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“制約を定めよ。

 闘技の名称を決めるべし。

 糧となる条件を決めるべし。

 戦士の条件を決めるべし。

 宝玉に宿りし力を決めるべし。

 我を祭場にすえ闘技を始めるべし。

 勝ち残りし戦士、我に願いを告げよ、されば叶えられん。

 戦士が望みを告げしのち、或いは月の満ち欠けが巡りしのち、我闘技場に祝福を与えん”


「キサマ、リア充か!」

 目の前の男は満面の笑みで絶叫した。

 アルバイトからの帰り道、吐く息は白くともそれが判らない暗さの中で突然俺の目に紅蓮の炎が飛び込んでくる。

 続いて鼓膜を打ち破るような爆発音が身体の自由を奪う。全身に伝わる衝撃波に膝を折り前屈になりながら右手で自分の顔を覆った。

 左手は俺の真後ろで悲鳴を上げた妹をかばうように広げる。

 何が爆発した、熱風が顔を叩くが破片は飛んで来ない。

 近道して通り抜けた公園の中だ、爆発するようなものは無いはずだ。だが噴水からは水の代わりに火炎が吹き出している。

 飛び散る火の粉が葉を散らした木々に燃え移りそこは一面真っ赤になっていた。

 言っておくが俺が居るのは硝煙消えないどこかの紛争地帯ではない。都会の住宅地の中にある一般的な児童公園だ。今はそこが火に包まれているが俺の背後にあるのはジャングルジムであって本物のジャングルでは無い。俺だってライフル担いだ少年兵ではなく学生鞄を持った高校二年生だ。

 目の前の火のカーテンを突き抜けて一人の男が現れる。あれだけの炎を身体に浴びながら衣服にも髪にも燃え移っていない。

 爆炎を背にしたそいつはそれなりの体格だった。

 冬だってのに着てるのはシャツとジーンズのズボンだけ。袖から伸びる腕は太いと言うほどでも無いのだが、オレンジの指ぬき手袋を付けた右手が握りしめているものが異様だった。

 剣……両刃のまっすぐな長剣だ。刃渡りは一メートル近くあるだろう。

 刀身は赤く輝いている。まるでそれ自体が炎でできているように見えた。

 そしてそいつの瞳も赤く燃えていた。ウサギのような目だがそこに小動物のような愛らしさも人間らしい光も全く無いように思えた。

「キサマ、リア充かと聞いているのだ!」

 俺はキサマでもリア充でもない。柴田英雄[ひでお]という立派な名前がある。

 男は剣の柄を両手で握ると刀身を地面に突き立てた。俺の見間違いでなければ切っ先がめり込んだ瞬間にそこから炎が巻き上がっていた。

 呆然としている俺の詰襟の袖が後ろから引っ張られる、顔だけそちらに向けると中学校の制服を着た妹の美雪が半泣き状態の顔をこちらに見せていた。

「お、お兄ちゃん、あれなに?」

「俺が知るか」

「女を連れているとは、やはりリア充だな!」

 男は大口を開けそう叫んだ後にやりと笑って見せた。どう見ても目に感情がこもっていない。

 それに俺たちの会話をきちんと聞けよ。そんな注意力は無いだろうけど。

 クレイジーだぜ!

 ともかく美雪を何とか逃がさないといけない、俺の逃げ足は伊達でないが妹はとろいしよく転ぶ。今だって男の声に驚いて半分腰を落としていた。

「さっさと逃げろ」

「だ、ダメ、足が動かない」

 俺は舌打ちする。こっちだって残業勤務でへとへとなんだ、いっぱいいっぱいなんだ。いつも俺より元気なのを自慢してるだろう、こんなときくらいしゃんとしろよ。

 はたして男の目的は俺か美雪か、それとも両方か?

 その答えは意外とあっさり出た。男の目は俺だけを見ている。地面から引き抜いた剣の切っ先も間違いなく俺を示していた。

 そこまでしてフェイントは無しだぜ、俺は覚悟を決め男の右側に向かって駆けだした。

「お兄ちゃん!」

 妹の声が遠のく、予想通り男の目と剣はしっかりと俺の動きを追跡していた。

「リア充、滅ぶべし!」

 男は壮絶な笑い声を放ち一気に俺に近づくと、あの剣で横払いに斬りつけてきた。

 すさまじい速度だ、判断が遅ければ上半身と下半身が泣き別れになるところだ。

 とっさに身体を低くしたおかげでテイルスライドのような剣の残像が俺の上に舞う。軌道の途中にあった街灯が甲高い音と共に折れる。

 中から太いケーブルを引き出し俺の目の前に倒れて噴水の中にランプを突っ込む。

 炎と一緒に電気がショートする、ありとあらゆる不快な音が混じり合い悲鳴に聞こえ俺も動くことができない。

 男は笑いながら剣を大上段に構え、そのまま俺に向かって振り下ろそうとした。

 晩飯がまだだからエネルギーも無いのだが力を振り絞ると男に向かって体当たりをする。剣が俺の背後を通過するのと奴の懐に飛び込んだのはほぼ同時だった。

 男はバランスを崩しそのまま噴水の中に突っ込んだ。

 炎に耐性があっても電気にしびれるようだ。高電圧でもないのでダメージは少ないようだが笑い声ではない叫びを上げ噴水から這い出る。地面に両手をつくと剣を杖の代わりにして身体を起こした。

「そうか、キサマHIMOTE[ひもて]だな?」

 男は目を細めて俺を見る。

「何だって?」

「なるほど帯剣していないのですっかり騙された。好都合だ、取らせてもらう!」

 相変わらず何を言っているのか判らない。男は何かの決意をしたのかずんと足を踏みならし剣を構えている。

 もう俺に何も対抗できる手段がないと思えた。

 少し離れたところに美雪の姿を見た。あいつは腰を抜かしたままだ。

 逃げ切れていないが俺がこいつの気を引いていればこれだけの騒ぎだ、近所の誰かが通報してくれる。

 その気持ちが俺の頭の中を少しクールダウンした。

「そうか、おまえが連続切り裂き魔か!」

 しかし男はそれに答えるつもりが無いようだ。通り魔なんてそんなものかもしれない。

「あぁはっはっは! わたしの剣の糧となれ、この負け犬HIMOTEね!」

 俺は男の言葉に弾かれすっと腰を上げた。

 今、何と言った!

「立ち向かうかこのHIMOTE!」

 うるせえ、このぼんくら!

 どこのどいつだか知らないが俺のスイッチを入れたんだ、その覚悟はできているだろうな!

 奥歯がぎりぎりと鳴る。握りしめた拳の指が食い込み血がにじみ出しそうだった。

 動いたのは奴の方が早い。一気に距離を詰めると足払いをかけるように剣を振るう。

 俺は後方にジャンプする、すると切り返しが襲う。何度かその状態が続いた。あの剣は動くと赤熱化した刀身から炎を吹き出すため、思った以上に間合い取りが難しい。

 何度目かの回避、俺の背中が公園の境界となる植え込みに触れていた。

 行き場無し、男は当然のように剣を振るう。

 やむをえない、俺は上方向にジャンプでそれを避けると剣が植え込みとフェンスを切り裂いていた。剣が触れた木々は一瞬で燃え上がり、フェンスの切断面は赤く輝いていた。

 いったい何度になってるんだあの剣! 俺は低くなったフェンスを跳び越え近くにあった電柱を盾にするように隠れた。

 何かないかと見回すと遠くにコートを着た人影が見える。しかしそれも俺と視線が合いそうになるとその場から駆け去った。

 無理もない。遠目に女性だったように思う。願わくば俺を変質者として警察に通報してくれ。今の俺にその余裕が無いからだ。

 なぜなら男もフェンスを跳び越えまっすぐこっちに向かっていた。あれにぶった切られるなら警察に誤認逮捕される方がましだ。

「ムダだHIMOTE!」

 まさかと思ったのだが男は障害物に構わず剣を振り回す。

 電柱を抱えるように腰を落とすと頭上に剣が通過する風圧と空気を焦がすような熱を感じた。俺の髪も少し焼かれたかもしれない。

 まだ一七才だ、この歳でかっぱにでもするつもりか、それを言うこともできない。斜めにすっぱりと切られたコンクリートの柱が自重に耐えられず折れて倒れたからだ。

 さらに上空で電線がぶちぶちと切れる音が聞こえそこいらの街灯が消えた。電柱の上に乗っていたトランスが道路に落ち外装を砕くと中から液体を噴出しいやな匂いを立てる。

 少しだけ頭を上げるとまるで大根をよく切れる包丁で真っ二つにしたような綺麗な切断面が見える。通販番組に出れば観客の奥様にも大絶賛だぜ。

 どうやってあの剣に立ち向かえというんだ、ここは逃げるしかない。俺はそう決断した。

 逃げ足なら自信がある、ところが。

「お、お兄ちゃん、大丈夫!」

 最悪だ、あのままじっとしてろよ!

 近づいてくるその声に顔を向けると決して早くない走り姿にボブカットの妹が泣きながらこっちに向かっていた。

 来るな! 心はそう叫んでいたが声は出ず美雪を制しようとした左手が伸びただけだった。

 しかしそれが俺の動きを止める。

 電柱の切り株から上半身を乗り出した俺、その左脇腹に向かって鮮やかな弧を描いて突っ込んでくる真っ赤な刀身を見たときにはどこにも避けることはできない。

 そこから先はスローモーションだ。腰から下とお別れか、いやこの世ともさよならなのかと素直に思っていると、奴の剣は俺の脇腹に深く食い込んだ。

 腹の中身が左から右に大移動すると胃の中のものが食道を駆け上がった。

 口からなんか出ているような感触と俺の身体がどっかの方向に吹っ飛ばされたのはほぼ同時だ。さらに瞬きもできない直後に道路を挟んで向こうのブロック塀に背中を叩きつけられもんどり打っていた。

 痛い、ものすごく痛い。しかし俺の腰は上半身にくっついている。準備運動なしの校庭一〇周などと比べものにならない激痛だが切断されてない。

 かと言って動けない。痛みに右足ががくがく震え立って走るのは無理と思えた。

 その哀れな犠牲者にとどめをさすつもりなのか、男の足音が近づいて来る。

 寝転んだ体制から空を見上げる。真っ赤な剣を天に突き上げ男は満足げにほほえんでいた。

 くそ、こんなことなら今日の放課後、俺に背中を見せていた沙織[さおり]さんにそっと近づいて「だーれだ」とか目隠ししとけば良かった。いや、できないけどさ。

「おまえの幸せを思い出し滅べHIMOTE!」

「そんなものはねえ!」

 声が出た。それと同時に俺の目に勝機が見える。

 男が剣を振り下ろそうとするそのとき、俺は右足を上げ男の膝をこづいた。

 弱い力だ、倒れるに至らなかったが剣を高く掲げたまま数歩あとずさる。

 男はそれがどうしたとばかりに目を見開いて口元をつり上げたがそれで計算通りだ。

 電柱をなぎ倒したとき切断した電線が宙を泳いでいる。その切れ目からパチパチと放電していたそれが奴の右手に触れた。

 刹那、男の身体に電気が走った。剣が光り男の右手を覆っていた手袋が粉みじんにはじけている。

 犬の遠吠えのような絶叫と共に男は全身をけいれんさせる。声が消えると右手で剣の柄を握りしめたまま道路にうつぶせに倒れて動かなくなった。

 甲高い音を立て剣も路上に横たわる。刀身にまとわりついていた火炎は無くなり銀色になっていた。男の右手はまだそれの柄を握ったままだった。

「お兄ちゃん!」

 全くおまえはそれしか言えないのか。

 近づく妹の前髪を見てから俺も大きくため息を吐くと背中をブロック塀に預けた。

 その直後にタックルして来た美雪の頭が力の入らない腹筋に食い込んで気絶しそうだった。おまえがとどめを刺してどうする。

“……汝を新たなる戦士として認める”

 ん、なんだ?

 頭の中に何か女性の言葉が飛び込んできたぞ?

 俺は泣いている美雪の頭を無意識になでながら周りを見た。

 しかしその声の主はどこにも居ない。空耳だったのか?

 ともかく美雪の鳴き声がうるさい。俺はため息ついて夜空を見上げた。


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