い終えた直後だった。

 レイの髪に触れていた右手が突然萌えるように熱くなった。彼女が発熱しているのだろうか? とっさに手を引きはがそうとしたが自由が効かない。

 やがてその熱さは手首から肘、肩と伝わり上半身から腰、おしり、太ももからつま先まで突き抜けた。上は首から顎先、そして顔全体に広がる。

 一瞬俺の目の前が真っ赤になった。思わずうめき声を上げたがすぐさま元の風景に戻る……いや違う! 俺の右手はレイの髪に触れておらず握っているのは巨大な剣だった。

 刃渡り一メートル近くの両刃の直剣だ。

 蛍光灯を反射した刀身が銀色に光っている。その切っ先がほんのりと赤く染まっていた。

 柄の長さも二〇センチ近くあり両手で持てるだろう。柄尻に赤い宝玉がはめ込まれ怪しく光っていた。

 ともすれば天井に届きそうな長さの剣、しかし俺はそれを右手だけで持っている。

 というかまるで重さを感じていなかった。手のひらには柄に刻まれた滑り止めの感触があるのに、例えるなら空気の固まりを持ち上げているようだ。

 そして目の前に幼女の姿は無い。彼女が腰を落としていた座布団はレイの足の形にくぼんでいるが、今やそれが少しずつ元の形に戻ろうとしていた。

 俺は剣に問いかけた。

「おまえはレイなのか?」

『お判りいただけましたかあるじ様』

 先ほどのレイと同じ声が耳に飛び込んでくる。つまりこの剣がレイであり俺に話しかけているというのか。

 剣をゆっくりと俺の顔に近づけた。鏡のように磨かれた刀身が映している瞳はあのときの男と同じように真っ赤な色に変化していた。

 何回か瞬きしても赤いままだ。俺まで変わっている、これって大丈夫なのか?

「おいレイ、どうやったら元に戻るんだ?」

『柄から完全に手を放して三秒以上過ぎれば元に戻ります』

 方法は意外と簡単だった。俺は彼女の言う通り目の前にある座布団に剣をそっと置いてから柄から右手を放す。

 心の中で一、二、三と数えるとまたしても目の前が一瞬赤くなり、視界が晴れると幼女の姿に戻ったレイが座布団の上にアヒル座りをしていた。

「信じていただけましたか?」

 輝く笑顔を向ける彼女に俺は張り子のトラのように首をカクカク動かしていた。頭の中がそれを認めたか別だが、目の前で起きたことを認識したと思う。

 それときちんと元に戻ったかを確認するため、中腰になり机の上にある小さな鏡を取り上げ俺の顔をじっと見た。瞳の色は日本人らしく黒になっていた。

 どこか一安心しふうと息を吐くと同時に両肩が落ちた。かなり緊張をしいられていた背中もゆっくりと丸くなりレイの顔が近づいている。

 それでも全ての疑問が氷解したわけじゃない。むしろ聞きたいことは特盛りなのだがどこから手を付けて良いのかさっぱり判らない。

 ふと思ったのは夢かもしれないという現実逃避だった。

 いやそれの方が一番現実味があるではないか。俺は疲れているんだ、二日ぶりに学校にいったら丸目やら沙織さんやら大介やら伊藤とかとっても可愛い金髪幼女やらに出逢って、それが記憶に印象づけられているから眠ったときに夢として再生されたんだ。

 俺は夢のメカニズムを丸目から聞いたことがある。脳が睡眠状態にあるとき、その日に記録したことを海馬という機関が永続的に保存する情報か取捨選択するためにその過程が夢として知覚されるそうだ。何を言っているのか半分も理解していないが、これこそあれだ。

 夢落ち。そうしよう、俺の中の全ての討論機能が全会一致でそう決めた。反対も棄権もない。

「では早速リア充スレイヤーについて御説明しましょう」

 しかし現実というのは俺が決めた逃走経路に回り込んだ。俺は逃げ切れなかった。

 レイは簡素なワンピースの中からA四サイズの紙を一枚取り出し俺の方に差し出す。それを力なく受け取って紙面に視線を滑らせる。

 そこに書いてあるのはリア充スレイヤーという何かについての参加要項だった。

 その文面は以下の通りだ。

 

『おめでとうございます! 貴方にはリア充スレイヤーに挑戦する権利が与えられました!

 貴方はHIMOTEとなって同梱された剣を使い他のHIMOTEと闘えます。その全てに勝利すればどんな願いでも一つ叶えることができます!』

 

 何かスパム対策していないメールソフトを使用していると、一日に一〇通くらい目にする文面にそっくりだった。特に讃辞から始まる文章はロクなことが書いていない、以前親父に教わったことだが今ほど実感できたのは初めてだ。

 レイの熱烈的な赤い視線もあるので俺は先を読み進める。

 

『HIMOTEとしてレベルを上げるのは簡単です。それは世にはびこるリア充を討伐すれば良いのです。

 この不景気の世の中にリア充なる者の横行を許せますか、いいえ許せません。

 リア充という存在が世のため人のためになりましたか? 自己満足と自己実現のみに執着し周りを顧みない彼ら彼女らの存在は必要悪ではありません、単なる悪、罪悪です!

 格差社会を作りだし、貧しい人々を追いやってなおその自覚のないリア充に鉄槌を下すのです。これこそ正義、善と言わずしてなんと呼びましょう!

 それも同梱された剣を使用すればたやすいことでしょう。貴方の正義によって悪しきリア充に制裁を、そして新たなる力を貴方に!

 そんなことをして警察に捕まったりしませんか?

 ご安心ください! HIMOTEは選ばれた戦士です。貴方の行動はリア充スレイヤー運営委員会によって守られています。思う存分この世に仇なすリア充を成敗しましょう。

 狩り取ったリア充の度合いによって貴方はどんどん強くなります。

 自信がついたら他のHIMOTEに挑戦してみましょう。孤高の戦士の戦いは常に一対一です。

 誇り高き戦いに全て勝利したとき、貴方にはリア充スレイヤーウイナーの称号と共に素晴らしい賞品が手に入ります。

 それは貴方と共に闘った剣とどんな願いでも一つだけ叶えられる勝者としての権利です。

 参加方法は簡単です。このチャンスを逃さずに、レッツトライ!

 ※詳しくは同梱された剣か、以下のHIMOTE様サポート電話にておたずねください』

 

 紙面の一番下にはケータイのものと思われる電話番号が記載されているが、それまで含めてもスパムにしか見えないのは俺だけでないはずだ。丸目だと開封もせずにゴミ箱フォルダに直行すると思われる。

 俺も読んだ側から内容は全身のありとあらゆる穴からトコロテンのように流れ出ていった。

 それにしても文面から伝わるのはリア充に対してのむき出しの憎悪だ。いや俺も非モテだと実感しているがここまでリア充を敵視してないぞ。この文面を考えた人はかなり鬱積しているんだろうと思う。

「ご理解頂けましたか?」

「文面の日本語については理解した」

「では、細かなところで説明を……」

「その前に、申し訳ありませんが今回は参加を見送らせていただきます」

 俺は知っている範囲で一番丁寧な定型句をレイに向けて発してから額を絨毯にこすりつけるようにお辞儀をした。

 いわゆる土下座ポーズだ。この際みっともないとかプライドとかはどうでも良い。

 けっこうですとかどうとでもとれる曖昧な言葉は避け拒否の姿勢を強く、それでいて相手に非礼のないようにまとめたつもりだ。俺ってけっこう大人だよな。

 たいていはこの後に「今回だけのとてもお得なチャンスです」「決して後悔させるイベントではありません」とか引き留め工作があるだろうが、俺の意志は頑として……

「あるじ様はすでに参加されています」

 ……なんですと?

「さらに一度参加されると権利を失うまで退会はできません」

「なんだその悪質有料ケータイサイトみたいな条項は! 俺がいつ参加表明したっていうんだ!」

「あるじ様はHIMOTEを倒しています」

「あれはそうしないとこっちがどうにかなっていたからだ!」

「それにあるじ様はわたくしによって、身体に刻印がなされています」

「どこにそんな刻印があるっていうんだ!」

 するとレイは俺の左脇腹を指さした。

 確かそこにはあの男に受けた打撃のあざがあるだけだが、何かいやーな予感に詰襟の上着を脱ぎ捨てワイシャツと下着をめくってみた。

 腰骨と肋骨の中間地点にくっきりと残る青いあざはどちらかというと赤くなっている。傷が治りかけているように見えるがその赤い部分に何か文字のようなものが……しかしこのアングルだととっても見づらい。

 俺はズボンからケータイを引っ張り出すとカメラを起動しその部分にレンズを向け一枚写真を撮った。

 ケータイの液晶画面に映った俺の脇腹に愕然とする。そこには「HIMOTE#8,Flametongue」とはっきり読める赤い文字があったのだ。

「さらにあるじ様におかれましては、すでに願いがエントリーされています」

「え、いつどこで誰がいったい何を何のために?」

 俺がケータイを握りしめたまま何か足りない5W1Hを尋ねるとレイは冷静に、

「一月二一日の午後九時二八分一八秒、山岡児童公園の横にある自動公園通りの向かい、佐分利月極駐車場のブロック塀にもたれかかりながら、柴田英雄様が、『沙織さんに、そっと近づいてだーれだとしたいと』……」

「あ、もういい」

 レイから全部聞く必要は無かった。と言うかそれを外見幼女に教えられたくない内容だ。

 人の心を勝手に読むなよ。

「願いについてはエントリーだけですからウイナーが確定するまで変更可能ですけど」

「願いの取り消しってのは?」

「ダメです! リア充スレイヤー運営規則第三条HIMOTEの願いについての第二項で、一度エントリーされた願いを取り下げて参加を中止することはできないと書かれています」

 うわ、きっぱり言われてしまった。金色の細い眉毛をきりりと引き上げレイはしゃんと背筋を伸ばし右の手のひらを俺に見せている。

 きっとその規則ってのも、紙面の裏に見づらいうす緑色で二段組みにしたあげくお年寄りでは読めないような米粒みたいな文字の上、司法関係者でないと解読できない専門用語を用い書かれているに違いない。

 試しにレイに貰った紙をひっくり返してみたら今言ったことが忠実に守られていてがっくりと来た。しかも文字の色はさらに見づらい桃色だ。

「俺にHIMOTEの資格なんて無いと思うけど」

「いえ、その文面が読めるというのは資格がある証拠です」

「どういうこと?」

「その案内はHIMOTEとして闘うことが可能な戦士の方のみ読み取ることができるのです。そもそも資格がなければわたくしの刻印も残りませんし、わたくしを剣化することもできません」

 俺はそこで本日一番大きなため息をついた。

「すなわちあるじ様は立派なHIMOTEです!」

 何て言うかその、外見美幼女に「立派な非モテです」と言われてもとてつもなく馬鹿にされたとしか思えない。確かにモテたこと無いけど嫌な現実を突きつけられたような感覚だ。

「あるじ様でしたらリア充スレイヤーのウイナーとなることも可能だとわたくしは思います」

「うん、ありがと」

「たとえば先ほどの願いですが随時変更可能です。何か心から願うものはおありでは無いのですか?」

 願いか。

 レイに問われふと考えてしまった。もしたった一つ叶えられるとしたら。

「リア充スレイヤーは闘うと言っても相手を死に至らしめることは決してありません。それは二日前の闘いであるじ様も判っていただいていると思います」

「ゲームみたいな感覚で参加しろってことか?」

 レイは小さくうなずいただけだった。

 俺は返事に困って鼻頭をかいた。現実離れがここまで積み重なると現実の方が存在を失いそうだった。

 ともかく俺は闘う意志は無い。クーリングオフの条項でも探すしかないだろう。

 今の問題は目の前の幼女をどうするかだ。

「ところでレイ、帰らなくていいのか?」

「どちらにです?」

「そりゃレイの家だよ。そろそろ遅いし」

 するとレイはお似合いの笑顔を俺に向けた。

「何をおっしゃいます、わたくしはあるじ様の剣、おそばに控えさせていただきます」

「しかしこの家には俺だけでなくて……」

 と説明の途中で俺の部屋の扉が乱暴に開いた。

「お兄ちゃん、晩ご飯はいらないよね!」

 当然今レイに教えようと思った妹の乱入だ。ずっと前から部屋に入るときはノックをしろと言ってあるのに守ってるのは俺だけだ。

 さすがの妹も、俺の部屋に居る金髪幼女の存在に驚いたのか目と口がまん丸とハニワ顔になっていた。無理も無い、見事に切りそろえられたおかっぱの下の眉毛の形も予想できる。

 レイが俺を見て、俺が妹をにらみつけ、妹がレイに視線を向けている。見事なほどの三すくみの状態が一〇秒ほど過ぎた。

「うっわー、可愛い女の子!」

「美雪、この子はええと、つまり……」

「あるじ様、確かあのときに一緒にいらした方ですね」

 一斉に口を開いたがお互い誰が誰に答えて良いか判らない。こういうときに順応性が高い美雪は、俺を突き飛ばしレイの前に座り込むと目を輝かせてほほえんだ。

「ねえねえ、この子誰? 日本語話せるの? どうしてお兄ちゃんの部屋に居るの?」

「ええとこの子は、そうだ、親父から電子メールが来ていてしばらくうちで預かってほしいそうだ」

 とバレバレな口から出任せを言ったのだが、胸の前で手を組んだ美雪はそれに何の疑いも覚えなかったようだ。自分で言うのも何だがおまえはもう少し人を疑うことを覚えろ!

「そうなんだ、お名前はなんていうの、あたしはお兄ちゃんの妹で美雪っていうんだ。一三歳の中学一年生ね!」

「わたくしはフレイムタンと申します」

「可愛いー! 自分の名前に『たん』って付けるなんてもーめっちゃラブリー、判ったわフレイムたんね!」

 名前についてどこか誤解しているようだが、レイも美雪に押されて訂正どころではないようだ。俺は妹の揺れる前髪を見てため息をついた。

「美雪、それでレイなんだけど今日からこの家に住むことになっておまえは迷惑では……」

「全然迷惑じゃないよ、あたし妹が欲しかったんだ!」

 美雪はレイに抱きついて金髪に頬ずりしている。レイはちょっと困惑顔を浮かべていた。

「それじゃレイちゃん。お食事まだでしょ、あたしが造ってあげるからね」

「あ、その……よろしいのですか?」

「いい、いい、全然いい。それじゃ食堂にいきましょう!」

 美雪はレイの腕を引っ張って部屋を出る、俺も仕方なく二人の後を追った。

 いいのかこのままで?

 クーリングオフについてはレイの食事を終えてから調べるか。俺は頭をかいて力なくうなずいた。


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