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1.俺と女神の事情

 世の中は春もうららかで平和だというのに、平凡な高校生だったはずの俺……山佐やまささとるは、なぜか女神に憑りつかれてしまった。

 別に俺は特別信仰深かったわけでも、逆に罰当たりな真似をしたわけでもない。ある日、玄関開けたら女神と出会っただけなのだ。


 幽霊や悪魔に憑りつかれるのならまだしも、女神に憑りつかれるならいいように思えるだろう。俺も胡散臭いと思いながらも、出会い初めはちょっとばかり期待した。見た目はかわいい美少女だし、生まれた時から不運続きの俺に神様が同情して、幸運の女神を呼んでくれたのかと思ったのだ。

 ところがそれは飛んだ勘違いで、この女神は迷惑千万な存在だった。こいつらは(なんと二人もいる!)神は神でも貧乏神と疫病神だったのだ。


「あら、貧乏神なのは今だけよ。すぐに本来のコースに戻るつもりだから」


 そう文句を言うのが貧乏神の『咲耶さくや』。こいつ、身の潔白を証明するため、出産中に産屋に火を放って生還した祖母の気性を受け継いでしまい、女神のくせに放火魔気質。何かと言っちゃあ「火を放つ」が口癖になってる。そりゃ、火事ですべてを丸焼けにされたら誰でも貧乏になるだろう。何より実際に俺の親のライバル店舗を燃やしちまったんだから恐ろしい。


「そうだね。今の状態はイレギュラーだから」


 そう言いながら隣でコクコクとうなずいているのが疫病神の『たちばな』。なぜかこいつは神のくせにぼくだ。


「コース? イレギュラー?」俺の問いに橘が答えた。


「えーとね。未熟な神は自分の実力に合わせて出世していくんだけど、霊力ちからが弱かったり制御が甘かったりするうちは、まだ神の手のうちにある幼い魂を本人の努力で正しい方向に導く手伝いをするんだ。でもそのうちに霊力の個性が現れるから、それを自在に扱うために神の手から離れたばかりの魂をサポートする仕事を与えられる。これをこなして初めて『福の神』への第一歩を歩めるんだ。僕が磨くのは鎮魂の力ね」


 橘は祖母が夫のために荒れた海に身を投げて波を鎮めて以来、代々『鎮め』の力を受け継いでいるという。祖母は身を投げて『鎮め』の力を使ったが、そうそう身投げは出来ないと(そりゃ、そうだろう)母親は鎮魂の力を目的の魂に向かって投じるようになったそうだ。


 ところが孫のこいつはひどいノーコンだった。咲耶のせいで極端な禍福を起こした俺の両親に鎮魂の霊力を投げたが、なかなかヒットせずに四方八方投げまくったらしい。

 おかげで平凡だった周辺の人の運が無駄に抑えられて不幸になった。そして彼らは親をねたんだり、俺の家に盗みに入ったりとさんざんで、両親はひどい人間不信に陥った。まさしく心を病ませる疫病神だ。


「それだけ僕の霊力はパワーがあるんだ。コントロールさえ良くなれば、僕も祖母に負けない『鎮魂の神』になれると思う」


 こっちの迷惑も顧みず、橘は自信満々だ。


「だけど僕らはもともとの霊力が大きすぎて、偏りを起こしたんだ。神には本流系と祟り系があって、霊力が偏ったり穢れたりすると祟り神の流れに引っ張られる。流れに取り込まれると将門まさかどとか道真みちざねとか崇徳院すとくいんみたいな怨霊になりかねないけど、僕らは別に恨みなんかないからね。ただ偏った分クラスが低いながらも祟り系に近い貧乏神、疫病神の地位にいるだけ。制御できれば本流に戻れるんだ」


「でも今は二人とも貧乏神と疫病神じゃないか。夫に健気だった祖母を少しは見習って、やる気を出す前に思いやりを持てないのか?」


 そう。それこそが問題なのだ。こいつらはやる気とパワーに満ち溢れている割には、周りに対して容赦がない。俺はたまらずこいつらを祓ってもらおうと春休みを利用して四国巡礼の旅にまで出たが、そこの各寺社に相談しても未熟な神のたちの悪さを思い知らされただけに終わった。神様ってやつは昔から未熟なうちは悪意や穢れがないとはいえ、泣きわめいて世界中に災いを振りまいたり、引きこもって世界を闇にしたりとわがまま放題なものらしい。


「ですから、未熟な神の近くにいると、わたくしの仕事ははかどるのです」


 そう言いながら唐突に表れたのは、『伊邪那美いざなみ』という死神。こいつにまつわりつかれる恐ろしさに俺は巡礼までしたのだが、伊邪那美は


「……無駄ですわ。わたくしは理に憑りついているのではありませんので。わたくしの狙いは咲耶と橘に巻き込まれ、貧乏になったり病に侵されたりして命を落とす者を、速やかに死の国へと導くことですもの」


 と言って、この一番縁起の悪いやつにまでセットでくっつかれてしまった。


 それでも巡礼までした効果はあって、両親の人間不信は回復できた。あいつらが憑りついているのは俺の方。そして未熟な神の方だ。俺が両親のことで余計な願いを持たなければ、二人は平穏無事に暮らせるのだ。


「……って、両親の不幸のもとは、俺なのかよっ?」


「あれ? 今まで気が付かなかったの?」


 俺にとっては衝撃の事実を、咲耶はあっさり肯定した。


「理って、ものすごい不幸のオーラを放ってるのよね。神だったらどうしても放っておけなくなるくらいに。今は巡礼した効果でかなり抑えられてるけど、それも一時的な物じゃないかなあ」


「一時的って、そんなにすごいのか? 俺、いろいろトラブルはあったけど、どうにか無事にここまで育ってきたんだが」


 そうだ。確かに俺は不運体質だと思う。生まれた時は母親の里帰り先がひどい吹雪で、健診に行く途中で車が立ち往生。自衛隊が派遣されて妊婦の母は助け出されたが、病院に着くなり早産となった。しかも分娩中に停電し、予備の発電機まで故障した。俺が生まれるまでに電気がつかないと保育器で未熟な俺を温められないと、助産師たちは相当焦ったらしい。俺の誕生とほぼ同時に停電が終わり、俺はぎりぎり命拾いをした。


 それからも倒れた家具の下敷きになったり、階段から落ちたり、自動車事故にあったり、二階の窓から転落したりといろいろあったが、男の子は活発だからそういう武勇伝には事欠かないものと、母親はおおらかに笑っていた。


「目立つ分だけ神の守護も強いもん。昔から人は生まれて数えの七歳までは、魂がまだ神の手のうちにあるの。その後も五年くらいは効力があったんだけど、今は人の寿命が延びたでしょ? 魂が神の手から離れても十年くらいは効力が続くようになったのよね。でも理は効力が切れたの。そしたら不幸オーラがすごく強くて、霊力のパワーが強いあたしはすぐさま惹かれちゃったのよ」


 おおもとが不幸。そして十七で期限切れって。


「せめて、十八までは効力続いてほしかった。未成年どころか高校生の身の上じゃ、親離れもできねえし」


 分かっていて親に迷惑かけるのは気が引ける。店も家も一度は手放したし。


「それなのに俺に憑りつく神が貧乏神と疫病神って、あんまりじゃないか?」


 思わず愚痴の一つもこぼしたくなる。


「だってぇ。そんなに強いオーラに対抗できるのって、修行中の神だとあたしや橘ちゃんくらいしかいないと思うよ」


 そういう咲耶と橘の目は俺に向かってキラキラしているというか、なんか尻尾でも振りそうな表情というか。うん。咲耶は猫じゃらしに注目する子猫みたいな顔してるし、橘はボールでも投げてもらおうとする小犬の顔に見える。こいつらほんとに猫と犬ならよかったのに。美少女女神が獲物狙うような顔じゃいろいろ困る。なんたって神罰が怖い。


「だいたい、二人ともなんでそんな恰好なんだよ、伊邪那美しにがみは髪の色は銀でも質素なブラウスとスカート着てるし。もっと清楚なドレスとか、巫女さんみたいな和服とか着ればいいだろう?」


 咲耶の服装はツインテールのリボンとミニスカートにキャミソール。胸元なんてギリギリだ。神罰の心配さえなければ目の保養にガン見したいくらいだ。橘の方はポニーテールのリボンとタンクトップに体にぴったりと張り付くような小さなショートパンツ。そこから白くて長い足がすらりと伸びている。そういえば二人とも色が白い。年中この格好でも、女神は日焼けしないらしい。


 だが俺の質問に、橘は実に残念そうに答えた。


「そうしたいんだけどね。僕らのクラスじゃ身につけられる布地の量が限られてるんだ。布は身を清めて霊力を高めるけど、僕らは自前の霊力さえちゃんとコントロールできてないから、生地の多い服を身につけることが許されていないんだ」


 なんだ。別に色仕掛けで俺に神罰下そうってわけじゃなかったのか。それでも目のやり場に困る事態は解決されていないが。伊邪那美も、


「逆にわたくしは全身いつも清められた状態でなくては、正しく魂を死の国に導けませんから。生地の少ない装束は身につけませんし、華やかな色もタブーです」という。


「だろうね。俺に遠慮して服装決めることは無いだろうし、カラフルでポップな死神ってのもイメージおかしいし。もっとも貧乏神と疫病神でもおかしいけど」


 すると咲耶が興奮して突っかかってきた。


「だからー。今ちょっと外れたところにいるだけで、別に貧乏神のままでいる気はないんだってば! 炎の扱いさえ制御できれば、さっさと本流に戻って……アッチッ!」


 興奮した咲耶の指先から火花が散り、それがミニスカートに燃え移った。


「きゃん! またやっちゃった!」


 慌てながらもパタパタと火を叩き消す。きわどく燃え広がった焼け跡(いや、つい目が)もすぐに修復され、綺麗なスカートの形に戻ったのだが……丈が少し短くなった。


「咲耶あ。いい加減そのくせ直さないと。神界では布地と宝玉は価値が高いんだから。そのうち髪をまとめるリボンも結えなくなるよ。僕らのクラスじゃ髪をまとめないと上級者から無礼者扱いされるからね」


「うー。わかってるわよぉ。でも、あたしだって少ない生地で一生懸命頑張ってオシャレしてるのに、理が貧乏神呼ばわりするから」


 いや、頑張るべき所はオシャレじゃないだろ。それに、貧乏神が服燃やして自分を貧乏にしてるって……シャレにならんだろうが。


 なんか俺、運にも神にも見放された気がする。俺はこれからまともな人生、歩めるんだろうか……?





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