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9.転校生は女神

「よう。もう風邪はいいのか?」


 翌日登校してきた速須に、俺は自分では出来るだけさりげなく声をかけた。多少顔が引きつっていたかもしれないが。


「ああ、大丈夫だ。それより……例の三人娘、ひょっとして今もいるのか?」


 速須は恐る恐る聞いてくる。顔色が若干悪いのは、病み上がりのせいだけじゃないだろう。


「残念ながらくっついてるよ。姿は見せないが」学校で姿を見せたら大騒ぎだ。


「あの、お豊ちゃんっては……」


「それは心配ない。地上にいないどころか、今は海底にもいない。神界に行っているらしい」


「そうかあ……よかった。でもなんで海底にさえいないんだ? 祖父の海の神が溺愛してて、ものすごい箱入り娘なんだろ?」


 速須は心底ほっとしたらしく、安堵の表情を見せると気軽にお豊ちゃんの消息を尋ねた。これなら俺もぎくしゃくせずに済みそうだ。


「それが災いして世間知らずが過ぎるってことで、神学校に入学したそうだ」


「神学校って、神の教えを教わるミッション系とか? あ、あれはキリスト教か」


「いや、逆。神が地上の基礎知識を理解するために学ぶ場所らしい。咲耶と橘も通ったっていうから、前よりはましになるだろう」


 俺が咲耶と橘から聞いた受け売りを伝えると速須は、


「……なんか、外国人が日本について、めちゃくちゃアレンジされた知識を身に着けるイメージが浮かぶんだが」とため息をつく。


「……俺もそう思ってるよ。なんか、あいつらと俺たちじゃ相当価値観が違うっぽい」


 すると頭の中で咲耶が抗議した。


「しっつれいね! 地上のことはものすごい量の知識を詰め込まれたんだから。不平等でいい加減な人間と一緒にしないでよ」そうよそうよと橘の声まで響く。


 お前らのほうがよっぽど極端で不平等だろうがっ! と思いつつも、ここは学校なのでこいつをかまうわけにもいかず、


「人前では頭の中でもむやみに話かけない約束だぞ」


 と、小声でぴしゃりと言ってやる。咲耶の不満そうな「はあい」という声の後は余計な声は頭に響かなくなった。どうやら速須の頭にも同じ現象があったらしく、


「お前も大変そうだな。でも結構彼女たちの扱いが慣れてきたみたいじゃないか」


 と、嬉しくもないことを言ってくれる。


「理は女の子よりも先に、価値観の違う女神の扱いに慣れそうだな」


「げー。冗談じゃないぞ。女子とはろくすっぽ口もきけないのに」


 速須の何気ない一言に、俺は焦った。以前はバイト三昧で女子はおろか、クラスメートとだって話す機会が減っていた。それが尾を引いて今でも女子に近づくきっかけさえない。おまけにたちが悪いのは、女神たちが美少女揃いってところだ。日常的に視覚が満足してしまっている。昨日は感触まで味わってしまった。


 それなのにあいつらは俺自身に男としての興味がない。多少は人間性を認めてくれているようだが、それ以上にあいつらを惹きつけているのが俺の不幸オーラだということがわかっている。俺がヘコめば絶好のおもちゃを見るような目つきになって、正直困る。美少女に注目されてちっとも喜べないなんて、何の罰ゲームだよ。

 昨日岩長比売に神罰喰らった瞬間も、一瞬だが鼻先に人参を突きつけられた馬のように目を輝かせていた。あそこまでいくと取って食われるわけではなくても、怖いぞ。


 このままでは……このままでは男子として健全な青春を送れないじゃないか! 下手すりゃ、美少女恐怖症にもなりかねない。ダメだ。このままでいいわけがない。これ以上『女神慣れ』が進む前に、何としても恋をするんだ!


「速須。お前、誰か俺に紹介できる女子、いないか?」


 取り敢えず身近なところから頼る。


「ヤンキー女子とギャルなら何人かは……」


「パス。てか、そっちと縁を戻されちゃ困る」聞いた相手が間違ってた。


 誰かほかにあてはないかと考えるうちに一時限目の授業になってしまった。教師に着席を促されて自分の席に着く。


「今日は授業の前に転校生を紹介する。島根から転校してきた新しい仲間だ」


 紹介されて他校の制服に身を包んだ少女が頭を下げた。


稲櫛いなぐし撫子なでしこ、といいます。よろしくお願いします」


 少女が顔を上げると男子が一斉にどよめいた。かっ、かわええ~。


 同じ美少女でも女神たちとは感じが違う。あいつらのように異常に肌が白くない。しっかりと血の通った健康的な色合いで、注目を浴びて緊張しているのか頬をほんのり薄紅色に染めている。童顔と言うほどではないが愛くるしい顔立ちで、なんだか保護欲を刺激される。気の強い女神たちとは大違いだ。


 その顔を縁取っている黒髪には艶があり、それを軽やかで短すぎないショートボブにしている。うん、いいね、ショート。女神たちの長い髪も悪くないが、ショートは爽やかだ。

 それでも活発そうな印象はなく、可憐でしとやかな雰囲気。今時古風な「撫子」という名前も良く似合っている。キラキラネームよりよっぽどいい。女神たちみたいに変なオーラもないし……俺もオーラ持ちだがそこは置いといて……これこそ普通の女子ってもんだ。


 誰もが転校生への好奇心で落ち着かないまま、授業が終わるのを待つ。チャイムが鳴って教師が教室を出ると、積極的なタイプの女子たちが一斉に稲櫛さんを取り囲んだ。男子たちもみんな稲櫛さんを気にしているが、ああやって女子に取り囲まれたら声をかけづらい。それでも女子たちの会話に耳を傾けてチャンスをうかがっているのが分かる。


「ねえ、島根のどの辺から来たの? 正直、あんまり島根県って、わからなくて」


「島根は出雲大社が観光名所よ」稲櫛さんは明るく答える。


「ああ! あの、大きなしめ縄で有名な大きい神社ね」


「そう。縁結びの神様でも有名なところ。でも私が住んでたのはちょっと離れた雲南市。古くから製鉄していて小さい博物館まであるの。森で獣に育てられた姫と呼ばれる女の子が主人公の、すごく有名なアニメに出てくる製鉄場面のモデルになった土地なんだって」


 いきなり地名を言わずに、わかりやすいように説明している。初対面の相手に気遣いもできる子らしい。ますます好感度アップだ。他の男子もそう思っているに違いない。


「へ~。さすがに詳しいね」


「そうでもないの。私、お父さんの仕事の関係で、とっても引っ越しが多いのよ。九州や京都、富山にも住んだし、よく転校させられたし」


「そうなんだ。大変だね」


「でも、おかげで友達も増えるしね。初対面の人でもこうしておしゃべりできるようになったし」


 社交性も高いんだ。俺、そういうところは下手かも。バイト中なら一時だから割り切れるけど、クラスメートとちょっと疎遠になると話しかけにくくなるもんな。ああいう子にはつまんないやつに見えるかも。そう思うとなんとなく自信が失われる。俺があの子と親しくなるのは難しいかな。そんなことを考えながら昼休みを迎えた。


 すると、どうした事か稲櫛さんが俺と速須が弁当を広げているところにやってきた。


「あの……。隣で食べても、いい?」


 一瞬、俺も速須も目を丸めたが、すぐに同時に「どうぞ!」と叫んでいた。クラス中の視線がこっちに注がれているのが分かる。特に男子からは痛いぐらいの嫉妬が感じられるが、ちょっとだけいい気分もする。


「山佐君と速須君でしょ? 今朝、担任の先生に聞いたの。二人とも事情があって今まで学校を休みがちだったから、これから学校になじまなきゃならないのは私と一緒だって」


 先生。俺たちのプライバシー、軽視しすぎじゃありませんか? と文句が浮かんだが……こんな素晴らしいチャンスをくれたから、超最速ソッコーで許す。


「そうそう、だから気楽にしてていいよ」


 速須は早速調子のいいことを言っている。俺がバイトしてたのは家庭の事情だが、お前は事情と言うよりグレて勝手に学校サボってただけだろ。


「特に山佐君はおうちが大変で、一生懸命バイトしていたんでしょ? 偉いね。家族のために頑張ってるなんて」


「いやあ、自分が学校に残るために学費を稼いでただけだよ」


 なーんて言いながらも内心は、やったー! 俺は速須と違って真面目にがんばってましたアピールがされているっ。そのくらいの誤解してくれていいですよ! と小躍りしていた。

 速須はちょっと残念そうな顔をするが、こういうところで真面目な努力は評価されるのだよ。お前がグレていたことは武士の情けで黙っていてやろう。


「それでも偉いわよ。私も早くなじめるように頑張るから、二人ともよろしくね」


 ちょっと俺に評価を越されていた速須は、この言葉に元気を取り戻した。逆に俺はすぐに二人セットに扱われて少しがっかりしたが、


「もちろん」


「こっちこそ、よろしく」


 と満面の笑みで返事をする。するとほかの男子たちが負けじと寄ってきて、


「お、おれもよろしく! 力に自信あるから、荷物とかある時は言ってくれ」


「僕、学級委員なんです。何かあったら相談に乗りますよ」


「俺もいつでも相談に……」


 と言う調子で次々と大勢で近寄ろうとした。すると、稲櫛さんは驚いた表情で立ち上がり、さっきの積極的な女子たちの背中に隠れるようにした。


「ご、ごめんなさい。私、いっぺんに大勢の人に囲まれるのが苦手で……」


すると女子の一人が、


「当然だよ。慣れてない教室で大勢の男子に突然取り囲まれたら。男子! 無遠慮すぎ! 稲櫛さんがおびえてるじゃない。ほらっ、散った散った!」


 と男子たちを追い払うしぐさをする。他の女子も「大丈夫?」と、稲櫛さんを気遣っていた。俺たちにとっても保護欲を刺激される稲櫛さんは、女子にとっても守ってあげたい雰囲気があるらしい。あからさまに男子一同が稲櫛さんに取り入ろうとしたのに、誰も稲櫛さんの人気をひがんでいる感じがしないのだ。


 すごい子だな。転校初日でこれだけ男女関係なく好かれるなんて。まるで女神のオーラでも持ってるみたいな。……ん?


「なあ、何となく稲櫛さんに、オーラみたいなの、感じなかったか?」速須が聞く。


「……お前も、そう思ったか……」いや、まさか、学校にまで。



 その不安は見事に的中した。学校帰りの帰り道に、俺と速須は突然後ろから聞き覚えのある可愛い声をかけられた。振り向くとそこには稲櫛さんがにっこりとほほ笑んでいる。


「……この辺に生徒はいないわね。よかった」


 そういって稲櫛さんが軽く頭を振ると、ショートカットの黒髪が突然ものすごい勢いで伸びていった。同時に肌の色も透き通るように白くなる。


「ふう。……あらためて初めまして、山佐理君。わたくしは櫛名田比売くしなだひめと申します。しばらくあなたのもとで厄介になりますので、よろしく」


 彼女の両脇には咲耶と橘が跪き、頭を垂れていた。


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