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二藍  作者: はなぶさ
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凜と清太郎と史朗、そして木島。

「ご、ごごごめんなさい!私、余所見してて!!」


やっと校門が見えてきた、そう思ったとき、耳を突く甲高い声が響いた。

すごい音響だ。思わずふらりとよろめく。すると、清太郎が「大丈夫?」と、さりげなく肩を抱いてくれた。


「すげー、声」


木島が片耳に指を突っ込みながら顔を歪めた。

声がしたほうに視線を向けると、なにやら校門前でひと悶着起きているようだ。


「あ、あの怪我はありませんか?!」

「いや、大丈夫だ。こちらこそすまない」


あわあわと大仰な仕草で男子生徒に迫る女生徒。少し離れたところから見ているだけでも、彼女が掴みかからんばかりの勢いなのが分かる。

一方の男子生徒は、僅かに呆れを含んだ眼差しであくまでも紳士的な態度を貫いているようだ。

さりげなく、自分に迫る女子生徒から距離をとっている。


「あれ、かなめじゃない?」


木島に言われてよくよく目を凝らしてみれば、確かに女子生徒に迫られているのは、我が校の生徒会長である「要 史朗」だ。

彼は2年生なので先輩であるはずなのだが、木島は当然のごとく呼び捨てた。


「保健室行きましょう!」

「いや、だから問題ないと言っている」


距離をとったにも関わらず、相変わらずのテンションで要の腕を掴もうとする女子生徒。

ふと清太郎を見上げると、物凄く嫌そうな顔をしている。


「裏門から入ろう」


私を守るように背中を支えて方向転換する清太郎。

でも、え、ちょっと待って。


「清太郎、史朗ちゃんが・・」


思わず清太郎の袖を引っ張ると、


「おいおい佐伯、あれあのまま放っておくのかよ。幼馴染なんだろう、生徒会長」


木島がなぜか私の頭を撫でながら、私たちの行く手を阻むようにして清太郎の顔を覗き込む。


「近い、ウザい」


清太郎が私に当たらないように、木島を足蹴にする。

するりと華麗にその長い足を避けた木島が、小さく「お」と声を上げる。

何事かと思えば、


「清太郎!」


すぐ近くから声が上がった。

振り返れば、小走りでこちらに近づいてくる生徒会長こと要史朗。

普段の、温度を感じさせない眼差しではなく目元を緩ませて微笑まで浮かべている。


「凜、来たのか。良かった」


ぼんやりしている内に目前まで近づいた『史朗ちゃん』はごく自然な仕草で私の目元をなぞった。

「少し顔色が悪い」というコメントつきだ。

木島には「触るな」とけん制した清太郎も、史朗に対しては何も言わず、ただ黙って見守っている。

幼馴染には許容範囲が広いらしい。


「なぜ、こっちに来ない」

「あの状況でよくそんなことが言えるな。凜が巻き込まれたらどうする」


私に向けていた優しい顔を一変させて、清太郎に不機嫌な顔を向ける史朗。

温度を感じさせない完成された美貌が、人形めいていると有名な生徒会長も、幼馴染の前では年相応の表情を見せるようだ。

清太郎も美形ではあるが、それとはまた違った美しい顔立ちをしている。


「凜が傍にいたら、あんな女、さっさとどっかに追っ払ってるさ」


品行方正、真面目で実直、それでいて潔癖で、不正には鉄槌を、をでいっている生徒会長には珍しく辛らつなセリフだ。

しかも、あんな女、のところでは顔をおもいっきり顰めていた。

そういえば彼女はどうしたのだろうと見回せば、いつの間にか私たちから離れていた木島が何の躊躇いもなく、いまだ校門前でおろおろしていた女生徒に近づいていく。

こちらに背を向けているので何を話しているかは分からないが、ずいずいと迫っていく木島の姿はいたいけな女子高生に絡む不良にしか見えない。

実際、女生徒はさきほどとはうって変わって終始引き気味で、背の高い木島を見上げるようにして上半身を逸らしている。

更に言えば、足は既に逃げの体勢だ。

実際、何を言ったのか分からないがほんの数秒で女生徒は逃げるようにしてその場から去った。


「あー、さすが木島。たまには役に立つ」


清太郎がうんうん肯きながら、緩んでいた私の手を握りなおした。

手は、繋がなければいけないのだろうか。と思っていると、反対側の手に圧力を感じた。

え、と思って視線を落とすと、さっきまでちゃんと持っていたはずの学生カバンが、いつの間にか、史朗の手に変わっている。


「今日は全校朝会だから普段より20分早く登校するように言われてただろ?」


つまり、史朗はすでに登校して自分の学生カバンは教室に置いてきたのだと言いたいらしい。

更に言えば、周囲に他の生徒がいないのは、どうやら体育館に集合しているからだそうな。


「体育館に行ってみれば、清太郎も凜もいないじゃないか。心配になって校門まで来てみたんだ」

「ほうほう、それで女生徒に絡まれていた、と」


その噂の女生徒を追いやった木島が飄々とした足取りで戻ってきて口を挟む。


「絡まれたというか、ぶつかったんだ。校門を出たところで、走ってきたあの女に。で、別に何ともないのに、保健室に行きましょうとか訳の分からないこと言ってきて・・」


そのときのことを思い出しているのか眉間にしわを寄せている美貌の生徒会長。

「だいたい何であんなところにいたんだ。体育館に集合しているはずだろう」と一人ごちている。


「それはいいから、凜の手を離せ、史朗。誤解されたらどうする」


校門前でもひと悶着なんて微塵も興味なさそうな清太郎が史朗に鋭い視線を送る。


「誤解って何だ」

「仮にも、凜とお前が付き合ってるなんて噂がたったら凜が困るだろ」

「そんな噂はたたない。それに、もしもそんな噂がたったとしても俺としては万々歳だ」


な、とこちらに振られても返答に困る。


「いや、要と凜ちゃんが付き合ってるというより、凜ちゃんが男侍らしているようにしか見えないけど」


そこで割り込んできた木島の発言に、清太郎が「は?人聞き悪いこと言うなよ」とすかさず反応を示し、容赦なく長い足を振り上げる。

さきほどと同じようにするりとかわす木島。


「まあ、でも、体格からして『保護者二名とその子供』という組み合わせに見えなくもない」

「そっちのほうがまだマシだな」


清太郎が木島に同意を示している。

双子だというのに、清太郎よりも頭二つ分は小さいのでそう見えるのは分からなくもないが、意義あり!

私は子供ではない。


「だいたい、いっつも清太郎が凜を独り占めしてるから、こうやって手を繋ぐ機会もない」


史朗に、重ねた手の親指で手の甲を軽く撫でられる。


「何言ってる、史朗。凜は髪の毛の先からつめの先まで僕のものだ」


清太郎が真面目な顔をして言い放った。


「おー、さすがシスコン。揺るぎないなー」


木島が棒読みで茶々を入れる。


「おい、ふざけるな。凜はお前だけのものではない。お前、俺、恭二きょうじひじり、レオ、五人のものだ」

「多くない?」


僅かに目を瞠った木島の顔は、強面こわもてだというのに何だか可愛らしく見える。


「多くない。これでも厳選している」


目を眇めた史朗が憮然と答えた。


「厳選してんの?!」

「ああ」

「凜ちゃん・・」


木島が史朗の横から顔を出して、なぜか哀れんでいる目でこちらを見てくる。


「厳選しようが何しようが、凜は僕のものだから。お前にも恭二にも聖にもレオにも司にも譲る気ないから」


堂々と宣言した清太郎に木島が首を傾ぐ。さっきから動物みたいで何だか可愛い。


「増えてない?」

「害虫はいくらでも寄ってくるんだよ」


美しい花に害虫はつき物だろ、と苦虫を噛み潰したような顔で清太郎が吐き捨てた。


「凜ちゃん大丈夫?これただのシスコンじゃないよ」

「?」

「何、その顔!可愛い!」


首を傾いで、背の高い木島を見上げれば突然大声を上げられて、思わずびくりと肩をすくめた。


「おい、木島。凜を怯えさせるなんて良い度胸だな。歯を食いしばれ」


常にない乱暴な物言いをした史朗が木島の胸を押して遠ざけようとしている。


「凜、見ないでいいからね。むしろ僕だけを見てれば良いから」


史朗と木島のやり取りを何となく見送っていると、耳元で吐息交じりで囁かれる。

ぞわっと背中を走った震えに思わず清太郎を見やると、わざとやったのか満足げに笑っていた。


「清太郎だけ見てるなんて無理だよ。胃がもたれそうだよ」


きらきらしい美貌は目に毒でもある。見つめているだけで満足なのは確かなのだが、それだけを見ていなければならないというのには無理がある。

いつも脂っこいものを食べているような重量感に、胃が限界を訴えてくるのだ。

たまには軽食だって口にしたい。


「酷い、凜。僕は凜を見ているだけで満足だって言うのに」


今にも泣き出しそうに顔を歪めている清太郎。


「清太郎、ごめんね。だけど嘘つきたくないから」


繋いでいる手を指ですりっと撫でれば、悲しんでいるのか喜んでいるのか分からない微妙な表情をしてこくりと肯いた。


「凜ちゃんって実はすげー毒舌なんだ」


いつの間にか臨戦態勢を解除していた史朗と木島がこちらを観察するように見ていて、木島がどこか関心したようにぽつりと零した。


「見かけは弱々しく今にも折れそうに見えるのに、実は気が強い?」

「実は、どころか、凜は気が強いぞ。見かけからは判断できないだろうが」


史朗が白皙の美貌にふわりと笑みを乗せて答える。

え、今、私に聞いたんじゃないの?


「そこが可愛いんだ。というか、凜に可愛くないところなんてないから」

「シスコンの意見は聞いていない」


一瞬にして立ち直った様子の清太郎が堂々と胸を張って宣言する。

木島が辟易しながらも律儀にも返事をして、大仰なほどのため息をついた。


「兄貴がこんなんじゃ、彼氏の一人も作れないじゃんねぇ」


彼氏というのは一人なのでは?という突っ込みはさておいて、


「「凜に彼氏は必要ない!」」


というお父さん顔負けのセリフで顔色を変える清太郎と史朗。


「でも今のうちに彼氏作って、恋の一つや二つはしとかないと将来変な男に騙されちゃうかもしれないよ?」

「変な男は近づかせないから」

「いやいやいや、四六時中見張るなんて無理でしょ。そういう男はちょっとした隙をついて現れるんだから」

「隙なんて作らせないから」

「佐伯がそのつもりでも、見てよ、このぽんやりとした凜ちゃんを。男はいくらでもいいよってくるって」


木島と清太郎の会話を聞き流していたら、矛先がこちらに向いた為、とりあえず微苦笑を浮かべてみる。


「ほら、見て見て!やばいでしょ、この顔!」


何がやばいのか分からないので黙ったままでいると、


「りーん、そんなのは見る必要ありません」


繋いだ手を引っ張られて、ぐるんと体を反転させられる。

自然と、手を繋いだままの史朗も一緒に引っ張られたので、木島の姿が史朗の体に遮られる格好となった。


「こうやって、防波堤を作るから大丈夫なんだって」


清太郎が、その麗しい相貌に似合わないニヤリという笑みを浮かべた。


「いいのかよ、要!防波堤扱いされているけど!」

「いいんだ、凜の為なら防波堤でも何でも」


こちらに背を向けている史朗がどんな顔をしているか分からないが、その体の横から少しだけ垣間見える木島の顔がどこか引きつっているように見える。


「こんなのが、凜ちゃんの周りには何人もいるわけ?」

「ああ」


明らかに私への問いかけだというのに、返事をするのは清太郎だ。


「こえーよ、お前ら」


頭を抱えるようにして立ち止まった木島を置き去りに、


「行くよ、凜」


再び、清太郎と史朗に挟まれつつ保健室へと向かう。

ふと、木島のほうを振り返ると、やっぱり可哀想な物を見るような眼差しで私を見つめていた。














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