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14.お豊ちゃん、再来!

「聞き捨てならぬな、橘よ。誰がいい歳なのじゃ?」


 見るからに頼りなさげで貧相な老人は、そういって不服そうな顔をした。


「やあ、じーちゃん。久しぶりだね! 実は相談したいことがあるんだけど」


 橘は老人の発する空気なんて全然読まずに、快活に笑顔で事の成り行きを説明した。まあコイツはいつもこんな感じだが、頼みごとをするときくらいは相手の機嫌を確認してほしい。


「……と、言うわけなんだ。じーちゃんも昔、ひどく頑固な兄にどんなに代わりの品を用意しても『なくした釣り針を返せ』と言われ続けて困っている人を助けたことがあったんでしょ? 理のことも何とかしてくれないかなあ?」


 だが、機嫌の悪そうな塩椎神は橘をギロリと睨むと、


「それは本来、お前の仕事のはずであろう。主を助ける努力もせずに、わしに頼ってどうするのじゃ」という。


「えー、でもさぁ。理は僕が霊玉投げるの、嫌がるんだよねー」


 そりゃ、お前のノーコンぶりを嫌というほど知ってるし。


「それに僕、今は道祖神へのクラスアップテストのために、パワーコントロールの特訓中なんだよ。いつまでも練習を中断してられないじゃん。ここはじーちゃんがサクっと解決してくれると、とっても助かるんだよなあ」


 サクっと解決できる力があるのか。見かけによらず期待の持てる神様なのか?


「しかも、困ってるのはこの『理』だよ? 祟り神候補の『理』だよ? 見てよ! この、ものすごい不幸オーラ!」


 橘はそういって俺を塩椎神の前に押し出した。それは美味しそうなご馳走を鼻先に示すかのようで、俺としては生贄にでもされそうないや~な気分だ。


「この理を、放っておけるかな~?」


 ……いっそ、放っておいてほしい気がする。


「ふーむ。助けてやっても良いが、わしの助けは人に決められた運命を見定め、よき方向に導くことじゃ。直接何かをしてやれるわけでないぞ。それでも良いかの?」


 不幸を背負った俺の運命を見定めるって言うのか。正直不安が残るな。だが、このままでは解決方法がない。稲櫛まで巻き込んでしまっているし、事がこじれると隼人もあのノーテンキ夫婦神に何をされるかわからない。橘と違ってちゃんと空気が読める俺は、思い切って塩椎神の助言に従うことにした。


 俺は塩椎神と橘にあの大きな神社のある公園に連れてこられた。だが神社には足を向けずにボート池でボートを借りるように指示される。


「貸しボート代は……俺が出すんだな。やっぱり」橘は貧乏神だもんな。


 俺が地味に財布にダメージを受けたままボートに乗り込むと、漕いでもいないのに勝手にボートが進みだした。すると橘が、「思い出した!」と声を上げる。


「じーちゃんの話だと昔釣り針をなくした人は、じーちゃんに言われて小舟で海に出たんだよね。勝手に船は進んで、やがて海中を進んで……」


「海中って? おい! このボート、水に沈むっていうのか?」


 冗談じゃないぞ! 一旦溺死して祟り神になれって話じゃないだろうな!


「理は不幸体質だからなあ」橘は恐ろしいことを呑気に言う。


「大丈夫じゃよ。この池の底に強い神の気は感じられぬしのう」」と塩椎神。


「先がどうなるか、わかってないんですか?」導きの神なのに?


「いや、まあ、その。昔はわかったんじゃが」……橘がためらったはずだ。


 だがボートは順調に進み、対岸が見えてきた。そこには十歳前後くらいの少女がいて、俺のボートが近づく気配に気が付いたらしく不思議そうにこっちを振り向いた。


「あれえ? 橘さまではありませんか。では、そちらがあの、『理』さまですか?」


 橘の知り合い? ……ってことは、この少女も女神なんだろうか?


「へ? 君がここにいるってことは……」なぜか橘がひどく驚いている。


「ええ、我が主人もそこにいらっしゃいますわ。御主人さまぁ~! ここに橘さまと理さまがいらっしゃいますよぉ~!」


 少女が大きな声で、池の近くの売店に向かって声をかける。すると店の中からGパンにTシャツ姿で、ソフトクリームを口にくわえたまま出てきたのは……。


「まあ! 理殿! こんなところでお目にかかれるなんて。私たちは出会いの運命に結ばれているのかしら?」


 色っぽい仕草。長いまつ毛にうるんだ瞳。そのすぐ横には泣きぼくろ。ちょっとハスキーな声の持ち主は、あの乙姫の孫の「お豊ちゃん」だ!

 水辺に恋愛依存女神のお豊ちゃん。しかも、運命がどうたらこうたらという展開。これはまさか……


「ちょっと待ったあ! お豊ちゃんは速須みたいな男がタイプなんだろ? 俺はあいつと同じ要素なんて、どこにもないぞ!」


 なんで今度は俺が恐怖のサメ女神に狙われなくちゃならないんだよっ!


「そういえばじいちゃんの昔話だと、釣り針をなくした男は海底宮殿に導かれて、豊玉毗売とよたまびめに一目惚れされたんだっけ?」


 橘は聞きたくもない話を思い出して語るが、この国の女神たちは簡単に人を殺し過ぎる。ついでに一目惚れも多すぎだ!


「女神ってのは、どれだけ男をナンパしてんだ! 節操はないのか、節操はー!」


 俺は全力で叫ばずにはいられなかったが、お豊ちゃんはきょとんとしながら、


「神が魂をより良い運命に導き、素晴らしい子孫を生み出す判断をするのに、何か問題がありますの? 女神が愛を捧げたいというのだから、殿方にとっては喜ばしいことだと思いますが」と、しゃらっと言ってのける。


「そのために人の人生半ばで奪ってるだろーがっ! だいたい俺は急死したら祟り神になるんだろう? 問題大ありだっっ!」


「あら。そう言えばそうですわね」


 お豊ちゃんはあいかわらず間の抜けた返事をしている。するとそばにいた少女も、


「それに御主人様も今は学生の身の上。恋愛は固く禁じられております。そのためにわたくしがこうして付き添っているのですから」


 そういってお豊ちゃんの横に寄り添った。さらに橘までも、


「理だってお豊ちゃんの夫候補にしちゃ、ちょっと……だよね。お豊ちゃんのおばあちゃんと結ばれたのは『天孫てんそん御子みこ』だったけど、理は『祟り神候補』だもん」


 ううっ。俺だって好きでそんな候補になったわけじゃない。だが少女の言葉に俺もようやく思い出す。


「そういえばお豊ちゃんは勉強のために神の世界に行ったって聞いてるぞ。なんでこんなところにいるんだ?」


 するとお豊ちゃんはウキウキと話し始める。


「ええ、そうですの。わたくしは人の世について学んでいて、ようやく昨日までの基礎講座が終わって『人間社会の見学』が認められましたのよ。この国の地上って本当に楽しいですわ。特にこの『そふとくりーむ』という冷たいお菓子のおいしいこと! これは神への供物には一度も供えられたことがありませんの」


「そりゃ、神前に供える前に溶けるだろうしな……」


「そうですの? では、海中宮殿へのお土産にはできませんね。今のうちに十分味わっておかなくては」


 お豊ちゃんの残念そうなセリフに、横にいた少女が目を丸めていった。


「まだ、召し上がるおつもりですかぁ? もう三つ目ですよ。いくら体験学習用に人と同じくお食事ができるからって、食べ過ぎでは」


「いいではないですか、このくらい。せっかく天照様の特別なお力で食事もできる上に、サメの姿にもならずに済むのですもの。その分、お目付け役に侍女のお前がくっつきっぱなしで、人間との恋愛も禁止なんて。せっかく人間の男性が多く住む地上にいられるのに……」


 お豊ちゃんは不服そうに言うが、そりゃ体験学習を男あさりに利用されちゃ天照様もたまんねーだろう。この国の女神がこんなに『食欲』と『性欲』に弱くて、世の中大丈夫なんだろうか? 神々の次世代教育は大変そうだ。


「だいたい、前に会った時は速須にだけ反応して、俺には見向きもしなかったくせに。人間の男なら誰でもいいのかよ」


「あら。そのようなことはありません。ちゃんと選んでいますわ。いくら人とは言え、魂に最低限の魅力がなければ結ばれたいなどとは思えませんもの。あの時はあなたの強い不幸のオーラに気を取られて、魂までよく見ていませんでしたの」


 そういや、俺の不幸オーラは神々にとって『馬の鼻先に人参』みたいなものだったっけ。速須は現在の本人はともかく、魂は稲櫛が惚れるほどの神なんだし。


「矮小な魂は魅力を感じませんわ。昨日あなた方が通っている『学校』というところで、速須殿を困らせようとしていた男たちなど、わたくし的には『絶対、無理』な部類ですし」


 俺たちの通ってる、学校だって?


「お豊ちゃん。俺達の学校にまで行ったのか?」


「降臨はしていませんけど、こちらに来る前にちょっと覗いてみましたの」


 覗いて……俺たちのプライバシーは……神様相手にプライベートもへったくれもあるわけないか……


「理殿? なぜ頭を抱えておいでなのですか?」


「……なんでもない」とても説明する気力、残ってない。


「それに、その時に男たちが持っていた『のおと』なるものを捨てれば速須殿が困ると申しておりましたの」


「へ? お豊ちゃん、そのノートがどうなったか、知ってるのか?」


 ここにきて俺に希望の光が差すとは。塩椎神も、


「おおっ。やはりこの女神がそなたを救う運命であったか!」


 と、オーバーな事を言って納得する。……やっぱり、わかってなかったのか。


「知っているも何も。これこの通り、わたくしが持っております」


 そういってお豊ちゃんはサンゴのような派手色のデイバッグから、隼人のノートを取出した。




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