プロローグ
「見つけた! あたしの理想の人!」
玄関開けたら……なんとかってコマーシャルがあったが、俺がアパートの部屋の玄関扉を開けたら、びっくりするほどかわいいツインテールの黒髪の女の子が立っていた。
ミニスカートにキャミソールの露出度高目な服装で、しかも愛嬌のある瞳を訴えるようにうるませ、うっすら頬を染めている。しかも第一声が先のセリフ。
「あー、えーと? どちら様でしょう?」
「あたし? 女神の咲耶よ。よろしくねっ!」
と、自己紹介をしながら俺の手を両手に握り、全力で握手してくる。こんな握手の仕方なんて、テレビでよく見る選挙特番の候補者ぐらいしか知らない。
「メガミノさん? あの、どういった御用件でしょう?」
芽上野さんかな? それとも目神野さんとか? どっちにしても記憶にないなあ。
「だ・か・ら。あなたはあたしの理想の人なの。これから女神のあたしがあなたを全力で幸せにしてあげる。楽しみにしててねっ」
メガミって……女神か! 俺はなぜだか「女神」に憑りつかれて(?)しまったらしい。
「で、咲耶ちゃんはなんで俺を理想の人っていうわけ?」
謙遜でもなんでもなく、俺はイケメンでもなければマッチョでもない、知的でクールにもほど遠い、平々凡々な学生だ。……というより、平均以下かもしれない。なぜなら俺の親は雑貨店の経営に失敗して、家と店を売っても借金抱えて四苦八苦中。俺も自分の学費と生活費を掛け持ちのバイトで稼ぐ身の上だ。
「えっとね。あたし、正確には女神の修行中なの。誰かに徳を積ませて幸せにして、一人前の女神になりたいの。あなたの背負ってる負のオーラがあたしの修行にうってつけ! 理想的な対象なのよ」
「それって……絶好の実験材料ってことじゃないか?」
「大丈夫よ! あたしの霊力は桁違いのパワーがあるんだから。あたしが名前をもらったおばーちゃんは『木花咲耶姫』って言って、ものすごい霊力のある美神だったの。あたしもそれを受け継いで、美貌と霊力だけは抜群なんだ」
「でも……なんか、怖いなあ。そんなにパワー全開でなくていいから、ちょっとだけ幸運なら嬉しいけど」
親の苦労を見ているだけに、そんな都合のいい話に不用心に飛びつけない。
「あら。あたしの霊力疑ってる? おばーちゃんはパワーだけじゃなく、気合もすごかったのよ。神の子を宿したのに妊娠が早すぎたってあらぬ疑いをかけられたのを、産屋を燃やして出産して身の潔白を証明したんだから」
「それは気合と言うより、気性が激しいだけじゃ……?」
「パワーがあるに越したことないじゃない。ウダウダ言うならあたしも有名な女神の孫の証明に、ここに火を放って生還して見せようか?」
「やめてくれ! こんなボロアパートでそんなことされたら、俺の人生一発で終わる!」
まさか押しかけ女神からこんな理不尽な脅迫されるとは思わなかった。
「終わっちゃ困るなあ。これから幸せにするところなんだから。じゃあ、あなたの一番の願いを言って。それを叶えて見せるから」
中途半端な願いで誤魔化しても、コイツ、『火を放つ』なんて言い出しかねないな。これじゃ女神と言うより放火魔だ。しかたない。真剣な願いを頼むか。
「じゃあ、親が手放した店を取り戻して、商売繁盛させてくれ」
俺の人生の問題点はここに集約している。親の生活が安定すれば、俺の人生も今よりずっとましになるはずだ。
「よーし。張り切って商売繁盛させてあげる!」
俺は不安な気持ちで過ごしたが、効果は数日で現れた。俺の両親は借金返済のために、夫婦で百円ショップに雇われ店主として働いていた。小さな店なので営業時間も早朝から深夜まで出来るだけ店を開け、自分の店のつもりで休みなく黙々と働いている。だが近所に大型のディスカウントストアがあるためになかなか店の売り上げは伸びず、苦戦していた。
ところがその大型店が、失火した。大手スーパーが撤退した建物を居抜きした店だったので、老朽化しているところに点検不足が重なっての失火……とニュースでは言っていた。だが俺は咲耶を怪しんだ。あいつ、本当に放火魔女神だったのか。
しかしそれは俺の両親に幸運をもたらした。近所で他に安価な日用品を手軽に買える店がなくなったため、両親の勤める店が大繁盛したのだ。
そこに両親がたまたま買っていた宝くじが当たった。決して大きな金額ではないが、高額当選金には違いない。しかし両親は「どうせあぶく銭だから」とその金でささやかな株を買った。社会勉強に投資の練習をしようと思ったらしい。
それがこれまた大当たり。なぜかその株に外国人投資家たちが目をつけて、あれよと言う間に天井知らずに高騰した。異常な急騰ぶりにマスコミも連日大騒ぎ。
あまりのことに母は興奮し……いや、興奮しすぎて倒れてしまった。幸い軽度の症状で済み、数日の入院で回復できたが、父は怯えて株を売ることもなく、母に仕事を辞めさせた。
「おい! 親の人生振り回さないでくれよっ!」
俺は咲耶に文句を言った。女神が放火したり株価を操作するなんて、邪道にもほどがある。
「えー。だって、あなたは幸せになったでしょ? バイトしないで学校に通えるし、遊んだり勉強したりできるじゃん」
「親が健康でなけりゃ、俺は幸せじゃないぞ。お前なんかどこかの神社に祓ってもらうっ!」
するとどこからともなく、咲耶に負けず劣らずの美少女が、目の前に現れた。こっちは茶髪でポニーテール。ショートパンツにタンクトップと言う格好だ。
「そーだよー、咲耶。やりすぎはよくないよ。でも大丈夫。僕が……この橘ちゃんがフォロー役を仰せつかったからね」
どうもこいつも女神らしい。女神が流行りの僕っ子っていうのもどうかと思うが。
「何せ僕はパワーコントロールの女神だから。僕の祖母は走水の海に入水して荒波を鎮めた……」
こいつもそのパターンかよ。嫌な予感がプンプンする。
だが意外にも両親は落ち着きを取り戻した。余計な株を持ったのが悪かったのだと、株を売り払い、もとの家だけ取り戻すと地元の施設にほとんど寄付してしまった。すると両親ともにすっきりしたようで、元気を取り戻した。
ところが今度はうちが実はとんでもない資産家だったという噂が流れ、変な連中がわが家に押し寄せてきた。あれを買ってくれ、これに投資をしろ、とうるさく言ってくる。さらに嫉妬されたのか父は雇い主からパワハラを受け、うちには空き巣が入り込み、ホームセキュリティを頼んだらそこの警備員がうちで盗みを働き、それを捕まえに来た警官がこれまた泥棒するというとんでもないことに。
「おい! どうなってんだよこれ?」俺が橘に文句を言うと、
「いやー。僕、禍福や災いを抑える能力は抜群なんだけど、なんかノーコンで。いらないところにまで霊力投げまくったみたい」
「みたいじゃないっ! おかげで両親ともにひどい人間不信に陥ったぞ! 責任とれよ!」
「神頼みに責任は負えないことになってる。こんなかわいい女神がそばにいるだけでもありがたく思ってよ」橘はいけしゃあしゃあと言う。
「ありがたくないっ! お前ら全然『幸運の女神』になってないだろ」
「あ、それ、ずーっとステージが上の神の話。あたしたちは修行中だもん」
「ステージって、おまえらどのくらいの地位の神なんだよ」
すると咲耶がのんきそうに答えた。
「えっとね、あたしが貧乏神クラスで、橘ちゃんが疫病神クラス。頑張ってクラスアップを目指してるんだけどねー」
貧乏神と疫病神? 最悪のコンビじゃねーか!
「……祓ってもらう。お前ら問答無用で絶対どこかの寺社で追っ祓ってもらうっ!」
「え~? ひっどおい。こんないたいけな女神を祓うなんて、外道ねー」
「どっちが外道だよ! 人を色気でだましておいて!」
するとまたまたどこからともなく美少女が現れたが……今度は落ち着いた清楚な雰囲気だ。白のシンプルなブラウスに黒の超ロングスカートの長い銀髪娘。
「そう、怒らないでください。悪気はないのです。どんな女神もこうして修業を経てから、一人前になるのですから」
「あんたは落ち着きがあるな。こいつらよりクラスが上の女神様か?」
できれば助けてもらいたい。本当の神頼みだ。
「いいえ。わたくしはクラス外でございます。わたくしの仕事に上も下もございませんので」
「へーえ。あんたはどんな仕事するんだ?」
「わたくしは伊耶那美。死者の魂を導く死神にございます。未熟な神のそばにいると大変仕事がはかどりますので」
「し、死神ぃ~っ?」
冗談じゃない!
こうして俺は、若い身空で四国巡礼の旅に出る羽目になってしまった。女神なんて、大嫌いだ。