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2.女神とショッピング

「じゃーなー」


「うん。また明日」


 放課後、学校の最寄り駅前。いつものように別方向の友人と別れる。バイト三昧から解放された俺の平凡な日常だ。すると唐突に(こいつらはいつもそうだ)咲耶が姿を現した。


「ね、ね、理! あたしあの店に行きたい! 寄り道してよ」


 そう指さす先には女の子向けなロリ系の服が飾られた店。俺にあそこに行けと?


「やだ。俺、あんな店興味ない。お前だってどうせ着れないじゃん」


 目のやり場に困るので、一度咲耶に俺の服を着せようとしたことがある。燃やされちゃかなわないので一番ボロいシャツだったが、燃えはしないが咲耶はどうしてもシャツを着れなかった。着ようとするとシャツが体をすり抜けてしまうのだ。一定以上の布地を超えると、着れない仕組みになっているらしい。


「でも、せめて見たいもん。神界と現世ここじゃ流行りなんかも違うし。ここの服ってかわいいのが多いし」


 神の世界でも「かわいい文化」や「サブカルチャー」は通用するんだろうか? 


「今は無理でもいつかっていう夢があるじゃない。あたしだって布地をたっぷり使った服を着たいもん。フリルやレースもいっぱいつけて、リボンも結んで」


「女神ってイメージじゃないなあ。もっとこう、優雅なドレスとか」


 俺はイメージがまとまらず、反論したが、


「えー? だって天照あまてらす様だって、今は洋服だよ? たっぷりのフリルにピラッピラのレース。お天道様らしくキラッキラの宝玉たくさんつけて、かんざしジャラッジャラで、ピッカピカのヒラッヒラのキンキラなんだからぁ」


 ……頼むから、これ以上女神のイメージぶち壊さないでほしい。宝塚か昔の紅白の衣装みたいだ。たぶん千葉の夢の国の住人のほうがマシなんだろう。


「わかった。ただ、俺の学校の最寄り駅前はやめてほしい。ちょっと離れたところに連れていくから」



 そんなわけで学校からは五つも離れた駅の、駅ビル内にあるファッションフロアにやってきた。ここはフロア内にいくつもの洋服の店舗が並んでいると知ると、咲耶だけでなく、橘や伊邪那美も姿を現し、大喜びで店を冷かし始めた。堪能したいからと三人とも姿を現しているので、俺がこんな店を一人で歩き回っているような奇妙な事にはならずに済んでいる。だが、こんなところを知人に見られたら言い訳のしようがない。内心冷や汗ものだ。


 しかし彼女たちはウキウキと洋服を手にとっては、自分の前に下げて鏡をのぞく。やたらと「布」や「宝玉」に固執しているだけあってずいぶん楽しそうだ。そうでなくても見た目は若い女の子。こういうものに憧れているというのは本音なんだろう。

 しかしその服をもとの場所に返してはため息をつき、名残惜しげにしている。試着どころか身に充てる事さえ叶わないらしい。その姿はちょっぴりかわいそうだとも思う。俺んちは貧乏な事が多かったが、どんなに安物でも着る服に困ったということは無かった。今時この国で服が着れない不便なんて味わいようがない。


 それでも彼女たちは楽しそうだ。ひと時のこととはいえ、これがカワイイだの、こっちのラインがきれいだのと、服を比べてはしゃいでいる。無理をしてでも連れてきた甲斐はあったな。なんか、子供を引率している保護者的な気分ではあるが。


「ね、隣に小物やぬいぐるみとか置いてる店があるよ」


「わー! 見たい、見たい」


 橘と咲耶がそんなことを言いながら店を移ろうとすると、その向こうから異様な雰囲気の少女が歩いてくるのに出会った。見た目は普通の少女。だが顔立ちがものすごく整っている。あまりに整いすぎて人形のようだ。はっきり言って美少女なのだが、何か冷たい印象を受ける。橘や咲耶と違って清楚でシンプルな膝丈のワンピースを身にまとっているが、コイツも多分女神だ。人通りの多い場所なのに、誰もこの少女が見えている感じがしない。何より普通じゃないのはいかにも古びた大きな剣を抱きかかえている。


 すると、咲耶たち女神三人がワンピース少女に膝をついて頭を下げた。そんな行動をしても誰も見とがめないところを見ると、この姿が見えているのは俺だけらしい。


「あら。バカ霊力ぢからで有名な二人じゃないの。しかも伊邪那美にまで付きまとわれて」


 少女に蔑みの笑みが漏れる。


「あなたはお勤めの途中でしょうか?」


 持ち出された伊邪那美が少女に質問した。


「もう、終えたところ。建御雷たけみかづち様のお使いで、霊剣を使ってある魂の病をちょっと軽くしてやっただけ。あんなちっぽけな魂でも、あなたのカモにされないように一応守ってやらなきゃならないから」


 ちっぽけ。そりゃ、神様から見ればそうかもしれないが、その人には大事な命だ。神様の使いの割には、命への尊厳がない奴だな。


「あら? 人のくせに私が見えるのね。ひどいオーラを放っているものねえ。どおりで馬鹿力コンビに任せたはずだわ」


 なんで、初対面のあんたにそんなこと言われなきゃならないんだ! と、言いたいところをぐっとこらえる。今俺がしゃべったら、ほかの人からは異常な独り言に見えるだろう。


「神の姿が見えるくらいで、いい気にならないで。なによ、その目つき。人のくせに」


 そっちこそ神のくせに人間見下していいのかよ。伊邪那美は魂を導きはしても、一度だって人の命を軽んじたことはなかったぞ。それにお前は所詮ほかの神様の使いじゃねえか。そんなの子供のお使いと同じだ。咲耶と橘は、不器用でも自分の霊力ちからで俺の両親を助けたぞ。お前の何倍も誠意がある!


 俺がそう言いたくなるほど腹が立ったくらいだ。知り合いらしい咲耶はもっと腹に据えかねたらしい。怒りで発火点に達したらしく、突然ツインテールを結んでいた小さなリボンの片方が燃え出してしまった。


「あっつい!」


 咲耶は慌てて火を消そうとしたが、場所が悪い。小さなリボンはあっけなく燃え尽きてしまった。ひざまづいている咲耶のとても長い黒髪が、床に広がる。すると、


「無礼者」


 そう言いながら少女は咲耶の髪を踏みつけた。


「お前の地位では髪は耳より上にまとめ上げなくてはならない。まして地位の上の者の前で髪をほどくなど言語道断。よーく、知ってるはずよねえ?」


「足を……」咲耶が小さな声を上げる。


「え? 聞こえないわ」


「足を……どけてください」


「嫌よ。神の世界では礼儀は絶対。無礼を働けばどんな屈辱を受けても仕方がないわ。ちょっと霊力ちからが大きいからって、調子に乗っているからこんなことになるのよ」


 少女の顔にはますます冷酷なまでの嘲笑が広がる。咲耶の目には悔し涙がにじんでいる。この世界だって昔は「髪は女の命」なんて呼ばれていたらしい。それをこいつらがこんな風にされて悔しくないわけがないだろう。

 俺は目の前の店に飛び込み、「これください!」と叫んで髪留めを買った。そして止めようとする橘と伊邪那美を振り払い、剣を抱えた少女を押しのけた。少女の足が咲耶の髪からようやく離れる。


「なぜ。なぜ人のお前が私に触れられるの?」


 少女は驚いているがそんなの俺には関係ない。神の世界の礼儀だって知るもんか。俺は咲耶の髪を適当にまとめて今買ったプラスチックの髪留めでおおざっぱだが耳の上に留めつけてやった。少し通行人の視線を感じたが、何か落としたものでも拾っているように見えるのか、足を止める人はいなかった。そして、これで文句はないだろうとばかりに少女をにらみつけた。少女は驚きの表情と共に姿を消した。


「咲耶、大丈夫か?」


「うん。ありがとう、理」そういって咲耶は少しだけこぼれた涙をぬぐった。


「髪留めが使えてよかった。服の時みたいに役に立たないかと思った。布のリボンじゃなく、プラスチック製なのが良かったんだろうな」


「ううん。ちがうよ。理がこの髪留めにたくさんの念を込めてくれたから」


「念?」


「そう。お供物……奉納品ってね、その人の心がこもっていないと、あんまりあたしたちの役には立たないの。立派な奉納品より、念の込められたお供物のほうが価値が高いのよ」


 お供物ねえ。お供物が安物の髪留めっていうのも変な気がするが。まあ、役に立つならいいんだろう。


「いーなあ。咲耶ちゃん、ばっかり」気が付けば橘から痛い視線が。


「なんだよ。安物の髪留めでも欲しいのか?」


「だってえ。理の念がこもってるもん」


 結局二人分かよ。バカにならない……ん? まだ視線が。


「伊邪那美。お前も欲しいの?」


「いえ。わたくしは理についているわけではないので」


 そう言いながらも視線は咲耶の髪留めに釘づけじゃないか。こいつら念なんか関係なく、飾り物に弱いだけなんじゃないか?


 ああ、結局髪留め三人分自腹でお供物か。本当、バカにならないなー。





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