17.ストリッパー女神
俺たちが職員室に向かうと、すでに職員室の前で天野先生が待っていた。
「遅いわよ。……まあ、ここで話すのもなんだから、こっちにいらっしゃい」
そう言って連れてこられたのは生活指導室だった。
「え? 俺たちこんなところで説教されるほどのことはしてないんじゃ?」
「違うわ。ここなら会話が漏れないから。櫛名田比売から聞いているんじゃなくて? 私が高天原からの試験官だと」
後ろ手で扉を閉めながら天野先生……の姿をした、女神が聞き返した。
「じゃ、先生は天宇受売命って言う女神なんですね?」
正体が分かっても怖いことに違いはないので、速須が恐る恐る聞いた。
「ええ。でも、今回私が地上に遣わされたのは、試験のためだけではありません。あなた方が地上で受けている教育について確かめるように、天照様から命じられているのです」
「俺たちが受けている、教育ですか」
神の世界とはどうやら教育の在り方が違うっぽいのはモーレツに感じちゃいたが、天照様もそうなのかな?
「実は先日あなた方も見知っているお豊比売がこちらでの社会科見学を終えて高天原の学校に戻ってきたのですが、こちらの冷たい食べ物を食べ過ぎたとか言って、腹痛で寝込んでしまったのです」
お豊ちゃんかー。ソフトクリームを際限なく食べてたもんなあ。
「そのうえ持たせた金銭も全額使いきってしまい、『きゃらくたあぐっず』なる物を山ほど持ち帰ってまいりました。綴り紙五十冊やら、筆箱二十個やら、下敷きなる物を三十枚やら……」
お豊ちゃん、俺が渡した女子向け文具のキャラクターにハマったのか。片っ端から大人買いしたんだろうな。
「他にも天啓システムに『らいん』なる物を作ってほしいだの、画像をあっぷする『いんすたぐらむ』も加えて欲しいだの、わけのわからない要求の連続で、現代の地上の風俗に天照様が不安を覚えておいでなのです」
俺と速須は思わず顔を見合わせてため息をついた。お豊ちゃんだもんなあ。
「ですが地上に多少の波はあれども、ひどい混乱は今のところ見受けられません。これは風俗的な乱れがあっても、秩序とそれを浸透させる教育は行き届いているのだろうと私たちは判断しました。そこで現代の秩序の確認と、教育の現状を知るために、私が少し長く地上にとどまることになったのです。……つまり、お二方の学校生活は我々の標本になるのです」
標本ねえ。まあ、いいか。実害がなければ。
「ですからあなた方の行動はしばらくの間、逐一高天原に報告されます。あまり現代教育を受けているあなた方に問題があると、現代日本人が誤解を受けかねません。今朝も言った通り私は厳しく接しますから、二人とも教育を受ける日本の青少年の代表として恥じない行動をお願いしますね」
「えー?! 一方的にそんなサンプリングしないでください! そう言うのなら稲櫛……櫛名田比売をモデルにしてくださいよっ!」
俺は必至で異を唱える。それを聞いた速須も、
「そうです! 稲櫛の方が適任です!」と、力いっぱい同意する。
「もちろん彼女も研究対象です。しかし速須君は神の魂が穢れずに済むか確認しなくてはなりませんし、山佐君はもしも将来神になった時に」
「だから俺は祟り神なんかになりませんって!」
「もしもの場合です。研究とはそういうものでしょう?」
全くどうして女神ってのは、こうも一方的なんだっ。
心の中のそんな叫びを必死でこらえていると(キレて俺のうちを倒壊されちゃたまらんし)、外から吹奏楽の曲が聞こえてきた。
「あら、この音楽はどこから?」天宇受売命が興味深そうに聞いてきた。
「ああ、ブラバン部の昼休み練習です。うちのブラバン、結構熱心なんで」
俺よりはちょっとだけ冷静だった速須が答える。
「そう……楽しいわね。私は音楽と舞が本業なの。曲を聞くと心が騒ぐわね」
そう言う天宇受売命の顔は本当に楽しそうで、ふっと空気が和やかになったのが分かる。この女神にこんな一面もあるんだな。
そう思ってこっちもほっとした気分になっていたら、どこからともなくカラスの鳴き声が聞こえてきた。せっかくのブラバンの演奏に余計な雑音入れるなよー、なんて思っていると、
「…だめ。我慢できない」
そう言う天宇受売命の様子がおかしい。何か小刻みに震えているような。
「先生? どうしました?」
そう言うが早いが、女神……というか、エロい体の先生がブラバンのリズムに合わせて服を脱ぎだした!
「せ、先生? ちょっと! 天宇受売命様!」
俺の声など全く届かず、先生はさっさと上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、スカートを床に落とし……。やっぱりいい感じに肉付き良かった。というか見た目以上に脱いでもエロい!
あわわわわ。見ていいんだろうか? いや、まずい気がする。気はするんだが目をそらせられない。ヤバイヤバイと思いながらも勝手に目がその姿を追いかけてしまう。先生はノリノリで髪を振り乱し、上着を振り回しながら踊って……いや、踊り狂っているっ!!
ついには上着を放り投げ、ブラジャーに手がかかった。うわーっ! 見ちゃいかん! いかんけど、見たい! 見たいけど、ヤバい!
結局俺は理性と本能のせめぎ合いの末、目を皿のようにしたまま硬直化した。どうやら速須も同じ状態に陥っている。そして下半身はもっと硬直している!
ついにブラも外され、男にとって最高に理想的な胸が(もう、そうとしか思えない!)あらわになった。それを隠すことなく陽気に踊る先生。さらに硬直して毛筋ほども動けない俺たち! これは天国か? 地獄の一丁目か?
突然、音楽がやんだ。それはそうだ、これは部活の練習なんだから。昼休みも残りわずか。いつまでも演奏しているはずもなく……。
すると先生も音楽がやむと同時に動きを止めた。何かのスイッチが切れたみたいだ。そして唐突に「ぎゃっ!」と声を上げ、慌てて上着で裸体を隠す。そして俺たちに視線を向けると……。
「みいーたあーな~!」ものすごい目つきを浴びせて来た。
「み……見たくて見たんじゃありません! 先生が勝手に……」
「うるさーい! 言い訳するなーっ!」
先生の叫び声と同時に、なぜか頭上からたらいが落ちて来た。間一髪でよけると、固い床にゴンっと重たそうな打撃音がした。
「なんでたらいが……」
「こらー! よけるなー!」
「よけますよっ! こんな頑丈そうな木のたらい。危ないじゃないですか!」
「やかましい! 人の裸をそんなエロい目で見ておいて!」
「見たくて見たんじゃないですってば!」
そんなやり取りをしている間に、二個目のたらいが速須の頭をめがけて来た。速須が必死で頭を守るが、腕にガツンと大きな音を立ててあたる。
「だめだ、逃げるぞ!」
速須がそういってドアを開けると、そこに稲櫛と大国主が立っていた。
「稲櫛! 助けてくれ! なぜかたらいに襲われて……」
速須が必死に稲櫛に説明しようとすると、稲櫛は、
「天宇受売命様がキレたんでしょ? 宇受売命様は音楽が聞こえている時に鳥が鳴くと、露出狂のスイッチが入るの。スイッチが入ってるうちはいいんだけど、切れると一気に羞恥心に襲われるのよ。冷静にさりげなく場を去ればよかったのに」
「さりげなくも何も、俺たちは一方的にダンスを見せられただけだ! 何にもやましいことは……」
速須の必死の訴えに、稲櫛は顔を赤らめながら速須のズボンを指さした。硬直した体の一部がズボンを盛り上げている。……俺も自分の分身を確かめると同様の状態だった。
「こっこれは、単純に男子の生理現象で……」
「……結構、楽しんでいたみたいね。自業自得じゃない? 大丈夫。即死さえ避ければ、念のために連れて来た大国主が治癒してくれるから」
そう言いながら稲櫛はせっかく開けたドアを閉めて去っていく。
……どうやら俺たちは、地獄コースを選んだらしい……。
……大変失礼しました。