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4.バツイチ女神

 橘がクラスアップして咲耶共々身につけられる布地の量が増えたので、二人は喜んで伊邪那美まで呼び出し(……死神を気軽に呼ぶなよ)、女神じょし三人でファッショントークを始めた。スカートはフレアーかプリーツか。パンツはスリムかクロップドか。色はパステルかビビッドかと、俺には良く分からない単語が飛び交っている。その途中で伊邪那美がはっとした表情をすると。


「天啓ですわ。失礼」


 と言って二人から少し離れ、眼を閉じて両手を合わせた。


「伊邪那美は何やってるんだ?」俺が咲耶に尋ねると、


「んー。人間の携帯通信みたいなものかな? 神からの着信があったの。あたしが伊邪那美を呼び出したような気軽なお知らせなら、目の中が光って大まかな内容が文字に現れるから、頭の中に保管しておいて後で見ればいいけれど、上からの大切なお知らせはすぐに頭に内容が響いて聞こえるの。だからああして集中してお声を受け取るのよ」


 と答える。うーん。端末機器がないだけで、通信に縛られる事情は人間と変わんないんだな。

 咲耶の説明の間にも、伊邪那美は小声で「はい」を繰り返している。雰囲気から察しても「上から」の通信らしい。


「……申し訳ございません。出来るだけ善処いたします。では、失礼します」


 伊邪那美が合わせた手を放し、眼を開いたときは、表情は暗くなっていた。深くため息までついている。そして一言、


「まったく、あの人は」と言って額に指をあてた。


 すると伊邪那美の後ろに女神たちと同世代くらいの少年が現れた。こいつも神なのか?


「やあ、伊邪那美。悪いね。僕のせいで叱られただろ」


 なんとなくボーとした、しまりのなさそうな少年がへらへら笑っている。しかしそんな少年に咲耶と橘はひざまずいただけではなく、頭を床にこすらんばかりに下げている。こいつ、そんなに偉い神なのか? 

 しかし伊邪那美は頭を下げる様子もなく、それどころか容赦なく言った。


伊邪那岐いざなき。あなた仕事をなんだと思っているの。ぐずぐずするのもいい加減になさい!」


「伊邪那美が声を荒げるなんて珍しいな。あいつ、何をやらかしたんだ?」


 俺が不思議に思って伊邪那美に聞くと、


「何かしてくれるのならいいのです! 何もしなくて困ってるんですから!」と叫んだ。


 伊邪那美は怒っているが、伊邪那岐と呼ばれた少年の方は相変わらずへらへらと、


「ひどいなあ。僕、何にもしてないわけじゃないよ。ただ、人間が極端に子を産むのをためらってるだけで」


「嘘おっしゃい! 子が生まれる以前に産屋……今は産院とか呼ばれているけど、そういうところまで減っているではありませんか! 子を育むべき場所も減る一方だし、環境も整えずにいる。明らかに職務怠慢です!」


「えー。でも、ちゃんと男女は縁付いているし、子作り行為への意欲も刺激してるよ」


「都合のいい解釈しないでください。男女が縁付いているのはあなたの成果ではなく、縁結びの神の功績。意欲の刺激と言っても楽にできる欲望の刺激をしているだけで、肝心の環境づくりをおざなりにしているではありませんか!」


「いやあ、そこはさ、元妻の君が人の命を奪う数をうまいこと調節してくれれば、何も僕があくせく働く必要もなくなるわけで」


 これを聞いて俺は驚いた。


「元妻って?」


 すると咲耶が小声で答える。


「伊邪那美ちゃん。ああ見えてもバツイチなの。あの伊邪那岐様と昔夫婦だったんだけど、子作りのプロポーズも伊邪那岐様がぐずぐずして言い出さないから、伊邪那美ちゃんが先に言葉を発したせいでちゃんとした国生みが出来なかったり、悲運にも伊邪那美ちゃんが出産のときに命を落としたら、すぐに死の国に迎えに行けば生き返れたかもしれないのに、またぐずぐずして伊邪那美ちゃんの体を腐らせてしまったり、その姿を見せずに何とか生き返ろうとしていたところを、約束を破って腐った姿を見た上に、怖がって逃げ出したり……。伊邪那美ちゃんもさすがに愛想をつかしたみたいで」


 はあ。でも、見た目は俺より年下なんだよな。それなのに子持ちバツイチ。なんかピンと来ない。しかし伊邪那美はしっかり聞き留めて、さめざめと嘆いた。


「そうですの。ですから黄泉比良坂よもつひらさかで別れるときに、わたくしは慰謝料として人の命を一日千人いただくと申しましたの。そうしたら伊邪那岐は『それなら僕はもっと命を増やす。一日千五百の産屋を建てて人を増やし、稼いでみせる』と言ったのです。初めのうちは言葉通り、この男神ひとも良く働いて千五百の産屋を建てておりました。ピーク時には倍ほどの人命が生まれていました。ですから私も安心して己の務めを果たし、人が増えすぎないように同程度の命を奪っていたのです」


 慰謝料……俺たち人間にとっては大事な命と人生なんだが……。でも、こいつらが人口調節していたのか。


「いやあ、あの時はその場の勢いで言ったんであって。そんなにあてにされてもなあ」


 と、相変わらずへらへらな伊邪那岐。


「なにおっしゃっているんですか! 神界はあの時の言葉を契約として受け取ってしまっています。しかもあなたが一度は人を増やしてしまったものだから、システム全体が人口増を前提にしてしまっているのです。それなのに最近のあなたはぐずぐずと仕事を滞らせて。おかげで私は死の国からは『導く魂の数が少ない』と手当てを減らされ、神界の人口監理局からは『あまり人を減らすな』『元の夫の働きが悪すぎて人の数が増えないばかりか、少子高齢化が進んで大変だ』と責められ、板挟みで苦しめられているのです。さっきも人口監理局からお小言をいただいたばかりで」


「あ、うん。それ、僕のところにも来た。だから君に謝っとこうかなーと」


「謝るよりも、仕事をなさってください!」伊邪那美はカンカンだ。


「でもなあ。僕だって一人での子育てはそれなりに大変だったんだよ。それでも天照あまてらすは立派な日神になってくれたし、月読つくよみも真面目な月神に育ってくれた」


 そう伊邪那岐は反論したが、それはかえって伊邪那美の火に油を注いだようだ。


「それはあの子たちが怠け者のあなたの姿を見て、反面教師として学びながら自分を精進したからです! 私もあの子たちのことは陰ながら支えてきました。それが証拠に末っ子の須佐之男すさのおはわたくしばかり恋しがって、あなたに懐かなかったではありませんか!」


「いやいや、あれは最初から甘ったれで……」


「ご自分を棚に上げて、我が子を非難しないで! それよりちゃんと仕事をしてください! このままでは慰謝料どころか、最低限の命も奪えずに私は死の国にいられなくなります」


「えー? でも、人の数は結構減ってるじゃん。なんだかんだで君、それなりに人を殺してるんじゃ……?」


「そんなことしてません! 私のあずかり知らぬところで『交通事故』だの『自殺』だの、本来にはない死に方が勝手に増えているんです!」


 あれ? 人間の方にもそれなりの責任があったりするのか? こりゃ、下手に口をはさんだら藪蛇になりそうな。


「それは人間の勝手だろ? まあ、そうあくせくしなくてもいいじゃないか。子供たちも立派に育ったんだし、君も死の国の神と再婚でも考えたら……」


「その死の国でのわたくしの立場を、あんたが悪くしているんじゃないですかーっ!」


 ゴロゴロゴロゴロ。部屋の中だというのに、なぜか雷鳴が聞こえる。それもかなり耳元で。


「わたくしが、ど れ だ け 苦労してるか、わかっとんのかーいっ!」


 伊邪那美の絶叫と共に強烈な雷が放たれる。それが伊邪那岐に直撃した。


「ぴぎゃー!」


 それを見て橘が俺に叫んだ。


「逃げて、理!」


 返事をする間もない。伊邪那美から雷がこっちに走ってきて、間一髪よけた俺の横を通り抜けていった。不思議と部屋や家具に損傷はないが、明らかに感電している伊邪那岐を見る限り、直撃を喰らえば相応のダメージは逃れられそうもない。


「落ち着いて、伊邪那美! ここは地上なのよ!」咲耶が必死に叫ぶが、


「無理よ! 伊邪那美は一度キレたら八度雷を放たないと収まらないんだからー!」


 橘の無情な説明が俺を愕然とさせる。一番冷静沈着そうに見えた伊邪那美は、やっぱり死神だった。一番おっかねえ!


 伊邪那美の雷はきっちり八回放たれた。一度は俺にもかすりかけたが、狙いが伊邪那岐なのは明白なので、全員が伊邪那岐から必死に離れることで何とか難を逃れた。……が、伊邪那岐は四回直撃を受けた。まあ、身から出た錆なのだから同情はしかねる。

 伊邪那岐はボロボロになって消えていった。あれなら少しは懲りたんじゃないだろうか?



「んー。それはないんじゃないかな?」咲耶はのんびりとそう言った。


「でも、あれだけ騒いであんな目に合えば」


「だってあの二人、神界や死の国ではあの手の喧嘩をちょくちょくやってるもの。伊邪那美も結局は『だめんず』好きなのよねえ」


 橘もそういって同意する。


「ダメだ駄目だと言いながら、伊邪那岐様を放っておけないのよね。だから人口監理局も暖簾に腕押し、柳に風の伊邪那岐様よりも、度が過ぎると神罰を下す伊邪那美をあてにして文句言ってくるのよ。もう、神界名物。慣れるしかないわよね」


「なんでそんなむちゃくちゃな事、放っておくんだよ」


 すると咲耶がにっこりと笑っていった。


「だぁってえ~。クラス外とはいえ、天照様や月読様のお父上に、誰も何にもいえるわけないじゃなーい。この国最高の女神さまは、天照様なんだから~ぁ」


 最高の女神の父親が……あんな奴? 大丈夫なのか、この国は。


 くっそう~! やっぱり女神なんて、大嫌いだ~!





※間違えてわけのわからないことわざもどきを書いてました。

「柳に腕押し」って、なによ? どんな意味よ~?

もちろん「柳に風」と書きたかったのです(汗) 失礼しました。


直しついでに「暖簾に腕押し」もつけたので、伊邪那岐がますますダメな神になってます。

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